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河川整備基金助成事業

「水没した自動車からの避難限界指標の

高度化と都市水害危険度評価への適用に

関する研究」

助成番号: 23-1213-012

京都大学防災研究所 戸田 圭一

平成23年度

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様式6・2 1.調査・試験・研究 [:概要版報告書]

助成番号 助成事業名 所属・助成事業者氏名

23-1213-012 水没した自動車からの避難限界指標の高度化と都市水害危険度評価への適用に関する研究

京都大学防災研究所・戸田圭一

〔目 的〕 鉄道や道路下のアンダーパスあるいは地下駐車場で水没した車からの避難の困難の程度を

明らかにするために、実物大の車模型を用いた体験型避難実験を実施して、その避難限界を求めるものである。横開きドアの車による実験は従来から実施しているが、今回はスライド式ドアの車種に変更し、さらに被験者を増やして限界指標の高度化を図ろうとするものである。 また、車からの脱出限界指標を地下空間の氾濫解析結果、避難行動解析に適用し、避難の困

難さから都市水害時の地下浸水の危険性を定量的に把握しようとするものである。 〔内 容〕 京都大学防災研究所宇治川オープンラボラトリにおいて、水槽の横にワンボックスタイプの

軽自動車を設置し、水深を変化させて浸水時のスライドドアからの脱出の行動を調べる体験型の避難実験を実施した。さらに、スライドドアを開ける際に必要となる力の計測を、ロードセル、手動ウインチを用いて行った。

また、約 100台の車が駐車できる地下駐車場を対象に、内水氾濫時に浸水が発生した際の避難行動解析を行った。氾濫解析とリンクした避難行動解析では、以前に実施したセダンタイプの小型自動車からの浸水時の脱出避難限界指標を援用した。解析結果から、避難の成否とその影響要因について考察を加えた。 〔結 果〕 体験型避難実験より、ワンボックスタイプの軽自動車のスライドドアからの脱出避難が困難

になる水深条件は、以前に実施したセダンタイプの小型自動車の横開きドアを用いた実験結果とほぼ同等の 75 cm から 80cm 程度であることが示された。これより、スライドドアを開けての避難行動は、横開きのドアに対するものより容易ではないことが明らかとなった。 浸水した地下駐車場からの避難解析からは、直ちに避難することが何よりも重要であり、車

のトラブルなどで避難開始が遅れるにつれて避難所要時間は長くなり、避難は危険なものとなることが確認された。また、避難経路が長くなればなるほど避難は危険になり、また流入口の近くを通る避難経路は危険であることも明らかとなった。

以上の研究成果より、都市での洪水氾濫時に車が関係する水難事故の危険性を、具体的かつに定量的に評価できたのではないかと考えている。

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様式6・3 1.調査・試験・研究 [:自己評価シート]

助成番号 助成事業名 所属・助成事業者氏名

23-1213-012 水没した自動車からの避難限界指標の高度化と都市水害危険度評価への適用に関する研究

京都大学防災研究所・戸田圭一

評 価

〔計画の妥当性〕 近年、局地的集中豪雨の増加による都市域での洪水氾濫被害が頻発している。その中で車に関わる水難事故が顕在化してきている。現代のクルマ社会の水害脆弱性を明らかにするとともに、その対応策を検討することは時宜を得たものであると考えられる。 本研究は、大きく 2つの内容から構成されている。一つは、洪水氾濫時あるいは地下浸水時

に水没した車からの避難の困難さを明らかにするために、実物大のスライド式ドアの車模型を

用いた体験型の避難実験を実施し、脱出避難限界となる水深を指標として求めたものである。もう一つは、大都市中心部での地下駐車場の浸水を想定し、そこでの氾濫解析を行うとともに、実験から得られた避難限界指標を用いた避難行動解析を行うことにより、都市水害時の地下の浸水危険性を定量的に評価することを試みたものである。 全体として、研究体制の規模や研究計画の規模には、とくに問題はなかったと考えている。

〔当初目標の達成度〕 体験型避難実験から、水没したワンボックスタイプの軽自動車のスライドアからの避難限界

指標を得ることができたが、被験者はもっぱら成人男性であり、女性や高齢者(あるいは高齢者に模した者)の避難限界指標を得るには至らなかった。 また浸水した仮想の地下駐車場からの避難行動解析を実施して、避難行動に関するいくつか

の知見を得ることができたが、今後は、実際の地下駐車場を対象とした解析を進めていく必要がある。 〔事業の効果〕 平成 23年 9月に、土木学会全国大会で、研究成果の一部を口頭発表している。今後、研究

成果をとりまとめて、水工学関連の学術誌や国際会議、国際シンポジウムの論文集等に投稿す

る予定である。 なお、体験型避難実験の車の模型装置は、河川管理者や防災関係者の見学や研修に活用する

ことが可能である。 〔河川管理者等との連携状況〕 研究成果は、都市水害とその対策に関連する地方自治体の水防災活動に有益な情報となり得

るものである。自治体が主催する河川講習会やセミナーでの発表の機会に、この成果を紹介する予定である。その際には、体験型避難実験のビデオもあわせて紹介する。

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1. はじめに

近年、局地的集中豪雨の増加による都市域での洪水氾濫被害が頻発している。その中で

車に関わる事故が顕在化してきている。

本研究は、洪水氾濫時あるいは地下浸水時に水没した車からの避難の困難さを明らかに

するために、実物大のワンボックスタイプの軽自動車模型を用い、スライド式ドアからの

体験型脱出避難実験を実施し、避難限界となる水深を指標として求めたものである。 また大都市中心部での地下駐車場の浸水を想定し、そこでの氾濫解析を行うとともに、

以前に実施したセダンタイプの車の横開きドアからの避難実験から得られた避難限界指標

を用いた避難行動解析を行うことにより、都市水害時の地下の浸水危険性を定量的に評価

することを試みた。

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2. スライドドアの車からの避難実験 2.1 検討の背景

近年、降雨強度の強い雨が局地的に降る事例が散見されるようになり、雨水の排水能力

を上回る降雨により短時間のうちに内水氾濫の被害が発生することがある。特に、都市域

は急速な都市化に伴う土地利用形態の変化により、雨水の流出がより早期に、かつ規模が

大きくなる傾向のあることが指摘されている。その結果、都市化以前と比べて内水氾濫発

生の危険性も増大することとなり、氾濫の発生時には周辺よりも相対的に低い場所で浸水

被害が発生し、自動車が水没する事故が何件か報告されている。

このような状況を踏まえて、馬場ら 1)2)は、セダンタイプの自動車模型を用いて横開きの

押し開けドアからの避難体験実験を実施し、また自動車水没時の安全な避難行動について

考察している。しかしながらスライドドアからの避難についての検討はこれまで行われて

いなかった。

そこで今回、ワンボックスタイプの軽自動車を用いて、浸水時のスライドドアからの避

難行動に関する体験実験、さらにスライドドアを開ける際に必要となる力の計測に関する

実験を行った。

なお、実験においては、セダンタイプの車での実験と同様、車体の水没状況(水没初

期はエンジン等のある重い方向に傾くなど)や車内の浸水状態によって、ドアの内外から

作用する水圧の状況が変化することについては考慮しておらず、ドアの外側から作用する

水圧のみを想定している。

2.2 実験装置および方法

実験に用いた実物大の自動車模型装置を図 2.1、写真 2.1 に示す。装置はワンボックス

タイプの軽自動車と浸水状況を再現するための水槽(図中赤枠内)および給排水設備から

構成され、京都大学防災研究所宇治川オープンラボラトリー内に設置されている。

実験装置として使用した軽自動車は 5 ドアのワンボックスカー(長さ 3.4m、幅 1.5m)であり、床面に固定されている。水槽(長さ 6.0m、幅 1.5m)は自動車の運転席側に設置されており、浸水深は床面から最大 1m までの間で設定できる。 水槽内の水深は、水槽の一部に設置された角落としの高さを変えることで調節され、角

落としから越流した水は低水槽を経て、ポンプにより再び模型に循環される。水を循環し

た状態で実験を行うことにより、ドアを開けた際に多量の水が自動車内部に流れ込んで、

水槽側の水深が大きく低下して、ドアに作用する水圧が急激に変化することを最小限に抑

えている。

避難体験実験では、水槽内の水深を所定の条件に設定した後、被験者が一人ずつ自動車

模型に乗り込み、運転席ドアまたはスライドドアを通じて車外(水槽側)へ移動した。実

験時に、車外への移動の可・不可の判定、および実験開始から身体が車外に出るまでに要

した時間(避難所要時間)の計測を行った。ドアから車外に出ることができた被験者数の

全被験者数に対する割合を避難成功率として、実験条件毎に整理した。また避難所要時間

の計測は、担当者を決めて計測されており、同一の計測条件が確保されるよう配慮した。

本実験では、スライドドアを開ける際に必要となる力の計測も行った。力の計測には、

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図 2.1 実験装置

写真 2.1 実験に用いたワンボックスタイプの軽自動車

ロードセル、手動式ウィンチを用いた。ロードセルからの出力電圧と力の関係については、

ばねばかりを用いた検定実験を事前に行った。図 2.2 は力の計測結果の一例である。手動

式ウィンチを使用しているため、ドアを引く力が段階的に増加している。実験中、ドアが

開いた時点を複数名により確認し、ドアが開いた時点と計測値が最大値となるタイミング

がほぼ対応することがわかっている。

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2.3 自動車からの避難体験実験

スライドドアからの避難体験実験の被験者数は全 27 名で、その内訳は男性 23 名、女性4 名であり、そのほとんどが大学生である(平均年齢:男性 25.6 歳、女性 21.7 歳)。実

0 20 40 600

0.5

1

1.5

time (sec)

outp

ut v

olta

ge (V

)

図 2.2 力の計測結果

写真 2.2 避難実験の様子

験(写真 2.2)では、運転席ドア(一般的な横開き)とスライドドアの両方において、ド

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アを通じての車外への避難行動の可否について実験を行った。水深条件は、以下の通りで

ある。なお,本実験では女性の被験者数が少数であるので、以下に示す実験結果では男性

のみの結果を示す。 運転席ドア:0.51m、0.61m、0.71m、0.81m、0.91m、0.96m(6 段階) スライドドア:0.51m、0.61m、0.71m、0.76m、0.81m (5 段階) ※ 水深は、床面を基準とする※ 図 2.3、図 2.4 には、避難成功率と避難に要した時間と水深条件の関係をそれぞれ示す。

避難成功率は、ドアを開けて避難できた被験者数を全被験者数で除したものであり、所要

時間は避難開始から自動車の外に完全に出るまでの時間である。車外の水深の上昇に伴っ

て、避難成功率の減少、避難に要する時間の増加が確認できる。また、運転席ドアとスラ

イドドアの結果(避難成功率)を比較すると、スライドドアからの避難は運転席ドアから

の避難よりもより困難であることがわかる。本実験装置では、運転席ドアの面積がスライ

ドドアよりも小さく、水深に応じてドアに作用する水圧が相対的に小さいことが、両者の

実験結果の違いを生む要因の一つである。

0.6 0.8 1.00

50

100

: sliding door : front door

water depth (m)

evac

uatio

n ra

tio (%

)

図 2.3 避難成功率と水深との関係

0.6 0.8 1.00

10

20

: sliding door : front door

water depth (m)

evac

uatio

n tim

e (s

ec)

図 2.4 避難所要時間と水深との関係

もう一点、運転席ドアとスライドドアの大きな違いは、ドアの開き方が挙げられる。

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一般的な横開きのドアは、回転軸周りにドアが回転することで開閉し、浸水時の避難行

動においてはドアに作用する水圧と正反対の方向(外向き)に力を加えてドアを開け始め

ることになる。 一方、スライドドアは自動車側面をレールに沿って、ほぼ平行に移動する。ただし、開

け始めの段階では、ドアが後方に移動するとともにドアが外向きに移動する。スライドド

アの開き始めの移動軌跡を示したものが図 2.5 である。図では、自動車右側のスライドド

アの移動軌跡を上から見た様子を示しており、黒色実線はドアの初期位置、青色実線はド

アが車体に沿って平行移動に移る位置を示している。黒色と赤色の丸印は、ドアの前端、

後端の移動軌跡を示しており、図中灰色の破線はドアの開き始めのごく初期の段階におけ

るドアの位置を示している。 図から、スライドドアは開き始めの段階で 10 数 cm 程度外側に移動することがわかる。

特に、スライドドア後端が外側に移動する割合は前端よりも大きく、本実験装置では後端

部は最大 56 度(図中横軸から反時計まわり)の角度で移動することが確認されている。スライドドアが外側に膨らむ動きは、ドアに作用する水圧に逆らう方向となる。従って、

ドアを開ける初期段階において、十分な外向きの力により水圧に対抗し、ドアを外側に移

動させることができなければ、スライドドアを開けることができなくなる。

0 1000

10

Initial position

Longitudinal distance (cm)

Tran

sver

se d

ista

nce

(cm

)

FRONT REAR

図 2.5 スライド式ドアの開き始めの移動軌跡

避難体験実験結果より、運転席ドアでは床面からの水深が 80cm を超えた段階、スライ

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ドドアでは水深が 60cm を超えた段階で避難成功率が減少、すなわちドアを通じて車外に避難できない被験者が存在することが示された。ドア下端までの高さが床面から 31cm であるので、スライドドアではドアが 30cm 程度水没すると避難行動が徐々に難しくなる状況が確認できる。この結果は以前に実施したセダンタイプの自動車からの避難体験実験 1)2)

とほぼ同等である。運転席ドアについては、床面から 80cm 程度、ドア下端から 50cm 程度で避難行動が難しくなっている。 ただし、上で示した実験結果は成人男性(ほとんどが 20 代の大学生)によるものであり、女性の被験者や年少者,高齢者が避難する状況を考え合わせると、避難が困難となる

水深条件は本実験結果よりも小さくなることが予想される。 2.4 スライドドアを開ける力の計測結果

浸水時のスライドドアを開けるために必要となる力を、ロードセル、手動式ウィンチ等

を用いて計測した。スライドドアを引く位置は、スライドドア後端中央、ドアを移動させ

るためのレールと同じ高さである。また,力の計測時は、車体に対して 35 度開いた角度でスライドドアを引いて計測し、計測された力の最大値を、ドアを開けるために必要な力

として整理した。 実験時の水深条件、計測された力などを表 2.1 に示す。計測された値(単位:kgf)は、車体後方 35 度方向の力であるので,①側方向き,②自動車後方向きの成分をそれぞれ求めている。 ドアに作用する水圧に対して働くのは側方向き(外向き)の成分であり、それらの力の

大きさは表 2.1 に示す通りである。これら側方成分の力とドアに作用する静水圧の割合は,

水深が小さいケースを除くと 4 割弱~5 割弱程度(38~48%)となる。これをセダンタイプの自動車を対象に行われた実験 2)と比較すると、セダンタイプの自動車の前部ドアを開

けるために必要な力は作用する水圧の 4 割を少し下回る程度(38~39%)であるので、スライドドアを開ける際にはセダンタイプのドアの場合よりもより大きな割合の力が必要に

なることがわかる。 ここで、スライドドアの開き方に着目すると、開き始めの段階では後方に移動すると同

時に側方に膨らむ方向(外向き)にもドアが移動し(図 2.5 参照)、ドア全体が 10 数 cm外側に移動した後、車体に沿って後方に移動する。このように、スライドドアは開き始め

の段階にガイドレールに沿って外向きにも移動する。スライドドアに作用する水圧はドア

に直角に外側から内向きに作用するので、ドアの移動軌跡においてドアが外側に移動する

段階、すなわちドアの開き始めの段階において水圧に対抗してドアを開けるための力が必

要となる。 スライドドアを後方に移動させる際、ドアを外側に押し出す力はガイドレールから受け

る反力が挙げられる。ガイドレールから受ける反力の大きさは次のように推定することが

できる。ドアを後方に移動させる力は、ガイドレール上においてレールに沿う向きとレー

ルに直交する向きに分解することができる。分解された力のうち、レールに直交する方向

の力の大きさは、スライドドアがレールから受ける反力に相当し、その力の側方成分(外

向き)がドアを外向きに押し出す力に相当すると考えられる。

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表 2.1 ドアに作用する力

図 2.5 に示すスライドドアの移動軌跡から、スライドドアは前端に比べて後端が開き始

めの段階で大きく移動すること、また車体に対する移動軌跡の角度も前後で異なる様子が

確認できる。 先に示したように、スライドドアが外側へ移動する際の車体に対する最大の角度は 56

度(図 2.5、図中横軸から反時計まわり)である。ドアの移動軌跡、すなわちガイドレー

ルの車体に対する角度が大きいほど、ドアがレールから受ける反力が大きくなる。この反

力の側方成分がドアを外向きに押し出す力となり得るので、以下ではガイドレールが車体

に対して 56 度の角度を持つ場合について実験データを整理する。 自動車後方向き成分(ドアを後ろに引く力、表 2.1 の②)が、車体に対して 56 度の角度を持つガイドレールに沿って外向きに移動する際(ドアの開き始め、図 2.5 参照)、②-1レールに沿う成分と②-2 レールに直交する成分に分解される(注:②-1 は表 2.1 には示していない)。このレールに直交する成分はドアがレールから受ける反力となり、その側方成

分(外向き成分)が表 2.1 の②-3 となる。本実験では、車体に対して 35 度後方にドアを引いた場合に、ドアを開けるために必要となる力を計測しており、ドアを側方(外向き)

に引く力としては表 2.1 の①と②-3 の 2 つが挙げられる。仮に、この 2 つの力の合計が水圧に対してドアを外向きに移動させるものと考えると、合計の力はドアに作用すると推定

される水圧の 65~80%に達することがわかる。 一方、水深の小さい条件(水深 0.47m)では、ドアに作用する全水圧よりもかなり小さい力でスライドドアが開く結果となった。水深の小さい条件では、ドアに作用する水圧が

小さいために、ドアを開ける動作の支障にはなりにくい状況が考えられる。 しかしながら、水深が 0.1m 上昇するだけでドアを開けるために必要と想定される力は

全水圧の 50%以上に急激に増加するので、水没時の早い段階での避難行動が重要であることを示している。 2.5 結論

P

① ①÷P ② ②-2 ②-3 ①+②-3

(①+②-3)÷P

水深

(m)

全水圧

(kgf)

計測値

(kgf)

側方

成分

水圧との

後方

成分

レール

直交成分

側方

成分

側方

合計

水圧との

0.47 11.86 2.26 1.29 0.109 1.85 1.53 0.86 2.15 0.181

0.57 31.64 17.44 10.01 0.316 14.29 11.85 6.62 16.63 0.526

0.66 57.76 39.03 22.39 0.388 31.97 26.51 14.82 37.21 0.644

0.67 61.15 40.86 23.43 0.383 33.47 27.75 15.51 38.95 0.637

0.74 87.69 60.82 34.88 0.398 49.82 41.30 23.10 57.98 0.661

0.77 100.57 84.00 48.18 0.479 68.81 57.04 31.90 80.08 0.796

0.84 133.35 110.06 63.13 0.473 90.16 74.74 41.80 104.92 0.787

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本章では、水没したワンボックスタイプの軽自動車からの避難行動に関して、被験者に

よる避難体験実験結果と、スライドドアを開ける際に必要となる力の計測結果についてま

とめた。得られた主要な知見は以下のとおりである。

(1)横開きの運転席ドアからの避難行動は、床面からの水深が 0.8m 程度になると避難

が困難になり始めることが示された。この結果は、以前実施したセダンタイプの自動車を

使った実験結果に比べて、避難が困難になる水深条件がやや大きい結果となった。これは、

本実験で使用した自動車の運転席ドアが、セダンタイプの自動車の運転席ドアに対して面

積が小さく、作用する全水圧が小さかったためと考えられる。 (2)スライドドアからの避難行動は、床面からの水深が 0.6m 程度になると困難になり

始まるとの結果が得られた。また避難成功率からみると、0.75m~0.8mで半数程度の人が避難できなくなった。この水深は、軽自動車の運転席ドアからの避難よりも低く、セダン

タイプの自動車を用いた実験結果とほぼ同等の結果である。 (3)スライドドアを開けるために必要となる力の計測では、手動のウィンチを用いて、

車体に対して 35 度の方向にドアを引き、計測された最大の力を、ドアを開けるために必要な力とした。スライドドアは、開き始めの段階においてガイドレールに沿って斜め後方

に移動するので、水圧に逆らってドアを外向きに移動させる力としてドアがレールから受

ける反力の側方成分(外向き成分)も考慮して実験結果を整理した。その結果、スライド

ドアに作用する全水圧に対して、ドアを開けるためには全水圧の 65~80%程度の力を要することが示された。この結果は、セダンタイプの自動車模型を使って計測された同様の実

験結果(全水圧に対して約 40%の力が必要)に比して大きな割合となっており、スライドドアからの避難行動が、一般的な横開きのドアに対して容易なものではないことを示して

いる。 なお、本実験ではスライドドアの下半分が主に水没した条件で実験を行っている。実験

中,主にドアの下半分に作用する水圧のために、ドアがねじれた状態で開閉している様子

が確認されている(後端のガイドレールがスライドドア中央の高さにあるため)。 また、体験実験に参加した被験者から、「水深条件が大きいときにドアがガイドレール

上を滑らかに動かない」という感想があった。他の被験者からは、「スライドドアはドアを

移動させる方向(後向き)と水圧に対してドアを押す方向(外向き)が異なるので,一般

的な横開きのドアに対して開けづらい(力をかけづらい)」という感想もあった。 このようにスライドドアの開閉機構の特殊性もあるので,ドアを開けるために必要とな

る力とドアに作用する全水圧との関係については検討の余地が残るが、スライドドアを通

じての避難行動は一般的な横開きのドアに比べて同等かそれ以上に困難になる可能性が本

実験結果から示された。 また浸水時には、JAF ユーザーテスト 3)より、自動車のパワーウィンドウなどが正常に

動作しなくなることが実験で確認されている。ドアが開かない状況では、窓からの避難が

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次の行動として大切になるが、開かない状況も想定されるので、窓を割るためのハンマー

や類似の先端の堅いものなどの準備が必要となる。

写真 2.3 車からの脱出用ハンマーの一例

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3. 浸水した大規模駐車場からの避難に関する検討 3.1 検討の背景

近年、地球規模の気候変動に伴う局所的な集中豪雨の増加が問題となっている。都市部

では 50mm/h 以上の激しい集中豪雨によって、地下空間に雨水が流れ込む場合がある。実際に 2008 年 8 月 27 日には栃木県鹿沼市の東北自動車道下のアンダーパスが冠水し、人が自動車に閉じ込められて死亡するという水難事故が発生した。 一方、都市部では、限られた土地を有効利用するために地下構造物が多く存在する。例

えば、大阪梅田には広大な地下街が広がっており、また地下駐車場を備えている。JR 大阪駅の南側だけで、10 ヶ所を超える地下駐車場があり、駐車可能台数としては 2000 台を超える。ひとたび地上が氾濫すると氾濫水が浸入し、甚大な被害が生じると考えられる。 本章では、これらの背景を踏まえて、実物大のセダンタイプの自動車が水没した状況を

再現できる実験装置を用いた体験型避難実験から得られた脱出限界指標を用い、構造格子

モデルによる地下駐車場の浸水解析と避難行動解析から、水没車から脱出して浸水した地

下駐車場から避難できるのか、また避難開始の遅れが避難全体にどのような影響を与える

のかについて検討した。 3.2 水没したセダンタイプの自動車からの脱出限界に関する検討

水没車に閉じ込められた場合、脱出するためには一般的にドアを開けて車外に出る方法

が考えられる。その時の水深によってはドアに水圧がかかっており、通常時にドアを開け

るよりも大きな力が必要である。ここでは、変化する水深に対して水没車のドアを開ける

ためにはどれくらいの力が必要なのかについて、従来の研究 1)で得られた値を用い、それ

らの結果と計測したドアを押す力から脱出限界水深を検討した。

3.2.1 実験方法

(1)水没車からの避難実験 1)

ドアを開けるのに必要な力の計測は京都大学防災研究所宇治川オープンラボラトリー

内に設置された実物大のセダンタイプの自動車模型を用いて行われた。装置の概要を図

3.1 に示す。被験者は各水深において運転席ドアおよび後部座席ドアから脱出し、その成

否およびドアを開けて車外へ脱出するまでの所要時間が測定された。被験者は前後のドア

において一度脱出に失敗すると、次の段階の水深に挑戦することはできない。被験者のう

ち、男性が 59 名と、全体の 9 割以上を占めている。水深条件は、0.495m、0.575m、0.685m、0.775m、0.825m、0.880m としている。

(2) ドアを開けるのに必要な力の計測 1)

測定にはロードセルが用いられた。ロードセルからの出力電圧は 10Hz で 60s 間計測され、事前に検定された出力電圧と力の関係により変換している。この実験を始める前にロ

ードセルに、0kgf、10kgf、20kgf、30kgf、40kgf、50kgf、60kgf の荷重をかけて出力電圧と力の関係が求められた。

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図 3.1 実物大セダンタイプの車模型装置の概要

図 3.2 水没車からの脱出実験結果

(3) 体重とドアを押す力の関係を求める実験

ドアを開けるのに必要な力の計測では、装置の関係から自動車内に座ったときの右手側

にあるドア(以後,運転席側のドア)からの脱出を対象としている。ドアを開けるのに必

要な力との比較・検討を行うために、ここでは運転席側のドアを押す力を測定した。 3.2.2 実験結果

(1) 水没車からの避難実験結果 1) 成人男性の脱出成功率と脱出所要時間との関係が図 3.2 である。脱出成功率については、

水深 0.575m までは、運転席と後部座席で、全ての被験者が脱出できたという結果になった。運転席は水深が 0.685m になると成功率が 96.4%になり、それ以降、成功率が急激に減少する。後部座席では、運転席ほどの急激な変化はなく、水深が 0.825m で 90%以上の被験者が脱出でき、水深 0.880m でも 80%ほどの被験者が脱出できるという結果になっている。脱出所要時間については、運転席ドアと後部座席ドアの両方で、水深が上昇するに

グレーティング(溝蓋)

水槽壁

水槽

止水壁

給水ポンプ

給水管角落し

グレーティング(溝蓋)

水槽壁

水槽

止水壁

給水ポンプ

給水管角落し

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つれ脱出所要時間が長くなることが示されている。一つ前の水深と比べた所要時間の増加

量は水深が深くなるごとに大きくなっている。 (2) ドアを開けるのに必要な力の計測 1)

水深とドアを開けるのに必要な力の関係を示したものが図 3.3 である。水深が大きくな

るにつれてドアを開けるのに必要な力も大きくなっていくことがわかる。運転席ドアを開

けるのに必要な力に比べて後部座席を開けるのに必要な力は小さいということもわかった。 (3) 体重とドアを押す力の関係を求める実験

得られた実験結果を図 3.4 に示す。横軸に体重を、縦軸にドアを押す力をとったグラフ

に被験者のデータを記入したものである。体重とドアを押す力の関係を表すために、ドア

を押す力を体重で割った値を用い、ドアを押す力が体重の何%に相当するのかを検討した。

脱出限界を考えるうえで重要なのは平均値ではなく分布範囲を把握し、その安全側を基準

とすることである。実験結果の分布から、成人男性は、体重の 20%~70%に当たるドアを押す力があるといえる。

図 3.3 ドアを開けるために必要な力

図 3.4 体重とドアを押す力との関係

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3.2.3 水没車からの脱出限界水深について

これらの実験結果から脱出限界水深を求めるための曲線を作成する。図 3.5 に、ドアを

開けるのに必要な力の曲線と各被験者のドアを押す力と水没車からの脱出実験でのドアを

開ける事の出来た最高水深(図中○印)と開けることの出来なかった水深(図中×印)と

の関係を示す。×印はドアを開けるのに必要な力を示す曲線より上にはなく、下にのみ分

布していることがわかる。これはドアを開けるのに必要な力未満の力しか発揮できない場

合にはドアを開けられない可能性があるということを示している。このことから、この曲

線を用いて脱出限界を求めていく。 脱出限界を求める過程を図 3.6 に示す。ここで成人男性の体重は、平成 20 年度体力・

運動能力調査を参考に 65kg とした。すると 0.56m~0.80m という水深の範囲を得ることができる。この範囲の両端の数値のうち、安全側である 0.56m を脱出限界水深とした。 従来の研究 1)でも、0.575m までに避難すべきと述べられていることから脱出限界水深と

して妥当であると言える。

図 3.5 脱出限界を求める曲線

図 3.6 脱出限界水深

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3.3 地下駐車場における水没車からの避難

3.3.1 浸水解析

ここでの解析は、浸水解析と避難者の移動行動計算を組み合わせることから成り立ってお

り、避難者は浸水解析の格子上を最大 8 方向に進むことが可能である。なお、脱出については、移動開始時刻を変化させることで考慮するものとする。避難者は成人男性とし、駐

車場内から避難をすることとした。 (1) 浸水解析モデル

解析モデルとして計算対象領域を正方形の格子に分割して計算する構造格子モデルを

用いた。構造格子モデルは格子形成が簡便なことから一般的に広く用いられる。なお、分

割格子に当たっては一辺 1m の正方形格子を用いた。浸水解析の手法は以下の浅水方程式を基礎式とした武田ら 4)の手法を用いた。 <連続式>

0=∂∂+

∂∂+

∂∂

yN

xM

th

(1a)

<運動量式> x 方向 (1b) y 方向

(1c)

ここに、h は水深、u、v は x、y 方向の流速、M、N は x、y 方向の流量フラックス(M=uh、N=vh)、H は水位(H=h+z,z は地盤高)、 gは重力加速度、n はマニングの粗度係数である。 (2) 解析対象の地下駐車場

ここでは大阪梅田に位置する、ある建物の地下駐車場を参考にした仮想地下駐車場を対

象として解析を行った。形状は縦 88m、横 122mの地下 1 層構造の大規模地下駐車場である。駐車可能台数は 107 台であり、駐車スペース、自動車専用出入口や歩行者専用出入口を図 3.7 に示す。地下駐車場の直上階は地上 1 階である。 (3) 流入条件

地下駐車場への水の流入は内水氾濫によるものとした。内水氾濫時の地上での水深上昇

速度を 0.02m/min5)とし、流入箇所は地下駐車場の自動車専用出入口2ヶ所として、氾濫

3/4

222)()(h

vuMgnxHgh

yvM

xuM

tM +−

∂∂−=

∂∂+

∂∂+

∂∂

3/4

222)()(h

vuNgnyHgh

yvN

xuN

tN +−

∂∂−=

∂∂+

∂∂+

∂∂

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水を流入させた。氾濫水の排水は考慮しないこととした。また、流入開始は時刻 0s から始め、総解析時間は 1800s とした。 (4) 自動車の形状と配置について

自動車の形状については青柳ら 6)の研究を参考に、普通自動車の平均的な大きさを用い

た。しかし前述の通り、格子の大きさは一辺 1m の正方形格子を用いているため、普通自動車の幅および全長を整数にして解析を行った。普通自動車の平均的な大きさおよび解析

する上での大きさを図 3.8 に示す。 次に自動車の配置について以下のように設定した。通常、駐車場の駐車率 100%という

状態は非常に珍しい。よって、ここでは、地下駐車場内の自動車駐車率について、日常的

な駐車場の状態での解析条件として、駐車率を 50%と仮定することとした。駐車可能台数は 107 台であるので、駐車率 50%の状態を 54 台の自動車が駐車していることとする。その 54 台の自動車を解析対象の駐車スペースに均等に配置した。解析対象に自動車を配置した状態を図 3.9 に示す。 一般的な自動車のマフラーは床面から約 0.30m付近にあり、水深が 0.30m になった時

にはマフラーがふさがれ、エンジンが停止するものとした。また、自動車は浸水による浮

力を受けず、配置した位置から流されるなどの移動は考慮しないものとした。

図 3.7 解析対象の地下駐車場

図 3.8 普通自動車の大きさ

平均全長4.673m

平均全幅1.757m

平均全高1.449m

全長5m

全幅2m

全高1.449m

「普通乗用車の平均的な大きさ」

「解析する上での普通乗用車の大きさ」

平均全長4.673m

平均全幅1.757m

平均全高1.449m

平均全長4.673m

平均全幅1.757m

平均全高1.449m

全長5m

全幅2m

全高1.449m

全長5m

全幅2m

全高1.449m

全長5m

全幅2m

全高1.449m

「普通乗用車の平均的な大きさ」

「解析する上での普通乗用車の大きさ」

駐 車 ス ペ ー ス ( □ は 自 動 車 )

自 動 車 専 用 出 入 口

ス ロ ー プ 部 分

徒 歩 専 用 出 入 口

階 段 部 分

入 口 出 口

A

B

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図 3.9 駐車率 50%の自動車配置 3.3.2 避難解析

(1) 避難困難度の指標について

大西ら 7)は、単位幅比力を用いることで、階段部と通路部の地下空間浸水時における避

難の危険度が同時に評価できることを示している。流速(m/s)を u0、水深(m)を h0、重力加

速度(m/s2) を g、としたとき、単位幅比力(m3/m)は u02h0/g+h02/2 の式で表され、成人男性の場合、0.125(m3/m)で自力避難が困難となり、0.250(m3/m)を超えると避難ができなくなるとしており、ここでもこの値を用いた。 (2) 浸水時の歩行速度について

浸水時は非浸水時に比べ歩行速度が低下することは明らかである。ここでは、浅井らの

研究 8)で得られた単位幅比力を用いた歩行速度の低減率を用いた。 通路部の歩行速度減少率(V/ V0)は、0.50exp(-95M)-0.45M+0.50 で表され、階段部の

歩行速度減少率(V/ V0)は、0.27exp(-35M)-0.15M+0.73 で表される。ここに、V は、その単位幅比力時の歩行速度(m/s)、V0は非浸水時の歩行速度(m/s)、Mは単位幅比力(m3/m)である。通路部の歩行速度減少率は地下駐車場の平坦部分に適用した。また、歩行者専用

出入口部分は階段状となっているため、階段部分の歩行速度減少率をそこに適用した。 (3) 避難状況の想定

水没車内からの脱出と駐車場外への移動を考えた。駐車場外への移動だけではなく,水

没車からの脱出を含む様々な避難の状況を想定しなければならない。そのような状況を想

定した 3 つのシナリオを表 3.1 のように検討した。 すべてのシナリオで 2 つの避難経路を考える。1 つのシナリオにつき歩行者専用出入口

A を目指す場合と歩行者専用出入口 B を目指す場合の 2 種類の避難を考えるため、すべてのシナリオでは 6 種類の避難経路について検討することになる。ここで、歩行者専用出入口 A へ向かう経路を a とし、歩行者専用出入口 B へ向かう経路を b とする。また、シナリオ 1 の避難で経路 a を通るものをケース 1a と呼ぶ。以下同様に、ケース1b、ケース2a、ケース 2b、ケース 3a、ケース 3b という呼び方をする。

自 動 車 位 置

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表 3.1 避難のシナリオ

表 3.2 移動経路長

図 3.10 移動経路について (4) 避難者の配置と避難経路について

避難者を配置する場所は、3 つのシナリオそれぞれで水没車の運転席外側とする。また、この位置を移動開始位置とし、移動開始位置から 2 つある歩行者専用出入口(階段の最上段)を移動完了位置とした。移動完了位置は避難完了位置と言い換えることもできる。移

動経路は移動開始位置と移動完了位置の 2 点間を最短距離で結んだものとし、自動車専用出入口から駐車場外への移動は考えないこととした。移動開始位置、移動完了位置、移動

経路を図 3.10 に示すように設定し、その移動経路長は表 3.2 に示すとおりである。 (5) 避難開始の遅れについて

表 3.1 のシナリオにおいて、避難開始の遅れは、徒歩での避難を決断するまでの時間を

変化させることで決定した。徒歩での避難を決断するまでの時間というのは、エンジンが

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表 3.3 避難開始の遅れと避難の成否

かからない、もしくはエンジンが停止した時刻から、エンジンをかけなおしたり、次の行

動を考えたりした後、徒歩での避難を決断し水没車からの脱出を開始しようとする時刻ま

での時間とした。ここではその時間を、「避難開始の遅れ」と呼ぶ。避難開始の遅れは 0s、60s、120s、180s、240s、300s、360s とした。 3.3.3 解析結果

(1) 避難の成否

表 3.1 に示した 3 つのシナリオから 6 種類の避難経路を考え、7 つの避難開始時間の遅れ(0s、60s、120s、180s、240s、300s、360s)について解析を行った。合計 42 名の避難について検討した。避難の成否を表 3.3 に示す。 全避難者 42 名中、避難困難状態に陥ることなく避難することができたのは 4 名(図中

○印)、避難困難状態になったが何とか避難することができたのは 15 名(図中△印)、避難不可能状態になり避難することができなかったのは 23 名(図中×印)であった。 避難困難状態になったが避難することができたものに関しては、避難困難状態になって

いた時間を避難所要時間で除したものを、表 3.3 中の( )内の数値で表している。この数値は、避難に要した時間のうち避難困難状態となっていた時間の割合を示しており、数値

が大きくなるほど、その避難の危険度が増す。また、○印より△印,△印より×印の方が

危険である。これらの結果より、全てのケースで避難開始の遅れが大きくなるほど避難は

危険になっていくことがわかった。 避難開始の遅れが 60s のときすべてのケースで避難が可能であるという結果になった。ただし、ケース 2b 以外のケースでは避難困難状態になるため安全な避難はできないと言える。避難開始の遅れが 120s では、避難をした 6 名のうち避難困難状態に陥ることなく避難ができたのは 1 名で、避難困難状態になったが何とか避難することができたのは 4 名であり、1 名は避難不可能状態になり避難できないという結果になった。避難開始の遅れが 0s の場合でさえもケース 1b とケース 2b 以外のケースでは避難困難状態になるとい

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表 3.4 避難開始の遅れと避難所要時間

結果になった。これは,エンジンがかからない、もしくはエンジンが停止した(水深が 0.30mになった)と同時に避難を開始したとしても安全な避難はできない場合があるということ

を示しており、自動車のエンジンがかからない、もしくはエンジンが停止した(水深が

0.30m になった)時点では、すでに危険な状態であるということが言える。 万一、このような状況に陥った場合には、避難開始の遅れが 60s になるまでに避難を始

める必要がある。 (2) 避難所要時間

次に避難開始の遅れと避難所要時間の関係を検討した結果を表 3.4 に示す。避難所要時

間とは脱出所要時間と移動所要時間の和である。ケースによって避難経路長が異なるため

避難所要時間に違いがある。また、すべてのケースで、避難開始が遅れるにつれて避難所

要時間が長くなっていくことがわかる。これは、氾濫水の流入は継続的におこっており、

避難開始が遅れるほど水深が上昇し、脱出所要時間が長くなることと,単位幅比力が大き

くなるため歩行速度が下がり移動時間が長くなることが関係していると考えられる。 3.3.4 結論

ここでは浸水深がどの程度までなら水没車から脱出することができるのかを実験結果

に基づいて検討した。そして、その結果を用いて、仮想的な地下駐車場において水没車に

閉じ込められたという事態を想定した避難解析を行い、避難開始が遅れた場合に地下駐車

場から避難できるのか、また避難開始の遅れが避難にどのような影響を与えるのかを検討

した。得られた主な結果を以下に示す。 (1)実験から得られた結果は以下のとおりである。 成人男性のドアを押す力は体重の 20%~70%である。また、脱出限界水深は運転席ドアで水深 0.56m、後部座席ドアで水深 0.63m となった。水没車からの脱出限界水深と考えた場合には水深 0.56m であり、従来の研究 7)からも水深 0.575m になるまでに避難すべきと述べられていることから脱出限界水深として妥当であると言える。

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(2)避難解析で得られた結果は以下のとおりである。 避難開始時間が 0s のとき、すなわち、自動車のエンジンがかからない、もしくはエンジンが停止すると同時に避難を開始したとしても、すべてのケースで避難は可能であるが

安全な避難はできない場合があるということが示された。避難開始の遅れが長くなるにつ

れて避難所要時間は長くなり、避難は危険なものとなる。避難完了場所へ到達することだ

けを考えれば自動車が停止してから 60s 以内に避難する必要があると言える。また、避難経路が長くなればなるほど避難は危険になり、また流入口の近くを通る避難経路は危険で

あることがわかった。 (3)今後の課題は以下のとおりである。 今回行った避難解析は成人男性を想定して行っている。しかし、実際には女性も地下駐

車場内で水没する可能性はあるため、今後検討していく必要がある。また、実験および避

難解析で用いた自動車は普通自動車タイプだけであるため、ほかの車種に関しての検討も

求められる。

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4. おわりに

本研究をとおして得られた主な成果は以下のとおりである。

(1)水槽の横にワンボックスタイプの実物の軽自動車を設置し、水没した車の運転席ド

ア(横開き)とスライドドアから避難する体験実験を被験者の協力を得て実施した。スラ

イドドアについては、それを開けるために必要な力の計測をロードセル、手動ウィンチを

用いて行った。

その結果、ワンボックスタイプの軽自動車スライドドアからの避難が困難になる水深条

件は、以前に実施された、セダンタイプの小型自動車の横開きドアからの実験結果とほぼ

同等の 75 cm から 80cm 程度であることが示された。これより、スライドドアを開けての避難行動は、一般的な横開きのドアに対するものより容易ではないことが明らかとなった。

(2)セダンタイプの水没車からの脱出限界水深を過去の実験結果に基づいて検討し、そ

の値を用いて仮想的な地下駐車場において水没車に閉じ込められたという事態を想定した

避難解析を行い、避難開始が遅れた場合に地下駐車場から避難できるのか、また避難開始

の遅れが避難にどのような影響を与えるのかを検討した。 その結果、自動車のエンジンがかからない、もしくはエンジンが停止すると同時に避難

を開始したとしても、すべてのケースで避難は可能であるが安全な避難はできない場合が

あるということが示された。避難開始の遅れが長くなるにつれて避難所要時間は長くなり、

避難は危険なものとなることが確認された。また、避難経路が長くなればなるほど避難は

危険になり、また流入口の近くを通る避難経路は危険であることも明らかとなった。

謝辞:浸水解析等でご尽力いただいた関西大学大学院工学研究科総合工学専攻の川中龍児

氏、ならびに実験に協力していただいた多くの方々に謝意を表します。

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参考文献

1)馬場康之・石垣泰輔・戸田圭一・中川一 (2009):水没した自動車からの避難に関する

実験的研究,土木学会水工学論文集第53巻,pp. 853-858.

2) 馬場康之,石垣泰輔,戸田圭一(2010):水没した自動車からの避難の難しさ,京都大

学防災研究所年報 , 第53号B-2, pp. 553-559.

3) JAFユーザーテスト(2010):冠水時と水没時,車はどうなる,JAFMate,第48巻,第5

号,pp.22-25.

4)武田誠・井上和也・上塚哲彦・村松貴義 (1996):高潮解析における数値解析モデルお

よびその境界条件に関する検討,土木学会水工学論文集第40巻,pp.1089-1094.

5)財団法人 日本建築防災協会 (2002):地下空間における浸水ガイドライン.

6)青柳政樹・中畑佳城・石垣泰輔・戸田圭一・馬場康之 (2010):アンダーパス浸水時の

水没車からの避難に関する検討,地下空間シンポジウム論文・報告集第15巻,pp.125-132.

7)大西良純・石垣泰輔・馬場康之・戸田圭一 (2008):地下空間浸水時における避難困難

度指標とその適用,土木学会水工学論文集第52巻,pp.841-846.

8)浅井良純・石垣泰輔・馬場康之・戸田圭一 (2009):高齢者を含めた地下空間浸水時に

おける避難経路の安全性に関する検討,土木学会水工論文集第53巻,pp.859-864.

・ 助成事業者紹介 氏 名 戸田 圭一 現職:京都大学防災研究所教授(Ph.D.) 主な著書:わかる水理学(学芸出版社、平成 20 年) ・ 共同研究者 氏 名 石垣 泰輔

現職:関西大学環境都市工学部教授(博士(工学)) 主な著書:わかる水理学(学芸出版社、平成 20 年) 氏 名 馬場 康之

現職:京都大学防災研究所准教授(博士(工学))