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NAVIS 031 | JANUARY 2017 · この仕組みなら、日んでいますので、他の地域や海外での生産が増えれ安代りんどうは、地域一体で育種・生産事業に取り組

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ツチヤ教授の

P

大人の社会科見学

哲学者でありコラムニストでもあるツチヤ教授が、

みずほ情報総研のさまざまな〝現場〟を訪問。

ソリューションやサービスが生まれる

舞台裏をご紹介します。

〉〉 第11回 〈〈

大谷

コンサルティング事業推進部の大谷と申しま

す。今回は、岩手県八幡平市と連携して行っている、

東アフリカ・ルワンダ共和国でのリンドウの栽培実証

事業についてご紹介したいと思います。

土屋 

岩手県へうかがって、アフリカでの農業の話を

お聞きするのですね。どういうことなのかさっぱりわ

からない(笑)。新興国への進出というと普通は工場

を作るといったことを想像しますが、農業分野でとい

うのは珍しいですね。

大谷 

日本の農林水産業は、高齢化や後継者不足など

多くの課題を抱えています。その解決策の一つとして

農産物の輸出力強化が求められていますが、生産力が

低下していく中での輸出促進には限界があります。ま

た、日本の農産物は高品質ですが、四季があるため、

通年供給の要求に応えるのが難しいという課題もあり

ます。

土屋 

そうなんですか。

大谷 

そこで、世界のマーケットに安定した量と品質

の農産物を供給していくための体制作りが必要だと考

え、2015年に、日本の農林水産業のグローバル展

開を支援する「みずほグローバルアグリイノベーショ

ン」という事業を立ち上げました。

 

ルワンダに着目した理由の一つは、ビジネスのしや

すさです。各国のビジネス環境の現状をランキングし

た世界銀行の報告書「D

oing Business 2016

」において、

ルワンダは、モーリシャスに次いでアフリカで2番目

の62位にランクインしています。成長性があり、労働

力が豊富で、年間を通じて気候が安定しているルワン

ダが実証を行う拠点として最適と判断しました。

土屋 

ルワンダというと、内戦で何十万もの人が犠牲

になった危険な国というイメージがありますが、今は

安全なんですか。

岩手のリンドウを

アフリカで育てる

12

アフリカに挑戦する

日本の農業を見に行こう

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大谷 

1994年に起こった内戦ですね。今は政権も

安定しており安全です。天然資源に乏しいルワンダ

は、IT立国を目指しており、首都キガリの街もとて

もきれいです。

土屋 

ルワンダの宣伝大使のようですね(笑)。花を

選んだのはなぜなのですか。

大谷 

理由はいくつかありますが、まず面積あたり

の収益性の高さです。米は1反(約1000平方メー

トル)あたり3万円ほどの収益になりますが、バラは

570万円ほどになります。ルワンダは、国土が大変

狭く人口密度が高いため、畑の面積も広くは取れませ

ん。そこで、収益性の高い、花の育成が適切だと考え

たのです。

 

リンドウは世界のマーケットで優位性のある花で、

根茎や根は、生薬の竜胆として漢方薬の原料になりま

す。土を掘り返す作業は重労働で高齢者には難しいの

ですが、ルワンダであれば若い人たちが大勢いますの

で、実施できるのではないかと考えています。

大谷 

こちらは、リンドウ栽培事業の実証研究を共同

で行っている、八幡平市花き研究開発センターの試

験圃場です。あの畑に咲いているのがリンドウです。

ちょうど開花時期なんですよ。

土屋 

そうなんですか。僕も女房も花の名前は全然わ

からなくて。花屋で見かけた花をアヤメかカキツバタ

かと2人で悩んで、店員に尋ねたらリンドウですとい

われたことがあるくらいで(笑)。

大谷 

最近の花は品種改良で見た目が変わっているも

のもありますからね(笑)。

土屋 

このリンドウは花弁の形がユニークですね。

大谷 

新しい品種ですね。こちらでは、「安代りんど

粘り強くないと

進められない事業ですね

ツチヤ教授

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う」ブランドのオリジナル品種の改良や栽培に関する

研究が行われています。新品種は登録を行い、「育成

者権」という知的財産権の一種として保護されます。

土屋 

そういうふうになっているんですか。

大谷 

はい。種はここでしか作ることはできません。

安代りんどうは、地域一体で育種・生産事業に取り組

んでいますので、他の地域や海外での生産が増えれ

ば、その分の収益も得られます。この仕組みなら、日

本の農業技術を活用した新しい輸出産業化が可能にな

り、日本とルワンダ双方にとってメリットがあると考

えたのです。

 

こちらが、日影所長です。

日影 

ようこそおいでくださいました。ここ岩手のリ

ンドウは、全国流通量の約68%を占めているのですよ。

土屋 

そうなんですか。

日影 

八幡平市は積雪量が多く、農家の人は冬場は出

稼ぎに行かなければなりませんでした。そこで、一年

中ここで生活できるような仕事を作ろうと、リンドウ

栽培を始めたのが1970年代のことです。19名の生

産者が、田んぼの片隅に植えつけたことから始まりま

した。今では40品種を開発し、その権利を所有してい

ます。

 

また、1999年にニュージーランドで生産を始

め、2002年にはチリでの栽培にも着手するなど、

早い段階で海外展開に挑戦してきました。

大谷 

この事業を立ち上げるまでに、大学の先生など

さまざまな研究者の方にご相談しましたが、ほぼ全員

に、難しいといわれました。そんな中で日影所長にご

理解いただけたのは、海外での生産に関するご経験と

知見がおありになったからだろうと思います。

日影 

それでも、ルワンダでの事業に関しては決定ま

で2年かかりました。実は、最初は否定的に検討を始

めたのです(笑)。

土屋 

なるほど、いやいやながら(笑)。大谷さんに

初めて会った時、信用できそうでしたか?

日影 (笑)。最初はお断りしようと思ってお会いし

たのですが、お話をお聞きして、ここで受けないと私の

今までの人生を否定することになると思ったんです。

土屋 

説得力があったんですか?

日影 

はい。熱意も戦略もありましたし、アフリカの

発展に貢献したいという想いも強かった。ですから、

まあだまされてもいいかなと(笑)。

土屋 (笑)。そうですか。迷った一番の理由は何で

しょうか。

日影 

知的財産権の保護に関する懸念です。苗は容易

に増やせるわけではありませんが、万が一のことが

あっても、遠いアフリカでは対処が難しいという心配

がありました。

大谷 

そこで、我々がルワンダ政府と交渉を行い、半

年ほどかけて、植物の新品種の保護に関する国際条約

(UPOV条約)に加盟するという約束を取り付けま

した。

土屋 

権利の保護という考え方のないところにその仕

組みを作るというようなことは簡単ではないですね。

どの企業でもできることではないと思いますよ。そも

そもリンドウがこれだけの、しかも国際的に展開する

ようなビジネスになっていることに驚きました。

大谷 

今は、さまざまな品種の育成実験を進めてい

て、適応可能な品種を探しているところです。リンド

ウは最初に花が咲くのに2年と、結果が出るまでに時

間がかかります。農業というのは、長期的なスパンで

考える必要があるのです。

日影 

そのあたりが、なかなか理解してもらえない点

です。また、試験栽培を行っている畑は1坪ほどで、

そこに集中してあらゆるデータを取っているのです

が、視察に来られる方は広大な畑を期待されているこ

ともあります。

土屋 

まあ確かに、1坪のものがルワンダの経済を動

かすようになるとは思えないですものね。

大谷 

私は農学専攻でしたので、研究者と企業の両方

土屋 賢二 (つちや けんじ) 氏 1944年、岡山県生まれ。お茶の水女子大学名誉教授。柔らかな語り口の哲学論集・講義集のほか、数多くのユーモアあふれるエッセイ集でも知られる。趣味はジャズピアノ。ユーモアエッセイ集には『妻と罰』『ツチヤ学部長の弁明』『紳士の言い逃れ』など多数。ほか『ツチヤ教授の哲学講義』『哲学者にならない方法』など。

Pピンク色の品種のリンドウ

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N a v i s 0 3 1 – J a n 2 0 1 715

の感覚が理解できます。そのため、企業側の期待にも

応えようと、試験栽培も兼ねてヒマワリの広い畑も

作っています(笑)。

土屋 

なるほど(笑)。実験はうまくいきそうですか。

大谷 

はい。予想よりも条件がよいとわかりましたの

で、適応可能な品種を選定して栽培方法を確立すれ

ば、あと数年で生産にこぎつけられる予定です。現地

には、ブルーム・ヒルズ・ルワンダという実証事業を

担う農業ベンチャーも立ち上がりました。ヨーロッパ

への輸出を考えていますので、流通体制の確立に向け

て輸送試験も行っています。2016年2月にはルワ

ンダ政府への報告会を行いました。

土屋 

大谷さんはもともとアフリカに詳しかったんで

すか。

大谷 

いえ。2007年頃にアフリカに着目してか

ら、外務省や農林水産省の委託業務を通して知見を積

み上げてきました。2012年から事前調査を開始

し、ルワンダ国内のさまざまな場所で土壌の品質検査

を行って、政府と交渉して実験圃場を確保し、輸出入

許可を取得しました。最終的には土地は無償でご提供

いただけることになりました。

土屋 

粘り強くないと進められない事業ですね。

大谷 

8月に開催された第6回アフリカ開発会議

(TIC

AD

VI

)は、初のアフリカでの開催となりました

が、サイドイベントとして開催されたジャパンフェア

に当社も出展しました。ブースには安倍首相夫人が立

ち寄られ、現地で育てたヒマワリをお渡ししました。

 

また、展示会では、大田区の中小企業の技術もご紹

介しました。当社は、みずほグローバルアグリイノ

ベーションの一環として、大田区と連携して現地ニー

ズに対応した製品の開発支援を行っており、現在、輸

送時の花の品質保持を目的とした機器の製品化を進め

ています。この案件はJIC

A

(国際協力機構)の中小企

業海外展開支援事業に採択され、今後ルワンダでの実

証を進めていきます。

土屋 

花を作るということが、こんなに国際的なビジ

ネスに展開できる可能性があるのですね。地方創生を

目指すなら、こういうビジネスを考えた方がいいです

よね。

大谷 

そうですね。しかし、農産物の海外展開にはま

だ抵抗のある自治体も多いのではないかと思います。

土屋 

まるで開拓者のようですね。一つの国の産業が

できあがっていく過程を見ているようで、テレビ番組

にしてもいいぐらいですよ。うまくいってルワンダが

発展したら、銅像が建つかもしれない(笑)。

大谷 (笑)。まだまだこれからですが、持続的なビジ

ネスになるよう取り組んでいきたいと思います。アフ

リカは今後、生産国から消費国になっていきますの

で、関心を持たれている企業は多いと思います。当社

としては各種実証のための許認可手続きや製品開発の

サポート、現地の大学や企業とのネットワーキングな

ど、さまざまなサポートを提供していきたいと考えて

います。

 

アフリカで事業を行うという話は唐突な感じがあり

ますし、拒否反応を示されることも多いと思います。

しかし、そういうところにこそ、イノベーションの要

素があるのではないでしょうか。

土屋 

誰もやりたがらないところが狙い目なのですよ

ね。今回の事業も、需要があるところで始めるのでは

なく、ゼロから作るわけですからやりがいがあります

よね。

大谷 

そうですね。コンサルティングの仕事には遊び

心も必要だと思います。シンクタンクとして、2歩先

の未来でビジネスになることをやっていかなければと

考えています。

P八幡平市花き研究開発センターの育種ハウスにて、日影孝志所長(左)にお話を伺う

国の産業ができあがる

過程を見ているようです

ツチヤ教授