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日 鼻 誌 57 (4):597~604, 2018 原  著 ―(597) 33 副鼻腔真菌症手術症例の検討 伊東 明子,中屋 宗雄,東海林 静, 木田  渉 東京都立多摩総合医療センター耳鼻咽喉科・頭頸部外科 近年,副鼻腔真菌症は増加傾向にあり,その背景には糖尿病患者の増加や経口ステロイド薬使用の増加が指 摘されている。加えてCT・MRIなどの画像検査の普及により偶発的に見つかるケースも増加している。2010年 1 月から 2016 年 12 月までに当科で内視鏡下鼻内副鼻腔手術を行い病理組織学的に副鼻腔真菌症と診断された 82 例を対象に,分類,年齢,性別,患側,主訴,基礎疾患,鼻内所見,罹患洞,画像所見,術前診断,治療・予 後について検討した。病型は非浸潤性真菌症が 75 例,アレルギー性鼻真菌性副鼻腔炎が 1 例,病理組織学的に は証明できなかったが浸潤性真菌症が疑われる症例が 3 例あった。平均年齢は 66 歳(26 歳~86 歳)で,男性 34 例 女性48例であった。全例に内視鏡下鼻内副鼻腔手術を施行し,罹患副鼻腔の開放と真菌塊の除去を行った。 画像検査で偶発的に指摘されて当科を受診したのは非浸潤性真菌症の19例であった。基礎疾患として糖尿病や 自己免疫疾患を持つ例は21例であった。非浸潤性の症例は全例再発なく良好な経過であった。浸潤性真菌症が 疑われた症例は手術と併せて抗真菌薬の投与を行ったが,1 例で不幸な転帰を辿った。副鼻腔真菌症は患者の 状態などにより様々な臨床経過を呈する疾患であり,早期に診断し適切な治療を行う必要がある。 キーワード:副鼻腔真菌症,内視鏡下鼻内副鼻腔手術 Clinical Consideration of Fungal Rhinosinusitis Akiko Ito, Muneo Nakaya, Shizuka Shoji, Wataru Kida Department of Otolaryngology, Head and Neck Surgery, Tokyo Metropolitan Tama Medical Center We report herein 82 cases of fungal rhinosinusitis that were treated surgically in our hospital between January 2010 and December 2016. The patients (34 males 48 females) had ages ranging from 26 to 86 years old (average 66 years old). Endoscopic sinus surgery and pathological diagnosis were performed in all cases. Seventy-five patients were diagnosed with non-invasive fungal rhinosinusitis, 1 was with allergic fungal rhino- sinusitis, and there were 3 patients which were suspected of invasive fungal rhinosinusitis though not proved pathologically. The prognosis was good in all patients with non-invasive fungal rhinosinusitis. One patient with probable invasive fungal rhinosinusitis died despite treatment of surgery combined with intravenous injection of an antifungal agent. Key words fungal rhinosinusitis, endoscopic sinus surgery (2018 年 1 月 25 日受稿,2018 年 7 月 25 日受理)

Clinical Consideration of Fungal Rhinosinusitis

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Page 1: Clinical Consideration of Fungal Rhinosinusitis

日 鼻 誌 57(4):597 ~ 604,2018

原  著

―(597) ―33

副鼻腔真菌症手術症例の検討

伊東 明子,中屋 宗雄,東海林 静, 木田  渉東京都立多摩総合医療センター耳鼻咽喉科・頭頸部外科

近年,副鼻腔真菌症は増加傾向にあり,その背景には糖尿病患者の増加や経口ステロイド薬使用の増加が指摘されている。加えてCT・MRIなどの画像検査の普及により偶発的に見つかるケースも増加している。2010年1月から2016年12月までに当科で内視鏡下鼻内副鼻腔手術を行い病理組織学的に副鼻腔真菌症と診断された82例を対象に,分類,年齢,性別,患側,主訴,基礎疾患,鼻内所見,罹患洞,画像所見,術前診断,治療・予後について検討した。病型は非浸潤性真菌症が75例,アレルギー性鼻真菌性副鼻腔炎が1例,病理組織学的には証明できなかったが浸潤性真菌症が疑われる症例が3例あった。平均年齢は66歳(26歳~86歳)で,男性34例 女性48例であった。全例に内視鏡下鼻内副鼻腔手術を施行し,罹患副鼻腔の開放と真菌塊の除去を行った。画像検査で偶発的に指摘されて当科を受診したのは非浸潤性真菌症の19例であった。基礎疾患として糖尿病や自己免疫疾患を持つ例は21例であった。非浸潤性の症例は全例再発なく良好な経過であった。浸潤性真菌症が疑われた症例は手術と併せて抗真菌薬の投与を行ったが,1例で不幸な転帰を辿った。副鼻腔真菌症は患者の状態などにより様々な臨床経過を呈する疾患であり,早期に診断し適切な治療を行う必要がある。

キーワード: 副鼻腔真菌症,内視鏡下鼻内副鼻腔手術

Clinical Consideration of Fungal Rhinosinusitis

Akiko Ito, Muneo Nakaya, Shizuka Shoji, Wataru Kida

Department of Otolaryngology, Head and Neck Surgery, Tokyo Metropolitan Tama Medical Center

We report herein 82 cases of fungal rhinosinusitis that were treated surgically in our hospital between January 2010 and December 2016. The patients (34 males 48 females) had ages ranging from 26 to 86 years old (average 66 years old). Endoscopic sinus surgery and pathological diagnosis were performed in all cases. Seventy-five patients were diagnosed with non-invasive fungal rhinosinusitis, 1 was with allergic fungal rhino-sinusitis, and there were 3 patients which were suspected of invasive fungal rhinosinusitis though not proved pathologically. The prognosis was good in all patients with non-invasive fungal rhinosinusitis. One patient with probable invasive fungal rhinosinusitis died despite treatment of surgery combined with intravenous injection of an antifungal agent.

Key words: fungal rhinosinusitis, endoscopic sinus surgery

(2018年1月25日受稿,2018年7月25日受理)

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はじめに

副鼻腔真菌症は呼吸に伴って副鼻腔に侵入した真菌が引き起こす疾患である。重篤な症状を呈する浸潤性と限局した病変を呈する非浸潤性に大別され,さらに急性浸潤性,慢性浸潤性,慢性非浸潤性,および真菌の抗原性が関与するアレルギー性真菌性鼻副鼻腔炎の4つの病態に分類されている1)。糖尿病患者,経口ステロイド薬の使用,CT・MRI検査などの増加により,副鼻腔真菌症に遭遇する機会が増えており,その多くは臨床症状がほとんどない非浸潤性である2)。保存的治療が奏功しないことが多く,治療は外科的治療が主体となっている3)。今回,我々は手術治療を行った副鼻腔真菌症の症例を検討したので若干の文献的考察を加えて報告する。

対象と方法

2010年1月から2016年12月の7年間に,東京都立多摩総合医療センター耳鼻咽喉科・頭頸部外科で内視鏡下鼻内副鼻腔手術を施行した計987例のうち,病理組織学的に真菌が確認された82例を対象とした。年齢は26歳から86歳で,平均値は66歳,中央値は70歳であった。男性が34例に対し,女性は48例であった。病理組織学的に真菌とともに好酸性ムチンを認めたものは4例で,そのうちAAAAIのアレルギー性真菌性鼻副鼻腔炎の診断基準4)

を満たしたのは1例だった。他,真菌特異的IgEの測定を行っていなかった症例が2例,真菌と好酸球性ムチンを検出したものの真菌特異的IgEが正常値であったものが1例あった。臨床経過と画像検査上で周囲組織への進展を認め,病理組織学的に真菌の浸潤像はとらえることができなかったが,浸潤性真菌症が疑われた症例が3例あった。それらを除く慢性非浸潤性真菌症が75例と最多であった(表1,2)。

結  果

1)慢性非浸潤性副鼻腔真菌症1-1:年齢平均年齢は66歳(26~84歳),中央値は70歳で,男性

28例,女性47例であった(図1)。1-2:主訴とくに自覚症状がなく偶発的に画像検査で指摘された

症例が19例(25%)で最多であった。鼻汁が15例(20%),頬部痛12例(16%),後鼻漏12例(16%),頭痛11例(15%),鼻閉10例(13%),悪臭3例(4%)と続いた。主訴が複数の場合については重複して扱った(図2)。1-3:基礎疾患免疫低下に関与すると思われる基礎疾患として,糖尿

病の症例は10例(13%),ステロイドまたは免疫抑制剤内服中の症例は9例(12%)であった。一方,自覚症状

表1 副鼻腔真菌症の分類

分類 経過 免疫状態 アトピー 真菌の役割 組織浸潤

急性浸潤性 急性 免疫不全が多い なし 病原菌 あり慢性浸潤性 慢性 免疫正常が多い なし 病原菌 あり慢性非浸潤性 慢性 免疫正常が多い なし 真菌塊 なしアレルギー性 慢性 免疫正常 あり 抗原 なし

文献1),3),5)より

表2 アレルギー性真菌性副鼻腔炎の診断基準(AAAAI,2006)

【必須項目】 [参考項目]

・CT/MRIにて副鼻腔炎の所見・ 内視鏡検査にて好酸球性ムチン (細胞診検査にて真菌と好酸球浸潤を確認)・ 内視鏡検査にて中鼻道あるいは中鼻甲介の 浮腫・ポリープ形成を認める・ 真菌に対するI型アレルギーの証明 (特異的IgE値上昇もしくは皮内テスト陽性)・副鼻腔粘膜への真菌の浸潤を認めない

・真菌培養にて真菌を証明・血清総IgE値の上昇・血中好酸球増多・アレルギー疾患の既往,気管支喘息の合併・片側性に発症することが多い・ムチン中のCharcot-Leyden結晶・真菌特異的IgG上昇

文献4)より

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がなく画像検査で偶発的に指摘された19例のうち7例がステロイドまたは免疫抑制剤内服中の当院リウマチ内科症例で,4例が糖尿病患者であった。抗癌剤加療中のものはいなかった。1-4:鼻内所見膿性鼻汁・鼻茸を認めたものが49例(65%),真菌塊

を認めたものが3例(4%)であった。とくに所見がないものが23例(31%)にのぼった。1-5:罹患洞一側上顎洞が68例(91%),一側蝶形骨洞が4例(5%)

であった。複数洞で真菌の検出があったものが3例(両側蝶形骨洞,両側上顎洞-一側蝶形骨洞,一側上顎洞-同側前頭洞)の結果だった。1-6:画像所見全例で副鼻腔CTを撮像しており,特徴的な石灰化像を

認めたものは60例(80%)にのぼった。MRIは,16例で撮像しており,特徴的なT2強調画像での低-無信号域を呈したものは15例であった。1-7:術前診断術前から副鼻腔真菌症を疑いえた症例は64例であった

(85%)。CT画像から診断にいたった症例は54例で,MRIによって診断できた症例が3例だった。他は,一側性陰影で明らかな歯性病変がないことから推測していた。CTで点状の石灰化を認めたが,術前に真菌症を疑いえなかった症例は6例で,歯科治療のエピソードから点状石灰化を歯科治療に伴う異物と判断したものであった。1-8:治療・予後全例に内視鏡下鼻内副鼻腔手術を施行し,罹患洞の開

放と病巣の除去を行った。自然口の開大のみでは上顎洞内の病変が除去できない症例については,下鼻道対孔か

図1 非浸潤性副鼻腔真菌症の年齢と性別

図2 主訴の内訳(※偶発を除き重複あり)

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らのアプローチを追加した。観察期間平均4.8か月で,全例再発なく良好な経過を得ている。2)浸潤性副鼻腔真菌症が疑われた症例個々の症例の臨床経過を示す(表3)。症例1:86歳男性。関節リウマチの既往で免疫抑制剤

内服中。平成〇年×月10日頃より左頭痛が出現,×月27日視力障害を自覚し近医眼科で左失明の診断。×+1月3日に当院神経内科を受診,左動眼神経麻痺と,頭部CT/MRIで左蝶形骨洞に骨破壊を伴って眼窩先端部に進展する軟部濃度陰影を認めた(図3)。腫瘍性病変とともに浸潤性副鼻腔真菌症が疑われ同日当科紹介となった。β-Dグルカンは6.4IU/mlと正常範囲であった。同日,緊急入院の上,全身麻酔下に左内視鏡下鼻内副鼻腔手術を施 行,蝶形骨洞内は真菌塊が充満しており,膿汁を認めた。副鼻腔外への交通は確認できなかった。他の副鼻腔は正常であった。術後,連日鼻処置を行い,入院12日目に退

院となった。手術検体の病理組織診でアスペルギルスを認めたが,採取された粘膜内に真菌の浸潤は認めなかった。培養検査でAspergillus fumigatusが検出された。退院後も頭痛が遷延し増強したため,×+1月27日再入院 となり,CTで眼窩先端部に軟部濃度陰影の残存を認め た(図3)。浸潤性副鼻腔真菌症による眼窩先端症候群として残存病変に対し,感染症内科併診のもと抗真菌薬voriconazole 200mg/dayの点滴投与を開始した。視力障害・動眼神経麻痺は改善しなかったが,頭痛は徐々に改善し,入院22日目に内服voriconazoleに切り替えて退院となった。経過中,AST 188IU/l,ALT 130IU/lまでの肝機能障害を認めたが,6か月間の内服終了後に速やかに正常化し,その他に大きな副作用は出現しなかった。症例2:78歳,男性。直腸カルチノイドの既往。〇年

×月下旬から右頭痛が出現し,×+1月近医脳神経外科で右副鼻腔炎指摘。近医耳鼻科で投薬するも改善乏しく,

表3 浸潤性副鼻腔真菌症疑い症例

症例 年齢 性別 主訴 基礎疾患 罹患洞 組織破壊像β-Dグルカン(IU/ml)

治療 予後

1 86 男頭痛視力障害眼瞼下垂

関節リウマチ (MTX/PSL内服中)

蝶形骨洞 あり 6.4手術+抗真菌薬(voriconazole)

視力障害改善なし

2 78 男 頭痛 脳梗塞 上顎洞 あり 69.2 手術+抗真菌薬 治癒

3 75 男頭痛視力障害眼瞼下垂

糖尿病・人工透 析中・心筋梗塞

蝶形骨洞 あり 47.1 手術+抗真菌薬術後2日目に脳梗塞発症,術後10日に死亡.

図3 症例1 A;CTで左蝶形骨洞に石灰化と骨破壊を伴う軟部濃度陰影(矢印)を認めた。B;MRI(T2強調像)で左眼窩先端部に低信号領域(矢印)を認めた。C;左眼瞼下垂とともに,視力障害(失明),眼球運動障害を認めた。

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×+3月4日当科紹介初診となる。副鼻腔CTで,右上顎洞に石灰化と眼窩下壁の骨破壊を伴う軟部濃度陰影を認め(図4),β-Dグルカン69.2IU/mlと高値だった。浸潤性副鼻腔真菌症疑いで×+3月15日入院となった。入院後voriconazole 400mg/day点滴投与を開始し,入院4日目に右内視鏡下鼻内副鼻腔手術を施行した。上顎洞内に真菌塊と膿汁を認め,CTで骨破壊を認めた眼窩下壁は骨の露出があったが,眼窩内組織の露出はなかった。その他の副鼻腔に所見はなかった。頭痛は術後から改善傾向と

なり,入院8日目にβ-Dグルカン16.9IU/mlと改善しており,入院12日目に内服voriconazoleに切り替えて退院となった。手術検体の病理組織診でアスペルギルスを認めた。採取粘膜に真菌の浸潤は認めなかったが,β-Dグル カンの高値も考慮に入れて浸潤性副鼻腔真菌症として計6か月の抗真菌薬内服加療を継続した。経過中,β-Dグルカンは徐々に低下し,5.4IU/mlと陰性化した。経過中,抗真菌薬による特記すべき副作用は認めなかった。症例3:75歳男性。糖尿病で両下肢切断,透析導入,

心臓バイパス術の既往あり。平成〇年×月上旬から左眼窩から頭頂部にかけての痛み,左視力低下が出現し,徐々に増悪するとともに左眼瞼下垂も出現した。他院眼科を受診したが診断にいたらず,×+3月9日,前医神経内科を受診し精査目的に×+3月18日入院となった。頭部 CT/MRIで,ともに左蝶形骨洞から骨破壊を伴って連続する眼窩先端部病変を認め,×+3月28日に退院し同日当科紹介となった。当科初診時,左眼球突出と左眼瞼下垂,左視力低下(手動弁)を認め,副鼻腔CTで左蝶形骨洞に石灰化と骨破壊を伴う軟部濃度陰影があり,頭部MRIでは左眼窩先端部から視神経周囲にかけて境界不明瞭な病変を認めた。浸潤性副鼻腔真菌症の疑いで緊急入院となった(図5)。同日,局所麻酔下に左内視鏡下鼻内副鼻腔手術を施行,左蝶形骨洞自然口から排膿を認め,洞内に真菌塊を認めた。眼窩先端部の蝶形骨洞粘膜は壊死を呈していた。入院時,β-Dグルカン47.1IU/mlと上昇しており,浸潤性副鼻腔真菌症に他の細菌性副鼻腔炎も

図4 症例2 CTで右上顎洞に石灰化と眼窩下壁の骨破壊を伴う軟部濃度陰影(矢印)を認めた。

図5 症例3 A;CTで左蝶形骨洞に骨破壊を伴い眼窩先端部に進展する軟部濃度陰影を認めた(矢印)。B;MRI(T2強調像)で左眼窩先端部に一部低信号域を伴う領域を認めた。C;左軽度眼球突出,左眼瞼下垂,左視力低下(手動弁)を認めた。

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考慮に入れ,Ambisome 250mg/day,Vancomycin 500mg/透析日,Cefazoline 2gの点滴投与を開始した。連日鼻処置をしていたところ入院3日目に右片麻痺と失語が出現,頭部MRIで脳梗塞の診断となった。左内頸動脈C5領域 に高度狭窄を認め,血行動態の変化による虚血が原因と考えられた。浸潤性副鼻腔真菌症の直接の波及が梗塞 を引き起こした可能性は否定的との神経内科の見解であった。経皮的血管拡張術を施行したが効果は乏しく透析の度に梗塞巣が拡大し,入院12日目に永眠された。手術検体の病理組織診でアスペルギルスを認めたが,採取された粘膜内に真菌の浸潤は確認できなかった。膿汁の培養からはStaphylococcus aureusとともにAspergillus fumigatusが検出された。アスペルギルス抗原も軽度上昇を認めた。3)アレルギー性真菌性鼻副鼻腔炎AAAIの診断基準4)を満たしたのは1例のみだった。副

鼻腔CTで左汎副鼻腔に軟部濃度陰影とともに,モザイク状の高吸収域を認めた(図6)。術前にはアレルギー性真菌性鼻副鼻腔炎を疑えず,術中に好酸球性ムチンと真菌様乾酪物質を多量に認めたため,確定診断に至る血液検査を追加した。血清総IgE 1179.30IU/mlと高値で,カンジダに対する特異的IgE抗体が2.40UA/mlと上昇していた。手術検体の病理組織診で好酸球性ムチンとカンジダが確認された(図6)。術後,プレドニン換算5mg/dayを14日間内服し,自己による鼻洗浄と鼻噴霧用ステロイド

薬の投与を継続した。鼻内所見は正常を維持したが,術後8か月で通院自己中断されている。手術検体で好酸球性ムチンと真菌を認めたものの,真

菌特異的IgEを測定していなかった2例のうち,1例で2年後に再発のため再手術を施行している。また,他院で2回の内視鏡下鼻内副鼻腔手術の施行歴があり,鼻症状再燃のため当科で3回目の手術を行った症例で,術中に多量の好酸球性ムチンと真菌を認めたものの,真菌特異的IgEが正常値であった。その症例は術後も,局所で好酸球性ムチンの再貯留を反復するため,定期的に外来で吸引処置を継続している。既手術症例であるため,真菌特異的IgEの測定のタイミングによっては確定診断にいたった可能性が考えられた。

考  察

1)慢性非浸潤性副鼻腔真菌症諸家の報告では60歳代に多いとされ2, 3, 6~8),加齢による

粘膜線毛運動の低下が関連すると推測されている。当科では70歳代が最多であった。性差はない,または1.5‒2倍で女性に多いとの報告があるが2, 3, 6, 7),当科でも男女比1:1.7と女性に多かった。副鼻腔の体積は女性の方が男性に比べて小さく,また狭鼻であり,長期の経過中に真菌が副鼻腔内に侵入した際には男性に比べて排出されにくいことによると考えられる。主訴は,鼻閉,頭痛,鼻汁,頬部痛の順に多かったが,自覚症状ではなく偶発的

図6 A;CTで左汎副鼻腔に軟部濃度陰影を認め,一部モザイク状に高吸収域を伴っていた。B;H-E染色弱拡大で好酸球浸潤とムチンを認める。C;Grocott染色強拡大でカンジダの菌体を認める。

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に指摘されたものが25%にのぼった。他家の報告で14‒18%とするものがあり3),画像検査を受ける機会が増えていることが増加の一因になっているといえる。免疫低下を来すといえる基礎疾患のある症例は,ステロイド・免役抑制剤内服中のものと糖尿病患者を合わせても19例にとどまった。非浸潤性副鼻腔真菌症は基礎疾患や免疫状態低下を認める症例は少なく,感染防御機構を抑制する状態が明らかでないことが多い9)とされており,基礎疾患を有さない症例の報告も増加している7, 8)。当科でも免疫低下に関与する基礎疾患がない症例が多かった。鼻内所見は3割の症例で異常を認めなかった。半数以上で鼻内所見がなかったとする報告があり3),鼻内が正常でも自覚症状が遷延する場合は画像検査を考慮する必要がある。罹患洞は従来の報告同様2, 3, 6~8),一側上顎洞が圧倒的に多く,蝶形骨洞が続いた。吸気流量が多いことが理由とされる。真菌塊に特徴的なCTでの石灰化所見は,他家の報告で64‒98%と高く2, 3, 6~8),当科でも80%の症例で認めた典型的な所見である。MRIの施行は,CTで診断に至らない一側性副鼻腔陰影で精査・鑑別が必要とされた 症例や,頭部精査に伴って所見が得られたものに限られた。術前から真菌症を疑いえたものは85%であった。 CTで石灰化を認めた例が多く,MRIで疑えたものが続いた。非浸潤性の症例では抗真菌薬の投与は不要とされており2, 8),観察期間は短いものの当科においても手術のみで良好な経過を得ている。2)浸潤性副鼻腔真菌症浸潤性副鼻腔真菌症は予後不良な疾患で早期に治療介

入することが必要である。CTによる画像診断が重要で,石灰化や濃淡像を伴う副鼻腔内の軟部濃度陰影に加えて骨破壊や周辺臓器への浸潤所見を認める。硬膜病変や硬膜内浸潤の評価はMRIが有用であり,病変部がT2W1で低~無信号を呈する1)。補助診断としてβ-Dグルカンの測定が有用とされており,本対象症例でも2例で上昇を認めた。症例1で上昇を認めなかったのは眼窩先端に病変が限局していたからと考えられる。ムーコルが原因真菌の場合には上昇しないことに注意が必要である1)。本検討では,症状の経過から急性浸潤性のものはなく,慢性浸潤性が疑われたものに限られた。慢性浸潤性の予後は比較的良好とされているが,症例1・3は頭痛に加え,視力障害・眼瞼下垂・眼球運動障害を呈し,眼窩先端症候群を合併していた。浸潤性副鼻腔真菌症の治療は,手術での徹底した真菌の除去と抗真菌薬の投与に加え,免疫低下を引き起こしている場合は基礎疾患の是正も重要であり,合併症の眼窩先端症候群の治療も同様である1, 9, 10)。症例1は,症状出現から3週間ほど経過して内視鏡下鼻内

副鼻腔手術を施行し,術後に6か月間の抗真菌薬の投与を行ったが,視力障害・動眼神経麻痺は改善しなかった。症例2は,症状出現から2か月程度経過して内視鏡下鼻内副鼻腔手術を施行し,併せて抗真菌薬を投与を行って症状の改善とともにβ-Dグルカンの正常化が確認できた。症例3は,症状出現から3か月程度経過してから当科初診となり,緊急手術を行ったが頭蓋内合併症により救命できなかった。慢性浸潤性は免疫正常な症例が多いとされるが,症例1や3のように免疫低下状態の症例は長期に治療介入がなされないと不良な予後をとる可能性が高いので,自覚症状が軽い段階から浸潤性副鼻腔真菌症の可能性を念頭に置き,画像検査を行って手術治療の積極的な介入を可能な限り早期に行うことが重要である。浸潤性副鼻腔真菌症の確定診断には病理検査が必要で,H-E染色のみでなくGrocott染色やPAS染色を用いてより正確な真菌形態の把握や鼻副鼻腔粘膜や粘膜下の血管への真菌の浸潤像の有無を診断するのが重要であると吉川らは述べている1)。壊死組織のみでは真菌の粘膜下浸潤の証明は難しく,正常に見える粘膜を含めてなるべく多くの検体を採取する必要があるが,後部篩骨洞や蝶形骨洞の病変部位によっては神経や血管損傷の恐れがあり,検体量が限られる11, 12)。今回経験した3例では病理組織学的に浸潤性副鼻腔真菌症と断定できなかったが,その要因として,組織診断のために提出した検体が少なかった可能性が考えられる。そのため,浸潤性副鼻腔真菌症を強く疑う症例については確定診断をつけるために十分な組織検体を採取するよう心掛ける必要があると考えた。また,症例2は抗真菌薬の投与後に生検を行っているために血管内浸潤をとらえられなかった可能性も考えられた。生検のタイミングも注意する必要がある。3)アレルギー性真菌性鼻副鼻腔炎アレルギー性真菌性鼻副鼻腔炎は,副鼻腔の真菌に対

するI・III型アレルギー反応などにより好酸球性ムチンの産生や好酸球浸潤が認められる疾患である。一般的に若年者に多く,性差は認めないとされる13, 14)。画像所見の特徴として,① 約半数が両側性だがうち3/4に左右差がみられること ② 20%に骨びらんや隣接部位への進展がみられること ③ CTにおける高信号域の存在 ④ MRIにおけるT1,T2ともに低~無信号域の存在があげられる13)。ムチン内の真菌の存在が診断に必須なことから,診断のためにも手術治療が必要となる。再発率が高いとされており9, 13),特に不十分な手術による残存蜂巣内の好酸球性ムチンが再発の原因になると指摘されているため,ムチンの完全除去と鼻腔および副鼻腔間の換気を十分につけることが重要である。術後治療として全身ステロイド投

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与がよく行われており,当科ではプレドニゾロン換算で0.4mg/kg程度を術後約2週間用いた。ステロイドの投 与量や期間については未だ明確な方針は定まっていな い10, 13)。欧米では手術症例の5‒10%を占めるとされている9, 13)が,本検討での確定診断は1例にとどまった。本邦での報告例は多くないが,中山ら15)は気候による地域性はあるものの本邦でも欧米と同程度の有病率である可能性を報告している。当科でも,CT画像や臨床経過 からアレルギー性真菌性鼻副鼻腔炎を疑ったが,手術検体で好酸球性ムチンと真菌の証明ができなかった症例があった。確実な診断のために,手術時に好酸球性ムチンをなるべく多く病理組織診に提出するよう検体の取り扱いを工夫していく必要があると考えた。また,真菌に対するアレルギー反応の証明として,真菌特異的IgEの測定を広く行うことや,より感度が高いとされる皮内テストの実施も考慮していく必要がある。

ま と め

・当科における副鼻腔真菌症手術症例83例について報告した。

・非浸潤性は偶発的に画像検査で診断された症例が多かった。

・非浸潤性は免疫低下に関与する基礎疾患がない症例が多かった。

・非浸潤性の症例では良好な予後を得ている。・浸潤性が疑われる症例では不幸な転帰をたどった1例があった。

参考文献

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2) 加瀬 香,楠 威志,小野倫嗣,他:鼻副鼻腔真菌症26例の検討.耳鼻臨床 2012;105:549‒557.

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