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76 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.53 る場合において買主の目的物に対する信頼を保護 するために法が特別に認めた無過失責任であり、買 主の救済手段は、損害賠償請求と解除に限定され ていた。 これに対し、改正民法では、従来の契約責任説 に概ね沿った改正がなされており、特定物売買又は 不特定物売買のいずれであっても売買の目的物が 「種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合し ないものであるとき」は契約上の債務を履行してい ないものとして債務不履行責任が発生し、買主は、 売主に対して、①目的物の修補、代替物の引渡し 又は不足分の引渡しによる履行の追完請求(改正民 法第 562 条)、②不適合の程度に応じた代金減額請 求(同法第 563 条)、③損害賠償請求(同法第 564 条 及び第 415 条)及び④解除(同法第 564 条、第 541 条 及び第 542 条)という 4 つの救済手段を行使するこ とができる。かかる現行民法と改正民法との差異を 簡略的にまとめたのが次頁表となる。 1. はじめに 「民法の一部を改正する法律」(平成29年法律第 44 号) (以下「改正民法」という。)は、2017 年に公布 され、幾つかの例外を除き、ついに本年 2020 年 4 月 1日から施行される。かかる施行日に向けて、現行 民法に則している不動産売買契約書を改正民法に 対応する形でアップデートする作業が本格化してき ているところ、従前の瑕疵担保責任条項を契約不 適合責任条項に修正していく作業が大きな検討ポ イントと思われる。そこで、本稿では契約不適合責 任に関する条項を中心に紹介することにしたい。 なお、本校のうち意見に係る部分は筆者の個人 的見解であり、筆者の所属する法律事務所の見解 を述べたものではないことにご留意頂きたい。 2. 瑕疵担保責任から 契約不適合責任へ まず、現行民法における瑕疵担保責任を概括す ると、伝統的な通説である法定責任説によれば、瑕 疵担保責任とは、契約の目的物に隠れた瑕疵があ 民法改正の 不動産売買実務への影響 洞口 信一郎 長島・大野・常松法律事務所 弁護士

民法改正の 不動産売買実務への影響78 ARES 不動産証券化ジャーナルVol.53 したがって、改正民法に即した内容に不動産売 買契約書をアップデートさせる場合も対象不動産の

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  • 76 ARES不動産証券化ジャーナル Vol.53

    る場合において買主の目的物に対する信頼を保護するために法が特別に認めた無過失責任であり、買主の救済手段は、損害賠償請求と解除に限定されていた。

    これに対し、改正民法では、従来の契約責任説に概ね沿った改正がなされており、特定物売買又は不特定物売買のいずれであっても売買の目的物が

    「種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるとき」は契約上の債務を履行していないものとして債務不履行責任が発生し、買主は、売主に対して、①目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完請求(改正民法第562条)、②不適合の程度に応じた代金減額請求(同法第563条)、③損害賠償請求(同法第564条及び第415条)及び④解除(同法第564条、第541条及び第542条)という4 つの救済手段を行使することができる。かかる現行民法と改正民法との差異を簡略的にまとめたのが次頁表となる。

    1. はじめに「民法の一部を改正する法律」(平成29年法律第

    44号)(以下「改正民法」という。)は、2017年に公布され、幾つかの例外を除き、ついに本年2020年4月1日から施行される。かかる施行日に向けて、現行民法に則している不動産売買契約書を改正民法に対応する形でアップデートする作業が本格化してきているところ、従前の瑕疵担保責任条項を契約不適合責任条項に修正していく作業が大きな検討ポイントと思われる。そこで、本稿では契約不適合責任に関する条項を中心に紹介することにしたい。

    なお、本校のうち意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する法律事務所の見解を述べたものではないことにご留意頂きたい。

    2. 瑕疵担保責任から契約不適合責任へ

    まず、現行民法における瑕疵担保責任を概括すると、伝統的な通説である法定責任説によれば、瑕疵担保責任とは、契約の目的物に隠れた瑕疵があ

    民法改正の不動産売買実務への影響

    洞口 信一郎長島・大野・常松法律事務所弁護士

  • 77January-February 2020

    のとして通常有すべき品質・性能、又は、当該売買契約に基づき特別に予定されていた品質・性能を欠くことをいうもの」と判示されている注1。すなわち、現行民法における「瑕疵」も契約の内容を離れて目的物に不具合や欠陥があるか否かを検討するのではなく、契約の内容との関係で品質等を欠くか否かを検討するべきと考えられている注2。現行民法下においても目的物の品質等が契約当事者間でどのように合意されてきたか契約書からは明らかでない場合、裁判所は、社会通念や経緯などの事情を踏まえながら契約当事者の意思を合理的に解釈するという手法を用いて合意内容を推認してきたのであって、改正民法は、「瑕疵」の中身を改めたものではなく「瑕疵」概念を従来の裁判例に即して明文化したに過ぎないと整理するのが適切であろう注3。

    3. 契約不適合責任条項の具体的な内容

    (1)対象不動産の品質等についてこれまで以上に記載を充実させなければならないか。

    前記の比較表からも明らかなとおり、改正民法における契約不適合責任は、従来の瑕疵担保責任とは異なる点が多々存在するため、現行民法に則した不動産売買契約における瑕疵担保責任条項も改正民法に対応した形にアップデートする必要がある。

    このアップデートに際して、改正民法下の不動産売買契約においては対象不動産の品質や性能等についてこれまで以上に記載を充実させなければならないという考え方もあるようである。しかしながら、現行民法下における裁判例においても、瑕疵は、「当該売買契約締結当時の取引観念上、その種類のも

    現行民法 改正民法

    売主が責任を負う場合 「隠れた瑕疵」がある場合 目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるとき

    買主が取り得る手段

    追完請求(修補・代替物の請求)

    × ○

    代金減額 × ○

    解除 ○(契約の目的を達することができないとき) ○(不履行の程度が軽微でないとき)

    損害賠償請求 ○ ○

    損害賠償の範囲 狭い(例えば、転売利益などは含まれない。) 広い(転売利益も含まれ得る。)

    損害賠償請求の要件としての売主の帰責事由

    不要 必要

    責任期間制限 瑕疵を知った時から1年以内 契約不適合を知った時から1年以内

    責任期間内にすべきこと 権利行使(具体的に瑕疵の内容とそれに基づく損害賠償請求をする旨を表明し、請求する損害額の算定の根拠を示すことを要する。)

    契約不適合の通知(どの権利を行使するかの表明までは不要)

    期間制限が適用されない場合 特になし 売主が引渡しの時に不適合を知り又は重大な過失によって知らなかったとき

    注 1最判平成 22年 6月 1日民集 64巻 4号 953頁及び最判平成 25年 3月 22日判例タイムズ 1389号 91頁参照注 2法曹会「最高裁判所判例解説民事篇 平成 22年度(上)」348頁参照注 3法制審議会民法(債権関係)部会資料 75A・9頁乃至 10頁及び東京弁護士会法友全期会債権法改正特別委員会「改正民法 不動産売買・賃貸借契約とモデル書式」114頁参照

  • 78 ARES不動産証券化ジャーナル Vol.53

    したがって、改正民法に即した内容に不動産売買契約書をアップデートさせる場合も対象不動産の品質や性能等に関する記載を充実させるか検討することは一般論で言えばもちろん有益であるが、現行民法下における契約書と比べて充実させることが

    「必須」とまでは言えないであろう注4。特に稼働物件の不動産売買契約などにおいては既に容認事項の記載等を通じて対象不動産の特殊事情を記載するなどのプラクティスが存在するため、このようなプラクティスを維持すれば、対象不動産の品質や性能等の点について改正民法における契約不適合責任のルールについても対応することが可能であると思われる。なお、容認事項として記載された不具合を是正するのがクロージングの前提条件となるのか、それとも当該不具合をそのままの状態で引き渡すので足りるのか(当該不具合を対象不動産の品質や性能等の一部とするのか)によって、売主が容認事項記載の不具合について担保責任を負うか否かが決せられることになるため、容認事項の記載の位置づけを明確にすべきである点は現行民法でも改正民法でも変わらない。

    (2)目的条項を設けるか。前述したとおり、一般論で言えば対象不動産の

    品質や性能等を充実させることが望ましいため、英米法系の契約で見られるようなRecital条項やWhereas条項を参考として、不動産売買契約において目的条項を定めることが望ましいとする見解もある注5。かかる目的条項の有用性は、前述したとおり、現行民法における「瑕疵」も契約の内容との関係で検討すべきと考えられてきているため、現行民法時から変わらない。しかしながら、従来の不動産売買

    契約において目的条項が設けられてきたケースは、特殊な経緯等が存在する場合を除けば、さほど存在しなかったと思われる。それは、目的条項の一般論としての有用性は認識しつつも、あまり抽象的な目的条項を置くと、かえってミスリーディングになり得るケースも多かったため、目的条項を規定することが躊躇されたためではないかと推測される。

    例えば、分譲マンションにおいては専有部分の仕様等が(パターンが複数存在することはあるがその場合でも当該パターン毎に)統一されていることが多いが、購入者の目的が自用目的か投資目的かによって当該仕様等に係る瑕疵の解釈が異なるのは不合理なように思われ、抽象的な目的の記載を置くことによって、かえって無用な議論を呼ぶ懸念があるように思われたのではなかろうか。改正民法において言えば、分譲マンションに係る売買契約に目的条項を設け「投資目的」と記載されているものに限って契約不適合責任における損害賠償請求に関し賃料分まで損害分に含め、「自用目的」の場合にはかかる賃料分を損害に含めないというような差異を設けるべきというような議論が生じ得るとすると、目的条項の記載は必ずしも契約当事者の関係の安定のために適切なものとはならないように思われる。「自用目的」の意味するところが原則として自用であるものの転勤等の事情が発生すれば賃貸する可能性も否定しないという中間的な趣旨の場合も存在するであろうし、意図をすべて目的条項に記載するのは現実的に困難とも言える。特に売主側としては、目的を記載することで予見事情が増えて損害の範囲が拡大してしまうケースが多いことからすれば、目的を明示するメリットが乏しい場合が多いと思われる。このような事情からすれば、改正民法下における不

    注 4対象不動産の品質や性能等を詳細に記載することに関する実務上のリスク等に関して指摘するものとして、井上博登、山中淳二、齋藤理及び増井邦繁「不動産関連取引実務に対する民法改正の影響(3)」本誌 Vol.27・73頁等参照注 5目的条項の有用性を指摘するものとして、江口正夫「宅建業者・賃貸不動産管理業者のための民法(債権法)改正における実務ポイント」51頁、井上治・猿倉健司「不動産業・建設業のための改正民法による実務対応-不動産売買・不動産賃貸借・工事請負・設計監理委任-」8頁乃至 9頁などがある。

  • 79January-February 2020

    動産売買契約の雛型においても目的条項の記載は必須とは言えず、取引経緯に特殊な事情がある場合等において記載するとの対応に留めることが合理的と思われる。

    (3)改正民法施行後に従来の瑕疵担保責任条項を用いてしまった場合はどうなるか。

    改正民法は 2020年4月1日より施行されるが、その前に締結された不動産売買契約には現行民法が適用されるため、4月1日以降は改正民法が適用される契約と現行民法が適用される契約とが併存することになる。それでは、仮に、改正民法施行後に誤って「売主は、隠れた瑕疵について瑕疵担保責任を負う。」などの瑕疵担保責任条項が用いられた不動産売買契約を締結した場合、改正民法下において、当該条項は、どのように解釈されるのであろうか。

    宅地建物取引業法第40条との関係については後述するとして、同条の適用がない場合、契約不適合責任は強行規定ではないため、一律無効となるのではなく、まずは、契約当事者の合理的意思がどのようなものであったか解釈していくことが必要であり、その限度で有効とされると思われる。例えば、契約当事者が改正民法のデフォルトルールである契約不適合責任を従来の瑕疵担保責任に限定する形、すなわち「隠れた」ということで買主の善意無過失を必要とするとともに、救済手段を現行民法時における損害賠償と解除に限定したなどと解釈できる場合もあるであろう。

    しかしながら、契約当事者の合意が条文上あまり明確に表現されていない場合には解釈に窮する場合もあると思われる。例えば、現行民法における瑕

    疵担保責任としての解除は契約の目的を達成できない場合に限定されているのに対して(現行民法第566条第1項)、改正民法下では原則解除でき、軽微な場合に解除できないに過ぎない(改正民法第564条、第541条)。誤って用いられた従来の瑕疵担保責任条項が単に「瑕疵担保責任が発生した場合に解除できる」という条項であった場合、目的の達成如何に拘わらず瑕疵担保責任が発生した場合には解除できるという趣旨であったか、明記はないものの解除できるのは現行民法のとおり契約の目的が達成できない場合に限られるという趣旨であったか、改正民法に従い原則解除できるものの債務不履行が軽微な場合には解除できないという趣旨であったか、判断に窮する可能性もあると考えられる。

    (4)契約不適合責任において損害賠償の上限又は損害賠償の予定を定めることは有用か。

    従来の不動産売買契約において、解除に伴う違約金は規定されることが多かったものの、瑕疵担保責任に基づく損害賠償との関係で損害賠償額の上限や損害賠償額の予定が規定されることは多くなかったと思われる。改正民法において、契約不適合責任は、債務不履行責任の一環として整理されたため、損害賠償の範囲が従来の瑕疵担保責任における信頼利益のみならず、履行利益まで及ぶことになった。

    確かに、信頼利益と履行利益の概念の分水嶺は不明確であり注6、実際に損害賠償の範囲が拡大するかは不明であるが、契約書においてはかかる履行利益まで及ぶことが明確になったことを踏まえ、特に売主の立場からすれば、損害賠償の範囲を限定するべく特約として賠償額の上限を定める又は損害賠償額の予定を定めるなどの対応を検討する必要性が

    注 6例えば、「損害賠償の範囲についても、そもそも伝統的学説や裁判例で言及される信頼利益や履行利益という概念自体、内実が不明確であるとの指摘があるほか、下級審裁判例においても、信頼利益の名の下に瑕疵の修補に要した費用の賠償を認めるなど、実質的には履行利益の賠償を認めているものがあるとの指摘もあることからすると、損害賠償の範囲を一般原則に委ねることにより損害賠償責任の負担が重くなるというのは、必ずしも当を得た評価とは言えない。」という指摘がなされている(法制審議会民法(債権関係)部会資料 75A・18頁)。

  • 80 ARES不動産証券化ジャーナル Vol.53

    増したと言えるであろう。なお、売主が宅地建物取引業者の場合、宅地建物取引業者との取引を除いては違約金についての上限を定める宅地建物取引業法第38条が適用されることに留意が必要である。

    (5)契約不適合責任と表明保証責任との関係をどのように考えるべきか。

    表明保証とは、一般的に、契約当事者の一方が、他方当事者に対し、主として契約目的物などの内容に関連して一定の時点における一定の事項が真実かつ正確であることを表明し、その表明した内容を保証するものである。表明保証は英米法において発展した概念であり、日本でもM&Aの分野を中心に導入され、近年では不動産分野においても特に事業者間の不動産売買契約においては、瑕疵担保責任とともに、表明保証条項が設けられることがよく見られるようになっている。表明保証は、その違反がないことがクロージングの前提条件とされるとともに、違反した場合の効果としては損害賠償と解除が定められる例が多い。この表明保証責任と瑕疵担保責任がどのような関係に立つかは従来から論点の 1 つであった。

    この論点は、表明保証責任という英米法由来の責任が、現行民法においても改正民法においても特段規定されておらず、日本法上どのように位置付けるべきか議論が定まっていないことに由来すると思われる。日本では、M&Aでの文脈で議論されることが多いが、表明保証責任を、①瑕疵担保責任類似の責任と位置付ける考え方注7、②損害担保契約と同趣旨の責任と位置付ける考え方注8 などが

    存在する。この点、①瑕疵担保責任類似の責任とする考え方については、表明保証に含まれる事項が売買対象物のみならず契約当事者や契約に関する事項(当事者において倒産手続等が開始されていないことや契約の有効性など)も含まれるため、表明保証全体を売買の目的物に関する現行民法下の瑕疵担保責任や改正民法下の契約不適合責任と類似した責任と構成することは困難であるとの指摘がなされている注9。この指摘に対しては、(表明保証の対象事項のうち目的物の品質等に関する事項とそうではない事項とを区別し少なくとも前者については)目的物の品質等が表明保証されている以上契約の内容になっていると解釈して契約不適合責任のうち追完請求権が排除されている契約不適合責任の特約とも整理し得るとの指摘もある。しかしながら、同じ表明保証条項でありながら対象事項によって責任の性質を異にするのは技巧的すぎるようにも思われる。また、一定の表明保証が目的物の品質等に関する契約内容を定めたものだとすると、かかる表明保証した事項に即した品質の目的物を引き渡す義務が発生するのが論理的な帰結になるが、当事者の合意内容としてそういった「引渡義務」までは想定していないことが多いようにも思われる。これに対して、上記の難点等を考慮し、また、表明保証のリスク分担機能を重視し、③の損害担保契約、すなわち一定の事実から他人に生じる損害を填補することを他人に約束する契約であると捉える見解も有力に唱えられている注10。

    上記のように契約不適合責任と表明保証責任との関係についてはまだ議論が固まっていないため、

    注 7江平享「表明・保証の意義と瑕疵担保責任との関係」弥永真生ほか編『現代企業法・金融法の課題』82頁以下など。注 8潮見佳男「消費者金融会社の買収に際しての表明・保証違反を理由とする売主の損害補填義務」金融法務事情 1812号 67頁注 9藤原総一郎編著「M&Aの契約実務 第 2版」159頁乃至 160頁参照注 10潮見佳男「消費者金融会社の買収に際しての表明・保証違反を理由とする売主の損害補填義務」金融法務事情 1812号 67頁及び藤原総一郎編著「M&Aの契約実務 第 2版」160頁ほか。

  • 81January-February 2020

    不動産売買契約においては、まずは、契約当事者間において、契約不適合責任と表明保証責任がどのような関係に立つか明確にすることが考えられる。この点、買主の立場からすれば、表明保証責任と契約不適合責任は別個の責任であり表明保証責任と契約不適合責任に関する救済手段を選択的又は重畳的に行使することを明確にすべく、表明保証責任(特に対象不動産の品質や性能等に関する表明保証)は不動産売買契約における引渡義務の内容を画するものではないことを明記し表明保証責任が契約不適合責任とは別個独立のものであること、買主が任意に選択的又は重畳的に表明保証責任と契約不適合責任に基づく権利を行使できることなどを規定することが考えられる。他方、売主の立場からすれば、少なくとも責任期間や賠償・補償額を表明保証責任と契約不適合責任とで揃えることが考えられ、さらには対象不動産の品質や性能等に関する事項に限っては(重畳的にではなく)表明保証責任又は契約不適合責任のいずれか一方の救済手段のみを行使できる旨を明記することも考えられるであろう。

    (6)公簿売買の場合に契約不適合責任から「数量」をどのように排除すべきか。

    不動産売買においては、契約書に公簿面積を記載のうえ公簿面積と実測面積に差異が生じても契約書に定めた売買代金を変更せずその他損害賠償等の一切の請求をしないといういわゆる公簿売買と、契約書に公簿面積を記載して一応の売買代金を定めるものの決済前に実測を行い公簿面積と実測面積との差異について契約に定めた単価をもって精算を行ういわゆる実測売買が存在する。

    公簿売買の場合、公簿面積と実測面積に差異が生じても売買代金の変更その他の一切の請求を行わない旨が予定されているためその旨を規定することが多いが、かかる規定を合理的に解釈すれば、不動産の面積は、契約不適合責任を追及するような

    「契約の内容」には含まれないとも考えられよう。さらにその点をより明確にするべく「本契約に記載された不動産の面積は本物件を特定するために表示したものに過ぎず、本契約の内容には含まれない。」などの表現を加えるなどの工夫も望ましいものと思われる。

    他方、実測売買の場合は、改正民法における契約不適合責任の規律だけでは足りない。契約不適合責任では代金「減額」請求権しか規定されていないが、実測売買の場合には代金が「増加」することもあり得るし、決済前の実測義務などを規定する必要があるからである。したがって、「数量」について契約不適合責任が存在するとしても、現行民法下の実測売買の場合に規定される決済前の実測及び当該実測に基づいた精算(売買代金の増減)については改正民法下でも必要となる。

    (7)宅建業法第40条との関係で留意すべき事項は何か。

    宅地建物取引業法第40条も改正民法により改正されるところ、改正後の条項は、「宅地建物取引業者は、自ら売主となる宅地又は建物の売買契約において、その目的物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない場合におけるその不適合を担保すべき責任に関し、民法(明治29年法律第89号)第566条に規定する期間についてその目的物の引渡しの日から 2年以上となる特約をする場合を除き、同条に規定するものより買主に不利となる特約をしてはならない。」と規定されている。当該条項が文言上は改正民法第566条に規定するものより買主に不利となる特約を禁止しているため、改正民法第566条に規定する期間の点だけ民法の原則より不利な特約を無効とし、それ以外の特約について宅地建物取引業法第40条は特に制限していないというようにも読めなくはない。しかしながら、一般社団法人不動産協会が国土交通省とも協議の上作成した「新築分譲マンション事業にかかる民法(債権関係)改正の影響

  • 82 ARES不動産証券化ジャーナル Vol.53

    についてのQ&A」注11 において、「Q2. 今回の民法改正に伴って宅建業法も変わるのでしょうか。」という問いに対して、「…宅建業法第40条は、宅建業者が売主の場合の担保責任に関する特約についての制限は、担保責任の期間に関するもののみならず、民法よりも買主に不利となる特約の締結を包括的に禁止し、その特約を無効だとしたものと解釈されてきましたが、民法改正後も、その趣旨は、変更がない前提で運用がなされると考えられます。」と回答されているとおり、期間のみならず他の事項についても買主に不利となる特約は無効となると解すべきと考えられる。

    例えば、買主に故意過失がある場合には契約不適合責任が免責される条項、買主の救済手段を一部に限定する条項、さらには、買主の救済手段に優先順位を付ける条項などは宅地建物取引業法第40条に違反し、無効と解釈されるであろう。他方、買主としては自らが求めた方法とは違う方法で売主によって追完されても困るため、追完方法は買主が指定できる旨を規定し、売主による追完方法の選択権を予め排除することも考えられるが、これは「買主に不利な特約」ではないため、宅地建物取引業法第40条に反しないと考えられる。同様に、改正民法第563条によれば、原則として買主は催告して売主による履行の追完がなかった場合に初めて代金減額請求できることになるが、買主からすれば売主に追完請求をして修補されるのを待つのではなく自ら修補してしまい代金減額請求を直ちに行うことができるようにしておくことも考えられ、例えば「買主は、追完請求を行うことなく、自らの選択により売買代金の減額を請求できる」旨を定めることも宅地建物取引業法第40条に反しないものと考えられる。

    また、契約不適合責任を理由とする解除につい

    て言えば、解除権の行使を書面で行うことを要求したり、催告解除又は無催告解除のいずれか一方に限定したりする特約は、買主に不利な特約として宅地建物取引業法第40条に反して無効とされる。他方で、通常の債務不履行を理由とする解除についてはそのような制限は付されていないため、宅地建物取引業法第40条が適用される場合の不動産売買契約においては、通常の債務不履行時の解除条項と契約不適合を理由とする解除条項を分けつつ、前者では上記のような制限を付しつつ、後者の場合にはそのような制限を付さないというドラフティングも考えられる。

    また、損害賠償額の予定や違約金の金額を売買代金の 2割を超えることを禁止している宅地建物取引業法第38条は改正されていないものの、従来の債務不履行を理由とする損害賠償だけではなく改正民法下における契約不適合責任を理由とする損害賠償の場合にも適用されることになったことに留意が必要である。

    これ以外にも契約不適合責任を中心とした宅地建物取引業法と改正民法との関係に関しては上記Q&Aが詳しいため、適宜参照されたい。

    (8)品確法との関係で留意すべき事項は何か。住宅の品質確保の促進等に関する法律(以下「品

    確法」という。)は、新築住宅の売買契約において、住宅の構造耐力上主要な部分等の瑕疵について瑕疵担保責任期間を最低10年間とし修補請求を認め、これらの特例と異なる特約のうち買主に不利なものを無効と規定している(現行品確法第95条)。

    改正民法に即して品確法も改正され、改正民法の契約不適合責任のとおり、「隠れた」要件は撤廃さ

    注 11http://www.fdk.or.jp/f_suggestion/pdf/comp_mansion.pdf

  • 83January-February 2020

    れ単に「瑕疵」が問題となり、買主は、履行追完請求権、代金減額請求権、損害賠償請求権及び解除権といった救済手段を行使できることになった。他方、品確法上の担保責任期間はそのまま最低10年間であり、買主に不利な特約を無効とする強行規定性は変更されていない。また、改正品確法では「瑕疵」という用語を存置したまま、「『瑕疵』とは、種類又は品質に関して契約の内容に適合しない状態をいう。」という定義を設けることによって改正民法に対応する形式を採用している。したがって、改正民法施行後、品確法の適用がある不動産売買契約において品確法に規定する「瑕疵」に言及する場合には一般用語としての「瑕疵」や現行民法下での「瑕疵」と区別するべく、単なる「瑕疵」ではなく「品確法に定める瑕疵」などという形で特定することが必要になるであろう。

    (9)契約不適合責任の免責条項について留意すべき事項は何か。

    改正民法における契約不適合責任も現行民法における瑕疵担保責任と同様に任意規定であるため、改正民法第572条、消費者契約法第8条や宅地建物取引業法第40条が適用される場合を除き、かかる責任を免除することもできる。この点、免責文言として「現状有姿」という文言が用いられることがあるが、単に現状有姿売買と規定しただけでは契約内容としては現状のまま引き渡しさえすればよいという解釈も成り立つため、現行民法上も改正民法上も

    免責文言としては不十分である。むしろ、改正民法下においては「対象不動産が本契約の内容に適合しないことに関して、民法第562条乃至第565条に定める責任を一切負わない。」など免責文言である旨を明確に規定することが望ましい。

    また、契約不適合責任は免責しつつも、表明保証責任は規定するというケースにおいては、「契約不適合責任の免責は、売主による表明保証の違反その他の売主の本契約違反を理由とする買主の本契約に基づく権利の放棄までを意味するものではなく、かかる買主の権利に何らの影響を与えない。」などという点を明記することによって表明保証責任は免責されておらず、追及可能である旨を明らかにすることが考えられる。

    4. 最後に

    上記のとおり、不動産売買契約を改正民法に即した形にアップデートするに際してポイントとなる契約不適合責任について検討してきたが、上記で検討した点以外にも、代金減額請求に関する減額算定基準時や算定方法注12 などは代金減額請求を実効化するために検討すべきポイントの 1 つと言えよう。また、宅地建物取引業法や品確法と並んで特別法との関係では、消費者契約法の強行法規性との関係も検討する必要がある事例もあろう。

    ほらぐち しんいちろう2003年京都大学法学部卒業、2005年京都大学大学院法学研究科修了(法学修士)、2006年長島・大野・常松法律事務所入所。2012年DukeUniversitySchoolofLaw卒業(LL.M.)、2012年から2013年HaynesandBoone,LLP(Dallas)勤務。不動産関連取引(J-REIT及び私募ファンドの組成・運営、不動産ファイナンス、不動産証券化、不動産関連企業のM&A等)、日系不動産関連企業の海外不動産投資・開発案件、プロジェクトファイナンス、エネルギーその他インフラ事業関係取引、一般企業法務等を取り扱っている。

    注 12同様の問題点を指摘するものとして、井上治・猿倉健司「不動産業・建設業のための改正民法による実務対応-不動産売買・不動産賃貸借・工事請負・設計監理委任-」28頁などがある。