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199 199 公募研究:2008 ~ 2009 年度 薬物動態・薬効の変動に関与する薬物トランスポーターの遺伝子 多型の包括的実証研究 ●杉山 雄一 1) ◆楠原 洋之 1) ◆前田 和哉 1) ◆家入 一郎 2) 1) 東京大学大学院薬学系研究科 2) 九州大学大学院薬学研究科 <研究の目的と進め方> 薬物トランスポーターは、肝臓・腎臓などクリアランス臓器の 血管側ないしは胆汁・尿側の膜上に発現しており、効率よい経細 胞輸送により薬物のクリアランスを制御すると共に、脳・精巣な ど重要な臓器と血液とを隔てる種々の関門細胞に発現し、外来異 物の重要な部位での曝露を制限する役割を果たしている。最近、 特にトランスポーターの遺伝子多型と薬物動態・薬効の変動との 関連性について、ヒト臨床研究を通して徐々に報告事例が増加し ている。種々の薬物トランスポーターの遺伝子多型が、異なる薬 物の薬物動態や薬効に与える影響を観察するための臨床試験を行 い、同一薬効群の複数の薬物を用いて、同じ遺伝子多型が複数の 同効薬に与える影響の相違について定量的に評価することを目的 とした研究を展開する。さらには、in vitro 実験系により、個々 の薬物について個々の薬物トランスポーターにおける輸送の速度 論的な特性・個々のトランスポーターの輸送全体に占める寄与率 を考慮することにより、薬物による遺伝子多型の影響の受け方の 違いを説明できるような、体内動態予測モデルを構築し、最終的 には、in vitro 実験の結果を元に、ヒトでトランスポーターに遺 伝子多型を持つヒトにおける薬物動態・薬効を予測可能とするモ デルを完成させることを目標とする。 <研究開始時の研究計画> 本研究では、複数のトランスポーター基質薬物について、トラ ンスポーターの遺伝子多型と薬物動態・効果・副作用との関連を 探る臨床研究を実施すると共に、その結果を明確に説明し、かつ in vitro 実験から得られた情報を元に、in vivo 薬物動態の予測の ための数理モデル構築を行い、コンピューターシミュレーション により各素過程の機能が変動した際の薬物動態・薬効・副作用の 変動予測を実施することにより、創薬や医薬品の適正使用に貢献 できる成果を出すことを目的としている。 2008 年度は、主に中性域でアニオン性を示し、有機アニオン トランスポーター群に認識される基質である、HMG-CoA 還元酵 素阻害薬やアンジオテンシン II 受容体拮抗薬を中心として、それ らを基質として受け入れるトランスポーターの遺伝子多型と、薬 物動態や薬効との関連を明らかにするヒト臨床研究を展開する。 アンジオテンシン II 受容体拮抗薬であるオルメサルタンやテル ミサルタンについては、既に会社が治験の際に臨床試験で得られ たゲノムサンプルを用いて、OATP1B1, OATP1B3, MRP2 など 輸送に関与する一連のトランスポーター群をはじめとする薬物動 態関連遺伝子に関する多型を調べると共に、サンプルと共に保管 されている血中濃度データとを対応付けることで、遺伝子多型と の関連性が認められるかどうかについて研究を進める。 また、オルメサルタンについては、プラバスタチンとの併用投 与が臨床上行われうるケースが多いことから、オルメサルタン、 プラバスタチンの単回投与時ならびにプラバスタチン、オルメサ ルタン併用投与時の血中濃度推移を、OATP1B1 の遺伝子多型に より層別化して検討する健常人ボランティアを対象としたクロス オーバー試験を企画した。 さらに、プラバスタチンについては既に臨床において OATP1B1*15 アレル保持者において、有意に血中濃度が高くな ることを当研究グループで報告しているが、その際の効果・副作 用を予測するためには、肝臓中・筋肉中濃度の推移の情報が必須 となる。そこで、プラバスタチンの体内動態を説明できる数理モ デルを作製し、遺伝子多型によるトランスポーターの機能変動 が、プラバスタチンの体内動態・臓器分布にどのような影響を与 えるかをシミュレーションすることを目指した。 2009 年度は、ドセタキセルの重篤な副作用である好中球減少 のリスクファクターとして OATP1B3, MRP2 の遺伝子多型が関 係することが見出されたことを契機に、その原因を明らかにする ための in vitro 実験の実施、および薬物動態ならびに血球の分化 を模した副作用発現モデルを連結させ、好中球減少を説明できる 数理モデルを構築することにより、トランスポーターの機能変動 が副作用のリスク上昇にどの程度寄与するか定量的に評価する検 討を試みた。また、前年度に引き続き、テルミサルタンの薬物動 態と UGT の遺伝子多型の関連に関するヒト臨床研究の結果の解 析を実施するとともに、in vitro実験により結果の解釈を試みた。 <研究期間の成果> 2008年度の成果 1. in vitro実験に基づくヒトにおけるプラバスタチンの体内動態 予測モデルの構築・シミュレーション プラバスタチンは、主に肝臓より、また一部が腎臓より未変化 体として胆汁排泄される薬物である。本薬物は水溶性が高く、そ の膜透過過程には一連のトランスポーターの関与が示唆されてい る。肝取り込み過程においては OATP1B1, 胆汁排泄過程につい ては MRP2 の関与が示唆されている。また近年、これらトランス ポーターの遺伝子多型により、プラバスタチンの血中濃度に変動 が出る報告がされているが、薬効については論文により異なった 結果が得られている。プラバスタチンの薬効標的は肝臓内の HMG-CoA 還元酵素であることから、薬効を規定する要因として は、肝臓内濃度が重要であるが、ヒトにおいて肝臓内の薬物濃度 を見積もるのは容易ではない。そこで、本研究では、プラバスタ チンのヒトにおける体内動態の予測モデルの構築・各分子の機能 変化が動態に与える影響のシミュレーションを目的とした。 まず、臓器内濃度が測定可能なラットを用いて、遊離肝細胞を 用いた肝取り込み・S9 画分を用いた肝代謝、胆管側膜ベシクル (CMV) を用いた胆汁排泄の各素過程の速度論パラメータを in vitro 実験により評価し、それらのデータを元に生理学的薬物速 度論のコンセプトに基づき全身モデルを構築して、血中・臓器中 濃度のシミュレーションを行った。その結果、in vitro 実験の結 果に適当な scaling factor を乗じたデータをモデルの中で用いる ことで、投与量依存的な血漿中ならびに肝臓中濃度の時間推移を 良好に予測することができた。一方、ヒト凍結肝細胞やヒト CMV のデータを元にヒトにおける予測モデルも同様に構築し、

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公募研究:2008 ~ 2009 年度

薬物動態・薬効の変動に関与する薬物トランスポーターの遺伝子多型の包括的実証研究●杉山 雄一 1)  ◆楠原 洋之 1) ◆前田 和哉 1) ◆家入 一郎 2)

1) 東京大学大学院薬学系研究科 2) 九州大学大学院薬学研究科

<研究の目的と進め方>薬物トランスポーターは、肝臓・腎臓などクリアランス臓器の

血管側ないしは胆汁・尿側の膜上に発現しており、効率よい経細胞輸送により薬物のクリアランスを制御すると共に、脳・精巣など重要な臓器と血液とを隔てる種々の関門細胞に発現し、外来異物の重要な部位での曝露を制限する役割を果たしている。最近、特にトランスポーターの遺伝子多型と薬物動態・薬効の変動との関連性について、ヒト臨床研究を通して徐々に報告事例が増加している。種々の薬物トランスポーターの遺伝子多型が、異なる薬物の薬物動態や薬効に与える影響を観察するための臨床試験を行い、同一薬効群の複数の薬物を用いて、同じ遺伝子多型が複数の同効薬に与える影響の相違について定量的に評価することを目的とした研究を展開する。さらには、in vitro 実験系により、個々の薬物について個々の薬物トランスポーターにおける輸送の速度論的な特性・個々のトランスポーターの輸送全体に占める寄与率を考慮することにより、薬物による遺伝子多型の影響の受け方の違いを説明できるような、体内動態予測モデルを構築し、最終的には、in vitro 実験の結果を元に、ヒトでトランスポーターに遺伝子多型を持つヒトにおける薬物動態・薬効を予測可能とするモデルを完成させることを目標とする。

<研究開始時の研究計画>本研究では、複数のトランスポーター基質薬物について、トラ

ンスポーターの遺伝子多型と薬物動態・効果・副作用との関連を探る臨床研究を実施すると共に、その結果を明確に説明し、かつin vitro 実験から得られた情報を元に、in vivo 薬物動態の予測のための数理モデル構築を行い、コンピューターシミュレーションにより各素過程の機能が変動した際の薬物動態・薬効・副作用の変動予測を実施することにより、創薬や医薬品の適正使用に貢献できる成果を出すことを目的としている。

2008 年度は、主に中性域でアニオン性を示し、有機アニオントランスポーター群に認識される基質である、HMG-CoA 還元酵素阻害薬やアンジオテンシン II 受容体拮抗薬を中心として、それらを基質として受け入れるトランスポーターの遺伝子多型と、薬物動態や薬効との関連を明らかにするヒト臨床研究を展開する。

アンジオテンシン II 受容体拮抗薬であるオルメサルタンやテルミサルタンについては、既に会社が治験の際に臨床試験で得られたゲノムサンプルを用いて、OATP1B1, OATP1B3, MRP2 など輸送に関与する一連のトランスポーター群をはじめとする薬物動態関連遺伝子に関する多型を調べると共に、サンプルと共に保管されている血中濃度データとを対応付けることで、遺伝子多型との関連性が認められるかどうかについて研究を進める。

また、オルメサルタンについては、プラバスタチンとの併用投与が臨床上行われうるケースが多いことから、オルメサルタン、プラバスタチンの単回投与時ならびにプラバスタチン、オルメサルタン併用投与時の血中濃度推移を、OATP1B1 の遺伝子多型により層別化して検討する健常人ボランティアを対象としたクロス

オーバー試験を企画した。さらに、プラバスタチンについては既に臨床において

OATP1B1*15 アレル保持者において、有意に血中濃度が高くなることを当研究グループで報告しているが、その際の効果・副作用を予測するためには、肝臓中・筋肉中濃度の推移の情報が必須となる。そこで、プラバスタチンの体内動態を説明できる数理モデルを作製し、遺伝子多型によるトランスポーターの機能変動が、プラバスタチンの体内動態・臓器分布にどのような影響を与えるかをシミュレーションすることを目指した。

2009 年度は、ドセタキセルの重篤な副作用である好中球減少のリスクファクターとして OATP1B3, MRP2 の遺伝子多型が関係することが見出されたことを契機に、その原因を明らかにするための in vitro 実験の実施、および薬物動態ならびに血球の分化を模した副作用発現モデルを連結させ、好中球減少を説明できる数理モデルを構築することにより、トランスポーターの機能変動が副作用のリスク上昇にどの程度寄与するか定量的に評価する検討を試みた。また、前年度に引き続き、テルミサルタンの薬物動態と UGT の遺伝子多型の関連に関するヒト臨床研究の結果の解析を実施するとともに、in vitro 実験により結果の解釈を試みた。

<研究期間の成果>2008年度の成果1. in vitro実験に基づくヒトにおけるプラバスタチンの体内動態予測モデルの構築・シミュレーション

プラバスタチンは、主に肝臓より、また一部が腎臓より未変化体として胆汁排泄される薬物である。本薬物は水溶性が高く、その膜透過過程には一連のトランスポーターの関与が示唆されている。肝取り込み過程においては OATP1B1, 胆汁排泄過程については MRP2 の関与が示唆されている。また近年、これらトランスポーターの遺伝子多型により、プラバスタチンの血中濃度に変動が出る報告がされているが、薬効については論文により異なった結果が得られている。プラバスタチンの薬効標的は肝臓内のHMG-CoA 還元酵素であることから、薬効を規定する要因としては、肝臓内濃度が重要であるが、ヒトにおいて肝臓内の薬物濃度を見積もるのは容易ではない。そこで、本研究では、プラバスタチンのヒトにおける体内動態の予測モデルの構築・各分子の機能変化が動態に与える影響のシミュレーションを目的とした。

まず、臓器内濃度が測定可能なラットを用いて、遊離肝細胞を用いた肝取り込み・S9 画分を用いた肝代謝、胆管側膜ベシクル(CMV) を用いた胆汁排泄の各素過程の速度論パラメータを in vitro 実験により評価し、それらのデータを元に生理学的薬物速度論のコンセプトに基づき全身モデルを構築して、血中・臓器中濃度のシミュレーションを行った。その結果、in vitro 実験の結果に適当な scaling factor を乗じたデータをモデルの中で用いることで、投与量依存的な血漿中ならびに肝臓中濃度の時間推移を良好に予測することができた。一方、ヒト凍結肝細胞やヒトCMV のデータを元にヒトにおける予測モデルも同様に構築し、

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良好に静脈内投与および経口投与後の血漿中濃度推移を再現できるモデルが完成した。さらに、取り込みトランスポーターの機能低下をモデル上でシミュレーションした結果、血漿中濃度の有意な上昇は見られたが、肝臓中濃度は血漿中濃度の上昇ほどは影響を受けないことが示唆された。この結果は、ヒト臨床研究で、OATP1B1*15 多型(機能低下を引き起こす)をもつヒトで、プラバスタチンの効果に大きな差が見られないとする過去の臨床研究の結果と合致するものである。また一方で、排出トランスポーターである MRP2 の機能低下が起こった場合、プラバスタチンの血中濃度推移にはあまり大きな影響を与えないが、肝臓中濃度は大きく上昇することが示され、この場合、効果に対する影響が見られることが示唆された。2. アンジオテンシンII受容体拮抗薬テルミサルタン, オルメサルタンの血中濃度に与える薬物トランスポーターおよび代謝酵素の遺伝子多型の影響

過去の治験などで得られた、薬物動態関連遺伝子のゲノム解析を将来的に行うことに対し同意を得ているヒトのゲノムサンプルを用いて、テルミサルタン , オルメサルタンの血漿中濃度と各種トランスポーターおよび代謝酵素の遺伝子多型との関連を探索した。その結果、テルミサルタンについては、主な肝取り込みトランスポーターである OATP1B3 において高頻度に見られる遺伝子多型 (T334G, G699A) との間の相関は認められなかった。また、OATP1B1 の機能低下を引き起こす遺伝子多型 (OATP1B1*15) と薬物動態との関連は見られなかった。これについては、テルミサルタンが OATP1B3 の選択的基質であり、OATP1B1 が基質輸送に関わらない事実と合致する。また、オルメサルタンについては、薬物動態の個人差の要因としては比較的寄与率は小さいものの、OATP1B1 の遺伝子多型と薬物動態の間に関連が解析の結果から認められたとする preliminary な結果を持っており、今後より詳細に解析を進めていく予定である。3. オルメサルタンとプラバスタチンの単剤ならびに併用投与時における血中濃度推移の変動ならびにOATP1B1遺伝子型が血中濃度推移に与える影響に関する臨床研究

オルメサルタンとプラバスタチンの単剤投与時における血中濃度と同時に併用投与したときの血中濃度を比較したところ、両薬剤とも血中濃度推移には影響が見られなかったことから、これら薬剤は臨床における使用において、薬物動態学的な相互作用はおきないことが実証された。これは、両薬物が OATP1B1 (1B3) を介して肝取り込みされていることが既にヒト肝細胞を用いた当研究室の検討から明らかにされていること、さらには、両者の蛋白非結合型薬物の血漿中濃度と OATP1B1, OATP1B3 の Km, Ki 値を比較すると、薬物濃度の方が Km, Ki 値よりはるかに低い濃度であることから考えても妥当性のある結果であるといえる。さらに、OATP1B1 の遺伝子多型との関連について調べたところ、オルメサルタンについては、OATP1B1*15 アレル保持者における血中濃度は、*1b アレル保持者と比較して血漿中濃度が高い傾向が示された。一方、プラバスタチンについては、本試験では、過去の試験と異なり *1b, *15 アレル保持者間で有意な血漿中濃度の差は観察されなかったが、プラバスタチンのエピマーで、生体内で低 pH 条件下で非酵素的に産生される事が想定されているRMS-416 とプラバスタチンの濃度の和について層別化したところ、*1b 保持者より *15 保持者において血漿中濃度が有意に高値を示した。

2009年度の成果4.ドセタキセルの好中球減少のリスクに関連するOATP1B1, MRP2の遺伝子多型の関与に関するin vitro実験からの検証

これまで理研の中村博士らと当研究室との共同研究によりドセタキセルによる血球減少の副作用リスクが、OATP (organic anion transporting polypeptide)1B3, MRP(multidrug resistance associated protein)2 のある遺伝子多型を有しているヒトで有意に高くなることが明らかとなり、OATP1B3 の機能低下による全身曝露上昇、ならびに血球もしくはその前駆細胞上に発現するMRP2 の機能低下による血球におけるドセタキセルの曝露の上昇で説明できるという仮説を立て、in vitro 実験による検証を試みた。まず肝取り込みに関わる複数のトランスポーターについて発現細胞を用意し、ドセタキセルの取り込みを観察したところ、OATP1B3 のみが基質として輸送した。またヒト肝細胞におけるOATP1B3 の寄与をより明らかにするために、ドセタキセルの取り込みを OATP1B1 の選択的阻害剤である estrone-3-sulfate で阻害したところ、ドセタキセルの取り込みに変化は見られなかったことから、このこともドセタキセルの取り込みに OATP1B3 が主に関わっていることを支持している。一方、MRP2 については、MRP2 発現細胞において、ドセタキセルの蓄積が上昇するとともに、MTT assay による細胞死を観察したところ、TD50 値が、MRP2 発現細胞において低濃度側にシフトすることを見出した。さらに SD rat および EHBR (Mrp2 欠損ラット ) において、骨髄細胞を入手し、G-CSF 共存下におけるコロニー形成能に対するドセタキセルの影響を調べた。その結果、EHBR 由来の骨髄細胞においては、より低濃度側でコロニー形成の阻害が見られた。また、コロニーアッセイの系に、Mrp 阻害剤である MK571 を共存させたところ、同様に低濃度側でコロニー形成の阻害が見られた。このことから、MRP2 が血球における薬物の分布を決めており、血球の分化の阻害効果についても MRP2 が重要な役割を果たす可能性が示唆された。5. ドセタキセルにより誘発される血球減少の程度を見積もるための数理モデルの構築ならびにトランスポーターの機能変動時の血球減少の副作用リスクのシミュレーションによる検討

この事象をさらに定量的に説明するために、過去の報告を参照しながら、ドセタキセルの薬物動態(血中濃度の時間推移)を説明する pharmacokinetic(PK) モデルならびに血球の成熟化過程を単純にモデル化した pharmacodynamic(PD) モデルを、血中濃度と血球前駆細胞の殺細胞活性とを連結させた PK/PD モデルを作成した。シミュレーションには、トランスポーター遺伝子が野生型のヒトデータについては過去に報告されているパラメータを平均値として利用し、OATP1B3, MRP2 の機能を逐次低下させたときに、血球数が最も低下する時点 (nadir) における血球数により副作用のグレード判定を実施した。また、各パラメータにはトランスポーターの遺伝型によらない一定のばらつきが存在することから、モンテカルロシミュレーション法を用いて、モデル内の各パラメータについて、設定した平均値とばらつきに基づきランダムに発生させ、仮想のヒトのパラメータセットを多数作って、個々人の副作用グレードを判定し、一定集団の中における副作用を発現するヒトの割合を計算により求めた。その結果、過去の臨床報告で見られている grade 3, 4 の重篤な血液毒性の発現リスクがトランスポーター遺伝子 OATP1B3, MRP2 の機能低下によりおこると仮定し、いろんな機能低下割合でシミュレーションを実施したところ、それぞれ約 20% の機能低下により、臨床研究で認められた変異のヘテロ・ホモ保有者における副作用リスクの odds ratio を説明可能であることが示された。一方、この機能低下は、OATP1B3 のプローブ薬であるテルミサルタンについて行った別の臨床研究の結果から導かれた同じ遺伝子多型保有者におけるクリアランスの低下割合と合致するものであった。6. UGT1A1*28およびOATP1B3の遺伝子多型とテルミサルタン

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の薬物動態の関連に関する臨床研究ドセタキセルに関する研究報告を受けて、先の治験の際に採取

された血液サンプルを用いて、追加で OATP1B3 rs11045585 の遺伝子検査を実施した。その結果、差は軽微ではあるものの、経口クリアランスの低下が観察された。この結果は、先のドセタキセルの副作用との関連研究における結果をサポートするものであると考えられる。一方で、UGT1A1 の機能低下を引き起こすUGT1A1*28 変異保持者においては、我々の当初の予想と反して、テルミサルタンのクリアランスが上昇するという結果となった。これについては、テルミサルタンのグルクロン酸抱合に占める各UGT 分子種の寄与について検討したところ、複数の UGT 分子種がグルクロン酸抱合に関与することが分かり、中でも UGT1A3, UGT1A8 の活性が非常に強いことが示唆された。一方で、小腸ミクロソームを用いた実験の結果、UGT1A1*28/*28 保持者のミクロソームでは、*1/*1 保持者由来のものに比して estradiol の抱合活性は低いものの、テルミサルタンの抱合活性は高いことが示された。一方で、最近の文献から UGT1A1*28 保持者で UGT1A3の発現量が upregulation されている報告がなされたことから、おそらく臨床試験の結果は、UGT1A3 の上昇によるクリアランス増加を見ているものと推測される。そのメカニズムについて解析を進行中である。

<国内外での成果の位置づけ>薬物トランスポーターの遺伝子多型に関する臨床研究について

は、もともと当研究室が世界に先駆けて、薬物 (pravastatin) の血漿中濃度推移に肝取り込みトランスポーターである OATP1B1 の遺伝子多型が影響を及ぼすことを示して以来、現在、世界各国の複数のグループで薬物トランスポーターの遺伝子多型と薬物動態・薬効・副作用との関連を探る臨床研究が急増しているのが現状である。しかしながら、当研究の特色は、単にヒト臨床試験の実施にとどまらず、in vitro 実験の結果も踏まえて、分子の機能変化の視点からヒト体内動態予測モデルの構築を行い、定量的に臨床試験の結果を説明することまでを研究目標としており、これまで一貫して数理モデルを用いた薬物動態予測を研究してきた当グループならではの独自性のある研究が展開できると考えている。例えば、pravastatin の数理モデル構築の研究においては、これまで、薬効については OATP1B1*15 多型を有するヒトで野生型のヒトと比較してあまり変化がない一方で、別の報告で副作用の筋毒性については、OATP1B1 変異がリスクファクターになることが証明されており、それについては、我々が立てたモデル解析の結果、OATP1B1 の機能低下は、血漿中濃度の変動には大きな影響をもたらす一方、肝臓内濃度については、あまり大きな変動をもたらさないことが示されており、臨床研究の結果をサポートするモデルが構築できたことを意味している。従って、このようなモデル解析により、今後、薬物動態関連遺伝子の機能変動が、薬物の血中濃度や組織分布にどのような影響を与え、薬効・副作用の変動にどうつながるかについて、ある程度定量的な考察をすることができるという意味で、非常に意義深い研究であると思われる。また、ドセタキセルの研究については、トランスポーター活性の非常に小さな変動でも大きく血球減少のリスクが上昇することがシミュレーションの結果明らかとなった。従って、トランスポーターの遺伝子多型のみならず薬物間相互作用や発現誘導などによる小さな機能変動についても臨床上副作用リスクを有意に上昇させる原因となることから、注意喚起が必要であるといえる。またテルミサルタンの研究を通して、グルクロン酸抱合については UGT1A1 の役割だけがクローズアップされてきたが、今後、グルクロン酸抱合に占める UGT 分子種の寄与率の解明、な

らびに UGT1A1 以外の遺伝子多型に注目する必要があることが示唆され、今後の薬物動態研究の新たな方向性を与える研究結果を得ることが出来たと考えている。<達成できなかったこと、予想外の困難、その理由>

これまでの計画に基づくと、実際の研究計画は概ね実行できており、達成度は高いと考えている。当報告書には間に合わなかったが、現在、①ロスバスタチンの薬物動態・効果と薬物トランスポーターの遺伝子多型との関連を探る臨床研究、②βブロッカーの小腸吸収と OATP2B1 の遺伝子多型との関連研究については、倫理委員会の承認を得ることが出来、現在、今年度中の臨床研究の開始に向けて準備が進められている。また、研究の流の中で新たに追加した項目として、各種アニオン性物質の胆汁排泄を担うMRP2 の機能をヒト in vivo で非侵襲的に測定可能なプローブ薬として MRI 診断薬 Gd-EOB-DTPA の利用可能性を検討すべく in vitro 実験ならびに臨床研究の準備をスタートしており、これまでに解明された新しい遺伝子多型をヒト in vivo でフェノタイピングできる基質薬物の探索ならびに機能評価法の開発を進行している。

<今後の課題、展望>現在、主に行っている臨床研究は、いずれも健常人ボランティ

アに対する投与を行い、薬物動態とトランスポーターなどの遺伝子多型との関連を探る研究であり、薬効や副作用についてまで言及をしていない研究が多い。一方で、in vitro 実験のデータも基づき in vivo における薬物動態や臓器分布のデータを適切な数理モデルを介して予測可能であることは実証してきた。それらの成果を元に、今後は、実際の投薬患者におけるトランスポーターの遺伝子多型の影響と、薬効・副作用との関連を探る臨床研究へと展開していき、特に治療域の狭い薬物について、薬効に与える影響を検出すると共に、臨床における意義の大きな研究へと展開していきたいと考えている。さらに、トランスポーターの機能の個人差は遺伝子多型による遺伝的要因だけでは決定されず、外来環境による発現誘導などにも左右されることから、各トランスポーターの機能のフェノタイピングが時には必要とされる。そこで、各トランスポーターのプローブ薬を用いた体内動態を支配するトランスポーター機能のフェノタイピング法の確立へ向けた臨床研究を進めると共に、in vitro 実験から in vivo 薬物動態を予測できる方法論のさらなる確立・実証へ向けた研究を展開する予定である。また、PET リガンドを用いた臓器中濃度の測定を通じて、ヒトにおいて直接非侵襲的に臓器への薬物の取り込み・排泄の素過程を観察できる実験系を構築し、薬物トランスポーターの遺伝子多型が薬物の挙動の素過程の変動に与える影響を定量的に調べるための臨床研究の実施基盤を作成する。今回は、さらにGd-EOB-DTPAというMRI診断薬が、MRP2, OATP1B3のプローブ薬として使える可能性を見出すことが in vitro 実験の結果出来ており、イメージング技術を用いた臓器内濃度の推定に基づく、ヒトにおける排出トランスポーターの機能評価法を確立していきたいと考えている。

また、高脂血症薬については、これまでに報告されてきた薬物動態・薬効関連遺伝子の遺伝子多型と、実際の患者さんにおける治療効果・副作用の履歴との間の相関を複数の病院において調べるために臨床試験ならびに薬剤誘導性肝障害を発症した患者に対して、過去に報告がある肝障害に関連する複数の遺伝子多型について調べることにより、肝障害のリスクファクターとなる遺伝子多型を臨床現場において同定することを目的とした試験についても企画する予定である。

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<研究期間の全成果公表リスト>1)論文/プロシーディング1. 0911212051(原著論文) Ide, T., Sasaki, T., Maeda, K., Higuchi, S., Sugiyama, Y. and Ieiri, I. Quantitative population pharmacokinetic analysis of pravastatin using an enterohepatic circulation model combined with pharmacogenomic Information on SLCO1B1 and ABCC2 polymorphisms. J Clin Pharmacol, 49, 1309-17 (2009).2. 0811201457(原著論文) Watanabe, T., Kusuhara, H., Maeda, K., Shitara, Y. and Sugiyama, Y. Physiologically Based Pharmacokinetic Modeling to Predict Transporter-mediated Clearance and Distribution of Pravastatin in Humans. J Pharmacol Exp Ther, 328, 652-62 (2008).3. 0901172339(原著論文) Suwannakul, S., Ieiri, I., Kimura, M., Kawabata, K., Kusuhara, H., H i r o t a, T., I r i e, S. , Sug i y ama, Y., a n d H i gu ch i, S. Pharmacokinetic interaction between pravastatin and olmesartan in relation to SLCO1B1 polymorphism. J Hum Genet, 53(10), 899-904 (2008).4. 0811201509(総説(査読有)) Maeda, K. and Sugiyama, Y. Impact of genetic polymorphisms of transporters on the pharmacokinetic, pharmacodynamic and toxicological properties of anionic drugs. Drug Metab Pharmacokinet, 23, 223-35 (2008)

2)学会発表1. 前田 和哉, 滝川 一, 出堀 泰之, 江頭 徹, 杉山 雄一、ヒト薬物トランスポーターの遺伝子多型がグリチルリチンの薬物動態に与える影響、日本人類遺伝学会第54回大会、2009.9.24、東京2. Sugiyama, Y., Clinical significance of pharmacogenomics and drug-drug interaction in OATPs-mediated pharmacokinetics/pharmacodynamics, BioMedical Transporters 2009, 2009.8.10, Thun, Switzerland3. 前田 和哉, 杉山 雄一、トランスポーターの遺伝子多型が薬物動態・薬効に与えるインパクト ~OATP1B1, BCRPを中心に~、日本臨床薬理学会第29回年会、2008.12.5、東京