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- 国語科 - <2 実践事例> 実践事例1 題材名 「寂しいお魚」 -作品を構造的にとらえ,自分の「読み」を創ろう- 題材観 (1) はじめに 最近,子どもたちが,長めの物語や新書版を活 用した学習に苦手意識をもっていることが気にな っていました。そこで,その原因を授業実践に求 めてみると,題材が短編に偏りがちであることや, 資料を選定し過ぎていたことに気づきました。言 い換えれば,文章を構造的に味わったり,幅広い 文脈の中に根拠を求めたりするような実践が不足 していたのです。その結果,作品のおもしろさを 構造的に味わうことや,作品に散りばめられた作 者の意図(表現)を読み解く力を育むことができ ず,子どもたちに苦手意識を芽生えさせてしまっ たのかもしれません。 そこで,今回は文章構成や場面展開に着目する ことで,主題や描かれた登場人物の役割が見えて くる題材(別役実「寂しいお魚」)を選定し,子ど もたちと作品を味わおうと考えました。 (2) 別役実の世界 私たち国語科教員にとって,別役実と言えば, 「空 中ブランコ乗りのキキ」が頭に浮かびます。そし て,最後の場面(翌朝,サーカスの大テントのて っぺんに白い大きな鳥が止まっていて,それが悲 しそうに鳴きながら,海のほうへと飛んで行った と言います。もしかしたらそれがキキだったのか もしれないと,町の人々はうわさしておりました) が想起され,「白い大きな鳥」が象徴するもの等が 学習課題として設定されてきたことでしょう。本 校においても,「象徴表現」や「情景描写(色彩表 現)」を味わう題材として位置づけてきました。 今回扱う「寂しいお魚」は,別役実の童話集『淋 しいおさかな』に拠りましたが,掲載されている 作品は,30年ほど前に NHK の幼児番組『おはな しこんにちは』で朗読されたものの書き下ろしに なります。どの作品からも童話らしい穏やかな雰 囲気が感じられますが,虚をつく結末を迎える点 に「空中ブランコ乗りのキキ」に通じるものを感 じます。「寂しいお魚」も哀愁漂う結末を迎えるこ とになりますので,「女の子」の心情の変化を構成 と照らし合わせながらとらえたいと思います。 (3) 構成から味わう 作品の構造を単純化すれば,「寂しい」がわから ない女の子が,寂しいお魚を励まそうと旅にでま す。しかし,お魚は待ちくたびれてどこかへ行っ てしまいます。お魚に会えなかった女の子は「寂 しい」経験をさせられることで,それを理解する というものです。 「寂しい」を説明するために,優しい思いを抱 いた小さな女の子が残念な結末を迎えさせられる のですから,読者はスッキリしません。これこそ 「不条理」。まさに別役実の世界観なのかもしれま せんが,別役実作品がバッドエンド的な結末をも って,「寂しい」に迫る構成とは到底思えないので す。何かしら仕掛けがあるはずです。しかもそれ は,最後の一文に大きく関係しているに違いあり ません。この収まりの悪さが何に由来するのか, 考えてみることにしました。 (4) 結末を問い直す 最後の一文を紹介します。 女の子は,ポカポカと暖かい白い砂浜に座っ たまま,海を見ながら,行ってしまった寂しい お魚のことを考えながら,いつまでも,いつま でも涙を流しておりました。 この表現は,果たしてバッドエンドなのでしょ うか。「涙を流す」ことだけに注目すれば,それま で涙を流していない女の子が涙を流すのですから, 悲しさを味わったことが強調されます。言い換え れば,お魚を追い求めた結果,女の子は不幸にな ったのです。しかし,そのような演出であるなら ば,情景はもっと暗くすべきではないでしょうか。 私は,この一文から明るく穏やかな印象を受けま す。どこにその仕掛けがあるのでしょう。 (5) オノマトペから考える 涙に関する表現を探ると7箇所見つかります。 「①シクシクと泣くのです」「②白い花びらのよ うな涙をホロホロとこぼしながら」「③いっそう激 しくホロホロとこぼすのです」「④やっぱりシクシ ク泣いております」「⑤その目から,涙がポロポロ とこぼれました」「⑥暖かいのに,私,涙がこぼれ るわ」「⑦いつまでも涙を流しておりました」 ①~④がお魚の涙になりますが,特徴としては

<2 実践事例> 実践事例1 - Shizuoka Universityfzk.ed.shizuoka.ac.jp/shizuchu/wp-content/uploads/sites/4/2017/02/5… · 最近,子どもたちが,長めの物語や新書版を活

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- 国語科 -

<2 実践事例>実践事例1

1 題材名 「寂しいお魚」

-作品を構造的にとらえ,自分の「読み」を創ろう-

2 題材観

(1) はじめに

最近,子どもたちが,長めの物語や新書版を活

用した学習に苦手意識をもっていることが気にな

っていました。そこで,その原因を授業実践に求

めてみると,題材が短編に偏りがちであることや,

資料を選定し過ぎていたことに気づきました。言

い換えれば,文章を構造的に味わったり,幅広い

文脈の中に根拠を求めたりするような実践が不足

していたのです。その結果,作品のおもしろさを

構造的に味わうことや,作品に散りばめられた作

者の意図(表現)を読み解く力を育むことができ

ず,子どもたちに苦手意識を芽生えさせてしまっ

たのかもしれません。

そこで,今回は文章構成や場面展開に着目する

ことで,主題や描かれた登場人物の役割が見えて

くる題材(別役実「寂しいお魚」)を選定し,子ど

もたちと作品を味わおうと考えました。

(2) 別役実の世界

私たち国語科教員にとって,別役実と言えば,「空

中ブランコ乗りのキキ」が頭に浮かびます。そし

て,最後の場面(翌朝,サーカスの大テントのて

っぺんに白い大きな鳥が止まっていて,それが悲

しそうに鳴きながら,海のほうへと飛んで行った

と言います。もしかしたらそれがキキだったのか

もしれないと,町の人々はうわさしておりました)

が想起され,「白い大きな鳥」が象徴するもの等が

学習課題として設定されてきたことでしょう。本

校においても,「象徴表現」や「情景描写(色彩表

現)」を味わう題材として位置づけてきました。

今回扱う「寂しいお魚」は,別役実の童話集『淋

しいおさかな』に拠りましたが,掲載されている

作品は,30年ほど前に NHK の幼児番組『おはなしこんにちは』で朗読されたものの書き下ろしに

なります。どの作品からも童話らしい穏やかな雰

囲気が感じられますが,虚をつく結末を迎える点

に「空中ブランコ乗りのキキ」に通じるものを感

じます。「寂しいお魚」も哀愁漂う結末を迎えるこ

とになりますので,「女の子」の心情の変化を構成

と照らし合わせながらとらえたいと思います。

(3) 構成から味わう

作品の構造を単純化すれば,「寂しい」がわから

ない女の子が,寂しいお魚を励まそうと旅にでま

す。しかし,お魚は待ちくたびれてどこかへ行っ

てしまいます。お魚に会えなかった女の子は「寂

しい」経験をさせられることで,それを理解する

というものです。

「寂しい」を説明するために,優しい思いを抱

いた小さな女の子が残念な結末を迎えさせられる

のですから,読者はスッキリしません。これこそ

「不条理」。まさに別役実の世界観なのかもしれま

せんが,別役実作品がバッドエンド的な結末をも

って,「寂しい」に迫る構成とは到底思えないので

す。何かしら仕掛けがあるはずです。しかもそれ

は,最後の一文に大きく関係しているに違いあり

ません。この収まりの悪さが何に由来するのか,

考えてみることにしました。

(4) 結末を問い直す

最後の一文を紹介します。

女の子は,ポカポカと暖かい白い砂浜に座っ

たまま,海を見ながら,行ってしまった寂しい

お魚のことを考えながら,いつまでも,いつま

でも涙を流しておりました。

この表現は,果たしてバッドエンドなのでしょ

うか。「涙を流す」ことだけに注目すれば,それま

で涙を流していない女の子が涙を流すのですから,

悲しさを味わったことが強調されます。言い換え

れば,お魚を追い求めた結果,女の子は不幸にな

ったのです。しかし,そのような演出であるなら

ば,情景はもっと暗くすべきではないでしょうか。

私は,この一文から明るく穏やかな印象を受けま

す。どこにその仕掛けがあるのでしょう。

(5) オノマトペから考える

涙に関する表現を探ると7箇所見つかります。

「①シクシクと泣くのです」「②白い花びらのよ

うな涙をホロホロとこぼしながら」「③いっそう激

しくホロホロとこぼすのです」「④やっぱりシクシ

ク泣いております」「⑤その目から,涙がポロポロ

とこぼれました」「⑥暖かいのに,私,涙がこぼれ

るわ」「⑦いつまでも涙を流しておりました」

①~④がお魚の涙になりますが,特徴としては

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「シクシク」「ホロホロ」といったオノマトペが用

いられている点が挙げられます。そして,二つの

表現には押し殺すような弱々しさ,暗さが含まれ

るように感じられます。ところが,⑤~⑦の女の

子の涙には,何かしらの明るさを感じてしまいま

す。⑤の「ポロポロ」は,「ホロホロ」「シクシク」

に比べ,涙がこぼれ落ちる印象が加味される点で

暗さというよりは,感情の表出という意味で明る

さを感じます。⑥では,「暖かいのに」の表現がま

さに温かさですが,それだけではなく,その前の

「お空があんなに青いのに」や「海がこんなに広

いのに」「太陽があんなに光って」の叙述も明るさ

を演出する役割を担っているのではないでしょう

か。最後に⑦ですが,女の子が涙を流してる場所

の設定「ポカポカと暖かい白い砂浜に座ったまま」

に同様の演出が感じられ,お魚の住む「暗い海の

底」とは,対照的な印象を受けるのです。

このように,情景描写やオノマトペの使い方を

根拠に考えた場合,この物語はバッドエンドとは

言えないのではないでしょうか。「寂しい」を理解

したことが,女の子にどのような変化をもたらす

のか。全体の構成から読み解きたいと思います。

(6) 場面設定や登場人物の役割から味わう

「お魚」と「女の子」を対比的にとらえること

からはじめます。それぞれの状況を比較すると,「お

魚」は,遠い向こうの海の底に一尾で住み,「女の

子」は,広い野原の真ん中に一人で住んでいます。

空間的な広がりの中にたった一人で存在している

という意味では,同じ境遇を背負った設定なので

しょう。では,二人の違いとは何か。まず思い浮

かぶのが,他者とのかかわりです。

「お魚」とかかわりのある人物を探してみると,

お魚のことを頭の片隅で認めてくれている「海」

と「女の子」しかいません。それに対し,「女の子」

には,さまざまな人物がかかわる設定になってい

ます。拡大解釈的に挙げてみると「赤いマフラー」

「黄色いパラソル」「お空」「風」「ボウボウの草た

ち」「歯ブラシ」「ハンカチ」「サンドイッチ」「雲」,

そして「お魚」でしょうか。この違いにこそ,結

末を導く要素が隠されているのかもしれません。

最も献身的に「女の子」とのかかわりをもつ「風」

の言動に注目してみます。すると「風」は,女の

子が海に行くのを「およしよ。」と言って気遣うば

かりか,元気づけるために海の匂いを運んだり,

後ろからそっと体を押したりするのです。他の登

場人物も程度の差こそあれ,何かしら女の子の手

助けをする役割を担うのです。それに対し「お魚」

には,「女の子」以外誰も積極的にかかわろうとし

ません。励ましたり,寄り添ったりする場面は描

かれないのです。そもそも「お魚」は,自ら求め

たり,約束したりしないのです。

これが,結末の違いとなるのでしょうか。他者

との関係が乏しく,独善的な振る舞いの「お魚」

は,最後まで寂しいまま描かれ,「お魚」のことを

心配し,懸命な行動をとった「女の子」には,さ

まざまな他者との関係がうまれ,新たな感情(「寂

しい」)が与えられるのです。やはり,このお話は

バッドエンドなのではなく,穏やかで優しい結末

の物語だったということなのでしょう。

(7) 題材と子どもたち

これまでの解釈も読みの一例にすぎません。ま

た,解釈が類似したものであっても,その根拠の

求め方には広がりや深まりがあります。これこそ

創作作品を読むことの魅力でもありますので,根

拠に基づく多様な読みを子どもたちとともに楽し

みたいと思います。

本題材においても叙述を丁寧にとらえることが

前提となりますが,対比構造に基づく読みに固執

することなく,作者の仕掛けや意図をたくさん発

見し,新鮮であったり深みが感じられたりする読

みを創造したいと思います。その際,この題材観

の中では触れなかった「色彩表現」や「題名」に

も着目できる子どもたちの姿を期待しています。

構造的な読みを経験することで,子どもたちに

は,内容のおもしろさや心情の読み取りだけでは

なく,結末を導く場面構成や伏線の巧みさ,表現

のつながり等も味わうことのできる感性を育みた

いと思います。そして,「読み」(解釈)を話題に,

家族や仲間と楽しむことのできるような人になっ

てくれることを願っています。

参考文献:別役実(2006)『淋しいおさかな』 PHP研究所

別役実(1975)『黒い郵便船:別役実童話集』 三一書房

『中学校 国語3』学校図書

3 学習指導要領との関連

C 読むこと

ウ 場面の展開や登場人物などの描写に注意して読み,内容の理解に役立てること。

エ 文章の構成や展開,表現の特徴について,自分の考えをもつこと。

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4 授業実践

(1) 構成や表現から作品をとらえる

本題材の導入に際し,直前に学んだ「星の花が

降るころに」(光村図書 中学校1)「白いぼうし」

(光村図書 小学校4)の両作品を通して,気づい

たことを改めて語り合ってみました。

これらの作品には,伏線として読むべき表現が

多いと気づいている子どもたちからは,「違和感を

覚えたり,誇張されたりしている表現には何か意

味がありそうだ」「繰り返し使われる言葉はあやし

い」「色彩にも意味があることが多いようだ」「題

名にも意味があるはずだ」等の意見が述べられ,

周囲の共感を得ているようでした。そこで,授業

者は次の題材が別役実さんの作品であることを告

げました。すると,「空中ブランコ乗りのキキ」の

作者であることが確認され,国語係の子どもから

は,国語準備室に『空中ブランコ乗りのキキ』(単

行本)があるとの情報も紹介されました。授業者

は,今回の題材が「寂しいお魚」という題名の童

話であることを伝えました。

子どもたちは,「不思議な話だろう」「お魚は,

最後まで寂しいままかもしれない」「残酷な結末を

迎えるのではないか」等,「空中ブランコ乗りのキ

キ」の作風をなぞった考えが聞かれました。

このような反応が見られるようになったことを

確認し,授業者は「寂しいお魚」を配付し,範読

しました。範読後,子どもたちから「やっぱり不

思議な話だ」「もやもやする」「風や草,雲が話す

不思議な話だ。擬人化だ」「でも,何となくいいお

話のような気がする」などの声が聞かれたため,

第一印象として,いいお話だと思うか,残念なお

話ととらえているか尋ねてみました。すると,「い

いお話(プラスのとらえ)…17名」「残念なお話

(マイナスのとらえ)…19名)」という結果にな

りました。この結果が学習後にどのように変わる

のかを互いに楽しみにしつつ,内容理解を深めて

いきました。

まず,これまでの学習を生かし,気になる表現

を抜き出す作業を個人で行いました。子どもたち

は,自分の得意とする視点(情景描写や色彩表現,

繰り返し等)を中心に,何かしら作者の意図が感

じられる表現を見つけだしていました。しばらく

作業が進んだところで,授業者は「自分の見つけ

た表現を『女の子』や『お魚』に関連づけて紹介

してみよう」となげかけました。子どもたちの発

言は,次のようなものでした。

【「女の子」に関する表現】

・広い野原の真ん中に,一人で住む○

→「寂しくない」□

・黄色いパラソル&赤いマフラー

・サンドイッチ

・ポロポロ☆

・「一晩中お空を見ながら,遠い海のことを考え

ました。(148 頁)」と「海を見ながら,…寂しい

お魚のことを考えながら(154 頁)」の表現にはつ

ながりがありそうだ

・「ポカポカと暖かい白い砂浜に座ったまま」の

表現は,プラスの心情を表すだろう

【「お魚」に関する表現】

・広く,暗い海の底に,一尾住む○

→「寂しい」□

・白い花びらのような涙

・ホロホロ☆ など

※○や□等は,対として挙げられたものを示します。

こうした活動を通して,内容理解も確実に進み,

作品に対する考えをもつ子どもも出てきたようで

した。子どもたちには,今日のまとめとして感想

や疑問等を【学習の記録】に記入することを伝え,

授業を終えました。

(2) 問いをつくり,考えをもつ

子どもたちが記した感想や疑問をまとめた資料

を配付し,自由に話し合うことから始めました。

・女の子がお魚に会えないことが,良いことな

のか,残念なことなのか,わからない

・お魚は,どうして最後にいなくなってしまう

のだろう

・風は,どうして女の子に優しいのか

・なぜ,風は寂しいことを「おそらく寒いこと

と同じようなこと」と伝えたのか

・女の子とお魚の心情の変化を知りたい

・女の子の最後の涙にはどんな意味があるのか

など

上記のような疑問があがっては話題となり,ま

た次の疑問があがるような時間が過ぎていったた

め,授業者は,子どもたちに「なぜ,女の子はお

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魚に会いに行ったの」と聞いてみました。すると,

子どもたちからは「寂しくなくなる方法をお魚と

一緒に考えるため」の考えが口々に語られました。

そして,しばらくすると「女の子自身が知らない

『寂しい』を知るため」との考えもあがり,経緯

を叙述に基づき確認することとなりました。

その過程で,子どもたちは,女の子が一人ぼっ

ちで野原に暮らしていても寂しくないことを不思

議に感じたり,お魚は必ず夢の中に現れるという..

ことに注目したりして,女の子が「寂しい」を求

める存在として設定されているのではないかとの

考えをもつようになっていきました。

子どもたちの思考が「女の子自身が『寂しい』

を懸命に求めている」点に着目していたので,授

業者は本文中の「とうとう」という表現を話題に

することにしました。

「『とうとう』という表現を使って短文をつくっ

てごらん」と問いかけると,ある子どもから「と

うとう受験日が来てしまった」とのつぶやきがあ

ったため,授業者は「それまでにどんなことがあ

ったの」とさらに聞いてみました。すると,「自主

勉したり,塾に行ったり,家の人とケンカをした

り,等々」と複数の答えがかえってきました。そ

れがねらいでした。「とうとう」という言葉は,い

ろいろな過程を経て,ある結果に達するさまを表

す言葉なのです。しかし,教科書では,女の子が

「風(当事者を含めれば「お魚」も)」に尋ねただけで,「とうと

う旅にでる」のです。この「とうとう」に対する

違和感を子どもたちと共有したところで,授業者

は文庫本『淋しいおさかな』の原文を子どもたち

に紹介しました。

原文の「女の子」は,「風」の他にも「お月さま」

や「やせ犬」にも,「寂しい」について尋ねていま

した。そして,彼らの回答の中には「星」「サンド

イッチ」等も登場するのです。これまで疑問に感

じたり,不思議に思ったことを解決する手がかり

が,とうとう見つかったのです。「風」と「女の子」

のやりとりにも新たな発見がありました。

それぞれの登場人物が教えてくれる「寂しい」

について,子どもたちと整理してみることにしま

した。子どもたちのまとめたことを整理すると次

のようになりました。

【 風 】寒いと同じ

(女の子)マフラーをすればいいのに?!【お月さま】お月さまをみたい気持ちと同じ

(女の子)お星さまを見ればいい!

【お月さま】星は小さすぎますよ

【 やせ犬 】おなかが空いたと同じようなもの

(女の子)おなかいっぱいになれば,寂しく

なくなるってこと?

【 やせ犬 】ちがう!どんなに食べてもおなか

がいっぱいになることはない!

【 お魚 】ただとても寂しいってことさ

(女の子)よくわからない→旅に出る決心

「黒板(板書)を眺めながら,何か気づいたこ

とがあれば,自由に話してごらん」となげかけて

みました。すると,「サンドイッチはここで出番が

あったんだ」「お月さまはナルシストだ」「星はち

ょっとかわいそうな存在」「やせ犬もかわいそうな

存在だけど,『やせ犬』ってところに秘密がありそ

う」等があがりました。

そこで,授業者は「登場人物には何か役割があ

るのだろうか」「『寂しい』のとらえが違うのはど

うしてだろう」と聞いてみました。子どもたちは,

しばらく考えていましたが,「お月さまはナルシス

トだ」と発言した子どもが「ナルシスト(お月さ

ま)は,寂しいという感情が似合わず,周囲の者

が自分を求めて感じる感覚だと考える存在である

こと。やせ犬は,いつも空腹な存在であり,満腹

感を知らない存在である」との考えを述べました。

この発言が呼び水となり,子どもたちの自由な発

想が語られることとなりました。いくつかの考え

を紹介したところで時間となったため,授業者は

子どもたちに自分の考えを【学習の記録】に記入

することを伝え,第2時を終えました。

第3時は,自分の考えを紹介し合うところから

はじめました。子どもたちは,自分の記録を読み

直したり,原文を読み返したりしながら,自分の

考えを発表していきました。子どもたちの考えは

次のようなものでした。

・「やせ犬」がいつも空腹なように,寂しいやつ

は,いつも《満たされない》存在ということ

を表すのかもしれない

・「お月さま」は,夜を照らす存在であり「お星

さま」よりも明るい。それがないと《物足り

ない》ことを表しているのではないか

・「お星さま」では,明るさや大きさが足りず《心

細い》ということか

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・「風」は,寒いと同様というが,風は《懐が寒

い=懐が寂しい》のように考えているのか

このような話を進める中,授業者は子どもたち

の考えが「女の子の理解した『寂しい』とは,ど

のようなものだったのか」に向かうよう,板書や

発言のうえで「女の子のとらえ」が対比的にとら

えられるように努めました。

いくつかの手だてを講じ,子どもたちの疑問が

「女の子が理解した『寂しさ』とは,どのような

ものか。これまでの旅(登場人物・展開等)から

考えてみよう」となったことを確認し,個人追求

の時間としました。導き出したことを【学習の記

録】に記入することを子どもたちに伝え,授業を

終えました。子どもたちの考えは,次のようなも

のでした。

・会えることを信じていたのに「裏切られた」

という意味合いの「寂しい」思いだ

・「風」や「雲」等,他者の存在が大きくかかわ

るのだろう。彼らの励ましがなければ,女の

子の理解は生まれなかった

・お魚の涙は「シクシク」や「ホロホロ」で表

現され,女の子の涙は「ポロポロ」である。「ボ

ロボロ」とも異なるこのオノマトペの使い方

に,女の子の感情が静かに表出しているよう

すが伝わる。異なる感情を表す表現だろう

・「風」の存在が大きな意味をもっている。「風」

は「女の子」に献身的なかかわりをもってい

る。「寂しい」とは,相手を思う気持ちがあっ

てこそ味わえる感情だろう

・「やせ犬」の「年中おなかのすいているものは,

どんなに食べてもおなかいっぱいになること

はない」の言葉にも意味がありそう。満たさ

れない思いが「寂しさ」を生むということか

・「寂しい」という感情は,相手の存在があって

こそ生まれるものなのだろう。「お魚」が,待

ちきれない存在であるなら,お魚はキキのよ

うに,いつまでも「寂しいお魚」だ

・「団らん」があるからこそ「寂しさ」がある

など

(3) 「読み」を味わい,「読み」を広げる

授業者は,上記のような子どもたちの考えをま

とめた資料(辞書的意味も掲載)を作成し配付し

ました。子どもたちは,仲間の考えを読み込んだ

り,「寂しさ」の意味を辞書的にとらえなおしたり

しながら,自分の考えを練っていました。授業者

は,子どもたちのつぶやきの様子を見計らい「女

の子が理解した『寂しさ』とは,どのようなもの

か」意見を求めました。子どもたちからは,次の

ような意見や感想があがりました。

・女の子は,お魚に会えなかった。つまり,目

的が果たせなかった。本来あった活気(目的)

が失われたことへの「寂しさ」だ

・仲間の存在について触れていた人が多かった。

「寂しい」という感情は,一人では感じられ

ないことを強調するため,作者は女の子を広

い野原の真ん中に一人で暮らす設定にしたの

かもしれない

・お魚と女の子の抱く「寂しい」は異なる領域

(意味)を表すから交わらないのだろう

・自分のことを思ってくれる存在がいるからこ

そ感じられる「温かさ」も「寂しさ」の一部

である。それが最後の場面にも表れている

・「寂しい」という感情を獲得することは,かな

り難しいハードルとして設定されていた。つ

まり,それほど貴い感情の一つということか

・オノマトペの違いから,女の子の心情に迫る

考えはおもしろかった。情景描写から心情を

読み取ることはよくあるが,オノマトペから

迫る方法もあるんだ

・お魚は,相手(女の子)を信じられないから

最後まで寂しいのではないか。「寂しい」の裏

側には「信じる」思いがあるのではないか

・女の子は無意識のうちに「寂しさ」を感じて

いる存在であり,それを「寂しいお魚」とい

う形で表していたのだろう。だから,「寂しさ」

を理解した女の子からお魚は去っていったの

ではないか

など

このような語り合いを通して,子どもたちは女

の子が実感したであろう「寂しさ」を言語化して

いきました。その中で,「辞書に記されたような複

数の意味合いを,さまざまな登場人物を用いて象

徴的に表現しているのではないか」「『寂しい』と

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いう感情を,本来子どもたちに味わわせたくない

が,実際に味わう時のことを考えて,作者は女の

子を通してその感情を伝えているのではないか」

等,作者である別役さんのねらいにまで思いを巡

らせる子どもたちの姿もみられました。

そして,最後にもう一度このお話が「ハッピー

エンド」か「バッドエンド」かと問いかけたとこ

ろ,子どもたちから,次のようなうれしい言葉が

聞けました。

・ハッピーかバッドかはわからないけど,「寂し

い」という感情が人間にとって重要な役割を

していることがわかった

・女の子は潜在的に求めていた感情が手にいれ

ることができたのだから,今後今以上に幸せ

になれるのではないか

・「寂しさ」の背景には「温かさ」が隠れている

ようだ。別役さんのやさしさも感じられた

など

これらの発言は,子どもたちが単元のはじめに

「バッドエンド」「ハッピーエンド」と疑問に感じ

た感覚とは,全く異なる次元のものであり,読み

や言語感覚の深まりを実感することができました。

童話という単純そうな作品も,扱い方によって

はいろいろな力が育めることを改めて実感するこ

とができました。題材をどのように選び,どのよ

うな手立てをもって子どもに「問い」を共有させ,

いかにして子どもたちの主体的な対話を生み出す

のか。そうした活動の一つ一つが,深い学びを導

く鍵となるのでしょう。

別役さんが,文庫本の「はじめに」で,「『童話

は二度読まれる』と言われている。大人になって

もう一度それを読んだ時に,はじめてその内容が

しみるのである。そして,子どもにすすめるので

あるが,その子もまた,大人になって二度目の体

験したうえで,その子にすすめる」と記している。

別役さんのこの言葉を借りて,今回の学びを締め

るのであれば,子どもたちにとって今回の学びが,

次の学びに繋がり,「読むこと」の楽しみが自然と

広がったり,深まったりした時間であったことを

願います。豊かな言語感覚を育むことは,豊かな

人(感性・感情)を育むことに他ならないと信じ

て。

「淋しいおさかな」あらすじ

広い野原のまんなかに 女の子は住んでいました。

ある時から毎晩少女の夢の中に一尾のおさかなが出てき

ます。おさかなは涙を流しながら「淋しい、淋しい」とい

うだけです。

女の子は「淋しいってどういうこと?」と聞きますが、

おさかなはただ泣くだけです。

ともだちの風さんに聞いてもわかりません。ある日とう

とう女の子は、夢の中のおさかなに会いに行くために、旅

に出ることにします。風は止めますが女の子の決心は固く、

しかたなく風はついていくことにします。旅の途中で出会

ったいろんな生き物に女の子は「淋しいってどういうこ

と?」と尋ねますが、なかなか答えを得ることが出来ませ

ん。

ボロボロになって力尽きそうになったある日、とうとう

海にたどり着きます。しかしいくら呼んでもおさかなは現

れません。「ずっと誰かが来るのを待っていたようだった

けれどどこかへ行ってしまった」と聞かされて、女の子は

ぽろぽろと涙を流します。「淋しい」ということばの意味

がわかった瞬間でした。

参考資料:http://www.matatabi.net/