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30 投稿論文 沢山俊民 (さわやまクリニック、川崎医科大学循環器内科名誉教授) form PWV/ABI -広範囲の臨床応用- form PWV/ABIは名称通り、脈波伝播速度(pulse wave velocity;PWV)ならびに足関節 / 上腕血圧比(ankle brachial pressure index;ABI)の評価に繁用されているが、本機 は動脈疾患例のみならず、心疾患例に対しても対応可能 なよう作製されている。一方筆者は、元来循環器内科医と して心臓病診断に関連して「心機図」検査を多用していたの で、本稿では本機の広範囲な臨床応用に関して述べる。 基本的使用法:baPWV (brachial-ankle PWV)ならびにABI 当院での本機は、各受診者に対しほぼ 3 ヵ月ごとに再検 しているので、総件数は 4 ,000 件に至っている。したがっ て、筆者にとっては、これら 2 項目については縦断的な観 察を行うことにより診療に役立たせている。 ABIに関しては、動脈硬化のリスク因子を有する例では、 そのトレンドグラフを検討することにより、末梢動脈疾 患の予備軍を知ることも可能である。 その他の心血管指標に関する 臨床応用として 当院は循環器専門施設であるため、頸動脈波センサー と大腿動脈センサーを併用し、以下のような心血管系指 標を評価している。 1.中心動脈(弾性動脈)PWV の評価に PWVについては上記2種のセンサーを用い、hc(heart- carotid)、hf (heart-femoral)、cf (carotid-femoral)の各 PWVを計測し、各中枢部位での動脈壁硬化を評価してい 1 -3) 筆者は、hfPWVを大動脈PWVの代用として重要視し、 その基準範囲は 1 ,000 cm/sec 以内と仮定している。一方、 hcPWVは、短距離であるデメリットが無視できないが、 基準範囲は 850 cm/sec 内としている。 動脈硬化リスク因子の多い症例によっては、治療によ り baPWV は改善してもこれら中心動脈 PWV は改善せず、 両者間に解離がみられる 4) 2.頸動脈波形による心疾患の補助診断として その形状などにより大動脈弁疾患(弁狭窄・弁逆流)、 心筋疾患(肥大型閉塞性・拡張型心筋症)などの評価にとっ て非常に有用と考えられている 4 ,5) 3.簡易心機能計測値:STI (systolic time intervals、 左室収縮期時相)として 左室の収縮機能不全をはじめ、種々病態や心疾患の種 類と重症度の評価に有用である。本法は、Weisslerらに よって開発され 6) 、本機では心電図・心音図・脈波 3 素子 の組み合わせ記録により自動的に求められるので筆者も 多用し 7 ,8) 、本機にも、筆者によって考案された表示方式(4 象限にわけて図示する)が採用されている 9 ,10) 1)。 4.AI (augmentation index) AIは、頸動脈波上でPWとTWの波高比として自動計 測される。AI の計測にあたっては、頸動脈波形が上行大 動脈圧波形に近似するので、頸動脈波形を用いるのが妥 当である 11) 5.頸動脈推定血圧値 中心動脈圧に近似するとされる値で、頸動脈波形と上腕 平均 / 拡張期血圧から算出され、mmHg で表示される 12) 検査の手法(図 2) 当院では、本検査にはすべて筆者が立会い、検査技師 が介助する形で行われている。頸動脈波センサーと大腿 動脈センサーは 2 人が交代で装着している。 検査可能な項目とそれらの意義 1.血圧値 4ヵ所(左右の上腕と左右の足首)での値。上下肢の差異 でわかる末梢動脈疾患(peripheral artery disease;PAD) の評価以外に、上肢血圧値の左右差により大動脈炎症候 群( 高 安 病 )、 鎖 骨 下 動 脈 盗 流 症 候 群(subclavian steal syndrome)などが確認される。 この論文は、「Arterial Stiffness」WEBサイトに掲載されています。その他の論文はこちら Click "Arterial Stiffness" web site for more articles.

form PWV/ABI-広範囲の臨床応用- - Arterial StiffnessPEP短縮 PEP延長 高血圧症 (若年・動揺性) 大動脈弁逆流 高血圧症 (中高年・固定性)

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    沢山俊民(さわやまクリニック、川崎医科大学循環器内科名誉教授)

    form PWV/ABI-広範囲の臨床応用-

     form PWV/ABIは名称通り、脈波伝播速度(pulse wave velocity;PWV)ならびに足関節/上腕血圧比(ankle brachial pressure index;ABI)の評価に繁用されているが、本機は動脈疾患例のみならず、心疾患例に対しても対応可能なよう作製されている。一方筆者は、元来循環器内科医として心臓病診断に関連して「心機図」検査を多用していたので、本稿では本機の広範囲な臨床応用に関して述べる。

    基本的使用法:baPWV (brachial-ankle PWV)ならびにABI 当院での本機は、各受診者に対しほぼ3ヵ月ごとに再検しているので、総件数は4,000件に至っている。したがって、筆者にとっては、これら2項目については縦断的な観察を行うことにより診療に役立たせている。 ABIに関しては、動脈硬化のリスク因子を有する例では、そのトレンドグラフを検討することにより、末梢動脈疾患の予備軍を知ることも可能である。

    その他の心血管指標に関する 臨床応用として

     当院は循環器専門施設であるため、頸動脈波センサーと大腿動脈センサーを併用し、以下のような心血管系指標を評価している。

    1.中心動脈(弾性動脈)PWVの評価に PWVについては上記2種のセンサーを用い、hc(heart-carotid)、hf(heart-femoral)、cf(carotid-femoral)の各PWVを計測し、各中枢部位での動脈壁硬化を評価している1-3)。 筆者は、hfPWVを大動脈PWVの代用として重要視し、その基準範囲は1,000cm/sec以内と仮定している。一方、hcPWVは、短距離であるデメリットが無視できないが、基準範囲は850cm/sec内としている。 動脈硬化リスク因子の多い症例によっては、治療によりbaPWVは改善してもこれら中心動脈PWVは改善せず、両者間に解離がみられる4)。

    2.頸動脈波形による心疾患の補助診断として その形状などにより大動脈弁疾患(弁狭窄・弁逆流)、心筋疾患(肥大型閉塞性・拡張型心筋症)などの評価にとって非常に有用と考えられている4,5)。

    3. 簡易心機能計測値:STI(systolic time intervals、左室収縮期時相)として

     左室の収縮機能不全をはじめ、種々病態や心疾患の種類と重症度の評価に有用である。本法は、Weisslerらによって開発され6)、本機では心電図・心音図・脈波3素子の組み合わせ記録により自動的に求められるので筆者も多用し7,8)、本機にも、筆者によって考案された表示方式(4象限にわけて図示する)が採用されている9,10)(図1)。

    4.AI(augmentation index) AIは、頸動脈波上でPWとTWの波高比として自動計測される。AI の計測にあたっては、頸動脈波形が上行大動脈圧波形に近似するので、頸動脈波形を用いるのが妥当である11)。

    5.頸動脈推定血圧値 中心動脈圧に近似するとされる値で、頸動脈波形と上腕平均/拡張期血圧から算出され、mmHgで表示される12)。

    検査の手法(図2) 当院では、本検査にはすべて筆者が立会い、検査技師が介助する形で行われている。頸動脈波センサーと大腿動脈センサーは2人が交代で装着している。

    検査可能な項目とそれらの意義1.血圧値 4ヵ所(左右の上腕と左右の足首)での値。上下肢の差異でわかる末梢動脈疾患(peripheral artery disease;PAD)の評価以外に、上肢血圧値の左右差により大動脈炎症候群(高安病)、鎖骨下動脈盗流症候群(subclavian steal syndrome)などが確認される。

    この論文は、「Arterial Stiffness」WEBサイトに掲載されています。その他の論文はこちらClick "Arterial Stiffness" web site for more articles.

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  • 31

    投稿論文

    2.心電図 主に第Ⅱ誘導を使用するので、不整脈(期外収縮や心房細動)が記録されるとその際の循環動態の状況もわかる。つまり不整脈時に脈波を併せて観察すると、不整脈時に心拍が脈波採取部位まで伝達される状態が把握できる。例えば、不整脈の心拍が無効収縮に終わっていれば脈波は形成されない(いわゆる心臓の“空打ち”状態)。さらに不整脈後の正常洞心拍をみて、期外収縮後強勢状態(post-extrasystolic potentiation)の程度もわかる。

    3.心音図 第4音が明瞭に記録されれば、左室拡張機能状態の評価

    (高血圧症、心筋梗塞、心筋疾患例など)に有用である。被験者によっては、心音マイクを心尖部寄りの位置に装着すると、第4音の記録が一層明瞭になる。

    第 2象限 第 3象限

    第 1象限 第 4象限

    ETc延長

    ETc短縮

    PEP短縮 PEP延長

    高血圧症(若年・動揺性)

    大動脈弁逆流

    高血圧症(中高年・固定性)

    交感神経機能亢進甲状腺機能亢進心室中隔肥厚

    慢性虚血心僧帽弁逆流 左脚ブロック心房細動(非弁膜症)慢性心不全陳旧性心筋梗塞拡張型心筋症

    大動脈弁狭窄

    急性心筋梗塞

    大動脈弁下狭窄*

    *=閉塞性心筋症

    図1 ● ETとPEPそれぞれの延長と短縮をもとに作図されたSTIと疾患との関係

    第1象限はET短縮、PEP短縮。第2象限はET延長、PEP短縮。第3象限はET延長、PEP延長。第4象限はET短縮、PEP延長。第4象限が臨床的に最も重要な左室収縮機能不全を呈する病態・疾患群である。

    図2 ● 血圧脈波心機能検査の場面

    この場合は筆者が頸動脈センサーを、看護師が股動脈センサーを装着している。なお、股動脈センサーの装着には、着衣のままで股動脈が触知可能であれば、脱衣しないで良好な記録が可能である。

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  • 32

    症例提示 本稿では誌面の都合で、大動脈弁逆流例(図3)、ならびに、服用中のβ遮断薬を1回服用し忘れただけですべての波形が服用前の状態に復してしまった肥大型閉塞性心筋症例(図4A、B)のみを提示する。

    PWVの臨床に関する最近の考え方1.「大動脈PWV」の概念 循環器の専門医や専門施設では、筋性部分のPWVを多く含むbaPWV(brachial-ankle)(計測が容易である反面、介入する因子も多い)以外に、弾性動脈部分を多く含む「大動脈PWV」(主としてhfPWV)も合わせた計測・検討を期待している3)。一方、hfPWVの記録には頸動脈用に加えて股動脈センサーの併用が必要であるが、前記したように、頸動脈波形の臨床的価値は非常に重要視されるのである4,5,7)。

    2. baPWVとCAVI(cardio-ankle vascular index)との連関

     最近では、これら両指標は互いに比較検討されつつある(著者もその1人)が、baPWVはCAVIに比して筋性動脈部分を多く含むので、どちらの指標がどのように活用されるべきかについて、両機器(formとVaSera®;フクダ電子社製)による同時記録を行い、両指標のリスク因子別・疾患別特徴が比較検討されるべきであろう。

    3.PWVの臨床 baPWVやCAVIは、コホート研究をはじめ、高血圧例におけるガイドラインへの介入も検討されている。ところでこれら指標のような「正解が未決」の値を使用するにあたっては、ガイドライン(横断的活用)云々よりも、経過観察や治療前後での評価(縦断的活用)に供するほうが適切ではなかろうか。

    結語 以上、form PWV/ABIに関して、血管評価のみならず心機能評価、さらに心疾患例を取り上げ、本機の広範囲な臨床応用について言及した。

    図3 ● 心雑音は記録されなくても頸動脈波などで評価される有意な大動脈弁逆流例(「心雑音」で紹介された63歳男性、理髪師)

    心音図は低音成分のみのため本例が発する高音の拡張期雑音は記録されない。頸動脈波形は2峰脈(本症に典型)。STIはPEPの短縮+ETの延長(本症に典型的な高拍出状態で、第2象限にある)。ABI高値(1.27)は下肢高血圧(Hillサイン)と関連し本症に典型的な所見である。このように、本例では雑音は高音成分が主体であるため記録されなくても(本機の心音図は低音成分記録が主)本検査上、脈波・心機図所見が明瞭に図示数値化されていることがわかる。

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  • 33

    投稿論文

    1) 沢山俊民,田淵弘孝.PWV測定のすすめ.日本臨床生理学会誌2009 ;39 :1 -6 .

    2) 沢山俊民.heart-carotidPWV(hcPWV).宗像正徳,編.PWVを知るPWVで診る.東京:中山書店;2006 .p49 -54 .

    3) 田淵弘孝,沢山俊民.弾性動脈と筋性動脈の脈波伝播速度(PWV)の相違-加齢および疾患による変化.日本臨床生理学会誌2010 ;40 :251 -8 .

    4) 沢山俊民.頸動脈脈波測定法と異常頸動脈脈波.小澤利男,監.新しい血圧測定と脈波解析マニュアル.東京:メジカルビュー社;2008 .p123 -8 .

    5) 沢山俊民.心血管疾患例における異常脈波.臨床脈波研究会,編.脈をどう診るか.東京:メジカルビュー社;2003 .p78 -87 .

    6) WeisslerAM,etal.Systolic time intervals inheart failure inman.Circulation1968 ;37 :149 -59 .

    7) 沢山俊民.心機図による心機能評価-血圧脈波検査装置による検討.日本

    臨床生理学会誌2003 ;33 :81 -6 .8) 沢山俊民.血圧脈波検査装置を用いた簡易心機能評価.日本臨床内科医

    会会誌2005 ;20 :69 -73 .9) 沢山俊民.心機能STIの測定法と解釈.小澤利男,監.新しい血圧測定と

    脈波解析マニュアル.東京:メジカルビュー社;2003 .p117 -22 .10)沢山俊民.心機能STIの理論.小澤利男,監.新しい血圧測定と脈波解析

    マニュアル.東京:メジカルビュー社;2003 .p90 -3 .11)ChenC,etal.Validationofcarotidartery tonometryasameansof

    estimating augmentation index of ascending aortic pressure.Hypertension1996 ;27 :168 -75 .

    12)KellyPR,etal.Non-invasivedeterminationofage-relatedchanges inthehumanarterialpulse.Circulation1989 ;80 :1652 -9 .

    文献

    図4 ● 本人が、処方されていたβ遮断薬を一度服用し忘れただけで、服薬前の状態に復してしまった肥大型閉塞性心筋症例(66歳男性、縫製業者)

    β遮断薬の服用を忘れた日の記録A β遮断薬服用中の記録B

    A:�心音図では収縮中期雑音を認める。頸動脈波は明らかな2峰脈を呈している。STIをみるとETが著明に延長し第2象限にある。臨床診断は家族性肥大型閉塞性心筋症。筆者はこのレポートをみて、従来のもの(図4B)とは所見がまったく異なるので本人に聞いた。「今日のグラフは治療前の状態に逆戻りしていますが、何かありましたか?」彼曰く、「あっ、

    そうだ! 今朝うっかりしてクスリ(β遮断薬)を飲み忘れました!」B:�心音図では収縮中期雑音は有意でない。頸動脈波は年齢相応のパターンを示している。STIの両指標は正常範囲(右下トレンド図で白帯の中央)に位置している。なお心拍数も多くない。

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