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44 J R I レビュー 2020 Vol.1, No.73 アメリカ経済見通し 調査部 副主任研究員 井上 肇 目   次 1.現状:企業部門に弱さも、家計部門が下支え 2.通商・財政・金融政策の行方 (1)貿易摩擦による下押し圧力は緩和 (2)財政出動の規模は限定的 (3)緩和的な金融環境が下支え 3.見通し:向こう2年は潜在成長ペース 4.リスク (1)貿易戦争次第で上下双方向のリスク (2)金融緩和が中期の下振れリスクに

アメリカ経済見通し · 2019. 12. 24. · アメリカ経済見通し JRIレビュー 2020 Vol.1, No.73 45 1.アメリカ経済は、2018年央をピークに減速しているものの、これまで景気拡大が途切れずに続いて

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44 JR Iレビュー 2020 Vol.1, No.73

アメリカ経済見通し

調査部 副主任研究員 井上 肇

目   次

1.現状:企業部門に弱さも、家計部門が下支え

2.通商・財政・金融政策の行方

(1)貿易摩擦による下押し圧力は緩和

(2)財政出動の規模は限定的

(3)緩和的な金融環境が下支え

3.見通し:向こう2年は潜在成長ペース

4.リスク

(1)貿易戦争次第で上下双方向のリスク

(2)金融緩和が中期の下振れリスクに

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アメリカ経済見通し

JR Iレビュー 2020 Vol.1, No.73 45

1.アメリカ経済は、2018年央をピークに減速しているものの、これまで景気拡大が途切れずに続いて

いる。部門別にみると、企業部門が景気の足を引っ張る一方で、家計部門が景気を下支えしている。

この結果、今回の景気拡大局面は2019年7月に戦後最長を更新し、11年目に入っている。今後の展開

は、トランプ政権・議会の政策運営と、FRBの金融政策運営に大きく左右される公算が大きい。

2.まず、通商政策についてみると、トランプ政権は2018年から強硬な対中政策を続けてきたものの、

少なくとも2020年11月の大統領選挙までは姿勢を軟化させる見通しである。再選を目指すトランプ大

統領は、中国との貿易戦争の激化が景気悪化や株安をもたらし、支持率の低下を招く事態を回避する

ように動くとみられる。そのため、足許の製造業を中心とする企業部門の弱さが雇用削減などを通じ

て家計部門に波及する事態には至らない見込みである。

3.次に、財政政策に目を向けると、2019年夏に超党派予算法が成立したことで、当面は柔軟な財政支

出の拡大が可能となり、景気を下支えする見込みである。ただし、党派対立の激化や財政状況の悪化

などにより、大規模な追加の景気刺激策は見込み難い。

4.最後に、金融政策についてみると、FRB(連邦準備制度理事会)による予防的な利下げの効果が今

後徐々に顕在化するとみられる。景気失速が回避されるため、さらなる利下げは実施されないと予想

している。一方で、インフレ期待が低迷していることに加え、貿易戦争再燃による景気下振れリスク

が残ることなどから、利上げ再開のハードルは高い。そのため、FRBは物価上振れよりも景気下振れ

の防止に重点を置いた政策運営を続ける公算が大きい。

5.以上を踏まえ、景気の先行きを展望すると、トランプ大統領が景気に配慮した政策運営を行うと予

想されるほか、緩和的な金融環境が景気の下支えとなり、2020年後半にかけて成長ペースは小幅なが

ら持ち直す見通しである。ただし、米中覇権争いの長期化が予想されるため、景気の力強い拡大は見

込み難い。結果として、予測期間を通じて成長ペースは2%程度とみられる潜在成長率並みにとどま

ると予想している。

6.以上のメインシナリオに対して、米中貿易戦争の展開次第で景気が上下双方向に振れるリスクがあ

る。また、緩和的な金融環境は、短期的には景気下振れリスクの抑制に寄与するものの、各種マーケ

ットにおけるリスクテイクの動きを促すことでバブルを形成する恐れがあるため、中期的には景気下

振れ要因となりうる。

要  約

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46 JR Iレビュー 2020 Vol.1, No.73

1.現状:企業部門に弱さも、家計部門が下支え

 アメリカ経済は、2018年央をピークに減速しているものの、これまで景気拡大が途切れずに続いてい

る(図表1)。この結果、2009年7月に始まった今回の景気拡大局面は2019年7月から11年目に入り、

戦後最長となっている。

 部門別にみると、企業部門が景気の足を引っ張っている。アメリカ発の貿易摩擦やそれに伴う海外経

済の減速を受けて、輸出が伸び悩んでいる。国・地域別にみると、2018年末にかけて中国向けが大きく

減少し、その後も低迷が続いている(図表2)。また、トランプ政権の通商政策などを巡る不透明感が

強まるなか、2019年7~9月期にかけて設備投資が2四半期連続で減少した。

 一方、家計部門が景気の下支え役となっている。良好な雇用・所得環境に加え、FRB(連邦準備制

度理事会)の金融緩和などを受けた株価の上昇を追い風に、個人消費の増勢が続いている(図表3)。

また、住宅ローン金利の低下などを受けて、2018年末にかけて弱含んでいた住宅販売が持ち直しに転じ

ている(図表4)。

輸 入輸 出政府支出在庫投資住宅投資設備投資個人消費

2019201820172016

(図表1)実質GDP成長率(前期比年率)

(資料)BEA

(%)

(年/期)

▲3

▲2

▲1

0

1

2

3

4

5

6

7実質GDP

(図表2)地域別実質輸出(3カ月移動平均)

(資料)U.S. Census Bureau、BLSを基に日本総合研究所作成(注)〈 〉は2018年のシェア。

(2016年=100)

(年/月)70

80

90

100

110

120

130中国(除く香港)〈7.2〉

韓・台・印・ASEAN〈11.8〉

EU〈19.1〉 カナダ〈18.0〉メキシコ〈15.9〉

中南米〈9.9〉

2019201820172016

世界計世界計

小売売上高(左目盛)

4,300

4,400

4,500

4,600

4,700

4,800

4,900

5,000

5,100

5,200

5,300

5,400

(図表3)小売売上高と株価

(資料)U.S. Census Bureau、Bloomberg L.P.

(億ドル) (1941~43年平均=10)

(年/月)

1,800

2,000

2,200

2,400

2,600

2,800

3,000

3,200

S&P500種株価指数(右目盛)

2019201820172016 2019201820172016400

450

500

550

600

(図表4)住宅販売と住宅ローン金利

(資料)U.S. Census Bureau、NAR、Freddie Mac

(万件)

(%)

(年/月)

住宅ローン金利(30年固定、右目盛)

3.0

3.5

4.0

4.5

5.0

住宅販売件数(中古+新築、左目盛)住宅販売件数(中古+新築、左目盛)

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アメリカ経済見通し

JR Iレビュー 2020 Vol.1, No.73 47

2.通商・財政・金融政策の行方

 減速しつつも戦後最長となっている景気の先行きは、2020年11月の大統領選挙を意識したトランプ政

権・連邦議会の政策運営と、政治からの独立性を有しているとはいえ、政権や議会の政策が景気に及ぼ

す影響を考慮せざるを得ないFRBの金融政策運営に大きく左右される公算が大きい。以下では、通商・

財政・金融政策の行方とその影響について考察したうえで、景気の先行きを展望する。

(1)貿易摩擦による下押し圧力は緩和

A.米中貿易戦争はいったん休戦へ

 まず、通商政策についてみると、トランプ政権は2018年から強硬な対中政策を続けてきたものの、少

なくとも2020年11月の大統領選挙までは姿勢を軟化させる見通しである。過去の選挙直前の現職支持率

をみると、40%台半ばが再選と落選の境目となっている(図表5)。再選を目指すトランプ大統領の足

許の支持率はちょうど境目付近にあるため、米中貿易戦争の激化が景気悪化や株安をもたらし、支持率

の低下を招く事態を回避するように動くとみられる。実際、株価の動きとトランプ大統領の支持率は、

2018年末頃から連動する傾向がみられる(図表6)。

 米中貿易戦争の激化は、とりわけトランプ大統領をこれまで支持してきた有権者に大きな打撃を与え

る公算が大きい。前回の大統領選挙でトランプ氏の勝利に貢献したラストベルト(錆びついた工業地

帯)では、すでに製造業のマインドが大きく落ち込んでいるほか、雇用者数が減少している(図表7)。

また、2016年のトランプ大統領誕生以降、共和党の支持基盤である農家の景況感指標は高水準を維持し

ているものの、中国による米農産品の輸入拡大などが実現しなければ、そうした期待がはく落する恐れ

がある(図表8)。

 中国も景気が減速するなかで、貿易戦争の激化を望んでいないとみられる。そのため、今後、米中両

国が歩み寄る形で、何らかの通商合意が正式署名に至るというのがメインシナリオである。

20

30

40

50

60

70

80

(図表5)大統領選挙直前の現職支持率

(資料)Five Thirty Eight、RCPを基に日本総合研究所作成(注)トランプ大統領は2019年12月6日時点。

(%)再選

再選再選

落選

落選

トランプ

オバマ

ブッシュ(子)

クリントン

ブッシュ(父)

レーガン

カーター

フォード

ニクソン

ジョンソン

アイゼンハワー

トルーマン

(図表6)株価とトランプ大統領の支持率

(資料)Bloomberg L.P.、RCP

(ドル) (%)

(年/月/日)

19,000

20,000

21,000

22,000

23,000

24,000

25,000

26,000

27,000

28,000

29,000

30,000

ダウ工業株30種平均(左目盛)

20192018201736

38

40

42

44

46

48

トランプ大統領の支持率(右目盛)

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48 JR Iレビュー 2020 Vol.1, No.73

B.マイナス影響拡大は回避

 これまでの米中貿易戦争によるマイナス影響は、企業部門を中心に顕在化している。アメリカが発動

した対中輸入関税に対し、中国がアメリカからの輸入に報復関税を課したことで、アメリカの輸出関連

企業や原材料等を中国から輸入する製造業が大きく影響を受ける格好になっている。実際、貿易摩擦に

よる実効関税率の上昇に合わせて、製造業のマインドが大きく悪化している(図表9)。

 製造業への最も大きなマイナス影響は、先行き不透明感の高まりである。トランプ政権による予測困

難な通商政策によって、受注動向などが見通しづらくなるなか、製造業の設備投資計画が慎重化してい

る(図表10)。

 もっとも、2019年9月半ば以降、米中通商協議に進展がみられたことで、製造業の活動に底打ちの兆

40

45

50

55

60

65

70

シカゴPMI(右目盛)

2019201820172016(年/月)

▲1.2▲1.0▲0.8▲0.6▲0.4▲0.20.00.20.40.6

ラストベルト(ミシガン除く)の雇用者数(左目盛、3カ月移動平均)ミシガン州の雇用者数(左目盛、3カ月移動平均)

(図表7)ラストベルト4州の製造業雇用者数と シカゴPMI

(資料)BLS、シカゴ購買部協会(注1)4州はオハイオ、ペンシルバニア、ミシガン、ウィスコン

シン。ミシガン州は9~10月にかけて自動車メーカーGMのストライキの影響があるため、別で表示。

(注2)シカゴPMIは、シカゴ地区の製造業景況感を示す指標。

(前月差、万人) (ポイント)

(年/月)

80

90

100

110

120

130

140

150

160

2019201820172016

(図表8)農業景気指数

(資料)Purdue University、CME Group(注)パーデュー大学とCMEグループが共同で実施しているアメ

リカの農業従事者のセンチメント調査に基づいて算出された「AG Economy Barometer」。 直近は2019年10月。

(ポイント)

(年/月)

1.0

2.0

3.0

4.0

5.0

6.0

7.0

8.0

実効関税率(左目盛)

201920182017201646

48

50

52

54

56

58

60

62

ISM製造業景況指数(右目盛)

(図表9)実効関税率と製造業の景況感

(資料)U.S. Census Bureau、Treasury、ISMを基に日本総合研究所作成

(注)実効関税率=関税収入/名目財輸入で算出。

(%) (ポイント)

(年/期)

▲1

0

1

2

3

4

5

2019201820172016

(図表10)製造業の設備投資計画(先行き12カ月、前年比)

(資料)NAM

(%)

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アメリカ経済見通し

JR Iレビュー 2020 Vol.1, No.73 49

しがみられる。10月はISM製造業景況指数における輸出受注が良し悪しの判断の分かれ目となる「50」

超に急回復し、新規受注全体にも下げ止まり感が出てきた(図表11)。11月は米中の「第一段階」の通

商合意が遅れるなかで、ISM指数が下振れしたものの、今後、貿易戦争のエスカレートが回避されるこ

とで、輸出や設備投資が徐々に底入れに向かう見通しである。

 この結果、足許の製造業を中心とする企業部門の弱さが家計部門に波及する事態には至らない見込み

である。企業の採用マインドはピークアウトしたものの、依然として大企業・中小企業ともに高水準を

維持しているため、雇用削減などの動きが広がり、個人消費が腰折れする可能性は小さい(図表12)。

(2)財政出動の規模は限定的

 次に、財政政策に目を向けると、2019年夏に「超党派予算法(The Bipartisan Budget Act of 2019)」

が成立したことで、当面は柔軟な財政支出の拡大が可能となり、景気を下支えする見込みである。まず、

2021年度までの裁量的経費の歳出上限が引き上げ

ら れ た こ と で、2020年 度 は2019年 度 よ り も 対

GDP(国内総生産)比で0.2%程度の歳出拡大余

地が確保された(図表13)。加えて、2021年7月

31日まで連邦債務上限の適用が停止されたため、

アメリカ国債の増発による財政資金の調達が可能

になった(図表14)。

 ただし、超党派予算法の成立後、以下の理由か

ら、共和党・民主党の対立は深まっている。

 第1に、メキシコ国境の壁の問題である。トラ

ンプ大統領は、2020年度の本予算(歳出法案)に

おいて、メキシコ国境での壁の建設費の計上を要

(年/期・月)

▲40

▲20

0

20

40

60

80

100

120

ビジネス・ラウンドテーブル(先行き6カ月、左目盛)

201920182017201620152014201320122011201020092008200720062005▲10

▲5

0

5

10

15

20

25

30

NFIB中小企業楽観度指数(先行き3カ月、右目盛)

(図表12)企業の新規採用マインド

(資料)Business Roundtable、NFIB(注)ビジネス・ラウンドテーブルは、米大手企業のCEOで構成

される経済団体。

(ポイント) (%)

(年/月)

40

45

50

55

60

65

70

輸出受注新規受注

2019201820172016

(図表11)ISM製造業景況指数

(資料)ISM

(ポイント)

0.9

1.0

1.1

1.2

1.3

1.4

引き上げ後の歳出上限予算管理法に基づく歳出上限

202120202019201820172016201520142013

(図表13)連邦政府の裁量的経費の歳出上限

(資料)U.S. Congress、CBOを基に日本総合研究所作成

(兆ドル)

(年度)

2019年「超党派予算法」で引き上げられた歳出上限

2019年「超党派予算法」が成立していなかった場合の歳出上限

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50 JR Iレビュー 2020 Vol.1, No.73

求している。メキシコ国境での壁の建設は、ト

ランプ大統領の公約であるため、大統領選挙を

意識して、実現にこだわる可能性がある。一方、

下院で過半数を占める民主党は、これに反対す

る姿勢を示している。

 第2に、トランプ大統領の弾劾問題である。

トランプ大統領がウクライナのゼレンスキー大

統領に対し、軍事的な支援の見返りとしてバイ

デン前副大統領の息子に関する捜査を要求した

との疑惑に関し、下院で弾劾調査が開始された。

世論調査では、民主党支持者の9割強が弾劾調

査を支持する一方、共和党支持者の大半は支持

していない(図表15)。弾劾手続きの影響で、

トランプ大統領・共和党と民主党の対立が激化

しており、双方の歩み寄りが難しくなっている。

 こうした党派対立の下では、財政面からの追

加の景気刺激策の実現は容易ではない。大統領

選挙前に超党派で進む可能性があったインフラ

投資計画については、2019年春のトランプ大統

領と民主党のペロシ下院議長との会談ですでに

暗礁に乗り上げていたが、実現の可能性は一段

と低下したとみられる。また、2019年夏にトラ

ンプ政権が検討していることが報じられた給与

税減税などが議会に提案された場合も、民主党

の協力が得られる公算は小さい。

 そもそも、連邦政府の財政状況が悪化するな

かで、与党・共和党内においても、大規模な財

政出動には財政規律を重視する勢力が反対姿勢

を示す可能性が高い。連邦政府の財政状況をみ

ると、2018年の大型減税の実施などにより、現

行法ベースでも対GDP比でみて4%を上回る

水準の財政赤字が続き、債務残高が膨張してい

く見通しである(図表16)。こうした状況を踏

まえると、景気が大きく下振れしない限り、財

政出動の規模は限定的なものにとどまる見込み

である。

(図表14)連邦債務上限

(資料)U.S. Treasuryを基に日本総合研究所作成(注)シャドー部は債務上限凍結期間。

(兆ドル)

(年/月)

8

10

12

14

16

18

20

22

24

債務上限の対象となる連邦債務残高債務上限

20212020201920182017201620152014201320122011201020092008

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

不支持支 持

無党派民主党支持者共和党支持者全 体

(図表15)トランプ大統領の弾劾調査に対する支持率

(資料)Quinnipiac University(注)2019年11月21~25日に実施された調査結果。

(%)

▲10

▲8

▲6

▲4

▲2

0

2

4

(図表16)財政収支と政府債務残高(対GDP比)

(資料)CBO

(%)

(%)

(年度)

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

2030202520202015201020052000951990

CBOの予測

財政収支(左目盛)

政府債務残高(右目盛)

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アメリカ経済見通し

JR Iレビュー 2020 Vol.1, No.73 51

 なお、2020年度の本予算は成立しておらず、2019年12月20日までの暫定予算でつないでいる状況にあ

る。12月21日以降については、予算失効に伴う政府機関閉鎖のリスクが残る。

(3)緩和的な金融環境が下支え

A.予防的利下げの効果が顕在化

 最後に、金融政策についてみると、FRBによる既往の利下げが景気を下支えするとみられる。FRBは、

米中貿易戦争や海外経済の減速などに伴う景気下振れリスクが高まるなか、2019年7、9、10月の3会

合連続で予防的利下げを実施した。先行き、家計・企業の双方で利下げの効果が顕在化する見通しであ

る。

 家計部門では、住宅ローン金利の低下が住宅購入を促進するだろう。消費者へのアンケート調査を基

に家計の住宅購入判断に影響している要因をみると、供給不足などによる住宅価格の上昇が重石となっ

ているものの、FRBの利下げに伴う金利低下が購入判断を後押しし始めている(図表17)。加えて、緩

和的な金融環境の下で株価や住宅価格などリスク資産価格の上昇傾向が続くとみられ、今後も資産効果

を通じて個人消費の押し上げに作用する見込みである(図表18)。

 企業部門では、米中貿易戦争の一段の激化が回避される下で、資金調達環境の改善が設備投資の持ち

直しに寄与すると予想される。中小企業へのアンケート調査では、2019年入り後、信用状況の見通しが

再び改善傾向にある(図表19)。また、金利低下により通貨安が進めば、輸出の追い風となる可能性も

ある。

 先行きを展望すると、少なくとも大統領選挙まではトランプ大統領が貿易戦争の激化を回避するとみ

られるほか、既往の金融緩和が景気の下支えに作用することで、当面の景気失速は回避されると見込ま

れる(図表20)。そのため、パウエルFRB議長が一段の利下げ検討の条件とした「見通しの大幅な変更」

は生じず、さらなる利下げは実施されない見通しである。

▲40

▲20

0

20

40

60

80

リスク許容景気見通し金 利価 格

2015201020052000

(図表17)家計の住宅購入判断に影響を与える要因

(資料)University of Michigan

(「良い」-「悪い」、ポイント)

(年/月)

好影響

悪影響

物 価 資 産所 得

(図表18)実質個人消費の変動要因分解(前年同期比)

(資料)BEA、FHFA、Bloomberg L.P.より日本総合研究所作成(注1)実質個人消費について、雇用者報酬、FHFA住宅価格指数、

S&P500、消費者物価を変数とし、回帰したもの。(注2)試算は、住宅価格は2019年9月、株価は11月平均値から横

這いで推移した場合の資産効果。

(%)

(年/期)

▲2

0

2

4

6実質個人消費(推計値)実質個人消費(実数)

20202019201820172016201520142013201220112010

資産効果試算

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52 JR Iレビュー 2020 Vol.1, No.73

B.利上げ再開には高いハードル

 一方、少なくとも2021年末までは利上げも困難と予想している。過去の経験を振り返ると、FRBは、

95年、98年にもISM製造業景況指数が良し悪しの判断の分かれ目となる「50」を下回った局面で予防的

利下げを実施した(図表21)。その際は、景気失速が回避されたことを確認した後、比較的早期に利上

げに移行した。しかしながら、今回は、以下の理由から、利上げのハードルは高いと判断される。

 第1に、インフレ期待の低迷である。クリーブランド連銀が推計している足許のインフレ期待は、過

去の予防的利下げの局面に比べて低水準にあるほか、2018年半ば以降は実際のインフレ率に同調する形

で低下している(図表22)。こうしたなか、FRBはインフレ期待を押し上げるため、インフレ率が政策

目標の2%からある程度上振れすることを許容する姿勢を示している。実際、パウエル議長は2019年10

月のFOMCで、利上げを検討する条件として「インフレ率は現在の水準を大幅に上回る必要」がある

(年/月)

▲18

▲16

▲14

▲12

▲10

▲8

▲6

▲4

▲2

0

NFIB中小企業楽観度指数:信用状況見通し

201920172015201320112009200720052003

(図表19)中小企業の信用状況見通し

(資料)NFIB

(「良い」-「悪い」、ポイント)

(年/期)

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

3.5

4.0

20222021202020192018201720162015

日本総合研究所GDP見通し

2019年9月FOMCでの実質GDP見通し(中央値)

(図表20)実質GDP見通し(前年同期比)

(資料)BEA、FRBを基に日本総合研究所作成

(%)

(年/月)

0

1

2

3

4

5

6

7

8

9

10

11

FF金利(左目盛)

10

15

20

25

30

35

40

45

50

55

60

65

ISM製造業景況指数(右目盛)

2015201020052000951990

(図表21)政策金利とISM製造業景況指数

(資料)FRB、ISM、NBER(注)シャドー部は予防的利下げ局面。

(%) (%)

(年/月)

0

1

2

3

4

5

クリーブランド連銀推計インフレ期待(10年)コアPCEデフレーター

2015201020052000951990

(図表22)インフレ率、インフレ期待指標(前年比)

(資料)BEA、クリーブランド連銀、NBER(注1)シャドー部は予防的利下げ局面。(注2)インフレ期待は、米国債利回り、物価指標、インフレス

ワップと調査ベースのインフレ期待を用いてクリーブランド連銀が推計。

(%)

Page 10: アメリカ経済見通し · 2019. 12. 24. · アメリカ経済見通し JRIレビュー 2020 Vol.1, No.73 45 1.アメリカ経済は、2018年央をピークに減速しているものの、これまで景気拡大が途切れずに続いて

アメリカ経済見通し

JR Iレビュー 2020 Vol.1, No.73 53

と指摘している。

 第2に、トランプ政権の予測困難な通商政策である。過去の予防的利下げ局面では、メキシコやアジ

アにおける通貨危機など、いずれも海外で生じた金融システム不安が景気下振れリスクの起点になって

いた(図表23)。一方、今回の局面では、トランプ政権の通商政策が景気下振れリスクになっている。

先行き、選挙を意識したトランプ大統領が貿易戦争の激化を回避し、短期的には不確実性が低下すると

みられるものの、中国に構造的な問題の是正を求める米中通商交渉が包括的な合意に至る可能性は低く、

貿易戦争再燃による景気下振れリスクが残り続ける見通しである。

 以上を踏まえると、FRBは物価上振れより景気下振れの防止に重点をおいた政策運営を続ける公算

が大きい。足許の金利先物市場でも先行きの利下げが織り込まれており、先々の景気下振れが依然とし

て意識されている(図表24)。

3.見通し:向こう2年は潜在成長ペース

 以上を踏まえ、アメリカ経済の先行きを展望すると、再選を目指すトランプ大統領が景気に配慮した

政策運営を行うとみられるほか、緩和的な金融環境が景気を下支えすることで、2020年後半にかけて成

長ペースは小幅ながら持ち直すと予想される(図表25)。一方で、米中覇権争いの長期化が予想される

ため、景気の力強い拡大は見込み難い。結果として、予測期間を通じて成長ペースは2%程度とみられ

る潜在成長率並みにとどまる見通しである。

 家計部門では、良好な雇用・所得環境と資産効果に支えられて、個人消費が底堅く推移する見込みで

ある。住宅投資は、供給不足による価格高止まりが重石となるものの、金利低下を受けた家計の住宅購

入余力の改善により、緩やかな回復が続く公算が大きい。企業部門では、米中両国による追加関税の掛

け合いが回避されることで、輸出や設備投資が底入れに向かうだろう。ただし、米中対立を巡る不透明

感が完全には払拭されないなか、本格回復は期待しにくい。

 こうした景気情勢の下、FRBは、当面、これまでの予防的な利下げの効果を見極めるため、様子見

(年/月)

メキシコ通貨危機

アジア通貨危機

ロシア通貨危機

0

200

400

600

800

1,000

1,200

1,400

1,600

1,800

2,000ソブリン債務、通貨危機貿易政策

201520102005200019951990

(図表23)経済政策不確実性指数

(資料)Economic Policy Uncertainty(注)シャドー部は予防的利下げ局面。

(長期平均=100)

(年/月)

0.7

0.9

1.1

1.3

1.5

1.7

1.9

2.1

2.3

2.5

FF金利先物(2021年12月)FF金利先物(2020年12月)FF金利先物(2019年12月)

1110987654322019/1

直近の実効FF金利

(図表24)市場が織り込むFRBの利下げ期待

(資料)Bloomberg L.P.を基に日本総合研究所作成

(%)

Page 11: アメリカ経済見通し · 2019. 12. 24. · アメリカ経済見通し JRIレビュー 2020 Vol.1, No.73 45 1.アメリカ経済は、2018年央をピークに減速しているものの、これまで景気拡大が途切れずに続いて

54 JR Iレビュー 2020 Vol.1, No.73

姿勢を続ける見通しである。景気失速が回避されることで、追加利下げは実施されないと予想している。

一方で、景気や物価が明確に上向くことも見通せないため、予測期間中に利上げが再開される可能性は

小さい。

 2020年11月の大統領選挙については、トランプ大統領の再選をメインシナリオに置いている。前回

2016年の大統領選挙直前の世論調査をみると、トランプ氏は民主党のクリントン氏に支持率で劣勢に立

っていたものの、本選で勝利した(図表26)。今回もトランプ氏は民主党のバイデン氏などの有力候補

に対して支持率でリードを許しているものの、底堅い景気と株高地合いを維持できれば、高い確率でト

ランプ氏が勝利するだろう。ちなみに、選挙前の一人当たりGDPの成長率やインフレ率などを変数と

したイェール大学の選挙予測モデルでは、トランプ氏の再選が示唆されている(図表27)。

(図表25)アメリカ経済成長率・物価見通し

(四半期は季調済前期比年率、%、%ポイント)

2020年 2021年2018年 2019年 2020年 2021年

7~9 10~12 1~3 4~6 7~9 10~12 1~3 4~6 7~9 10~12

(実績)(予測) (実績)(予測)

実質GDP 2.1 1.8 1.9 2.0 2.0 2.1 1.9 1.8 1.8 1.8 2.9 2.3 2.0 1.9

個人消費 2.9 2.1 2.2 2.3 2.3 2.4 2.2 2.0 2.0 2.0 3.0 2.6 2.5 2.2

住宅投資 5.1 0.2 0.4 0.5 0.5 0.6 0.5 0.4 0.3 0.3 ▲1.5 ▲1.8 0.8 0.5

設備投資 ▲2.7 1.7 2.3 2.1 2.4 2.4 2.3 2.2 2.0 1.8 6.4 2.2 1.3 2.2

在庫投資(寄与度) 0.2 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.1 0.2 ▲0.1 0.0

政府支出 1.6 1.2 1.1 1.1 1.0 1.1 1.2 1.1 1.0 1.1 1.7 2.3 1.4 1.1

純 輸 出(寄与度) ▲0.1 ▲0.1 ▲0.1 ▲0.1 ▲0.1 ▲0.1 ▲0.2 ▲0.1 ▲0.1 ▲0.1 ▲0.4 ▲0.3 ▲0.2 ▲0.1

輸 出 0.9 1.9 2.3 2.1 2.2 2.2 2.3 2.1 2.2 2.2 3.0 ▲0.0 1.5 2.2

輸 入 1.5 2.0 2.4 2.2 2.3 2.4 2.5 2.3 2.2 2.2 4.4 1.6 2.0 2.3

実質最終需要 1.9 1.8 1.9 2.0 2.1 2.1 1.9 1.8 1.8 1.8 2.8 2.2 2.0 1.9

消費者物価 1.8 1.9 1.9 2.0 2.1 2.1 2.1 2.0 2.0 2.0 2.4 1.8 2.0 2.0

除く食料・エネルギー 2.3 2.3 2.2 2.2 2.1 2.2 2.1 2.1 2.0 2.1 2.1 2.2 2.2 2.1

(資料)BEA、BLSを基に日本総合研究所作成(注)在庫投資、純輸出の年間値は前年比寄与度、四半期値は前期比年率寄与度。消費者物価は前年(同期)比。

2019年

0

10

20

30

40

50

60

ウォーレン(民主党)

トランプ(共和党)

バイデン(民主党)

トランプ(共和党)

クリントン(民主党)

トランプ(共和党)

(図表26)世論調査による大統領選挙予測(トランプ氏と民主党候補の直接対決でどちらに投票するか)

(資料)Quinnipiac University(注)前回は選挙前の2016年10月17~18日、今回は2019年10月4~7

日調査。

(%)

<前回の選挙> <2020年の選挙>

0

10

20

30

40

50

60

民主党候補トランプ大統領

(図表27)選挙予測モデルによる2020年の大統領選挙予測(トランプ大統領と民主党候補の得票率)

(資料)Yale University(注)2019年10月30日時点のシミュレーション。

(%)

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アメリカ経済見通し

JR Iレビュー 2020 Vol.1, No.73 55

4.リスク

(1)貿易戦争次第で上下双方向のリスク

 以上のメインシナリオに対して、今後の米中貿易戦争の展開次第では景気が上下双方向に振れるリス

クがある。

 まず、上振れシナリオは、米中貿易戦争の長期休戦による景気加速である。アメリカが中国による産

業補助金などの構造的な問題の解決を急がず、貿易摩擦を巡る不透明感が後退することで、企業マイン

ドが大幅に改善し、先送りされてきた設備投資などが顕在化する事態が想定される。

 こうした状況下でも、インフレ期待の低水準

での定着を警戒するFRBは、金融危機後の平

均が1.6%程度にとどまっているインフレ率が、

2%の政策目標からある程度上振れすることを

容認するとみられ、早期の利上げには慎重な姿

勢をしばらく続ける公算が大きい(図表28)。

この結果、緩和的な金融環境が長期にわたって

維持されることで、リスク資産価格が大きく上

昇する可能性がある(図表29)。1990年代後半

にFRBが予防的な利下げを実施した局面では、

株価が騰勢を強め、2000年代初めにかけてIT

バブルが発生した(図表30)。

 一方、下振れシナリオは、米中貿易戦争の再燃による景気失速である。米中通商交渉の包括的な合意

の実現が容易ではないなかで、アメリカによる対中制裁と中国による報復の応酬が再開され、企業の賃

金抑制や雇用削減などの動きが広がり、頼みの個人消費が腰折れする事態が想定される。

(図表29)政策金利と全米金融環境指数

(資料)FRB、シカゴ連銀、NBER(注1)シャドー部は米景気後退期。(注2)全米金融環境指数は、①レバレッジ、 ②信用状況、③金融部門

のボラティリティー・資金調達リスク、の3つの指標から作成された合成指数。ゼロを下回る場合、金融環境が過去の平均よりも緩和的であることを示す。

(%) (長期平均=0)

(年/月)

金融環境引き締まり

金融環境緩和0

1

2

3

4

5

6

7

8

9FF金利(左目盛)

2015201020052000951990▲2

▲1

0

1

2

3

4全米金融環境指数(右目盛)

2

3

4

5

6

7

FF金利(左目盛)

200099989796951994400

600

800

1,000

1,200

1,400

1,600

S&P500種株価指数(右目盛)

(図表30)1990年代後半の予防的利下げ時の政策金利と株価

(資料)FRB、Bloomberg L.P.

(%) (ポイント)

(年/月)

(図表28)インフレ率と政策目標(前年比)

(資料)BEA、FRB、NBERを基に日本総合研究所作成(注)シャドー部は米景気後退期。

(%)

(年/月)

▲1.5

▲1.0

▲0.5

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

3.5

4.0

4.5

FOMCの物価目標コアPCEデフレーターPCEデフレーター

201920182017201620152014201320122011201020092008200720062005

金融危機後のコアPCEデフレーター前年比の平均値

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56 JR Iレビュー 2020 Vol.1, No.73

 過去の景気後退は、企業の収益性がピークをつけた後、低下傾向がある程度進んだ局面で発生した。

今回の景気拡大局面でも、企業の雇用コスト負担の上昇を主因に、付加価値に占める税引き前利益の割

合は2015年を直近ピークに低下傾向にある(図表31)。企業部門は、貿易戦争の激化などによる需要減

少やコスト増加に対して徐々に脆弱になっている可能性がある。

(2)金融緩和が中期の下振れリスクに

 また、緩和的な金融環境の長期化が中期的な景気下振れリスクとなる。FRBの既往の利下げなどに

よる金融緩和は、短期的には景気下振れリスクを抑制するものの、各種マーケットにおけるリスクテイ

クの動きを促すことでバブルを形成する恐れがある。

 資産市場では、主要株価指数の上昇が続くなかで、予想収益対比でみて株価に割高感が生じ始めてい

る。 S & P500種 株 価 指 数 の 予 想 株 価 収 益 率

(PER)は2000年代初めのITバブル期の26倍程度

には及ばないものの、一般的にアメリカ株の割高

圏とされる18倍付近まで上昇している(図表32)。

米中貿易戦争の再燃などに伴い、企業収益が下振

れするとともに、投資家がリスク回避姿勢を強め

た場合、株価の大幅な調整が生じるリスクがある。

 民間部門では、良好な資金調達環境が続くなか、

企業債務が量的に拡大しているのみならず、質的

な劣化もみられる。とりわけ懸念されるのは、重

債務企業向けの融資「レバレッジド・ローン」の

拡大である(図表33)。しかも、近年では、金融

(図表31)非金融法人企業の雇用コストと収益(対付加価値比)

(資料)BEA、NBER(注)シャドー部は米景気後退期。

(%) (%)

(年/期)

56

57

58

59

60

61

62

63

64

65

66

67

雇用者報酬(左目盛)

6

7

8

9

10

11

12

13

14

15

16税引き前利益(右目盛)

2015201020052000951990

(図表32)アメリカ株の予想株価収益率

(資料)Bloomberg L.P.、NBERを基に日本総合研究所作成(注1)シャドー部は米景気後退期。(注2)予想株価収益率は12カ月先一株当たり利益ベース。

(倍)

(年/月)

予想株価収益率:予想収益対比で株価割高

10

12

14

16

18

20

22

24

26

28

20152010200520001995

Page 14: アメリカ経済見通し · 2019. 12. 24. · アメリカ経済見通し JRIレビュー 2020 Vol.1, No.73 45 1.アメリカ経済は、2018年央をピークに減速しているものの、これまで景気拡大が途切れずに続いて

アメリカ経済見通し

JR Iレビュー 2020 Vol.1, No.73 57

機関が企業に一定の財務健全性の維持を求める特約条項である「コベナンツ」の要件を緩和した「コベ

ナンツ・ライト」の案件が多くなるなかで、企業収益に対する債務比率が高いローンの組成が増加して

いる(図表34)。重債務企業の業績がひとたび悪化すれば、容易に債務不履行(デフォルト)に陥る恐

れがある。

 こうした企業債務拡大の裏側で、より高い利回

りを求める投資家のリスクテイク姿勢が積極化し

ている。例えば、ローン担保証券(CLO)の投

資家層をみると、金融危機後に規制が強化された

銀行はリスクの低い部分の保有にとどまる一方、

銀行以外の主体(ノンバンク)がリスクの高い部

分を保有している(図表35)。融資先企業の信用

不安や債務不履行が発生した場合、幅広い投資家

が損失を被るとの懸念を呼び、金融市場全体に動

揺が広がるリスクがある。

 2019年7月で戦後最長記録を更新した現在の景

気拡大局面は、こうしたリスクを抱えながら、さ

らなる記録更新に挑んでいくことになる。景気拡大の持続性を見通すうえでは、米中貿易戦争の行方だ

けでなく、緩和的な金融環境下でのバブル形成リスクも注視していく必要があるだろう。

(2019. 12. 6)

0.0

0.2

0.4

0.6

0.8

1.0

1.2

20192018201720162015201420132012201120102009200820072006200520042003

(図表33)レバレッジド・ローンの残高

(資料)BISを基に日本総合研究所作成

(兆ドル)

(年/期)0

10

20

30

40

債務の対EBITDA倍率が6倍超のローンの割合(左目盛)

20182017201620152014201320122011

(図表34)レバレッジド・ローンのコベナンツ緩和とレバレッジの状況

(資料)BISを基に日本総合研究所作成

(%) (%)

(年/期)

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90コベナンツ・ライト・ローンの割合(右目盛)

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

エクイティ部分メザニン部分シニア部分

(図表35)ローン担保証券(CLO)の投資家層

(資料)BISを基に日本総合研究所作成(注)2018年10~12月期に組成されたCLOの保有割合。

(%)

リスクが低い リスクが高い

銀 行

資産管理者

投資信託など

保険・年金

ヘッジファンドなど