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仮想試作システムVPS Virtual Product Simulator あらまし 現在,製造業においては,設計,開発,製造のあらゆる場面で信頼性の向上,開発期間 の短縮,コスト削減の要求が強まり,徹底的な情報技術の活用による,ものづくりの効率化 が急務となっている。このような状況の中,富士通研究所で長年研究してきたシミュレー ション技術をベースに10年の歳月をかけて開発してきた仮想試作システムVPSは,3次元 CADシステムの浸透と相まって,現在,様々なものづくりの現場でその先進性を発揮して いる。本稿では,VPS開発の経緯,現状有する機能の概要,典型的な適用例,今後の発展性 について解説する。 Abstract Industrial design and manufacturing processes are currently being restructured by the extensive use of information technologies. This is being done because of the pressing need to improve reliability, shorten development periods, and reduce development costs in all phases from conceptual design to detailed design and manufacturing. Manufacturing industries are now progressively applying a new concept of simulator developed by Fujitsu called the Virtual Product Simulator (VPS). This simulator is the result of almost 10 years of fundamental research of simulation technologies at our laboratories. This paper describes the background of VPS’s development and its state-of-the-art functions. It also describes some typical applications of VPS and its future development. 千田陽介(せんた ようすけ) ストレージ・インテリジェントシス テム研究所自律システム研究部 属。(財)九州システム情報技術研 究所 出向中 佐藤裕一(さとう ゆういち) ストレージ・インテリジェントシス テム研究所 所属 現在,VPSなどシミュレーション技 術の研究開発に従事。 橋間正芳(はしま まさよし) ストレージ・インテリジェントシス テム研究所自律システム研究部 所属 現在,VPSの研究開発に従事。 現在,文科省連携施策群「ロボット タウンの実証的研究」に従事。 220 FUJITSU.58, 3, p.220-227 (05,2007)

仮想試作システムVPS - Fujitsuであるが,その利点を整理すると以下のようになる。 第一の利点は安くできることである。試作機はそ の構成部品のほとんどが特注品であり,1台製作す

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Page 1: 仮想試作システムVPS - Fujitsuであるが,その利点を整理すると以下のようになる。 第一の利点は安くできることである。試作機はそ の構成部品のほとんどが特注品であり,1台製作す

仮想試作システムVPS

Virtual Product Simulator

あらまし

現在,製造業においては,設計,開発,製造のあらゆる場面で信頼性の向上,開発期間

の短縮,コスト削減の要求が強まり,徹底的な情報技術の活用による,ものづくりの効率化

が急務となっている。このような状況の中,富士通研究所で長年研究してきたシミュレー

ション技術をベースに10年の歳月をかけて開発してきた仮想試作システムVPSは,3次元

CADシステムの浸透と相まって,現在,様々なものづくりの現場でその先進性を発揮して

いる。本稿では,VPS開発の経緯,現状有する機能の概要,典型的な適用例,今後の発展性

について解説する。

Abstract

Industrial design and manufacturing processes are currently being restructured by the extensive use of information technologies. This is being done because of the pressing need to improve reliability, shorten development periods, and reduce development costs in all phases―from conceptual design to detailed design and manufacturing. Manufacturing industries are now progressively applying a new concept of simulator developed by Fujitsu called the Virtual Product Simulator (VPS). This simulator is the result of almost 10 years of fundamental research of simulation technologies at our laboratories. This paper describes the background of VPS’s development and its state-of-the-art functions. It also describes some typical applications of VPS and its future development.

千田陽介(せんた ようすけ)

ストレージ・インテリジェントシス

テム研究所自律システム研究部 所属。(財)九州システム情報技術研

究所 出向中

佐藤裕一(さとう ゆういち)

ストレージ・インテリジェントシス

テム研究所 所属 現在,VPSなどシミュレーション技

術の研究開発に従事。

橋間正芳(はしま まさよし)

ストレージ・インテリジェントシス

テム研究所自律システム研究部 所属 現在,VPSの研究開発に従事。

現在,文科省連携施策群「ロボット

タウンの実証的研究」に従事。

220 FUJITSU.58, 3, p.220-227 (05,2007)

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仮想試作システムVPS

ま え が き

現在,製造業ではものづくり全般が見直されてお

り,設計,開発,製造のあらゆる局面において情報

技術を駆使した信頼性向上,開発期間短縮,開発コ

スト削減が急務となっている。取り分け3次元CADシステムは,その普及率が米国の50%以上に対し

日本はいまだ30%弱であるが,3次元CADシステム

の重要性は今後ますます大きくなっていくと考えら

れるため,米国並に浸透していくことが期待できる。

従来の3次元CADシステムから得られる立体的な製

品モデルは,応力解析,振動解析,樹脂流動解析な

どにシームレスな活用を可能にした。さらに近年,

計算機の計算能力や3次元描画能力の向上に伴い,

計算機上に実物そっくりの仮想的な製品を構築して

様々な検証を行うデジタルモックアップが実用的に

なってきた。本稿で紹介する仮想試作システム

VPS(Virtual Product Simulator)(1)は,このよう

なデジタルモックアップシステムの一つである。

管理

メカニカル分野 電気・電子分野

PDM

仮想試作

CAD

CAE

Teamcenter  eMATRIX

試作検証

形状設計

単体性能評価

CATIA, SolidWorks (Dassault社) 

Pro/Engineer (PTC社) 

※PDM: Product Data Management

※CAE: Computer-Aided Engineering

破壊 射出成形

機能

FEA

熱流体 強度

FLOTHERM LS-DYNA moldflow

電子部品PLEMIA  CADデータ 部品表

営業部門

生産技術部門

保守部門

エレキ/ソフト部門

環境部門

VPS

SolidMXICAD/SX

電磁波解析 ノイズ

ACCUFIELD/PoyntingSIGAL-PI

Unigraphics, I-deas NX, Solid Edge(UGS社) 

DesignsynthesisEMAGINE

回路・基板

設計部門

図-1 VPSのポジション Fig.1-Position of VPS.

VPSは,製品の機構的動作を実物そっくりに再

現する仮想メカニズム(仮想メカ)の実現に重点を

置いて開発された。計算機上の仮想メカを使うこと

で,試作機の完成前に部品間に干渉がないかなどの

機械的な検証を行うことができ,機械(メカ)設計

の効率化が可能となる。

一方,近年の製品は要求仕様の高機能化に伴い電

子回路を付随するメカトロニクス化が進んでおり,

製品開発においてメカトロニクス関連の開発が大き

なウェートを占めるようになってきた。とくに電子

回路内にマイクロコンピュータが搭載された製品で

は,組込みソフトの開発規模がますます増大して製

品品質を左右するまでになっており,組込みソフト

の高信頼化と開発効率化が急務となっている。また

メカトロニクス製品にはセンサやモータ,操作パネ

ルなどが必須であるが,それらを接続するケーブル

やコネクタ類(ワイヤ・ハーネス)を機器内に設置

するに当たって,その経路や長さなどの検証に対し

ても効率化が望まれている。例えば,仮想的にハー

ネスを製品に沿って配置し,製品稼働中に過大な

引っ張りや曲げ,ねじれなどの発生を簡単に検証で

きるようにするのが理想である。 このようにVPSでは,実試作を繰り返しながら

進めていた従来のものづくりの大部分をコンピュー

タ上の仮想試作ベースに移行させることを目標とし

ている。各部品単体の形状設計を行うための

CAD/CAE(Computer-Aided Engineering)と,

ものづくりのデータ管理を行うPDM(Product Data Management)の間をつなぎ,仮想試作とい

う形でものづくりのノウハウを蓄積,継承していく

ためのシステムととらえることができる(図-1)。

FUJITSU.58, 3, (05,2007) 221

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仮想試作システムVPS

VPS開発の背景

VPSの開発に着手したのは1994年からであるが,

実際には1980年代からロボットシミュレータの開

発を通じて長く技術的蓄積を行っていた。当時は

3次元CADシステムの黎れい

明期でグラフィクスコン

ピューティング環境も貧弱だったため,リアルタイ

ムにモデルを動かすことはほとんど不可能であった。

その後,宇宙環境上でロボット衛星の挙動をシミュ

レーションで予測する技術や,物体間の最短距離や

衝突を高速に検出する技術(2)など適宜,物理法則や

幾何計算の組込みを進め,1990年代の中ごろから

始まったグラフィクスコンピュータのパーソナル化

を機に,民生機器設計開発用システムとして転用を

図ったのがVPSである(図-2)。 1999年に最初のバージョンを製品出荷して以来,

順調に売上げが伸び,現在では社内外への総出荷本

数が3000本を超える規模になっている。2001年に

はIPAフォーラム主催のソフトウェア・プロダク

ト・オブ・ザ・イヤーを受賞した。

デジタルモックアップとしてのVPS

実試作を行わず仮想試作でものづくりを進めるた

めのデジタルモックアップとして開発を始めたVPSであるが,その利点を整理すると以下のようになる。 第一の利点は安くできることである。試作機はそ

の構成部品のほとんどが特注品であり,1台製作す

るのに数百万~数億円の費用が必要となる。その点,

デジタルモックアップは単なるデータであり,ソフ

ト代やデータ作成に必要な人件費を除けば費用はか

からない。試作の目的は製品自体の不具合や操作性,

メンテナンス性,組立性,デザインなど様々な項目

を検証することにある。製品開発は試作機を作って

検討し,直しては検証するという作業の繰り返しで

あるが,その検証項目の一部をデジタルモックアッ

プで代用できれば,その分だけ試作回数が減り開発

コストを削減できる。 第二の利点は速く作れることである。試作機の製

作は部品の手配や組み立てに時間がかかり,また組

み立てたものの部品に不具合があって動かないこと

や,試験中に壊れて,部品の再手配や再加工が必要

になることもある。そしてその度に検証作業が延び,

中断することになる。その点,計算機上の仮想メカ

はデータを変更するだけで修正でき,すぐに作業を

続行することできる。 この安く速いという特長は相乗効果によって様々

な利点を生み出す。例えば従来は,試作機の完成ま

で,製品の組み立て方や動きのイメージは設計者の

頭の中にしか存在せず,実物ができて初めてほかの

人と共有可能となる。デジタルモックアップを使う

ことにより,設計完了後の早い段階で製品イメージ

を関係者の間で共有することができ,また簡単に複

製が作れるため,メカ設計者,ハード設計者,ソフ

ト開発者,工場のライン担当者,営業,デザイナな

ど多くの人々が同時に並行して検証を行うことがで

きる。

ミニコン

ワークステーション

PCグリッドクラスタ

計算機環境

ロボットシミュレータ

宇宙環境模擬

民生転用

1985

1995

2005

図-2 VPS開発の歴史 Fig.2-History of VPS.

第三の利点は現実にあり得ない条件でも検証でき

ることである。例えば「この部品がここに固定され

たとしたら」などという事前検討を簡単に行える利

点である。部品の固定法や組立法なども様々な可能

性を素早く検討できる。 さらに通常の試作機では実現しにくい異常状態を

人工的に作り出し,様々な検証を行うこともできる。

実機のように壊れることがないので,異常状態に対

する検証を入念に繰り返すことができ,耐障害性の

高いシステムを構築することが可能となる。 またアセンブリングした製品モデルの内部をCTスキャンのように透視し(図-3),必要に応じて全

体モデルの中から注目する部品群を切り出して部品

の組立・分解のしやすさを実際に操作しながら入念

に行う(図-4),といったことが簡単にできるのも

222 FUJITSU.58, 3, (05,2007)

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仮想試作システムVPS

図-3 断面表示 Fig.3-Cross sectioning.

コネクタが邪魔

設計変更前

設計変更後 コネクタの間隔を広げた

設計変更前

設計変更後

板金の立上がり部分で干渉発生

板金の立上がり部分の角度を変更

組立可否検証(例)

組立作業性検証(例)

図-4 リアルタイム動作による組立性検証

Fig.4-Real-time assembly checking.

操作性の優れたデジタルモックアップならではの利

点である。

メカの機構表現

VPSの最も特徴的な点は,実物そっくりに動く

仮想メカを構築するための,機構表現技術にある。

これはデジタルモックアップ上の機構部品をマウス

などでインタラクティブに操作し,試作機の代わり

に様々な検証を行うためのものである。この技術を

実現するには高速な機構シミュレーションが必要に

なるが,一般の機構解析ソフトは摩擦などを厳密に

計算するためリアルタイムシミュレーションが難し

い。そこでVPSでは,設計者が考える理想的な動

きを再現することに重点を置き,あえて複雑なダイ

ナミクス計算をできる限り簡略化し,メカ機構のキ

ネマティクスをリアルタイムに再現できるように

した。

図-5 機構表現 Fig.5-Mechanical simulation.

機構表現の基本要素は回転軸周りの回転運動と直

線方向の並進運動で,これらを組み合せることです

べての機構を表現することができる(図-5)。また

要素間の連動関係として,駆動側の動きに対する受

動側または従動側の動きの関係を事前に定義してお

くことで,大規模な機構も高速に計算できるように

している。さらに連動のタイミングを制御すること

で,クラッチやラチェットなどの複雑な伝達機構も

シミュレーションすることが可能である。

これらは理想的な動きの表現になるが,実際の製

品では溝機構のガタやギヤのバックラッシュなどの

ばらつきが必ず生じる。ある程度のばらつきに対し

ても機構が所望の機能を発揮できるようにすること

が機械設計の勘所の一つである。VPSではガタや

遊びなどを任意に生成できるようにしてあり,ばら

つきがある機構の動作確認や,ばらつき許容量の推

定などを可能にしている。 キネマティクスだけでなく,力を考慮したダイナ

ミクスに関しても,高速な計算が可能な技術は随時

組み込んでいる。例えば機械製品で多く使われるギ

ヤやカムによる伝達機構では,コリオリ力の影響を

無視することができ,この性質を利用してモータ軸

にかかるトルクを高速に計算できるようにしている。

FUJITSU.58, 3, (05,2007) 223

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仮想試作システムVPS

一方,機構シミュレーションのための準備に時間

を取られてしまう環境では仮想試作の効果を十分に

発揮できない。そこで部品の3次元モデルは機械設

計で作成した3次元CADデータを使い,簡単で直感

的な操作で機構動作を設定できるようにしている。

また,主要な市販CADにはすべて対応させており,

異なったCADで設計した部品群を合わせて組み立

てられる大規模な製品にも対応が可能である。

HIL/SILシミュレーション

結合試験

HILシミュレーション

状態遷移図

SILシミュレーションパソコン

制御ボード

モータ信号

試作機

仮想メカ

センサ信号

パソコン

仮想メカ

モータ信号

センサ信号

モータ信号

センサ信号

制御ボード

開発

の流

図-6 HIL/SILシミュレーションの概要 Fig.6-Overview of HIL/SIL simulation system.

まえがきで述べたように,メカトロニクス製品に

おいて組込みソフトの開発が重要性を増している。

組込みソフト開発では,メカの制御仕様書やタイミ

ングチャートなどを基に制御プログラムを作成し,

試作機と結合した上で動作試験や最終調整を行う。

しかし,開発初期の段階では仕様書が完全でないこ

とも多く,コーディングが終わっても試作機の作製

が終わらないと結合試験を開始できない。苦労して

作製した試作機も最初は完成度が低く,結合試験で

の不具合の原因解明に時間がかかることがしばしば

問題となる。そこで,試作機の代わりにVPS上の仮

想メカを使って結合試験が行えるHIL(Hardware In the Loop)シミュレーション (3)技術を実現した

(図-6)。組込みソフトとマイコンが載った制御ボー

ド(ハードウェア)とVPSを接続し,試作機の制

御と同じプログラムを実行することができる。さら

に,制御ボードをソフトシミュレータに置き換えた

SIL(Software In the Loop)シミュレーションも

可能である。これらの技術により組込みソフト開発

者は,仮想メカを使って制御仕様を確認しながらプ

ログラムを開発できるとともに,試作機の完成を待

たずにソフトの完成度を上げることができる。また,

組込みソフトでは,モータやセンサの故障,引っ掛

かりや動作不良などの異常状態に対する復旧プログ

ラムが全体の7,8割を占めると言われているが,

めったに起こらない異常状態も,仮想メカであれば

メカを壊す心配もなく何度でも再現させてプログラ

ム動作を検証することができる。 HIL/SILシミュレーションの動作原理を図-7に示

す。制御ボードから出力されるモータ制御信号が

VPSに入力され,この信号を基にモータと機構の

動きをシミュレーションした後,機構の状態に応じ

たセンサ値を制御ボードに返している。そのため

モータとセンサのモデル化,および制御ボードと

VPS間の接続インタフェースがシミュレーション

には重要となる。そこで,メカトロニクス製品で多

用されるDCモータやステッピングモータ,

ON/OFFスイッチやポテンショメータまでもモデル

化している。一方接続インタフェースにおいては,

製品機種や開発手法により様々な接続形態が考えら

れる。これらに対応させるため,基本インタフェー

I/O ボード

仮想メカ

モータ

センサ

機構

パソコン制御ボード

マイコン

制御ソフト

センサ信号

モータ制御信号

図-7 HIL/SILシミュレーションの原理 Fig.7-Principle of HIL/SIL simulation.

224 FUJITSU.58, 3, (05,2007)

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仮想試作システムVPS

スは汎用的な仕様にしており,ユーザが簡単に接続

インタフェースを構成できるように工夫している。 現在,VPSを使ったHIL/SILシミュレーションは,

プリンタやCDチェンジャ,半導体製造装置などの

開発に適用され,非常に大きな効果を上げている。

図-8に示すように,従来のシーケンシャルな開発に

対し,VPSを適用することで組込みソフトのデ

バッグ作業を前倒しにすることができ,実機と結合

して初めて見つかるような問題点を早期に発見でき

るようになっている。これにより工数を7割削減で

きた実例も報告されている。(4) 図-9は,実機上ですべ

ての検証をすると問題が噴出すが,VPSを使うと7割程度まではVPS上で事前検証ができ,実機上で問

題が噴出すようなことも減るといった報告例を示し

ている。 組込みソフト開発では,今後,ますます大規模化

していくシステムに対応するため,抽象モデル設計

やハード/ソフト協調設計などの新しい開発手法が

進むものと考えられる。VPSにおいても,これら

の開発手法を取り込み,上流から下流までの開発環

境の統合化やハード/ソフト/メカの協調開発環境,

検証試験の一層の効率化などに取り組んでいる。

柔軟物のモデリング

デジタルモックアップは3次元CADの形状データ

をベースにしているため,通常,剛体モデルしか扱

うことができない。一方,デジタルモックアップの

普及とともに柔軟物のモデル化に対する要望が大き

くなっている。とくにワイヤ・ハーネスは装置に多

数組込まれており,配線経路や長さを決める配置設

計の効率化が望まれている。従来,ハーネスの配置

設計は,機械設計と電気設計の両方の設計仕様が必

要であるため遅れる傾向があり,また,可動部分に

配置されるハーネスでは,機構動作とともに変形す

るため,配置設計はさらに難しいものになる。これ

らの課題を解決するため,機構と連動してリアルタ

イムに変形するハーネスシミュレーションと,デジ

タルモックアップ上で仮想的にハーネスの配置と検

証ができるハーネス設計支援システムを開発した。(5)

高速なハーネスシミュレーションを実現するため,

VPSでは,時間をかけて厳密に形状を求める構造

解析の手法を取らず,ハーネスを線状の柔軟物とみ

なして自由曲線で近似する手法を採用している。

ハーネスを表す曲線は,その剛性および重力を考慮

して,曲げ弾性エネルギーと位置エネルギーによる

ポテンシャルエネルギーが最小となる形を算出する

ことで,高速かつ高精度なシミュレーションを実現

している。この技術により,ハーネスと接続したコ

ネクタ部品の動きに応じて,ハーネスをリアルタイ

ムに変形させることが可能となった。 このハーネスシミュレーションに加えて,ハーネ

ス配置機能と検証機能を組込むことにより,実用的

なハーネス設計支援システムを構築している。製品

の3次元モデル上で実際と同じ感覚でハーネスを配

置し,長さや干渉状態,最大曲率などをインタラク

ティブに検証することを可能としている。図-10は,

パネルの開閉部に対して複数のハーネスを配置設計

した例である。パネルを開閉させながら最適なハー

ネス長さを設計することができ,設計品質の向上お

よび設計工数の削減に大きな効果があった。

今後の展開

従来の開発

VPS適用

メカ設計 実機デバッグ

メカ設計 実機確認

VPSデバッグ

部品調達/試作

ハード設計

ハード設計

ソフト設計

ソフト設計

部品調達/試作

図-8 VPSを使った開発の流れ Fig.8-Development process using VPS.

初回適用 次回適用以降

VPSによる検証率 21.4% 72.5%

強度(50)

機構・干渉(230)

ケーブル(41)

強度(50)

ソフト(6)組立(18)

機構・干渉(104)

456件 302件 111件

154件

345件

VPS適用前

実機検証

実機検証

試作機での実機検証

VPS

VPS

図-9 VPSの効果-改善指摘件数の分析と検証結果 Fig.9-Effect of using VPS.

図-11は,今後のVPSの展開方向を示したもので

ある。VPSの基本機能は,モデリングや組込みソ

FUJITSU.58, 3, (05,2007) 225

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仮想試作システムVPS

フトにあるが,ユーザからは寸法公差や幾何公差,

さらには厳密な機構力学,弾性力学,疲労解析など

に対する根強い要望がある。これらに対する現状の

VPSのスタンスは,専用のシステムでその部位に

特化した解析を行うのがベスト,といったものであ

る。当然,これらの計算は膨大な時間を必要とする

ため,VPSではモデリングから解析へのシームレ

スなデータ連携と解析結果の加工・表示といったフ

ロントエンドとしての使い方を想定している。また,

解析環境も顧客各自で用意するというよりは,バッ

クエンドのクラスタ型コンピュータから解析サービ

スを受けるSaaS(Software as a Service)環境と

して,VPSのフロントエンドから供給するのが最

も有力と考えている。 遠隔デザインレビューを基本とした「コラボレー

ション」も極めて重要で,とくにグローバル企業に

とってはBRICsなど世界中に点在する開発者と情

報共有を行いながらものづくりを効率的に進めてい

く環境がますます重要となっている。将来的にはコ

ラボレーション空間というものは,顧客自身も入り

込んでメーカと顧客との共創空間に発展していくと

考えている。

図-10 ハーネス配置設計の例

Fig.10-Example of harness layout design.

モデリング機能では,より大規模なアセンブリ

データを簡単にハンドリングできる技術の実現が

「かぎ」となる。顧客からは製造工場全体をモデル

化してほしい,といった要望も上がっている。組込

みソフトの機能は今後,MPUのマルチコア化に対

応し,メカ駆動も含めたトータルな消費電力を概算

する機能など,ハード/ソフト/メカの柔軟な協調設

計環境の構築がますます重要になると考えられる。

む す び

従来のメカ開発には数回の試作はつきものであっ

たが,VPSをベースとした仮想試作環境の構築に

より,この分野においても大幅な効率化が期待でき

VPSVPS

遠隔会議

VPSをフロントエンドにしたSaaS型解析システム

ASPセンタ

データセンタ

設計部門

製造部門

マイコン統合開発環境

実物を忠実に再現するモデリング性能の向上

制御ソフト開発環境

顧客

企業

大規模アセンブリ

柔軟物

寿命解析,磨耗,疲労破壊品質(歩留)解析

機構,電磁波,連成解析,最適化

変形,ガタ,公差

共創空間による効率的なものづくり

大規模解析の効率化計算環境のサービス化

モデリング

組込みソフト

解析

コラボレーション

組込みソフト開発の効率化

プリンタ構造,熱振動,流体

工場ライン全体ステッパ

図-11 ものづくりのためのフロントエンドシステム

Fig.11-VPS as a front-end system for design and manufacturing.

226 FUJITSU.58, 3, (05,2007)

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仮想試作システムVPS

るようになった。実際に試作を行う場合も,得られ

るノウハウをVPSの仮想モデル上に逐次反映して

いけば,ものづくりノウハウ継承の道具としても発

展していくと期待できる。VPSは富士通社内のも

のづくりの現場を通じて,使いながら足りないとこ

ろを継続的に改良している。ものづくりを通じて効

果を検証できる点が,ものづくり部門を持たない

CADシステム専業メーカに対するVPSの優位性に

つながっている。日本発のものづくりシステムとし

て,VPSは今後,ますます発展していくと期待さ

れる。 参 考 文 献

(1) 富士通:VPS 富士通のDMU. http://jp.fujitsu.com/solutions/plm/virtual/vps/

(2) Y. Sato et al.:Efficient Collision Detection using Fast Distance-Calculation Algorithms for Convex and Non-Convex Objects . IEEE International Conference on Robotics and Automation,1996,p.771-778.

(3) 千田陽介ほか:組み込み用ソフトウェア開発を支

援するHILシステム.計測と制御,Vol.41,No.2,p.151-154(2002).

(4) VPSケーススタディ 株式会社ニコン「試作機で

行っていたデバッグ工数を7割削減 組み込みソフトの

開発を大幅にスピードアップ」.日経ものづくり,

p.86-87(2006年9月号). (5) 橋間正芳ほか:ワイヤ・ハーネスの変形シミュ

レーションと設計支援システム.情報処理学会論文誌,

Vol.48,No.2,p.909-917(2007).

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