16
を中核とする HPCI利用研究課題 成果事例集 Prevention of disasters 防災分野 巨大地震がもたらす脅威を予測する Biology バイオ分野 昆虫の脳から、脳の働きを探る Environment 環境分野 大気汚染を、地球規模で読み解く Manufacturing ものづくり分野 日本の自動車づくりを強くする Computational Science 計算科学分野 ビッグデータから災害リスクを解析

バイオ分野 Biology 昆虫の脳から、脳の働きを探る 未来ン … · 成果事例集 防災分野Prevention of disasters 巨大地震がもたらす脅威を予測する

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: バイオ分野 Biology 昆虫の脳から、脳の働きを探る 未来ン … · 成果事例集 防災分野Prevention of disasters 巨大地震がもたらす脅威を予測する

画像提供 理化学研究所

HPCIHigh PerformanceComputing Infrastructure  

登録施設利用促進機関/HPCI運用事務局

一般財団法人高度情報科学技術研究機構

「京」を中核とするHPCI利用研究課題

スパコンが

拓く未来

成果事例集

Prevention of disasters防災分野巨大地震がもたらす脅威を予測する

Biologyバイオ分野昆虫の脳から、脳の働きを探る

Environment環境分野大気汚染を、地球規模で読み解く

Manufacturingものづくり分野日本の自動車づくりを強くする

Computational Science計算科学分野ビッグデータから災害リスクを解析

Page 2: バイオ分野 Biology 昆虫の脳から、脳の働きを探る 未来ン … · 成果事例集 防災分野Prevention of disasters 巨大地震がもたらす脅威を予測する

* 一般財団法人高度情報科学技術研究機構(RIST)は、平成24年4月より、「特定先端大型研究施設の供用の促進に関する法律」に基づき、スーパーコンピュータ「京」の登録施設利用促進機関として、利用者選定業務および利用者のための一元的窓口を含む利用支援業務を担当しています。あわせて、RISTはHPCI運営事務局としてHPCIの課題選定および共通窓口運用、産業利用促進に関する業務を行っています。

 日本の旗艦スーパーコンピュータ「京」を中核とするハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ

(HPCI)は、その利用が開始されてから3年を経過し、現在4年目に入っています。この間に様々なスーパーコ

ンピュータを利用する研究が実を結び、学術研究の成果となって、あるいは産業発展の原動力となってきてお

ります。

 これらの、「京」を中核とするHPCIの利用研究の成果は、知的公共財として積極的に公表し、普及される

べきものとされ、登録施設利用促進機関 一般財団法人高度情報科学技術研究機構では、これらの利用研

究成果を、国民の方々に分かりやすく説明することを目的として、毎年、成果事例集を発行してきました。 

 本成果事例集Ⅲは、先に発行した事例集Ⅰ及びⅡに続くもので、平成26年度に実施された利用研究の中か

ら、その研究が社会的に緊急かつ重要なもの、その研究が産業界のコスト削減などの要求に応えるもの、そ

の成果が『第2回「京」を中核とするHPCI利用成果報告会(平成27年10月)』にて、優秀成果賞として表

彰されたものを掲載しました。「京」をはじめとする日本の最先端のスーパーコンピュータを使った研究が、防

災や大気汚染対策など、社会の様々な面で、実際に役立っている、あるいは役立とうとしている利用成果の

事例を紹介いたします。

 本成果事例集の刊行が、「京」を中核とするHPCIのさらなる利用促進や、幅広い国民の皆様の理解増進

に役立てば幸いです。

登録施設利用促進機関/HPCI運用事務局*一般財団法人 高度情報科学技術研究機構

専務理事・神戸センター長

平成28年3月吉日

平山 俊雄

刊行によせて

「京」を中核とするHPCI利用研究課題成果事例集

コア回線(40Gbps)コア回線(10Gbps)

エッジ回線(40Gbps)エッジ回線(10Gbps)エッジ回線(2.4Gbps)

コアノード(ユーザ収容+中継)エッジノード(ユーザ収容)

平成28年3月現在、以下の13機関により構成されています。

● 理化学研究所計算科学研究機構● 国立情報学研究所● 北海道大学 情報基盤センター● 東北大学 サイバーサイエンスセンター● 筑波大学 計算科学研究センター● 東京大学 情報基盤センター● 東京工業大学 学術国際情報センター● 名古屋大学 情報基盤センター● 京都大学 学術情報メディアセンター● 大阪大学 サイバーメディアセンター● 九州大学 情報基盤研究開発センター● 海洋研究開発機構地球情報基盤センター● 統計数理研究所 統計科学技術センター

北海道大学

東北大学

筑波大学東京大学東京工業大学

国立情報学研究所名古屋大学

京都大学理化学研究所計算科学研究機構

大阪大学

九州大学

統計数理研究所

海洋研究開発機構

文部科学省が構築した、「京」と全国の大学や研究機関などに設置されたスーパーコンピュータを高速ネットワークで結び、多様なユーザーニーズに応える革新的な共用計算環境を実現する基盤。平成24年9月末より利用が開始されました。

HPCIとは 「京」を中核とするハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ

スーパーコンピュータ「京」とは世界トップクラスの大規模で高性能な日本の旗艦スーパーコンピュータ!

※ 平成24年9月に利用が開始され、理化学研究所計算科学研究機構が運営しています。「京(けい)」は理化学研究所の登録商標です。

速さだけでなく、使いやすさにこだわって作られた「京」は

 ・幅広い分野(創薬、地震・津波、気象、宇宙、ものづくり、材料開発など)で活用され、 ・その桁違いに速い計算性能は、新たな研究により私たちの未来をひらきます。

「京」の諸元世界からの「京」の評価CPU SPARC64™ VIIIfx 2GHzノード数 82,944ピーク演算性能 10.62 PFメモリ総容量 1.26 PBストレージ 30 PB

2011年6月と11月に世界1位、2015年11月は世界4位。

スパコン性能ランキング(TOP500)

2014年6月と2015年7月、11月に世界1位。

大規模データ解析性能ランキング(Graph500)

Page 3: バイオ分野 Biology 昆虫の脳から、脳の働きを探る 未来ン … · 成果事例集 防災分野Prevention of disasters 巨大地震がもたらす脅威を予測する

* 一般財団法人高度情報科学技術研究機構(RIST)は、平成24年4月より、「特定先端大型研究施設の供用の促進に関する法律」に基づき、スーパーコンピュータ「京」の登録施設利用促進機関として、利用者選定業務および利用者のための一元的窓口を含む利用支援業務を担当しています。あわせて、RISTはHPCI運営事務局としてHPCIの課題選定および共通窓口運用、産業利用促進に関する業務を行っています。

 日本の旗艦スーパーコンピュータ「京」を中核とするハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ

(HPCI)は、その利用が開始されてから3年を経過し、現在4年目に入っています。この間に様々なスーパーコ

ンピュータを利用する研究が実を結び、学術研究の成果となって、あるいは産業発展の原動力となってきてお

ります。

 これらの、「京」を中核とするHPCIの利用研究の成果は、知的公共財として積極的に公表し、普及される

べきものとされ、登録施設利用促進機関 一般財団法人高度情報科学技術研究機構では、これらの利用研

究成果を、国民の方々に分かりやすく説明することを目的として、毎年、成果事例集を発行してきました。 

 本成果事例集Ⅲは、先に発行した事例集Ⅰ及びⅡに続くもので、平成26年度に実施された利用研究の中か

ら、その研究が社会的に緊急かつ重要なもの、その研究が産業界のコスト削減などの要求に応えるもの、そ

の成果が『第2回「京」を中核とするHPCI利用成果報告会(平成27年10月)』にて、優秀成果賞として表

彰されたものを掲載しました。「京」をはじめとする日本の最先端のスーパーコンピュータを使った研究が、防

災や大気汚染対策など、社会の様々な面で、実際に役立っている、あるいは役立とうとしている利用成果の

事例を紹介いたします。

 本成果事例集の刊行が、「京」を中核とするHPCIのさらなる利用促進や、幅広い国民の皆様の理解増進

に役立てば幸いです。

登録施設利用促進機関/HPCI運用事務局*一般財団法人 高度情報科学技術研究機構

専務理事・神戸センター長

平成28年3月吉日

平山 俊雄

刊行によせて

「京」を中核とするHPCI利用研究課題成果事例集

コア回線(40Gbps)コア回線(10Gbps)

エッジ回線(40Gbps)エッジ回線(10Gbps)エッジ回線(2.4Gbps)

コアノード(ユーザ収容+中継)エッジノード(ユーザ収容)

平成28年3月現在、以下の13機関により構成されています。

● 理化学研究所計算科学研究機構● 国立情報学研究所● 北海道大学 情報基盤センター● 東北大学 サイバーサイエンスセンター● 筑波大学 計算科学研究センター● 東京大学 情報基盤センター● 東京工業大学 学術国際情報センター● 名古屋大学 情報基盤センター● 京都大学 学術情報メディアセンター● 大阪大学 サイバーメディアセンター● 九州大学 情報基盤研究開発センター● 海洋研究開発機構地球情報基盤センター● 統計数理研究所 統計科学技術センター

北海道大学

東北大学

筑波大学東京大学東京工業大学

国立情報学研究所名古屋大学

京都大学理化学研究所計算科学研究機構

大阪大学

九州大学

統計数理研究所

海洋研究開発機構

文部科学省が構築した、「京」と全国の大学や研究機関などに設置されたスーパーコンピュータを高速ネットワークで結び、多様なユーザーニーズに応える革新的な共用計算環境を実現する基盤。平成24年9月末より利用が開始されました。

HPCIとは 「京」を中核とするハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ

スーパーコンピュータ「京」とは世界トップクラスの大規模で高性能な日本の旗艦スーパーコンピュータ!

※ 平成24年9月に利用が開始され、理化学研究所計算科学研究機構が運営しています。「京(けい)」は理化学研究所の登録商標です。

速さだけでなく、使いやすさにこだわって作られた「京」は

 ・幅広い分野(創薬、地震・津波、気象、宇宙、ものづくり、材料開発など)で活用され、 ・その桁違いに速い計算性能は、新たな研究により私たちの未来をひらきます。

「京」の諸元世界からの「京」の評価CPU SPARC64™ VIIIfx 2GHzノード数 82,944ピーク演算性能 10.62 PFメモリ総容量 1.26 PBストレージ 30 PB

2011年6月と11月に世界1位、2015年11月は世界4位。

スパコン性能ランキング(TOP500)

2014年6月と2015年7月、11月に世界1位。

大規模データ解析性能ランキング(Graph500)

Page 4: バイオ分野 Biology 昆虫の脳から、脳の働きを探る 未来ン … · 成果事例集 防災分野Prevention of disasters 巨大地震がもたらす脅威を予測する

2 3

Prevention of disasters防災分野

平成23年東北地方太平洋沖地震における超高層建築物の被害平成23年東北地方太平洋沖地震における超高層建築物の被害(工学院大学 久田嘉章教授提供)(工学院大学 久田嘉章教授提供)

2階の被害 24階の被害2階の被害 24階の被害

図 -1 最大クラスの地震における長周期地震動による    地表の揺れ

記憶に新しい2011年の東日本大震災では、震源に近い地域の被害が伝えられる一方で、震源から遠く離れた地域で超高層建築物の高層階が大きく揺れる様子が報道され注目を集めました。原因は、巨大地震の発生時に観測される「長周期地震動」と呼ばれる、周期(揺れが1往復するのにかかる時間)が長く、継続時間の長い地震動です。コンピュータシミュレーションを利用して長周期地震動が広域に伝わる様子を推計し、その成果を建築物の被害予測や防災強化につなげていこうという取り組みが進んでいます。

長周期地震動による、広範囲に及ぶ地表の揺れを明らかに

利用成果の詳細はこちらから ▶ http://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/nankaitrough_report.html

● 南海トラフ沿いの巨大地震が発生した際の、「長周期地震動」による影響の全体像を初めて明らかにしました。

● 長周期地震動が引き起こす広範囲にわたる地表の揺れと、超高層建築物における揺れの推計を可能にしました。

利用成果● 長周期地震動を推計したデータをもとに、防

災や建築などの各専門機関が詳細な検討を進めることができるようになります。

● 超高層建築物や石油タンクなどの防災対策や性能評価、建築基準の設定など、巨大地震に備えた具体的な対策につながっていくことが期待されます。

未来に向けてFUTURE

(注) 政策的、重要かつ緊急な課題を優先的に実施する「京」の利用枠

研 究 概 要

 建物には固有の揺れやすい周期(固有周期)があり、建物の固有周期と近い周期の地震動に揺すられ続けると、次第に揺れが大きくなります。この現象を「共振」と言います。高さ100m程度の20~30階建て建物では周期2秒程度、日本で最も高い300mクラスになると周期5~6秒程度の長周期地震動で共振しやすいと言われています。特に厚い堆積層がある大規模平野(関東平野、美濃平野、大阪平野)では、長周期地震動による影響が大きくなると考えられます。

地盤構造モデルを最小140m格子に分割し、地震動の伝わりを高精度に計算 内閣府では、「南海トラフ沿いの巨大地震」が発生した際の長周期地震動を正確に想定するため、シミュレーションを活用した検討を行いました。今回用いられたの

は、地盤構造モデルを最小140mほどの細かな格子の集合体モデルとして置き換え、格子ごとに運動方程式を使って計算を行う三次元差分法という計算法です。 長周期地震動の影響が広範囲に及ぶため計算を行う地盤モデルの格子数が膨大になること、さらに、破壊の伝わる速度や大きさが場所により異なることなどから、膨大な計算資源が求められ、また、より適切な計算結果が得られる条件を設定するためには、多くのパターンを用いて計算を行う必要がありました。重点化促進枠(注)

での「京」の利用により、計算のスピードを高めることで速やかな検討が実現し、「南海トラフ沿いの巨大地震」が発生した場合に、長周期地震動の揺れがどのように各地に伝わり、各地でどのような揺れが発生するかを明らかにすることができました。

地表の揺れと超高層建築物への影響を検証 南海トラフ沿いの巨大地震が発生した際の長周期地震動による地表の揺れをシミュレーションした結果を、時系列にそって視覚的に再現したものが図-1です。 この研究では、さらに、モデル化した超高層建築物に今回推計した長周期地震動における地表の揺れを入力し、南海トラフ沿いの巨大地震が発生した際に超高層建築物にどのような影響が出るのかを検証しました。 今回の検証結果をもとに、南海トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動がもたらす超高層建築物の構造躯体への影響、室内における人、家具への影響など、より具体的な評価と対策が進むことが望まれます。また今後、相模トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動な

ど、「京」を利用することで、より幅広いリスクを想定した地震の検証と対策の整備が進んでいくことが期待されます。

南海トラフ沿いの巨大地震が、遠くの都市部にまで及ぼす影響を分析

【地震発生 10 秒後】 紀伊半島沖で地震発生

【地震発生 約 1 分後】 南海トラフに沿って地震の揺れが広がり長周期地震動の揺れが近畿圏から中部圏に拡大

【地震発生 約 3 分後】 南海トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動の影響が関東にまで伝播

短周期地震動による建物の揺れ 長周期地震動による建物の揺れ

名波 義昭(内閣府)課題代表者

横田 崇(内閣府)、池田 雅也(同)、高田 幸司(同)取材ご協力

hp140252課 題 番 号

巨大地震がもたらす脅威を予測する巨大地震がもたらす脅威を予測する

Page 5: バイオ分野 Biology 昆虫の脳から、脳の働きを探る 未来ン … · 成果事例集 防災分野Prevention of disasters 巨大地震がもたらす脅威を予測する

2 3

Prevention of disasters防災分野

平成23年東北地方太平洋沖地震における超高層建築物の被害平成23年東北地方太平洋沖地震における超高層建築物の被害(工学院大学 久田嘉章教授提供)(工学院大学 久田嘉章教授提供)

2階の被害 24階の被害2階の被害 24階の被害

図 -1 最大クラスの地震における長周期地震動による    地表の揺れ

記憶に新しい2011年の東日本大震災では、震源に近い地域の被害が伝えられる一方で、震源から遠く離れた地域で超高層建築物の高層階が大きく揺れる様子が報道され注目を集めました。原因は、巨大地震の発生時に観測される「長周期地震動」と呼ばれる、周期(揺れが1往復するのにかかる時間)が長く、継続時間の長い地震動です。コンピュータシミュレーションを利用して長周期地震動が広域に伝わる様子を推計し、その成果を建築物の被害予測や防災強化につなげていこうという取り組みが進んでいます。

長周期地震動による、広範囲に及ぶ地表の揺れを明らかに

利用成果の詳細はこちらから ▶ http://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/nankaitrough_report.html

● 南海トラフ沿いの巨大地震が発生した際の、「長周期地震動」による影響の全体像を初めて明らかにしました。

● 長周期地震動が引き起こす広範囲にわたる地表の揺れと、超高層建築物における揺れの推計を可能にしました。

利用成果● 長周期地震動を推計したデータをもとに、防

災や建築などの各専門機関が詳細な検討を進めることができるようになります。

● 超高層建築物や石油タンクなどの防災対策や性能評価、建築基準の設定など、巨大地震に備えた具体的な対策につながっていくことが期待されます。

未来に向けてFUTURE

(注) 政策的、重要かつ緊急な課題を優先的に実施する「京」の利用枠

研 究 概 要

 建物には固有の揺れやすい周期(固有周期)があり、建物の固有周期と近い周期の地震動に揺すられ続けると、次第に揺れが大きくなります。この現象を「共振」と言います。高さ100m程度の20~30階建て建物では周期2秒程度、日本で最も高い300mクラスになると周期5~6秒程度の長周期地震動で共振しやすいと言われています。特に厚い堆積層がある大規模平野(関東平野、美濃平野、大阪平野)では、長周期地震動による影響が大きくなると考えられます。

地盤構造モデルを最小140m格子に分割し、地震動の伝わりを高精度に計算 内閣府では、「南海トラフ沿いの巨大地震」が発生した際の長周期地震動を正確に想定するため、シミュレーションを活用した検討を行いました。今回用いられたの

は、地盤構造モデルを最小140mほどの細かな格子の集合体モデルとして置き換え、格子ごとに運動方程式を使って計算を行う三次元差分法という計算法です。 長周期地震動の影響が広範囲に及ぶため計算を行う地盤モデルの格子数が膨大になること、さらに、破壊の伝わる速度や大きさが場所により異なることなどから、膨大な計算資源が求められ、また、より適切な計算結果が得られる条件を設定するためには、多くのパターンを用いて計算を行う必要がありました。重点化促進枠(注)

での「京」の利用により、計算のスピードを高めることで速やかな検討が実現し、「南海トラフ沿いの巨大地震」が発生した場合に、長周期地震動の揺れがどのように各地に伝わり、各地でどのような揺れが発生するかを明らかにすることができました。

地表の揺れと超高層建築物への影響を検証 南海トラフ沿いの巨大地震が発生した際の長周期地震動による地表の揺れをシミュレーションした結果を、時系列にそって視覚的に再現したものが図-1です。 この研究では、さらに、モデル化した超高層建築物に今回推計した長周期地震動における地表の揺れを入力し、南海トラフ沿いの巨大地震が発生した際に超高層建築物にどのような影響が出るのかを検証しました。 今回の検証結果をもとに、南海トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動がもたらす超高層建築物の構造躯体への影響、室内における人、家具への影響など、より具体的な評価と対策が進むことが望まれます。また今後、相模トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動な

ど、「京」を利用することで、より幅広いリスクを想定した地震の検証と対策の整備が進んでいくことが期待されます。

南海トラフ沿いの巨大地震が、遠くの都市部にまで及ぼす影響を分析

【地震発生 10 秒後】 紀伊半島沖で地震発生

【地震発生 約 1 分後】 南海トラフに沿って地震の揺れが広がり長周期地震動の揺れが近畿圏から中部圏に拡大

【地震発生 約 3 分後】 南海トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動の影響が関東にまで伝播

短周期地震動による建物の揺れ 長周期地震動による建物の揺れ

名波 義昭(内閣府)課題代表者

横田 崇(内閣府)、池田 雅也(同)、高田 幸司(同)取材ご協力

hp140252課 題 番 号

巨大地震がもたらす脅威を予測する巨大地震がもたらす脅威を予測する

Page 6: バイオ分野 Biology 昆虫の脳から、脳の働きを探る 未来ン … · 成果事例集 防災分野Prevention of disasters 巨大地震がもたらす脅威を予測する

昆虫の脳から、脳の働きを探る昆虫の脳から、脳の働きを探る

4 5

Biologyバイオ分野

脳は、今から 40 億年前に地球に誕生した生物が、長い進化の中で獲得してきた情報処理装置。ヒトの脳は、1000 億個もの神経細胞(ニューロン)が集まって神経回路網をつくり、ニューロン同士が様々につながり合って働いています。一方、昆虫の脳はわずか 10万個ほどのニューロンから成り立つ神経回路網。ヒトの脳と比べ100万分の1 のニューロン数でありながら、ヒトの脳も昆虫の脳も、基本的な脳の働きの仕組みは共通しています。昆虫の脳は、ヒトを含めた脳の働きを理解するための最適な糸口です。そして今、東京大学の研究チームによって、スーパーコンピュータ「京」の中に昆虫の脳の神経回路網が再現され、脳の働きが明らかにされようとしています。

「京」の中に、脳を再現する

昆虫脳操縦型ロボット(サイボーグ昆虫)

カイコガ

 今回、東京大学の研究チームは、昆虫の脳の働きの中でも、ガの仲間のオスがフェロモンの匂いを検知して数km 離れたメスのもとに辿り着くという、優れた「匂い源探索能力」に注目。カイコガの脳をモデルに、それを「京」の上で再現しようと試みました。

「京」の中にカイコガの神経回路網を忠実に再現 「京」の利用研究では、まず、米エール大学が開発した神経回路網の活動をシミュレーションするためのコンピュータプログラム「NEURON」を「京」に移植し、高い計算効率を得られるように独自の改良を加えた

「NEURON_K+」を開発しました。 この「NEURON_K+」を用いて、カイコガのニューロ

ンひとつひとつの形を調べたデータベース(注)を基に「京」の中にカイコガの脳の神経回路網を忠実に再現しました。

リアルタイムシミュレーションがひらく、「匂い源探索ロボット」実用化への道 平成26 年度の「京」の利用および、それに続く研究で、研究チームは、カイコガが匂い源探索を行う時の嗅覚系の神経回路網(約1 万ニューロン)の働きを、リアルタイムで再現することに成功しました。脳のシミュレーションにおいては、正確さはもちろん「リアルタイム性」が非常に重要になります。なぜなら、脳は、それ単体で動くのではなく、刻一刻と変化する環境に合わせてリアルタイムにその神経回路網を変化させ、脳の働きを発現しているからです。これは脳の持つ重要な機能であり、外部の変化に即応できるか否かが、ロボットなどへの応用を進めるうえでも鍵となります。 今回は嗅覚系の1 万ニューロンを対象としましたが、カイコガの10 万(105)個のニューロンからなる全神経回路網、すなわち脳全体をリアルタイムにシミュレーションするには、1京(1016)フロップスの計算量が必要だという試算があります。今後、「京」あるいはその後継機の計算能力を最大限に生かすことで、すべての神経回路網の働きを再現できるようになることが期待されています。 脳を構成するニューロンは、一つひとつが複雑な形を持ち、ニューロンに刺激が加わった時の信号の伝わり方もそれぞれ違います。それらをより高精度に再現できるように研究を進めることで、スパコンの中に完全なる脳が再現され、進化が作り上げた脳を理解し、脳を設計するための扉が開かれると考えています。

カイコガの持つ匂い源探索能力を、リアルタイムに再現

研 究 概 要

(注)研究チームは、理化学研究所神経情報基盤センター (NIJC)と協力し、カイコガのニューロン一つ一つの形態や発火パターンを集積したデータベースを無脊椎動物脳プラットフォーム(http://invbrain.neuroinf.jp)上で公開しています。

匂いの感知信号

行動指令信号

「匂い源探索」は、触覚から脳に入った匂いの感知信号が、いくつかの信号処理を経て、「前運動中枢」という部位で行動指令信号が作られることで起こります。この図は、脳内の前運動中枢の神経回路を簡略化して示しています。

図-1 「京」に構築した昆虫の脳の神経回路網

実際のニューロンを用いて前運動中枢の神経回路を再現し、そこでおこる神経回路の活動を時系列に並べたスナップショットです。神経信号が、左右の前運動中枢内を広がっていく様子が表されています。

41 2 3

図-2 神経回路網活動のシミュレーション結果● 「京」の中にカイコガの脳の嗅覚系神経回路網を忠実に再現しました。

● カイコガのオスがフェロモンの匂いによってメスの居場所を特定する「匂い源探索」の神経回路網の働きを、リアルタイムにシミュレーションしました。

利用成果

● 脳の働きのリアルタイムな再現は、カイコガの能力を応用した「匂い源探索ロボット」の実用化に向けた大きな一歩。

● ロボットの実用化により、被災地での生存者の捜索や、爆発物や違法薬物などの探知につながると期待されます。

未来に向けてFUTURE

利用成果の詳細はこちらから ▶ https://www.hpci-office.jp/output/hp140151/outcome.pdf

神崎 亮平(東京大学)課題代表者

神崎 亮平(東京大学)、加沢 知毅(同)、宮本 大輔(同)取材ご協力

hp140151課 題 番 号

Page 7: バイオ分野 Biology 昆虫の脳から、脳の働きを探る 未来ン … · 成果事例集 防災分野Prevention of disasters 巨大地震がもたらす脅威を予測する

昆虫の脳から、脳の働きを探る昆虫の脳から、脳の働きを探る

4 5

Biologyバイオ分野

脳は、今から 40 億年前に地球に誕生した生物が、長い進化の中で獲得してきた情報処理装置。ヒトの脳は、1000 億個もの神経細胞(ニューロン)が集まって神経回路網をつくり、ニューロン同士が様々につながり合って働いています。一方、昆虫の脳はわずか 10万個ほどのニューロンから成り立つ神経回路網。ヒトの脳と比べ100万分の1 のニューロン数でありながら、ヒトの脳も昆虫の脳も、基本的な脳の働きの仕組みは共通しています。昆虫の脳は、ヒトを含めた脳の働きを理解するための最適な糸口です。そして今、東京大学の研究チームによって、スーパーコンピュータ「京」の中に昆虫の脳の神経回路網が再現され、脳の働きが明らかにされようとしています。

「京」の中に、脳を再現する

昆虫脳操縦型ロボット(サイボーグ昆虫)

カイコガ

 今回、東京大学の研究チームは、昆虫の脳の働きの中でも、ガの仲間のオスがフェロモンの匂いを検知して数km 離れたメスのもとに辿り着くという、優れた「匂い源探索能力」に注目。カイコガの脳をモデルに、それを「京」の上で再現しようと試みました。

「京」の中にカイコガの神経回路網を忠実に再現 「京」の利用研究では、まず、米エール大学が開発した神経回路網の活動をシミュレーションするためのコンピュータプログラム「NEURON」を「京」に移植し、高い計算効率を得られるように独自の改良を加えた

「NEURON_K+」を開発しました。 この「NEURON_K+」を用いて、カイコガのニューロ

ンひとつひとつの形を調べたデータベース(注)を基に「京」の中にカイコガの脳の神経回路網を忠実に再現しました。

リアルタイムシミュレーションがひらく、「匂い源探索ロボット」実用化への道 平成26 年度の「京」の利用および、それに続く研究で、研究チームは、カイコガが匂い源探索を行う時の嗅覚系の神経回路網(約1 万ニューロン)の働きを、リアルタイムで再現することに成功しました。脳のシミュレーションにおいては、正確さはもちろん「リアルタイム性」が非常に重要になります。なぜなら、脳は、それ単体で動くのではなく、刻一刻と変化する環境に合わせてリアルタイムにその神経回路網を変化させ、脳の働きを発現しているからです。これは脳の持つ重要な機能であり、外部の変化に即応できるか否かが、ロボットなどへの応用を進めるうえでも鍵となります。 今回は嗅覚系の1 万ニューロンを対象としましたが、カイコガの10 万(105)個のニューロンからなる全神経回路網、すなわち脳全体をリアルタイムにシミュレーションするには、1京(1016)フロップスの計算量が必要だという試算があります。今後、「京」あるいはその後継機の計算能力を最大限に生かすことで、すべての神経回路網の働きを再現できるようになることが期待されています。 脳を構成するニューロンは、一つひとつが複雑な形を持ち、ニューロンに刺激が加わった時の信号の伝わり方もそれぞれ違います。それらをより高精度に再現できるように研究を進めることで、スパコンの中に完全なる脳が再現され、進化が作り上げた脳を理解し、脳を設計するための扉が開かれると考えています。

カイコガの持つ匂い源探索能力を、リアルタイムに再現

研 究 概 要

(注)研究チームは、理化学研究所神経情報基盤センター (NIJC)と協力し、カイコガのニューロン一つ一つの形態や発火パターンを集積したデータベースを無脊椎動物脳プラットフォーム(http://invbrain.neuroinf.jp)上で公開しています。

匂いの感知信号

行動指令信号

「匂い源探索」は、触覚から脳に入った匂いの感知信号が、いくつかの信号処理を経て、「前運動中枢」という部位で行動指令信号が作られることで起こります。この図は、脳内の前運動中枢の神経回路を簡略化して示しています。

図-1 「京」に構築した昆虫の脳の神経回路網

実際のニューロンを用いて前運動中枢の神経回路を再現し、そこでおこる神経回路の活動を時系列に並べたスナップショットです。神経信号が、左右の前運動中枢内を広がっていく様子が表されています。

41 2 3

図-2 神経回路網活動のシミュレーション結果● 「京」の中にカイコガの脳の嗅覚系神経回路網を忠実に再現しました。

● カイコガのオスがフェロモンの匂いによってメスの居場所を特定する「匂い源探索」の神経回路網の働きを、リアルタイムにシミュレーションしました。

利用成果

● 脳の働きのリアルタイムな再現は、カイコガの能力を応用した「匂い源探索ロボット」の実用化に向けた大きな一歩。

● ロボットの実用化により、被災地での生存者の捜索や、爆発物や違法薬物などの探知につながると期待されます。

未来に向けてFUTURE

利用成果の詳細はこちらから ▶ https://www.hpci-office.jp/output/hp140151/outcome.pdf

神崎 亮平(東京大学)課題代表者

神崎 亮平(東京大学)、加沢 知毅(同)、宮本 大輔(同)取材ご協力

hp140151課 題 番 号

Page 8: バイオ分野 Biology 昆虫の脳から、脳の働きを探る 未来ン … · 成果事例集 防災分野Prevention of disasters 巨大地震がもたらす脅威を予測する

研 究 概 要

6 7

Environment環境分野

世界最高レベルの高解像度で、エアロゾルを再現

2015年12月、COP21で発表された「パリ協定」では、産業革命前からの気温上昇を2℃未満に抑えるという国際的な目標が掲げられました。大気中に漂う固体や液体(エアロゾル)の中で、煤(ブラックカーボン)などの黒色系物質は、太陽の光を吸収して地球を温める効果があり、こうした物質を除去できれば、地球の気温上昇を0.5℃抑えられると考えられています。エアロゾルは、気流に乗って国境を越え、はるか遠くへ輸送されるため、温暖化対策の問題は特定の地域だけでなく地球規模で考える必要があります。地球の気候変動に関わるブラックカーボンや、私たちの健康に関わるPM2.5などのエアロゾルが、どのように発生して、どこへ運ばれるのか、宇宙航空研究開発機構(JAXA)・理化学研究所・国立環境研究所・東京大学・九州大学の研究チームが、「京」を使った地球全体に渡る規模のシミュレーション(全球シミュレーション)によって明らかにしようとしています。

汚染物質による健康被害と温暖化を防ぐために

 JAXA・理化学研究所・国立環境研究所・東京大学・九州大学の研究チームは、雲の働きを解析するモデル「NICAM」に、温暖化を誘発する物質を含めた約20種類のエアロゾルの発生源や排出量、それらの化学反応についての情報を取り込んだ「NICAM-Chem」というモデルを用いて、エアロゾルの分布や輸送経路を検証するための全球シミュレーションを行っています。

世界初、地球規模の3.5km間隔シミュレーション これまで、一般的な大規模コンピュータによる全球シミュレーションでは、どれほど高精度化に努めても20~50kmの格子間隔が性能的な限界でした。しかし、エアロゾルの発生や、それらが雲粒に変わり雨として地上に落ちる過程は、局地的に起こる現象のため、20~50kmという大きな格子間隔では鮮明に再現できません。 今回、「京」の大規模な計算資源を用いることで、世界で初めて3.5km間隔の全球シミュレーションを実現しま

図-1 エアロゾルの全球シミュレーション結果

図-2 人工衛星によるエアロゾルの観測結果

した。その結果、エアロゾルがどこで発生し、それが雲との相互作用を含めて大気中でどのように動き、どこへ運ばれるか、よりはっきりとした濃淡でエアロゾルの動きを再現できるようになりました(図-1)。 シミュレーションでの再現では、人工衛星観測では難しい複雑な地形や雲域など(図-2のアジアの白い部分)でも詳細な再現を行うことができています。

数十年先の環境変化が予測可能に 高精度化した全球シミュレーションを用いて、数十年先の未来の環境を予測するシナリオ実験を行うことも可能になりました。たとえば、「アジア域において、エコカーを普及させることで窒素酸化物の排出を人為的に削減した場合、環境がどの程度改善するか?」数十年にわたる大気中のエアロゾルの変化を予測計算できるようになったのです(図-3)。 今後、計算のさらなる高精度化だけでなく、その計算を応用した影響評価研究も進むことで、たとえば、PM2.5による健康被害の推計など、環境や気候、医療、経済といった多彩な分野が「京」とNICAM-Chemを介して結びつくことが期待されています。

赤い部分が二酸化硫黄とブラックカーボンの濃度の月平均値が高い地域を表しています。環境改善には時間がかかることから、2030年では、未だ赤い部分が残っています。それに比べ2050年では、環境汚染物質が大きく削減されていくという予測を示す結果が得られました。

図-3 環境予測シナリオ実験の結果50N

40N

30N

20N

10N

70E

0 0.25 0.5 0.75 1

60EE0

80E 90E 100E 110E 120E 130E 140E 150E

50N

40N

30N

20N

10N

70E

0 0.25 0.5 0.75 1

60EE0

80E 90E 100E 110E 120E 130E 140E 150E

2030年の濃度予測 2050年の濃度予測

大気汚染を、地球規模で読み解く大気汚染を、地球規模で読み解く

● 3.5km間隔の高精度全球シミュレーションにより、鮮明かつ現実に即したエアロゾルの発生源や動きの検証を可能にしました。

● 汚染物質削減計画に基づく未来の環境改善の予測(シナリオ実験)に成功しました。

利用成果● 高精度のシミュレーションと経済社会学的な

大気汚染削減の予測シナリオの組み合わせで、将来の大気汚染の状態が予測可能に。

● たとえば、新興国でのエコカー利用推進の効果を調べ、その地域の社会情勢や暮らしに即したかたちで、大気汚染物質の排出を抑えることが可能になっていきます。

未来に向けてFUTURE

利用成果の詳細はこちらから ▶ https://www.hpci-office.jp/output/hp140046/outcome.pdf

中島 映至(宇宙航空研究開発機構)課題代表者

中島 映至(宇宙航空研究開発機構)、五籐 大輔(国立環境研究所)取材ご協力

hp140046課 題 番 号

Page 9: バイオ分野 Biology 昆虫の脳から、脳の働きを探る 未来ン … · 成果事例集 防災分野Prevention of disasters 巨大地震がもたらす脅威を予測する

研 究 概 要

6 7

Environment環境分野

世界最高レベルの高解像度で、エアロゾルを再現

2015年12月、COP21で発表された「パリ協定」では、産業革命前からの気温上昇を2℃未満に抑えるという国際的な目標が掲げられました。大気中に漂う固体や液体(エアロゾル)の中で、煤(ブラックカーボン)などの黒色系物質は、太陽の光を吸収して地球を温める効果があり、こうした物質を除去できれば、地球の気温上昇を0.5℃抑えられると考えられています。エアロゾルは、気流に乗って国境を越え、はるか遠くへ輸送されるため、温暖化対策の問題は特定の地域だけでなく地球規模で考える必要があります。地球の気候変動に関わるブラックカーボンや、私たちの健康に関わるPM2.5などのエアロゾルが、どのように発生して、どこへ運ばれるのか、宇宙航空研究開発機構(JAXA)・理化学研究所・国立環境研究所・東京大学・九州大学の研究チームが、「京」を使った地球全体に渡る規模のシミュレーション(全球シミュレーション)によって明らかにしようとしています。

汚染物質による健康被害と温暖化を防ぐために

 JAXA・理化学研究所・国立環境研究所・東京大学・九州大学の研究チームは、雲の働きを解析するモデル「NICAM」に、温暖化を誘発する物質を含めた約20種類のエアロゾルの発生源や排出量、それらの化学反応についての情報を取り込んだ「NICAM-Chem」というモデルを用いて、エアロゾルの分布や輸送経路を検証するための全球シミュレーションを行っています。

世界初、地球規模の3.5km間隔シミュレーション これまで、一般的な大規模コンピュータによる全球シミュレーションでは、どれほど高精度化に努めても20~50kmの格子間隔が性能的な限界でした。しかし、エアロゾルの発生や、それらが雲粒に変わり雨として地上に落ちる過程は、局地的に起こる現象のため、20~50kmという大きな格子間隔では鮮明に再現できません。 今回、「京」の大規模な計算資源を用いることで、世界で初めて3.5km間隔の全球シミュレーションを実現しま

図-1 エアロゾルの全球シミュレーション結果

図-2 人工衛星によるエアロゾルの観測結果

した。その結果、エアロゾルがどこで発生し、それが雲との相互作用を含めて大気中でどのように動き、どこへ運ばれるか、よりはっきりとした濃淡でエアロゾルの動きを再現できるようになりました(図-1)。 シミュレーションでの再現では、人工衛星観測では難しい複雑な地形や雲域など(図-2のアジアの白い部分)でも詳細な再現を行うことができています。

数十年先の環境変化が予測可能に 高精度化した全球シミュレーションを用いて、数十年先の未来の環境を予測するシナリオ実験を行うことも可能になりました。たとえば、「アジア域において、エコカーを普及させることで窒素酸化物の排出を人為的に削減した場合、環境がどの程度改善するか?」数十年にわたる大気中のエアロゾルの変化を予測計算できるようになったのです(図-3)。 今後、計算のさらなる高精度化だけでなく、その計算を応用した影響評価研究も進むことで、たとえば、PM2.5による健康被害の推計など、環境や気候、医療、経済といった多彩な分野が「京」とNICAM-Chemを介して結びつくことが期待されています。

赤い部分が二酸化硫黄とブラックカーボンの濃度の月平均値が高い地域を表しています。環境改善には時間がかかることから、2030年では、未だ赤い部分が残っています。それに比べ2050年では、環境汚染物質が大きく削減されていくという予測を示す結果が得られました。

図-3 環境予測シナリオ実験の結果50N

40N

30N

20N

10N

70E

0 0.25 0.5 0.75 1

60EE0

80E 90E 100E 110E 120E 130E 140E 150E

50N

40N

30N

20N

10N

70E

0 0.25 0.5 0.75 1

60EE0

80E 90E 100E 110E 120E 130E 140E 150E

2030年の濃度予測 2050年の濃度予測

大気汚染を、地球規模で読み解く大気汚染を、地球規模で読み解く

● 3.5km間隔の高精度全球シミュレーションにより、鮮明かつ現実に即したエアロゾルの発生源や動きの検証を可能にしました。

● 汚染物質削減計画に基づく未来の環境改善の予測(シナリオ実験)に成功しました。

利用成果● 高精度のシミュレーションと経済社会学的な

大気汚染削減の予測シナリオの組み合わせで、将来の大気汚染の状態が予測可能に。

● たとえば、新興国でのエコカー利用推進の効果を調べ、その地域の社会情勢や暮らしに即したかたちで、大気汚染物質の排出を抑えることが可能になっていきます。

未来に向けてFUTURE

利用成果の詳細はこちらから ▶ https://www.hpci-office.jp/output/hp140046/outcome.pdf

中島 映至(宇宙航空研究開発機構)課題代表者

中島 映至(宇宙航空研究開発機構)、五籐 大輔(国立環境研究所)取材ご協力

hp140046課 題 番 号

Page 10: バイオ分野 Biology 昆虫の脳から、脳の働きを探る 未来ン … · 成果事例集 防災分野Prevention of disasters 巨大地震がもたらす脅威を予測する

研 究 概 要

8 9

Manufacturingものづくり分野

走行試験場に代わるリアルワールドシミュレーション

自動車は、日本の経済を支える基幹産業のひとつ。日本の全就業人口のおよそ10人に1人が、生産や販売、整備、輸送など直接・間接的に自動車産業に携わって働いています。自動車産業が、グローバル市場の中でさらなる成長を遂げていくために、新たなチャレンジが動き出しています。一つの車種をフルモデルチェンジするためには、400~500億円もの研究開発費が必要だと言われ、大きな割合を占めているのが試作車製造や実験にかかるコストです。「もし、試作車をつくらずに自動車開発を進められたら?」開発費用と期間を大きく削減し、日本車は世界の中でさらに競争力を発揮できるはずです。今、日本自動車工業会の呼びかけのもとにメーカー各社が集結してコンソーシアムを組み「京」を使った試作レス自動車開発への研究が始まっています。

開発力を高めて、自動車産業のさらなる発展へ

 開発途上国を中心に、これから大きな需要拡大が見込まれる自動車。途上国では、まだ路面が整備されていない地域も多く、水はねや小石の飛散への対策として、ボディ下部の強度が重要になります。

「京」が可能にした、水はね現象の解析 小石の場合、分析対象個数が少ないため、自動車メーカーが保有するコンピュータでも計算が可能ですが、水はねになると粒子が細かく、その分析対象個数も大幅に増えます。さらに、水たまりを走行する時の水はね衝撃が自動車のボディ下部に与える損傷を予測するためには、衝突解析のように瞬間的な現象(100ミリ秒)と比べて数十倍もの現象時間(2秒)を解析することが求められ、計算規模が非常に大きくなります。このため、自動車メー

カーのスパコンではシミュレーションが困難でした。 今回、「京」の計算資源を利用することで、車1台分全体を対象とした209万もの点からなる車両モデルと、453万点もの粒子を再現した水モデル(粒子径5.0mmの場合)、物理時間2秒という大規模な計算が可能になりました。「自動車」や「水」というまったく別の特性を持つ要素が関わり合う水はね現象を、時系列にそって再現し、これまで走行試験を行わなければ求めることのできなかった、ボディ下部に加わる力を解析することができたのです。

試作車や走行試験を減らし、開発効率アップへ 今回の車両モデルは、水はねだけではなく他の走行条件でも利用することが可能で、将来的には、強度だけでなく操縦安定性、衝突、騒音・振動など多岐にわたる物理現象を同時に判断できることになります。さらに、メーカーのスパコンで約半年間かかる解析が、「京」であればおよそ一ヶ月で結果を得ることができます。このような大規模計算資源の活用によって、現実の世界で起こっている事象をコンピュータ上で精密に再現する「リアルワールドシミュレーション」への道が拓かれ、時間とコストのかかる試作車製造や走行試験を減らしていくことができると考えられます。 試作レス開発の実現と自動車のさらなる性能向上に向け、比較的小さな計算モデルの実開発への適用や、さらなる計算の高速化による開発期間の短縮など、これからの研究の進展に期待が高まります。

水たまりに入る直前 t=1.0sec

入り始め t=1.25sec

完全に入った状態 t=1.5sec

図-1 水はね現象を時系列で再現

図-2 ボディ下部に加わる力

赤い部分に大きな力が加わっていることがわかります。

日本の自動車づくりを強くする日本の自動車づくりを強くする

● これまで試作車走行試験で実測してきた、水たまり走行中の「水はね衝撃」によるボディ下部への応力を、「京」のシミュレーションで算出しました。

利用成果● 試作車の無い段階で、ボディ下部の強度を

事前検証できる可能性が示され、試作レス自動車開発への第 1 歩を踏み出しました。

● スパコン利用による自動車開発の効率アップや、更なる技術革新の可能性が示されました。

未来に向けてFUTURE

利用成果の詳細はこちらから ▶ https://www.hpci-office.jp/output/hp140167/outcome.pdf

羽貝 正道(自動車工業会)課題代表者

羽貝 正道(自動車工業会)取材ご協力

hp140167課 題 番 号

Page 11: バイオ分野 Biology 昆虫の脳から、脳の働きを探る 未来ン … · 成果事例集 防災分野Prevention of disasters 巨大地震がもたらす脅威を予測する

研 究 概 要

8 9

Manufacturingものづくり分野

走行試験場に代わるリアルワールドシミュレーション

自動車は、日本の経済を支える基幹産業のひとつ。日本の全就業人口のおよそ10人に1人が、生産や販売、整備、輸送など直接・間接的に自動車産業に携わって働いています。自動車産業が、グローバル市場の中でさらなる成長を遂げていくために、新たなチャレンジが動き出しています。一つの車種をフルモデルチェンジするためには、400~500億円もの研究開発費が必要だと言われ、大きな割合を占めているのが試作車製造や実験にかかるコストです。「もし、試作車をつくらずに自動車開発を進められたら?」開発費用と期間を大きく削減し、日本車は世界の中でさらに競争力を発揮できるはずです。今、日本自動車工業会の呼びかけのもとにメーカー各社が集結してコンソーシアムを組み「京」を使った試作レス自動車開発への研究が始まっています。

開発力を高めて、自動車産業のさらなる発展へ

 開発途上国を中心に、これから大きな需要拡大が見込まれる自動車。途上国では、まだ路面が整備されていない地域も多く、水はねや小石の飛散への対策として、ボディ下部の強度が重要になります。

「京」が可能にした、水はね現象の解析 小石の場合、分析対象個数が少ないため、自動車メーカーが保有するコンピュータでも計算が可能ですが、水はねになると粒子が細かく、その分析対象個数も大幅に増えます。さらに、水たまりを走行する時の水はね衝撃が自動車のボディ下部に与える損傷を予測するためには、衝突解析のように瞬間的な現象(100ミリ秒)と比べて数十倍もの現象時間(2秒)を解析することが求められ、計算規模が非常に大きくなります。このため、自動車メー

カーのスパコンではシミュレーションが困難でした。 今回、「京」の計算資源を利用することで、車1台分全体を対象とした209万もの点からなる車両モデルと、453万点もの粒子を再現した水モデル(粒子径5.0mmの場合)、物理時間2秒という大規模な計算が可能になりました。「自動車」や「水」というまったく別の特性を持つ要素が関わり合う水はね現象を、時系列にそって再現し、これまで走行試験を行わなければ求めることのできなかった、ボディ下部に加わる力を解析することができたのです。

試作車や走行試験を減らし、開発効率アップへ 今回の車両モデルは、水はねだけではなく他の走行条件でも利用することが可能で、将来的には、強度だけでなく操縦安定性、衝突、騒音・振動など多岐にわたる物理現象を同時に判断できることになります。さらに、メーカーのスパコンで約半年間かかる解析が、「京」であればおよそ一ヶ月で結果を得ることができます。このような大規模計算資源の活用によって、現実の世界で起こっている事象をコンピュータ上で精密に再現する「リアルワールドシミュレーション」への道が拓かれ、時間とコストのかかる試作車製造や走行試験を減らしていくことができると考えられます。 試作レス開発の実現と自動車のさらなる性能向上に向け、比較的小さな計算モデルの実開発への適用や、さらなる計算の高速化による開発期間の短縮など、これからの研究の進展に期待が高まります。

水たまりに入る直前 t=1.0sec

入り始め t=1.25sec

完全に入った状態 t=1.5sec

図-1 水はね現象を時系列で再現

図-2 ボディ下部に加わる力

赤い部分に大きな力が加わっていることがわかります。

日本の自動車づくりを強くする日本の自動車づくりを強くする

● これまで試作車走行試験で実測してきた、水たまり走行中の「水はね衝撃」によるボディ下部への応力を、「京」のシミュレーションで算出しました。

利用成果● 試作車の無い段階で、ボディ下部の強度を

事前検証できる可能性が示され、試作レス自動車開発への第 1 歩を踏み出しました。

● スパコン利用による自動車開発の効率アップや、更なる技術革新の可能性が示されました。

未来に向けてFUTURE

利用成果の詳細はこちらから ▶ https://www.hpci-office.jp/output/hp140167/outcome.pdf

羽貝 正道(自動車工業会)課題代表者

羽貝 正道(自動車工業会)取材ご協力

hp140167課 題 番 号

Page 12: バイオ分野 Biology 昆虫の脳から、脳の働きを探る 未来ン … · 成果事例集 防災分野Prevention of disasters 巨大地震がもたらす脅威を予測する

さいゆう

まれ

10 11

Computational Science計算科学分野

ある地域の人口、事業所数や過去にそこで起きた津波の災害記録など、さまざまなデータが国や国際機関により集められ、蓄積されています。これらは国勢調査などの膨大な調査に基づいた、現実の社会を表す貴重なデータです。しかし、蓄積されたデータが、あまりに巨大(ビッグデータ)であるため、人間にはデータに含まれている有意義な情報を簡単に理解することができません。ですが、スパコンの計算能力を利用するなら、膨大なデータの中から新しい発見を得られるかもしれません。今、京都大学の研究者を中心とするグループによって、津波が社会に与える災害リスクを、環境データと経済社会データという全く別の分野のデータを組み合わることで導き出そうという挑戦が進められています。

データを組み合わせ、新しい発見を導き出す

● 日本全土を約1km四方単位のエリアにわけ、過去1000年に渡る津波上陸の記録(環境データ)から、エリアごとの津波が上陸する頻度を算出しました。

● 同じく約1km四方単位のエリア毎の人口や企業などの経済社会データから算出した経済価値と、この津波の上陸頻度とを掛け合わせることで、そのエリアの災害リスクを明らかにしました。

利用成果● 今回の結果から、日本人が長い年月をかけ

て、自然災害を避けるかたちで土地の使い方を獲得してきたことが見てとれ、非常に興味深い発見となっています。

● 今後、異なる分野で集められたデータを融合して生かす研究が進むことで、災害対策だけでなく、教育、医療・福祉、貿易、経済改革などさまざまな分野で有用な知見を得られると期待されます。

研 究 概 要

 地域に潜む経済社会的リスクを明らかにするため、国土交通省が提供している国土数値データをもとに日本全国を約1km四方のエリアに区切り、そのエリア情報をアメリカ海洋大気庁(注1)が提供する過去1000年分の津波上陸データと合わせて、ある高さの津波が、どのくらいの頻度でそのエリアに上陸するか(注2)という危険事象の発生頻度を算出しました。

数百年に一度、極めて稀な津波上陸。その発生頻度をスパコンで算出 大津波の上陸は、極めて稀にしか起こらない現象で、東日本大震災のように数百年に一度の大災害の場合、計算のもとになる観測期間に一度も津波が起こっていなければ、上陸確率は0と誤って見積もられます。この問題に対して、本研究では、「最尤法」という方法で、津波上陸頻度の確率分布の形状を変えながら、確率を高く仮定した場合と低く見積もった場合など、幅のある計算を行い、得られた値の確からしさが最も高くなるものを見つけていきました。この計算を日本各地の10数万ヵ所に上るエリアごとに行おうとすると、研究室の並列コンピュータでは1回におよそ1週間を要しますが、今回、統計数理研究所のスパコンの能力を活用することで、計算を最短85分にまで短縮することができたのです。 政府統計から約1km四方エリアごとの人口や労働者、事業所、宿泊観光客の数を得て、どれだけの経済的価値が存在しているのかを数値化し、さらに津波上陸頻度と掛け合わせて、経済社会的損失を算出しました(図-1)。

ビッグデータ解析で見えてきた津波による経済社会的リスク 算出した日本全国の各エリアが何も対策を行わなかった場合の津波による経済社会的損失を視覚化したものが図-2です。 従来の津波予測の数値シミュレーションとは異なる統計的手法をビッグデータに適用することにより、数百年に一度の極めて稀な災害のリスクが見えてきました。もしも、大震災の前にこの手法を用いていたら、被災地域に潜むリスクを予測できた可能性があります。 経済社会データと環境データは異なる科学の分野において研究され、データが収集・蓄積されてきた歴史があります。しかしながら、今後、ビッグデータ分析におけるスパコンの活用を進め、多様なビッグデータを連動させて研究することで、たとえば、『津波の上陸頻度が高く、経済的損失が大きいと分析されたエリアに対しては優先的な津波対策が必要である』といった未来に向けた解決策を見出してゆけると考えられます。

スパコンで地域に潜む経済社会的リスクを解析

未来に向けてFUTURE

(注1) アメリカ海洋大気庁NOAA http://www.noaa.gov(注2) 今回は各エリアの標高のみから津波上陸を算出しました。防潮堤などの対策を取ることで被害は防げることになります。

津波上陸記録DB検索

結果

利用成果の詳細はこちらから ▶ https://www.hpci-office.jp/output/hp140076/outcome.pdf

佐藤 彰洋(京都大学)課題代表者

佐藤 彰洋(京都大学)取材ご協力

hp140076課 題 番 号

図-1 津波上陸頻度と危険に晒される経済社会的価値との関係

図-2 津波上陸による経済社会的損失 計算の元となったデータは2010年までのNOAAデータを用いて津波上陸頻度を推定

2010年総務省統計局国勢調査3次メッシュデータに基づく経済社会的損失の大きさが色の濃さで表現されています。東日本大震災が発生する前のデータをもとに計算した結果ですが、東日本大震災の津波により大きな被害を受けた地域の色が濃くなっています。

ビッグデータから災害リスクを解析ビッグデータから災害リスクを解析

津波上陸頻度と津波被害を受ける可能性のある人口を、約1km四方のエリアごとにプロットしています。○の大きさが晒される経済社会的リスクの大きさに対応しています。

宮城県仙台市近辺

Page 13: バイオ分野 Biology 昆虫の脳から、脳の働きを探る 未来ン … · 成果事例集 防災分野Prevention of disasters 巨大地震がもたらす脅威を予測する

さいゆう

まれ

10 11

Computational Science計算科学分野

ある地域の人口、事業所数や過去にそこで起きた津波の災害記録など、さまざまなデータが国や国際機関により集められ、蓄積されています。これらは国勢調査などの膨大な調査に基づいた、現実の社会を表す貴重なデータです。しかし、蓄積されたデータが、あまりに巨大(ビッグデータ)であるため、人間にはデータに含まれている有意義な情報を簡単に理解することができません。ですが、スパコンの計算能力を利用するなら、膨大なデータの中から新しい発見を得られるかもしれません。今、京都大学の研究者を中心とするグループによって、津波が社会に与える災害リスクを、環境データと経済社会データという全く別の分野のデータを組み合わることで導き出そうという挑戦が進められています。

データを組み合わせ、新しい発見を導き出す

● 日本全土を約1km四方単位のエリアにわけ、過去1000年に渡る津波上陸の記録(環境データ)から、エリアごとの津波が上陸する頻度を算出しました。

● 同じく約1km四方単位のエリア毎の人口や企業などの経済社会データから算出した経済価値と、この津波の上陸頻度とを掛け合わせることで、そのエリアの災害リスクを明らかにしました。

利用成果● 今回の結果から、日本人が長い年月をかけ

て、自然災害を避けるかたちで土地の使い方を獲得してきたことが見てとれ、非常に興味深い発見となっています。

● 今後、異なる分野で集められたデータを融合して生かす研究が進むことで、災害対策だけでなく、教育、医療・福祉、貿易、経済改革などさまざまな分野で有用な知見を得られると期待されます。

研 究 概 要

 地域に潜む経済社会的リスクを明らかにするため、国土交通省が提供している国土数値データをもとに日本全国を約1km四方のエリアに区切り、そのエリア情報をアメリカ海洋大気庁(注1)が提供する過去1000年分の津波上陸データと合わせて、ある高さの津波が、どのくらいの頻度でそのエリアに上陸するか(注2)という危険事象の発生頻度を算出しました。

数百年に一度、極めて稀な津波上陸。その発生頻度をスパコンで算出 大津波の上陸は、極めて稀にしか起こらない現象で、東日本大震災のように数百年に一度の大災害の場合、計算のもとになる観測期間に一度も津波が起こっていなければ、上陸確率は0と誤って見積もられます。この問題に対して、本研究では、「最尤法」という方法で、津波上陸頻度の確率分布の形状を変えながら、確率を高く仮定した場合と低く見積もった場合など、幅のある計算を行い、得られた値の確からしさが最も高くなるものを見つけていきました。この計算を日本各地の10数万ヵ所に上るエリアごとに行おうとすると、研究室の並列コンピュータでは1回におよそ1週間を要しますが、今回、統計数理研究所のスパコンの能力を活用することで、計算を最短85分にまで短縮することができたのです。 政府統計から約1km四方エリアごとの人口や労働者、事業所、宿泊観光客の数を得て、どれだけの経済的価値が存在しているのかを数値化し、さらに津波上陸頻度と掛け合わせて、経済社会的損失を算出しました(図-1)。

ビッグデータ解析で見えてきた津波による経済社会的リスク 算出した日本全国の各エリアが何も対策を行わなかった場合の津波による経済社会的損失を視覚化したものが図-2です。 従来の津波予測の数値シミュレーションとは異なる統計的手法をビッグデータに適用することにより、数百年に一度の極めて稀な災害のリスクが見えてきました。もしも、大震災の前にこの手法を用いていたら、被災地域に潜むリスクを予測できた可能性があります。 経済社会データと環境データは異なる科学の分野において研究され、データが収集・蓄積されてきた歴史があります。しかしながら、今後、ビッグデータ分析におけるスパコンの活用を進め、多様なビッグデータを連動させて研究することで、たとえば、『津波の上陸頻度が高く、経済的損失が大きいと分析されたエリアに対しては優先的な津波対策が必要である』といった未来に向けた解決策を見出してゆけると考えられます。

スパコンで地域に潜む経済社会的リスクを解析

未来に向けてFUTURE

(注1) アメリカ海洋大気庁NOAA http://www.noaa.gov(注2) 今回は各エリアの標高のみから津波上陸を算出しました。防潮堤などの対策を取ることで被害は防げることになります。

津波上陸記録DB検索

結果

利用成果の詳細はこちらから ▶ https://www.hpci-office.jp/output/hp140076/outcome.pdf

佐藤 彰洋(京都大学)課題代表者

佐藤 彰洋(京都大学)取材ご協力

hp140076課 題 番 号

図-1 津波上陸頻度と危険に晒される経済社会的価値との関係

図-2 津波上陸による経済社会的損失 計算の元となったデータは2010年までのNOAAデータを用いて津波上陸頻度を推定

2010年総務省統計局国勢調査3次メッシュデータに基づく経済社会的損失の大きさが色の濃さで表現されています。東日本大震災が発生する前のデータをもとに計算した結果ですが、東日本大震災の津波により大きな被害を受けた地域の色が濃くなっています。

ビッグデータから災害リスクを解析ビッグデータから災害リスクを解析

津波上陸頻度と津波被害を受ける可能性のある人口を、約1km四方のエリアごとにプロットしています。○の大きさが晒される経済社会的リスクの大きさに対応しています。

宮城県仙台市近辺

Page 14: バイオ分野 Biology 昆虫の脳から、脳の働きを探る 未来ン … · 成果事例集 防災分野Prevention of disasters 巨大地震がもたらす脅威を予測する

12

「京」を含むHPCI の利用について、詳しい情報はHPCI ポータルサイトをご覧下さい。

http://www.hpci-office.jp/ HPCIポータル

「京」を中核とするHPCI 利用研究課題成果事例集Ⅲ

編集発行及び文責:発行日:平成28年3月18日

兵庫県神戸市中央区港島南町1-5-2 Tel:078-599-9511(代表) E-maii:[email protected]一般財団法人高度情報科学技術研究機構 神戸センター 共用促進部広報グループ

これらの利用研究成果の詳細は、HPCIポータルサイトの成果発表データベース (https://www.hpci-office.jp/hpcidatabase/publications/search.html)から、ご覧いただけます。

また、研究内容や成果を纏めた利用報告書も、利用年度ごと、あるいは利用分野ごとに分類されて、HPCIポータルサイトの利用報告書 (http://www.hpci-office.jp/pages/user_report)から、ご覧いただけます。

「京」を中核とするHPCIは、国内外を問わず、産業界を含め多様な分野の研究者に対し、広くその利用機会を提供し、利用課題を募集しています。

医療・創薬分野医療・創薬分野物質・エネルギー分野ものづくり分野環境・減災分野

心臓疾患の原因を解明医薬品の開発を大幅に効率化リチウムイオン電池の高出力化、長寿命化と安全性向上に期待自動車の走行安定性、安全性向上をめざして高精細津波遡上シミュレーションで正確な被害を予測

成果事例集 Ⅰ (平成26年発行)

ものづくり分野物質・エネルギー分野環境・減災分野医療・創薬分野ものづくり分野

安全性の高い、革新的な建物を目指して「京」で読み解く風の流れネオジム磁石の発明から約30年、「京」が導いた新磁石材料の開発ひとの目線から見る津波被害予測を防災教育に役立てる薬が効かなくなる! 薬剤耐性化のメカニズムの解明世界に羽ばたくMade in Japan 次世代ジェット機の開発期間を短縮

成果事例集 Ⅱ (平成27年発行)

成果事例集のバックナンバーは、HPCIポータルサイトの成果事例集(http://www.hpci-office.jp/pages/k_jirei)から、ご覧いただけます。

この事例集Ⅲに掲載した5つの事例以外にも、「京」を中核とするHPCIの利用からは、平成24年の共用開始以来、以下のように多数の利用研究成果が生まれ、広く公表されています。

以下の課題は、一年中いつでも利用申し込みを受け付けています。随時募集産業利用課題個別利用

トライアル・ユース

ASP事業実証利用

有償、成果非公開、利用は最長1年で、機密性の高い自社課題の実施ができます。

無償、成果公開、利用は最長6か月で、アプリケーションの動作検証や性能評価、自社の課題の試行ができます。

有償、成果非公開、「京」の利用は最長1年で、ASP事業の有効性の実証ができます。

一般課題トライアル・ユース

競争的資金等獲得課題

無償、成果公開、「京」の利用は最長6か月で、アプリケーションの動作検証や性能評価が可能です。有償、成果公開、利用は最長1年で、政府系機関が実施する競争的資金を獲得した課題等により

「京」を、1年間、1,000万ノード時間積まで利用可能です。

※ ASP:アプリケーションサービスプロバイダ

定期募集 夏から秋にかけ、下記の課題の定期募集が行われます。

ASP事業実証利用、競争的資金等獲得課題および「京」若手人材育成課題は、「京」の利用のみです。利用課題募集の詳細についてはHPCIポータルサイトの課題募集(http://www.hpci-office.jp/folders/invite)をご覧いただくか、下記ヘルプデスクにお問い合わせください。

無償、成果公開、年度単位(4月~翌年3月)の利用です。無償、成果公開、年度単位(4月~翌年3月)の利用で、39歳以下の利用者が一人で行う研究課題です。

無償、成果公開、年度単位(4月~翌年3月)の利用で、高並列シミュレーション技術の有効性、有用性を自社の課題で実証できます。

一般課題「京」若手人材育成課題

産業利用課題(実証利用)

利用成果の各種学術論文誌への論文掲載利用成果のシンポジウム・研究会・講演会他での発表利用に基づく特許出願その他(書籍、新聞、雑誌、テレビ他)合計

659件3,019件

9件457件4,144件

(2016年2月末現在)

高度情報科学技術研究機構は、「京」を含むHPCIシステムの課題募集への応募前相談や、利用開始後の皆様へ、高度化支援を無償で実施しています。

応募前相談

利用相談・高度化支援

可視化支援

「京」を含むHPCIシステム利用課題応募についての事前相談「京」と同じアーキテクチャのスパコンFX10を用いた性能相談

利用プログラムの移植支援、性能情報採取、性能ホットスポット分析等の性能評価支援、CPU単体性能・並列性能向上策のアドバイス等

可視化ソフトウェア情報等の提供、可視化環境や可視化作業についての相談、利用者データを用いた可視化の試行、大規模データハンドリング

支援期間は概ね4か月で、打合せを随時実施し、密接なサポートを行っています。利用支援サービスの詳細についてはHPCIポータルサイトの利用支援(http://www.hpci-office.jp/folders/info)をご覧いただくか、下記ヘルプデスクにお問い合わせください。

大規模本格計算

可視化支援

高度化支援

応募前相談

並列性能向上単体性能向上性能分析移植支援

問題解決へ的確な支援で対応

問題解決へ的確な支援で対応

高度情報科学技術研究機構は、「京」を中核とするHPCIの利用者に対して、利用者支援の一元的な窓口『ヘルプデスク』を設置しております。利用課題募集、利用支援サービスの詳細他、何なりとご相談、お問い合わせください。

TEL : 078-940-5795 (ご相談対応時間:平日9:00~17:30) FAX : 078-304-4959E-mail : [email protected]  URL : http//www.hpci-office.jp/pages/supportヘルプデスク

● 利用課題募集中 ● 利用成果

● 成果事例集バックナンバー

● 利用支援サービス

● ヘルプデスク

Page 15: バイオ分野 Biology 昆虫の脳から、脳の働きを探る 未来ン … · 成果事例集 防災分野Prevention of disasters 巨大地震がもたらす脅威を予測する

12

「京」を含むHPCI の利用について、詳しい情報はHPCI ポータルサイトをご覧下さい。

http://www.hpci-office.jp/ HPCIポータル

「京」を中核とするHPCI 利用研究課題成果事例集Ⅲ

編集発行及び文責:発行日:平成28年3月18日

兵庫県神戸市中央区港島南町1-5-2 Tel:078-599-9511(代表) E-maii:[email protected]一般財団法人高度情報科学技術研究機構 神戸センター 共用促進部広報グループ

これらの利用研究成果の詳細は、HPCIポータルサイトの成果発表データベース (https://www.hpci-office.jp/hpcidatabase/publications/search.html)から、ご覧いただけます。

また、研究内容や成果を纏めた利用報告書も、利用年度ごと、あるいは利用分野ごとに分類されて、HPCIポータルサイトの利用報告書 (http://www.hpci-office.jp/pages/user_report)から、ご覧いただけます。

「京」を中核とするHPCIは、国内外を問わず、産業界を含め多様な分野の研究者に対し、広くその利用機会を提供し、利用課題を募集しています。

医療・創薬分野医療・創薬分野物質・エネルギー分野ものづくり分野環境・減災分野

心臓疾患の原因を解明医薬品の開発を大幅に効率化リチウムイオン電池の高出力化、長寿命化と安全性向上に期待自動車の走行安定性、安全性向上をめざして高精細津波遡上シミュレーションで正確な被害を予測

成果事例集 Ⅰ (平成26年発行)

ものづくり分野物質・エネルギー分野環境・減災分野医療・創薬分野ものづくり分野

安全性の高い、革新的な建物を目指して「京」で読み解く風の流れネオジム磁石の発明から約30年、「京」が導いた新磁石材料の開発ひとの目線から見る津波被害予測を防災教育に役立てる薬が効かなくなる! 薬剤耐性化のメカニズムの解明世界に羽ばたくMade in Japan 次世代ジェット機の開発期間を短縮

成果事例集 Ⅱ (平成27年発行)

成果事例集のバックナンバーは、HPCIポータルサイトの成果事例集(http://www.hpci-office.jp/pages/k_jirei)から、ご覧いただけます。

この事例集Ⅲに掲載した5つの事例以外にも、「京」を中核とするHPCIの利用からは、平成24年の共用開始以来、以下のように多数の利用研究成果が生まれ、広く公表されています。

以下の課題は、一年中いつでも利用申し込みを受け付けています。随時募集産業利用課題個別利用

トライアル・ユース

ASP事業実証利用

有償、成果非公開、利用は最長1年で、機密性の高い自社課題の実施ができます。

無償、成果公開、利用は最長6か月で、アプリケーションの動作検証や性能評価、自社の課題の試行ができます。

有償、成果非公開、「京」の利用は最長1年で、ASP事業の有効性の実証ができます。

一般課題トライアル・ユース

競争的資金等獲得課題

無償、成果公開、「京」の利用は最長6か月で、アプリケーションの動作検証や性能評価が可能です。有償、成果公開、利用は最長1年で、政府系機関が実施する競争的資金を獲得した課題等により

「京」を、1年間、1,000万ノード時間積まで利用可能です。

※ ASP:アプリケーションサービスプロバイダ

定期募集 夏から秋にかけ、下記の課題の定期募集が行われます。

ASP事業実証利用、競争的資金等獲得課題および「京」若手人材育成課題は、「京」の利用のみです。利用課題募集の詳細についてはHPCIポータルサイトの課題募集(http://www.hpci-office.jp/folders/invite)をご覧いただくか、下記ヘルプデスクにお問い合わせください。

無償、成果公開、年度単位(4月~翌年3月)の利用です。無償、成果公開、年度単位(4月~翌年3月)の利用で、39歳以下の利用者が一人で行う研究課題です。

無償、成果公開、年度単位(4月~翌年3月)の利用で、高並列シミュレーション技術の有効性、有用性を自社の課題で実証できます。

一般課題「京」若手人材育成課題

産業利用課題(実証利用)

利用成果の各種学術論文誌への論文掲載利用成果のシンポジウム・研究会・講演会他での発表利用に基づく特許出願その他(書籍、新聞、雑誌、テレビ他)合計

659件3,019件

9件457件4,144件

(2016年2月末現在)

高度情報科学技術研究機構は、「京」を含むHPCIシステムの課題募集への応募前相談や、利用開始後の皆様へ、高度化支援を無償で実施しています。

応募前相談

利用相談・高度化支援

可視化支援

「京」を含むHPCIシステム利用課題応募についての事前相談「京」と同じアーキテクチャのスパコンFX10を用いた性能相談

利用プログラムの移植支援、性能情報採取、性能ホットスポット分析等の性能評価支援、CPU単体性能・並列性能向上策のアドバイス等

可視化ソフトウェア情報等の提供、可視化環境や可視化作業についての相談、利用者データを用いた可視化の試行、大規模データハンドリング

支援期間は概ね4か月で、打合せを随時実施し、密接なサポートを行っています。利用支援サービスの詳細についてはHPCIポータルサイトの利用支援(http://www.hpci-office.jp/folders/info)をご覧いただくか、下記ヘルプデスクにお問い合わせください。

大規模本格計算

可視化支援

高度化支援

応募前相談

並列性能向上単体性能向上性能分析移植支援

問題解決へ的確な支援で対応

問題解決へ的確な支援で対応

高度情報科学技術研究機構は、「京」を中核とするHPCIの利用者に対して、利用者支援の一元的な窓口『ヘルプデスク』を設置しております。利用課題募集、利用支援サービスの詳細他、何なりとご相談、お問い合わせください。

TEL : 078-940-5795 (ご相談対応時間:平日9:00~17:30) FAX : 078-304-4959E-mail : [email protected]  URL : http//www.hpci-office.jp/pages/supportヘルプデスク

● 利用課題募集中 ● 利用成果

● 成果事例集バックナンバー

● 利用支援サービス

● ヘルプデスク

Page 16: バイオ分野 Biology 昆虫の脳から、脳の働きを探る 未来ン … · 成果事例集 防災分野Prevention of disasters 巨大地震がもたらす脅威を予測する

画像提供 理化学研究所

HPCIHigh PerformanceComputing Infrastructure  

登録施設利用促進機関/HPCI運用事務局

一般財団法人高度情報科学技術研究機構

「京」を中核とするHPCI利用研究課題

スパコンが

拓く未来

成果事例集

Prevention of disasters防災分野巨大地震がもたらす脅威を予測する

Biologyバイオ分野昆虫の脳から、脳の働きを探る

Environment環境分野大気汚染を、地球規模で読み解く

Manufacturingものづくり分野日本の自動車づくりを強くする

Computational Science計算科学分野ビッグデータから災害リスクを解析