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資 料 6 平成23年12月13日 独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 CREST 担当 戦略的創造研究推進事業 CREST における評価結果について 戦略的創造研究推進事業 CREST においては、「基礎研究に係る課題評価の方法等に関する達」によ って定められた基礎研究に係る課題評価の方法等により、研究領域および研究課題の評価を行っている。 ここでは、平成 22 年度に実施した CREST の脳研究関連領域に関する評価結果について報告する。 1.研究領域の評価(事後評価) 〔別紙1参照〕 ・研究領域名 :脳の機能発達と学習メカニズムの解明 ・研究総括 :津本忠治 (独)理化学研究所脳科学総合研究センター シニアチームリーダー ・研究実施期間:平成 15 年度~平成 22 年度 2.研究課題の評価(事後評価) 〔別紙2参照〕 ・研究領域名 :脳の機能発達と学習メカニズムの解明 ・研究総括 :津本忠治 (独)理化学研究所脳科学総合研究センター シニアチームリーダー ・事後評価の対象 研究実施期間が平成 15 年度~平成 20 年度の 6 課題(平成 20 年度に事後評価を実施) 研究実施期間が平成 16 年度~平成 21 年度の 5 課題(平成 21 年度に事後評価を実施) 研究実施期間が平成 17 年度~平成 22 年度の 4 課題(平成 22 年度に事後評価を実施) 3.研究課題の評価(中間評価) 〔別紙3参照〕 ・研究領域名 :精神・神経疾患の分子病態理解に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出 ・研究総括 :樋口輝彦 独立行政法人国立精神・神経医療研究センター 理事長 ・中間評価の対象 研究実施期間が平成 19 年度~平成 24 年度の 5 課題(平成 22 年度に中間評価を実施) 上記以外の研究課題については、平成 23 年度以降に中間評価を行う。 以 上 1 1

戦略的創造研究推進事業 CREST における評価結果について · 戦略的創造研究推進事業における脳科学分野の研究推進 戦略的創造研究推進事業における脳科学分野の研究推進

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資 料 6

平 成 2 3 年 1 2 月 1 3 日

独立行政法人科学技術振興機構

戦略的創造研究推進事業 CREST 担当

戦略的創造研究推進事業 CREST における評価結果について

戦略的創造研究推進事業 CREST においては、「基礎研究に係る課題評価の方法等に関する達」によ

って定められた基礎研究に係る課題評価の方法等により、研究領域および研究課題の評価を行っている。

ここでは、平成 22 年度に実施した CREST の脳研究関連領域に関する評価結果について報告する。

1.研究領域の評価(事後評価)〔別紙1参照〕

・研究領域名 :脳の機能発達と学習メカニズムの解明

・研究総括 :津本忠治 (独)理化学研究所脳科学総合研究センター シニアチームリーダー

・研究実施期間:平成 15 年度~平成 22 年度

2.研究課題の評価(事後評価)〔別紙2参照〕

・研究領域名 :脳の機能発達と学習メカニズムの解明

・研究総括 :津本忠治 (独)理化学研究所脳科学総合研究センター シニアチームリーダー

・事後評価の対象

研究実施期間が平成 15 年度~平成 20 年度の 6 課題(平成 20 年度に事後評価を実施)

研究実施期間が平成 16 年度~平成 21 年度の 5 課題(平成 21 年度に事後評価を実施)

研究実施期間が平成 17 年度~平成 22 年度の 4 課題(平成 22 年度に事後評価を実施)

3.研究課題の評価(中間評価)〔別紙3参照〕

・研究領域名 :精神・神経疾患の分子病態理解に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出

・研究総括 :樋口輝彦 独立行政法人国立精神・神経医療研究センター 理事長

・中間評価の対象

研究実施期間が平成 19 年度~平成 24 年度の 5 課題(平成 22 年度に中間評価を実施)

上記以外の研究課題については、平成 23 年度以降に中間評価を行う。

以 上

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shiki-m
長方形
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戦略的創造研究推進事業における脳科学分野の研究推進

戦略的創造研究推進事業における脳科学分野の研究推進

戦略的創造研究推進事業における脳科学分野の研究推進

「脳の機能発達

と学習メカニズムの解明」

津本忠治

(理化学研究所)

「脳神経回路の形成・動作原理の解明

と制御技術の創出」

小澤瀞司

(高崎健康福

祉大学)

「脳情報の解読

と制御」

川人光男

((株)国際電気通信基

礎技術研究所)

「脳神経回路の形成・動作

と制御」

村上富士夫

(大阪大学

CRES

T

さきが

H15

H16

H17

H18

H19

H20

H21

H22

H23

H24

H25

H26

H27

H28

2003

2004

2005

2006

2007

2008

2009

2010

2011

2012

2013

2014

2015

2016

▲:研究領域の評価(事後評価)

「精神・神経疾患の分子病態理解に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出」

樋口輝彦

(国立精神・神経医療研究センター)

△:研究課題の評価(中間評価)

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別紙1

研究領域「脳の機能発達と学習メカニズムの解明」事後評価(領域評価)結果 1.研究領域について (1)研究領域名 :脳の機能発達と学習メカニズムの解明 (2)研究総括 :津本忠治 (独)理化学研究所脳科学総合研究センター シニアチームリーダー (3)研究実施期間:平成 15 年度~平成 22 年度 (4)研究領域の概要

本研究領域は、脳を育み、ヒトの一生を通しての学習を促進するという視点に、社会的な観点も

融合した新たな視点から、健康で活力にあふれた脳を発達、成長させ、さらに維持するメカニズム

の解明をめざす研究を対象とする。 具体的には、感覚・運動・認知・行動系を含めた学習に関与する脳機能や言語などヒトに特有な

高次脳機能の発達メカニズムの解明、及びそれらの臨界期(感受性期)の有無や時期の解明、発達

脳における神経回路網可塑性に関する研究、高次脳機能発達における遺伝因子と環境因子の相互作

用の解明、健やかな脳機能の保持を目指した研究、精神・神経の障害の機序解明と機能回復方法の

研究等が含まれる。 2.事後評価の概要 2-1.事後評価の目的 研究課題の事後評価の結果を受けて、戦略目標の達成状況や研究マネジメントの状況を把握し、今後

の事業運営の改善に資することを目的とする。 2-2.評価項目 (1)研究領域としての戦略目標の達成状況 (2)研究領域としての研究マネジメントの状況 2-3.評価者(所属・役職は事後評価時のもの) 機構が選任する外部の専門家を評価者とし、評価者が、研究領域毎に、研究総括からの研究課題の事

後評価結果の報告等により評価を行う。 主査 鈴木 良次 委員 金沢工業大学研究支援機構 顧問

中野 馨 委員 元東京工科大学 教授 松村 京子 委員 兵庫教育大学・同連合大学院 教授 三品 昌美 委員 東京大学大学院医学系研究科 教授

2-4.評価報告書 添付1に示す。

2-5.HPからの公開

http://www.jst.go.jp/pr/evaluation/problem/problem2/kisoken/h22/201109/hyouka07.html

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3.参考 3-1.戦略目標 1.名称 教育における課題を踏まえた、人の生涯に亘る学習メカニズムの脳科学等による解明

2.具体的な達成目標 教育における課題に対して、脳科学をはじめ関係する諸科学による貢献を目指すという観点からの対

話・交流を進めつつ、以下の項目の中で特に社会的要請の強いものを対象に研究を実施する。 なお、ここで言う「教育」とは、人の胎児期を含む生涯を通じた教育、即ち、乳幼児教育、小・中・

高等学校教育、高等教育、高齢者教育、また、職業人を対象とした新たなスキル習得等のための能力開

発や再教育、さらにはリハビリテーション、語学教育、芸術教育、体育等を包含した広義の概念として

取り扱うものである。 ・胎児期・乳児期・幼児期における脳機能発達の解明。特に環境が及ぼす影響、シナプス過剰形成と

刈り込み、可塑性と臨界期・感受期、機能統合、言語発達、髄鞘化と機能発達の関係等の解明 ・児童期・青年期における、教育・学習の方法、記憶や注意のメカニズム、学習の意欲や動機付け、

創造性等に関する脳機能、共感性、学習・行動の障害と脳機能の発達の関係等の解明 ・成人期における、能力開発・再教育の方法と脳機能との発達の関係の解明、及びストレスが脳機能

に与える影響の解明 ・高齢期における、健やかな脳機能の保持及び損傷を受けた脳機能の回復メカニズムの解明 ・上記のための研究・計測方法論の開発 なお、将来的には、これらの研究の成果を踏まえた脳機能と学習メカニズムの関係に関する知見の蓄

積により、育児や学習指導に関する重要な考え方を確立するとともに、教育における課題を踏まえつつ、

成果を育児や教育の現場をはじめとする様々な場に提供することを目指す。 3.目標設定の背景及び社会経済上の要請

IT をはじめとする科学技術の加速度的な発達による生活様式の変化やコンピュータ上でのバーチャ

ル体験の普及、少子高齢化や食生活の変化等、現代社会における生活環境や社会環境は大きく変容して

きている。このような環境の急激な変化を踏まえ、社会経済の発展基盤である人の知性と感性が健やか

に育まれ、人が本来有する能力と個性が適切に発揮できるように、新たな視点からの研究が必要である。 また、これまでは、例えば言語獲得の臨界期・感受期に関連した教育・学習の時期に関する課題や、

学習・行動障害のような教育の現場において生じている問題に対して、児童心理学や教育心理学の知見

及び教育現場において蓄積された知見を活かすことによる取組みがなされてきた。一方で脳科学からの

知見の蓄積が進んできていることから、その蓄積に基づいて、教育関係者が長い経験によって得た暗黙

知を顕在知とすることにより、育児や学習指導に関する重要な考え方が得られると強く期待されている。 このように新たな知識が急速に蓄積されつつある脳に関する研究を、認知科学、心理学、社会学、医

学及び教育に関する研究と架橋・融合し、従来の脳科学や教育学とも異なる新分野の研究として実施す

ることにより、将来に向けて、教育の改善に繋がる可能性が考えられている。 4.目標設定の科学的裏付け 脳の発生初期の神経細胞分化や回路形成メカニズムに関する研究は、分子生物学的手法が非常に有効

なこともあり、我が国でもこの領域の研究は著しく進展し、既に多くの知見が得られている。また、近

年、人を対象とした脳機能の非侵襲計測が可能となり、分子生物学、医学、行動学、心理学、工学等を

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基盤とした脳に関する研究の進展と相まって、脳科学は飛躍的な発展を遂げており、教育学、社会学、

医学、言語学等の広範な分野に亘る研究を架橋・融合した研究を進めることが可能な環境が整備されつ

つある。 また、OECD(経済協力開発機構)の CERI(教育研究革新センター)においても、1999 年より「学

習科学と脳研究(Learning sciences and brain research)」に関するプロジェクトを開始しており、2002年 4 月から着手した第 II 期プロジェクトでは、幅広い分野の専門家により、(1)脳の発達と生涯に亘

る学習(日本による調整)、(2)脳の発達と算術能力(英国による調整)、(3)脳の発達と読み書き能力

(米国による調整)に関する研究ネットワークが構築されている。 5.重点研究期間 平成 15 年度から平成 17 年度までに研究体制を順次整備しつつ、1 研究課題につき概ね 5 年の研究を

実施する。(なお、優れた研究成果を挙げている研究課題については、厳正な評価を実施した上で、研

究期間の延長を可能とする。)

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添付1

CREST「脳の機能発達と学習メカニズムの解明」研究領域事後評価報告書 1.総合所見 当研究領域の戦略目標は、将来的に学習や教育等の解決や脳神経疾患の治療法の開発に貢献する脳科

学の研究の展開である。脳科学と教育・医療の研究の現状には大きな乖離がある。それを架橋しようと

いう目標設定は野心的であるが、性急な答えを要求することはかえって弊害がある。しかし、研究総括

がアドバイザーの協力の下、適切な研究者と研究課題を選定することにより、全体として優れた成果を

上げたといえる。研究成果のうち、直接、教育や医療の現場に活かせるものもいくつかある一方、領域

の目標と明確にはつながらない研究も散見される。しかし、多くは、教育や医療の課題解決の土台とな

る脳科学的根拠と今後取り組むべき方向を明示したものといえる。 本研究の内容は、発達や学習に関与する脳機能の解明、言語等の高次機能の発達メカニズムの解明、

発達障害からの回復メカニズムの解明、実験動物を用いた発達脳における神経回路網可塑性の分子機構

の解明など多岐にわたるが、研究成果の多くはトップレベルの国際誌に掲載されている。このことは世

界における当該分野の進展に大きく貢献するもので、高く評価できる。さらに、本プロジェクトの中で、

新たな研究手法が開発され、多くの特許が取得された。今後の当該分野での研究の加速と、関連分野へ

の波及効果が期待できる。 資源の乏しい日本において、子ども達の教育は何よりも重要である。従来から経験的に行われてきた

教育を Evidence Based Education とするために、また、発達障害など精神・神経疾患の新たな治療法

や予防法の開発を行うためにも、本プロジェクトに期待するところが大きい。しかし、そのためには、

更なる積み重ねが必要である。長期的な戦略のもとに、しっかりした研究支援と研究領域の育成を図る

べきである。 2.研究領域のねらいと研究課題の選考について 研究領域のねらいは、胎児期から成人までの一生を通した視点で、脳の機能発達と学習メカニズムの

解明、精神神経疾患の治療法や予防法の開発、精神神経障害からの機能回復メカニズムの解明などであ

るが、人の生涯を対象にして、学習や発達、機能回復のメカニズムを解明するプロジェクトはこれまで

に例がない。今日の日本は、教育・育児・機能回復支援など様々な課題を抱えているが、それらの根本

的な解決、予防策の確立などのために、このような研究は重要である。対象が多岐にわたるため、どの

ように応募課題を絞り込むか、領域としての一貫性をつらぬくかは決して容易ではなかったと思われる。

そのなかでも、戦略方針に合致し、5年間で目標達成が見込まれる研究、学術的にも独創性が高い研究

を選考するという方針をたて、この分野をリードする優れた研究者をアドバイザーとして選び、選考を

行った結果採択された課題は、おおむね、選考方針にかなったものであるといえる。また、そのことが、

本領域から多くの優れた研究成果が生まれたことにつながったといえよう。 3.研究領域のマネジメントについて 内容が多岐にわたるなか、各領域研究代表者の自主性、リーダーシップを尊重しながら、領域の戦略

目標に合致するように、研究をリードするのは容易とはいえない。しかし、研究総括は、参加メンバー

の全員が参加する領域内研究報告会やサイトビジット、研究報告書、中間評価によって適切に研究課題

の進捗状況を把握し、適切な助言、指導を行っている。このなかで、領域の方針に合致しない複数の共

同研究者をはずしたことなどの積極的な指導は、研究総括として適切な対応であったと評価される。

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課題間の連携は、一部不十分なところがあったと認めざるを得ないが、メンバー全員が参加する報告

会が活発に行われたことは重要で、研究チーム内外の相互連絡や協力関係を強化し、そのことが若手研

究者の育成にもつながったといえよう。 研究費の配分については、報告やサイトビジットによって研究の進捗状況を把握し、一律の配分では

なく、状況に応じて研究費が配分されたことは評価されるが、そのことが研究成果に直結したかどうか

は明確に示されていない。また、もっと大きなメリハリをつけることによって、さらに大きな成果が得

られたのではないかという意見もある。 研究成果の一般社会への情報発信として大規模な公開シンポジウムやニュースレターの発行を行い、

参加者からの意見を反映させ、研究成果を正確に分かりやすく発信したことは、一般人の脳科学に対す

る興味と知識を向上させたことにつながっている。また、参加者からの意見を反映させて、分りやすい

講演を心がけたことにより、参加者の脳科学への理解が向上したと言える。 4.研究成果について (1)当研究領域の戦略目標を、将来的に学習や教育等の解決や脳神経疾患の治療法の開発に貢献する

基礎的研究と捉えたとき、成果の達成度は高いといえる。研究成果のうち、直接、教育や医療の現

場に活かせるものもいくつかある一方、領域の目標と明確にはつながらない研究も散見される。し

かし、多くは、教育や医療の課題解決の土台となる脳科学的エビデンスと今後取り組むべき方向を

明示したものといえる。 (2)本研究の内容は、発達や学習に関与する脳機能の解明、ヒトに特有な言語等の高次機能の発達メ

カニズムの解明、発達障害からの回復メカニズムの解明、実験動物を用いた発達脳における神経回

路網可塑性の分子機構の解明など多岐にわたるが、科学技術の進歩に資する多くの成果が得られて

いる。その主なものとして、英語の習得過程における「文法中枢」の機能変化の実証、乳児脳機能

計測技術の確立と3ヶ月児大脳皮質機能分化の発見、顔と表情知覚発達、自閉症への応用行動分析

治療法の評価、脊髄損傷後の機能回復に関わる大脳皮質活動、脳梗塞後の代償回路などをあげるこ

とができる。新しい研究手法の開発や、脳科学と教育との連携・融合が進むことによって新たな研

究の展開が期待できる。 (3)学習メカニズムの解明は、教育における効果的な指導方法、学習方法につながることが期待でき

る。また、障害回復メカニズムの解明は、新たな治療法の開発につながることが期待できる。その

ためには、一段の技術開発が必要であろうが、その方向性は示されたといえる。研究成果をシンポ

ジウムおよび図や写真を用いたわかりやすいニュースレターで公開したことは、シンポジウム参加

者からのアンケート回答にみられるように、一般の人たちの脳科学への理解向上に役立ったと評価

できる。これらの成果を引き続き、科学技術振興機構のホームページに公開し、継続的に広く社会

に公開することを提案したい。 5.その他 脳科学の成果を、社会的要請の強い育児や教育における科学的指針の提供と精神・神経疾患の新たな

治療法や予防法の開発につなげるには、更なる積み重ねが必要である。長期的な戦略のもとに、しっか

りとした研究支援と研究領域育成を図るべきである。 社会的関心の高い本研究領域の成果を科学技術振興機構のホームページで公開し、研究期間に限らず

継続的に広く社会に公開するように努力すべきである。 学校教育現場は、不登校、いじめ、少年非行、学習意欲の低下などの深刻な問題を抱えている。また、

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特別支援教育の推進が法律で規定され、通常学級における発達障害児の指導が義務付けられた。このよ

うな問題を抱える子どもたちに対して、経験的な指導方法ではなく、問題行動のメカニズムの基盤に立

った教育(Evidence Based Education)を行うことが必要である。それができれば、上記の問題の発生

を未然に防ぐことが可能となる。そういう点でも、本プロジェクトの基礎研究から積み上げられた学習

メカニズムの解明は非常に重要である。今後は、さらに実際の子どもたちの教育に還元できるところま

で発展させていただきたい。 本領域が掲げた目標は、教育や医療の喫緊の課題として適切であったとはいえ、5年で問題が解決で

きるほど簡単なものでないことは、関係者の共通の認識である。しかし、今、一歩を踏み出さなければ

ならないことも事実であり、本研究によって、解決のための方向性が示されたという意味で、その一歩

が着実に踏み出せたといえる。今後、引き続き、その歩みを止めず、進めていくことが必要である。 そのためにも、中間評価でも指摘されているように、神経科学と育児・教育・臨床などに関わる行動科

学との乖離を打開するための一層の具体的なアクションをとること、学校教育の現場からの課題の一層

の組み上げが可能な仕組みを構築することが、今後の課題として指摘できよう。 6.評価 (1)研究領域としての戦略目標の達成に資する成果 (1-1)研究領域としてのねらいに対する成果の達成度

特に優れた成果が得られた (1-2)科学技術の進歩に資する研究成果

特に優れた成果が得られた (1-3)社会的及び経済的な効果・効用に資する研究成果

成果は得られた (1-4)戦略目標の達成に資する成果

十分な成果が得られた (2)研究領域としての研究マネジメントの状況

特に優れたマネジメントが行われた

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別紙2

研究領域「脳の機能発達と学習メカニズムの解明」事後評価(課題評価)結果

1.研究領域の概要 本研究領域は、脳を育み、ヒトの一生を通しての学習を促進するという視点に、社会的な観点も融合

した新たな視点から、健康で活力にあふれた脳を発達、成長させ、さらに維持するメカニズムの解明を

めざす研究を対象とする。 具体的には、感覚・運動・認知・行動系を含めた学習に関与する脳機能や言語などヒトに特有な高次

脳機能の発達メカニズムの解明、及びそれらの臨界期(感受性期)の有無や時期の解明、発達脳におけ

る神経回路網可塑性に関する研究、高次脳機能発達における遺伝因子と環境因子の相互作用の解明、健

やかな脳機能の保持を目指した研究、精神・神経の障害の機序解明と機能回復方法の研究等が含まれる。 2.事後評価の概要 2-1.事後評価の目的 研究の実施状況、研究成果、波及効果等を明らかにし、今後の研究成果の展開及び事業運営の改善に

資することを目的とする。 2-2.評価項目 (1)外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況 (2)得られた研究成果の科学技術への貢献 2-3.評価者(所属・役職は事後評価時のもの) 研究総括が、領域アドバイザー及び必要に応じて機構が選任する外部の専門家の協力を得て行う。

研究総括 津本 忠治 (独)理化学研究所脳科学総合研究センター シニアチームリーダー

領域アドバイザー 渥美 義賢 (独)国立特別支援教育総合研究所発達障害情報センター センター長(H15、H16 のみ)

岡野 栄之 慶應義塾大学医学部生理学教室 教授 川人 光男 (株)国際電気通信基礎技術研究所脳情報研究所 所長・ATRフェロー(H15 のみ) 小泉 英明 (株)日立製作所 役員待遇フェロー 田中 啓治 (独)理化学研究所脳科学総合研究センター 副センター長 丹治 順 玉川大学脳科学研究所 所長 塚田 稔 玉川大学脳科学研究所 副所長 宮下 保司 東京大学大学院医学系研究科 教授 山鳥 重 前神戸学院大学人文学部人間心理学科 教授

外部評価者 該当なし

9

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2-4.評価対象研究代表者及び研究課題(所属・役職は事後評価時のもの) 添付2に各研究課題の概要を示す。 別添1に、研究課題別事後評価結果を添付する。

採択 年度

研究代表者 所属・役職 研究課題 研究期間

酒井 邦嘉 東京大学大学院総合文化研

究科 准教授 言語の脳機能に基づく獲得メ

カニズムの解明 平成 15 年 10 月 ~平成 21年 3月

櫻井 芳雄 京都大学大学院文学研究科 教授

高齢脳の学習能力と可塑性の

BMI 法による解明 平成 15 年 10 月 ~平成 21年 3月

杉田 陽一 産業技術総合研究所脳神経

情報研究部門 研究グループ長 幼児脳の発達過程における学

習の性質とその重要性の解明 平成 15 年 10 月 ~平成 21年 3月

多賀厳太郎 東京大学大学院教育学研究

科 教授 乳児における発達脳科学研究 平成 15 年 10 月

~平成 21年 3月

中村 克樹 国立精神・神経センター神経

研究所 部長 コミュニケーション機能の発

達における「身体性」の役割 平成 15 年 10 月 ~平成 21年 3月

平成 15 年度

平野 丈夫 京都大学大学院理学研究科

教授 小脳による学習機構について

の包括的研究 平成 15 年 10 月 ~平成 21年 3月

伊佐 正 自然科学研究機構生理学研

究所 教授 神経回路網における損傷後の

機能代償機構 平成 16 年 10 月 ~平成 22年 3月

大隅 典子 東北大学大学院医学研究科

教授 ニューロン新生の分子基盤と

精神機能への影響の解明 平成 16 年 10 月 ~平成 22年 3月

鍋倉 淳一 自然科学研究機構生理学研

究所 教授 発達期および障害回復期にお

ける神経回路の再編成機構 平成 16 年 10 月 ~平成 22年 3月

西条 寿夫 富山大学大学院医学薬学研

究部システム情動科学 教授 情動発達とその障害発症機構

の解明 平成 16 年 10 月 ~平成 22年 3月

平成 16 年度

ヘンシュ貴雄 理化学研究所脳科学総合研

究センター チームリーダー 臨界期機構の脳内イメージン

グによる解析と統合的解明 平成 16 年 10 月 ~平成 22年 3月

北澤 茂 順天堂大学医学部 教授 応用行動分析による発達促進

メカニズムの解明 平成 17 年 10 月 ~平成 23年 3月

小林 和人 福島県立医科大学医学部附

属生体情報伝達研究所 教授 ドーパミンによる行動の発達

と発現の制御機構 平成 17 年 10 月 ~平成 23年 3月

藤田 一郎 大阪大学大学院生命機能研

究科 教授 大脳皮質視覚連合野の機能構

築とその生後発達 平成 17 年 10 月 ~平成 23年 3月

平成 17 年度

和田 圭司 国立精神・神経医療研究セン

ター神経研究所 部長 脳発達を支える母子間バイオ

コミュニケーション 平成 17 年 10 月 ~平成 23年 3月

2-5.事後評価会の実施時期 〔平成 15 年度採択研究課題〕平成 20 年 12 月 9 日(火) 〔平成 16 年度採択研究課題〕平成 21 年 12 月 16 日(水) 〔平成 17 年度採択研究課題〕平成 22 年 12 月 2 日(木) 2-6.HPからの公開 〔平成 15 年度採択研究課題〕http://www.jst.go.jp/kisoken/crest/eval/jigo/200905/2_gakusyu/index.html 〔平成 16 年度採択研究課題〕http://www.jst.go.jp/kisoken/crest/eval/jigo/201005/j16-05/index.html 〔平成 17 年度採択研究課題〕http://www.jst.go.jp/kisoken/crest/eval/jigo/201106/j17-10/index.html

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3.参考 3-1.戦略目標 1.名称 教育における課題を踏まえた、人の生涯に亘る学習メカニズムの脳科学等による解明

2.具体的な達成目標 教育における課題に対して、脳科学をはじめ関係する諸科学による貢献を目指すという観点からの対

話・交流を進めつつ、以下の項目の中で特に社会的要請の強いものを対象に研究を実施する。 なお、ここで言う「教育」とは、人の胎児期を含む生涯を通じた教育、即ち、乳幼児教育、小・中・

高等学校教育、高等教育、高齢者教育、また、職業人を対象とした新たなスキル習得等のための能力開

発や再教育、さらにはリハビリテーション、語学教育、芸術教育、体育等を包含した広義の概念として

取り扱うものである。 ・胎児期・乳児期・幼児期における脳機能発達の解明。特に環境が及ぼす影響、シナプス過剰形成と

刈り込み、可塑性と臨界期・感受期、機能統合、言語発達、髄鞘化と機能発達の関係等の解明 ・児童期・青年期における、教育・学習の方法、記憶や注意のメカニズム、学習の意欲や動機付け、

創造性等に関する脳機能、共感性、学習・行動の障害と脳機能の発達の関係等の解明 ・成人期における、能力開発・再教育の方法と脳機能との発達の関係の解明、及びストレスが脳機能

に与える影響の解明 ・高齢期における、健やかな脳機能の保持及び損傷を受けた脳機能の回復メカニズムの解明 ・上記のための研究・計測方法論の開発 なお、将来的には、これらの研究の成果を踏まえた脳機能と学習メカニズムの関係に関する知見の蓄

積により、育児や学習指導に関する重要な考え方を確立するとともに、教育における課題を踏まえつつ、

成果を育児や教育の現場をはじめとする様々な場に提供することを目指す。 3.目標設定の背景及び社会経済上の要請

IT をはじめとする科学技術の加速度的な発達による生活様式の変化やコンピュータ上でのバーチャ

ル体験の普及、少子高齢化や食生活の変化等、現代社会における生活環境や社会環境は大きく変容して

きている。このような環境の急激な変化を踏まえ、社会経済の発展基盤である人の知性と感性が健やか

に育まれ、人が本来有する能力と個性が適切に発揮できるように、新たな視点からの研究が必要である。 また、これまでは、例えば言語獲得の臨界期・感受期に関連した教育・学習の時期に関する課題や、

学習・行動障害のような教育の現場において生じている問題に対して、児童心理学や教育心理学の知見

及び教育現場において蓄積された知見を活かすことによる取組みがなされてきた。一方で脳科学からの

知見の蓄積が進んできていることから、その蓄積に基づいて、教育関係者が長い経験によって得た暗黙

知を顕在知とすることにより、育児や学習指導に関する重要な考え方が得られると強く期待されている。 このように新たな知識が急速に蓄積されつつある脳に関する研究を、認知科学、心理学、社会学、医

学及び教育に関する研究と架橋・融合し、従来の脳科学や教育学とも異なる新分野の研究として実施す

ることにより、将来に向けて、教育の改善に繋がる可能性が考えられている。 4.目標設定の科学的裏付け 脳の発生初期の神経細胞分化や回路形成メカニズムに関する研究は、分子生物学的手法が非常に有効

なこともあり、我が国でもこの領域の研究は著しく進展し、既に多くの知見が得られている。また、近

年、人を対象とした脳機能の非侵襲計測が可能となり、分子生物学、医学、行動学、心理学、工学等を

基盤とした脳に関する研究の進展と相まって、脳科学は飛躍的な発展を遂げており、教育学、社会学、

医学、言語学等の広範な分野に亘る研究を架橋・融合した研究を進めることが可能な環境が整備されつ

つある。 また、OECD(経済協力開発機構)の CERI(教育研究革新センター)においても、1999 年より「学

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習科学と脳研究(Learning sciences and brain research)」に関するプロジェクトを開始しており、2002年 4 月から着手した第 II 期プロジェクトでは、幅広い分野の専門家により、(1)脳の発達と生涯に亘

る学習(日本による調整)、(2)脳の発達と算術能力(英国による調整)、(3)脳の発達と読み書き能力

(米国による調整)に関する研究ネットワークが構築されている。 5.重点研究期間 平成 15 年度から平成 17 年度までに研究体制を順次整備しつつ、1 研究課題につき概ね 5 年の研究を

実施する。(なお、優れた研究成果を挙げている研究課題については、厳正な評価を実施した上で、研

究期間の延長を可能とする。)

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添付2

研究領域「脳の機能発達と学習メカニズムの解明」 研究課題の概要

(所属・役職は事後評価時のもの) 〔平成 15 年度採択研究課題〕 研究代表者:酒井 邦嘉(東京大学大学院総合文化研究科 准教授) 研究課題 :言語の脳機能に基づく獲得メカニズムの解明 研究課題の概要 本研究では、言語の脳機能に焦点を当て、言語獲得のメカニズムの解明を行います。第一に母語と第二

言語の獲得メカニズムの解明、第二に脳機能に基づく言語獲得の感受性期と、獲得過程における遺伝因

子と環境因子の相互作用の解明、第三に言語教育による脳の可塑性の可視化を行います。これにより、

精神疾患の発症機構の解明と、脳機能に基づく適切な教育方法の提案を行い、脳科学の成果を広く教育

へ応用することを目指します。 研究代表者:櫻井 芳雄(京都大学大学院文学研究科 教授) 研究課題 :高齢脳の学習能力と可塑性の BMI 法による解明 研究課題の概要 行動を制御する覚醒脳のレベルでは、高齢脳の学習能力と可塑性の実態は未だ不明です。そこで本研究

は、高齢脳が本来備えている学習能力と可塑性を引き出し明らかにすることを目指します。そのため、

脳の神経活動が機械を直接操作する BMI(Brain-Machine Interface)を構築し、高齢個体の衰えた運

動出力系を機械出力系に置き換えることにより、研究を行います。本研究の成果は、高齢化社会におけ

る教育の意義や、脳の機能回復を目指すリハビリテーション医学に新たな視点を与えるものと期待され

ます。 研究代表者:杉田 陽一(産業技術総合研究所脳神経情報研究部門 研究グループ長) 研究課題 :幼児脳の発達過程における学習の性質とその重要性の解明 研究課題の概要 本研究では、幼児期の学習の性質及びその重要性の神経学的基盤の解明を目指します。視覚体験の効果

を明らかにするために、実験動物の幼児期に特殊な視覚体験をさせて、その後の発達経過を心理学的方

法で検討します。また、視覚体験の効果を生理心理学的に解明するために、単一細胞活動記録及び組織

学的方法で線維投射様式を明らかにします。これらの成果は、生物学的な基盤に立った教育システムの

開発に多くを資することが期待されます。 研究代表者:多賀厳太郎(東京大学大学院教育学研究科 教授) 研究課題 :乳児における発達脳科学研究 研究課題の概要 ヒトの乳児期初期の行動の発達と脳の発達との関係は、まだほとんど解明されていません。本研究は、

乳児期初期の大脳皮質の機能的発達と、記憶と行動の発達の機構を明らかにすることを目指します。そ

のために、乳児の異種感覚統合、言語知覚、運動による外界との相互作用、記憶の発達に焦点を当てた

行動計測及び脳機能計測の研究を進めます。これによって、動的システム論を拡張した発達脳科学理論

を構築し、科学的な知見に基づく新しい発達観の創造が期待されます。

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研究代表者:中村 克樹(国立精神・神経センター神経研究所 部長) 研究課題 :コミュニケーション機能の発達における「身体性」の役割 研究課題の概要 本研究では、コミュニケーション機能の発達における「身体性」に焦点を当て、脳機能画像研究、臨床

神経心理学研究、認知心理学研究、神経生理学研究、神経生物学研究、行動科学研究、情報工学研究を

組み合わせ、その発達メカニズムの解明を目指します。これにより、子供のコミュニケーション障害の

理解が深まることが期待されます。また、コミュニケーションの発達支援のプログラム開発や、障害児

を対象としたリハビリテーション研究に発展させ、高次機能障害の霊長類モデルの作成を試みます。 研究代表者:平野 丈夫(京都大学大学院理学研究科 教授) 研究課題 :小脳による学習機構についての包括的研究 研究課題の概要 本研究では、小脳シナプス可塑性について、発現・維持・制御の分子機構、また、各シナプス可塑性の

神経回路活動への作用、個体の学習・行動に与える影響を解明することを目指します。分子・細胞レベ

ル、組織・個体レベルの双方から研究を進め、包括的な理解を得ることを図ります。これにより、小脳

による学習機構の解明が進み、ヒトの学習障害の克服や学習方法の改善・改良にとって有用な知見を提

供することが期待できます。

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〔平成 16 年度採択研究課題〕 研究代表者:伊佐 正(自然科学研究機構生理学研究所 教授) 研究課題 :神経回路網における損傷後の機能代償機構 研究課題の概要 神経回路が損傷を受けた場合、残存する回路により機能代償が行われることは経験的に知られています

が、そのメカニズムは不明です。本研究では、霊長類モデルを用いて、脊髄において錐体路の損傷後に

生ずる手指の運動機能回復及び大脳一次視覚野の破壊後に残存する視覚機能の回復について、遺伝子か

らシステムレベルまで解析を行い、その機能的・物質的基盤の解明を目指します。これらの成果はリハ

ビリテーションにおいて新しい方策の開発に繋がるものと期待されます。 研究代表者:大隅 典子(東北大学大学院医学研究科 教授) 研究課題 :ニューロン新生の分子基盤と精神機能への影響の解明 研究課題の概要 本研究では、胎児期から成人に至る脳の発生・発達過程におけるニューロンの新生に影響を与える遺伝

的因子及び環境因子を、分子・細胞レベルから個体レベルまで階層的に解明することを目指します。ま

た、その成果を統合失調症などの精神疾患の遺伝学的情報と統合し、ニューロン新生と精神疾患との関

連について解析します。これらの研究によって、脳の健やかな発達に必要な遺伝的・環境的因子が明ら

かになることが期待されます。 研究代表者:鍋倉 淳一(自然科学研究機構生理学研究所 教授) 研究課題 :発達期および障害回復期における神経回路の再編成機構 研究課題の概要 損傷後の回復期において機能的神経回路の広範な再編成が生じます。この過程は発達期における回路網

の再編成と類似するものがあります。本研究では、発達期における再編成のメカニズムの理解を更に深

めるとともに、急性脳障害後の機能回復期におこる回路再編成機構を明らかにすることを目指します。

さらに、成熟脳損傷後の回復過程に臨界期があるのかモデル動物とヒトにおいて検証します。これによ

って脳障害後の健やかな脳機能回復のための方策に繋がることが期待されます。 研究代表者:西条 寿夫(富山大学大学院医学薬学研究部システム情動科学 教授) 研究課題 :情動発達とその障害発症機構の解明 研究課題の概要 情動はヒトの行動に強い影響を及ぼし、またその異常は深刻な社会問題となっていますが、情動発達の

脳内機構についてはほとんど解明されていません。本研究では、情動の発達及びその障害発症機構を、

基礎医学と臨床医学の両面から、遺伝子、分子、細胞及び行動レベルで総合的に解明することを目指し

ます。その結果、情動の脳内メカニズムの理解が進み、さらに情動障害の発症機構の解明やその治療法

の開発に繋がることが期待されます。 研究代表者:ヘンシュ貴雄(理化学研究所脳科学総合研究センター チームリーダー) 研究課題 :臨界期機構の脳内イメージングによる解析と統合的解明 研究課題の概要 発達脳における学習のメカニズムを理解するためには、発達期神経回路網の可塑性に関する知識、脳の

種々の機能発達における臨界期(感受性期)の正確な理解と臨界期が終了するメカニズムの解明が必要

です。本研究では新しい方法を使い、生きている脳で臨界期の終了過程に生じる神経回路の再編成過程

を可視化することを目指します。これによって、発達脳の学習メカニズム、さらには成人における学習

促進方策の解明が期待されます。

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〔平成 17 年度採択研究課題〕 研究代表者:北澤 茂(順天堂大学医学部 教授) 研究課題 :応用行動分析による発達促進メカニズムの解明 研究課題の概要 自閉症に対して、応用行動分析を用いて早期集中介入を行うと、通常の社会生活ができる迄に「回復」

する症例が報告され、注目を集めています。本研究では、応用行動分析による自閉症治療法を脳科学的

に検証する一方、同じ手法を適用したサルに生理学的研究を行い、応用行動分析による発達促進の脳内

メカニズム解明を目指します。その成果は、自閉症の効果的な治療法、更にはより一般的な発達障害予

防法の開発に繋がることが期待されます。 研究代表者:小林 和人(福島県立医科大学医学部附属生体情報伝達研究所 教授) 研究課題 :ドーパミンによる行動の発達と発現の制御機構 研究課題の概要 ドーパミン神経系は、行動の学習や発達にきわめて重要な役割を果たしていますが、その脳内機構につ

いては未だ明らかになっていません。本研究課題では、広くげっ歯類から霊長類までを対象にした総合

的研究をとおして、ドーパミンによる脳機能発達と行動制御の仕組みを解明することを目指します。本

研究の成果は、現在深刻な社会問題となっている統合失調症や注意欠陥多動性障害など、ドーパミン神

経系の異常に起因すると考えられる発達障害の機構解明に貢献できると期待されます。 研究代表者:藤田 一郎(大阪大学大学院生命機能研究科 教授) 研究課題 :大脳皮質視覚連合野の機能構築とその生後発達 研究課題の概要 ヒトを含む霊長類の大脳皮質連合野は、種々の高次脳機能において重要な役割を果たしていますが、そ

の生後発達過程はほとんど解明されていません。本研究では、霊長類の視覚連合野において、高次情報

処理機能がどのような神経回路によって担われているのか、またこれらの神経回路機能が、生後どのよ

うに発達するのかの解明を目指します。その成果は、高次脳機能の発達や学習に伴う変化のメカニズム

解明に貢献することが期待できます。 研究代表者:和田 圭司(国立精神・神経医療研究センター神経研究所 部長) 研究課題 :脳発達を支える母子間バイオコミュニケーション 研究課題の概要 本研究では、母体由来の生理活性物質を介した母子間のコミュニケーションが胎児・乳児の脳に作用し

てその健やかな発達を促し、生後の適正な行動の獲得などに寄与するという新しい視点に立って、母子

間の物質的コミュニケーションの存在を動物・ヒトで実証し、さらに母体側因子の変動が子供の脳発達

に与える影響を解明することを目指します。これらの成果は、脳発達障害の病因の解明やその予防法の

開発に繋がることが期待されます。

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別紙3

研究領域「精神・神経疾患の分子病態理解に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出」 中間評価(課題評価)結果

1.研究領域の概要 本研究領域は、少子化・高齢化・ストレス社会を迎えたわが国において社会的要請の強い認知・情動

などをはじめとする高次脳機能の障害による精神・神経疾患に対して、脳科学の基礎的な知見を活用し

予防・診断・治療法等における新技術の創出を目指すものである。 具体的には、高次脳機能障害を呈する精神・神経疾患の分子病態理解を基盤として、その知見に基づ

く客観的な診断及び根本治療に向けた研究を対象とする。例えば、生化学的もしくは分子遺伝学的観点

から客観的な指標として利用可能な分子マーカーあるいは非侵襲的イメージング技術など機能マーカ

ーを用いた診断法の開発、遺伝子変異や環境変化などを再現した疾患モデル動物の解析、根本治療を実

現するための創薬に向けた標的分子の探索・同定などが研究対象となる。 なおこれらの研究を進めていく上では、疾患を対象とした臨床研究と脳科学などの基礎研究、精神疾

患研究と神経疾患研究、脳画像などの中間表現型解析研究と遺伝子解析研究など、異なる研究分野や研

究手法の有機的な融合をはかる研究を重視する。 2.中間評価の概要 2-1.中間評価の目的 研究課題毎に、研究の進捗状況や研究成果を把握し、これを基に適切な資源配分、研究計画の見直し

を行う等により、研究運営の改善及び機構の支援体制の改善に資することを目的とする。 2-2.評価項目 (イ)研究の進捗状況と今後の見込み (ロ)研究成果の現状と今後の見込み 2-3.評価者(所属・役職は平成 23 年 4 月現在のもの)

研究領域毎に研究総括が領域アドバイザー、必要に応じて機構が選任する外部の専門家の協力を得て、

研究課題毎に、研究者との面談、研究実施場所での調査等により行う。 研究総括 樋口 輝彦 独立行政法人国立精神・神経医療研究センター 理事長

領域アドバイザー 有波 忠雄 筑波大学大学院人間総合科学研究科 教授 市川 宏伸 東京都立小児総合医療センター 顧問 糸山 泰人 独立行政法人国立精神・神経医療研究センター病院 院長 岡崎 祐士 東京都立松沢病院 院長 梶井 靖 田辺三菱製薬株式会社薬理第一研究所 主席研究員 吉川 潮 神戸大学自然科学系先端融合研究環バイオシグナル研究センター センター長・教授 桐野 高明 独立行政法人国立国際医療研究センター 理事長 服巻 保幸 九州大学生体防御医学研究所・遺伝情報実験センターゲノム機能学分野 教授 御子柴克彦 独立行政法人理化学研究所脳科学総合研究センター シニアチームリーダー 米倉 義晴 独立行政法人放射線医学総合研究所 理事長

外部評価者 小野 晃 独立行政法人産業技術総合研究所 副理事長・つくばセンター所長

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2-4.研究代表者及び研究課題(所属・役職は平成 23 年 4 月現在のもの) 添付3に各研究課題の概要を示す。 今回の中間評価の対象は、平成 19 年度採択研究課題である。(二重線で囲んだ研究課題) 別添2に、研究課題別中間評価結果を添付する。

採択 年度

研究 代表者

所属・役職 研究課題 研究期間

井ノ口 馨 富山大学大学院医学薬学

研究部 教授

恐怖記憶制御の分子機構の理解に

基づいた PTSD の根本的予防法・

治療法の創出

平成 19 年 10 月 ~平成 25年 3月

岩坪 威 東京大学大学院医学系研

究科 教授 アルツハイマー病根本治療薬創出

のための統合的研究 平成 19 年 10 月 ~平成 25年 3月

貝淵 弘三 名古屋大学大学院医学系

研究科 教授 神経発達関連因子を標的とした統

合失調症の分子病態解明 平成 19 年 10 月 ~平成 25年 3月

高橋 良輔 京都大学大学院医学研究

科 教授 パーキンソン病遺伝子ネットワー

ク解明と新規治療戦略 平成 19 年 10 月 ~平成 25年 3月

平成 19 年度

宮川 剛 藤田保健衛生大学総合医

科学研究所 教授 マウスを活用した精神疾患の中間

表現型の解明 平成 19 年 10 月 ~平成 25年 3月

小野寺 宏 国立病院機構西多賀病院 副院長

脊髄外傷および障害脳における神

経回路構築による治療法の開発~

インテリジェント・ナノ構造物と

高磁場による神経機能再生~

平成 20 年 10 月 ~平成 26年 3月

加藤 進昌 昭和大学医学部 教授 社会行動関連分子機構の解明に基

づく自閉症の根本的治療法創出 平成 20 年 10 月 ~平成 26年 3月

小島 正己 産業技術総合研究所健康

工学研究部門 研究グル

ープ長

BDNF機能障害仮説に基づいた

難治性うつ病の診断・治療法の創

平成 20 年 10 月 ~平成 26年 3月

平成 20 年度

祖父江 元 名古屋大学医学系研究科 教授

孤発性 ALSのモデル動物作成を通

じた分子標的治療開発 平成 20 年 10 月 ~平成 26年 3月

井原 康夫 同志社大学生命医科学部 教授

分子的理解に基づく抗アミロイド

および抗タウ療法の開発 平成 21 年 10 月 ~平成 26年 3月

内匠 透 広島大学大学院医歯薬学

総合研究科 教授 精神の表出系としての行動異常の

統合的研究 平成 21 年 10 月 ~平成 27年 3月

西川 徹 東京医科歯科大学大学院

医歯学総合研究科 教授 統合失調症のシナプスーグリア系

病態の評価・修復法創出 平成 21 年 10 月 ~平成 27年 3月

貫名 信行 理化学研究所構造神経病

理研究チーム チームリ

ーダー

ポリグルタミン病の包括的治療法

の開発 平成 21 年 10 月 ~平成 27年 3月

平成 21 年度

水澤 英洋 東京医科歯科大学大学院

医歯学総合研究科 教授 プルキンエ細胞変性の分子病態に

基づく診断・治療の開発 平成 21 年 10 月 ~平成 27年 3月

2-5.中間評価会の実施時期 〔平成 19 年度採択研究課題〕平成 22 年 11 月 22 日(月) 2-6.HPからの公開 平成 19 年度採択研究課題 http://www.jst.go.jp/kisoken/crest/eval/chukan/201103/c19-01/index.html

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3.参考 3-1.戦略目標 1. 戦略目標名

精神・神経疾患の診断・治療法開発に向けた高次脳機能解明によるイノベーション創出 2. 該当する戦略重点科学技術との関係

本戦略目標は、ライフサイエンス分野の戦略重点科学技術の中では「生命プログラム再現科学技術」

に該当する。「分野別推進戦略」において、「ライフサイエンス研究の大きな流れは、ゲノムから細胞、

脳、免疫系などより複雑で高次の機能を統合的に研究する方向性となっている。」とされ、具体的な研

究開発内容として、「脳や免疫機構などの生体の高次調節機構のシステムを理解する研究」が挙げられ

ている。 また、戦略重点科学技術のもう一つの柱である「臨床研究・臨床への橋渡し研究」にも該当する。精

神・神経疾患の予防・治療法や感覚器・運動器疾患による生活の質の低下を防ぐ研究の推進や、幼少期か

らの発達障害、思春期のひきこもり、突発的な攻撃性、反社会的行動など、子どものこころの問題への

対応にとって、本戦略目標の成果は、根幹的な位置を占める。 3. 他の戦略重点科学技術等に比して優先して実施しなければならない理由、緊急性、専門家や産業

界のニーズ ヒトゲノム解析の成果を利用し、精神・神経疾患に関わる遺伝子の探索が世界的に急速に進展してい

る。しかしながら、疾患関連遺伝子情報のみでは、新たな社会的価値や経済的価値を生みだすことはで

きず、精神・神経疾患の予防、診断、治療といった社会・経済的価値を創出するためには、手法、シー

ド化合物等をモデルを用いて検証し、開発コンセプトを確立して、その知財を確保することが必須であ

る。 脳科学研究分野において、基礎研究で得られた疾患関連遺伝子の知見などを医療に結びつけるような

研究開発プロジェクトはわが国ではこれまでほとんど行われていない。一方で、脳科学の基礎的な知見

を活用し、イノベーションにつなげるための研究開発は欧米においても活発となっており、激しい国際

競争が展開されている。認知症・うつ病は高齢者の主要な精神疾患であり、障害調整生存年(DALY)

は総疾病中第4位、2020 年には第2位(15%)になるとされている。世界に例のない高齢化社会を迎

えるわが国として、世界に先駆けて戦略目標として集中的にこの研究課題に取り組むことが重要である。 4.この目標の下、将来実現しうる革新的な成果のイメージ(イノベーション創出の姿。具体例を含め

て)及びその背景、社会・経済上の要請 我が国では、統合失調症、うつ病等精神疾患の受療者は200万人を超え、年間の自殺者は3万人以

上となっている。また、急速に進む高齢化に伴いアルツハイマー病等の神経疾患への対応が重要な課題

になっているが、多くの神経疾患は難病として根本的な治療法がない状態にある。これらの精神・神経

疾患の医療費、介護に関わる経済的負担や労働力減少、社会インフラ整備等による経済的損失は極めて

大きく、その予防、治療法の開発に繋がる成果は、少子・超高齢化社会に突入するわが国の将来像を転

換する大きな一歩となり得る。 一方、昨今、重大な少年事件をはじめとした反社会的行動だけでなく、いじめ、不登校、自殺、学校

生活不適応等を理由とする高等学校の中途退学、ニートやフリーターの問題などが大きな社会問題とな

っている。教育現場におけるいじめ、衝動性などの背後にあると考えられる子どもの情動と社会性の解

明は、現在の我が国において早急に取り組むべき重要課題であると認識されている。認知・情動などの

高次脳機能の解明は、発達障害児に対する教育カリキュラムや支援法の開発につながるイノベーション

が期待できるほか、高度で複雑な作業工程における人間の最適関与、注意力の欠如や疲労などを外部か

ら補助するシステムの開発、ヒューマンインターフェイスを有する機器の開発、感覚器・運動器疾患に

よる生活の質の低下を防ぐ機器等の開発、こころの豊かさを感じられる生活を求める消費者を対象とし

た商品開発、マーケティングなど、産業・教育等経済社会にインパクトを与えるイノベーションに結び

つく成果が期待できる。

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5.戦略事業実施期間中に達成を目指す研究開発目標(イノベーションの源泉となる知識の創出。技術

シーズ。証明を目指す技術概念等) 精神・神経疾患や認知・情動に関連する基礎研究では、例えば一群の遺伝子改変動物モデルの作成に

おいてみられるように、近年のゲノム解読の成果を反映して、その解析例が急激に増大し、国内外にお

いてもリソースの蓄積がなされつつある。 本戦略目標下で行われる研究開発では、高次脳機能に関わる分子あるいは機能マーカーを探索・同定

し、認知・情動の理解や精神・神経疾患の予防・診断・治療に繋がる研究開発を目指す。 具体的には、例えば、精神・神経疾患、認知・情動と関係する遺伝子変異・多型、環境因子等を付与

することによって、ヒトの脳機能変化を一部再現させた動物モデルを作成し、ヒトでは直接検証が困難

な分子マーカーや機能マーカーを検証すること、またはこうしたモデルを利用し、数理モデルやアルゴ

リズムを念頭におきつつ、精神・神経疾患又は認知・情動に関わる分子神経機構の生化学的評価法や非

侵襲機能解析法を開発すること、あるいはヒトで見出されたマーカーを動物モデルで確認することによ

り、精神・神経疾患又は認知・情動を診断・評価する技術を開発すること等が挙げられる。 6.戦略事業実施期間中に達成を目指す研究開発目標の科学的裏付け(関連研究の進捗状況、今後の当

該分野の発展の可能性、優れた研究提案が数多くなされる見込み) 精神・神経疾患と関連した遺伝子変異・多型の同定は、統合失調症の関連遺伝子 DISC1 の発見を初

めとして、急速に進んでいる。また、セロトニントランスポーター遺伝子と養育環境およびストレスの

相互作用、あるいは養育がストレス脆弱性を生み出すエピジェネティック機構の解明なども進んでいる。

さらに、非侵襲計測技術等の進歩に伴い、ヒト脳機能解析の知見が急速に蓄積されてきている。 このような基礎・臨床のライフサイエンス研究者による有用な動物モデルとそれを用いた機能解析に

関する研究成果を、臨床研究に繋がる技術開発に向かわせることにより、当該分野が大きく進展する可

能性が高いと考えられる。 また、我が国では、近年精神・神経疾患関連分子の機能解析や脳機能を評価する脳イメージング研究

も進展しており、これら各所での特筆すべき研究成果が活用される。 7.この目標の下での研究実施にあたり、特に研究開発目標を達成するために解決が必要となる研究上

の課題、留意点、既存の施策・事業等との重複 本戦略目標により、目的性のある研究開発を実施し、イノベーションの源泉となる知識の創出を目指

すために、精神・神経疾患の予防・診断・治療法開発については、「そのモデル自体の機構の解明」のみ

に終わることがないよう、橋渡し研究を目指した研究が必要である。 理研脳科学総合研究センターにおいては、「脳を知る」「脳を守る」「脳を創る」「脳を育む」の4領域

において、脳科学に関する総合的な研究開発を推進しているところであるが、現在行われている多くの

研究は、神経活動や発生過程等における基礎的知見から重要であると個々の研究者が着目している生体

分子から研究を発展させる、いわゆるボトムアップ的な研究領域であり、本目標の骨子となるヒトの脳

機能で近年その生物学的関連性が示されたエビデンスに基づく、いわゆるトップダウン的な研究領域と

は異なるものである。このようなトップダウン的な性質を有する研究領域を有効に進めるためには、モ

デルマウス開発等の実績を有し、その成果を医療や産業応用に結びつけられるビジョンと実行力をもっ

た研究者を広く多様な大学、研究機関等から募り、明確な方針と計画の下で研究開発を実施する必要が

ある。 また、この目標を推進するにあたり、研究推進上及び社会への影響に関する倫理的な側面に配慮する

ことは必要であり、JST社会技術研究開発センターの倫理に関する取組みと連携することが望ましい。

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添付3 研究領域「精神・神経疾患の分子病態理解に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出」研究課題の概要

(所属・役職は平成 23 年 4 月現在のもの) 〔平成 19 年度採択研究課題〕 研究代表者:井ノ口 馨(富山大学大学院医学薬学研究部 教授) 研究課題 :恐怖記憶制御の分子機構の理解に基づいた PTSD の根本的予防法・治療法の創出 研究課題の概要 本研究は、トラウマ記憶そのものを減弱・消去させることにより、外傷後ストレス障害(PTSD)の根本

的な予防・治療法の開発のための基盤構築をはかるものです。動物モデルを用いて恐怖記憶の制御の分

子機構を明らかにし、その知見から得られる動物モデル・トラウマ体験者・PTSD 患者まで一貫した理

論的根拠を基にした PTSD の新規かつ根本的な予防法と治療法の創出を目指します。 研究代表者:岩坪 威(東京大学大学院医学系研究科 教授) 研究課題 :アルツハイマー病根本治療薬創出のための統合的研究 研究課題の概要 本研究は、アルツハイマー病(AD)の分子病態を、病因タンパク質βアミロイド(Aβ)の産生、凝集、ク

リアランスの分子機構に着目して解明し、各段階を改善する新機軸の治療方策を創出するものです。Aβ産生についてはγセクレターゼ、Aβの毒性機構についてはシナプスや樹状突起などの障害を標的と

して、Aβ排出促進療法にも着目します。さらに AD の初期病態を反映するバイオマーカーについて、

実験動物と AD 患者を対比・検証し、新規治療法の実現につなげます。 研究代表者:貝淵 弘三(名古屋大学大学院医学系研究科 教授) 研究課題 :神経発達関連因子を標的とした統合失調症の分子病態解明 研究課題の概要 統合失調症の発症には、遺伝因子と環境因子が関与すると考えられています。発症脆弱性遺伝子が複数

報告されていますが、発症機構は今なお不明です。本研究では統合失調症の分子病態を理解するため、

発症脆弱性因子に結合する分子を同定し、その生理機能や遺伝学的な関与を明らかにします。さらに、

発症脆弱性遺伝子の変異マウスを作成し、病態生理学的、行動学的な解析を行い、新たな予防法・治療

法へと繋げることを目標とします。 研究代表者:高橋 良輔(京都大学大学院医学研究科 教授) 研究課題 :パーキンソン病遺伝子ネットワーク解明と新規治療戦略 研究課題の概要 ドーパミン神経の選択的変性を特徴とするパーキンソン病(PD)は、わが国で 10 万人以上の患者数を数

える重篤な神経変性疾患であり、治療に向けた病因解明は急務です。本研究は、単一および多重遺伝子

変異をもつ PD モデル系(細胞株・メダカ・マウス)を樹立し、小胞体、ミトコンドリア、タンパク質

分解系の複合病態を解明するもので、モデル系を治療の標的分子や神経保護性低分子化合物の探索に利

用して、新規治療法の開発を目指します。 研究代表者:宮川 剛(藤田保健衛生大学総合医科学研究所 教授) 研究課題 :マウスを活用した精神疾患の中間表現型の解明 研究課題の概要 私たちはこれまでに「マウスの精神疾患」と呼んでも過言ではないほどの顕著な行動異常を示す系統の

マウスを複数同定することに成功してきました。本研究では、このような精神疾患モデルマウスの脳に

ついて、各種先端技術を活用した網羅的・多角的な解析を行い、生理学的、生化学的、形態学的特徴の

抽出を進めます。さらに、これらのデータをヒトの解析に応用することによって、精神疾患における本

質的な脳内中間表現型の解明を目指します。

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〔平成 20 年度採択研究課題〕 研究代表者:小野寺 宏(国立病院機構西多賀病院 副院長) 研究課題 :脊髄外傷および障害脳における神経回路構築による治療法の開発

~インテリジェント・ナノ構造物と高磁場による神経機能再生~ 研究課題の概要 急速に発展する幹細胞・iPS細胞技術を用いた脳脊髄疾患の移植医療に期待が集まっていますが、現

行技術では阻害因子に邪魔されて移植細胞が神経線維を伸ばせず、病気で損なわれた機能を回復できま

せん。そこで本研究では、脊髄外傷、パーキンソン病、脳卒中などの疾患を対象として、神経接着分子

や栄養因子を結合したインテリジェント・ナノ磁性体を脳脊髄の目的部位に正確に配置し、それを足場

に神経回路を再構築するという新しい治療技術の開発を目指します。 研究代表者:加藤 進昌(昭和大学医学部 教授) 研究課題 :社会行動関連分子機構の解明に基づく自閉症の根本的治療法創出 研究課題の概要 自閉症の社会相互性の障害は、当事者の社会適応を妨げる最大要因といえるもので、この障害に直接有

効な薬物療法は現在のところありませんが、自閉症をできるだけ早期に診断し、オキシトシンもしくは

関連物質の早期投与により、社会相互性障害の根本的治療方法を確立することを目指します。そのため

に本研究では、末梢血および臍帯血中のオキシトシンほかの濃度や遺伝子の解析、動物実験、成人およ

び幼児での臨床試験と脳画像解析を連携して行います。 研究代表者:小島 正己(産業技術総合研究所健康工学研究部門 研究グループ長) 研究課題 :BDNF機能障害仮説に基づいた難治性うつ病の診断・治療法の創出 研究課題の概要 抗うつ薬は脳由来神経栄養因子(BDNF)機能亢進作用により治療効果を示すと考えられていますが、

抗うつ薬抵抗性を示す難治性うつ病の病態は不明です。本研究では、BDNFの前駆体から成熟体への

プロセッシング障害および分泌障害がうつ病の難治化を引き起こすと想定し、その仮説に基づいたうつ

病の分子病態の解明、血中バイオマーカー検索と脳画像診断法などを用いた難治性うつ病の診断・治療

法の創出を目指します。 研究代表者:祖父江 元(名古屋大学医学系研究科 教授) 研究課題 :孤発性 ALS のモデル動物作成を通じた分子標的治療開発 研究課題の概要 筋萎縮性側索硬化症(ALS)はその90%以上が孤発例ですが、病態の大部分は解明されておらず、根

本治療は見出されていません。本研究では、これまでに孤発性ALS患者の病変組織で見出されてきた

分子イベントを再現する動物モデルを開発し、運動ニューロン変性をもたらす分子病態およびそれを担

う標的分子を明らかにします。そして、これらの病態関連分子を標的とする病態抑止治療法を開発して、

その臨床応用を目指します。

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〔平成 21 年度採択研究課題〕 研究代表者:井原 康夫(同志社大学生命医科学部 教授) 研究課題 :分子的理解に基づく抗アミロイドおよび抗タウ療法の開発 研究課題の概要 本研究は、アミロイド仮説にそってアルツハイマー病の分子的理解を進めるとともに、それに基づく治

療法開発に取り組みます。Aβたんぱく質産生の抑止に関しては、基質特異的な阻害による、副作用の

少ない阻害剤の開発を目指します。また、わが国で新たに発見されたAβ変異を詳細に研究することで、

Aβオリゴマーに関連する病理カスケードの分析を可能とします。さらに、線虫モデルを用いてチュー

ブリンとタウのアンバランスが神経変性を引き起こすという仮説を検証し、抗タウ療法開発の基盤とす

ることを目指します。 研究代表者:内匠 透(広島大学大学院医歯薬学総合研究科 教授) 研究課題 :精神の表出系としての行動異常の統合的研究 研究課題の概要 こころの問題はしばしば行動の異常として現れます。私たちが最新の染色体工学的手法を用いて開発し

た自閉症ヒト型モデルマウスは、従来のモデルとは一線を画すユニークな世界初のモデルです。本研究

では、本モデルをはじめとする発達障害モデルやリズム障害モデルを通して病態解明を行うとともに、

数理モデル解析に基づく非侵襲診断法の開発、環境要因を含めた治療法の基盤開発など、精神行動異常

疾患の統合研究を目指します。 研究代表者:西川 徹(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 教授) 研究課題 :統合失調症のシナプスーグリア系病態の評価・修復法創出 研究課題の概要 高い発症率と難治性を示す統合失調症では、グルタミン酸シナプスの機能異常の関与が推測されていま

す。本研究は、従来のニューロン中心の視点に加え、グリアーシナプス相互作用にも注目し、グルタミ

ン酸シナプス修飾因子のD-セリンがグリアーニューロン間で機能する分子細胞メカニズムと統合失

調症における病態を解明します。さらに、その評価法と修復法を創出することにより、新たな診断・治

療法への展開を目指します。 研究代表者:貫名 信行(理化学研究所構造神経病理研究チーム チームリーダー) 研究課題 :ポリグルタミン病の包括的治療法の開発 研究課題の概要 本質的な治療法のない遺伝性神経変性疾患のポリグルタミン病について、異常たんぱく質凝集の抑制・

分解過程の制御、転写異常などの病態過程の制御の観点からの治療法の開発を目指します。天然物スク

リーニングや化合物ライブラリースクリーニングを、モデル細胞、モデル動物を効率よく利用して行う

とともに、効果のある化合物をもとにケミカルジェネティクスによりその標的分子を同定し、さらにこ

れを制御する薬物・遺伝子治療法の開発を進めます。 研究代表者:水澤 英洋(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 教授) 研究課題 :プルキンエ細胞変性の分子病態に基づく診断・治療の開発 研究課題の概要 小脳プルキンエ細胞(PC)の障害は小脳性運動失調症(SCA)を惹起しますが、いまだその治療法

は確立していません。本研究では、ほぼ純粋にPCの変性をきたす遺伝性SCAを対象として疾患モデ

ルを開発し、オミックス・ケミカルバイオロジーの手法を駆使して、RNA分子発現の異常から個体で

の発症に至る病態経路を解明し、治療戦略を確立します。そして、PC障害や小脳失調全般に適用しう

る治療法・診断マーカーの創出を目指します。

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