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従来の概念を覆す画期的な技術とスタイルを採用した家庭用扇風機 Dyson Air MultiplierTMは,2009 年の発売開始以来,世界中で広く知られるようになり,Time 誌で最高の機器の 1 つとして紹介されるまでになりました.高速な気流を翼型傾斜に沿って流すこの扇風機には,羽根がないだけでなく,家庭用扇風機に伴うバフェッティングと乱流を排除できるという特徴もあります.しかしながら,オリジナルの新しい扇風機を開発して最適化する必要があったため,この扇風機の開発当初,Dyson 社のエンジニアはこれまでの経験が役に立たないという問題に直面しました.また Dyson 社では試作を行って設計を開発していましたが,これが原因でコストと時間の制
約を受けることになり,数百もの設計案を十分に評価できず,新製品を最適化することができないということもありました.しかし,実験テストを補完し,新しい扇風機の開発期間を短縮するためにANSYS 社の流体力学ソフトウェアを導入したところ,1 日に最大10 種類の設計案を評価できるようになりました.
Dyson Air Multiplier のアイデアは,Dyson 社のエンジニアリングチームが Dyson Airblade TMハンドドライヤーをテストしていたときに生まれました.このドライヤーは,400mph の速度で流れる薄い空気層によって手に付いた水を吹き飛ばす機能を備えていますが,
羽根を必要としないDyson Air Multiplier 扇風機
羽根のない新型扇風機流体シミュレーションを利用して革新的な扇風機を設計し,高い評価を獲得Richard Mason(英国 マームズベリー,Dyson 研究設計開発センター,研究・設計・開発マネージャー),Frédéric Nicolas(英国 マームズベリー,Dyson 研究設計開発センター,主席流体力学エンジニア),Robin Pitt(英国 マームズベリー,Dyson 研究設計開発センター,流体力学エンジニア)
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この空気層に周囲の空気の大部分が巻き込まれてしまうという思わぬ作用を伴うものでした.しかし,Dyson 社のチームはこの作用に着目し,新しいアイデアを考え出しました.それは,高速に流れる薄い空気層を形成して,この層に周囲の空気が巻き込まれるようにし(誘因),さらに扇風機から排出される気流とともに大量の空気が流れるようにする(同調)というものです.なお,Dyson Air Multiplier を生み出したこのユニークな手法には,一般的な扇風機に取り付けられている外部の羽根を不要にすると同時に,空気を自然のそよ風のようにスムーズに流すことができるというメリットもありました.
Dyson 社のエンジニアは,羽根のない新しい扇風機を開発するにあたり,インペラーによってユニットの基部に吸い込んでから環状開口部で増幅させた空気を翼型傾斜(風向きを制御する役割を果たす)に沿って流すという基本的な設計コンセプトを策定しました.しかし,この初期設計では,各一次流に巻き込まれる空気の量を表す増幅比が 6 対 1 に過ぎなかったため,完成品を大幅に改善する必要がありました.この場合,従来であれば環状リングの試作品を迅速に作成して設計案を評価していましたが,この方法をとると,各リングの試作に数日,計測と手仕上げに数時間,さらにリングの組
み立てとテストに数日を要し,各設計案の評価に計 2 週間かかったことでしょう.
Dyson 社では以前の開発プロジェクト(電気掃除機やハンドドライヤーなど)でも同様の流体設計上の問題に直面したことがありましたが,今回の扇風機の開発プロジェクトでも,そのときと同様,流体を ANSYS FLUENT でシミュレーションすることによって試作の必要性を排除し,この問題を克服することができました.また,同時に,計算領域全体で流体を可視化して設計を直感的に把握し,製品を迅速に改善することもできました.この計算領域をいくつかのサブ領域に分割できる ANSYS FLUENT では,設計を素早く修正できるほか,環状リングの内部とその周辺のサブ領域に密度の高いメッシュを生成し,この重要な領域の精度を最大限に高めるといったことも可能です.また,ANSYS FLUENT では,修正を加えたサブ領域のみをリメッシュするだけでよいため,1 時間以上かかっていたリメッシュ作業を 10 分程度で終わらせることもできました.
Dyson 社のエンジニアが扇風機の流れモデルの精度を検証した際には,最初に初期プロトタイプのモデルを作成しました.次に,ANSYS FLUENT の k- ε乱流モデルを使用して,各ケースを定常状
扇風機の基部に吸い込まれてから環状リングの隙間から排出された空気に引っ張られて,周囲の空気がスムーズに流れているところ
ANSYS FLUENTを使用したことで,これらの寸法の形状を1日に最大10種類作成して設計とモデリングを行ってから,結果を夜間にバッチ処理することができるようになりました.
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態の 2 次元非圧縮性乱流としてシミュレーションしましたが,この2 次元的手法には,メッシュを簡単に生成できるだけでなく解析時間の短縮も図れるという利点があるものの,流れ場を単純化し過ぎるという欠点もありました.しかし,ANSYS FLUENT では,パフォーマンストレンドを確実に予測し,確認することができるため,安心してシミュレーションを進めることができました.
そのあとには,増幅比を高めて,所定の寸法と消費電力で流れる空気量を最大限に増やすという目標を設定し,一連の設計案を評価しました.パフォーマンスを大きく左右する 3 つの寸法(環状リングの隙間,環状リングの内部プロファイル,外部傾斜のプロファイル)に的を絞って行った評価では,ANSYS FLUENT を使用したことで,これらの寸法の形状を 1 日に最大 10 種類作成して設計とモデリングを行ってから,結果を夜間にバッチ処理することができるようになりました.また,ANSYS FLUENT には,様々な設計案を対象として気流速度と送流量の関係(重要なパフォーマンス指標)を特定できるという大きなメリットもあります.
上の図は,Dyson Air Multiplier のリングの断面に速度の大きさのコンターを表示したもの.リングの内部をゆっくり流れていた空気(ダークブルーとライトブルーのコンター)が翼型傾斜に沿って加速しながら移動し,狭い開口部から排出される様子が分かる(緑色,黄色,赤色のコンター).
この設計プロセスでは,シミュレーションを利用したため,200種類もの設計案を調査する ことができましたが,試作を主要な設計手段として使用していたら,おそらく20種類程度の設計案しか調査できなかったことでしょう.
Dyson 社のエンジニアリングチームは,この設計プロセスが完了するまでの間に,初期のコンセプト設計で 6 対 1 だった増幅比を 2.5倍の 15 対 1 まで高め,Dyson Air Multiplier のパフォーマンスを確実に向上させることができました.また,この設計プロセスでは,シミュレーションを利用したため,200 種類もの設計案を調査することができましたが,試作を主要な設計手段として使用していたら,おそらく 20 種類程度の設計案しか調査できなかったことでしょう.なお,このチームが物理テストを実施して最終的な設計案を評価したところ,その結果とシミュレーション解析の結果がほぼ一致しました.
現在,Dyson Air Multiplier は,多くの評論家から高い評価を受け,市場で大きな成功を収めています.ANSYS 社のシミュレーションソフトウェアは,設計のパフォーマンスを最大限に高めると同時にプロトタイプを削減し,この成功に大きく貢献しました.■
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