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1 目次 はじめに................................ .1 第1章 スイスの原子力政策の動向 ............ 2 1.1990年採択モラトリアム............ 2 2.2003年投票予定の2つのイニシャティブと 政府の対抗法案 ...................... 2 3.Nidwalden 州の州民投票の結果 .......... 4 第2章 スイスの原子力発電の現状 ............ 5 1.スイスのエネルギー需給の動向 .......... 5 2.スイスの原子力発電所の現状........... 12 3.スイスの核燃料サイクルへの取り組み.... 14 4.原子力発電所の廃炉への取り組み ....... 14 第3章 スイスの放射性廃棄物処理処分の現状 . .14 1.スイスの放射性廃棄物の発生量と処理処分の現 ............................... 14 2.NAGRA ............................. 17 第4章 スイスの原子力保安規制の枠組み...... 19 1.歴史的経緯 ........................ 19 2.個別の規制内容 ..................... 19 3.連邦政府の組織の概要................ 20 第5章 スイスの原子力研究開発............. 23 1.スイスの原子力研究開発予算........... 23 2 . PSI ( ポ ー ル シ ェ ー レ 研 所 :Paul -Scherrer Institute ....................... 23 最終章 ................................ .24 はじめに スイスは、面積がほぼ九州と同じで、人口が約70 0万人と神奈川県とほぼ同じ規模の小さな国家である とともに、日本や米国のような大規模な産業もあまり 存在しない国である。 一 方 で 、 I M D ( International Institut Management Development )の世界競争力ランキングで は常に上位に位置し、秘密銀行法で有名な金融の分野 では世界に冠たる銀行が存在するとともに、バイオや ナノテクなどの先端分野では世界トップクラスという 小さいながらもユニークな国家でもある。 また、永世中立という国策の元で、皆国民徴兵制度 を有し、自前の軍隊を有するなど安全保障に関しても 特徴的な取り組みが行われており、極力自立しうる国 家を目指してきている。 こういった背景もあり、スイスは安全保障の観点か らもエネルギーの自国内供給に努めてきており、幸い、 産業規模もさほど大きくないこと、氷河からの豊富な 流水による水力発電が大きいことから、かなりの電力 を自前で供給できてきた。しかしながら、近代の電力 需要の増大に対しては、全てを水力でまかなうわけに も行かず、このような観点から、原子力発電を推進し てきており、現在では、全発電量の約40%を原子力 でまかなっている。 もちろん、日本や、米国、フランスほどの電力需要 が存在しないことから、原子力発電の規模自体は、比 較にならないほど小さく、自前の燃料濃縮、再処理、 加工産業を有しているわけではないが、アルプス造山 地帯を利用して、放射性廃棄物の処理技術開発を積極 的に進めるなど、隠れた原子力大国でもある。 一方、スイスは、政治形態としてもユニークな国民 投票制度有しており、それによって、しばしば、連邦 レベルで想定されている方向とは異なった方へ意志決 定がなされることがある。スイスの国際連合加盟は何 度も国民投票で否決された後、2002年の国民投票 SWITZERLAND スイスの原子力政策の現状と 今後の動向 〈ジェトロ・ジュネーブ・事務所〉 2003/, No.445

スイスの原子力政策の現状と SWITZERLAND 今後の動向 · ブも提案し、同じく10万人以上の署名を集めてイニ シャティブとして成立した。

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Page 1: スイスの原子力政策の現状と SWITZERLAND 今後の動向 · ブも提案し、同じく10万人以上の署名を集めてイニ シャティブとして成立した。

1

● 目次

はじめに................................. 1

第1章 スイスの原子力政策の動向............ 2

1.1990年採択モラトリアム............ 2

2.2003年投票予定の2つのイニシャティブと

政府の対抗法案 ...................... 2

3.Nidwalden 州の州民投票の結果 .......... 4

第2章 スイスの原子力発電の現状............ 5

1.スイスのエネルギー需給の動向.......... 5

2.スイスの原子力発電所の現状........... 12

3.スイスの核燃料サイクルへの取り組み.... 14

4.原子力発電所の廃炉への取り組み ....... 14

第3章 スイスの放射性廃棄物処理処分の現状 .. 14

1.スイスの放射性廃棄物の発生量と処理処分の現

状 ............................... 14

2.NAGRA............................. 17

第4章 スイスの原子力保安規制の枠組み...... 19

1.歴史的経緯 ........................ 19

2.個別の規制内容 ..................... 19

3.連邦政府の組織の概要................ 20

第5章 スイスの原子力研究開発............. 23

1.スイスの原子力研究開発予算........... 23

2.PSI (ポールシェーレ研所:Paul-Scherrer

Institute) ....................... 23

最終章 ................................. 24

はじめに

スイスは、面積がほぼ九州と同じで、人口が約70

0万人と神奈川県とほぼ同じ規模の小さな国家である

とともに、日本や米国のような大規模な産業もあまり

存在しない国である。

一方で、IMD(International Institute for

Management Development)の世界競争力ランキングで

は常に上位に位置し、秘密銀行法で有名な金融の分野

では世界に冠たる銀行が存在するとともに、バイオや

ナノテクなどの先端分野では世界トップクラスという

小さいながらもユニークな国家でもある。

また、永世中立という国策の元で、皆国民徴兵制度

を有し、自前の軍隊を有するなど安全保障に関しても

特徴的な取り組みが行われており、極力自立しうる国

家を目指してきている。

こういった背景もあり、スイスは安全保障の観点か

らもエネルギーの自国内供給に努めてきており、幸い、

産業規模もさほど大きくないこと、氷河からの豊富な

流水による水力発電が大きいことから、かなりの電力

を自前で供給できてきた。しかしながら、近代の電力

需要の増大に対しては、全てを水力でまかなうわけに

も行かず、このような観点から、原子力発電を推進し

てきており、現在では、全発電量の約40%を原子力

でまかなっている。

もちろん、日本や、米国、フランスほどの電力需要

が存在しないことから、原子力発電の規模自体は、比

較にならないほど小さく、自前の燃料濃縮、再処理、

加工産業を有しているわけではないが、アルプス造山

地帯を利用して、放射性廃棄物の処理技術開発を積極

的に進めるなど、隠れた原子力大国でもある。

一方、スイスは、政治形態としてもユニークな国民

投票制度有しており、それによって、しばしば、連邦

レベルで想定されている方向とは異なった方へ意志決

定がなされることがある。スイスの国際連合加盟は何

度も国民投票で否決された後、2002年の国民投票

SWITZERLAND

スイスの原子力政策の現状と 今後の動向

〈ジェトロ・ジュネーブ・事務所〉

2003/4, No.445

Page 2: スイスの原子力政策の現状と SWITZERLAND 今後の動向 · ブも提案し、同じく10万人以上の署名を集めてイニ シャティブとして成立した。

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でようやく可決されたものである。スイスの欧州連合

参加は当面可決される見通しにはない。電力自由化政

策も、欧州での自由化の進展度合いと比較して、当然

スイスでも推進すべきでありそれがスイスにメリット

をもたらすと思われていたものが、米国のエンロン破

綻等の影響を受けて、2002年の国民投票で否決さ

れた。

原子力政策についても、スイスにおいては、この国

民投票制度と相まって、様々な取り組み、意志決定が

なされており、その概要についてレポートする。

第1章 スイスの原子力政策の動向

まずは、最初にスイスの最近の原子力政策の動向に

ついて、その概要を説明する。

特に、スイスは国民投票で国の重要政策を決定する

とともに、連邦国家であり、州の権限が強く、州の政

策も州民投票にかけられる傾向があることを念頭に置

く必要がある。

1.1990年採択モラトリアム

旧ソ連で発生した史上最悪のチェルノブイル原子力

発電所事故は、スイスの原子力政策にも多大な影響を

及ぼし続けている。

それまでは、スイス国民も原子力の平和利用に肯定

的であり、総発電量の40%を原子力でまかなうとい

うことに賛成であったが、チェルノブイル事故以降、

国民から原子力そのもののあり方についての議論が巻

き起こり、1990年9月に、国のエネルギー政策に

関し、以下の3つのポイントについて国民投票が行わ

れた。

① 原子力エネルギーからの段階的な脱却に関する国

民イニシャティブ

② 新規の原子力発電所建設の10年間凍結に関する

国民イニシャティブ

③ 連邦政府に省エネルギー促進の責任を与える憲法

改正に関する政府提案

国民イニシャティブとは、10万人以上の署名を集

めて国策を提案するスイス独特の手続で、国民投票に

かけられ、その賛否が問われる。

上記の国民投票では、2つのイニシャティブが国民

から提案され、一つの政府の提案が投票にかけられた

が、①の脱原発は52.9%の反対で否決され、②の

10年間のモラトリアムは54.6%の賛成で採択さ

れ、③の省エネ政策も71%の賛成で採択された。

これにより、1990年9月から、スイスは新規の

原子力発電所立地を停止するモラトリアム期間に入っ

た。

本モラトリアムは、2000年9月で終了しており、

現在、スイスでは次のステップについて、議論が継続

されている状況にある。

2.2003年投票予定の2つのイニシャティ

ブと政府の対抗法案

上述の1990年モラトリアムの2000年での失

効を受けて、スイス国内では、新たな国民イニシャテ

ィブの提案が出されるとともに、新規立地の道を開き

たい政府の新法案が準備されつつあるなど、動きが活

発になりつつある。

(1)国民イニシャティブ:モラトリアム - プラス

(MORATOIRE-PLUS)

モラトリアム - プラスは、1998年3月に、

"Strom ohne Atom" (英語で "Electricity without

Atom")という反原子力団体の主導で提案され、10万

人以上の署名を集めて成立した。

その主な内容は以下の通り。

・ 同イニシャティブ採択後10年間の新規原子力発

電所、その他原子力施設の立地の許可停止

・ 同イニシャティブ採択後10年間の既存の原子力

発電所、その他の原子力施設の容量の拡大の許可

停止

・ 医療目的以外の R&D 用原子炉の許可停止

・ 原子力発電所が40年を超えて使用する場合には、

国民投票に図る。10年以上の供用期間の延長は

認めない。

・ 電力供給の際のエネルギー源の表示

1990年モラトリアムが単に新規原子力発電所建

設の停止だったのに比べ、今回は発電所の供用期間に

限定を設けるなどより厳しい内容になっていると言え

る。

連邦内閣は、本イニシャティブについて、否決すべ

きであるとの意見書を添付して議会に送付した。

本イニシャティブは、議会で議論され、2002年

12月に下院(National Council)で109対67、

上院(Council of States)で35対6で否決された。

Page 3: スイスの原子力政策の現状と SWITZERLAND 今後の動向 · ブも提案し、同じく10万人以上の署名を集めてイニ シャティブとして成立した。

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否決されたからといって、本イニシャティブが消え

るわけでも国民投票にかけられなくなるわけでもなく、

あくまで、国民投票の際の国民の判断の一つの参考と

なるのみであることに留意が必要である。

(2)国民イニシャティブ:ソルティドゥニュークレ

ール(SORTIR DU NUCLEAIRE(脱原子力))

上記と同じ反原子力団体によって、同じく1998

年に"Sortir du nucleaire"(脱原子力)イニシャティ

ブも提案し、同じく10万人以上の署名を集めてイニ

シャティブとして成立した。

このイニシャティブは、よりラディカルでドラステ

ィックな内容を含んでいる。その主な内容は以下の通

り。

・ 同イニシャティブ採択後2年以内にベツナウ及び

ミュールンベルグの原子炉を停止

・ ゴスゲン及びライブシュタットゥの30年での供

用停止 (ゴスゲンは2008年、ライブシュウ

タトゥは2014年)

・ 原子力発電所の停止と廃炉にかかる費用は所有者

と管理者が負担

・ スイス内で発生した放射性廃棄物の処分に関し、

国民投票も含めより厳格な規制の適用

・ 非原子力によるエネルギー供給

・ 原子力エネルギーによる電力の輸入禁止

特に、原子力発電所停止による経済的影響は大きい

と見積もられている。モラトリアム - プラスによる廃

炉費用は約14億スイスフランであるが、ソルティドゥニュ

ークレールでは28億スイスフランに膨らむと見積もられて

いる。

連邦内閣は、2001年2月に、

・ 脱原子力は、経済の失速を招く

・ 原子力発電起源の電力の輸入の禁止は不可能

との意見を伏して、議会に送付した。

本イニシャティブも同様に議会で議論され、200

2年10月に下院(National Council)で108対6

3、上院(Council of States)で36対5で否決された。

本イニシャティブもモラトリアムプラスとともに、

2003年5月に国民投票にかけられる予定となって

いるところである。

(3)スイス連邦政府による新原子力法案の提案

上述のイニシャティブに対し反対し、国民に反対投

票することを勧告するだけでは、もちろん十分ではな

いことから、連邦内閣は、独自のカウンタープロポー

ザルを準備し、2001年2月に公表した。

連邦内閣、及び、連邦政府は、新たな原子力施設の

設置手続、廃棄物処理施設の手続き等を定めた LENu

(Loi sur l'energie nucleaire : Law for Nuclear

Energy : 新原子力法)を提案している。

その内容については、2003年1月~3月に開催

されたスイス議会の春の開会期間中も様々な議論がな

されたようであるが、重要な論点は以下の2点に集約

されるものと考えられる。

○使用済み燃料の再処理目的のための輸出の取り扱い

スイスは、現在、国内再処理施設を有しておらず、

使用済み燃料の再処理をイギリスとフランスの再処

理施設に委託している。この再処理を継続するか否

かが議論の一つのポイントである。

もともと、新原子力法案では、第9条で、使用済

み燃料の再処理のための輸出を禁ずる旨の条文があ

ったが、議会での議論の結果、本禁止条項は削除さ

れ、輸出先国の NPP 条約加盟、輸出先国の承認、抽

出されたプルトニウムの全面的な燃料使用の保証等

の条件下での輸出の許可の規定に修正された。

現在、スイスは、核燃料サイクル方式とワンスス

ルー方式の両方を併用している。

ベツナウとゴスゲンの発電所は、再処理事業者と

の契約を有しており、両発電所では MOX 燃料(Mixed

oxide fuel)を炉心に装荷している。特にゴスゲンは

全炉心が再処理で生成された燃料である。再処理で

得られたウランの一部は、ロシアに送られ、解体さ

れた核兵器のウランと混合されて燃料となっている。

燃料加工は、ドイツで実施している。

ミュールンベルグは、再処理のプルトニウムの部

分のみを MOX 燃料として炉心に装荷している。再処

理ウランについては、米 DOE(U.S. Department of

Energy)と取り引きしており、再処理ウランを米国に

送って、新しいウランを入手している。

一方で、再処理しない使用済み燃料については、

最終処分の前に ZWILAG に中間貯蔵することとして

おり、既に、搬入が開始されている。

議会での修正の前に、旧9条に関し、FOE(Federal

Office of Energy)の原子力担当課にインタビューを

したところ、以下のような回答であった。

・ 第9条は、新原子力法の一つのポイントである

ことは確かであり、この条文が今後とも残るか

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どうかは不明である。

・ しかしながら、第9条の規定振りにかかわらず、

電力会社はワンススルー方式を選択する方向に

向かっているように思われる。

・ ゴスゲンは、再処理の契約を最近更新したが、

ミュールンベルグは契約自体が無く、今後は、

使用済み燃料を ZWILAG に搬送する予定。

・ 再処理は、発電所にとっては一つのオプション

であり、本質的なモノではない。

○各州の意見照会に係る手続に関する論点

従来の原子力法の下では、本報告書第4章「スイ

スの原子力保安規制の枠組み」でも詳細に述べるが、

スイス連邦政府の権限が強く、原子力施設の一般許

可、建設・運転許可の手続は、連邦政府、連邦内閣、

及び議会で実施され、国民投票及び州民投票に付託

されることとはならない。

しかしながら、州との関係をどのように規定する

かが、新原子力法案でも議論となった。

もともと、法案の第43条には、深層処理施設の

一般事業許可には、地下利用に関する受入州の承認

を伴う旨の規定がなされていた。

しかしながら、議会での議論の結果、本条文は第

44条として、深層処理施設の受入州、及び、近隣

州と調整を行うとの規定に修正され、州への拒否権

の付与は削除された。

連邦政府は、旧43条では、放射性廃棄物処理施

設の一般許可については州の承認が必要と規定され

ており、逆に言うと、州に拒否権があることとなる

ことから、それが、施設の建設に強い障害となるこ

とを危惧していた。FOE は第9条よりも、本手続規

定について、強い関心を寄せていたが、それが、議

会で修正されたものである。

以上が、新原子力法の主な論点であるが、もともと

本法案は、上記2つのイニシャティブのカウンタープ

ロポーザルとして準備され、同時に国民投票にかける

ことを予定していたが、議会でも議論が収束せず、法

案の決定が遅れている。従って、イニシャティブは2

003年5月に国民投票にかけられるが、法案は20

03年か2004年に国民投票にかけられる予定とな

っている。

なお、2003年5月の国民投票で、モラトリアム

プラスが可決された場合には、供用期間の延長、国民

投票手続規定を加えるなど、新法案は修正を余儀なく

され、ソルティドゥニュークレールが可決された場合

には、新たな原子力発電所設置の手続などは不要にな

ってしまうことから、新法案は提出できなくなること

が予想されている。

3.Nidwalden 州の州民投票の結果

2002年9月に Nidwalden 州の州民投票が行われ、

低中レベル放射性廃棄物の深層処分地点として候補と

なっているWellenbergでの地層調査のための試掘ボー

リング許可に関して、57.5%で拒否された。

これにより、Wellenberg での深層処分施設は、数年

間はストップすることとなった。

NAGRA(National cooperative for the disposal of

radioactive waste)は、1993年に、広範囲な調査

の結果は低中レベル放射性廃棄物の深層処分地点とし

て、Nidwalden 州 Wellenberg が適当であると提案した。

そして、調査のための試掘ボーリングと、処分場の建

設の両方を同時に申請した。しかしながら、Nidwalden

州の有権者は、1995年に州政府の勧告に反対投票

を投じた。これを受けて、1998年まで、州政府と

話し合いがもたれ、試掘ボーリングと建設許可を分け

て提出するという修正コンセプトが提案され、200

0年に Nidwalden 州政府は歓迎の意向を表明した。

しかしながら、この提案に対しても、Nidwalden の

有権者は反対を投票したものである。

これに関し、上述したように、原子力施設の手続は、

憲法上基本的に連邦政府と連邦議会に権限があり、州

政府には拒否権がないとの見解であった。

現に、原子力発電所については、政治的なプレッシ

ャーは別として、手続上は、州政府に拒否権はない。

しかしながら、Nidwalden の州民は、大昔の水資源

利用と鉱山に関する州法を持ち出し、試掘ボーリング

であっても地中のものを掘削し持ち出すので、廃棄物

処分施設にも適用され、州の権限下にあると主張し、

1993 年の州憲法の改正により住民投票が前提となって

いた。これは、現在の連邦法と矛盾するものであるが、

州法は例え連邦法と矛盾する場合でも優先権があり、

議会もこの州法を受け入れたものである。

上記のように、もともと、新法案第43条には、

Nidwalden での州民投票を追認する形で規定が明記さ

れていた。連邦政府としては、この条項は削除したか

ったようであるが、Nidwalden への悪影響を考慮して削

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除要求をしてこなかったところ、そのまま、政府のプ

ロセスを経て議会に提出されたとのことであった。

しかしながら、前述のように、本条項は修正され、

州政府の拒否権は法案上はなくなった形となっている

が、それでは、Nidwalden 州の州民投票が無効になるわ

けではなく、州民投票が影響力を持つ事実は変わりが

ないことが予想される。

特に、Nidwalden 州の対応は、他の州にも広がりつ

つあり、幾つかの廃棄物処分施設の候補地を有する

Zurich 州においても、Nidwalden 州のような州法を制

定しようという動きが出てきているところである。

第2章 スイスの原子力発電の現状

1.スイスのエネルギー需給の動向

(1)長期的なスイスのエネルギー消費動向

スイスのエネルギー消費は、長期的には、〈表1〉及

び〈図1〉のように推移してきている。

〈表1〉スイスのエネルギー消費量の長期的推移(1930~2000)

YEAR 年 最終消費量 [TERA-JOULES]

年増加率(%) 増加指数 [1930 = 100]

1930 130,480 100.00

1940 128,050 - 0.10 98.14

1950 167,700 3.10 128.52

1960 294,540 7.56 225.74

1970 586,050 9.90 449.15

1980 680,500 1.61 521.54

1990 786,140 1.55 602.50

2000 855,290 0.88 655.50

One tera-joule[TJ] is the equivalent of approximately 24 tons of oil-based fuel or propellant, i.e. approximately 0.3 million kW.

(出典:"Statistique globale suiss de l'energie 2001" published by the Swiss Federal Office of

Energy, in August 2002)

〈図1〉スイスのエネルギー消費量の長期的推移(1930~2000)

Page 6: スイスの原子力政策の現状と SWITZERLAND 今後の動向 · ブも提案し、同じく10万人以上の署名を集めてイニ シャティブとして成立した。

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このように、スイスのエネルギー消費は、第2次世

界大戦の一時期を除き、常に増加傾向にあるが、最近

の10年間は、経済の後退、環境問題意識の高まり等

を受けて、消費量の増加は緩やかになってきている。

(2)短期的なエネルギー消費動向

1990年以降の最近12年間のエネルギー消費動

向は、激しい景気後退の影響を受けて、〈表2〉及び〈図

2〉のようにかなり緩やかになってきている。

しかしながら、このような状況に置いても、エネル

ギー消費量は継続して伸びてきており、この傾向は、

将来的にも継続するものと予想されている。

〈表2〉スイスのエネルギー消費量の短期的推移(1990~2001)

YEAR 年 最終消費量 [TERA-JOULES]

年増加率 % 増加指数 [1990 = 100]

1990 786,140 100.00 1991 822,450 4.62 104.62 1992 827,240 0.58 105.23 1993 803,070 - 2.92 102.15 1994 788,490 - 1.88 99.79 1995 811,090 2.87 103.17 1996 829,960 2.32 105.57 1997 824,980 - 0.60 104.94 1998 847,090 2.68 107.75 1999 861,770 1.73 109.62 2000 855,290 - 9,75 108.80 2001 872,630 2.03 111.00 One [1] tera-joule is the equivalent of approximately 24 tons of oil-based fuel or propellant, i.e. approximately 0.3 million kW.

(出典:"Statistique globale suisse de l'energie 2001" published by the Swiss Federal Office of Energy,

in August 2002)

〈図2〉スイスのエネルギー消費量の短期的推移(1990~2001)

Page 7: スイスの原子力政策の現状と SWITZERLAND 今後の動向 · ブも提案し、同じく10万人以上の署名を集めてイニ シャティブとして成立した。

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(3)エネルギー源の推移

上記のように、長期的にも、短期的にもスイスのエ

ネルギー消費量は継続的に増加してきているが、もう

一つの側面としては、エネルギー構成の変化が挙げら

得る。

スイスにおいても、日本や米国と同様に、生活の質

の向上、モータリゼーションの進展、環境対策等々の

諸要因により、石炭、木材を主体としたエネルギー源

から石油、電力への依存度が高まってきている。

〈表3〉及び〈図3〉はその推移を示しているが、

厳密に1次エネルギー別にはなっていないことに留意

が必要である。

〈表3〉エネルギー消費量の中のエネルギー源構成割合の推移

YEAR 年 1930 1940 1950 1960 1970 1980 1990 2000

石油製品 7.7 8.2 25.5 51.1 77.6 71.8 63.7 59.7 電力 9.8 15.3 19.0 19.4 15.4 18.6 21.3 22.0 ガス 2.7 3.3 2.2 1.4 1.1 4.5 8.1 11.1 木材 14.8 18.1 13.0 4.9 1.7 1.4 2.2 2.3 廃棄物 ---

---- ---- ---- ---- ---- 0.5 1.1 1.8

熱供給 --- --- --- --- --- 1.2 1.3 1.6 石炭 65.0 55.1 40.3 23.2 4.2 2.0 1.8 0.7 その他の再生可能エネルギー(バイオマス、太陽光、風力等)

--- --- --- --- ---- ---- 0.5 0.7

Total, in % 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0

(出典:"Statistique globale suisse de l'energie 2001" published by the Swiss Federal Office of Energy,

in August 2002)

〈図3〉エネルギー消費量の中のエネルギー源構成割合の推移

Page 8: スイスの原子力政策の現状と SWITZERLAND 今後の動向 · ブも提案し、同じく10万人以上の署名を集めてイニ シャティブとして成立した。

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(4)スイスの電力構成

スイスは、氷河という豊富な水源を有し、山岳部が

多いという水力発電に適した地理的条件を有している。

日本と同様、資源らしい資源を有さないことから、当

然水力発電が主体の電力構成となっている。

また、永世中立国という歴史的、国際政治的な位置

付けから、国民の安全保障への意識は高く、電力に関

しては、極力国内で供給するという政策のもと、原子

力発電も積極的に推進してきたことから、原子力発電

の占める割合も高いものとなっている。

スイスの電力構成は〈表4〉及び〈図4〉の通りで

あるが、水力が約60%、原子力が約40%となって

いる。

〈表4〉スイスの電力構成

ELECTRICITY IN SWITZERLAND: PRODUCTION, IMPORT-EXPORT AND CONSUMPTION IN 2001

YEAR 年 2001 2000 2001 vs. 2000

2001 2000

Unit

GWh % %

発電電力 - 水力発電 42,261 37,851 11.70 60.20 57.90 - 原子力発電 25,293 24,949 1.40 36.00 38.20 - 火力発電 2,620 2,548 2.80 3.70 3.90

総発電電力量(グロス) 70,174 65,348 7.40 100.00 100.00 - 揚水発電 1,947 1,974 -1.40 2.80 3.00

総発電電力量(ネット) 68,227 63,374 7.70 97.20 97.00 - 電力輸出 68,407 46,990 45.60 + 電力輸入 57,963 39,920 45.20

総消費電力量 57,783 56,304 2.60 82.30 86.20 - 送電ロス 4,034 3,931 2.60 6.00 6.00

最終消費電力量 53,749 52,373 2.60 76.60 80.20 - 家庭用 16,080 15,727 2.90 29.90 30.00 - 第一次産業用 1,019 991 2,80 1.90 1.90 - 第二次産業及び運輸 18,351 18,079 1.50 34.10 34.50 - 第三次産業用 14,002 13,405 4.50 26.20 25.60 - 電車等運輸サービス業 4,297 4,171 3.00 8.00 8.00

(出典:"Electricity in Switzerland 2001" published by USC(Union des centrales suisses d'electricite))

〈図4〉スイスの消費電力構成

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(5)スイスの長期エネルギー見通し

スイス電力会社連合(AES : Association of Swiss

Electric Companies)が2030年までの長期電力需

給予測をまとめ、1995年に発表している。

この長期予測において、需要予測には、

・ 経済成長

・ 新技術

・ 人口増加

・ 高齢化

等のファクターを考慮して計算された。また、当然こ

れらの予測は、不確定要因が大きいことから、高需要

予測と低需要予測の2段階の計算を実施している。

一方、供給予想においては、以下の前提が設定され

ている。

・ 水力発電の供給は、可能性のある地点はほぼ既に

建設済みであるので、大幅な増加は見込まれない。

・ 風力や太陽光などの再生可能エネルギーは、まだ

主要な電源とはなり得ず、その容量は将来におい

ても小規模なものにとどまる。

・ 石油等の化石燃料を用いる火力発電は、地球温暖

化問題、及び、エネルギー安全保障の観点から、

導入は見込まれない。

・ 1969年から1984年に建設された5基の原

子炉は、40年の供用期間を経過した後運転を停

止する。新たな原子力発電所の建設は、スイスで

は政治的に困難との想定のもと、新規の建設は見

込まない。

・ 国外の原子力発電所からの電力輸入の権利は20

10年以降急速に減退する。(これらの権利は、ス

イスが国外の原子力発電所の建設に財政的に参加

していることから発生しているため。)

その計算結果は、〈表5〉、〈図5-1〉、〈図5-2〉

の通りである。なお、スイスでは、水力発電の年間デ

ータは、10月から9月までとなっており、従って、

以下の表も年をまたいでいることに留意されたい。こ

の予測によれば、高需要の場合には2012~201

3年に電力需要が供給を上回り、低需要の場合でも2

018~2019年に電力ショートを起こすこととな

り、将来の電力需給に関し、強い警告を発しているも

のとなっている。

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〈表5〉スイスの電力需給長期予測(2002年~2030年)

(出典:スイス電力会社連合の長期電力需給予測(1995))

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〈図5-1〉長期電力需給(低需要)

〈図5-2〉長期電力需給(高需要)

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2.スイスの原子力発電所の現状

スイスでは、現在、4原子力発電所、5基の原子炉

が稼働している。

スイスは、内陸国であり、海に面していないことか

ら、原子力発電所は河川を冷却水に使用している。ス

イスでは、全ての原子力発電所が、Aar 川(ライン川の

支流)に位置している〈図6参照〉。

以下に、各原子力発電所について概観する。

(1)ベツナウ(Beznau)発電所(1号機、2号機)

位置 アールガウ州(Canton Argau) CH-5312 Dottingen

型式 ベツナウ1号、2号ともPWR(加圧水型原子炉)

出力 ベツナウ1号、2号とも36万5千kW(合計73万kW)

供用開始時期 1号機は1969年、2号機は1972年3月

所有者 NOK (Nord-Ostschweizerische Kraftwerk)(電力会社:本社バーデン)

運転者 NOK (Nord-Ostschweizerische Kraftwerk)(電力会社)

建設者 Westinghouse 社、及び、Swiss Brown Boweri AG(現在のABB社)

その他 1号機は近隣の 2000 世帯以上に熱供給サービスを実施

(2)ミュールベルグ(Muehleberg)発電所

位置 ベルン州(Canton Berne) CH-3203 Muehleberg

型式 BWR(沸騰水型原子炉)

出力 35万5千kW

供用開始時期 1972年11月

所有者 BKW FMB Energie AG(電力会社:本社ベルン)

運転者 BKW FMB Energie AG(電力会社:本社ベルン)

建設者 GE 社、及び、Swiss Brown Boweri AG(現在のABB社)

その他

(3)ゴスゲン(Goesgen)発電所

位置 ゾロトゥルン州(Canton Soleure/Solothutn) CH-4658 Daniken

型式 PWR

出力 97万kW

供用開始時期 1979年11月

所有者 以下の出資比率によるコンソーシアム

- 35% ATEL Aar et Tessin d’electricite SA, Olten(電力会社)

- 25% NOK , Baden(電力会社)

- 15% City of Zurich

- 12.50% CKW Centralschweizerische Kraftwerke, Luzern(電力会社)

- 7.50% City of Berne

- 5% SBB/CFF Swiss Railways Company

運転者 ATEL Aar et Tessin d’electricite SA(電力会社:本社 Olten)

建設者 Siemens 社(現在補修点検等は Framaton 社が実施)

その他

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(4)ライブシュタットゥ(Leibstadt)発電所

位置 アールガウ州(Canton Argau) CH-5325 Leibstadt

型式 BWR

出力 114万5千kW

供用開始時期 1984年10月

所有者 以下の出資比率によるコンソーシアム

- 25% ATEL Aar et Tessin d’electricite, SA, Olten(電力会社)

- 15% EGL Elektrizitats-Gesellschaft Laufenburg(電力会社)

- 12.50% CKW Centralschweizerische Kraftwerke , Luzern(電力会社)

- 8.50% BKW FMB Energie SA, Bern(電力会社)

- 5~8% 他の幾つかの電力会社

運転者 EGL Elektrizitats-Gesellschaft (電力会社:本社 Laufenburg)

建設者 GE 社、及び、Swiss Brown Boweri AG(現在のABB社)

その他

〈図6)スイスの原子力発電所の位置図

(出典: Kernkraftwerk Gösgen/BE-WIE-Nr. T03-538.01)

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上記のように、スイスは、BWR と PWR の両方を採用

している。

ベツナウとミュールンベルグは所有者と運転者が同

一であるが、ゴスゲンとライブシュタットゥの所有者

は、幾つかの電力会社と地方自治体の出資によるコン

ソーシアムとなっている。しかしながら、安全の観点

から、運転は単一の電力会社に任されており、かつ、

運転に従事する会社は所有者でもあることが規制され

ている。

スイスの原子力発電所のプランとメーカーは、BWR

が GE 社と ABB 社、PWR が WH 社またはシーメンス社及び

ABB 社となっている。しかしながら、企業は原子力事業

の切り離し、業務移譲、合併等を繰り返しており、現

在、シーメンス社の原子力部門はフラマトム社に、ABB

社の原子力部門は WH 社に移転しており、これらの部門

が継続して、原子力機器の補修・メンテナンスを実施

している。ABB 社のタービン部門は、Alstom Gaz 社に

移転している。

3.スイスの核燃料サイクルへの取り組み

現在、スイスは、核燃料サイクル方式とワンススル

ー方式の両方を併用している。

ベツナウとゴスゲンの発電所は、再処理事業者との

契約を有しており、両発電所では MOX 燃料を炉心に装

荷している。特にゴスゲンは全炉心が再処理で生成さ

れた燃料である。再処理で得られたウランの一部は、

ロシアに送られ、解体された核兵器のウランと混合さ

れて燃料となっている。燃料加工は、ドイツで実施し

ている。

ミュールンベルグは、再処理のプルトニウムの部分

のみを MOX 燃料として炉心に装荷している。再処理ウ

ランについては、米 DOE と取り引きしており、再処理

ウランを米国に送って、新しいウランを入手している。

一方で、再処理しない使用済み燃料については、最

終処分の前に中間貯蔵施設である ZWILAG(後述)に中

間貯蔵することとしており、既に、搬入が開始されて

いる。

4.原子力発電所の廃炉への取り組み

スイスの原子力発電所の運転期間は40年と想定さ

れ、5基全ての廃止に関しては、合計で15億スイスフラン

(約1200億円)と試算されている。

この廃炉費用に対応するために、1983年に連邦

内閣の責任の元でファンドが設立され、積み上げが開

始された。各原子力発電所の管理者が毎年資金を拠出

している。

第3章 スイスの放射性廃棄物処理処分の

現状

1.スイスの放射性廃棄物の発生量と処理処分

の現状

スイスでは、他の原子力発電所所有国と同様に、原

子力発電所から出る放射性廃棄物の処理問題を有して

いる。その中で、スイスは、比較的積極的なアプロー

チが取られているように思われる。

放射性廃棄物の取り扱いは、1959年の連邦原子

力法(The Federal Atomic Act)の法的フレームワーク

を基礎とし、1991年に設立した放射線防護法

(Radiological Protection Law)、及び、1994年

の関連命令によっている。この主要2法令において、

スイスは、

・ 放射性廃棄物の国内処分

・ Federal Council(日本の内閣の相当)が廃棄物の

輸出を例外的措置として認める要件を決定。

と言う基本的な要素を決定している。

これにより、スイスは国内での放射廃棄物の処分を

義務付けており、従来からの政策とも相俟って、地層

処分の道を模索してきている。

(1)スイスの放射性廃棄物発生量の予測

スイスの現存の原子力発電所、医療関連からの放射性

廃棄物の発生量は、原子力発電所の供用期間を40年

とした場合に、〈表6〉のように見積もられている。

(2)放射性廃棄物処分プログラム

スイスの原子力発電所は1969年に初稼働したが、

放射性廃棄物処分の模索は早くも1960年代後半か

ら開始され、1972年に NAGRA が設立された。

スイスの放射性廃棄物処分プログラムは以下の2つ

に集約される。

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①短命核種による低中レベル放射性廃棄物処分

スイスは、低中レベル廃棄物についても、浅層処分

ではなく、深層処分とすることとしている。

広範囲な調査の結果、1993年に NAGRA は低レベ

ル放射性廃棄物の深層処分地点として、Nidwalden 州

Wellenberg が適当であると提案した。しかしながら、

Nidwalden 州の有権者は、1995年に州政府の勧告に

反対投票を投じた。これを受けて、1998年まで、

州政府と話し合いがもたれ、修正コンセプトが提案さ

れ、2000年に Nidwalden 州政府は歓迎の意向を表

明した。

しかしながら、この提案に対しても、2002年9

月の州民投票で Nidwalden の有権者は反対を主張し、

現在、本提案は中に浮いた形となっている。

②高レベル放射性廃棄物と長寿命核種処分

高レベル放射性廃棄物と長寿命核種については、各

国と同じく深層処分を目指しており、NAGRA がフィージ

ビリティー調査を実施している。

NAGRA では、現在、

・ 結晶質岩

・ オパリナスクレイ(Opalinus Clay)層

の2種類の地層処分を調査中である。

結晶質岩としては、北スイスのドイツの国境沿いの

アールガウ州 Mettau Region、チューリッヒ州の Weiach

Borehole の2地点、オパリナスクレイ層としては、同

じく北スイスのチューリッヒ州Weinlandを候補として

あげている。

現在、どの地層も、安定しており、均一で、水の進

入が少なく、100メートルまでの厚みを有している

ことが確認されているが、最近の調査の結果、オパリ

ナスクレイ層の安定性の高さが特に注目されており、

2002年の NAGRA の調査報告書にもその旨記載され

る予定である。

(3)ZWILAG 中間貯蔵施設

1996年に、Federal Council は放射性廃棄物中

間貯蔵施設の建設を許可した。当該施設は ZWILAG と呼

ば れ て お り 、 ア ー ル ガ ウ 州 の Wurenlingen に

Paul-Scherrer Institute(PSI:ポールシェーレ研究所)

に併設されて設置されている。

ここでは、あらゆるタイプの放射性廃棄物の中間貯

蔵が出来るようになっている。

2001年12月に、初めて高レベル放射性廃棄物

が搬入された。これらは、フランスで再処理されて搬

入されたもので、ゴスゲン発電所の使用済み燃料から

発生したものである。

これらの廃棄物は、30年~40年ここに密閉状態

で保管され、その後、山岳地帯の深層地層に処分され

る予定である。

〈表6〉 原子力発電所、医療関連からの放射性廃棄物の発生量の見積り

(単位)立方メートル

廃棄物の種類 低中レベル放射性

廃棄物

(L/ILW)

長寿命核種

(TRU)

高レベル放射性

廃棄物

(HLW)

合計

原子力発電所運転に際し

ての廃棄物

11,600 11,600

廃炉(発電所及び研究施

設)

54,000 54,000

燃料再処理 5,700 2,000 130 7,830

医療、産業、研究 4,000 4,000

ウラン、MOX 燃料 4,000 4,000

合計 75,300 2,000 4,130 81,430

(出典:Final report of the "Expert Group on Disposal Concepts for Radioactive Waste" published on January

2000)

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〈図7〉 スイス原子力関連設備の位置図

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2.NAGRA

(Swiss National Cooperative for the Disposal of

Radio-active Waste)

(1)NAGRA の設立目的

1959年の連邦原子力法に基づき、放射性廃棄物

の発生者は、Federal Council の監督の元、永久にその

廃棄物の安全な処分に義務を有することとなった。こ

れを受けて、原子力発電所を有する電力会社と連邦政

府により NAGRA が1972年に設立された。

NAGRA の目的は、放射性廃棄物の長期処分の実現の

ための科学的・技術的な基盤を提供することである。

現在、

・ スイス内での低中レベル放射性廃棄物深層処分場

の建設

・ スイス内での高レベル廃棄物深層処分場の建設の

ためのフィージビリティースタディ

を活動目標としており、前述したように、低中レベル

廃棄物の処分地点の選定・提案、高レベル廃棄物処分

のための技術開発を実施しているところである。

(2)NAGRA の組織と財務

NAGRA の事務局は、アールガウ州、Wellingen におか

れている。

スタッフの数は68名で、うち62名が常勤である。

その他に17名の専門家が、アドバイザー、臨時職員、

サポートスタッフ、及び、学生として雇用されている。

NAGRA は、連邦政府及び以下の5つの主要な電力会

社または原子力発電所の所有企業の協力により設立さ

れた。

・ NOK (Nord-Ostschweizerische Kraftwerk)(ベツ

ナウ(Beznau)発電所の所有会社)

・ BKW FMB Energie AG(ミュールベルグ(Muehleberg)

発電所の所有会社)

・ NPP Gosgen AG(ゴスゲン(Gosgen)発電所の所有会

社)

・ NPP Leibstadt AG ( ラ イ ブ シ ュ タ ッ ト ゥ

(Leibstadt)発電所の所有会社)

・ EOS(Energie Ouest Suisse)(ローザンヌの電力会

社)

2001年にこれらのメンバーは、NAGRA に対し1

630万スイスフラン(約13億円)の資金供与を行

った。2001年までの累計で、7億6200万スイ

スフラン(約600億円)に達する。8千万スイスフ

ランの管理費を除き、その負担割合は〈表7〉の通り

である。

(3)NAGRA の活動状況

NAGRA の現在の活動のポイントは、以下の通り。

① 地層処分場の選定

前述したように、NAGRA は地層処分についてのサイ

ト選定、調査研究を実施している。

Wellenberg:Nidwalden 州の山岳地帯にある

Wellenberg は低中レベル放射性廃棄物の処分可

能性地点として、NAGRA が選定を実施した。この

地点において NAGRA は長期間にわたる科学的調

査を実施し、地方政府とも協議を行った結果、

2001年9月に Nidwalden 州政府はようやく

同地点に低中レベル放射性廃棄物処分施設を建

設するプロジェクトを許可した。しかしながら、

2002年9月の州民投票において、同計画へ

の反対11,112票、賛成8,204票との結果になり、

本プロジェクトは中断状態となっている。

〈表7〉 NAGRAに対する負担割合

機関名 分担額(スイスフラン) 円換算(1スイスフラン=80円)Swiss Confederation 21,318,428 1,705,474,240BKW FMB Energie AG 73,022,281 5,841,782,480KKW Gösgen, Däniken AG 207,428,996 16,594,319,680KKW Leibstadt AG 223,610,693 17,888,855,440NOK AG 161,890,779 12,951,262,320合計 687,271,177 54,981,694,160

(出典:NAGRA's Annual report 2001)

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Weinland:Weinlandはチューリッヒ州内の北スイス、

ライン川に近いところに位置する。ここは、

Opalinus Clay 層が存在する場所で、ここで、既

存の技術で、安全な高レベル廃棄物処分処理場を

建設することが可能であることをデモンストレー

トするプロジェクトを実施中である。地形の適切

性、深層処分の安全性に関する科学的なフィージ

ビリティースタディが実施されている。その結果、

この地点の Opalinus Clay 層は水による浸透が不

可能な状態で113メートルの厚さを有し、さら

に厚さ300メートルに及ぶ浸透困難な地層に挟

まれていることが判明している。本調査は、20

01年に実施され、レポートの形で報告された。

本報告書では、Opalinus Clay 層が効果的なバリ

アー機能を有し、良い隔離能力を有していること

が記載された。引き続き、廃棄物から放出される

ガス成分の移動についての計算、分析が実施され

る予定となっている。

② PSI 研究所(Waste Management Laboratory of the

Paul Scherre Institute)との地層処分に関する

共同研究開発

NAGRA は PSI 研究所と共同で、放射性廃棄物の地層処

分のための調査研究を実施している。本研究プログラ

ムに対してNAGRAは研究資金の50%を負担している。

幾つかのプログラムは欧州フレームワークプログラ

ムの一部として実施されており、欧州各国も参加して

いる。

最近では、放射性核種の移動・拡散に関する研究が

計画され、2001年に実施したところである。

③ グリムセルテスト施設(GTS:Grimsel Test Site)

の概要

GTS はベルン州の山岳地帯に位置している。

ここには、電力会社のダム式水力発電所とその上に

位置する揚水式発電所の連絡トンネルとして建設され

た地下トンネルがあり、その脇に GTS のテスト用トン

ネルが建設されている。トンネルの入り口は標高17

30mに位置している。

ここ GTS では、スイスの放射性廃棄物深層処分試験

のみならず、国際的な共同研究も実施されている。

現在、8ヶ国、15機関が、NAGRA のプログラムに

参加し、GTS で共同試験を行っている。

○チェコ共和国(Czech Republic)

・ RAWRA : Radioactive Waste Repository

Authority

○フランス(France)

・ANDRA : Agence Nationale pour la gestion

des Dechets Radioactifs

○ドイツ(Germany)

・BGR : Bundesanstalt fur

Geowissenschaften und Rohstoffe

・BMWi : Bundesministerium fur Wirtschaft

und Technologie

・ FZK/INE : Forschungszentrum Karlsruhe

・ GRS: Gesellschaft fur Anlagen und

Reaktorsicherheit

・ DBET: DBE Technology GmbH

○日本(Japan)

・JNC: Japan Nuclear Cycle Development

Institute

・RWMC: Radioactive Waste Management

Funding and Research Center

・OBAYASHI: Obayashi Corporation

○スペイン(Spain)

・ENRESA: Empresa Nacional de Residuos

Radioactivos

○スウェーデン(Sweden)

・SKB: Svensk Kambranselehantering AB

○スイス(Switzerland)

・NAGRA

・GNW: Genossenschaft fur nukleare

Entsorgung Wellenberg

・BBW: Bundesamt fur Bildung und

Wissenschaft

○台湾(Taiwan)

・ERL/ITRI: Energy and Resources

Laboratories / Industrial Technology

GTS では、全ての試験が、実際に深層処分されたと

想定された状態で、水の浸透試験、放射性核種の拡散

試験等の実証試験が実施されている。幾つかの試験プ

ロジェクトは、スイスの教育科学技術省(Swiss Federal

Office for Education and Science)及びEUの資金に

より運営されている。

現在、GTS で実施されている主なプログラムは以下

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の通り。

・ EFP(Effective Parameters Program):水―地勢モ

デル計算の精度向上のためのデータ取得試験

・ GAM(Migration in Shear Zones):岩盤中の水及び

ガス状物質の移動に関する新たな測定方法開発

・ FEBEX(Full-scale Engineered Barrier

Experiment):圧力、温度、浸水度モニターのため

のフルスケール試験

・ GMT(Gas Migration Test in engineered barrier

systems and the adjacent geosphere):グリムセ

ル岩盤内の実際の地中環境でのガス拡散テスト

・ CRR(Colloid and Radio nuclide Retardation):

グリムセル岩盤内での物質拡散のメカニズム試験。

既存のモデルの確認、実証が目的。

・ HPF(Hyper alkaline Plume in Fractured rock):

石灰分含有水の基礎岩盤との反応、放射性核種の

保存に与える影響試験

④その他の NAGRA の活動内容

上記の他、NAGRA では以下のような活動が実施され

ている。

・ Mont Terri Rock Laboratory

NAGRA は GTS の他に Mont Terri に試験施設を設置

している。Mont Terri はジュラ州フランスとの国

境沿いに位置し、Opalinus Clay 地層内にある。

ここでは、過去7年にわたって試験が行われてき

ている。

・ 国際エキスパートサービス

NAGRA は世界各国の機関とエキスパート契約を結

び、データの提供、コンサル業務を実施している。

特に日本の企業との契約が多い。

・ スイスの原子力発電所の地震災害分析

第4章 スイスの原子力保安規制の枠組み

1.歴史的経緯

スイスでは、1946年に、初めて、原子力の平和

利用を目的とした法整備が行われた。(日本の原子力基

本法に該当)

その後、原子力技術利用のための複雑な課題をクリ

アーし、莫大な開発投資等に対応するため、1957

年に法改正を行い、原子力関連の法令はスイス連邦政

府の管轄になることを定めた。このため、スイスは伝

統的に各州(Canton)の権限が強いにもかかわらず、原

子力法体系の中では原子力発電所の建設許可等の限ら

れた権限しか与えられておらず、連邦政府の影響力が

強い分野となっている。

その後、1959年に原子力平和利用と放射線防護

に関する連邦法(Federal Act of December 23, 1959 on

the peaceful use of atomic energy and protection

from radiation)が制定され、現在のスイスの原子力保

安規制は、基本的にはこの法律と、付随して制定され

た原子力発電所、核物質輸送、放射性廃棄物等に関す

る幾つかの制令に基づき実施されている。

しかしながら、近年、原子力発電そのものの取り扱

いについて、国民投票の対象として議論・意志決定が

行われており、1990年9月には、原子力の新規建

設についての10年間のモラトリアムが採択されてい

る。

2.個別の規制内容

(1)核燃料

核燃料の所有、運搬、輸入、輸出については、連邦

政府の許可を受けなければならない。この許可は、

DETEC(環境、運輸、エネルギー、通信省:Federal

Department of Environment,Transport, Energy and

Comminications )の中の FOE(Federal Office for

Energy)から発出される。

核燃料は、連邦政府の監督下にあり、7人の大臣か

ら構成される連邦内閣(Federal Council)はもとより、

関係する省庁が安全、所有等について必要な手続きを

とることとなる。

連邦内閣は、必要な組織の設立、法運用のための詳

細規定を定める役割を負う。

(2)放射性物質、電離放射線装置

1994年策定の放射線防護令に基づき、ある一定

以上の放射線強度、濃度、汚染度を有する物質、装置、

廃棄物の所持、使用に関しては規制される。許可は、

主に DHA(内務省:Federal Department of Home Affairs)

の中の SFOPH(Federal Office of Public Health)が責

任を有するが、一部のテスト用の放射性物質の許可は、

FOE が責任を有する。

(3)原子力施設

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原子力施設(原子力発電所、廃棄物貯蔵施設、廃棄

物処理施設等)は現在でも1959年連邦法に基づき

建設許可、運転許可の手続を必要とする。

さらに、1978年10月の連邦法により、原子力

施設の管理者は最初に施設の設置場所、プロジェクト

の概要についての一般許可(general License)を取得す

るように、手続が改正された。一般許可は、原子力施

設が社会的ニーズに整合していることが明確であり、

また、廃炉、放射性廃棄物の処分に関する計画が明確

になっていない限り許可されないようになっている。

一般許可の発出は連邦内閣が責任を有する。内閣の

審査結果は、国会の承認を得る必要がある。一般許可

は、内閣による州、コミューンからのコメント期間を

得た後発出される。

FOE(Federal Office for Energy)とのヒアリングに

おいて、一般許可の手続は極めてポリティカルなもの

となるとの説明がなされた。すなわち、客観的なニー

ズ適合性や技術的妥当性といった側面よりは、住民の

意見、世論の動向等に左右されやすいものとなってい

るとのことであった。新規の原子力発電所立地を目指

していたカイザアウグスト(Kaiseraugst)発電所の場

合、政治的圧力が高く、最終的に政府が許可を発出で

きなかった経緯がある。

建設許可、運転許可は、より詳細な設計計画、組織

体制、保安管理体制等に基づき審査され、許可が出さ

れる。この2つの手続は、ほぼ同時に申請され、許可

される。

原子力施設の一般許可の手続については、

FOE(Federal Office for Energy)が責任を有し、国会

が発出することとなっている。一方、建設許可、運転

許可の手続は FOE が実施し、FOE が許可を発出すること

となっている。

(4)緊急時対応

1987年4月、連邦内閣は、放射能レベル上昇時

に取られる手段についての命令を採択した。この命令

に基づき、緊急時対応のための機関が設立され、また、

緊急時に実施されるべき手段について規定された。

チェルノブイリ事故後、このような緊急時対応を策

定し、異なる公的機関によって執られる措置の調整を

あらかじめ決めておくことが必要となったものである。

本命令には、

・ 考慮される機関のリスト

・ これらの機関の役割分担

・ 調整ネットワークの確立

等が規定されている。

これとは別に、1983年に、原子力施設の近隣住

民のための緊急時対応措置についての命令が採択され

ており、これもまた有効となっている。この命令には、

・ 取られる対応措置

・ 原子力発電所管理者の役割

・ 連邦機関の役割

・ 州及びコミューンの役割

・ 緊急措置及びアラームシステム設置のためのコス

トの規定

等が規定されている。

1992年7月の命令では、ヨウ素剤の住民への配

布が規定された。SFOPH(Federal Office of Public

Health)が錠剤の調達を行い、州、コミューンが必要な

量を貯蔵する。

原子力施設の管理者が、錠剤の調達、貯蔵等に必要

なコストを負担する。

3.連邦政府の組織の概要

原子力保安に関しては、前述したように、連邦政府

の権限が強いとともに、様々な行政組織が関与してい

る。

その中で、主な保安担当機関について述べる。

(1)DETEC(環境、運輸、エネルギー、通信省:Federal

Department of the Environment, Ttansport,

Energy and Communication)

DETEC の一般的な業務の内容は、DHA(内務省、後述)

と協力し、諮問機関(competent supervisory bodies)

との協議を得て、原子力関連法令等を整備することで

ある。

DETEC は、さらに、原子力施設の一般許可、建設許

可等の規制手続を実施している。また、放射性廃棄物

処分施設のサイト選定のための必要な手続きを取って

いく義務を有する。

最後に、DETEC は、原子力安全委員会(Federal

Commission for the safety of nuclear installations、

後述)の監督を行う。

これらの業務は、DETEC の中の FOE(Federal Office

of Energy)が実施している。

① FOE (Federal Office of Energy)

Page 21: スイスの原子力政策の現状と SWITZERLAND 今後の動向 · ブも提案し、同じく10万人以上の署名を集めてイニ シャティブとして成立した。

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FOE は、エネルギー政策全般について所管してい

る部局である。

2002年9月に国民投票で否決された電力市場

法もこの部局で、計画、法制化された。

原子力に関しては、原子力関連法整備を実施する

とともに、原子力施設の一般許可・建設許可・運転

許可・変更許可、核燃料の所有・運搬・輸出入の許

可、核燃料・放射性廃棄物の貯蔵・処分許可、セー

フガード措置について、責任を有する。

FOE には Division of Legal and Nuclear Energy

があり、この中の Nuclear Energy Section で上記の

許認可手続を実施している。スタッフ数は11名で

ある。

様々な技術的、社会的な要素を考慮して、法制化

するのは、Legal Section が実施している。ここは

4名の法律専門家で構成されている。

② HSK (Swiss Federal Nuclear Inspectorate)

〈図8〉の組織表の右上に Swiss Federal Nuclear

Safety Inspectorate(HSK)という組織があるが、こ

こは、原子力施設の技術的な診査、検査等を実施し

ているところである。HSK は組織的には FOE とつな

がりを有するが、業務的には独立した組織となって

いる。

場所も、FOE がベルンに事務所がある一方、HSK

は Wurenlingen に事務所が存在する。ここのスタッ

フ数は90名となっている。

D i r e c t o r a t e a n d l i n e m a n a g e m e n t

S t e i n m a n n W a l t e r , D i r e c t o rS c h m i d H a n s L u z i u s , D e p u t y D i r e c t o rM a y o r P i e r r e , V i c e D i r e c t o rS c h m o c k e r U l r i c h , D i r e c t o r H S KB ü h l m a n n W e r n e rR e n g g l i M a r t i nR ä s c h a r d U r sK e l l e r E r i c h

S e c t i o n C e n t r a l S e r v i c e s

K e l l e r E r i c h

S e c t i o n I n f o r m a t i o n

R i t s c h a r d U r s

S w i s s F e d e r a l N u c l e a r S a f e t yI n s p e c t o r a t e ( H S K )

S c h m o c k e r U l r i c h

I n t e r n a t i o n a l E n e r g y A f f a i r s

M a y o r P i e r r e

D i v i s i o n P r o g r a m m e s

S c h m i d H a n s L u z i u s

S e c t i o n P r o g r a m m e D e v e l o p m e n t a n d C o n t r o l l i n g

S c h r i b e r G e r h a r d

S e c t i o n I n d u s t r y

C u n z P e t e r

S e c t i o n G o v e r n m e n t I n - h o u s eP r o g r a m m e s a n d B u i l d i n g s

Z i m m e r m a n n N i c o l e

S e c t i o n R e n e w a b l e E n e r g y

S c h ä r e r H a n s U l r i c h

D i v i s i o n L e g a l a n d N u c l e a r E n e r g y

B ü h l m a n n W e r n e r

S e c t i o n L e g a l

T a m i R e n a t o

S e c t i o n N u c l e a r E n e r g y

W i e l a n d B e a t

D i v i s i o n E n e r g y E c o n o m y a n d P o l i c y

R e n g g l i M a r t i n

S e c t i o n G r i d s

B a c h e r R a i n e r

S e c t i o n E n e r g y S u p p l y

M u s t e r S t e f a n

S e c t i o n E n e r g y P o l i c y

P r e v i d o l i P a s c a l

S e c t i o n S t a t i s t i c s a n d F o r e c a s t i n g

A n d r i s t F e l i x

S W I S S F E D E R A L O F F I C E O F E N E R G Y〈図8〉 スイス FOE の組織表

Page 22: スイスの原子力政策の現状と SWITZERLAND 今後の動向 · ブも提案し、同じく10万人以上の署名を集めてイニ シャティブとして成立した。

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(2)DHA(内務省:Federal Department of Home

Affairs)

DHA は、放射線防護問題に関する一般的な権限と責

任を有する。そのため、放射線防護のために連邦内閣

によって適用されるべき必要なルールの制定を実施し

ている。その他、諮問委員会(Federal Commission)と

協議した上で、放射線防護のガイドラインを策定も実

施している。

また、スイス国内の科学技術関連活動も所掌してお

り、原子力に関する大学と産業界の共同研究について

も権限を有する。

① SFOPH (Swiss federal Office of Public Health)

放射線防護に関する業務は、SFOPH の Radiation

Protection Div.(放射線防護課)で実施されてい

る。

ここでは、産業利用、医療利用にかかわらず、

放射性物質の生産、使用、所有、廃棄、輸出入に

関する許可、許可の取り消し等の行政手続き(原

子力機器、核燃料、放射性廃棄物を除く)を担当

している。

また、放射性物質取扱者に対する研修も実施し

ている。

さらに、産業用、医用放射性物質の廃棄物の収

集、廃棄についても責任を有する。

② OES(Federal Office of Education and Science)

OES は研究開発に関して大学と産業界とのコー

ディネートを行うところである。

ここでは、原子力の研究開発に関するコーディ

ネートを実施するとともに、熱核融合の研究にも

携わっている。

(3)DDPS (Federal Department of Defense, Civil

Protection and Sports)

① NEOC (National Emergency Operation Center)

NEOC はチューリッヒに設置されており、常時2

0名のスタッフが待機している

ここでは、放射線レベルが上昇した際の、緊急

対応機能も有しており、国内外の原子力発電所の

事故、研究所・核物質移送中の事故等に対応する

こととなっている。

NEOC は米国のテロ事件を受けて、核テロ対応の

ための対応を強化したところである。

(4)諮問委員会等

① Federal Commission for the Safety of Nuclear

installations (スイス原子力安全委員会)

本諮問委員会は、1960年に設立され、組織

的には FOE に属し、連邦内閣及び DETEC への諮問

機関としての役割を果たしている。

連邦内閣により指名された最大13名の専門

家で構成され、メンバーは個人での資格で参画す

ることとなっている。

さらに、委員会内に常設部会を有しており、専

門的事項については、各部会で専門家による討議

が行われている。

本諮問委員会は以下のような項目について、議

論し、連邦内閣、DETEC に助言等を行っている。

○ 原子力施設の一般許可、建設・運転許可、変更

許可の申請に対する意見の答申

○ 科学技術的知見に基づき、放射線防護のための

必要な措置が執られているか否かについての意

見具申

○ 第3者による原子力施設に対する攻撃からの防

護に関する答申、及び、連邦政府からの対策レ

ポートに対する意見具申

○ スイス国内、及び、国外の原子力施設運転状況

の安全の観点からのモニター

○ 原子力関連法規の制定、及び、改正に当たって

の答申

○ 原子力施設の諸課題の分析、更なる安全性向上、

許可手続の改善、運転性向上のための勧告

○ 国内外の安全研究のフォローアップ、実施の提

② Federal Commission for Protection against

Radiation (スイス放射線防護委員会)

本諮問委員会は、DHA に所属しており、大学、医

療関係者、政府のメンバーから構成されている。

主な業務は以下の通り。

○ 放射線防護に関する一般事項についての DHA へ

の助言

○ 一人当たり許容線量の変更、及び、ガイドライ

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ンに関する答申

○職業被爆者への医療的見地からの意見具申

③ Federal Commission for the monitoring of

Radioactivity (スイス放射線監視委員会)本諮問委員

会も DHAに所属する。主な業務は以下の通り。

○環境中の放射線の常時監視

○連邦内閣への監視結果の報告

○放射線異常増加の際の公衆への公表

○必要な場合には、住民の保護のための必要な手段につ

いての連邦内閣への意見具申

④ Organization for giving warning in case of a

radioactivity increase(緊急時対応機関)

本組織は、環境中の放射線レベルが異常に増加

した場合に、警告を発するとともに、適切な防護

措置を勧告する機能を有する。

本組織も DHAに所属する。

第5章スイスの原子力研究開発

1.スイスの原子力研究開発予算

スイスの連邦政府は、長年にわたって、エネルギー研

究開発のための予算を確保してきている。〈表8〉に、

過去20年の予算額を示す。原子力研究開発が占める予

算の割合は、現時点では、約30%である。1980年

代初頭には、約60%が原子力関連予算であった。

スイスにおける原子力技術開発は、将来を見据えた、

マーケットニーズに適合したものを目指している。

2.PSI(ポールシェーレ研所:Paul-Scherrer

Institute)

ここで、重要な役割を果たしているのが、PSI(ポー

〈表8〉エネルギー研究開発予算

ルシェーレ研究所:Paul-Scherrer Institute)である。

PSIは、日本の原子力研究所と動力炉核燃料機構を併せ

たような機能を有した研究所であり、原子力に特化し

たスイス唯一の研究所である。

ここでは、以下に述べるような研究開発を実施してい

る。

(1)原子炉安全性研究

・過渡事象解析

・想定外事象解析

(2)放射性廃棄物処理処分放射性廃棄物処理処分の研

究に関しては、前述したとおり、NAGRAとの共同研究開

発を通じて、研究を実施している。

(3)将来技術開発

・ALPHAプロジェクト:パッシブセイフティ型軽水炉開発

これは、米国の安全規制当局から依頼を受けて研究をし

ているもので、PANDAと呼ばれる長期崩壊熱除去のため

の実験施設を用いて実施しており、その成果は、新型炉

コンセプトの実証に用いられている。

(4)原子力エネルギーの概観研究

原子力発電が。社会的・政治的に論争を呼ぶ技術となっ

ていることから、原子力発電のメリットとデメリットに

関する信頼性のある情報を意志決定者と社会に供給す

ることが研究者の使命であるとの目的から、PSIにおい

て、他のエネルギーと比較して、その安全性、経済性、

環境影響度等の複数の観点から分析を実施し、情報を提

供している。PSIは、例えば、チューリッヒ連邦工科大

学と共同で、このような分析を行ってきている。(GaBE

プロジェクト)

年 1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2001

予算額 (億

CHF) 1.47 1.55 1.77 1.90 2.29 2.45 2.35 2.14 1.88 1.68 1.72

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(5)STARS プロジェクト

本プロジェクトは、原子力発電所の安全性について、

独立した手法で、評価することを目的としており、具

体的には、コンピュータコードによる通常運転での解

析と過渡事象解析を行う研究を実施している。

(6)SACRE プロジェクト

本プロジェクトは、シビアアクシデント時における

熱水力学的な分析と、実験を目的として実施されてい

る。

(7)AFC Advanced Fuel Cycles プロジェクト

軽水炉における材料の劣化等の変化についての研究

プロジェクトである。

(8)EDEN プロジェクト

材料の腐食、微細構造変化、燃料棒の破損分析等に

ついての研究プロジェクトである。

(9)INTEGER プロジェクト

本プロジェクトは、コンポーネントの寿命予測、寿

命の延長手法の開発等による、原子炉の安全運転をサ

ポートする研究開発である。

最終章

スイスの原子力政策は曲がり角に来ていると思われ

る。

チェルノブイル後の10年間のモラトリアムを経て、

今後のスイスのエネルギー政策をどのように構築して

いくのかが問われている。

しかしながら、スイスのエネルギー政策の選択肢は

あまり広くはないようである。

増大するエネルギー需要がある一方で、エネルギー

安全保障の確保、環境問題への対応、電力市場自由化

への対応等制約要因は大きい。

特に、スイスの電力構成は、水力と原子力でほぼ1

00%であることから、選択できる範囲は極めて限ら

れていると思われる。

水力発電はほぼ開発され尽くしており、大幅な出力

増は見込めないし、環境への影響も大きい。石油、石

炭、ガスの化石燃料による発電は、現時点でも4%程

度と低く、新に火力発電所を設置することは時代の流

れと逆行するし、やはり住民の納得は得られない可能

性が高い。特に、CO2 排出削減を掲げる京都議定書の不

履行につながり、国際社会で批判にさらされるであろ

う。風力は、山だらけで国土面積が狭いスイスでは地

形的に困難であろうし、太陽光は、電力需要が増大す

る冬季には役に立たない。

電力輸入を増やす方法もあるが、スイス国内で原子

力依存を減らしても、仏、独の原子力発電に依存して

は何にもならないし、近隣諸国から身勝手と批判され

るであろう。だからといって、火力発電起源の電力を

輸入したら、やはり、スイスが排出する CO2 に加算さ

れ、京都議定書違反となる。

このような状況であるので、2つのイニシアチブの

うちどちらかが採択されると、スイスは電力問題で、

厳しい岐路に立たされることとなる。

2003年5月の国民投票で、スイス国民がどのよ

うな判断を下すか、注目に値する。

(ジェトロ・ジュネーブ事務所 野田耕一)