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結び目の数学 (神戸大学理学部サイエンスセミナー 2013) 2013 7 27 中西 康剛

結び目の数学 - Kobe UniversityAlexander 多項式を取り上げる. Alexander (1928), Seifert (1934), Fox (1953), Levine (1965), Con-way (1969) らによって, 異なる定義の方法が知られて

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結 び 目 の 数 学

(神戸大学理学部サイエンスセミナー2013)

2013 年 7 月 27 日

中西 康剛

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定義. 空間内の自分自身では決して交わらないような閉曲線を結び目(knot) という.

[1 本の紐を手にとって結んで見よう. 紐の両端をつなぐと, 結び目のついた輪ができあがる. これには端がなく, 本当に結び目になっており, はさみを使わないでほどくことはできない. このような結び目の付いた輪のことを結び目(knot) という. ]

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定義. 2 つの結び目 K, K′ について, 空間内で交叉することなく変形してうつりあうときに, K, K′ は同型であるといい, K ∼= K′ と表す.

[もとの結び目と, それを空間内で変形したものとは区別しない. ただし, 自分自身を横切るような変形は許さない. だから, 簡単に変形できるようなゴムのようなものでできていると思ってもよい.]

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定義. xy 平面上の単位円周 C = {(x, y, z) ∈ R3|x2 +

y2 = 1, z = 0} と同型な結び目を自明 (trivial) であるという.

結び目の基本問題. 与えられた 2 つの結び目が同型であるかないかを判別せよ.

特に, 与えられた結び目が自明かどうかを判別せよ.

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定義. 空間内の結び目を平面に射影して得られた図を射影図という. ここで, 交叉においては, 下にある方を少し切って表すことにする. また, 交叉は孤立しており, 3 つ以上が一カ所で交叉することがないものとする. これを正則射影図 (regular projection) という.

[resume の裏表紙を見てみよう. 多くの正則射影図の例がある]

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2. 結び目の不変量.

結び目の不変量はあれこれ開発されているが, 本稿ではAlexander 多項式を取り上げる. Alexander (1928),

Seifert (1934), Fox (1953), Levine (1965), Con-

way (1969) らによって, 異なる定義の方法が知られている. ここでは Levine による定義をあげる.

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後段で述べるように, 任意の結び目の射影図は, 適当に交叉の上下を入れ替えると. 自明な結び目の射影図になる.

そこで, 交叉の付近で結び目とは絡み数 0 で絡むような小さな絡み目におけるDehn surgery で自明にする. 結び目の補空間の無限巡回被覆空間における, この surgery

link の lift 間の絡み数を読み下すことにより, Alexan-

der 行列が得られる. この行列式が Alexander 多項式である.

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例 1. 次の図の三葉結び目は, 円周で囲まれた交叉の上下を入れ替えると自明な結び目になる.

この操作を円周にそった Dehn surgery で実現する.

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見かけ上自明な結び目に Dehn surgery を施した円周が絡んでいるように見える.

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結び目の補空間の無限巡回被覆空間が円周の lift を用いて次のように描ける.

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円周の lift の間の絡み数を読むことにより, Alexander

行列は次の通りであるとわかる.

(−t + 1 − t−1

),

∣∣∣∣−t + 1 − t−1∣∣∣∣ = −t+1− t−1.

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例 2. 次の図の (5,2) 型トーラス結び目は, 2 つの交叉の上下を入れ替えると自明になる. この操作を Dehn

surgery で実現する.

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上の図の右では見かけ上自明な結び目になっており, 結び目の補空間の無限巡回被覆空間が 2 つの円周の lift を用いて次のように描ける.

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2つの円周の liftの間の絡み数を読むことにより, Alexan-

der行列は次の通りであるとわかる.

−t + 1 − t−1 t − 1t−1 − 1 −t + 1 − t−1

∣∣∣∣∣∣∣−t + 1 − t−1 t − 1

t−1 − 1 −t + 1 − t−1

∣∣∣∣∣∣∣ = t2−t+1−t−1+t−2.

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3. 結び目解消操作 — 交叉交換.

H. Wendt は 1937 年に, 次のような結び目に対する操作を定義した.

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この結び目の射影図のある交叉で上下を入れ替える操作を結び目解消操作 (unknotting operation) または交叉交換(crossing change) という. そして, 結び目K のある射影図のある交叉の上下を入れ替えて得られた新しい射影図で表される新しい結び目をK′ とするとき,

「結び目 K′ は結び目 K から結び目解消操作 (交叉交換)

を一回施して得られた」という.

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定理. どのような結び目のどのような射影図でも, 適当に交叉をいくつか選び, 結び目解消操作を施すと, 自明な結び目の射影図が得られる.

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結び目解消数.

上記の定理により, 結び目 K に結び目解消操作を幾度か施せば自明な結び目が得られることがわかる. 自明な結び目を得るのに必要な結び目解消操作の最少回数を結び目解消数(unknotting number) u(K) という.

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例えば, 次図の三葉結び目 (trefoil knot) は自明ではなくて, かつ, ∗ の交叉に結び目解消操作を施すと自明な結び目の射影図になるので, 三葉結び目の結び目解消数は 1

であるといえる.

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ただし, 一般の結び目 K に対して, その結び目解消数u(K) を求めることは極めて困難であって, 今も尚, 結び目理論における難問中の難問になっている.

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4. 結び目と交叉交換.

前節で述べたように, すべての結び目は, 射影図を適当に選び, 結び目解消操作(交叉交換)を有限回施すことにより, 自明な結び目の射影図になる. ゆえに, 任意の 2 つの結び目は, 射影図を適当に選び, 結び目解消操作(交叉交換)を有限回施すことにより, うつりあうことがわかる.

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それでは, 1 回の交叉交換でうつりあうにはどのような条件が必要であろうか.

Kondo (1979), Sakai (1977) により自明な結び目に1 回の交叉交換でうつる結び目[結び目解消数 1 の結び目] のAlexander 多項式の必要十分条件が知られている.

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定理. 結び目解消数 1 の結び目 K の Alexander 多項式 ∆K(t) は,

(1) ∆K(t−1) = ∆K(t),

(2) |∆K(1)| = 1,

で特徴付けられる.

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この条件は結び目の Alexander 多項式の必要十分条件に他ならず, 結び目解消数 1によって障害があるわけではない. それでは, 自明でないような結び目をひとつ固定したときに, 1 回の交叉交換でうつる結び目のAlexander

多項式には条件がつくであろうか.

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定理. 三葉結び目に交叉交換 1 回でうつる結び目 K のAlexander 多項式 ∆K(t) は,

(1) ∆K(t−1) = ∆K(t),

(2) |∆K(1)| = 1,

(3) [次のシートに書きます.]

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(3) ζ2 − ζ + 1 = 0 をみたす複素数 ζ について,

|∆K(ζ)| = 0,1, or pe11 · · · pen

n である.

ただし, pi は素数で, pi = 2,3k + 2 のとき ei は偶数,

pj = 3,3k + 1 のとき ej は任意である .

で特徴付けられる.

例. (3) をみたすような自然数はN = 0,1,3,4,7,9,12,13,16,19,21, . . . である.

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「証明」. (1), (2) は結び目の Alexander 多項式になるための条件であるから, (3) を示せばよい.

2節にある議論を用いれば, 三葉結び目に交叉交換 1 回でうつる結び目 J の Alexander 多項式 ∆J(t) は

±(−t + 1 − t−1) r(t−1)r(t) m(t)

の行列式で与えられる.

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t = ζ を代入すれば, |∆J(ζ)| = |−r(ζ)r(ζ−1)| が得られる. r(t) は, 整数係数の多項式なので, r(ζ) = aζ + b

となる整数 a, b が存在することがわかる. このとき,

| − r(ζ)r(ζ−1)| = |(aζ + b)(aζ−1 + b)|= |a2 + b2 − ab|.

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逆に, |∆(ζ)| = |a2+b2−ab| をみたすような Alexan-

der 多項式∆(t) について,

±(−t + 1 − t−1) r(t−1)r(t) m(t)

の行列式で与えられることを示すことで, 三葉結び目に結び目解消操作 1 回でうつる結び目を構成する. 十分性の証明は少し複雑なために省略する.

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残りの部分は, |a2 + b2 − ab| で表される数が(3) のように与えられることである.

ここは数論の議論による. [高木貞治著「初等整数論講義」に詳しく書かれている.]

三葉結び目以外でも, Alexander 多項式の先頭の係数が±1 であれば, この議論は適用できる.

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5. 結び目と自然科学 — 生物学.

DNA は直線上の軸を持つ二重螺旋を形成しているといわれているが, 輪になっていることも多く, このとき, DNA

は細胞という空間の中の結び目・絡み目であるといえる.

この結び目の形は, 実は DNA 分子の細胞の中での働きに重要な影響を与えていることが, 最近の研究の結果, 次第に明らかになってきている.

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ほとんどの DNA 結び目は自明で, この講演でとりあげた交叉交換をする酵素(トポイソメラーゼ)が変形を与えているそうです.

自明でない DNA 結び目の多くは三葉結び目で, (5,2)

型トーラス結び目はぐっと少ない. これは, 自明な結び目から交叉交換が 1 回でできるか, 2 回必要か, ということで理解できます。