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21 世紀の「公共」の設計図 2019 年8月 経済産業省 商務情報政策局 総務課・情報プロジェクト室

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21世紀の「公共」の設計図

2019 年8月

経済産業省 商務情報政策局

総務課・情報プロジェクト室

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目次

序:政府はなぜ変革が必要か --------------------------2

Ⅰ.「政府」の歴史 ----------------------------------3

村落共同体、農耕社会、中世封建制、近代国家、「公共」を担う役割の変遷

Ⅱ.「公共」をめぐる社会の変化 ----------------------------------4

政府をめぐる変化、人々の働き方や思想の変化、デジタル技術による変化

Ⅲ.政府の役割はこれからどうなるか ----------------------------------5

変わらないこと、「政府だけが公共サービスを担う」ことの限界、変わること

Ⅳ.新しい政府の試み:5つの未来政府像--------------------------------8

India Stack(インド)、一般社団法人 Code for Kanazawa、一般社団法人 ボランテ

ィアプラットフォーム、お元気みまもり事業(千葉県白井市)、隠岐島前高校魅力化

プロジェクト(島根県海士町)

Ⅴ.まとめ --------------------------------11

5つの未来政府像のポイント、未来の政府がすべきこと

Ⅵ.実現に向けた課題 --------------------------------13

個と個(PtoP)サービスと政府と住民(GtoC)サービスの切り分け

利便性・公共の福祉とプライバシー

(参考)本検討について --------------------------------14

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序:政府はなぜ変革が必要か

政府は、変革すべき時を迎えている。

今の政府は、産業革命時代に、工業・大量生産をベースに基本思想が設計された。社会に

とって不可欠だが、市場経済では十分に供給されないサービスは、「公共サービス」とし

て政府が独占的に人々に提供するものとされた。これを効率的に実施するために、政府は

人々から税金を集め、一律にサービスを配分した。

こうした画一的な公共サービス供給のデザインは、現代における住民の多様なニーズに応

えきれなくなってきている。少なくともそう感じられることも多い。社会が高齢化するな

かで、個人のニーズや社会課題は今後さらに多様化し増加するだろう。人口減少の問題は

公共サービス提供の限界コストを引き上げるだろう。国、県、市町村のあらゆるレイヤー

で財源が逼迫するなか、こうした声に応えていくのは容易ではない。

一方、デジタル化によって私たちの暮らしや価値観は大きく変わってきている。

時間や場所に縛られず、音楽や映像を楽しむことができる。サービスは、個々人の趣味嗜

好に合わせてカスタマイズされ、レコメンドされる。プラットフォームを通じて様々な情

報がシェアされ、利用できるようになる。シェアリングエコノミーでは、人々は単なる消

費者から、発信・提供側にも回るようになった。

こうした中で、クラウドファンディングやクラウドソーシング、災害時のボランティア、

プロボノのように、自分の隙間時間やお金を誰かのために使うという価値観も、社会の中

で一般化してきた。

多様なニーズに応えながら、個人がより多様性・活力を持ち、ビジネスをよりイノベーテ

ィブなものにし、社会をサステナブルなものにしていくためには、今あらためて、政府を

再設計することが必要だ。

このとき、デジタル技術は強い味方になる。システマティックな業務をオンライン化、自

動化、透明化することで、無駄なコストを削減できる。結果、政府は住民ひとりひとりに

より寄り添い、ニーズに沿ったサービスの企画・開発がよりやり易くなる。

またデジタル技術は、政府と住民の関係も変えるだろう。住民は、政府から提供されるサ

ービスの受け手だったところから、気軽・容易に社会への発信、働きかけ、行動を起こす

側に回れるようになり、政府や社会との関係もより創発的になっていく。

本検討は、今後、公共サービスがどのように供給されるのか、政府はどのように役割を変

えていくのか、ということについて、歴史的変化、社会の価値観の変化、デジタル技術の

変化を踏まえて、構想するものである。

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Ⅰ.「政府」の歴史

【村落共同体の場合】

狩猟採集社会における村落共同体では、財やサービスは自給自足、交換経済のなかで供

給されていた。

私有財産や、私的経済活動という要素は薄く、公共財や公共サービスは共同体内部の相

互扶助によって提供されていた。

共同体内部の固定的な顔の見える関係のなかで、誰が何を必要としているかは、比較的

明解であったため、サービス交換における取引コストが小さかった。

これらの相互扶助を通じた公共サービスが、共同体としての連帯感や共通の生活様式を

安定的に保持した。また、伝承、祭祀、宗教も共同体維持に貢献した。

【農耕社会の場合】

農機具の発展など農耕社会が成立するにつれ、富の蓄積が始まり、共同体のなかに権

力構造が生まれた。

治水、灌漑、道路の整備などの個人が裨益する公共インフラの整備は、権力をもった

特定の主体が、強制力をもって行うようになった。

また従来の共同体を超えて社会が統一され(国家の誕生)、国家の中で度量衡や戸籍

等の統一も進められ、より多くの人々の間で財やサービスを交換するようになった。

顔の見える固定的な関係が薄れる一方、このように公共インフラを整備することで、

サービス提供にかかる限界費用も下がり、取引が円滑・活性化され、社会がさらに発

展した。

【中世封建制の場合】

中世封建制においては、共同体外の主体との取引関係がさらに発達した。

顔の見える共同体内の関係から匿名関係の取引に移る中で、経済取引を媒介する手段

としての貨幣や、株式会社などの制度が発達し私的経済活動が発達していった。

他方、身の回りの生活を支えるサービスについては家族・親族・近隣同士など共同体

内部での相互扶助も依然として残った。

君主、荘園領主、宗教組織などの複数の「政府」が、住民に対し必要な公共サービス

を供給するという構図にはなっていなかった。

【近代国家の場合】

近代国家においては、産業革命が進展し、土地や人といった資源が生産要素として投

入され、生産性が高まっていった。

政府は税金を強制的に徴収し、中央集権的に法が定められ、官僚がその執行を担うと

いう仕組みが成立した。

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電気や鉄道などの公共インフラ整備が経済取引をより活発にした。中央銀行が貨幣の

発行を独占して信用を付与した。また、メートル法など国家を超えた規格の統一も進

められた。

その一方で、共同体や地域のなかで担われていた互助機能も失われていった。

これに代わり、再分配や社会的公正の実現を行政府が担うようになり、福祉国家が成

立した。

近代においては資本主義や共産主義、全体主義、国家主義、民族主義といったイデオ

ロギーが、共同体(国家)を構成する基盤となっていった。

【「公共」を担う主体の変遷】

当初、共同体内部の相互扶助・顔の見える関係のなかで保持され、提供されていた公

共財や公共サービスは、社会や技術の変化、産業構造の進展のなかで変化してきた。

物理インフラの整備や規格の統一、貨幣や株式会社といった経済活動を行ううえでの

仕組みの整備が進み(公共財)、共同体の外部の匿名の相手との間で、私的経済活動

にもとづいて供給されるサービスが増えた。

その一方で、これらの私的経済活動を補完するような形で、強制的に徴収された税金

を元手とする公共サービス:国家によるセーフティネット機能も整備されていった。

現在の日本では、GDPのうちおよそ 500兆円分の財・サービスが私的経済活動によっ

て、100兆円が政府の支出によって賄われているが、財政制約や少子高齢化が進むな

かで、公共サービスの持続可能性の問題が顕在化しつつある。

Ⅱ.「公共」をめぐる社会の変化

【政府をめぐる変化】

1970年代以降、世界的に「小さな政府」への転換が図られ、政府支出や個人の税負担を

抑え、住民の社会・経済活動に対する政府の干渉度が低く抑える取組が進められた。

日本においても、少子高齢化・財政制約の高まりを念頭に、行政改革、公社の民営化、

規制緩和などの取り組みが進められていった。

民営化などの取組によってコスト構造の一定の改善は実現できたものの、物理的に離れ

ている地域におけるサービス供給の構造など、ユニバーサルサービスの提供については

課題を抱えている。特に人口減少が進む地域でのサービス供給は、困難な状況にある。

【人々の働き方や思想の変化】

自分の時間やお金、モノを、誰かのために使ってもいい、と考える人は確実に増えてき

ている。東日本大震災では多くの寄付が集まり、クラウドファンディングも盛んになっ

た。プロボノとして活躍する人も増え、社会的企業という概念も一般的になった。

兼業/副業といった働き方に関する制度面の改革も、こうした人々の変化を後押しして

いる。

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【デジタル技術による変化】

産業構造はデジタル化によって大きく変わりつつある。

インターネット上のサービスにとどまらず、リアルな世界のやりとりも含めデータとし

てデジタル空間に還元され処理されるようになってきた。

ビジネスの基盤となるプロセスをデジタル上で共通化しコストを削減。また、リアルタ

イムで、細かく供給側、需要側の状況がわかるようになり、最適なタイミングでの生産

と消費が可能となった。食べログや Uberのような相互評価による信用の仕組みが登場

により、特定の権威的な主体による評価によらなくとも質の評価が可能となった。

このように「プラットフォーム」を基礎とする取引が、従来のビジネスモデルを一般的

になった。プラットフォーム上では、取引にかかる限界費用が小さく、スモールプレイ

ヤーの活動や、よりニッチなエンドユーザーに対するサービスも成り立つようになっ

た。イノベーションが活性化し、より包摂的なサービス提供の可能性が高まった。

Ⅲ.政府の役割はこれからどうなるか

【変わらないこと:機会とアクセスを担保する】

相互扶助であれ、私的な経済活動(市場におけるビジネス)を通じてであれ、政府によ

る公共サービスを通じてであれ、大事なことは、住んでいる場所、年齢や性別、バック

グラウンドなどに関わらず、あらゆる人が十分な機会と生きるために必要なサービスに

アクセスできるようにすることである。

これを担保する主体としての役割は、政府の根幹としてこれからも求められる。

【「政府だけが公共サービスを担う」ことの限界】

しかし、技術の進化、社会や人々の思想の変化を踏まえれば、こうした役割を果たす手

段は変わり得る。

多様化する個人のニーズに、政府だけが対応する仕組みは、財政的にも持続可能ではな

いかもしれない。財政規律を背景に、公共サービスの取捨選択や条件の厳格化を続けて

いたら、人々のニーズを満たすことも難しくなるかもしれない。

従来の「小さな政府」の考え方は、住民の負担を軽減することと引き換えに、個人のニ

ーズに対応する政府の機能を縮小し、市場に任せようとするものだった。

検討のポイントは、政府が役割を減らすのではなく、別の役割を担っていくという点に

ある。

これからは、個人や企業など皆が経済的価値に基づいて、あるいは、社会に貢献したい

という意思に基づいて、公共サービス供給に参加する方向性を目指す、すなわち、社会

の活力をいかしながら、最低限のコストで、最大限のニーズに応えることのできるデザ

インを、これからの新しい「公共」は目指すべきではないか。

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政府はそのために必要な環境を整備する者として、市場では提供されないが、個人が必

要とするサービスの供給構造を見直し、再設計していく役割に転換する可能性はない

か。デジタル技術を活用し、公共サービスの提供をオープン化していくことで、以下の

ような「小さくて大きい」新しい政府へと変革していくことが可能となるのではない

か。

【変わること:1.ハード・ソフトインフラから、デジタル公共財の提供へ】

これまでも政府は、道路、電気、通信、鉄道のようなハードインフラや、規格や単位、

戸籍のようなソフトインフラを公共財として提供してきた。こうした公共財は、経済・

社会活動の基盤、いわばサービス供給を行ううえでのハードなプラットフォームとして

機能した。すべての個人や企業に対して開かれてアクセスできるようになったうえで、

取引に共通して発生するコストを削減し、相互扶助や私的な経済活動など、あらゆる取

引を活性化させた。

Society5.0という理念に象徴されるように、これからはさまざまな経済活動がデジタ

ル空間で処理される。したがって、これからの政府は、従来のハードの公共財提供に加

えて、デジタル ID、電子的な認証といった、デジタル化する社会において誰しもが必

要となる機能、すなわち「デジタル公共財」の提供を保証することが必要となるのでは

ないか。

こうしたデジタル公共財は、個人や企業の社会経済活動の基盤として機能する。物理的

な遠隔地においてコストが高止まりしサービス提供が困難となっているケースなど、従

来は市場の失敗として「公共サービス」として政府が税を財源として供給してきた領域

においても、こうしたデジタル公共財の整備によりサービス提供にかかるコストが削減

されていくことが想定される。

【変わること:2.サービス提供者から、ファシリテーターへ】

デジタル公共財の提供を通じて、スモールプレイヤーも含むあらゆる者が、サービス提

供にも参加しやすくなり、サービスの担い手にも回りやすくなる。サービスの提供コス

トが押し下げられ経済活動としてこれまで行政が担ってきた公共サービスの領域が私的

に提供しうるようになる。

さらに、従来、顔の見える共同体内の長期的な関係のもと、取引コストが小さくサービ

スが提供されてきたように、デジタル空間を通じて、サービス提供者と受給者との間の

情報の偏在・非対称性を解消し、相互信頼の枠組みをつくっていくことで、サービスの

提供が増える可能性がある。

「政府がサービスをすべて担う」でもなく「市場に一任する」でもない、新しいサービ

スの提供の方法が可能となる。

この中で、政府の役割も変わる。これまではコミュニティや市場で供給されないサービ

スを、「公共サービス」として、個人に直接的に供給する立場にあった。

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デジタル時代には、サービス供給者としての「政府」は、こうしたサービスが自律的に

提供されるようにサービス供給の構造を再設計する「実行を後押しする主体=ファシリ

テーター」となっていく。

【変わること:3.適切な執行から、コミュニティマネジャーへ】

国、県、市町村、あらゆるレベルの政府で事務コスト、行政組織間の相互調整が多大に

発生している。

今後は、デジタル技術を活用することで、事務の自動化・透明化やセキュリティに配慮

したデータ連携により、事務コストを最小限とし、処理は ITあるいは AIのような情報

処理技術が担っていくようになる。他方で、人同士のふれあい、政府と住民との対話と

いった本来人間でしかなしえない役割を果たすこととなるのではないか。

こうした中での、政府の役割として、「コミュニティマネジャー」としての仕事が重要

となる。国、県、市町村、政府の各単位もそれぞれをコミュニティとして捉えられる

が、これを超えて今後、新しい価値観やデジタル技術を前提に、様々なプレイヤーによ

ってコミュニティが再定義・再構築される。

それぞれのコミュニティがポジティブに、主体的に活動できる環境を整備することが、

今後の政府に求められていく。

【結果として変わること:政府と個人は協働するパートナー】

こうした中で、政府と個人の関係も変わる。

「公共」をめぐる社会の変化の中で、個人は政府から公共サービスの受け手として、一

方的な関係にあった。

今後は、政府の役割や、「公共」における個人の役割が変化する中で、政府と個人が双

方向に創発的な関係にシフトしていく。

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Ⅳ.新しい政府の試み:5つの未来政府像

新たな政府や、政府と個人の関係は、具体的にどのようなものになるだろうか。

こうした思想を実現する例が、国内外様々に生まれ始めている。

1. India Stack(インド)

【ユーザーフレンドリーな政府手続きのデジタル化】

India Stackは、広い国土に分散して住む国民

が、デジタル空間を通じて、さまざまなサービ

スを受けられるようにする仕組みだ。個人のデ

ジタル ID、本人確認の仕組み、小口決済の基

盤などからなる、政府が主導する手続きのデジ

タル化プロジェクトである。

出発点は、政府から住民に対して提供される補

助金の多くが、行政の不正や非効率によって本

人に届かないことを解消することにあった。補

助金提供のプロセスを整理・簡素化したうえ

で、手続きをオンライン完結させ、個人と政府

をダイレクトにつなぐことで、受給資格がある

個人に確実に届けることを実現した。

2014年に本格的な取り組みが始まり、2018年までにほぼすべての国民にあたる 13億人

がデジタル IDを取得、年間 4兆円が政府から個人に直接給付されている。

【公共財としてのオープン API】

India Stackのポイントはこうした政府の手続きのデジタル化にとどまらない。デジ

タル IDや本人確認、小口決済基盤などのデジタルインフラは、政府が提供する公共サ

ービスを、安くて使いやすい形で確実に個人に届けるためにデザインされたものだ

が、APIを通じて民間のビジネスにも開放された。

India Stackがデジタル公共財として提供されることで、金融や通信など民間企業の

サービス提供コストが大きく下がり、農村部に住む住民に対するサービス提供など、

従来コスト超過だった領域でも経営が成り立つようになった。

また、こうしたデジタル公共財はオープンなものとして提供されたため、多くのスタ

ートアップ企業が新規サービスの提供主体として参入した。

このようにデジタル公共財が整備されたことで、新しいサービス提供や取引が盛んに

なり(個人間の決済市場は 800億ドルにまで拡大した)、イノベーションと包摂的成

長が促進された。

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【デジタル時代の PPP(パブリックプライベートパートナーシップ)】

India Stackの仕組みは、政治、行政府と民間団体の連携によって作り上げられた。

シン首相、モディ首相の強いリーダーシップのもと、インドの IT企業であるインフォ

シス CEOのニレカニ氏が担当大臣となって強力にプロジェクトは進められた。

実際のデジタルインフラ整備の企画・実装においては、GAFA等で経験を積んだきわめ

て能力の高いトップエンジニア等からなる民間の非営利団体“iSpirt”(アイスピリ

ット)が大きな役割を果たした。iSpirtは、その多くがプロボノから構成されてお

り、たとえばグーグルマップのサービスデザインを統括したプログラマーもメンバー

として在席している。

こうした中立性の高い組織が設計した結果、India Stackの中立性・オープン性が担

保されるとともに、iSpirtがデジタルインフラのデザインの能力を有しない政府を助

け、ユーザーフレンドリーなサービスをデザインすることで、広く利用されるデジタ

ル公共財として実装された。

2.一般社団法人 Code for Kanazawa

【身の回りの課題を、当事者が解決する】

一般社団法人 Code for Kanazawaでは、政府にリーチされていない身の回りの課題を、

子育て中の母親など当事者が見つけて、ボランティアのエンジニアが参加し、住民自身

で解決しようという活動がなされている。例えば「5374(ゴミナシ).jp」は、地域住

民のニーズから生まれた、いつどのごみが収集されているかわかるアプリだ。

こうした活動は、デジタル技術の発達によってより容易になってきた。これまでは、

「興味はあるが、毎週特定の曜日に集まるのは難しい」と、子育てに多忙な母親にはハ

ードルが高かった活動でも、オンライン会議なら手伝えるなど、参加コストがどんどん

下がっている。

【新しい社会貢献・自己実現】

課題を明確化し共感を作っていくことで、「自分の技術や空いた時間を使ってもよ

い」という他者の助けを巻きこむことが可能となる。

逆にその者にとっては自己実現の機会にもなっている。

ある課題では他の人によって救われ、他の課題では人を助けるということもあり、こ

うした「恩を送りあう」仕組み自体に価値、信頼性を感じ、課題には直接は関係なく

ても支援に参加する人も生まれてきている。

3.一般社団法人ボランティアプラットフォーム

【ニーズを可視化するプラットフォーム】

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ボランティアプラットフォームでは、オンラインのポータル上で、NPO・NGO等の団体

のボランティア募集ニーズを見える化し、個人会員が、単発の案件から、分野や地域

ごとに検索し、自分で応募できるサービスを提供している。団体側も、独自に募集の

広報をしなくても、ポータルを通じて人を集めることを簡単に始められるようになっ

た。

2019年 5月現在では、約 4万人の累計会員、約 2万 5千件の総投稿数がある。

【信頼できるサービスを選択する】

ひとつの活動が終わると、参加した個人、募集した団体、相互が評価する仕組みをとっ

ている。ポータルでは、団体と個人会員の活動履歴とあわせて、この評価結果を閲覧す

ることができる。

これにより、様々な募集団体がある中で、その活動履歴や相互評価の結果を参照するこ

とで、個人でも容易に信頼できる案件を選べるようになった。これによって、信頼でき

るまた別の主体に信頼できる団体を紹介してもらう、公的な認定や評価を受けている団

体を探す、といった中間コストが不要になり、個人が参加しやすくなった。

【インセンティブの設計】

相互評価(お礼の言葉)や活動履歴が自分のページにならぶこと等が、個人の参加の

励みになるという声もあり、ボランティアに参加するインセンティブになっている。

4. お元気みまもり事業(千葉県白井市)

【見守りに関する地域の住民と高齢者のマッチング】

千葉県白井市では、ベッドタウンで団塊世代の住民が多く、10 年後には後期高齢者の

倍増を見込む中、政府によるケアに限らず、高齢者を広くコミュニティに取り込むニ

ーズ、そして重度のケアが必要になる前段階からケアするニーズが高まっていた。

住民の発案に端を発し、高齢者への定期的な訪問・見守りについて、住民ボランティ

アの希望と、高齢者の訪問希望を募り、市がマッチングするという事業を開始した。

【高齢者のソフトなニーズに応える】

「お元気みまもり事業」により、高齢者は話し相手が見つかるようになった。また、

これまであらゆるケアをしていた民生委員の役割の一部を別の住民が担うことで、民

生委員がより重度のニーズがある高齢者ケアに注力できる環境になった。

こうしたことで、プライマリケアのサービス供給が増えるとともに、孤独死や要介護

度が重度になることを未然に防止できるようになった。

【支えあいに参加する信頼の枠組み】

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ニュータウン地域という性質もあり住民のプライバシー意識が強く、住民同士の支え

あいが自然には生まれるにはハードルがあったため、市がこのような場を設計。2018

年度は見守りを担う住民 42名、高齢者 24名の応募があった。

高齢者福祉にも様々なステージがあるなか、役割を抽出し「見守り」に設定すること

で、住民ボランティアが気軽に参加できた。

また高齢者にとっては、自分の生活情報を提供するにあたり抵抗感・不安感はある中

で、行政がマッチングの仕組みや情報の取扱いを担保したことで、信頼が生まれ、参

加がしやすくなった。

5.隠岐島前高校魅力化プロジェクト(島根県海士町)

【自主経営を実現する仕組み】

島根県海士町では、少子高齢化、財政難等の課題をかかえる中、地域活性化の一つの切

り口として、教育の魅力化をテーマに、町民、議会、行政が一体となって隠岐島前高校

魅力化プロジェクトを進めた

町長のイニシアティブで、地域にある資源を磨く、自主経営を実現するといった、プロ

ジェクトに共通の価値軸を設定。町民に限らず都市や海外からも共感を得られるよう設

計。

これにより、外部からの海士町への移住や、隠岐島前高校への外部生徒の受け入れが進

んだ。また他の地域に住む人々の中にも共感を持つ者が生まれ、こうした外部資源がサ

ービスデザインなどサービス供給側でも役割を担うようになった。

また、国によって画一的に定められた公共サービス(高校)の外縁に、付加サービス

(寮・塾)を接続することで、自主経営が成り立つよう設計した。

【コミュニティの再構築】

外部の人間にとっては、他者のためのボランティアだけでなく、同プロジェクトへの参

加が自己実現の機会となった。こうして新たな参加が生まれ、結果的にコミュニティが

再構築された。

Ⅴ.まとめ:「未来の政府」の絵図

【5つの未来政府像のポイント】

5つの未来政府像では、従来、考えられていたような、政府が個人から税金を集め、独

占的かつ画一的に公共サービスを供給しているわけではない。

インドの事例においては、市場においてサービスが提供されにくい遠隔地や貧困層に対

する個人に対して、政府自身が徹底した手続きのデジタル化により効率化を進めたうえ

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で、それをデジタル公共財:India Stackとして民間に開放することで、多くの新たな

サービスを生み出した。

また、デジタル技術の進展についていくのがなかなか難しい政府において、プロボノで

ある iSpirtとの連携によって、先進的なデジタル公共財を生み出すことが可能となっ

ている。

Code for Kanazawa の事例では、自分自身の課題について、プロボノのサポートのも

と、デジタル技術を使って政府ではなく、住民自身がイニシアティブをとって解決する

という、公共財提供における主体の変化が表れている。

ボランティアプラットフォームやお元気みまもり事業の事例においては、社会貢献した

いという個人の意思をマッチングし、相互評価を行うプラットフォームを整備すること

などによって、政府が匿名の者同士の信頼の枠組みを構築し、より安価で安心できるサ

ービスの提供を実現している。

海士町の事例においては、外部の資源を有効に活用し、行政がコミュニティオーガナイ

ザーの役割を果たすことにより、「自主経営」を実現している。

【未来の政府がすべきこと】

1. 多様な主体が公共サービスを担えるようにするためのデザイン

人々の信頼と自主性をベースにした情報交換、評価の枠組みを、使い勝手がよくプライ

バシーやセキュリティ上安全で信頼に足るプラットフォーム上に整備する。

白井市の見守りサービスのような、個人の社会貢献への思いをベースとしたサービス提

供を可能とするプラットフォームを設計する。

2. デジタル公共財の整備

インドの例にあるように、公共サービスが担う機能やプロセスを整理し、アーキテクチ

ャを設計する。ID、eKYC(electronic Know Your Customer:デジタル認証の仕組

み)、決済などの共通要素を徹底的に括りだす。

共通要素について「デジタル公共財」として整備し、オープン API などを通じて、個人

や企業など様々なプレイヤーと共有する。

同時に、アーキテクチャ上のプロセスの規格を統一することで、様々な者が自分のサー

ビスを接続しやすくし、サービス提供にかかるコスト削減に寄与する。

「デジタル公共財」として想定される機能は、例えば以下のものがある

ニーズの特定/マッチング機能

自分のちょっとした時間、お金を誰かのために充てたいと思った時、今どこに困

っている人/ニーズが存在するかが、いつでもすぐ見つけられるようするため、

データをオープンにする。

信頼性の確認(ID・認証・評価指標)

サービスの担い手とニーズが見いだされた後に、相手の信頼性をはかるのにはコス

トがかかる。これを簡単に確認できるようにする。

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透明性の向上・評価枠組み

こうした仕組みを持続的なものにするためには、自分の時間や金を投じる意味があ

ったと納得感を持てるようにすることも重要である。サービスのやりとりの結果、

元々約束されたことが本当に達成されたか、結果をトラッキングできるようにす

る。

3. コミュニティの(再)構築

海士町の事例にあるように、人々の共感や、自己実現を媒介するようなコミュニティ、

アイデンティティが様々に生まれる環境を整備する。

また、ボランティアプラットフォームやみまもり事業の例にあるように、マッチングサ

ービスが成立するような地域の一体感の醸成、協働する文化の構築、ニーズの共有を図

る。

Ⅵ.実現に向けた課題

【個と個(PtoP)サービス/政府と住民(GtoC)サービスの切り分け(意思決定)】

公共サービスにおいて、多様な主体が提供者として参画、各人がサービスを選択・享

受する個と個(PtoP)の領域と、政府が企業や団体に実施を委託し、一律のサービス

を企画・提供する政府と住民(GtoBtoC)の領域とを、どのように線引きするかはより

深い議論が必要となる。

自分の生活にかかわる公共サービスについて、誰から、何を享受するか、何にリソー

スを割くのか、全て自分で選択し、決めることは現実的には困難が多い。このため、

政府に信認を与えて一律の公共サービスを供給させ、決まったワンセットを享受する

現在の仕組みが理にかなっている側面はある。

同様の公共サービスにおいて、個と個(PtoP)型のサービスを受けるか、政府と住民

(GtoBtoC)型を受けるか、それ自体を住民一人一人が選択可能とする、というやり方

も考えられる。

【利便性、公共の福祉とプライバシー】

デジタル IDの活用や、ボランティアプラットフォームの事例にあるとおり、政府がデ

ジタル公共財を整備し、社会全体でデータをできるだけ共有して利活用することは、

公共の福祉の向上には役立つ一方で、個人のデータをどこまで公共財として共有する

かというプライバシーの問題や、サイバーセキュリティの問題も生じうる。

医療、介護、教育、災害対応、様々な局面において、データが社会で共有されている

ことは、サービスの機動的・質の高い提供にプラスとなる。それは住民にとって信頼

できる主体や枠組みにより、公正なデータ運用が行われることを前提とする。

社会全体で、このような信頼の枠組みを、制度的にも心情的にもいかに構築していく

ことができるかがカギとなる。この点については、G20大阪サミットでも「データフ

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リーフローウイズトラスト」というコンセプトとして言及されているが、今後、さら

なる検討を要するであろう。

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(参考)本検討について

本報告書は、経済産業省を事務局とし、平成 30年 10月から令和元年 8月にかけ、下記の民間

有識者等との議論を踏まえてとりまとめたものである。

(順不同:五十音)

— 北野 菜穂 (株式会社アスコエパートナーズ 執行役員)

— 桜井 駿 (株式会社デジタルベースキャピタル 代表パートナー)

— 福島 健一郎(一般社団法人コード・フォー・カナザワ 代表理事)

— 藤沢 烈 (一般社団法人 RCF代表理事/新公益連盟事務局長)

— 安川 新一郎(グレートジャーニー合同会社代表/元東京都顧問/元大阪府特別参与)

— 山形 巧哉 (北海道森町職員/行政アーティスト)

— 若林 恵 (株式会社黒鳥社コンテンツ・ディレクター/元 Wired Japan 編集長)

事務局:

— 中野 美夏 (経済産業省 商務情報政策局 情報プロジェクト室 室長)

— 吉田 泰己 (経済産業省 商務情報政策局 情報プロジェクト室 室長補佐)

— 守安 あざみ(経済産業省 商務情報政策局 情報プロジェクト室 室長補佐)

— 瀧島 勇樹 (経済産業省 商務情報政策局 総務課 企画官 令和元年 7月 4日まで在籍)

— 平本 健二 (経済産業省 CIO補佐官)

— 日暮 正毅 (経済産業省 大臣官房 グローバル産業室 室長)