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公益社団法人日本都市計画学会 都市計画論文集 Vol.55 No.1 2020年 4月 Journal of the City Planning Institute of Japan, Vol.55 No.1, April, 2020 * 正会員 東海大学(Tokai University1本研究の背景と目的 わが国では近年,自動車事故件数が減少し続けており,交通 事故死亡者も減少傾向にある.しかし,高齢者の交通事故死亡 率は他の年齢層に比べて高いだけでなく,死者全体のうち高齢 者の占める割合は上昇傾向にあり,平成 28 年は過去最高の 54.8%となった 1) .わが国が高齢社会に突入している状況では, 高齢者の死亡事故件数の増加が懸念される.そもそも,高齢者 の運転免許保持者は約1,640 万人(免許保有者全体の20%程度) 2) と増加しているのに対し,高齢者の身体的・精神的衰えから くる運転能力の低下は避けられず,事故発生率も増加すると考 えられることから,高齢者による交通事故はわが国において非 常に深刻な問題であるといえる.そこで,高齢者の交通事故抑 制策として,運転免許返納を促したり,75 歳以上の運転者に 対し運転免許更新時に認知機能検査を課して免許を取り消し たりする取り組みが進んでいる. 運転免許返納制度は 1998 年より始まっており,返納した運 転免許の代わりに「運転経歴証明書」(過去 5 年分の運転に関 する経歴を証明するもの)を申請することができたり,加盟店 や美術館などでさまざまな特典を受けることができたりする 制度となっている.高齢者には公共交通の運賃が割り引かれる 制度もあり,特に都心部では自動車運転からの転換がしやすい 環境が整っているといえるが,公共交通網が発達している東京 都ですら,返納率は 1.7%程度しかない 3) .運転免許返納意識 に大きく影響する要因のひとつに,自身の体の衰えに対する認 識があると言われている.すなわち,自身の体の衰えを感じて いる人ほど運転免許を返納しやすいということである.しかし その一方で,高齢になるほど自身の運転に対する評価と他者か らの評価の乖離が大きくなる 4) という指摘もある.実際の運転 免許返納意向を調査した結果によると,「75 歳以上では,無違 反だが事故歴があるドライバーほど更新率が低く,返納率が高 い」こと,「事故経験がなく違反歴がある高齢者は,更新率が 高く,返納率が低い」ことがわかっており,事故を起こさない と返納につながらない実態が指摘されている 5) .一方,認知機 能検査については,平成 29 3 12 日に改正道路交通法が施 行された 6) 75 歳未満のドライバーや,認知症のおそれのない 高齢ドライバーに対しての講習を合理化し,講習時間を短くす る一方で,75 歳以上のドライバーで認知機能の低下のおそれ がある場合には,従来(2 時間 30 分)より長い 3 時間の高度 化講習を受けるとする法改正がなされた.また,更新期間が満 了する日における年齢が 75 歳以上のドライバーで,定められ 18 の「認知機能が低下した場合に行われやすい一定の違反 行為」をした場合に,加齢による認知機能の低下に着目した臨 時認知機能検査や臨時高齢者講習を実施する制度が新設され た. しかし, 認知症発症者ではない高齢ドライバー全般が起こし得る 事故への対策になっていない 危険な運転挙動をとり,高い比率で事故を起こしているの は前頭側頭葉変性症である 6) にもかかわらず,認知機能検 査の内容は主にアルツハイマースクリーニングを目的と している 認知症の発症は 75 歳以前であることが多いにもかかわら ず,講習予備検査の対象は 75 歳以上である といった点から,この制度で高齢者の危険運転をどの程度抑制 することができるかは明らかでない.認知症は段階的に発症す ることから,認知障害が及ぼす運転への現象をなるべく早期に 発見し,より適切な運転能力の判定を行なえるようになること が望まれる. そこで本研究は,認知症に至る前段階であり,対策を取らな ければ認知症になる可能性が高いとされる軽度認知障害 軽度認知障害ドライバーの運転挙動と意識に関する基礎的研究 A Fundamental Analysis of Driving Characteristics and Awareness by Older Adult Mild Cognitive Impairment Drivers 鈴木 美緒* Mio SUZUKI * In 2017, the Traffic Act was revised, but there is no clear relationship between dementia and driving skills. So in this study, we conducted a driving experiment for dementia, mild cognitive impairment, and normal drivers over 65 years old, and compared their driving skills. We observed driving characteristics on a training course, a car driving school. We analyzed the relationship among scores of screening tests, their driving customs and driving behavior. Driving behavior of intersections or parking were not different significantly, and the almost all older adult drivers couldn’t behave safely. On the other hand, the one of lane change and obstacle avoidance on midblocks was different between MCI and normal drivers significantly. Keywords : Older adult drivers, Mild Cognitive Impairment, Driving assessment, Traffic safety 高齢ドライバー,軽度認知障害,運転免許返納意向,交通安全 - 11 -

★20200125 修正 都市計画学会 MCI挙動

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公益社団法人日本都市計画学会 都市計画論文集 Vol.55 No.1 2020年 4月Journal of the City Planning Institute of Japan, Vol.55 No.1, April, 2020

* 正会員 東海大学(Tokai University)

1.本研究の背景と目的 わが国では近年,自動車事故件数が減少し続けており,交通

事故死亡者も減少傾向にある.しかし,高齢者の交通事故死亡

率は他の年齢層に比べて高いだけでなく,死者全体のうち高齢

者の占める割合は上昇傾向にあり,平成 28 年は過去 高の

54.8%となった 1).わが国が高齢社会に突入している状況では,

高齢者の死亡事故件数の増加が懸念される.そもそも,高齢者

の運転免許保持者は約1,640万人(免許保有者全体の20%程度)2)と増加しているのに対し,高齢者の身体的・精神的衰えから

くる運転能力の低下は避けられず,事故発生率も増加すると考

えられることから,高齢者による交通事故はわが国において非

常に深刻な問題であるといえる.そこで,高齢者の交通事故抑

制策として,運転免許返納を促したり,75 歳以上の運転者に

対し運転免許更新時に認知機能検査を課して免許を取り消し

たりする取り組みが進んでいる.

運転免許返納制度は1998 年より始まっており,返納した運

転免許の代わりに「運転経歴証明書」(過去5年分の運転に関

する経歴を証明するもの)を申請することができたり,加盟店

や美術館などでさまざまな特典を受けることができたりする

制度となっている.高齢者には公共交通の運賃が割り引かれる

制度もあり,特に都心部では自動車運転からの転換がしやすい

環境が整っているといえるが,公共交通網が発達している東京

都ですら,返納率は 1.7%程度しかない 3).運転免許返納意識

に大きく影響する要因のひとつに,自身の体の衰えに対する認

識があると言われている.すなわち,自身の体の衰えを感じて

いる人ほど運転免許を返納しやすいということである.しかし

その一方で,高齢になるほど自身の運転に対する評価と他者か

らの評価の乖離が大きくなる 4)という指摘もある.実際の運転

免許返納意向を調査した結果によると,「75歳以上では,無違

反だが事故歴があるドライバーほど更新率が低く,返納率が高

い」こと,「事故経験がなく違反歴がある高齢者は,更新率が

高く,返納率が低い」ことがわかっており,事故を起こさない

と返納につながらない実態が指摘されている 5).一方,認知機

能検査については,平成29年3月12日に改正道路交通法が施

行された 6).75歳未満のドライバーや,認知症のおそれのない

高齢ドライバーに対しての講習を合理化し,講習時間を短くす

る一方で,75 歳以上のドライバーで認知機能の低下のおそれ

がある場合には,従来(2 時間 30 分)より長い 3 時間の高度

化講習を受けるとする法改正がなされた.また,更新期間が満

了する日における年齢が75 歳以上のドライバーで,定められ

た18 の「認知機能が低下した場合に行われやすい一定の違反

行為」をした場合に,加齢による認知機能の低下に着目した臨

時認知機能検査や臨時高齢者講習を実施する制度が新設され

た.

しかし,

認知症発症者ではない高齢ドライバー全般が起こし得る

事故への対策になっていない

危険な運転挙動をとり,高い比率で事故を起こしているの

は前頭側頭葉変性症である 6)にもかかわらず,認知機能検

査の内容は主にアルツハイマースクリーニングを目的と

している

認知症の発症は 75 歳以前であることが多いにもかかわら

ず,講習予備検査の対象は75歳以上である

といった点から,この制度で高齢者の危険運転をどの程度抑制

することができるかは明らかでない.認知症は段階的に発症す

ることから,認知障害が及ぼす運転への現象をなるべく早期に

発見し,より適切な運転能力の判定を行なえるようになること

が望まれる.

そこで本研究は,認知症に至る前段階であり,対策を取らな

ければ認知症になる可能性が高いとされる軽度認知障害

軽度認知障害ドライバーの運転挙動と意識に関する基礎的研究

A Fundamental Analysis of Driving Characteristics and Awareness by Older Adult Mild Cognitive Impairment Drivers

鈴木 美緒* Mio SUZUKI*

In 2017, the Traffic Act was revised, but there is no clear relationship between dementia and driving skills. So in this study, we conducted a driving experiment for dementia, mild cognitive impairment, and normal drivers over 65 years old, and compared their driving skills. We observed driving characteristics on a training course, a car driving school. We analyzed the relationship among scores of screening tests, their driving customs and driving behavior. Driving behavior of intersections or parking were not different significantly, and the almost all older adult drivers couldn’t behave safely. On the other hand, the one of lane change and obstacle avoidance on midblocks was different between MCI and normal drivers significantly. Keywords: Older adult drivers, Mild Cognitive Impairment, Driving assessment, Traffic safety

高齢ドライバー,軽度認知障害,運転免許返納意向,交通安全

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公益社団法人日本都市計画学会 都市計画論文集 Vol.55 No.1 2020年 4月Journal of the City Planning Institute of Japan, Vol.55 No.1, April, 2020

(MCI:Mild Cognitive Impairment)の疑いがある高齢ドライバ

ーと,健常高齢者を対象に走行挙動実験を行なうことで,認知

症になる以前の状態で発現する(健常高齢者と異なる)運転挙

動と,本人の自覚や運転免許返納意向等の運転への意識との関

連性を解明することを目的とする.

2.既往研究と本研究の位置付け すでに述べたように,認知症による運転機能障害について

は特に実務面で高い関心が寄せられており,道路交通法の改正

により認知機能の衰えを発見し,運転免許を取り消す方策が取

られている.研究においても,これまでにも認知症と運転につ

いて扱っているものが存在する.

たとえば,上村 6)らは,認知症患者および軽度認知障害発症

者の運転状況について,医師や家族の対応を調査し,その多く

が運転中断に至っていないことや,本人が運転能力の低下を自

覚していないだけでなく,特に軽度認知障害の段階では,家族

も運転には支障がないと判断していることを報告している.ま

た,アルツハイマー型は迷子運転や接触事故,血管性はハンド

ル操作や速度維持困難による事故,前頭側頭葉変性症は信号無

視やわき見運転による追突事故が多いことをヒアリング調査

から明らかにしている.さらに,上村ら 7)は,認知症患者の運

転問題への対応の難しさの要因について,①認知症患者の運転

能力評価方法が医学的に確立していないこと,②認知症の原因

による運転行動上の差異が見逃されていること,③医学的に運

転中断を勧告する場合,患者本人のみならず介護家族の生活環

境など心理社会的要因の影響が大きいこと,の3つを挙げてい

る.この判断の難しさについては荒井ら 8)も指摘しており,運

転継続の判断をすべき主体はどこかを運転者にアンケート調

査した結果,「医師」と回答したものが も多く,次いで「家

族・親族」であったのに対し,医師に同様の質問をすると,「警

察・免許センター」と回答する者が も多いこと,家族に同様

の質問をすると,「患者本人」と回答する者が も多いことを

明らかにしている.また,池田 9)や所 10)は,高齢者に運転をや

めさせることの影響について述べており,社会とのつながりを

絶たれる危険性や自律性を奪うことにつながるため,移動手段

の確保や,交通心理士等による心理的ケアが必要であると指摘

している.また,運転技能に関して,三井ら 11)は,標識の意味

を知らないとは思っていないが,実際は勘違いしている高齢ド

ライバーは一定数おり,MCI ドライバーにその傾向が強く,

たとえば「制限速度 50km/h」の標識は,「だいたい 50km/h で

走ればいい」というルールであると認識していることを示して

いる.飯田ら 12)も同様の指摘をしており,記憶力が低下し,標

識やバス優先の意味が分からないドライバーもいることを指

摘している.さらに,樋口ら 13)は,驚がく反応時の急ブレーキ

の停止距離を試算したところ,認知機能の落ちたドライバーの

場合,時速 50km では停止距離が 30m を超えることもあると

している.認知症の運転能力評価に関する報告をメタ解析した

Regerら 14)は,精神現症全般,注意・集中,視空間認識,遂行

機能といった各認知領域が,路上運転,運転シミュレータなど

による路上以外の運転技能,介護者による評価の3種の運転能

力評価のいずれかとは関連するが,それらの評価が一致しない

ことを示している.三村 15)は,高齢者自身の運転行動に対する

妥当な認識が不可欠であり,少なくとも単に加齢や,加齢に伴

う反応速度の低下だけで,高齢ドライバーの運転が危険である

と判断してはならないため,運転技能を評価する仕組みが必要

であるとしているが,上記のような既往研究の知見を受け,特

に今後,広範囲で実用化が予想されるシミュレータによる運転

技能判断の難しさと検討の必要性を指摘している.

一方で,高齢者の運転免許返納意向や運転への認識に関する

研究も多く行なわれており,たとえば元田 16)らは本人と同居家

族の両方に高齢運転者への意識を調査し,高齢者は自己と他者

の評価の乖離が大きく,また安全意識と実際のギャップが大き

いため運転免許更新時の講習や適性検査等で認知させていく

必要があるとしている.また,内田 17)らは,中山間地域におけ

る運転免許返納意向を調査し,性別や年齢,居住する場所や付

近のバスサービスレベルによって運転免許返納への反応に差

が生じることを示している.

これらの研究は,認知症の診断と運転能力の診断は別物であ

ることや,運転技能評価自身が難しいこと,そしてどの主体が

責任を持って判断するか,といったさまざまな側面で,高齢者

を運転免許返納や運転をやめる決断に至らせることの難しさ

を,主に医学的見地から明らかにしている.しかし,本研究の

ように,首都圏など高度な交通サービス水準を持つ地域を対象

としている研究や,認知機能,本人の自覚,運転挙動との関係

に着目した研究は非常に少ない.そこで本研究は,実際に教習

所教官が目にする実車講習の中で発現する運転挙動と,認知機

能との関連性や,それらと高齢ドライバー自身の運転への意識

との関連性を明らかにすることを試みた.

3.教習所での実走実験の概要 (1) 実験の概要

高齢ドライバーを対象として,高齢者講習での実走コース

(第3分類:記憶力・判断力に心配ない高齢者向けのもの)に

車庫入れと S 字カーブを追加したコースを走らせ,運転挙動

や視認挙動等の生体反応をビデオにより観測することで,事故

につながる挙動を抽出する実験を行なった(図-1).実験は,

2016年8月~2017年2月の期間内で神奈川県内の自動車教習

所註1)の休業日を利用して,計 8 回行なった.被験者は,病院

でMCI の疑いありとされた4 名と,シルバー人材センターか

ら派遣された65 歳以上かつ日常的に自動車を運転している高

齢者 38 名,その他 1 名註2)の計 43 名(平均年齢75.0 歳,男女

比33:10)である.

(2) 実験方法

実車実験に際しては,急に実験が始まることによるストレス

を軽減させるため,まず教官がコースを走り,被験者を助手席

に乗せてそれを見せた.その後,教官の指示を受けながら,コ

ースを 1 回走行させた.車庫入れや S 字はできるまで繰り返

させるが,本人が運転する前には,基本的なルール(停止線で

の一旦停止,踏切での一旦停止,信号遵守)のみ説明し,それ

以外の運転に関するアドバイスもしないようにして,純粋に運

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公益社団法人日本都市計画学会 都市計画論文集 Vol.55 No.1 2020年 4月Journal of the City Planning Institute of Japan, Vol.55 No.1, April, 2020

転挙動のみを観測した.また,教官は被験者の運転中にも評価

を行なわないが,運転中に危険な挙動やルール違反(障害物回

避,車線逸脱,脱輪,接触等)をし,本人がそれに気づいてい

ないか,適切な対応をしなかった場合にのみ,被験者にその場

で指摘することとした.その様子を,被験者の頭部に装着した

ヘッドマウント(HM)カメラと,車載ドライビングレコーダ

により記録した.なお,実験実施にあたっては,計画段階で医

師に安全性を確認の上,実験実施中も,休憩時間を十分とる,

教習所教官が助手席に同乗して安全を確保するなどの配慮を

行なって実施した註3).

(3) 認知機能の診断方法

被験者には,「タッチパネル式認知機能評価法(TDAS)」,「も

の忘れ相談プログラム(MSP)」,「運転時認知障害早期発見チ

ェックリスト 30」の 3 種類の認知症診断を実施し,その結果

との運転挙動との関連性を抽出するほか,個別インタビューを

行ない,運転に対する考え方を把握した.

なお,認知症の判定は,専門医の問診のほか,脳の画像検査,

血液検査,心理検査,家族や介護者への聞き取り等を組み合わ

せて行なうのが一般的である.本研究では,以下の心理検査を

用い,認知機能の程度を判定した.

TDAS18):世界的に有効性が認知されている ADAS

(Alzheimer's Disease Assessment Scale:記憶を中心とする認

知機能検査で,継続的に複数回実施し,得点変化によって

認知機能の変化を評価するもの)をタッチパネル式コンピ

ュータで行なえるようにしたもの.高得点になるにつれて

障害の程度が増し,7 点~10 点で MCI,11 点以上で認知

症の可能性が疑われる.

物忘れ診断プログラムMSP19):アルツハイマー型認知症を

見つけるのに も重要な質問を用いた,簡単なスクリーニ

ングテストプログラムであり,タッチパネルパソコンとの

対話方式で,15 点満点で,12 点以下の場合には物忘れが

始まっている可能性が疑われる.質問項目が少なく,非侵

襲なため,相談者は低ストレスでテストを受けられるのが

特徴で,実施時間は5分程度で済むが,感度96%,特異度

97%と高い信頼性を実現している(鳥取大学医学部のデー

タによる).

運転時認知障害早期発見チェックリスト 3020):「運転時認

知障害(MCI の中でも,運転時に現れやすい状態)」を基

にMCIや認知症の早期発見のきっかけとなる状態を30項

目リストアップしたもので,5 個以上あてはまると MCI

あるいは認知症の疑いがあるとされる.

本研究では,MCI の疑いがあるドライバーを被験者にする

ことから,重症度を判断するものではなく,運転にかかわる記

憶に関する検査を行なうことを主眼とし,さらに運転以外の負

荷を極力抑えるため,所要時間が比較的少なくスコアに信頼性

のあるTDAS,MSP,運転時認知障害早期発見チェックリスト

30を用いることとした.

4. 高齢MCIドライバーの運転挙動の特徴

(1) 被験者の認知機能

図-1 実験中の様子(実車実験中の車内の様子)

3種類の認知機能検査の結果を表-1,被験者の年齢と,MSP

より詳細な認知機能検査であるTDASのスコアの分布を図-2

に示す.前述のとおり,TDASは7点~10点でMCI,11点以

上で認知症の疑いありとされるが,病院で紹介された被験者が

4 名とも MCI あるいは認知症の疑いのあるスコアであったば

かりでなく,シルバー人材センターから派遣された日常的に自

動車を運転している65歳以上の被験者38名中12名にも,MCI

あるいは認知症の疑いがあるスコアが出た.また,高齢ドライ

バーの認知機能検査が実施される75 歳に満たないドライバー

の中にも,MCI あるいは認知症の疑いのある人がいることが

わかり,認知症の発症は75 歳未満でも起こる可能性があるこ

とを裏付ける結果となっている.さらに,簡易的な診断システ

ムであるMSPでは,病院からの被験者4名中1名,シルバー

人材センターからの被験者38名中2名がMCIあるいは認知症

の疑いがあるスコアを出しており,運転時認知障害チェックリ

スト 30 については,シルバー人材センターからの被験者 37

名(1名は調査時に退会しており無回答)中5名で,MCIある

いは認知症の疑いがあるスコア(5個以上あてはまる)を出し

ていることがわかった.また,MSPのスコアはTDASよりも

粗めに診断されたり,チェックリスト30の設問の解釈の仕方註

3)で多少の点数の違いは見られたりしたものの,MSPやチェッ

クリスト30の診断結果とTDASの結果には大きな齟齬がない

ことが確認された.

このことから,以下ではTDASのスコアによりMCIあるい

は認知症の疑いのあるドライバー(TDASスコア7点以上)と

年齢

TDASスコア

図-2 TDAS の得点と年齢の分布(茶:シルバー人材センタ

ーからの被験者,赤:病院から紹介された被験者)

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公益社団法人日本都市計画学会 都市計画論文集 Vol.55 No.1 2020年 4月Journal of the City Planning Institute of Japan, Vol.55 No.1, April, 2020

表-1 複数の認知症診断システムによる認知機能スコア(シルバー人材センターからの被験者38名)

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38リスト30 1 4 2 2 2 4 2 3 3 3 1 3 2 1 4 1 7 2 2 0 3 0 3 8 2 1 3 3 5 4 1 0 3 3 9 5 4TDAS 7 2 2 2 19 4 1 3 9 10 7 2 9 0 4 10 4 0 6 4 2 2 5 1 9 4 3 4 11 12 4 1 2 1 8 19 2 2MSP 14 15 13 14 14 14 15 15 14 13 14 14 10 14 14 13 15 15 14 13 14 14 15 15 11 15 15 14 15 14 15 14 14 15 15 14 15 14

TDASスコア 7点以上

TDASスコア 6点以下

(平均回数)

行 動 p 値

一旦停止無視 0.217

踏切前の停止無視 0.582

信号無視 0.259

図-3 事前に指示された交通ルールに対する挙動

健常ドライバー(TDASスコア6点以下)とを分類し,比較を

行なった.

(2) 事前に指示された交通ルールに対する挙動の特徴

教官が実験前にコースを案内する際,被験者に対して「停止

線で一旦停止すること」,「信号を守ること」,「踏切での通行方

法を守ること」を説明している.これらの事前説明を受けた交

通ルールに対しての被験者の運転挙動(ルールを破った回数の

平均値)を比較した結果を図-3に示す.なお,図中のp値は

Wilcoxonの順位和検定による有意確率である.停止線,信号,

踏切でのルールを破る被験者はいたものの,MCI あるいは認

知症の疑いがあるドライバーと健常ドライバーとの間に統計

的な差異があるとは言えなかった.特に停止線での一旦停止を

履行しない高齢ドライバーが多いことがわかり,高齢ドライバ

ー全般に運転時の危険挙動があり,MCI あるいは認知症か否

かに依らず,一旦停止を履行させるよう促す必要があることが

示唆される結果となった.それに対し,信号無視については,

健常ドライバーには発現されず,MCI あるいは認知症の疑い

があるドライバーのみに発現していることから,本調査では統

計的差異は見られなかったものの,サンプル数を増やして検証

する必要があるといえる.なお,信号無視が発現する条件は共

通しており,複数タスクを課した際の1番目の交差点であった

((4)で詳述する).

(3) 事前に指示されない挙動の特徴

車庫入れ時には,接触や脱輪がないように切り返しを適宜行

なうことが求められる.また,道路交通法では,自動車は車線

の左寄りを走行し,進路変更や車線変更の際にはウィンカーを

出し,安全確認をすることが求められる.本実験においては,

車庫入れ時の切り返し,左寄り通行,広幅員の車道において右

側に進路変更,障害物がある箇所(図-4)での車線変更がコ

ースに組み込まれているが,実験前および実験中にこれらの必

要性を一切説明しなかった.被験者のこれらの挙動を比較した

結果を図-5,図-6に示す.なお,図中のp値はWilcoxonの

順位和検定による有意確率である.本実験では,安全確認はビ

デオデータから目視の有無で判断した.

図-4 教習所内の障害物

TDASスコア 7点以上(N=17)TDASスコア 6点以下(N=26)

(平均回数)

行 動 p 値ウィンカーを付けない(全体) 0.055 *

ウィンカーを付けない(右左折) 0.807

ウィンカーを付けない(障害物回避) 0.0193 **

安全確認をしない(全体) 0.486

安全確認をしない(障害物回避) 0.036 **

安全確認をしない(広幅員道路) 0.086 *

センターライン寄りを走行する 0.0895 *

ウィンカーを付けない(全体)

ウィンカーを付けない(障害物回避)

安全確認をしない(全体)

安全確認をしない(障害物回避)

安全確認をしない(車線変更)

センターライン寄りを走行

** p<0.05,* p<0.10

図-5 事前に指示されない交通ルールに対する挙動

行 動 p 値1回目の車庫入れでの切り返し 0.072 **

2回目の車庫入れでの切り返し 0.235

(平均回数)1回目

2回目TDASスコア 7点以上(N=17)TDASスコア 6点以下(N=26)

図-6 2回の車庫入れ時の切り返しの回数

この結果,健常ドライバーと比較して,MCI あるいは認知

症の疑いがあるドライバーはセンターライン寄りを走行し,安

全確認やウィンカーによる行動の表明をせずに進路変更や車

線変更を行なう挙動が観測された.特に顕著な差が出た障害物

回避時の挙動については,MCI あるいは認知症の疑いがある

ドライバー全員がウィンカーを付けずに車線変更して障害物

を回避したが,中には,ウィンカーや安全確認の不足だけでな

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公益社団法人日本都市計画学会 都市計画論文集 Vol.55 No.1 2020年 4月Journal of the City Planning Institute of Japan, Vol.55 No.1, April, 2020

く,障害物に接触したり,衝突して破壊したりする被験者もい

た.

これに対し,車庫入れ時の切り返し回数については,MCI

あるいは認知症の疑いがあるドライバーと健常ドライバーと

の間で,有意水準 10%で統計的に差異が見られたのは 1 度目

の車庫入れ時であり,健常ドライバーの方が多い結果となった

(Wilcoxonの順位和検定におけるp値=0.072).MCIあるいは

認知症の疑いがあるドライバーが 1 度目の車庫入れを順調に

できていたわけではなく,切り返しが必要な場面でも強引に運

転を進め,脱輪や接触に至っていたことによる差が現れたと考

えられる.その結果,統計的な差異はないものの,脱輪(TDAS

7点以上:平均約1.25回,TDAS 6点未満:平均約0.917回)

や接触(TDAS 7点以上:平均約0.857回,TDAS 6点未満:平

均約0.571回)は,MCIあるいは認知症の疑いがあるドライバ

ーの方が多く見られた.さらに,1度目の車庫入れの際に注意

を受けた結果,2 度目の車庫入れでは MCI あるいは認知症の

疑いがあるドライバーの方が多く切り返しを行なっているこ

とがわかった.これらのことから,MCI あるいは認知症の疑

いがあるドライバーは,必要な動作を省いてでも早く目的を達

成しようとした結果,1度目の車庫入れでの切り返し回数が少

なくなったことが推察される.

なお,向井 21),松永 22),中野ら 23),山邉ら 24),複数の既往

研究によると,高齢ドライバーは一般的に右折時の挙動に危険

が見られることが指摘されているが,MCI あるいは認知症の

疑いがあるドライバーは,センターライン寄りを走行する傾向

も見られた(Wilcoxon の順位和検定における p 値=0.090).左

折時の大回りも自転車等の巻き込み事故にもつながることか

ら,一般道での運転においても同様の傾向があるかを観測する

必要がある.

(4) MCIドライバーの危険挙動前の特徴

MCI あるいは認知症の疑いがあるドライバーについては,

信号無視,踏切無視,進路変更・車線変更時の安全不確認とウ

ィンカー不使用といった危険挙動が観測される前に以下のよ

うな共通の特徴がみられた.

複数の指示が与えられた後(「次の信号を右折し,その次

の交差点を左折」など.16名中12名)

教官に危険な運転について指摘された後(16名中14名)

複数の指示が与えられた場合には, 初の指示に対する挙動

が疎かになる傾向が見られた.また,運転実験後のヒアリング

調査で実験の印象を尋ねたところ,MCI あるいは認知症の疑

いがあるドライバーは,車庫入れや S 字カーブ等の運転技能

に関する評価や,教官に指摘された内容,他の被験者と比較し

て自身の運転が優れていたかを気にしていることがわかり,指

示や評価に気を取られるあまり,その他の交通挙動が疎かにな

る可能性が示唆される.本実験では,MCI あるいは認知症の

疑いがあるドライバーの数が十分でないことから,今後より多

いサンプルを得て,危険挙動発現のメカニズムについて詳細な

検証を行なう必要がある.

考えていない 考えている(その他)

健常ドライバー

MCIあるいは認知症の疑いのあるドライバー

考えている(重大な事故を起こしたら)

図-7 「免許返納を考えているか」に対する回答

図-8 「運転免許返納をするならどのような時か」に対する

回答(黄色丸は,TDASのうち概念理解が弱かった被験者)

※同じ TDAS スコアの被験者は点が重なるため,プロット数

と被験者数が合致していない.

5.高齢ドライバーの運転への意識と行動

実車実験を行なった被験者に対し,運転に対する意識やライ

フスタイルを5段階評価で尋ねた.また,運転免許返納意向(免

許を返納するのはどのようなときか)も尋ねた.

(1) 高齢ドライバーの運転免許返納意向

運転免許返納を考えているか,運転免許返納をするとしたら

どのような時かを尋ねたところ,図-7および図-8 のように

なった.MCIあるいは認知症の疑いのあるドライバーの方が,

「考えたことがない」,あるいは「重大な事故を起こしたら」

と回答する比率が高いことがわかる.返納の具体的なタイミン

グとしては,「身体能力の低下」を挙げた被験者が も多く,

特に「アクセルとブレーキを踏み間違えたら」と具体的な症状

を述べた被験者も2名いた.アクセルとブレーキの踏み間違い

は危険挙動としてメディアでも良く取り上げられているが,イ

ンタビューにおいては「経験があるがすぐに反応した」とした

被験者が2名いたのに対し,具体的にアクセルとブレーキの踏

み間違いを自ら挙げた上で,「踏み間違えるなんて考えられな

い」と回答した被験者が多く,踏み間違いは高齢者にとって象

徴的な危険挙動と考えられていることが窺える.その次に多か

ったのが,「考えたことがない」「考えていない」とした被験者

であった.

この他,「事故を起こしたら」「年齢により」「時期により」

が続くが,その全てに条件がつけられており,

事故:“人に危害を加えるような”重大な事故を起こした

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ら,と回答した.

年齢:5年以上先を挙げることが多く,70代の被験者は80

歳や 85 歳を目安に挙げることが多かった.80 代の被験者

は「90歳になったら」と回答した.

時期:次回の運転免許更新時,車検に出す時,高齢者講習

を受ける時,と回答した.

返納を「考えていない」とした被験者の多くは,「まだ運転が

したい」という意向を述べていたが,その他に,「家族の送迎

や趣味のために運転を続けないといけない」と回答した被験者

が43名中27名もおり,特に家族を病院へ送迎するような場合

に,家族全体から運転を望まれる事情があることもわかった.

また,今回の意向調査では,「考えていない」と回答した以外

のほぼ全ての被験者(33 名)も「運転免許を返納する」とは

言わず,「(このようになったら)返納を考える」と回答してい

る.このことから,実際には運転免許返納意向はかなり低いと

言うことができる.統計的な差異はみられなかったが,TDAS

のスコアと対応させると,「身体能力の低下」や「適性検査の

結果」,「まわりの勧め」によって運転免許返納を考えるとした

被験者は,比較的TDASスコアが低く,逆に,「考えたことが

ない」,「事故を起こしたら」と回答した被験者には,TDASに

おいてMCI あるいは認知症の疑いがあるスコアを出している

人が多い傾向が見受けれた.認知症ドライバーは認知機能検査

で発見されれば運転免許を取り消すことになるが,その時期が

来るまでは自主返納に任される.また,認知症には至っていな

いMCI ドライバーも,運転免許の返納は本人の意思に任され

る.認知症の疑いのあるドライバーには適性検査やまわりの勧

めでは返納する気を起こすことができないという結果は,危険

運転が露見しない限り,現在の制度では運転をやめさせること

が難しいことを表している.

(2) 高齢ドライバーの運転免許返納意向と運転挙動,意識,

認知機能の関連性

高齢ドライバーの認知機能,運転挙動,運転への意識,ライ

フスタイル,返納意向について,特徴となる傾向を把握するた

め,主成分分析を行なった.その結果を図-9に示す.図中の

橙丸はアンケート調査により得られた自身の運転への意識,青

丸はアンケート調査により得られた自身のライフスタイル,赤

丸はTDASで得られた認知機能のうち,単語記憶・図形認識・

概念理解の誤答数,紫丸は教習所での運転挙動(観測回数)

を表している.意識とライフスタイルについては,免許返納意

向については「何も考えていない」「条件を考えたことがある」

の2つに分類されたため,この2値をダミー変数として用い,

それ以外は図中の文言の傾向が強いほど数値が大きい 5 段階

評価を用いた.第一主成分(横軸)の寄与率が17.6%,第二主

成分(縦軸)の寄与率が14.3%であり,説明力が高いとはいえ

ないが,第一主成分を「自身の嗜好(他者からの評価/自身の

好み)」,第二主成分を「ライフスタイル(内向的/社交的)」

と特徴付けることができる.

まず,運転免許返納意向は,認知機能とは相関がみられなか

った(単語記憶との相関係数0.26,図形認識との相関係数-0.16,

概念理解との相関係数0.23).また,運転挙動で見ると,脱輪

脱輪

接触

一時不停止

単語記憶が弱い

図形認識が弱い

概念理解が弱い

安全確認しない

ウィンカー出さない

趣味や日課が多い

運転を頼られる

新しい環境が好き

過去のクルマへの拘り

運転は疲れる

友人が多い

友人が運転している

返納意向がない

運転が好き

近場に行くときクルマで行きたい

遠くへドライブしたいクルマのブランドに拘りたい

運転できるのはかっこいい

図-9 運転挙動・運転への意識・返納意向の主成分分析

回数との弱い相関が見られ(R=-0.42),脱輪回数が多いドライ

バーに運転免許返納意向がみられることがわかった.また,運

転免許返納意向と意識との直接の相関は見られなかった.しか

し,図-9によると,高齢ドライバー自身が運転する必要があ

るか(図中の「運転を頼られる」),あるいは運転したいか(図

中の「遠くへドライブしたい」や「運転が好き」)は,嗜好と

ライフスタイルの軸が設定されたとき,認知機能の低下や免許

返納意向とは対極の象限にプロットされていることがわかる.

認知機能(特に概念理解や単語記憶)の低下や免許返納意向は

むしろ,他者からの評価を重視する志向,外交的な志向を表す

象限にプロットされており,「周囲に対して運転ができる自分

でいたい」という意識が働いている可能性が示唆される.また,

それらよりも安全確認等の運転挙動そのものの方が,図中のプ

ロットが近く,嗜好とライフスタイルの切り口で高齢者を分類

すると傾向が近い,つまり,社交的で他者からの評価を気にす

る高齢者に発現する可能性が窺える結果となった.

(3) 高齢ドライバーの認知機能,運転挙動,意識の関連性

前節で用いた項目間の相関を直接みることで,認知機能,運

転挙動,意識の関連性の把握を試みた.

現状の認知機能検査の対象となるアルツハイマー型認知症

の 大の特徴である単語記憶の衰えは,運転挙動のうち,ウィ

ンカーを付けないとの間にやや正の相関(R=0.51)が見られる

が,それ以外の運転挙動との相関は見られなかった(一旦停止

しないとの相関係数0.0028,脱輪との相関係数0.11,接触との

相関係数 0.24,車線変更時の安全確認との相関係数 0.11).ウ

ィンカーでの方向転換の意思表示は,自動車の運転そのものと

は異なる周囲へのコミュニケーションに関するルールであり,

そのような運転技能とは異なる種類の対応が欠落してしまう

可能性が示唆される.また,その他の認知機能については,運

転挙動との関連性は認められず,単語記憶が弱いドライバーに

は,送迎等で頼られているわけではなく(R=-0.49),友人が運

転している(R=0.53)傾向が見られ,概念理解が弱いドライバ

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表-2 運転挙動と運転に関する意識の間の相関

運転挙動 意識 相関係数

一時不停止運転できるのがかっこいい 0.43

友人が多い -0.45

接触高速道路での加速が得意 0.64

過去のクルマに拘りがある 0.42

ーには,(派生的需要としての運転時に)近場にクルマでは行

きたくない(R=-0.48),友人が運転している(R=0.48)傾向が

見られた.なお,概念理解とは,物事の処理の順序を正しく判

断できるかをみる指標だが,生活道路をはじめとする居住地付

近での運転は飛び出しへの注意や速度の配慮,右折時のタイミ

ングなど注意すべき点が多く,そのような判断が苦手であるこ

とが現れていると考えられる.また,前述の運転免許返納意向

とも関連するが,認知機能が低下したドライバーでも友人が運

転しているといった周囲の環境が影響して運転を続けている

可能性があることがわかった.

また,表-2に運転挙動と運転に関する意識の間の相関がみ

られた項目を示す.今回の調査結果からは強い相関は見られな

かったが,内向的な傾向があるドライバーに一時不停止挙動が

見られ,過去に乗ってきた自動車への愛着や拘りが強く,細か

い運転時の判断が求められない高速道路での運転を得意と考

えるドライバーと,接触が多いドライバーは近い傾向が見られ

た.図-9のように嗜好とライフスタイルから傾向を見た場合

でも,過去に乗ってきた自動車への拘りの強さと安全確認を怠

る挙動の傾向が近いことが見て取れる.これらのことから,相

関分析と主成分席の双方で,自身の拘りが強いドライバーに運

転時のコミュニケーションに関する危険挙動が発現している

可能性が示唆される結果となった.

それに対し,図-9から,ドライブしたい(本源的需要とし

てのドライブを指し,「運転そのものをしたいか」を指す),あ

るいは運転が好きという高齢ドライバーの意識と,認知機能の

衰えは対象の象限にプロットされ,傾向が近くないことが見て

取れる.これらのことから,免許返納をせず運転を続けたい意

向は,認知機能や運転技能そのものとの直接的な相関より,自

身の性格(他者からの評価を気にする)やライフスタイル(内

向的)を軸とした位置付けにおいて近い傾向を示していること

がわかった.

このことから,高齢ドライバーの安全のためには,まず運転

技能に問題がなく,運転を継続することができる高齢者を的確

に判定することが大切である.また,運転の継続が難しい場合

にも,運転している背景が自身の嗜好によるものか,あるいは

他者の目や周辺環境を意識したものかには大きな違いがある

ことを意識し,その背景を踏まえた運転免許返納やその後の代

替手段の提案が必要であるということができる.

6.結論 本研究では,対策を取らなければ認知症になる可能性が高い

とされる軽度認知障害(MCI)の疑いがある高齢ドライバーと,

健常高齢者を対象に走行挙動実験を行なうことで,認知症にな

る以前の状態で発現する(健常高齢者と異なる)運転挙動を解

明することを試みた.

比較的活発に活動をしているシルバー人材センターの登録

者を被験者とし,サンプル数が十分とは言えない,男性被験者

が多いなどの課題はあるが,以下のような可能性が示される結

果を得ることができた.

MCI あるいは認知症の疑いのある高齢ドライバーにのみ

危険挙動が見られたわけではなく,認知機能検査では問題

がないとされる健常高齢ドライバーにも,一旦停止が甘い

等の危険挙動が見られた.

MCIあるいは認知症の疑いのある高齢ドライバーは,車庫

入れ時やS字カーブ通過時に軌道修正を怠ったり,指示を

複数出された時に対応が疎かになったりする傾向が見ら

れた.

MCI あるいは認知症の疑いのある高齢ドライバー独特の

危険挙動は,高齢者講習時において重大な評価対象となら

ないと思われそうなウィンカー操作や細かい安全確認の

タイミングでより発現しやすいことがわかった.

認知機能の衰えのうち,認知機能検査で対象となっている

アルツハイマー型認知症の特徴である単語記憶の衰えが,

運転技能よりも他者とのコミュニケーションに関するル

ール遵守の欠落と関連する可能性があることがわかった.

高齢ドライバーが現在運転している,あるいは運転を続け

たい意向は,認知機能そのものや運転技能より,自身の性

格(他者からの評価を気にする)やライフスタイル(内向

的)と関連していると考えられることがわかった.このこ

とから,まず運転技能に問題がなく,運転を継続すること

ができる高齢者を的確に判定することが大切であるが,運

転の継続が難しい場合にも,運転している背景が自身の嗜

好によるものか,あるいは他者の目や周辺環境を意識した

ものかには大きな違いがあり,その背景を踏まえた運転免

許返納やその後の代替手段の提案が必要であるというこ

とができる.

今後の課題としては,女性ドライバー等,より幅広い属性を

対象に観測を行なってサンプル数を増やすこと,実車実験での

メニューの順序の影響を明らかにし,被験者への負荷を減らし

てより的確に危険挙動を判断できる手法を検討すること,特に

MCI ドライバーが人目を気にする傾向があることを鑑み,機

械音で指示があった場合や指示そのものがない場合の運転挙

動の観測を検討すること等が挙げられる.

<謝辞>

本研究は,NPO 法人高齢者安全運転支援研究会の協力のも

と実施しており,特に理事長岩越和紀氏,事務局長平塚雅之氏,

事務局員平塚善之氏,並木靖幸氏には多大なるご協力を賜りま

した.また,本研究の一部は,平成27~28 年度自動車安全運

転センター交通安全等に関する調査研究助成を受けて実施さ

れたものです.ここに深謝申し上げます.

【補注】

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公益社団法人日本都市計画学会 都市計画論文集 Vol.55 No.1 2020年 4月Journal of the City Planning Institute of Japan, Vol.55 No.1, April, 2020

註1) 本実験は,主に某シルバー人材センターに登録している高齢者に業

務として被験者を依頼したものであるが,本実験結果が被験者の他の業務

や,当該センターに登録している他の高齢者の業務に影響を及ぼすおそれ

があるため,ここでは匿名とした. 註2) 本実験は,NPO 法人高齢者安全運転支援研究会によってさまざまな

メディアで紹介されており,その記事を見て「ぜひ参加したい」と連絡し

てきた方に被験者として協力を依頼した. 註3) たとえば,「好きだったドライブに行かなくなった」との設問に対し,

もともと好きでないと考えた人がチェックをつけていることをヒアリング

により確認している.(本来は,もともとは好きだったものが億劫になるこ

とを問う設問である.)本調査では,そのような回答であっても,あくまで

も本人が〇を付けた個数を採用しているため,他の認知機能検査の結果と

診断が多少異なる場合がある.

註 4) 本実験は,東京工業大学および東京大学における人を対象とする研

究の実施に関する規則に基づき,倫理審査委員会にて承認を受けて実施さ

れた.(東京工業大学A16015号,東京大学17-145号).

【参考文献】 1) 警察庁事故統計 2) 警察庁交通局運転免許課:運転免許統計 3) 元田良孝,宇佐美誠史,鈴木智善:高齢者の運転意識と安全のギャッ

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-92, 2013. 7) 上村直人,諸隈陽子,掛田恭子,下寺信次,井上新平,池田学:認知

症高齢者と自動車運転ー運転継続の判断が困難であった認知症患者

10例の精神医学的考察ー,老年精神医学雑誌,Vol.16,No.7,pp.822

-830,2005. 8) 荒井由美子,新井明日奈,水野洋子:認知症患者の運転:社会支援の

必要性,精神経誌,Vol.111,No.1,pp.101-107,2009. 9) 池田学:高齢者ならびに認知症患者の自動車運転,老年社会科学,

Vol.30,No.3,pp.439-444,2008. 10) 所正文:高齢ドライバーの運転免許更新をめぐる問題,老年社会科学,

Vol.30,No.1,pp.98-105,2008. 11) 三井達郎,岡村和子:高齢者の認知特性を考慮した運転者教育,安全

工学,Vol.47,No.6,pp.369-377,2008. 12) 飯田真也,加藤徳明,蜂須賀研二,佐伯覚:高齢者の運転能力の判定,

日本老年医学会雑誌,55巻,2号,pp. 202-207,2018. 13) 樋口恵一,加藤秀樹,山崎基浩,向井希宏,楊甲:高齢者講習結果に

基づくブレーキ反応に関する基礎的研究,第38回交通工学研究発表会,

2018. 14) Reger MA, Welsh RK, Watson GS, Cholerton B, et al. : The relationship

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15) 三村將:高齢者の運転能力評価,老年精神医学雑誌,Vol.16,pp.792-801,2005.

16) 元田良孝,宇佐美誠史,鈴木智善(2009),「高齢者の 運転

意識と安全のギャップに関する研究」,交通工学研究発表会論

文集,第 29 回,pp. 49-52 17) 内田元喜,橋本成仁(2010),「中山間地域における免許返納意

向に関する研究」,都市計画論文集,No. 45,pp. 691-696 18) 株式会社ブレインメイト 19) 日本光電工業株式会社ホームページ 20) NPO法人高齢者安全運転支援研究会 21) 向井希宏:高齢者の心理的特性と不安全行動―交通場面における検討

―,人間工学,第38巻,特別号,pp.142-143(S3-3),2002. 22) 松永勝也:健常者の自動車運転と事故発生.高次脳機能障害者の自動

車運転再開とリハビリテーション<1> (蜂須賀研二編著),金芳堂,

pp.18-25,2014.

23) 中野倫明,山本新:運転者の認知能力の診断技術,61巻,12号,

pp.1693-1696,2007. 24) 山邉茂之,鈴木高宏,長谷川史彦,松本章,武山和典,濱中拓郎,石

川正樹,宮田輝星:逆走対策の定量的評価,第54回土木計画学研究発

表会・講演集,pp.1261-1266,2016.

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