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九州大学学術情報リポジトリ Kyushu University Institutional Repository What We Can See Through Mathematical Modeling of Biological Pattern Formation 三浦, 岳 九州大学大学院医学研究院生体制御学講座系統解剖学分野 https://doi.org/10.15017/27426 出版情報:福岡醫學雜誌. 104 (8), pp.235-239, 2013-08-25. Fukuoka Medical Association バージョン: 権利関係:

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九州大学学術情報リポジトリKyushu University Institutional Repository

What We Can See Through Mathematical Modelingof Biological Pattern Formation

三浦, 岳九州大学大学院医学研究院生体制御学講座系統解剖学分野

https://doi.org/10.15017/27426

出版情報:福岡醫學雜誌. 104 (8), pp.235-239, 2013-08-25. Fukuoka Medical Associationバージョン:権利関係:

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福岡医誌 104(8):235―239,2013

総 説

形態学と数理の融合で見えてくるもの

九州大学大学院医学研究院 生体制御学講座 系統解剖学分野

三 浦 岳

はじめに

我々の体は複雑な形をしている.このような,生物の形がどのように出来ていくのかを解明しようとす

るのが発生生物学という学問である1).近年の分子生物学の勃興によって,発生生物学は,生体内での遺

伝子機能をみることのできる簡便な系として長足の進歩を遂げた.しかし,これによって,個々の発生現

象に関わる遺伝子の長大なリストが出来たものの,そもそもそれによってなぜ形が出来るのか,その原理

は結局わからないままのことが多い.たとえば,肺の枝分れ構造形成に関わる遺伝子は数十以上同定され

ている2)が,それによってそもそもなぜ枝分れ構造が出来るのか,その根源的なメカニズムは明らかに

なっていない3).

その一方で,応用数学の分野では,数学的な興味から様々な枠組みでパターン形成現象が研究されて来

た.中でも一番応用範囲が広いのが反応拡散系と呼ばれる枠組みである4).これは,溶液中で化学物質が

相互作用しながら受動的に拡散する,というだけの単純な仕組みだが,反応や拡散係数をうまく選んでや

ると驚くほど多様なダイナミクスを示す(図 1).しかし,そのメカニズムはよく理解されているものの,

現実の現象と対応が付く実例は少ない.

我々は,この二つの学問分野を組み合わせて,発生現象におけるパターン形成現象のメカニズムを理解

する試みを行っている.本稿では,その中で肺の枝分れ形成と頭蓋骨の縫合線の湾曲形成について概説す

る.

1.肺の枝分れ構造形成

我々の肺は樹状構造をしている.この樹状構造は,発生段階で上皮間葉間相互作用によって形作られて

いる(図 2 a).前述のように,この現象に関わる遺伝子は数多く同定されている2).しかし,これらの相互

作用によってどのように枝分れ構造が形作られるのか,そのメカニズムは明らかではない.

このような複雑な上皮間葉間相互作用を直接考えるのは難しいので,我々はまず生体内の枝分れ構造を

再現する最も簡単な実験系に着目した.これは 1995 年に千葉大学の野川と伊藤らによって開発されたも

ので,簡単な酵素処理で,マウス胎仔肺の上皮組織のみを分離して,Matrigel と呼ばれるゲルの中で培養

することが出来る5).このような単離された肺の上皮も枝分れ構造を形成する(図 2 b).また,この培養

系では,生体内の枝分れ構造形成に必須な線維芽細胞増殖因子(FGF)を培地に添加することが必要であ

る.この系は生体内の枝分れ構造の単純なモデルとして広く用いられて来た.

我々はこの実験系の枝分れ構造のメカニズムを解明することからはじめた6).生体内と異なり,この培

養系に関しては,肺の上皮とFGFしか出てこないため,非常に簡単な定式化が可能である.そこで,他の

枝分れ構造を形成する系7)を参考にして,肺の上皮の細胞密度分布(c)とFGFの濃度分布(n)の 2つを

変数としたモデルを作製した.このモデルでは,

235

Takashi MIURA

Department of Anatomy and Cell Biology, Graduate School of Medical Sciences, Kyushu UniversityWhat Wee Can See Through Mathematical Modeling of Biological Pattern Formation

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三 浦 岳236

図 1 反応拡散系による多様なパターン形成.(a)進行波解(b)1次元のTuringパターン(c)二次元のTuringパターン(d)三次元のTuringパターン(e)Wavetrain 解(f)螺旋形成(g)枝分れ構造形成(h)パルス解の相互作用(i)バンド解の湾曲(j)乱流.

図 2 肺の枝分れ構造のパターン形成の数理モデル.(a)ヒト肺の枝分れ構造形成11).(b)上皮の単離培養系における枝分れ構造形成.(c)枝分れ構造形成の数理モデル6).(d)肺上皮間の相互作用(遮蔽効果)の理論予測と実験的検証6).

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a.上皮細胞が FGFを取り込んで増殖する

b.上皮細胞は一定の細胞密度を保つように運動する

c.FGFはマトリゲル中を拡散する

という仮定を取り入れている.これによって,数値計算によって枝分れ構造形成が再現できた(図 2 c).

単に組織が成長するだけでなく,枝分れ構造が出来るのはなぜだろうか?これは,肺の上皮組織が FGF

を取り込むことによって,上皮の周辺で FGF の濃度が低くなる領域が出来るのが重要な点である.この

場合,肺の上皮組織で少しだけ突出している部分で何が起こるか考えてみる.この部分は,他の FGF を

消費する組織よりも遠くにあるので,より高濃度の FGF に接しやすい.するとこの部分で細胞増殖が起

こり,さらに突出する.するとさらに高濃度のFGFに接しやすくなる,というように,正のフィードバッ

クがかかって,最初のちょっとした形のゆがみがどんどん増幅されてパターン形成が起こる.

このようなモデルをたてると,様々な実験的な予測が出来る.ここでは,その中での一つ,遮蔽効果を

取り上げる.肺の上皮を二つ並べて培養すると何が起こるか予測してみる.これは,数値計算をしてみる

と,並んだ上皮組織の間では枝の形成が起きない(図 2 d).これは,2つの肺上皮の間の領域では,双方の

上皮から FGFが消費されるため,FGF濃度が低くなって枝が生長しにくくなるためである.実際に実験

的に二つの肺の上皮を並べてやっても,上皮の間で枝の形成の抑制が観察される.

さらに,この遮蔽効果を抑制するにはどうしたら良いかモデルから予測してみる.この現象は要するに

上皮の間の領域でのFGFの取り合いによって生じるので,最初に与えるFGFの量を過剰にしてやると二

つの上皮が癒合するとモデルから予測できる.実際に実験をしてみると,最初に培地中に添加する FGF

の濃度を上げてやると,数値計算と全く同様に二つの上皮が癒合するのが観測できた.

このように,現象をうまく数理モデルに落とすことが出来ると,モデルから理論的な予測をたてたり,

それを実験的に検証したりできる.この場合,実験的に関与する因子の数が少なかったため非常に簡単に

モデルを作ることが出来た.生体内の現象に付いてはそれほど単純ではない3).生体内での状況をモデル

化するために,重要な要素を抜き出す作業が必要となる.次項では,関わる遺伝子の数が多い場合にどの

ように現象を定式化するか,別のアプローチを取り上げる.

2.頭蓋骨の縫合線のパターン形成の数理

我々の頭蓋骨は複数の骨が組み合わさって出来ており,その合わせ目の組織は縫合線と呼ばれる8).こ

の部分は,骨になる能力を持っている間葉組織が残っており,出産時には頭蓋骨を変形させて頭部が産道

を通りやすくする機能がある.また,出生後は,縫合線組織は,頭蓋骨が成長する場合の成長中心として

働く.従って,この部分が異常に早く消失してしまうと,その方向に骨が成長できなくなり,頭蓋骨の変

形が起こる.また,成長期では,この縫合線組織が湾曲を形成する(図 3 a).この湾曲構造の形成によっ

て,骨同士の結合強度が強くなると言われている.

この構造の時系列変化はよく考えると不思議である.まず,骨になるポテンシャルのある未分化な組織

が,きれいに一定幅に維持されているのはなぜだろうか.また,その一定幅の組織が,幅を保ったまま湾

曲しだすのはいったいなぜだろうか.まず,この現象に関わっていると報告されている遺伝子を調べてみ

た.すると,20-30個の遺伝子のリストが出来たが,前述の肺のFGFのように,その中でも重要な因子が

何か,ということに関してはまだコンセンサスが出来ていない状態だった.このまま,多くの因子をその

ままモデルに取り込んでも,仮定が多すぎて結局パターン形成の原理は理解できない.そこで,モデル化

するために,既知の遺伝子群を機能と局在で分類するということをした.その場所で,間葉もしくは骨の

どちらかにしか存在しない遺伝子以外は,変数ではなくパラメータで実装できるので候補から外した.ま

た,骨分化に何の影響も及ぼさない因子も,何かの下流で単にその場所にたまたま発現しているだけの可

能性が高いのでリストから外した.これによって,パターン形成に関与する遺伝子は

生物の形づくりの数理 237

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1.骨に存在して,骨分化を促進する因子

2.骨に存在して,骨分化を抑制する因子

3.間葉に存在して,骨分化を促進する因子

4.間葉に存在して,骨分化を抑制する因子

の 4つのカテゴリーのどれかに分類できるはずである.実際には 2.のカテゴリーに存在する因子は存在

せず,関与する遺伝子を 3群に分類できた(図 3 b).ある場所での骨の分化度 u(x,y,t)という変数を一つ

定義し,骨の部分は u = 1,間葉の部分は u = 0とする.すると,1.はこの変数に対する u > 0の領域,4.

は u < 0の領域でのポジティブフィードバックの効果を現すと考えると,単一の項にまとめることが出来

る.3.については 1.,4.と本質的に異なる働きをするので,別に v(x,y,t)という変数を定義して「基質

因子」とする.1.と 4.は主に転写因子,3.は拡散性のシグナル因子が多いので,vの拡散の方が uの拡

散よりも早いとする.これらをすべて考え合わせた支配方程式は図 3 c のようになる.

このモデルの数値計算を行うと,同じ幅の構造が幅を維持したまま湾曲を形成するというダイナミクス

を忠実に再現してくれる(図 3 d).このようなダイナミクスを示す直感的な説明は以下のようになる.こ

のモデルでは,骨が合成されるか分解されるかは,基質因子 vの濃度による.縫合線組織の幅が狭い場合,

基質因子 vの産生量も少なくなるため,骨の分解が促進されて骨の境界が後退していき,ちょうどバラン

スが取れた所で止まる.逆に幅が広い場合は,基質因子 vの産生量が多くなるため,骨が作られて縫合線

組織が狭くなって行き,最適な位置で止まる.また,このようなバンド状の組織が少しでも湾曲している

場合,突出している骨の部分は,周辺に基質因子を産生する間葉組織が多くあることになるので,周囲よ

りも骨分化にバランスが傾きやすくなる.反対側では逆のことが起こるため,バンド状の領域が,幅を維

持しながら湾曲を起こして行くことになる.このモデルを用いて,様々な状況での縫合線の形態変化を説

明したり,基質因子の濃度変化を予測したりできるようになった9).

おわりに

生物のパターン形成を定式化して理解しようとする試みは以外と古い.たとえば Turingがこのような

自発的パターン形成の基本的なアイデアを提唱したのは,遺伝子の本態が DNAであると解明されるより

三 浦 岳238

図 3 頭蓋骨縫合線のパターン形成の数理モデル9).(a)頭蓋骨縫合線のパターン形成.(b)縫合線のパターン形成に関わる因子の分類.(c)支配方程式.(d)バンド状の解の湾曲形成.

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も古い 1952 年である10).奇しくも電気生理の基礎方程式のHodgkin-Huxleyモデルが提唱されたのも同

じ年である.電気生理のその後の発展を考えると,形態学への数理モデルの応用は大変遅れている.しか

し逆に考えると,まだ手を付けられていない多くのテーマが眠っていると見ることも出来る.現象を定式

化して理解するという手法はニュートン以来のサイエンスの王道であり,長期的なトレンドとしてこのよ

うな研究が増えるのは歴史の必然である.生物の形づくりの数理に興味を持ってこの分野に参入してくれ

る若い研究者が増えることを願う.

参 考 文 献

1) Gilbert SF : Developmental Biology (Sunderland, ed. 9, 2010).

2) Cardoso WV and Lű J : Regulation of early lung morphogenesis : questions, facts and controversies.

DEVELOPMENT. 133 : 1611-1624, 2006.

3) Miura T : Modeling Lung Branching Morphogenesis, Current topics in developmental biology. 81 : 291-310,

2008.

4) Kondo S and Miura T : Reaction-Diffusion Model as a Framework for Understanding Biological Pattern

Formation. Science. 329 : 1616-1620, 2010.

5) Nogawa H and Ito T : Branching morphogenesis of embryonic mouse lung epithelium in mesenchyme-free

culture, DEVELOPMENT. 121 : 1015-1022, 1995.

6) Miura T and Shiota K : Depletion of FGF acts as a lateral inhibitory factor in lung branching morphogenesis in

vitro. Mech Dev. 116 : 29-38, 2002.

7) Matsushita M, Wakita J, Itoh H, Ràfols I, Matsuyama T, Sakaguchi H and Mimura M : Interface growth and

pattern formation in bacterial colonies. Physica-Section A. 249 : 517-524, 1998.

8) Ieva AD, Bruner E, Davidson J, Pisano P, Haider T, Stone SS, Cusimano MD, Tschabitscher M and Grizzi F :

Cranial sutures : a multidisciplinary review. Child's Nervous System (2013), doi : 10. 1007/s00381-013-2061-4.

9) Miura T, Perlyn CA, Kinboshi M, Ogihara N, Kobayashi-Miura M, Morriss-Kay GM and Shiota K :

Mechanism of skull suture maintenance and interdigitation. J Anat. 215 : 642-655, 2009.

10) Turing AM : The chemical basis of morphogenesis, Philosophical Transactions of the Royal Society of London.

Series B, Biological Sciences 237, 37 (1952).

11) T. W. Sadler, Langman's Medical Embryology (LWW, 2011).

生物の形づくりの数理 239