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本稿では,論を進めるにあたって母語ないし母語同様に獲得 (1) した言語を第一言語(L1とし,その後に習得した言語を第二言語(L2)とする。また,L1 以降に L2 を学習し習得 したバイリンガルを継続バイリンガル(successive bilingual)とし,幼少の頃に自然と二つ の言語を同時に獲得したバイリンガルを同時バイリンガル(simultaneous bilingual)とし, 二つの言語の脳内における働きを調べることにより両言語がどのように異なるのかについて論 じていく。 1.バイリンガルとは バイリンガルの定義は多様である。一般的には「二つの言語を自由自在に使える人」を指し て用いられるが,統一された見解はない。Bloomfield(1993)は,バイリンガルとは,「二つ の言語を全く流暢に母語話者のように使いこなせることができる人」とし,他方,Haugen (1953)は「他の言語で完全に意味ある発話をし始めた時を bilingualism の始まり」としてい る。中間的な立場をとる Weinreich(1968)は,「2言語を交互に用いることを bilingualismともしているが熟達度や流暢さについての言及はない (2) 。また,Grosjean(1989)のように 「バイリンガルとは,必要に応じて二つの言語を使用できる人」 (3) であるが,「2人のモノリ ンガルが1人の中に存在しているのではない」(The bilingual is not two monolinguals in one person.)」としている。しかし,何れの定義にも曖昧さが残る。 こうした曖昧な定義になる理由の一つに,バイリンガルが獲得しているとされる二つの言語 が,完全に同じレベルにはないという難しい点がある (4) 。すなわち通常の二つの言語は “強弱”(stronger language vs. weaker language)すなわち L 1>L 2 の関係にあり,均衡バ イリンガル(balanced bilingual)の場合の2言語も厳密な意味では等位の関係にはない。 研究ノート バイリンガル脳の二つの言語 〔要 旨〕 バイリンガルとは二つの言語を有している人のことを指す。しかし,その定 義は研究者によって異なるが本稿では,バイリンガルの形態を調べ,その二つの言語が どのように獲得あるいは習得されていくのか,獲得/習得された二つの言語は一つの共 有システムの下にあるのか,あるいは別個のシステムで働くのか,さらにはそれらの言 語は脳内にどのように格納されるのか,などを神経言語学の視点から論じる。そして, 幼少の頃から二つの言語が使用される生活環境で育った同時バイリンガルと教示的に学 び習得していった継続バイリンガルとの違いについても論じ,同時バイリンガルは,二 つの言語を右脳で獲得するのに対し,継続バイリンガルは,L1 を右脳で獲得するが, L2 は脳の成熟による機能分化に伴って左脳で習得するとする仮説を提案する。 〔キーワード〕 同時/継続バイリンガル,L 1/L 2,左右半球,概念の共有化,言語選 21

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本稿では,論を進めるにあたって母語ないし母語同様に獲得(1)した言語を第一言語(L 1)とし,その後に習得した言語を第二言語(L 2)とする。また,L 1以降に L 2を学習し習得したバイリンガルを継続バイリンガル(successive bilingual)とし,幼少の頃に自然と二つの言語を同時に獲得したバイリンガルを同時バイリンガル(simultaneous bilingual)とし,二つの言語の脳内における働きを調べることにより両言語がどのように異なるのかについて論じていく。

1.バイリンガルとは

バイリンガルの定義は多様である。一般的には「二つの言語を自由自在に使える人」を指して用いられるが,統一された見解はない。Bloomfield(1993)は,バイリンガルとは,「二つの言語を全く流暢に母語話者のように使いこなせることができる人」とし,他方,Haugen

(1953)は「他の言語で完全に意味ある発話をし始めた時を bilingualismの始まり」としている。中間的な立場をとるWeinreich(1968)は,「2言語を交互に用いることを bilingualism」ともしているが熟達度や流暢さについての言及はない(2)。また,Grosjean(1989)のように「バイリンガルとは,必要に応じて二つの言語を使用できる人」(3)であるが,「2人のモノリンガルが1人の中に存在しているのではない」(The bilingual is not two monolinguals in

one person.)」としている。しかし,何れの定義にも曖昧さが残る。こうした曖昧な定義になる理由の一つに,バイリンガルが獲得しているとされる二つの言語

が,完全に同じレベルにはないという難しい点がある(4)。すなわち通常の二つの言語は“強弱”(stronger language vs. weaker language)すなわち L 1>L 2の関係にあり,均衡バイリンガル(balanced bilingual)の場合の2言語も厳密な意味では等位の関係にはない。

研究ノート

バイリンガル脳の二つの言語

〔要 旨〕 バイリンガルとは二つの言語を有している人のことを指す。しかし,その定義は研究者によって異なるが本稿では,バイリンガルの形態を調べ,その二つの言語がどのように獲得あるいは習得されていくのか,獲得/習得された二つの言語は一つの共有システムの下にあるのか,あるいは別個のシステムで働くのか,さらにはそれらの言語は脳内にどのように格納されるのか,などを神経言語学の視点から論じる。そして,幼少の頃から二つの言語が使用される生活環境で育った同時バイリンガルと教示的に学び習得していった継続バイリンガルとの違いについても論じ,同時バイリンガルは,二つの言語を右脳で獲得するのに対し,継続バイリンガルは,L 1を右脳で獲得するが,L 2は脳の成熟による機能分化に伴って左脳で習得するとする仮説を提案する。

〔キーワード〕 同時/継続バイリンガル,L 1/L 2,左右半球,概念の共有化,言語選択

吉 川 敏 博

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<等位型> <複合型> <従属型>概念 book 本 book=本 book

語彙 / buk/ /hon/ / buk/ /hon/ / buk/

/hon/

図1.バイリンガルの概念モデル(Weinreich,1953を改変)

2.バイリンガルの種類

バイリンガルの種類も多岐多様である。古くはWeinreich(1953)が,等位型(coordinate)バイリンガルと複合型(compound)バイリンガル,そして従属型(subordinate)バイリンガルの三種類に分類している。等位型は,L 1と L 2のそれぞれの言語記号に別々の意味内容が対応するもので,これは時と場所が異なった環境で2言語を獲得/習得するタイプの継続バイリンガルに多いとされる。複合型は,L 1と L 2のそれぞれの言語記号に同一の意味内容が結びついており,同一の環境で2言語を獲得する同時バイリンガルのタイプである。従属型は,L 2が L 1に従属的な形で L 2の言語記号と L 1の言語記号が結びつき,L 2の意味内容は L

1の意味内容を介して理解される場合であり,L 1がすでに確立していて,新たに L 2を習得する初期的なバイリンガルのタイプである。バイリンガルの分類については研究者の間でしばらく議論が続いたが,この3つの分類に落

ち着き,発達段階の違いや,心的語彙(mental lexicon)の種類の違いや文化差によってそれらが存在するとされている(De Groot,1993)。例えば,英語・日本語バイリンガルにおける概念と心的語彙の関係を図式すると以下のよう

になる。

バイリンガルをさらに細分化すると,2言語の熟達度によって均衡(balanced)バイリンガル,優勢(dominant)バイリンガル,限定(limited)バイリンガルに分けることができる。また,二言語の習得形態の違いにから分類すれば,同時バイリンガルと継続バイリンガルに二分できる。社会言語学では,多言語国家における公用語問題や母語集団の社会的地位との関連から,移民集団の主流文化への同化問題と絡めてバイリンガルの子どもが置かれる社会的状況を扱う。心理言語学では,バイリンガルを加算的(additive)バイリンガルと減算的(subtractive)バイリンガルに分け,バイリンガルゆえに心理的には文化の異なる集団の中で,そのいずれにも完全には溶け込めない子どもたちのマージナル(marginal)な存在をアイデンティティ問題として取り上げる。また,カナダやアメリカにおけるイマージョン教育(immersion)を含むバイリンガル教育そのものを検証し,日本でも問題になっている帰国子女たちの減算的バイリンガルが生み出すセミリンガル(semilingual)やダブル・リミッテド(double limited)の子どもの問題などもその研究範囲である。このようにバイリンガルについては様々な分類がなされ,それぞれの視点から研究が進められている。本稿では,第二言語習得研究の一環として言語機能における脳神経の働きを主に研究する神経言語学から同時バイリンガルと継続バイリンガルに関する先行研究を概観しつつバイリンガル脳について論じていく。

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語彙リンク(lexical links)

概念リンク(conceptual links) 概念リンク(conceptual links)

図 2 . 改定階層モデル(Kroll and Stewart, 1994 を改変)

L1

概   念(concepts)

L2

3.2言語による表象システム

3.1 階層モデルバイリンガル(両言語が流暢に使用できるバイリンガル)の頭の中での2言語がどのような

関係にあるのかにについて Kroll & Stewart(1994)は,ドイツ語・オランダ語のバイリンガルに翻訳させる実験結果に基づいて改訂階層モデル(The Revised Hierarchical Model,

RHM)を提案した。以下は彼らが提案した改定モデルである。このモデルにより2言語(L 1

と L 2)の語彙と概念(concepts)の結びつきと変化が説明できるとしている(5)。

この図2の RHMでは,L 2語彙の意味が L 1を経由する(L 2−−>L 1−−>concept)ため直接概念には結びつきにくい(結びつきの度合いは実践と点線で区別している)。したがって,例えば,L 1から L 2への翻訳は,L 1に依存する割合が高く,その逆の L 2から L 1への翻訳より時間を必要とし,かつ難しいが,このモデルはそのことを示している。また,このモデルでは両言語の能力差が大きさ(面積)の違いで表してある。バイリンガルが認識する概念は二つの言語で共有される場合も,一つの概念に二つ以上の語

彙がある場合もある。例えば,日本語の「コップ」を英語に翻訳する場合,「cup」もあるし「mug」も「glass」もある。特に抽象語の一つである英語の loveは,日本語の「愛」も「恋」も包含する。このように概念が共有される場合は,語彙は違っても両言語の結びつきは強くなるが,逆に語彙は同じでも概念が異なる場合には結びつきは弱くなる。

3.2 思考システムバイリンガルの思考は二つの言語によって異なるシステムが作動するのであろうか。例えば,

Genesee(1989)は,複合型の同時バイリンガルには二つの別個の思考システムが形成されているとする立場をとる。「もし,システムが一つしかないとすれば,二つの言語を持つバイリンガルは,言語選択をする上で混乱することにならないだろうか。しかし,彼らが,場所,時,相手に応じて言語を適切に選択する。これができるのは二つの別個のシステムにアクセスできるからである」と主張する。

バイリンガル脳の二つの言語 23

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しかし,それは二つの言語能力が同じバイリンガルの場合であり,継続習得するバイリンガルでは,後続の L 2が,先行する L 1をテコにして習得されるため両言語の関係は不均衡であり,L 1が L 2に依存するより L 2が L 1に依存する度合いが強くなる(MacWhinney,2004)。このように二つの言語には深い結びつきがあり,L 1を介して理解する継続バイリンガルには2言語を結びつける統合的な共有システムがあるはずだとする考え方が一方にある。前者の「二つの言語の底辺には単一のシステムがあり,そのシステムは共有される」とする

考え方はコネクショニスト(6)たちの立場にも伺える。例えば,理解と産出における二つの言語の関係を説明するため Van Hueven et al.(1998)や Dijkstra et al.(1999)は,「バイリンガル相互活性モデル」(Bilingual Interactive Activation Model)を提案している。これはバイリンガルが片方の言語を使用する際には,もう一方の言語も稼働させているというものである。このモデルでは言語の理解と産出は相互補完の関係にあるという。彼らの実験によると,オランダ語が母語であり英語が L 2である被験者に単語を見せて,それが英語かオランダ語かを判定させると,綴りや意味が両言語に共通する単語の場合には判定速度が速まることが分かった。これは一方の言語にだけアクセスして判断しているというより両言語にアクセスしているためであるとしている。さらに,産出実験では,被験者に絵を見せて,それを英語(L 2)で表現するという picture naming実験を行ったが,その際に母語であるオランダ語も稼働しているかどうかを調べた結果,母語(オランダ語)の影響が多く見られた。これは L 2使用の際にも母語が活性化している証しであると述べている。もし,このように両言語が同時に稼働するのであれば,2言語のうち一つを選択する機能は

どのようなものであろうか。いわゆる言語選択の問題である。この点について Green

(1998)は,「抑制コントロールモデル」(Inhibitory Control Model, ICM)を提示し,頭の中で考えに合う語を探すプロセスは,作動(activation)と抑制(inhibition)と言う二つの脳内活動が関わっているとしている。このモデルによれば,L 2使用中は強い言語である母語(L 1)を産出しないように抑制が働くとしている。しかし,これは L 1と L 2の能力に差がある場合であり,二つの言語能力が接近している場合には能力差がないにも関わらず言語選択が可能になるのはなぜか(Costa, A. & M. Santesteban,2004)。この言語選択機能について,最近の研究では,脳内で言語選択のスイッチが行われており,その役割を大脳基底核にある尾状核(caudate)が担っているとする実験報告(7)などもあるが,さらなる検証が必要である。

4. 言語習得プロセスに関係する脳部位

4.1.同時獲得(L/1+1)vs.継続習得([L 1]+L 2)バイリンガルの言語習得は,二つ目の言語習得(L 2 A)がいつ,どのように開始されるか

によって,同時バイリンガルと継続バイリンガルに分類される。この二つ目の言語が L 1として獲得されるのか,または,L 2として習得されるのかが問題になるが,習得時期(age of

acquisition, AoA)については一致した意見が研究者にもなくバイリンガル研究が多様化している原因の一つである。ただ,Eimas(1971)の実験は,1歳未満の幼児は,すでに全ての言語音を聞き分けられる能力を有していることを示しているし,Lust et al.(2004)は,1歳になると母語の音韻に特化していくとしていることから本稿では,生まれた時,もしくは一年以内に二つの言語に接触し(exposure from birth or within the first year),母語同様に無意識的に二つの言語を「獲得」する場合を同時バイリンガルとし,二つ目の言語を,脳の一側化が起こる以降に意識的に「習得」した場合を継続バイリンガルと定義する。

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この二つのバイリンガルの定義は難しいが,Meisel(1990)は,同時習得型を二つの言語とも第一言語,すなわち母語(L/1+1)として獲得するため「二つの L 1同時獲得」(Simultaneous Acquisition of Two First Languages)と説明している(8)。これは二つの言語が共存している社会や家庭に育つ子どもの言語獲得パターンである。それに対し,身につける時期が言語ごとに異なり,L 1が獲得された後に L 2が継続習得(successive acquisition)される場合を彼は(L 1)+L 2として表し,二つのバイリンガル形体の違いを説明している。これは L 2が習得開始する時点ですでに L 1の獲得が先行しているような就学年齢の子どもに多く見られるパターンである。

4.2.統合言語仮説 vs.分離発達仮説バイリンガルの二つの言語を稼働させる脳内神経システム(neural systems)はどのよう

になっているのであろうか。これには主に二つの仮説が提案されている。一つ目は,幼少時から二つの言語を獲得していくバイリンガルは,最初は2言語に共通する統合的単一システムを構築し,徐々に二つの独立したシステムに分化させていくとする説である。この場合,二つの言語はそれぞれ底辺では繋がっているとしている(MacWhinney, 2004)。つまり,双子のような形で同一システム基づき一緒に成長し発達していくとする考え方がこれである。そして,Volterra & Taeschner(1978)は,同一システムに基づくバイリンガルの言語獲得プロセスは,次のような3段階を辿ると説明している。

〈第一段階〉二つの言語を区別せずに,両方の言語の単語を含んだ一つの語彙の体系を広げていく。この場合,一方の言語の単語を知っていても,同じ意味を持つ他方の言語の単語を知らず,その結果,同じ文の中で二つの言語が混ざってしまう。〈第二段階〉文に二つの言語からの単語が混ざる割合は,急速に減少する。しかし,二つの言語の文法規則を区別することができず,一方の言語の文法を両方の言語で使ってしまう。〈第三段階〉語彙と文法の両方において,二つの言語を区別して話すようになる。しかし,それぞれの言語は,その言語を用いる親に対してだけ使う。

第一段階は二つの言語からなる統一語彙システムであり,第二段階では,語彙は二つの別個のシステムの発達が始まるが,統語システムの分離は未発達のままである。そして,第三段階になって初めて,語彙も統語規則も分離されて異なるシステムへと確立されていくとしている。興味あるのは,二つの言語を自然な環境で L 1として獲得するバイリンガルは,2言語に対

してそれぞれ別個の2体系ではなく,共通の語彙体系と文法体系を作り出そうとする点である。このような獲得プロセスを説明するのが「統合言語システム仮説」(The Unitary-language

System Hypothesis)である。それに対し,バイリンガルは最初から二つの言語を区別して獲得し発達させていくとする「分離発達仮説」(The Separate Development Hypothesis)がある(De Houwer,2009; Deucher & Quary,2000)。これは,二つの言語が同時に与えられて育つバイリンガルの脳には,L 1と L 2が最初から独立した形で納められるとする仮説である。この二つの仮説を検証するため Geness, Nicoladis, & Paradis(1995)は,フランス語・英

語の5人の幼児バイリンガルを対象にどのようなシステムが存在するのかについて調べた。この2歳未満児の言語は1~2語文段階であり,バイリンガルの両親から別々の言語で育てられていた。その結果,二つの言語が混ざり合う(mixing)が起こる場合もあったが,それは基

バイリンガル脳の二つの言語 25

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本的に優位な言語からのものであり,幼児は二つの言語の違いを認識していたとした。さらに,Paradis & Genesee(1996)は,フランス語・英語のバイリンガルの3歳児を対象に,2言語の統語構造の習得について3回に分けて調査をした。フランス語と英語では,数,人称代名詞,時制,アスペクトによって限定される動詞の語形が異なる。3歳児の習得パターンを調べた結果,すべての文法項目について,それぞれモノリンガルの子どもと同じパターンを辿ったと報告している。このことはバイリンガルとして育った3歳児は,二つの言語をすでに分離して習得していることを示しているとしてこの分離発達仮説を支持している。何れにしても,バイリンガルの二つの言語能力が等しいことはなく,状況によっては,どち

らかが優位,もしくは強い言語になるためシステムが統合か分離かの確証を得る実験は被験者が幼いだけに難しい側面がある。

4.3.言語中枢(ブローカ野 vs.ウエルニッケ野)Kim et al.(1997)は,二つの言語についてバイリンガルの脳内活動(ブローカ野とウエル

ニッケ野)を調べるため被験者に1日前に起きた出来事について時間を指定(朝,午後,夕)し,L 1と L 2で順番に話をさせた。これは,二つの言語によって発話時の脳内活動がどのように異なるのかを検証するもので言語産出における処理形態を確認する実験であった。その結果,継続バイリンガルの場合,L 1と L 2ではブローカ野内で活性化する場所が異なっていたことから,二つの言語は別々の神経回路を形成するとした。これは,同時バイリンガルと継続バイリンガルでは,文法に関係する産出機能を司るブローカ野(ブロードマン44野/45野)(9)の神経回路が異なり,言語理解を担うウエルニッケ野(ブロードマン22野)では,L 2

が同時習得であろうと継続習得であろうと同じ箇所が活性化(脳の血流量の増加)するという予測を裏づけるものであった。この fMRI実験結果に基づき,「同時バイリンガルは,L 1とL 2どちらの言語を使用してもブローカ野の活性場所は同じだが,継続バイリンガルは別の場所が活性化する」として言語中枢の果たす役割が異なると結論づけた。したがって結論としては,同時バイリンガルは,二つの言語が同一環境において与えられる

ためブローカ野もウエルニッケ野も統合回路で処理され,継続バイリンガルのブローカ野ではL 1回路の上に新たに L 2回路を形成し,L 2は L 1回路を介した分離処理になると言える。

4.4.最新機器を使った実験Hirsh et al.(1997)は,英語の他に10の言語のいずれかを母語とする被験者を対象に,幼

少時からバイリンガルで育ったグループ(同時バイリンガル)と,10歳頃から L 2を習得したグループ(継続バイリンガル)の二つの言語の相互関係を fMRIで調べた研究結果を報告している。その中で,継続バイリンガルでは,二つの言語の活性化領域がブローカ野の中で分離していたとし,ウエルニッケ野に関しては,Kimたちの研究結果と同じくどちらのグループも二つの言語による活性領域に違いは見られなかったという。さらにWartenburger et al.(2003)は,イタリア語とドイツ語のバイリンガルたちを同時

と継続グループに分け比較した。実験では,両バイリンガルグループに,格,数,性に誤りを含むドイツ語文と数と性に誤りがあるイタリア語非適格文を提示し,正誤を判断させた。その結果,継続バイリンガルには前頭前野皮質(prefrontal cortex)のブローカ野(ブロードマン44野)の上部に大きな活性化の脳波が現れたが,同時バイリンガルには現れなかったという。このブロードマン44野は,語彙の音声面に深く関わりを持つ部位であり(10),そのことから継

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続バイリンガルは,同時バイリンガルが行わない文の正誤判断を頭の中で音読しながら確認をしているためであり,それは L 2知識が意識して習得された陳述記憶としての知識となっていることを示唆している。また,Hernandez et al.(2004)は,スペイン語と英語のバイリンガルを Aグループ:英語

(L 1)・スペイン語(L 2)と,Bグループ:スペイン語(L 1)・英語(L 2)とする二つの継続バイリンガルグループを対象に実験を行った。被験者は,それぞれにとって L 2であるスペイン語(Aグループ)と英語(Bグループ)の能力が同じレベルの者を選んだ。その被験者に不規則変化する語彙と規則変化する語彙を見せ,脳波が脳内のどこに起こるかを調べた。その結果,両グループとも L 2反応は,ブローカ野の下位部分(ブロードマン45野)により高い脳波活動(血流増加)が見られた。興味深いのは,早期にスペイン語を獲得した同時スペイン語・英語のバイリンガルに現れたスペイン語に反応する脳波部位は,スペイン語のモノリンガル(monolingual)のものと同じであったが,L 2としてスペイン語を学んだ英語・スペイン語の継続バイリンガルのスペイン語は,それよりも少し下位が活性化したという点である。さらに,その活性化した範囲は広く,意味を取り出す際に使用する場所にまで及んだと報告している。これは後述する Prat et al.(2011)の研究でも裏付けられているように,習得レベルの低い言語ほど広範囲に脳活動ネットワークを使用するのに対し,レベルの高い言語では,その範囲が狭く使用効率が高いことを示唆している。

5.二つの言語処理機能

5.1.活性化する脳部位継続バイリンガルの L 2の習熟度は,L 1と違い認知能力の発達と深く関係しており,言語

理解には広範囲にわたった脳神経回路が必要となる。例えば,音声理解には左上側頭回(left

superior temporal gyrus),左右上下頭頂葉(bilateral superior and inferior parietal

lobule),下前頭回(inferior frontal gyrus)などが関与してくると言われている。第二言語習得(以下,L 2 A)における言語能力の差は,言語使用の効率性と相関関係があ

り,言語能力の高い学習者ほど言語処理に使う認知容量は少なく,逆に低いほど多くの容量が必要になりそれだけ効率性は低くなる。Prat et al.(2011)は,84人の被験者を言語能力の高い学習者と低い学習者の2グループに分け,脳の活性化の度合いを調べた。その結果,習得語彙の少ない被験者ほど脳活動が活発になることを突き止めた。その脳活動が起こる場所は,前頭葉と側頭葉を含む言語をコントロールするネットワーク部位であった。例えば,左脳では視覚認識(vision recognition)と語彙認識(word recognition)に関わる下位後頭葉(inferior

occipital lobe)と側頭葉である。こうした結果から,習得レベルの低い学習者ほど脳の活動ネットワークを広範囲に使用するため効率性が低くなるのに対し,レベルの高い学習者は,その範囲が狭く,神経の使用効率も高いことが分かった。神経言語学では,同時バイリンガルは大脳基底核の被殻(putamen)を活発に働かせて言

語をコントロールしているとしている。被殻は,大脳皮質下にあり運動を暗示的にコントロールする部位である。それに対し,継続バイリンガルのそれは右背外側前頭前部皮質(dorsolateral prefrontal cortex, DPFLC),前帯状回(anterior cingulate gyrus),そして補足運動野(supplementary motor area)である。これら3か所は言語コントロールに関係する部位であり,同時バイリンガルに見られる大脳基底核(basal ganglia)にある被殻とは対照的に大脳皮質の領野を使用している。ここは意識的かつ明示的なコントロールに関係する箇

バイリンガル脳の二つの言語 27

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所でもある。そのことから継続バイリンガルの L 2は,意識的な明示的コントロールを使用するのに対し,同時バイリンガルは無意識的な暗示的システムを使用すると言える。Ullman

(2001)の DP(Declarative/Procedural)モデルによると,意識的な陳述記憶は内側側頭葉(medial temporal lobe)に関係し,無意識的手続き記憶は左前頭葉と大脳基底核が関与するとしている(Paradis, 2003)。この知見を第二言語習得に適用すると,L 2学習者の習熟度の差は,陳述記憶が手続き記憶

(procedural memory)への転換に必要な言語知識の自動化の割合の差であり,母語話者並みのレベルに到達するためには言語知識が明示的陳述記憶(explicit declarative memory)から暗示的手続き記憶(implicit procedural memory)へ移行される必要がある(Ashby &

Crossley, 2012)。つまり,高度な習熟度は手続き記憶に関係する脳回路と結びつくが,低いレベルの習得は L 2知識が陳述記憶の脳回路と結びついているため自動化されないとなる。従って,言語の上達レベルは,言語知識の自動化レベルと関係し,そこには陳述記憶と手続き記憶が関与すると言える(吉川,2016)。

Hernandez(2013)は,「感覚・運動処理仮説」(Sensorimotor Hypothesis)を提示し,第一言語習得は,感覚運動に関係し,L 2 Aはより複雑な言語処理を発達した認知能力で補いながら練習を何度も反復しながら学んでいくことによって,より高度なレベルに到達するとしている。この仮説では,L 2が上達するにつれて,暗示的言語能力が向上し,それとともに自動化が進み,自動化が十分でない部分については認知機能を持つ側頭葉,前頭葉,前帯状(anterior cingulate)を使用しながらメタ言語知識で補足するとしている(Perani et al.,

1996)。

5.2.L 1(右半球)vs.L 2(左半球)L 1と L 2の脳内活動の違いを示すものにバイリンガルの失語症の回復に関連して提案され

た Jakobson(1968)の「退行仮説」(Regression Hypothesis)がある。この仮説によれば,上層にあるものはそれより下の層にあるものに先んじて破壊されとしている。これは「リボーの法則」(The rule of Ribot, 1882)の「最も新しく記憶されたものが最初に破壊され,幼児の時に習得された言語が優先的に回復する」と合致するものであり,L 1と L 2は,基本的に独立した言語知識として脳に格納されていることを示唆している。

fMRIなどの最新機器の導入により同時バイリンガルの L/1+1は同じ脳部位が活性化するとする研究をここまで紹介してきたが(Hirsh et al., 1997; Perani & Abutalebi, 2005),Hernandez et al.(2001)は,スペイン語と英語の同時バイリンガルの脳内活動を調べた。対象は5歳までに L 2を獲得していた被験者であり,fMRI実験の結果,上記の実験例と同じく二つの言語は脳内の同じ領域で活性化していたという。さらに Perani et al.(2005)の同時バイリンガルを被験者とする fMRI研究でも,L 2は L 1獲得と同じ神経回路を経由して獲得され,そのため L 2処理の活性化パターンにも L 1とに類似性があったと報告している。しかし,継続バイリンガルを研究したHagen(2008)は,L 2と L 1は異なる領野を使用し,同時バイリンガルの場合とは違うことを指摘している。こうした研究から,L 1獲得と L 2習得の違いは言語学習が不十分であったという学習量の問題とか,心理的・情意的要因によるものではなく,生まれた時からの生物学的な認知能力の発達プロセスに根本的な変化が起こることによるものであると言える。こうした言語処理を可能にするバイリンガルの神経回路は右脳と左脳のどちらの半球に形成

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されるのであろうか。岩田(2006)によると,脳の左右半球差は,胎児期にすでに生じている。そして,言語能力の左半球偏在は,生まれた時にはまだ定まっておらず,左右いずれの半球も言語能力を獲得していく可能性があるが,生後左半球に言語が習得されるにつれ,右半球の潜在能力は次第に失われていき,右半球の言語機能を不可逆的に喪失してしまうのは,およそ10歳頃という。この言語習得に関する右脳と左脳の役割については,二つ目の言語が L 1のように生後自然

に獲得される同時バイリンガルは右脳を使用する一方,脳の機能分化が進んでいく時期に形式的な学習方法によって習得する継続バイリンガルの L 2処理は,右脳による言語習得機能がすでに失われているため左脳が使用されると考えられる(Zangwill, 1967)。つまり,幼児期に自然な環境で言語を「獲得」する場合には右脳の機能に依存し,形式的学習により「習得」する場合には,左脳の機能に依存すると言えよう。この左右脳の機能について Genesee

(1998)も,L 2に触れる環境が自然である場合には,右脳の働きが優位になるが,教育機関で学習した場合には,左脳の働きの方が優位になるとしていて,右脳と左脳の働きの違いを説明している。また,fMRI実験でも教室で習得した L 2の上級学習者は,左脳が右脳より活性化するのに対し,初級学習者は両半球が活性化するとしている。これは言語能力の発達につれて言語処理の脳内部位が右脳から左脳に移行する(11)からであ

り,言語習得の「段階仮説」(The Stage Hypothesis)によって説明が可能である。すなわち上級学習者は左脳で分析的に L 2処理をしているが,初級学習者は,左脳では十分に処理できないため右脳を働かせて非言語情報やイメージ処理などを駆使しながら理解していく。このことは形式的かつ分析的な言語処理を必要とする認知機能が言語発達とともに発達することによって,左脳優位に働くようになっていくからと言える(Wintelson, 1977)。そして,この左脳は,L 2の習熟度が高くなるにつれて意識的な言語処理から無意識的な処理に移行させていくと考えられ,そのことは,言語処理が自動化していくプロセスに他ならないと言える(Bialystok,1982)(12)。こうした研究から,同時バイリンガルと継続バイリンガルでは,言語処理に関して右脳と左

脳の関わり方が異なると言える(Fabbro,1999; Paradis, 2004)。つまり,L 2を幼児期に自然な形で母語に近い形で「獲得」する同時バイリンガルの場合は,その言語処理を L 1同様に右脳が関与し,教室環境で明示的な方法で「習得」することが多い継続バイリンガルの L 2は左脳が関与すると言える(Albert & Obler,1978; Carroll,1980)。

6.結び

本稿では多様なバイリンガルを同時バイリンガルと継続バイリンガルに絞り,二つの言語がどのように獲得/習得されていくのかについて先行研究を紹介しながら論じてきた。バイリンガルの二つの言語能力は,必ずしも同等ではなく,どちらか一方が優勢(dominant)な言語になっているのが一般的である。しかし,幼少の頃に二つの言語を身につける同時バイリンガルの2言語は L/1+1,すなわち二つの母語形態であり,それに対し,母語を受けて第二言語を習得する継続バイリンガルは,母語プラス L 2([L 1]+L 2)となり,その両言語の習熟度には差がある。この継続バイリンガルの L 2は教室環境で習得していく場合が多く,脳機能の局在化と関係する学習時期と学習環境の違いが,L 1と L 2の習熟度に違いを生じさせると言える。また,バイリンガル脳に収められている二つの言語処理は,単一システムでなされるのか,

それとも分離独立した二つのシステムでなされるのかについても論じた。結論としては,同時

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バイリンガルは最初の第一段階では2言語が区別できないため一つの共有された統合システムを作り,その後,2言語の違いを認識するにつれて二つの異なるシステムに分化させ,それらが相互に活性し合いながらバイリンガルになっていく。しかし,継続バイリンガルは,母語がすでに確立されている後に L 2が習得されていくため,二つの言語は相互に補う形で発達する同時バイリンガルとは異なる形態を作り,その結果,L 2は L 1の影響を受けるバイリンガルとなる。次に脳の右半球と左半球が言語獲得や習得に果たす役割については,多くの実験結果が示す

ように,同時バイリンガルは,二つの言語獲得に右脳が関与するのに対し,継続バイリンガルでは,大脳の機能分化(lateralization)により言語中枢が左半球に集中した後の L 2習得であるため,それは左脳が関与するとした。そして,母語獲得に見られる感覚認識を担う右脳で処理される言語知識(L 1)は無意識的知識であり,論理・分析思考に関わる左脳での処理は意識的な言語知識(L 2)として脳内に格納されていくとした。言語中枢と L 1と L 2との関係について興味ある点は,言語産出(output)に関係するブロ

ーカ野では二つの言語が別個に存在する同時バイリンガルに対し,二つの言語が寄生する形の継続バイリンガルでは L 2が L 1に重なる形で格納され二つは干渉し合うという点(13)と,言語理解に関係するウエルニッケ野では,同時バイリンガルも継続バイリンガルも同じ場所が活性化するという点である。言語を理解するウエルニッケ野は,なぜ両バイリンガルとも同一システムが形成されるのだろうか。バイリンガルの二つの言語は,もともと別個に格納されるとする研究もある(14)が,こうした点についての詳細な研究が今後必要であろう。また,バイリンガルが二つの言語を使い分ける言語選択と,それを可能にさせる脳部位につ

いても検討する必要がある。つまり言語選択をコントロールしている部位は,同時バイリンガルと継続バイリンガルでは異なるのか否かである。京都大学チームは左脳尾状核(left

caudate nucleus)がその役割を担っていると報告しているが,果たしてその機能を持っているのは尾状核だけであろうか。多くの研究者は,fMRIなどの最新機器を駆使して脳内活動を調べているが,この fMRIも正確性に欠ける機器であり,「尾状核説」は,あくまで仮説に過ぎない。以上,いくつかの疑問点を指摘したが,いずれも興味が尽きない難問である。最新機器がさ

らに今後開発され精密度の高い調査が可能になることを期待する。

注(1) 本稿では自然な環境で無意識的に言語を身につける「獲得」と,教示的に身につける「習

得」とを区別して使用する。(2)Bloomfieldのように二つの言語を流暢に話せる者をバイリンガルと定義すれば,「流暢」

(fluency)とは母語話者(native speaker)並みのレベルを意味するのかを含め,どのような習熟レベル(例 発音,文法)を指すのか非常に曖昧である。

(3)Grosjean(1996)は,どこで,どのように言語を習得していったかという習得環境と二つの言語使用が要求される場所,時といった状況要因があり,そうした要因に応じて2言語を使い分けるのがバイリンガルとして機能面からバイリンガルを説明している。

(4) Yip(2013)は,不均衡バイリンガル(unbalanced bilingual)が受ける第二言語(L 2)のインプット量は,第一言語(L 1)の30%~40%しかなく,それが L 1>L 2となる要因の一つでもあるとしている。

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(5) これに先立って,L 1と L 2の結びつきを示すものとして,Kroll(1993)は,語彙連結モデルと概念媒介モデルを提唱し,L 2 Aの初期段階では L 2から概念にたどるには L 1を媒介する語彙連結モデルを使用し,熟達度が上がると L 2から直接概念と結びつくとする概念媒介モデルを使用するとしていた。その後,それを改定した新モデル(Kroll & Stewart,1994)を提案し,L 1と L 2の非対称性に焦点を当て,L 1の方が L 2よりも概念との結びつきが強いとした。

(6) コネクショニストの言語習得プロセスの考え方の基本は,心理学の行動主義の影響を受け,刺激(言語入力)と反応(言語出力)を繰り返すことにより言語の脳神経回路が構築され習得に結びつくとしている。

(7) 京都大学チームの報告(2006年9月6日発行の米国科学雑誌『サイエンス』)を参照のこと。(8) 二つの言語を同時に獲得するため バイリンガル第一言語獲得(Bilingual First Language

Acquisition, BFLA)とする研究者もいる(De Houwer,2009)。(9) 酒井(2003)は,文法処理はブローカ野が行い,意味はウエルニッケ野で処理されるとして

いる。(10) ブローカ野は,音声面に関与し,下位部は発話運動に関わり,上位部は音声アクセスに関係

するとされている(Broca,1988;Graves,1997)(11) 母語獲得は右脳から左脳へ関わりが移っていく。L 2 Aにおいても初期段階では右脳が関与

しており,徐々に左脳に移行していくとしている(Obler,1993)。(12) 言語能力と処理能力の自動化については吉川(2016)に詳しい。(13) L 2 Aにも臨界期があると主張する研究もあるが,それは L 1習得に起こる臨界期が L 2習

得に間接的に影響を与えるから L 2能力が L 1ほど向上しないとも言える。また,L 2 Aで議論される L 2習得における L 1の干渉もこれが原因である可能性がある。例えば,L 1の L 2

への正の転移(positive transfer)や負の転移(negative transfer)などの現象が上げられる(Cook, 1992)。この L 2が L 1に影響を受けることは Nakada, Fujii, & Kwee(2001)のfMRIによる reading研究でも示唆されている。この実験では,L 1で使用する認知神経下位組織を L 2でも使用しており,L 1を基にして L 2を習得していくとしている。例えば,英語母語話者が使用する脳の活性パターンと英語を L 2として学ぶ日本人学習者のパターンには明らかに違いが見られ,日本人のパターンは,母語である日本語使用時のパターンを使用していることが判明した。そのため,発音で L 2に L 1のアクセントが残るのと同じように readingでも L 1の影響が出ることになるとしている。

(14) 失語症研究からの知見として Pitres(1895)は,直近の言語ほど記憶に深く入り込んでいくため失語することが少ないという。これは最初に習得された言語が損傷を受けないとするPitresルールと言われるものである。これは脳に損傷を負った患者が,回復後に話すのは本人にとって一番親しみのある言語(familiar language),すなわち,より強い言語であって習得時の年齢(age of acquisition)ではないとしている。こうした言語回復の症例は,二つの言語は別々に脳内に格納されていることを証明している。

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