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ブラスト処理金属片のインサート成形による金属・樹脂直接接合 東京大学 ○木村 文信,田村 勇太,門屋 祥太郎,梶原 優介 Metal/Polymer Injection Molded Direct Joining using Abrasive Blasted Metal Work The Univ. of Tokyo Fuminobu Kimura, Yuta Tamura, Shotaro Kadoya, and Yusuke Kajihara Abstract: An injection molded polymer body can be joined to a metal piece whose surface is specially treated. One of the surface treatment is abrasive blasting that roughens the surface and creates micro-structures on the surface. During the injection molding, the melted polymer flows into the micro-structures and then the metal and polymer can be joined. This paper describes an experimental investigation of relationship between blasting conditions and strength of the joining. For the joining processes, we used the metal pieces with various sized/shaped surface structures that were abrasive blasted under various conditions. To evaluate the joining samples, we carried out tensile tests and show that the strength can be affected by blasting conditions. 1. はじめに 近年の製造業では環境・エネルギー面への配慮から構造の軽量 化が重視され,構造材を金属から樹脂へ置き換える方法が多く取 り組まれている.しかし,構造全てを樹脂に置換できない場合は 必ず金属と樹脂を接合する技術が必要となる.従来はねじやリベ ット,接着剤を利用することで接合しているが,近年では,それ らの余分な部品を用いずに直接接合する手法が注目を集めるよう になっている. 金属・樹脂の直接接合の一つとして,特殊な表面処理を施した 金属部材を金型内に挿入してから射出成形を行う(インサート成 形する)ことで,挿入した金属部材と射出樹脂を接触面で強固に 接合する手法が提案されている.金属部材の表面処理としては, 樹脂と化学結合を生じさせる特殊な膜(レイヤ)をコーティング する方法[1]や,薬品[2]やレーザ加工[3],ブラスト加工[4]によっ て表面に微細構造を形成する(粗化する)方法が提案されている. 中でもブラスト加工は,大面積をローコストで処理できるドライ プロセスであり,微細構造の形状制御性も比較的高いといった利 点を有している.しかし,他の処理方法[2, 3]に比べて研究・調査 があまりなされておらず,接合に必要な条件や加工条件と接合強 度の関係が十分に明らかにされていない.従って,本稿では「ブ ラスト加工を利用した直接接合」を主題として取り上げる. 金属部材の表面微細構造を利用する直接接合手法は,(a)金属部 材の表面粗化処理と(b)樹脂部材の射出成形といった 2 つの加工が 要素技術となる(図 1a および b).それぞれについて様々な加工 条件が存在し,それらを最適化していくことが求められる.最適 化へのアプローチの 1 つとして,実際に条件を変化させて接合サ ンプルを作製し,その都度強度試験を行う,という方法が考えら れる.本稿ではその一環として,ブラスト加工による表面粗化処 理の加工条件が接合界面のせん断強度(接合強度)にどのような 影響を与えるかを調査することを目的とする. 2. 直接接合の加工プロセス 2.1 ブラスト加工 本研究ではエアブラストの一種である,直圧式マイクロブラス トを用いて表面粗化処理を行った.図 2 にブラスト装置の模式図 を示す.圧縮した空気によって噴射材をノズル先端から金属片表 面に向けて噴射する.噴射材の金属片への衝突によって金属表面 は塑性変形し,微細な凹凸形状が形成される.また,ノズルを水 平方向(図中の x-y 方向)に送ることで,金属片表面の任意の部 分を加工する. 加工条件として設定できるものは,噴射材の種類,圧縮空気の 圧力,ノズル先端と金属片の距離などがある.今回は噴射材のみ を変え,他の条件は固定した(空気圧:1.0 MPa,ノズル距離:10 mm).使用した噴射材(新東工業製)は大別するとアルミナ砥粒 とガラスビーズの 2 つに分類でき,それぞれでサイズの異なるも のを単独もしくは組み合わせて用いた.ブラスト加工条件(噴射 材の品番,おおよそのサイズ)を表 1 に示す.条件 a から d はア ルミナ砥粒のみを用いるもので,条件 e f は,条件 b で加工し た金属片にガラスビーズを用いて追加工するものである.使用し た金属片はアルミニウム合金(A5052)である. 以上の条件で加工したアルミ片の表面粗さを計測した(規格: JIS B 0601-1994).計測結果(算術平均粗さ Ra,最大高さ Ry,十 点平均粗さ Rz)を表 1 の右側に示す.噴射材が大きくなるほど表 面粗さが大きくなることが分かる.また,追加工に関しては,ガ ラスビーズの径が大きいものを利用したもの(条件 e)では,よ り表面が粗くなる方へ(b から a に近くなる),径が小さいもので 追加工した場合(条件 f)は表面が細かくなる方へ(b から c)変 化していることが分かる. 1 金属・樹脂直接接合は(a)金属部材の表面粗化処理と(b) 樹脂部材の射出成形(インサート成形)の 2 つの加工が要素 技術となる. (a) suface treatment raw metal polymer (b) injection molding 1 ブラスト加工の条件(噴射材の違い)と加工後の金属 片の表面粗さ(規格:JIS B 0601-1994,単位:μm). 品番 平均サイズ Ra Ry Rz a WAF80 181 μm 3.79 28.7 18.6 b WAF150 84.5 μm 2.45 17.2 12.5 c WAF180 71.5 μm 2.08 14.9 11.1 d WA#400 47.5 μm 1.05 7.25 5.97 e WAF150 GB-D 84.5 μm φ256 μm 3.38 19.5 13.1 f WAF150 GB-AH 84.5 μm φ67.5 μm 2.20 13.6 10.1 2 直圧式マイクロブラスト装置の模式図. Metal work Nozzle 2015 年度精密工学会季大会学術講演会講演論文集 Copyright Ⓒ 2015 JSPE - 441 - G69

Metal/Polymer Injection Molded Direct Joining using

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Page 1: Metal/Polymer Injection Molded Direct Joining using

ブラスト処理金属片のインサート成形による金属・樹脂直接接合

東京大学 ○木村 文信,田村 勇太,門屋 祥太郎,梶原 優介

Metal/Polymer Injection Molded Direct Joining using Abrasive Blasted Metal Work

The Univ. of Tokyo Fuminobu Kimura, Yuta Tamura, Shotaro Kadoya, and Yusuke Kajihara

Abstract: An injection molded polymer body can be joined to a metal piece whose surface is specially treated. One of the surface treatment is abrasive blasting that roughens the surface and creates micro-structures on the surface. During the injection molding, the melted polymer flows into the micro-structures and then the metal and polymer can be joined. This paper describes an experimental investigation of relationship between blasting conditions and strength of the joining. For the joining processes, we used the metal pieces with various sized/shaped surface structures that were abrasive blasted under various conditions. To evaluate the joining samples, we carried out tensile tests and show that the strength can be affected by blasting conditions.

1. はじめに 近年の製造業では環境・エネルギー面への配慮から構造の軽量

化が重視され,構造材を金属から樹脂へ置き換える方法が多く取

り組まれている.しかし,構造全てを樹脂に置換できない場合は

必ず金属と樹脂を接合する技術が必要となる.従来はねじやリベ

ット,接着剤を利用することで接合しているが,近年では,それ

らの余分な部品を用いずに直接接合する手法が注目を集めるよう

になっている. 金属・樹脂の直接接合の一つとして,特殊な表面処理を施した

金属部材を金型内に挿入してから射出成形を行う(インサート成

形する)ことで,挿入した金属部材と射出樹脂を接触面で強固に

接合する手法が提案されている.金属部材の表面処理としては,

樹脂と化学結合を生じさせる特殊な膜(レイヤ)をコーティング

する方法[1]や,薬品[2]やレーザ加工[3],ブラスト加工[4]によっ

て表面に微細構造を形成する(粗化する)方法が提案されている.

中でもブラスト加工は,大面積をローコストで処理できるドライ

プロセスであり,微細構造の形状制御性も比較的高いといった利

点を有している.しかし,他の処理方法[2, 3]に比べて研究・調査

があまりなされておらず,接合に必要な条件や加工条件と接合強

度の関係が十分に明らかにされていない.従って,本稿では「ブ

ラスト加工を利用した直接接合」を主題として取り上げる. 金属部材の表面微細構造を利用する直接接合手法は,(a)金属部

材の表面粗化処理と(b)樹脂部材の射出成形といった 2 つの加工が

要素技術となる(図 1a および b).それぞれについて様々な加工

条件が存在し,それらを最適化していくことが求められる.最適

化へのアプローチの 1 つとして,実際に条件を変化させて接合サ

ンプルを作製し,その都度強度試験を行う,という方法が考えら

れる.本稿ではその一環として,ブラスト加工による表面粗化処

理の加工条件が接合界面のせん断強度(接合強度)にどのような

影響を与えるかを調査することを目的とする.

2. 直接接合の加工プロセス 2.1 ブラスト加工 本研究ではエアブラストの一種である,直圧式マイクロブラス

トを用いて表面粗化処理を行った.図 2 にブラスト装置の模式図

を示す.圧縮した空気によって噴射材をノズル先端から金属片表

面に向けて噴射する.噴射材の金属片への衝突によって金属表面

は塑性変形し,微細な凹凸形状が形成される.また,ノズルを水

平方向(図中の x-y 方向)に送ることで,金属片表面の任意の部

分を加工する. 加工条件として設定できるものは,噴射材の種類,圧縮空気の

圧力,ノズル先端と金属片の距離などがある.今回は噴射材のみ

を変え,他の条件は固定した(空気圧:1.0 MPa,ノズル距離:10 mm).使用した噴射材(新東工業製)は大別するとアルミナ砥粒

とガラスビーズの 2 つに分類でき,それぞれでサイズの異なるも

のを単独もしくは組み合わせて用いた.ブラスト加工条件(噴射

材の品番,おおよそのサイズ)を表 1 に示す.条件 a から d はア

ルミナ砥粒のみを用いるもので,条件 e と f は,条件 b で加工し

た金属片にガラスビーズを用いて追加工するものである.使用し

た金属片はアルミニウム合金(A5052)である. 以上の条件で加工したアルミ片の表面粗さを計測した(規格:

JIS B 0601-1994).計測結果(算術平均粗さ Ra,最大高さ Ry,十

点平均粗さ Rz)を表 1 の右側に示す.噴射材が大きくなるほど表

面粗さが大きくなることが分かる.また,追加工に関しては,ガ

ラスビーズの径が大きいものを利用したもの(条件 e)では,よ

り表面が粗くなる方へ(b から a に近くなる),径が小さいもので

追加工した場合(条件 f)は表面が細かくなる方へ(b から c)変

化していることが分かる.

図 1 金属・樹脂直接接合は(a)金属部材の表面粗化処理と(b)樹脂部材の射出成形(インサート成形)の 2 つの加工が要素

技術となる.

(a) suface treatment

raw metalpolymer

(b) injection molding

表 1 ブラスト加工の条件(噴射材の違い)と加工後の金属

片の表面粗さ(規格:JIS B 0601-1994,単位:µm).

品番 平均サイズ Ra Ry Rz

a WAF80 181 µm 3.79 28.7 18.6

b WAF150 84.5 µm 2.45 17.2 12.5

c WAF180 71.5 µm 2.08 14.9 11.1

d WA#400 47.5 µm 1.05 7.25 5.97

e WAF150 GB-D

84.5 µm φ256 µm

3.38 19.5 13.1

f WAF150 GB-AH

84.5 µm φ67.5 µm

2.20 13.6 10.1

図 2 直圧式マイクロブラスト装置の模式図.

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2.2 射出成形 樹脂部材の成形は,筆者らのこれまでの報告[5]と同様の装置・

手法を用いた.樹脂材料は PBT(1101G-X54,東レ)である.図 3に射出成形に用いた金型(キャビティ)の平行投影図を示す.成

形品は 5 x 10 mm の面積で接合する重ね継手構造になる.本金型

には圧力センサ(6158A,キスラー)と温度センサ(EPSSZT-04,双葉電子工業)が組み込まれており,金型内部の状態を計測する

ことができる.計測に基づいて成形機のパラメータを調整し[5],表 2 に示す成形条件を満たすよう接合サンプルを作製した(図 4).

3. 強度評価 作製した接合サンプルの評価のため,引張せん断強度の試験を

行った.前報[6]で開発した試験機を用いて,一定速度(1 mm/min.)でサンプル両端からひずみを与え,破断するまでに掛かった最大

荷重を強度として記録した.各サンプルは 6 個ずつ用意し,成形

後デシケータ内で 24 時間以上待機させてから試験を行った. 図 5 に試験結果を示す.横軸は表 1 にある条件を示し,縦軸が

強度の平均値と標準偏差(エラーバー)を示している.条件 d お

よび e のサンプルはそれぞれ 6 個中 3 個が非常に小さい力で破断

し,強度の測定ができなかった.試験結果には,試験前に破断し

たものを除いた場合(図中の N=3)と,強度を 0 kN として含めた

場合(図中の N=6)それぞれの平均値と標準偏差をプロットして

いる.また,条件 f のサンプルはすべて待機中に自然に破断した

ため,強度をすべて 0 kN とした.結果から,条件によっては確実

に接合できているとは言えないが,ある条件(a から c)では十分

な接合が確認できた.これらの強度は薬品処理を利用した直接接

合成形品のもの[5]と遜色なく,ブラスト加工を利用する方法の有

用性が確認できる.また,b と e もしくは b と f の比較から,追加

工を施したものは強度が下がることが確認できた. 成形条件を今回のものに限ると,ブラスト加工の条件が b の場

合(表面粗さとしては 2 番目に粗い条件)に最も強く接合してお

り,単純に表面粗さが大きく(もしくは小さく)なるほど強度が

高くなるわけではないことが分かる.定量的な評価はできていな

いが,ブラスト処理金属片の表面の顕微鏡像などから判断すると,

条件 b のときに表面凹凸形状のアスペクト比が高くなっているよ

うに見受けられる.高アスペクト比によって,樹脂の金属表面へ

のアンカー効果や実際の接触面積が大きくなり,接合強度が高く

なっているのだと考えられる.アスペクト比などの定量的な評価

は今後の課題とする.また,各ブラスト加工条件に対して,最適

な成形条件が唯一のものになるとは限らないため,今後は,表面

形状(粗さ・アスペクト比など)ごとに最適な成形条件で接合を

行うことを検討していきたい.

4. まとめ 本稿ではブラスト処理金属片をインサート成形することで樹脂

との直接接合を行い,ブラスト加工に用いる噴射材の違いが接合

強度に与える影響を調査した.条件によっては接合の可・不可は

あるものの,他の処理と遜色ない強度を有することが確認できた.

強度変化については,処理金属片の表面粗さだけでは単純に表す

ことができず,定性的ではあるがアスペクト比なども検討する必

要があることが示唆された. 今後は,より多くの視点から表面形状を定量的に評価し,接合

強度への影響調査を検討する.加えて,接合界面の観察・分析な

どを通して,ブラスト処理を利用する直接接合の加工条件の最適

化などを図っていく.

謝辞 本研究の一部は,JSPS 科研費(#15K17946),公益財団法人小笠

原科学技術振興財団および一般財団法人生産技術研究奨励会の助

成を受けて行われた.また,実験の一部は東京大学・横井研究室

の協力の元行われた.

参考文献 [1] 佐々木 ほか:“トリアジンチオール化合物を電解重合したス

テンレス鋼板とナイロン樹脂の射出成形による直接接着”, 高分子論文集, 55 (8), pp. 470-476, 1998.

[2] 安藤:“NMT: アルミ合金に対する熱可塑性エンプラの射出接

合技術”, 成形加工, 16 (9), pp. 588-591, 2004. [3] 瀬戸 ほか:“樹脂—金属接合射出成形品の接合強さに与える成

形条件の影響”,成形加工, 27 (2), pp. 68-74, 2015. [4] K. Ramani and B. Moriarty: “Thermoplastic bonding to metals via

injection molding for macrocomposite manufacture”, Polymer Eng. & Sci., 38 (5), pp. 870-877, 1998.

[5] F. Kimura, et al.: “Cavity pressure dependence on tensile-shear strength of metal-polymer direct joining”, in Proc. Int’l MATADOR Conf. 2015, pp.154-158, 2015.

[6] 門屋 ほか:“金属-樹脂直接接合評価のための引張試験装置の

開発”, 精密工学会春季大会講演論文集, pp. 131-132, 2015.

表 2 成形条件

充填圧力 60 MPa 保圧 40 MPa

保圧時間 8 s 射出率 94.2 cm3/s

金型温度 140 °C 樹脂温度 270 °C

アニール温度 130 °C アニール時間 2 h

図 4 作製した接合サンプルの外観.

図 5 各条件での強度試験の結果.条件 d および e ではそれ

ぞれ試験片 6個中 3個が試験前に破断してしまい測定ができ

ず,条件 f ではすべてが接合しなかった.

a b c d e fCondition

0.0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

0.7

0.8

Shea

r stre

ngth

[kN

]

N=3 N=3

N=6 N=6 N=0

図 3 成形に用いた金型(キャビティ)の平行投影図.

Pressure sensor

Thermo-sensor

Sprue

Top-view

Front-view

Metal piece

Runner

Gate

455 (lap length) unit: mm

1050t 3 t 1.5 18

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