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Landau-Lifshitz-Gilbertの方程式と 磁壁移動検出方式 1

Landau-Lifshitz-Gilbertの方程式と 磁壁移動検出方式1.フェロ磁性体のLandau-Lifshitz-Gilbertの方程式 磁壁移動速度を考えるためには,Landau-Lifshitz-Gilbert(LLG)の方程式を扱わなければならな

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Landau-Lifshitz-Gilbertの方程式と

磁壁移動検出方式

1

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目   次

1.フェロ磁性体のLandau-Lifshitz-Gilbertの方程式 3

2.フェリ磁性体のLandau-Lifshitz-Gilbertの方程式 3

3.単磁区構造におけるLandau-Lifshitz-Gilbertの解 7

4.磁壁移動速度(マイクロマグネティックシミュレーション) 10

5.磁壁移動速度(近似解析式) 11 (1)Walkerの限界以下の場合 11 (2)Walkerの限界以上の場合 13 (3)垂直ブロッホラインを考慮した場合 16 (4)水平ブロッホラインを考慮した場合 17

6.パラメーターの数値 18

7.近似解析式によるシミュレーション結果 20

8.実験結果 26

9.まとめ 27

2

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1.フェロ磁性体のLandau-Lifshitz-Gilbertの方程式 磁壁移動速度を考えるためには,Landau-Lifshitz-Gilbert(LLG)の方程式を扱わなければならない.実際の材料は,フェリ磁性体であるが,まずはじめにフェロ磁性体のLLGの方程式

dMd t

= −γ M × H +αMs

M ×dMd t

(1)

を考える.ここで,M は磁化ベクトル,Msは飽和磁化,γ は磁気回転比(ジャイロ磁気比,ジャイロ

磁気定数,単位は 1/ Oesec( )[ ]),α は損失定数(Gilbertの制動定数,Gilbertのダンピング定数,無次

元)である. γ は,

γ =

gµB

h (2)

であり,gはg係数,µBはBohr磁子, hはPlanck定数/ 2πである.DWDDでは温度勾配による磁壁移動を考えるので,パラメータの温度変化は重要であるが,これより,γ は温度変化がないと考えら

れる.磁気モーメントがスピンのみから生じる場合,g = 2となり, γ = 1.76×107 1/ Oesec( )[ ]となる.

 一方,α は,

α =λ

γ Ms

(3)

であり,λ はLandau-Lifshitzの損失定数である.フェロ磁性体のλ の実験結果

S. M. Bhagat and P. Lubitz: "Temperature variation for ferromagnetic relaxation in the 3dtransition metals" Phys. Rev. B 10 (1974) 179.

より,低温を除いて,λ に温度変化はあまりない.従って,α の温度変化は,Msの逆数の温度変化になる. γ やα は,強磁性共鳴(FMR)の測定から求めることができる.特に,α は,FMRの共鳴曲線の半値幅∆H より,

α =γ ∆H

2ω (4)

から求めることができる.ここで,ωは共鳴周波数である. ∆H には,一般に,α による寄与のほかに,膜の不均一性による寄与(例えば,異方性の分散,すなわち,異方性が場所場所でミクロに異なる)が含まれるので注意が必要である.この両者を分離するためには,マイクロ波の周波数を変えるとよい.すなわち,α による寄与は,損失が周波数によって変わらなければ,マイクロ波の周波数を倍にすれば∆H も倍になる.一方,膜の不均一性による寄与は,周波数に関わらず,ほぼ一定になる. 例えば,異方性Kが∆Kだけ揺らいでいるとすると,∆H も2∆K /Msだけ幅が広くなるが,これはマイクロ波の周波数には無関係である.

2.フェリ磁性体のLandau-Lifshitz-Gilbertの方程式

太田恵造:“磁気工学の基礎II”(共立出版,1979) p.368

3

R. Giles and M. Mansuripur: "Dynamics of magnetization reversal in amorphous films of rare

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earth - transition metal alloys" J. Magn. Soc. Jpn. Vol.15 (1991) Suppl.S1, 299.

 希土類-鉄族非晶質(RE-TM)合金において,REの副格子磁化をM1(ベクトル),Ms1 > 0(大きさ),磁気回転比をγ1,損失定数をα1,TMの副格子磁化をM2(ベクトル),Ms2 > 0(大きさ),磁気回転比をγ 2,損失定数をα2とする.ここで,γ1,γ 2は,

γ 1 =

g1µB

h (5)

γ 2 =

g2µB

h (6)

であり,g1はREのg係数,g2はTMのg係数である. g1はLandeのg係数で,例えば,RE = Gdならばg1 = 2,RE = Tbならばg1 = 3/ 2 =1.5であるし,g2

はほぼ2となる.γ1,γ 2に温度変化はない. 一方,α1と,α2は,

α1 =λ1

γ 1 Ms1

(7)

α2 =λ2

γ 2 Ms2

(8)

であり,λ1はREのLandau-Lifshitzの損失定数,λ2はTMのLandau-Lifshitzの損失定数である. λ1,λ2には温度変化がないと考えるが,α1,α2には温度変化があり,各副格子磁化に反比例することになる. 論文

R. Giles and M. Mansuripur: "Dynamics of magnetization reversal in amorphous films of rareearth - transition metal alloys" J. Magn. Soc. Jpn. Vol.15 (1991) Suppl.S1, 299.

では,Tb-Fe-Coを扱っていて,α1 = α2 = 0.1としている.すなわち,α には温度変化がないとしている. そして,LLGの方程式をM1,M2の両方に対して立てる.

dM1

dt= −γ 1 M1 × H1 +

α1

Ms1

M1 ×d M1

d t (9)

dM2

d t= −γ 2 M2 × H 2 +

α2

Ms2

M2 ×dM2

dt (10)

ここで,H1には,M2からの分子磁界も含まれているし,H2には,M1からの分子磁界が含まれている. 分子磁界は非常に強力なので,M1とM2は反平行と考え,ベクトルM1方向の単位ベクトルをmとすると,

M1 = Ms1m (11)

M2 = −Ms2m (12)

4

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となる.(11)式,(12)式を,それぞれ(9)式,(10)式に代入すると,

Ms1

dmdt

= −γ1 Ms1m× H1 + α1Ms1m ×dmdt

(13)

−Ms2

dmd t

= γ 2 Ms2m × H 2 +α 2Ms2m ×dmdt

(14)

となる.(13)式,(14)式を,それぞれ γ 1 , γ 2 で割り,

Ms1

γ 1

dmdt

= −Ms1m × H1 +α1Ms1

γ 1

m×dmd t

(15)

−Ms2

γ 2

dmdt

= Ms2m × H2 +α2Ms2

γ 2

m×dmd t

(16)

(15)式,(16)式を加えると,

Ms1

γ 1

−Ms2

γ 2

dmd t

= −m× Ms1H1 − Ms2H2( ) +α1Ms1

γ 1

+α2Ms2

γ 2

m ×

dmdt

(17)

となる.(17)式の両辺に,

Ms1 − Ms2

Ms1

γ 1

− Ms2

γ 2

(18)

を掛け,正味磁化M (ベクトル)が,

M = Ms1 − Ms2( )m (19)

であり,正味磁化がMs = Ms1 − Ms2であることを考慮すると,

dMd t

= −γ eff M × Heff +αeff

Ms

M ×dMdt

(20)

が得られる. ここで,

γ eff =Ms1 − Ms2

Ms1

γ 1

− Ms2

γ 2

(21)

Heff =Ms1H1 − Ms2H2

Ms1 − Ms2

(22)

5

αeff =

α1Ms1

γ 1

+α 2Ms2

γ 2

Ms1

γ 1

− Ms2

γ 2

(23)

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である. なお,このHeff には,分子磁界Hm は含まれていない.なぜならば,Hm はM と平行であるので,M × H m = 0となるからである. (21)式より,γ1,γ 2が温度によって変わらなくても,Ms1,Ms2が温度によって変わるので,γ eff は,温度によって変わることになる. ただし,REがGdの場合,g1 = g2 = 2となるので, γ 1 = γ 2 = γ となり,

γ eff = γ (24)

となって,γ eff の温度変化がなくなる. 一方,(7),(8)式を(23)式に代入すると,

αeff =

λ1

γ 1

2 + λ2

γ 2

2

Ms1

γ 1

− Ms2

γ 2

(25)

となる. ただし,REがGdの場合,γ 1 = γ 2 = γ なので,

αeff =λ1 + λ2

γ Ms1 − Ms2( ) (26)

となり,

λeff = λ1 + λ2 (27)

と置くと,

αeff =λeff

γ Ms

(28)

となり,(3)式と比較すると,同じ形になる. (28)式から,補償温度ではMs = 0となりαeff が発散するが,Gd-CoのFMRの実験結果

P. Lubitz, J. Schelleng, C. Vittoria and K. Lee: "FMR in some amorphous RE - 3-d transitionmetal" AIP Conf. Proc. 29 (1976) 178.

で,∆H が補償温度で広くなることとつじつまが合う.また,

C. Vittoria, P. Lubitz and J. Schelleng: "Magnetic properties of Gd1-xFex films" AIP Conf. Proc.29 (1976) 196.

でも,∆H の温度変化から,∆H は,

1

Ms

(29)

6

に比例すると言っているが,これともつじつまが合う.

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 移動層は磁壁抗磁力を小さくする目的でGd-Fe-Coが用いられるので,シミュレーションでは(24),(28)式を用いる.

3.単磁区構造におけるLandau-Lifshitz-Gilbertの解 LLGの方程式

dMd t

= −γ M × H +αMs

M ×dMd t

(30)

を単磁区構造の磁化に対して解き,磁化の運動について考えてみる.

内山,増田:“磁性体材料”(コロナ社,1980) p.127.

 t = 0において,磁界H を z方向に印加したとする.磁化の方向を通常の極座標を用いて表わすと,

φ = ω t + φ0 (31)

θ = 2arctan tanθ0

2

exp −

t

τ

(32)

となる.ここで,

ω =γ H

1+ α 2 (33)

τ =1

α ω=

1+α 2

α1

γ H (34)

であり,φ0 ,θ0は初期値である. ωは z軸の周りを歳差運動するときの角周波数を表わし,τ は磁化が磁界方向に倒れていく時間を表わしている. α ,すなわち損失が大きくなると歳差運動の周期が長くなる. α → 0の場合,τ → ∞となる.すなわち,損失が無い場合,磁化は磁界の周りを永久に歳差運動し,磁化が磁界方向に向くことはない.損失が存在すると,最終的に磁化が磁界の方向に向くが,その早さはτ に比例し,(34)式において,

d

dαα

1+α 2 =11+α 2( ) − α2α

1+α 2( )2 =1−α 2

1+α 2( )2 (35)

より,α = 1のときが最も早くなる. α が小さいと歳差運動が激しく,磁化が磁界の方向に向くのに時間がかかる.α が大きいと,磁化がゆっくり磁界の方向に向くので,やはり時間がかかる.

 (33),(34)式を用いて,磁化の運動の様子をMovs.1 - 3 (QuickTime movie)で示す. 条件は,H = 200Oe[ ]で,α = 0.1,1,10であり,磁界は下にかかっている. 3つのファイルで時間軸をそろえてあるので,磁化が磁界の方向に向く早さを比較できる.

7

τ =1+α 2

α1

γ H=

1+ α 2

α* 0.28 nsec[ ] (36)

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であるので,

α = 0.1 τ = 2.9 nsec[ ]α = 1 τ = 0.56 nsec[ ]α = 10 τ = 2.9 nsec[ ]

となっている. また,1コマ0.3 nsec[ ]であるので,全体では,

α = 0.1 18 nsec[ ] (61コマ)α = 1 3.6 nsec[ ] (13コマ)α = 10 18 nsec[ ] (61コマ)

である. 1,677万色(24bit)でレンダリングしてあり,シネパックで圧縮してある. データ転送速度が遅い周辺機器を用いると,コマ落ちする.

 α = 0.1の場合には,歳差運動は激しいが,磁化が倒れていく時間は長い.一方,α = 10の場合には,歳差運動はしないが,やはり磁化が倒れていく時間は長い. α = 1の場合には,わずかに歳差運動をし,速やかに磁化が倒れていく.

Mov.1 単磁区における磁化の運動(α = 0.1)

8

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Mov.2 単磁区における磁化の運動(α = 1)

Mov.3 単磁区における磁化の運動(α = 10)

9

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Fig.1 単磁区における磁化の運動

 磁化の先端の軌跡をFig.1に示す.

4.磁壁移動速度(マイクロマグネティックシミュレーション) 磁壁移動検出(DWDD)媒体をメッシュに切って計算する場合を考える.

Fig.2 メッシュ

 各メッシュで温度が異なり,磁化の方向はメッシュ内で一様と考える. 各メッシュで温度が異なるので,異方性は各メッシュで異なるが,さらに,磁壁坑磁力の効果を取り入れるために,異方性の大きさを正規分布に従いランダムに分布させる. また,各メッシュは,隣接メッシュから交換力を受けている.例えば,Fig.2で,"22"のメッシュは,"12","21","23","32"のメッシュから交換力を受けている. さらに,外部磁界のほかに,自己のメッシュの磁化が作る反磁界,それ以外のメッシュの磁化が作る浮遊磁界も考慮する. そして,各メッシュで,LLGの方程式(20)式を解く. その際,Heff には,外部磁界,反磁界,浮遊磁界,交換力による磁界,異方性磁界がはいる. 初期条件として,時間t = 0で磁壁を作っておき,時間とともに磁壁が動いていく様子をシミュレーションすることになる.

仲谷,鎌田,小林,白鳥:“磁壁エネルギーによる磁壁移動シミュレーション”日本応用磁気学会学術講演概要集 (1999) 5pD-4.

 その結果をMovs.4 - 6 (QuickTime movie)に示す.計算セルの大きさは,幅50 Å[ ],高さ

300 Å[ ],半径方向は無限大で,媒体の移動速度は3 m /sec[ ]である.パラメータは,(28)式より,αeff =1/ Ms,10/ Ms,100/ Msとしている.

Mov.4 DWDDにおける磁化の運動(αeff =1/ Ms)

10

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 αeff =1/ Msの場合には,初期段階において,磁化の歳差運動が激しく磁壁がなかなか移動していかない.これはMov.1に相当している.

Mov.5 DWDDにおける磁化の運動(αeff =10/ Ms)

 αeff =10/ Msの場合には,磁化の歳差運動があまりなく磁壁が速やかに移動している.これはMov.2に相当している.

Mov.6 DWDDにおける磁化の運動(αeff =100/ Ms)

 αeff =100/ Msの場合には,磁化がゆっくり反転していき,結果磁壁の移動も遅い.これはMov.3に相当している.これらの結果の意味は“7.DWDDに対するシミュレーション結果”で詳しく説明する. 位置と速度の結果をαeff =10/ MsについてFig.3に示す.横軸はfront processが始まってからの時間,縦軸は磁壁の位置と速度である.速度が振動的に変化しているが,これはWalkerの限界を越えているためである.

Fig.3 DWDD媒体における磁壁移動速度(αeff =10/ Ms)

5.磁壁移動速度(近似解析式)

飯田,小林 編:“磁気バブル”(丸善,1977) p.59.

 駆動磁界が小さい場合,磁壁はその構造を保ったまま移動するが,駆動磁界が大きくなると,磁壁構造自体が変化しながら移動する.前者では,磁壁移動速度は駆動磁界にほぼ比例するが,後者では,磁壁移動速度は駆動磁界に対して複雑な挙動を示す.前者と後者の境をWalkerの限界とよぶ.ここでは,Walkerの限界の前後にわけて考える.

 (1)Walkerの限界以下の場合 LLGの方程式(20)式を解くと,磁壁移動速度Vは,

11

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V =γ eff

α eff

A

KH 1+

π Ms2

K1− 1−

H

2π Msα eff

2

−1/2

(37)

となるが,H > 2π Msαeff では,複素数になるので使えない.ここで,Aは交換スティフネス定数,Kは実効的異方性定数,H は駆動磁界である.

H = 2π Msα eff (38)

をWalkerの限界とよぶ.REがGdの場合,(28)式を代入することにより,(38)式は,

H = 2πλeff

γ (39)

となり,温度変化はなくなる. また,

∆ 0 =A

K (40)

と置くと,

V =γ eff

α eff

∆0H 1+π Ms

2

K1− 1−

H

2π Msαeff

2

−1/2

(41)

となるが,∆ 0のことを磁壁幅パラメータとよぶ.AもKも温度変化があるが,A/ Kの温度変化はあまりなく,従って,∆ 0の温度変化もあまりない. K >> 2π Ms

2の場合,(41)式は,

V =γ eff

α eff

∆0H (42)

と簡単になる.浮遊磁界が磁壁移動に影響するので,移動層の磁化は小さく設定されるので,DWDD媒体ではK >> 2π Ms

2が成立すると考えられる.さらに,

µw =γ eff

α eff

∆0 (43)

と置くと,

V = µwH (44)

となるが,µwを磁壁移動度とよぶ. (42)式において,REがGdの場合,(28)式を代入すると,

V =γ 2 Ms

λeff

∆0H (45)

12

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となる.すなわち,VはMsに比例するが,Msが大きくなればH との相互作用が大きくなり,Vが速くなるのは自然である. 駆動磁界が磁壁エネルギーσdの温度勾配の場合,H は,

H =1

2Ms

∂ σ d

∂ x (46)

となるが,REがGdの場合,(46)式を(45)式に代入すると,

V =γ 2

2λeff

∆0

∂ σ d

∂ x (47)

となり,補償温度でMs = 0においても,磁壁移動が起きることがわかる. 最後に,

v =V

2π Msγ eff∆0

(48)

h =H

2π Msαeff

(49)

で定義される規格化速度v,規格化磁界hを導入すると,(38)式のWalkerの限界は,

h = 1 (50)

となり,(42)式の磁壁移動速度は,

v = h (51)

となる.

 (2)Walkerの限界以上の場合 次に,Walkerの限界以上

h > 1 (52)

のときを考える.K >> 2π Ms2の場合,vは,

v =1

1+α eff2 αeff

2h +1

h + h2 −1

(53)

となる.浮遊磁界が磁壁移動に影響するので,移動層の磁化は小さく設定されるので,DWDD媒体ではK >> 2π Ms

2が成立すると考えられる.h = 1のとき,(51)式は,

v =1 (54)

(53)式も,

13

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v =1

1+α eff2 α eff

2 +1( ) =1 (55)

となり,h = 1で,(51)式と(53)式は連続となっている. h >> 1/ αeff では,

v =αeff

2

1+α eff2 h (56)

となり,再びhに比例する. 結局,h < 1(Walkerの限界以下)で(51)式,h > 1(Walkerの限界以上)で(53)式になるが,これらの関係をFig.4に示す.h > 1では,vは一旦1より小さくなった後,hとともに増加する.αeff が小さいと,Walkerの限界を超えた途端,vが急激に減少する.

Fig.4 v = V / 2π Msγ eff∆ 0とh = H / 2π Msα eff の関係

 (56)式に,(48)式と(49)式を代入すると,

V

2π Msγ eff∆0

=αeff

2

1+ αeff2

H

2π Msαeff

=αeff

1+ αeff2

H

2π Ms

V =α eff

1+α eff2 γ eff∆0H (57)

となるが,αeff に関しては,

d

dα eff

αeff

1+ αeff2 =

1 1+ αeff2( ) − αeff 2α eff

1+α eff2( )2 =

1− αeff2

1+α eff2( )2 (58)

より,αeff =1のときVが最大になる. ところで,(57)式から,αeff = α ,γ eff = γ として,磁壁幅パラメータ∆ 0を移動する時間を計算すると,

14

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∆ 0

V=

∆0

α1+α 2

γ ∆0H=

1+α 2

α1

γ H= τ (59)

となり,単磁区構造における(34)式のτ と一致する. h > 1(Walkerの限界以上)で,h >> 1/ αeff の場合には,磁壁の中の磁化の運動は,磁界が大きいので単磁区の磁化の運動に近づくと考えられる.

 これらの関係をFig.5に示す.h > 1(Walkerの限界以上)でh >> 1/ αeff の場合,VはH に比例し,αeff =1のときVが最大になっている.なお,計算に用いたパラメータは,

Ms = 30 emu/cm3[ ],γ eff = 1.76× 107 1/ Oe sec( )[ ],∆ 0 = 200 Å[ ] = 200×10−8 cm[ ]である.

Fig.5 VとH の関係

 さて,αeff が1よりかなり小さいとき,(57)式の

αeff

1+α eff2 (60)

は,1+α eff2 → 1となるから,

αeff

1+α eff2 → α eff (61)

となる.(57)式において,REがGdの場合,(61)式,(28)式を代入すると,

V =λeff

Ms

∆0H (62)

となり,Vは1/ Msに比例することになる. 一方,αeff が1よりかなり大きいときは,(60)式は,1+α eff

2 → α eff2 となるから,

αeff

1+α eff2 →

1

α eff

(63)

15

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となる.REがGdの場合,(57)式に(63)式,(28)式を代入すると,

V =γ 2 Ms

λeff

∆0H (64)

となって,(45)式と同じ形になる.この場合は,Msが大きいほうがVが速い. (60)式,(62)式,(64)式の意味であるが,

内山,増田:“磁性体材料”(コロナ社,1980) p.127.

にあるように,制動(αeff )が小さいと,磁化は磁界の周りをいつまでも歳差運動し,なかなか磁界の方向に向かない.一方,αeff が大きいと,歳差運動はしないけれども,ゆっくり磁界の方向に向いて行くので,やはりなかなか磁界の方向に向かない.結局,αeff は小さくても大きくてもなかなか磁界の方向を向かず,磁化が速やかに磁界の方向に向くためには適当な制動が必要で,それが(60)式で表わされ,具体的にはαeff =1のときである. αeff が小さい場合,Msが大きいとH との相互作用が大きくなり,H の周りをいつまでも歳差運動を続け,磁化がなかなかH の方向を向かず,却ってVが遅くなる.一方,αeff が大きい場合,Msを大きくしてH との相互作用を大きくすると,磁化が速やかにH の方向に向くため,Vが速くなると解釈できる. ところで,(42)式,(57)式で,∆ 0は1/ K に比例し,H は K に比例するので,速度に関しては,Kは影響がほとんど無いかもしれない. ただし,磁壁坑磁力が同じなら,Kが大きいほどジッターが少なくなるように思える.

 (3)垂直ブロッホラインを考慮した場合

飯田,小林 編:“磁気バブル”(丸善,1977) pp.53-69.

 (1)Walkerの限界以下の場合や,(2)Walkerの限界以上の場合は,ブロッホラインを考慮していなかった.ここでは,垂直ブロッホラインを考慮する.ただし,Walkerの限界は考慮しない. 垂直ブロッホラインが周期aで並んでいるとする.磁壁移動速度Vは,

V = 1+π 2Λ

2α eff2a

−1γ eff

α eff

∆0H (65)

となる.ここで,Λ は,

Λ =A

2π Ms2 (66)

で定義されるブロッホラインの幅パラメータである.aが,

a =π 2Λ

2 (67)

の程度になると,(65)式は,

V =α eff

1+α eff2 γ eff∆0H (68)

16

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となり,(57)式と一致する. aがパラメータであるが,これは不明である. 記録時に記録層に垂直ブロッホラインができれば,移動層にも垂直ブロッホラインが転写されるが,記録時に記録層に垂直ブロッホラインができるかどうか,そして,どのようにできるかが不明である. また,たとえ記録時に垂直ブロッホラインがなくても,移動層の磁壁が移動していく途中で垂直ブロッホラインが現れる可能性もある.やはり,これも詳細は不明である. 磁壁の移動速度をV,VBLの磁壁接線方向の移動速度をVVBL とすると,

VVBL = −π Q

2αeff

V (69)

Q = K / 2π Ms2( )であるから,

K = 5×104 erg

cm3

(70)

Ms = 30emu

cm3

(71)

αeff = 0.33 (72)

を代入すると,

VVBL = −14 V (73)

となり,DWDDの場合,VVBL はVより14倍速度が速いということになる.初期状態で垂直ブロッホラインが存在していたとしても,すぐにトラックの端に到達し,そこに引っかかったまま,あるいは消滅する.従って,垂直ブロッホラインが次から次へと湧き出さないかぎりは,あまり考慮しなくてよいように思える.

 (4)水平ブロッホラインを考慮した場合 (1)Walkerの限界以下の場合や,(2)Walkerの限界以上の場合は,ブロッホラインを考慮していなかった.ここでは,水平ブロッホラインを考慮する.ただし,Walkerの限界は考慮しない. 磁壁移動速度Vは,

V =γ eff

α eff

∆0H (74)

であるが,

H = 4 2π cosh21A α eff

t (75)

H = 24A α eff

t (76)

のとき最大になり,ピーク速度は,

17

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V = 4 2π cosh21γ eff A

t K (77)

V = 24γ eff A

t K (78)

となる.ここで,tは膜厚である.DWDDとして,

A = 2×10-7 erg

cm

(79)

αeff = 0.33 (80)

t = 300 Å[ ] = 300×10−8 cm[ ] (81)

くらいの値を考えると,速度が最大となる磁界は,

H = 1.2 kOe[ ] (82)

くらいになる.磁壁駆動磁界は,具体的には,

H =1

2Ms

∂ σ d

∂ x= 200 Oe[ ] (83)

となるので,速度が最大となる磁界には達していない.従って,(74)式が磁壁移動速度の式となる. DWDDの場合,膜厚が薄いので,(75),(76)式の磁界が大きく,水平ブロッホラインは考えなくてよい.

6.パラメーターの数値 まず,Gd-Coバブル用媒体を考える.

γ = 1.76×107 1

Oe sec

(84)

αeff = 0.1 (85)

∆ 0 = 200 Å[ ] = 200×10−8 cm[ ] (86)

くらいの値を考え,(43)式に代入すると,

µw = 350cm

secOe

(87)

となる.

 Gd-Coなどで,µwが500− 2,000 cm/ secOe( )[ ]と求まっている.

M. H. Kryder and H. L. Hu: "Bubble dynamics in amorphous magnetic materials" AIP Conf.

18

Proc. 18 (1973) 213.

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 あるいは,Gd-Co-Cuでは,µwが200− 300cm/ secOe( )[ ]と求まっている.

R. I. Potter, V. J. Minkiewicz, K. Lee and P. A. Albert: "Dynamic properties of magneticbubbles in amorphous GdCoCu films" AIP Conf. Proc. 29 (1975) 76.

 これらを比較すると,µw = 350 cm/ secOe( )[ ]は妥当な値と思われる.

 ここでは,バブル用媒体を考えているので,

Ms = 100emu

cm3

(88)

くらいである.Ms = 100 emu/cm3[ ]でαeff = 0.1くらいになるものと考えられる.

 すなわち,(28)式において,Ms = 100 emu/cm3[ ]でαeff = 0.1となるので,

λeff

γ=10

emu

cm3

(89)

となる. あるいは,

P. Lubitz, J. Schelleng, C. Vittoria and K. Lee: "FMR in some amorphous RE - 3-d transitionmetal" AIP Conf. Proc. 29 (1976) 178.

では,GdFe2,GdCo3,HoFe2のLandau-Lifshitzの損失定数λeff を,それぞれ1, 2, 3×108 1/sec[ ]と報告している.この値は,純TM

S. M. Bhagat and P. Lubitz: "Temperature variation for ferromagnetic relaxation in the 3dtransition metals" Phys. Rev. B 10 (1974) 179.

と同程度と報告している.従って,

λeff

γ=10

emu

cm3

(90)

くらいとなり,Ms = 100 emu/cm3[ ]におけるαeff = 0.1は,やはり妥当な値と考えられる. 損失をパラメータとして比較を行う場合には,(90)式の値を変化させればよい. 次に,磁壁移動検出(DWDD)媒体を考える.front processにおいて,磁壁が移動を開始する位置付近では,

Ms = 30emu

cm3

(91)

くらいになっており,

αeff = 0.33 (92)

くらいである.また,Walkerの限界は,

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H = 63Oe[ ] (93)

くらいの値であり,磁壁駆動磁界は,具体的には,

H =1

2Ms

∂ σ d

∂ x= 200 Oe[ ] (94)

となるので,Walkerの限界を越えている.

7.近似解析式によるシミュレーション結果 まず,Fig.6を用いてDWDD媒体の磁壁駆動磁界とWalkerの限界について考える. 図には,磁壁駆動磁界H = 1/ 2Ms( )∂ σ d / ∂ x, 1/2Ms( )∂ σd / ∂ xから磁壁坑磁力Hwを引いた磁界,Walkerの限界H = 2π Msα eff ,及びMsを示してある.横軸は,媒体のfront process付近の位置である.

 計算刻みは31.25 Å[ ],半径方向は無限大であり,媒体の移動速度は3 m /sec[ ]である.浮遊磁界は考慮していない. 0.3625µm[ ]くらいでfront processが始まり,−0.1125µm[ ]くらいが最高温度点であるが,温度が高くなると,補償温度に近づくので,Msがかなり小さくなる. Hwよりも 1/2Ms( )∂ σd / ∂ xの方がかなり大きいので, 1/2Ms( )∂ σd / ∂ xからHwを引いてもあまり変わらない. パラメーターとしては,

αeff =λeff

γ Ms

=1

Ms

,3

Ms

,10

Ms

,30

Ms

,100

Ms

(95)

と設定した. Walkerの限界は2π Msαeff であるが,αeff は1/ Msに比例するので,結局,2π Msαeff には温度依存性が無くなる. αeff =100/ Msを除いて, 1/2Ms( )∂ σd / ∂ xより2π Msαeff の方が小さくなっている.

Fig.6 DWDD媒体における磁壁駆動磁界とWalkerの限界

 次に,磁壁移動の計算結果をFigs.7 - 16に示す. Figs.7, 9, 11, 13, 15の横軸はfront processが始まってからの時間,縦軸は磁壁の位置と速度であ

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る.参考のために,磁壁抗磁力Hw = 0の結果も示す.

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 Figs.8, 10, 12, 14, 16の横軸は媒体のfront process付近の位置であり,縦軸は規格化磁界h,1/ αeff ,αeff である. Fig.7のαeff =1/ Msの場合,すなわち制動がかなり小さい場合,最初,速度が遅く,磁壁がなかなか移動していかないが,磁壁が最高温度点に近づくと,速度が急激に速くなる.磁壁移動の初期段階の速度が遅いので,結局,平均の磁壁移動速度は遅い. この理由をFig.8で考える.まず,h > 1であるのでWalkerの限界を越えていて,かつ,h >> 1/ αeff

であるので,

V =α eff

1+α eff2 γ ∆0H (96)

で表わされ,αeff =1のときVが最大になり,αeff < 1でもαeff > 1でもVが遅くなる.磁壁移動の初期段階では,αeff < 1であり,またH も小さいので,Vが遅い.このときの磁壁の中での磁化の運動は,Mov.1,Fig.1(α = 0.1)のように歳差運動が激しく起きているものと考えられる.磁壁が最高温度点に近づくと,αeff が1に近づき,さらにH も大きくなるので,Vが急激に速くなる. 以上の結果は,マイクロマグネティックシミュレーションの結果,Mov.4とつじつまが合っていて,Mov.4の結果は以上のように解釈される.

Fig.7 DWDD媒体における磁壁移動速度(αeff =1/ Ms)

Fig.8 規格化磁界と損失定数(αeff =1/ Ms)

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 次に,Fig.9のαeff = 3/ Msの場合,すなわち制動が少し大きくなった場合を考える.Fig.7に比べ,平均の磁壁移動速度が速くなっている. この理由をFig.10で考える.やはり,h > 1であり,かつ,h >> 1/ αeff である.Fig.8に比べてαeff が大きいので,磁壁移動の初期段階でもVが比較的速い.やはり,磁壁が最高温度点に近づくと,αeff

が1に近づき,さらにH も大きくなるので,Vが急激に速くなる.

Fig.9 DWDD媒体における磁壁移動速度(αeff = 3/ Ms)

Fig.10 規格化磁界と損失定数(αeff = 3/ Ms)

 Fig.11のαeff =10/ Msの場合,すなわち制動がさらに少し大きくなった場合を考える.Fig.9に比べ,さらに平均の磁壁移動速度が速くなっている. Fig.12より,やはり,h > 1であり,かつ,h >> 1/ αeff である.Fig.10に比べてαeff が大きいので,磁壁移動の比較的初期段階でαeff =1となり,初期段階のVがさらに速くなる.このときには磁壁の中の磁化は,Mov.2,Fig.1(α = 1)のように速やかに反転しているものと考えられる.ただし,αeff =1のときのH は比較的小さいので,Fig.11の磁壁移動速度のピーク値が小さくなっている. 以上の結果は,マイクロマグネティックシミュレーションの結果,Mov.5とつじつまが合っていて,Mov.5の結果は以上のように解釈される.

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Fig.11 DWDD媒体における磁壁移動速度(αeff =10/ Ms)

Fig.12 規格化磁界と損失定数(αeff =10/ Ms)

 Fig.13のαeff = 30/ Msの場合,すなわち制動がさらに少し大きくなった場合を考えると,平均の磁壁移動速度がやや遅くなっている. Fig.14より,やはり,h > 1であり,かつ,h >> 1/ αeff である.磁壁移動の初期段階ですでにαeff =1となっている.αeff =1ではあるがH が小さいので,Fig.14では磁壁移動速度はピークをほとんど示さない.

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Fig.13 DWDD媒体における磁壁移動速度(αeff = 30/ Ms )

Fig.14 規格化磁界と損失定数(αeff = 30/ Ms )

 最後に,Fig.15のαeff =100/ Msの場合,すなわち制動がかなり大きい場合を考えると,平均の磁壁移動速度がかなり遅くなる. Fig.16より,必ずしもh > 1ではなく,かつαeff >> 1である.この場合には,αeff >> 1なので常にVが小さく,結局,平均の磁壁移動速度が遅くなる.これは,Mov.3,Fig.1(α = 10)に相当し,歳差運動をほとんどせず,磁化が緩やかに倒れていくと考えられる. 以上の結果は,マイクロマグネティックシミュレーションの結果,Mov.6とつじつまが合っていて,Mov.6の結果は以上のように解釈される.

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Fig.15 DWDD媒体における磁壁移動速度(αeff =100/ Ms)

Fig.16 規格化磁界と損失定数(αeff =100/ Ms)

 Fig.7とFig.15はどちらも平均の磁壁移動速度が遅いが,Fig.7では歳差運動が激しく磁化がなかなか倒れていかないからであり,Fig.15では磁化がゆっくり倒れていくからで,磁壁の中の磁化の運動の振る舞いは異なっている. このように,Vが1/ αeff でなくαeff / 1+ αeff

2( )に比例すること,αeff が1/ Msに比例すること,VがH

に比例すること,H が 1/2Ms( )∂ σd / ∂ xで表わされることよって,Vが複雑に変化する. さらに,磁壁移動速度が瞬間的に速くても無意味で,磁壁が最高温度点に到達するまでの時間が問題になる.Vが複雑に変化するので,平均の磁壁移動速度を近似解析式で予測するのは難しく,数値的に求める方が良い. この意味において,αeff =10/ Msくらいがいいようであるが,αeff = 3/ Msや,αeff = 30/ Msでもあまり変わらない. また,すでにHwがかなり小さいので,これ以上Hwを小さくしても,速度はあまり速くならないかもしれない. Fig.3のマイクロマグネティックシミュレーションと,この近似解析式との比較をFigs.17, 18に示す.大まかに言って,両者はよく一致しているので,近似解析式を用いることは可能である. 細かい点では,マイクロマグネティックシミュレーションの速度は振動的であるが,近似解析式ではそれを表現できない.また,速度が最大になる時間は,近似解析式の方が0.5−1 nsec[ ]位早いよ

25

うであるが,原因は不明である.

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 近似解析式では,浮遊磁界を考慮していないが,Msが小さいので,あまり影響しないのかもしれない.

Fig.17 マイクロマグネティックシミュレーションと近似解析式の比較(1)

Fig.18 マイクロマグネティックシミュレーションと近似解析式の比較(2)

8.実験結果 磁壁移動速度を実験的に求める一つの方法として,DWDD再生信号の立ち上がり時間の測定が考えられる.ただし,この場合,電気系の立ち上がり時間が含まれるので,それを差し引く必要がある.オシロスコープで測定した見かけの立ち上がり時間をτa,電気系の立ち上がり時間をτeとすると,真の立ち上がり時間τ は,

τ = τ a2 −τ e

2 (97)

より求めることができる.

M. Kaneko, T. Sakamoto and A. Nakaoki: "Study of Jitter in Domain Wall DisplacementDetection" IEEE Trans. Magn. 35 (1999) 3112.

26

では,τa = 16 nsec[ ],τe = 10 nsec[ ]よりτ = 12.5 nsec[ ]と求めている.磁壁移動距離を350 nm[ ]と仮定し

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ているので,結局,平均の磁壁移動速度は28 m/sec[ ]となる.なお,このときの媒体の移動速度は1.5 m/sec[ ],トラックピッチは0.85 µm[ ]である. ちなみに,磁壁移動距離を500 nm[ ]と仮定すると,平均の磁壁移動速度は40 m /sec[ ]となる.

9.まとめ RE-TMフェリ磁性体の磁気回転比,損失定数は以下の式で表わされる.

γ1,γ 2,λ1,λ2には温度変化がないと考えても,γ eff ,αeff は温度によって変化する.ただし,REがGdの場合,γ eff は温度によって変わらない.αeff はMsの逆数の温度変化になる.

 K >> 2π Ms2の場合,磁壁移動速度は以下のようになる.ここで,h = 1はWalkerの限界である.

h > 1でかつ,h >> 1/ αeff では,VはH に比例し,αeff =1のときVが最大になる.αeff が小さいと,磁化が歳差運動を続け,磁壁がなかなか動いていかない.αeff が大きいと,歳差運動はしないが,磁化が回転しにくく,やはり磁壁がなかなか動いていかない. h >> 1/ αeff でREがGdの場合,

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となる.αeff が小さい場合,Msが大きいとH との相互作用が大きくなり,駆動磁界H の周りをいつまでも歳差運動を続け,磁化がなかなかH の方向を向かず,却ってVが遅くなる.一方,αeff が大きい場合,Msを大きくしてH との相互作用を大きくすると,磁化が速やかにH の方向に向くため,Vが速くなると解釈できる.

 過去の文献によると,Gd-TMの場合,

λeff

γ=10

emu

cm3

(98)

程度の値と考えられる.

 DWDD方式では温度勾配による磁壁駆動磁界が大きく,磁壁の中の磁化の運動は単磁区構造の磁化の運動に近いと考えられる. DWDDのfront processでは,ほぼh > 1でかつ,h >> 1/ αeff が成り立っている.従って,

V =α eff

1+α eff2 γ ∆0H (99)

が成り立つ.αeff =1のとき最大となるので,αeff =1でかつ,H が大きいほどVが速くなる. 磁壁移動にともない温度が変化するが,γ に温度変化はなく,∆ 0もほとんど温度変化がない.しかし,

αeff =λeff

γ Ms

(100)

H =1

2Ms

∂ σ d

∂ x (101)

であるので,αeff ,H には温度変化がある.従って,αeff =1でかつ,H を大きいままに維持することはできない. 平均の磁壁移動速度は,(99)式をfront processに対して平均化することによって求めることができるが,それを解析的に表現するのは難しく,結局,数値的に求め比較するしかないと考えられる. 平均の移動速度を速くするための指針は,αeff =1でかつ,H を大きいままに維持することである.

 現状のDWDD媒体では,αeff = λeff / γ Ms =10/ Msくらいで磁壁移動速度がもっとも速くなり,媒体

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の移動速度3 m /sec[ ]に対して,平均の磁壁移動速度はおよそ50 m/sec[ ]となる.αeff = 3/ Msや,

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αeff = 30/ Msでもあまり変わらない.実験結果は,媒体の移動速度1.5 m/sec[ ]に対して,平均の磁壁移動速度はおよそ28 m/sec[ ]と報告されている.

 また,すでに磁壁抗磁力Hwがかなり小さいので,これ以上Hwを小さくしても,速度はあまり速くならないかもしれない.

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