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Kobe University Repository : Kernel タイトル Title 日本語日本文化教育におけるライティングセンターに関する一考察(A Report on Establishing a Writing Center for ]apanese Language and Culture for 'Research on Methodologies for Academic Writing in the Humanities') 著者 Author(s) 實平, 雅夫 掲載誌・巻号・ページ Citation 神戸大学留学生センター紀要,18:37-50 刊行日 Issue date 2012-03 資源タイプ Resource Type Departmental Bulletin Paper / 紀要論文 版区分 Resource Version publisher 権利 Rights DOI JaLCDOI 10.24546/81003885 URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81003885 PDF issue: 2020-08-25

Kobe University Repository : Kernel · レポートや論文の書き方について学ぶ。 日本語(作文):【到達目標】ある程度専門性を含んだレポートなどの文章を論理的に構成する

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Kobe University Repository : Kernel

タイトルTit le

日本語日本文化教育におけるライティングセンターに関する一考察(AReport on Establishing a Writ ing Center for ]apanese Language andCulture for 'Research on Methodologies for Academic Writ ing in theHumanit ies')

著者Author(s) 實平, 雅夫

掲載誌・巻号・ページCitat ion 神戸大学留学生センター紀要,18:37-50

刊行日Issue date 2012-03

資源タイプResource Type Departmental Bullet in Paper / 紀要論文

版区分Resource Version publisher

権利Rights

DOI

JaLCDOI 10.24546/81003885

URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81003885

PDF issue: 2020-08-25

37神戸大学

留学生センター紀要 18:37 〜 50,2012

日本語日本文化教育におけるライティングセンターに関する一考察

實 平 雅 夫

キーワード:ライティングセンター、ライティング、プロセスとしての文章作成、      領域横断性、自立した書き手

1 はじめに 大学において文章を作成するにあたり、TA(ティーチングアシスタント)やチューターと対話のセッションを重ねて文章力を高め、自立した書き手になることを指導する場がライティングセンターである。米国では20世紀後半から、社会的弱者集団の不利な状況を歴史的な経緯や社会的環境を踏まえた上で是正するアファーマティブアクションの導入、また大学のユニバーサル化が進んだこともあり、1960年代以降に大学での勉学に耐え得る基礎学力が不足した学生が入学するようになった。これに対処するために多くの大学で行われるようになったリメディアル教育の一つとして、ライティングセンターが英語すなわち母国語(国語)教育の一環としてその役割を担うようになった。1960年代に米国の大学において英文学科の附属センターとして設置され始めて以降、現在では1年生の必修ライティング科目から卒業論文、修士論文、博士論文に至るまで学生を支援する場となっている。また、1980年代からは様々な国・地域出身や母語の異なる留学生が学ぶようになり、さらに1990年代以降は英語を母語としない留学生及び移民が多く学ぶようになって、外国語としての英語のライティング能力育成という役割が加わっていった。ライティングセンターは米国のほぼ全ての大学に定着しており、正規課程外、すなわち成績評価を伴わない支援機関である。その規模・運用は、教員の個人的な判断によるものや研究室単位のものから大学の組織として位置付けられているものまで様々であるが、近年は大学図書館内に設置する方向性がみられるようである。欧州では一部の大学に、豪州ではラーニングセンターの中にその機能が含まれていることが多い。アジアでは香港、インド、日本、韓国、シンガポール、台湾などの大学に設けられている。日本の大学では近年その認知が広がり始めているところであり、ライティングセンターの構築及び運営に関する研究としては、吉田・Johnston・Cornwell

(2010)などまだ少数に留まっている。

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 さて、本学の留学生センターで行われている日本語教育において、ライティングに関する科目として入門初期の初級から上級に至る「作文Ⅰ〜Ⅳ」及び日本語・日本事情科目「日本語(作文)」が設けられており、例えば、2011年度後期のシラバス(日本語版)には下記が記されている。

作文Ⅰ:【到達目標】身近な事柄について短文を書くことができる。【授業内容】日本語未習者を対象とし、入門から初級レベルの日本語の作文を習得する。

作文Ⅱ:【到達目標】身近な事柄について短い文章を書くことができる。【授業内容】初歩的な文法・漢字(100字程度)・語彙(800語程度)を習得した学習者を対象とし、初中級レベルの日本語の作文を習得する。

作文Ⅲ:【到達目標】一般的な事柄についてある程度まとまった文章を書くことができる。【授業内容】基本的な文法・漢字(300字程度)・語彙(1500語程度)を習得した学生を対象とし、中級レベルの日本語の作文を習得する。

作文Ⅳ:【到達目標】抽象的・文化的で高度な事柄について、論理的な構成を持つまとまった文章をかくことができる。【授業内容】中級文法・漢字(1,000字程度)・語彙(6,000語程度)を習得した学習者を対象とする。レポートや論文の書き方について学ぶ。

日本語(作文):【到達目標】ある程度専門性を含んだレポートなどの文章を論理的に構成することができる。【授業内容】小論文を読みながら、表現や語彙を学習し、短文練習から文構成力の育成、日本語の書き方の基本的能力の養成を図る。簡単なレポートの体裁の習得までを目指す。

 これらの科目は、レポート作成までをその目標としており、基本的に教師1名が複数名の留学生を指導する形態をとっている。そして、留学生の卒業論文、修士論文、博士論文の指導は各部局の指導教員が担うことになる。留学生センターの教員も人文学研究科と国際文化学研究科において、修士論文及び博士論文の指導にあたっており、学内では日本語に関して入門から論文作成までを一貫して見て取ることができる唯一の存在である。筆者は、留学生の日本語のライティングに関して、本学において足りないというのではなく、これが備わればという観点から、現在「人文科学系アカデミックライティング指導のための基礎的研究」にも取り組んでいる。その一環として、日本語・日本文化教育の視点から、冒頭に述べたライティングセンターに着目し、国内における留学生を(も)対象としたライティングセンターの構築及び運営に関する研究にあたっている。 本稿では、2011年1月26日から28日にかけて行った訪問調査の中から、留学生の日本語文章を日本語で作成支援する例として、2004年に日本で最初にライティングセンターを立ち上げた早稲田大学と2008年に留学生に対する日本語教育の視点から

日本語日本文化教育におけるライティングセンターに関する一考察 39實平雅夫

ライティングセンターを設けた麗澤大学を取り上げて論を進めることにしたい。

2 早稲田大学ライティング・センター2-1 背景 佐渡島(2009)によれば、2004年度から2007年度まで、全ての授業が英語で行われる国際教養学部に所属していた時に、現代GP助成金により、同学部の学生を対象に、初年度は英語文章を英語でみるセッションの運営を始め、2005年度より英語と日本語両言語を扱う世界で唯一のライティングセンターへ、さらに2008年度からは留学センターに所属して、大学資金による運営が始まり、全学の学生を対象に、そして、2009年度からはオープン教育センターに所属し、大学資金による運営により全学の教員も対象に加えることになった。そして、2010年度秋学期には、理工学部キャンパスに分室が開室され、理工系大学院生・教員を対象に英語文章に限定した支援が行われている。

2-2 理念 ライティングセンターを支える理念として、1)Writing as a Process運動、2)Writing Across the Curriculum運動、3)自立した書き手を育てる、の三つが挙げられている。 まず、1)であるが、構想、下書き、仕上げ等のどの段階で訪れてもよい。すなわち、まだ一行も書いていなくてもライティングは始まっているのである。同じ課題を何度持って来てもよく、段階によってセッションで使う言語を変える学生もいる。つまり、書くことの「過程」で指導する、プロセスとしての文章作成が重視される。 次に、2)は、どんな専門領域であってもライティングに共通する問題があるとの前提により、ライティングは独立した一領域であるとの認識に立った上で、ライティングセンターにおいて支援するチューターは専門領域に精通している必要はなく、一読者としての助言を与える存在である。つまり、領域を横断して書くことを支援することが求められる。 そして、3)は、書き手が一人になったときにも文章の修正ができるように指導するのであり、チューターは、添削をしない、代わりに書かない、書き手が気づくように質問を投げかけ、書き手に会話の主導権を握らせながら、ヒントや修正の選択肢を示すのであって、最終的には書き手が決める。つまり、「紙」ではなく「書き

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手」を育てる、自立した書き手を育てることが目標となる。

2-3 組織 2010年度前期は、スタッフとして、准教授1名(国語教育)、助教1名(日本語教育)、助手5名(日本語ネイティブ、英語ネイティブ)、チューターとして、博士課程前期課程、同後期課程、同研究生の22名、受付職員3名(常時2名)である。 チューターの身分と待遇は、教務補助(時給1,100円)及び教育補助(時給2,000円)であり、後者は、教務部長が定めた大学プログラムにおいて、専門的な訓練を経た大学院生が、教員のもとで学生の指導にあたることを許可する身分とされている。 チューターの雇用にあたっては、審査がある。教務補助の身分を得る資格として、書類審査と面接、初回研修と実地研修を終えて独り立ち審査、独り立ちの後で教育補助審査に合格することが、教育補助については、毎週の研修に休まず出席、開講されているアカデミックライティングに関する大学院の授業を修了していることが、条件となっている。 チューターの募集は、ウェッブサイト、各研究科ホームページ、学内広報誌、先生方からの推薦、チューターからの推薦、アカデミックライティング授業からの応募、ワークショップからと多岐に渡る。 チューターには研修が義務付けられており、ベテランチューターまたはスタッフのセッションを5回見学した後で、ベテランチューターまたはスタッフに、自分のセッションを5回見てもらうことになっている。研修では、文の作り方・語句の選び方・文章構成等の文章技能、書き手の気づきを促す質問の作り方、マップ・アウトライン・パラグラフライティング等の文章構想法の習得、MLA・Chicago等の書式の理解、大学の特定課題助成金を得て文字化されたセッションの原稿を分析する振り返りのプレゼンテーション、米国で出版されているライティングセンター関係の文献講読が行われている。

2-4 設備 早稲田キャンパスでは、学舎の1階に大小の3部屋が設けられており、大きな部屋には、仕切られた個別指導ブースが5、オープンな個別指導ブースが1、受付、ファックス機材、個人ファイルキャビネット3が設置されており、小さな部屋はチューター控え室と研修室である。

日本語日本文化教育におけるライティングセンターに関する一考察 41實平雅夫

2-5 運用 一人45分の個別指導を一つのセッションとして、大学院生が大学生や大学院生との対話によって文章を直していくことにより、一人ひとりのライティング段階に合わせた指導を行っている。 扱う文章は、レポート、プレゼンテーションの原稿、卒業論文、修士論文、博士論文、投稿論文であり、就職活動に用いられるエントリーシートは指導しない。特に、使う言語として、日本語又は英語を学生が選ぶことができるため、1)日本語文章を日本語で検討する、2)日本語文章を日本語教育専攻の専門家と検討する、3)英語文章を英語で検討する、4)英語文章を日本語で検討する、の四種類のセッションを行っており、これが大きな特徴となっている。 開かれているのは、学部の授業日と試験期間であり、早稲田キャンパスにおいて月曜日から金曜日までの10:45 〜 17:15、西早稲田キャンパスにおいて火曜日の14:45 〜 17:15である。前日まではオンラインで予約ができ、当日は直接来室又は飛び込みで来てもスペースとチューターの対応が可能であれば、セッションが行われる。 リスクマネージメントとしては、セッションを行うブースは半分ガラス張りで、セッションはセンターの外では行わない、メールで個別のやりとりをしない、チューターは指定できないことなどが定められている。また、受付の時点で、文章をチューターの研修に使うことに対する同意がとられる。

2-6 実績 2010年度前期の4月6日から8月2日までの開室80日間の利用は次の通りである。 合計で1,034名の利用があり、学部生は17学部から57.83%に当たる598名が、大学院生は23研究科から41.01%にあたる424名が、別科等は2部局から0.19%に当たる2名が、教員は0.10%にあたる10名が利用している。 学年別にみると、学部生は1年が34.43%、2年が11.41%、3年が3.29%、4年が8.51%、5年が0.29%、6年が0.29%、7年が0.10%、大学院生は修士課程が30.27%、博士課程後期課程が8.22%、専門職学位課程が0.68%、科目等履修生が1.35%である。 指導の対象となる文章の種別であるが、英語が511、日本語が523である。1)一般講義のレポートが51.35%に当たる531で英語が34.05%に当たる174、日本語が

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68.26%に当たる357、2)語学授業のエッセイが15,09%に当たる156で英語が28,77%に当たる147、日本語が1.72%に当たる9、3)プレゼンテーション資料が3.77パーセントに当たる39で英語が3.72%に当たる19、日本語が3.82%に当たる20、4)学位論文が12.96%に当たる134で英語が13.70%に当たる70、日本語が12.24%に当たる64、5)投稿論文が5.51%に当たる57で英語が8.61%に当たる44、日本語が2.49%に当たる13、6)その他が11.32%に当たる117で英語が11.15%に当たる57、日本語が11.47%に当たる60である。 指導の対象となる文章とその指導言語別にみると、1)日本語文章を日本語で検討が45.26%の468、2)日本語文章を日本語教育専攻の専門家と検討が5.32%の55、3)英語文章を英語で検討が26.89%の278、4)英語文章を日本語で検討が22.53%の233である。

2-7 評価 利用者には評価用紙が配付され、ポストに入れる仕組みになっている。 学生からの評価は、1)「何回も通ううち、自分の弱点や癖を知ることができた。」2)「言いたいことがあるのにそれをうまく言語化できない時、チューターとの対話を通して、自分の考えか整理された。」3)「すぐに『答』を与えられるのではなく、

『考え方』を与えられるので、自分の思考能力を高められた。」4)「第三者に読んでもらうことがいかに大切かが分かった。」5)「チューターの方が自分の考えをまとめさせてくれるような質問を投げかけてくれるので、知らず知らずのうちに考えがまとまっていく点が助かった。」6)「文法的な間違いだけでなく、より分かりやすくするための構成を考えてくれた。」7)「自分は日本語的な考え方、イメージで書いてしまっているので、英語的な考え方、イメージからアドバイスをもらえることが、ありがたい。」8)「要約の仕方を教わった。」9)「ぼんやりしていた自分の考えが明確になった。」10)「主張とそれを支える根拠の提示の仕方を教わった。」11)「自分のいいたいことを表す英語の表現を教わった。」とある。 チューターからは、自身の成長として、1)「2年間務め、書き手が、今、何に困っているかを考える余裕が出てきた。」2)「3年目に入り、書き手の気持ちやプライドに配慮しながらセッションを進めることができるようになってきた。」3)「『書き手から引き出すとよい事柄』と『こちらが教えるとよい事柄』との区別が少し分かるようになってきた。」4)「自分の文章を客観的に見られるようになった。指導することで書き手として成長できた。」5)「学生が満足して帰るとき、自分のことの

日本語日本文化教育におけるライティングセンターに関する一考察 43實平雅夫

ように嬉しい。」6)「週の研修とセッションの往復が、とてもためになった。」7)「チューター同士でセッションのことを助言しあうことで成長できた。」とある。 利用した学生を指導している教員からは、1)「日本の高校では書くことを教えない。きちんと日本語で書けないうちは英語の文章も進歩は期待できない。」2)「日本語作文能力の低い学生が多い。特に帰国子女は書けない人が多い。まず母語できちんと書けることが大切。」3)「活用の方法自体が勉強となるはず。」とある。

2-8 今後の計画 今後は、文学部キャンパス、所沢キャンパスにも出張所を出すこと、また、学内ライティング研究会を立ち上げて、フォーラムなどを通じて、学内のライティング意識を高めることが計画されている。

3 麗澤大学日本語教育センター・ライティングセンター3-1 背景 正宗(2009)によれば、文章指導において考える過程が重要であるにもかかわらず、授業では教員が多数の留学生を相手にするため個別指導の時間に制約があるのが現状である。教員は添削を行うことによって助言や質問を与えるが、それに対する修正、内容を深めていく作業については留学生に任せてきたが、それでは、修正が不十分であったり、どうしたらよいのか分からないままで終わってしまう例がみられ、文章を作成する上で考えを深めたり、学生一人ひとりの状況に応じた指導が難しいことが問題となっていた。そこで、これらの問題に対処するために、正規授業外の学習環境を整え、多角的な視点から学生が自ら学ぶ機会の充実を図ることとなった。2008年に留学生を対象とするライティングセンターを試行的に設置して2011年度からの本格稼働に向けて運営体制などの検討を始めたところであった。

3-2 理念 問題意識や物事を掘り下げる力、文章を組み立てる力を日本人TAからの文章作成過程での働きかけによって向上させ、書く力を自ら身につけることを目指すとして、ライティングをプロセス重視の指導ととらえ、学生には各プロセスにおいて、より時間をかけて準備を行い、ライティングに向き合うことを促すことについて、ライティングセンターはその手助けをする役割を担っている。 具体的には、読み手に分かりにくい表現や内容、読者が疑問に思うことに気づか

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せること、授業でやっていること、自分の検討すべき点をTAに説明する力をつけること、そして、話し合いの中で自ら検討すべき点を発見し、その修正方法を見つける姿勢を育てることにより、原稿をよくするのではなく学生をよくする、つまり、自立した書き手を育てることを目標としている。そのためには、ライティングとは何かという意識化を図り、第三者に読んでもらうことで気づくことが多いと分かる、体験的に学ぶ機会を提供する。

3-3 組織 試行段階にあった2008年度の例では、日本語教育センターの教員が運営にあたり、博士課程前期課程2名、学部生4名の日本人TAを採用し、対象となる留学生は、プレースメントテストにより、1学期は初級コース、2学期は初中級Ⅰコースに配置された20名とした。その後は、教員が関わっている日本語教育のボランティア講座の修了生も加わり、2010年度は、博士課程前期課程と学部生の3名とボランティア7名の体制となった。

3-4 設備 試行の段階にあり、独立した場所が設置されていない状況である。学生用配布のシラバスやプリント類をクラスごとにファイルしておき、常時閲覧可能とする。必要であれば、TAへのお知らせをファイルすることも可能である。

3-5 運用 2011年度の設置に向けた2010年度の試行例であるが、日本語科目を履修している中級から超上級レベルの留学生を対象として、日本語文章を日本語で検討する方法をとった。 利用できるのは、月曜日から金曜日までの14:50 〜 18:00であり、ひとつのセッションを30分とした。予約による来室とし、場所とTAとの都合が合えば、その場でも可能とした。日本人TAと一対一で行い、対話を重ねながら学生の考えを引き出したり整理したりすることにし、文章の添削・修正は行わないことを徹底し、書く過程での思考を向上させることに重きを置いた。文法については指摘はするが、基本的には直さないこととした。 終了後は、TAは毎回報告書を作成し、留学生は支援の内容を記録して、支援報告書・学生記録を個人別にクラスごとにファイルに保存し、担当教員は閲覧や授業

日本語日本文化教育におけるライティングセンターに関する一考察 45實平雅夫

への持ち出しを可能としたが、持ち帰りは不可とした。 利用には、1)来室を留学生が判断する自発的な利用、2)決められた期間中に来室する日時を選択、授業と関連して教員の指示がある利用、3)来室日時・回数が授業で義務付けられた利用の3形態がある。 試行の段階では、ライティングセンターのより効果的な活用のために以下の点が指摘されている。

留学生の意識改革:原稿の完成よりも書くプロセスが重要であるので、文章の校正よりも構成が重要であることに気づくことが求められる。TAにはこの役割を担っていることの自覚も求められる。

支援を受ける意義:TAとの対話を通して考えること、話すことから新しい視点を得たり、多角的な考え方ができるようになる経験を得たりすることが大切である。

支援のタイミング:ライティングセンターを訪れるのは、例えば、授業の課題であれば、それが示された日から提出の前日までが想定される。したがって、構想、アウトライン、草稿のどの段階でも利用できることが明示され、それを理解することも大切である。

支援の促進:ライティングセンターが何をする場所であり、何をすればよいのか分かっていないことが多いと思われるので、これも明示されることが望まれる。

支援後の教員の対応:支援内容が記録されたファイルを授業担当教員が閲覧できることにより、授業ではそれまでの経緯を確認しながら指導に役立てることができる。

支援と教育の関係性:支援の結果と教員が指導したいことが異なる場合、支援は、留学生のしたいことの実現に向けてTAがヒントを与えて、留学生が納得してヒントを選択するように促すのに対して、教育は、ある事項について明確な理由に従って指導されており、留学生に変化を期待する明示的な行為であることから、支援で考えたことを指導に従って直していく過程である。教員とTAの間には信頼関係とお互いの尊重が求められる。

効果的な支援:留学生が授業と関連付けてTAに自分の問題点や検討したい点を説明できればよいが、多くの場合は難しいのであり、教員は授業の目的や要求することを明確に示し、留学生はそれに基づいて自分に不足している点を説明できるようにすることが求められる。それが自立した書き手に

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なる道であると自覚できるように促す。TAから教員への情報伝達:教員が授業で求めていることをTAに提示してお

くこと、また、授業内容を留学生が説明できないこともあるので、それを予めTAに伝えておくと支援の助けとなる。

教員からTAへの情報伝達:留学生が授業内容を説明できない下のレベルのクラスの場合は授業で求めていることをTAに提示する。

文章への書き込み:支援を受ける場合、教員が最初から直してしまうことは避ける。支援においては、色を変えて(文法、表現、内容)下線を引いて示すことが多いと思われる。

教員の役割:ライティングセンターを利用する前には、支援を視野に入れた授業の計画や指導、留学生に対する指示、そして、支援のスケジュールに合わせた文章のチェックやチェックの仕方に工夫が求められる。利用後は、支援内容を考慮した指導や留学生個人に合った支援の受け方の指導が求められる。

ライティングセンター利用の評価:教員の指導の下だけで留学生が書くという方針であれば、利用の対象外である。支援を受けた文章を実力と評価するかどうかは判断が分かれる。

支援を受けた文章の評価:初稿から最終稿に至るプロセスを評価の対象とし、支援によって何を考えてどう変えたかを意識化できれば評価の対象となり得る。

授業とライティングセンターの関係:センターの利用を前提に授業を行い、留学生には支援の利用方法を指導することにより活用を促す。

 以上を図式化したものが下記であるが、教員、学生、チューター・TAの三者の意識が揃った時にライティング指導の効果が最大限に期待できると思われる。

日本語日本文化教育におけるライティングセンターに関する一考察 47實平雅夫

 なお、実績、評価、今後の計画については、2011年度が設置初年度であり、今後の報告を待ちたい。

4 おわりに 本稿では、「人文科学系アカデミックライティング指導のための基礎的研究」の一環として、日本語日本文化教育におけるライティングセンターの設置と運用に関する考察を行った。 国内で先駆的とされる留学生をも対象とした英語と日本語による早稲大学ライティングセンターと留学生に特化した日本語による麗澤大学日本語教育センター・ライティングセンターの二ヶ所に対する調査の結果、プロセスとしての文章作成、領域横断性、自立した書き手、という三つ理念に沿って組織化されて運用されており、チューターとの対話によって理念が実現されていることが明らかとなった。本

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稿が今後、留学生も対象とした日本語ライティングセンターの設置の際に参考になることを願っている。 なお、調査の時点で留学生を対象としたライティングセンターの存在が確認できたのは、今回の二校に加えて、昭和女子大学、津田塾大学、龍谷大学、金沢工業大学であった。他の大学のセンターについては別稿に譲りたい。

【附註】本研究は日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)(課題番号:22520532、研究代表者:西光義弘)の助成を受けている。

【参考文献】藤木剛康(2011)「日本の作文教育の問題点とライティング・センター 和歌山大学

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Writing Centers in Japan (大学ライティングセンターの構築と運営に関する手引書) 大阪女学院大学

小圷守(2009)「情報リテラシーとラーニング・コモンズ 日米大学図書館における学習支援」『情報の科学と技術』59(7) 328-333

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日本語日本文化教育におけるライティングセンターに関する一考察 49實平雅夫

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吉田弘子(2008)「EFL/ESLライティングセンターの考察:その多様性を探る」『JACET全国大会要綱』47 170-171

吉田弘子・Johnston S.・Cornwell S.(2010)「大学ライティングセンターに関する考察 ―その役割と目的―」『大阪経大論集』61(3) 99-109

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A Report on Establishing a Writing Center for Japanese Language and Culture for‘Research on Methodologies for Academic Writing in the Humanities’

SANEHIRA Masao

  The results of a survey of the Waseda Writing Center for English and Japanese, and the Reitaku University Writing Center for international students show that the three principles of Writing as a Process, Writing Across the Curriculum and Autonomous Writers are achieved through dialogue with tutors as part of the overall running of the centers. This paper aims to put forward these ideas as the basis for setting up a writing center for international students at Kobe University.