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−245− 第46巻(2017) 第 57 回 日本視能矯正学会 一般講演 視線解析装置を用いた網膜色素変性患者の読書評価 村田 憲章 1),3) ・宮本ふう子 1) ・木下 直彦 4) 植木 智志 1),2) ・畑瀬 哲尚 1),5) ・福地 健郎 1) 1) 新潟大学大学院医歯学総合研究科生体機能調節医学専攻感覚統合医学講座 視覚病態学分野 2) 新潟大学脳研究所統合脳機能研究センター 3) 新潟医療福祉大学医療技術学部視機能科学科 4) 新潟医療福祉大学医療経営管理学部医療情報管理学科 5) 慈光会今井眼科医院 Evaluation of Reading Performance in Patients With Retinitis Pigmentosa Using an Eye Tracking System Noriaki Murata 1), 3) , Fuko Miyamoto 1) , Naohiko Kinoshita 4) , Satoshi Ueki 1), 2) , Tetsuhisa Hatase 1), 5) , Takeo Fukuchi 1) 1) Division of Ophthalmology and Visual Science, Graduated School of Medical and Dental Science, Niigata University 2) Brain Research Institute, Niigata University 3) Department of Orthoptics and Visual Sciences, Faculty of Medical Technology, Niigata University of Health and Welfare 4) Department of Health Informatics, Faculty of Healthcare Management, Niigata University of Health and Welfare 5) Imai Eye Clinic 要  約 【目的】網膜色素変性(RP)患者の黙読能力の他覚的評価を試みた。 【対象及び方法】新潟大学医歯学総合病院通院中のRP患者11名(37.4±17.6歳)と健常者(N) 20名(46.9±17.2歳)。視線解析装置(Tobii Tx300)にて横書き文黙読時の平均停留時間および saccade時間、100 文字あたりの読み時間、停留回数を算出した。また読書時の saccade を幅と角度 の 2 変数から混合ガウスモデルによるクラスタ分類およびクラス分類し、その割合を χ 2 検定で検討 した。 【結果】平均停留時間はRP群 256.3 ±41.6 msec、N 群 215.7±24.9 msec(p<0.01)、saccade 時間 RP 別冊請求先(〒 950-3198)新潟県新潟市北区島見町 1398 番地 新潟医療福祉大学医療技術学部視機能科学科 村田憲章 Tel. 025(257)4752  Fax. 025(257)4752 E-mail:[email protected] Key words:読書、網膜色素変性、視線解析装置 reading performance, retinitis pigmentosa, eye tracking system

Japanese Orthoptic Journal 46: 245-256, 2017

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第46巻(2017)

第57回 日本視能矯正学会一般講演

視線解析装置を用いた網膜色素変性患者の読書評価村田 憲章 1),3)・宮本ふう子 1)・木下 直彦 4)・ 植木 智志 1),2)・畑瀬 哲尚 1),5)・福地 健郎 1)

1)新潟大学大学院医歯学総合研究科生体機能調節医学専攻感覚統合医学講座 視覚病態学分野 2)新潟大学脳研究所統合脳機能研究センター 3)新潟医療福祉大学医療技術学部視機能科学科 4)新潟医療福祉大学医療経営管理学部医療情報管理学科 5)慈光会今井眼科医院

Evaluation of Reading Performance in Patients With Retinitis Pigmentosa Using an Eye Tracking System

Noriaki Murata 1), 3), Fuko Miyamoto 1), Naohiko Kinoshita 4), Satoshi Ueki 1), 2), Tetsuhisa Hatase 1), 5), Takeo Fukuchi 1)

1) Division of Ophthalmology and Visual Science, Graduated School of Medical and Dental Science, Niigata University

2)Brain Research Institute, Niigata University3) Department of Orthoptics and Visual Sciences, Faculty of Medical Technology, Niigata University of Health and Welfare

4) Department of Health Informatics, Faculty of Healthcare Management, Niigata University of Health and Welfare

5)Imai Eye Clinic

要  約

【目的】網膜色素変性(RP)患者の黙読能力の他覚的評価を試みた。【対象及び方法】新潟大学医歯学総合病院通院中のRP患者11名(37.4±17.6歳)と健常者(N)20名(46.9±17.2歳)。視線解析装置(Tobii Tx300)にて横書き文黙読時の平均停留時間およびsaccade時間、100文字あたりの読み時間、停留回数を算出した。また読書時のsaccadeを幅と角度の2変数から混合ガウスモデルによるクラスタ分類およびクラス分類し、その割合をχ2 検定で検討した。

【結果】平均停留時間はRP群256.3±41.6 msec、N群215.7±24.9 msec(p<0.01)、saccade時間RP

別冊請求先(〒950-3198) 新潟県新潟市北区島見町1398番地 新潟医療福祉大学医療技術学部視機能科学科 村田憲章 Tel. 025(257)4752  Fax. 025(257)4752 E-mail:[email protected]

Key words: 読書、網膜色素変性、視線解析装置 reading performance, retinitis pigmentosa, eye tracking system

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Ⅰ. 緒言

 網膜色素変性(retinitis pigmentosa : RP)は先天性遺伝性の疾患で、人口5,000人に1人と発症頻度が高く、日本には約3万人の患者がいると推定されている1)。進行性の周辺視野障害はRPの代表的症状の一つであり 2)、病初期に暗順応障害すなわち夜盲症を経験したのち、周辺視野の狭窄を自覚し、疾患の末期には中心視力を失う 3)。RPは徐々に進行するため、ロービジョンケアは随時、継続して行わなければならない4)。視野欠損や視力低下などの視機能減衰

に伴う視覚的困難として代表的なものは読書で, 視覚障害の重篤化に伴い健常者と比べ読書速度が低下したり視線運びに困難が生じたりすることが推測される。これまでに、読書テストの一つであるMNREAD(Minnesota Low-Vision Reading Test)5)によりRP患者の読書能力は評価され、中心6°以内の視野感度が読書の定量値と最も相関することが報告された6)。また、日常生活における視覚的不自由を問う質問票を用いた報告7)では、中心10°内の網膜感度と良い方の眼の視力低下が読み書きを含む日常生活動作に影響を及ぼすとされている。日常生活にお

群44.28±8.26 msec、N群50.78±11.45 msec(P=0.11)、停留回数はRP群31.1±7.9回、N群32.7±10.6回(p=0.66)、読み時間はRP群9.4±3.0 sec、N群8.8±3.4 sec(p=0.65)で、RP群において停留時間が延長した。各saccadeは短・長順行、逆行、行替えに分類されその構成に両群間で有意差を認めた(p=0.03)。RP群において短順行、長順行saccadeが多く、逆行saccadeが少なかった

(p<0.01)。【結論】RP群は平均停留時間が延長しsaccadeパターンに変化がみられたが、読み時間は延長しなかった。今後は視野異常の重症度に着目した解析が必要である。

Abstract

【Purpose】To attempt an objective evaluation of silent reading performance in patients with retinitis pigmentosa (RP).

【Subjects and Methods】Subjects were 11 patients with RP (Group RP: average age, 37.4 ± 17.6 years) and 20 normal controls (Group N: average age, 46.9 ± 17.2 years). The subjects silently read a Japanese article printed horizontally while the eye tracking system (Tobii Tx300) monitored and calculated the mean fixation duration, mean saccadic duration, and reading duration and number of fixation per 100 characters. Using the amplitude and angle of each saccade during reading, the saccadic patterns were classified by a Gaussian mixture model and the numbers of the clustered saccadic patterns for the two groups were compared using a χ2 test.

【Results】Group RP and Group N respectively had 256.3 ± 41.6 msec and 215.7 ± 24.9 msec for mean fixation duration (P < 0. 01), 44.28 ± 8.26 msec and 50.78 ± 11.45 msec for mean saccadic duration (P = 0.11), 31.1 ± 7.9 times and 32.7 ± 10.6 times for number of fixation (P = 0.66), and 9.4 ± 3.0 sec and 8.8 ± 3.4 sec for reading duration (P = 0.65). Group RP showed a significantly longer mean fixation duration than Group N (P < 0.01). The saccades during reading were classified to “short forward,” “long forward” , “regression” , and “line change.” A significant difference in the saccadic patterns was seen between the two groups (P = 0.03). In Group RP, the numbers of short forward and long forward saccades were significantly greater, whereas the number of regression saccades was significantly smaller than Group N (P < 0.01).

【Conclusions】The mean fixation duration was prolonged in patients with RP. Even with different saccade patterns, the reading duration was not prolonged. Future studies focusing on cases with severe visual field defects will be necessary.

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いて「文字を読む」機会が生じたときはほとんどの場合黙読を行うため、患者の実際の読書能力を把握するには黙読を直接的かつ客観的に評価する必要がある。近年、視線解析装置を用いた眼科的疾患を有する患者の黙読評価が行われている8)~12)。アイトラッカーは刺激となる文を自由に選択することができる。また、読書時の視線運動を定量的かつ客観的に評価することで、黙読様態を視覚化、あるいは眼球運動様式を数値化することが可能である。さらに、モニター一体型のアイトラッカーを用いることで、被検者にとりストレスのない、日常生活に近い状態での読書評価が可能である。そこで本検討では、黙読時の眼球運動の特徴をRP患者と健常者で比較した。本研究を通じ視野異常を生じたRP患者のアイトラッカーによる黙読評価の有用性を検討することを目的とした。

Ⅱ. 対象と方法

1. 被検者 対象は新潟大学医歯学総合病院 でRPと診断された19歳以上70歳未満の患者(RP群)および、正常コントロール(N群)である。RP群の組み入れ基準はゴールドマン視野計にてRPによる視野異常を呈している症例かつ両眼の矯正視力が0.5以上であるものとした。除外基準はRP以外の眼科的疾患を合併しているもの、眼位異常、顕性の斜視を有するものとした。また、ドライアイを有するものは対象より除外した。N群の組み入れ基準は、年齢が70歳未満であるもの、両眼の矯正視力が1.0 以上であるもの、Humphrey視野計(Carl Zeiss Meditec, Inc., Dublin, CA, USA)24-2 Swedish Interactive Threshold Algorithm(SITA)Fast Strategyを施行し視野異常が認められなかったものとした。除外基準は円柱度数が±2.50 Dを超えるもの、眼位異常、顕性の斜視を有するものとした。両群の年齢のマッチングはIBM SPSS(Version 21 : SPSS、INC., Chicago. IL)による対応のないt検定にて確認した。この研究は新潟大学大学院医歯学総合研究科の医学倫理委員会にて承認を受け、ヘルシンキ宣言に従う。

2. 装置 黙読時の視線情報を得るために視線解析装置は、測定原理に明瞳孔法による瞳孔検出と角膜反射方式による近赤外照射が使用されているアイトラッカー、Tobii Tx300(Tobii Technology, Danderyd, Sweden)を使用した。専用ディスプレイは解像度1920×1080の23インチスクリーン、リフレッシュレ―トは60 Hz、視線情報取得のサンプリングレートは300 Hz、正確度0.4 °、精密度は0.14 °である。3. 手続き Tobii シリーズ付属の視線情報取得環境設定および解析用ソフトウェア「Tobii Studio」を用いて、以下の手順で視線計測を行った。必要に応じて近見加入を行い、被検者に視線計測前に画面上の9点を両眼開放にて凝視させ視線位置を校正した。その後刺激文をモニターに静止画、フルスクリーン、横書きで投影し、両眼開放状態で黙読させた時の視線を計測した。刺激文は607文字、612文字、610文字の文章3文で、全て13行で呈示した。この刺激文は「新潟日報社」に許可を得た上、Web上で公開されているコラム「日報抄」の文を使用した。3つの文は事前にリーダビリティ判定ツール「帯2」13) により、難易度を中学3年生レベルにマッチングした。被検者からモニターまでの距離は60 cmで、被検者および装置の配置は図1に示す。30 cmでの読書を想定しフォントサイズは新聞の文字の約2倍の22 pt (視角0.735 °)とし、フォントはMS明朝とした。被検者には 「日常生活において新聞や小説を読むときのように、なるべく速く黙読してください。」と指示した。4. 読書パラメータの分析 Tobii studio の領域選択機能により視線可視化データ(図2)上の呈示文全体を選択した。その後同ソフトのStatistics機能により、選択領域内のTotal visit duration(黙読時間でSaccadeを 含 む)、Total fixation duration( 黙読時の全停留時間)、Fixation count(停留回数)を抽出した。これらの数値から平均停留時間、平均saccade時間100文字あたりの停留回数、100文字あたりの読み時間を算出し, 3つの刺激文を読書したときの平均値を被検者の読書

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パフォーマンスの定量値として算出した。それぞれの算出法を以下に示す。平均停留時間(msec)=  Total fi xation duration/Fixation count×1000平均saccade時間(msec)= (Total visit duration-Total fi xation duration)/(Fixation count-1)100文字あたりの停留回数(回)=  Fixation count/(文字数)×100100文字あたりの読み時間(sec)= Total visit duration/(文字数)×100 これらのデータの2群の平均値を対応のないt検定で比較した。統計解析にはIBM SPSSを使用した。5. 眼球運動の分析 眼球運動の軌跡を順行(読み進める文章の方向に動く)、逆行(読み進める文章とは逆の方向)、行替えに分類し、順行と逆行にはそれぞれ短と長の二つの下位分類を行い検討した。この解析は、Smithらが緑内障患者の視線解析に際し用いた手法 9)を参考にした。Tobii studio のdata export 機能により個々の被検者の読書時の全saccadeについてsaccadic amplitude

(幅)と relative saccade direction(相対角度) を 抽 出 し た。saccade amplitude( 単 位:

degree)は混合ガウスモデルによりクラスタ分類を行った。混合ガウスモデルによるクラスタリングは複数の正規分布を自動的に見定めてクラスタリングをする手法で、今回は2クラスタになるように設定し施行した。その結

図1  Tobii Tx300による読書テスト時のセットアップ矢印で示された部位が赤外線カメラとなっており、瞳孔中心とPurkinje像の位置関係を画像処理することで視線情報を記録する。日常生活における読書を再現するため、顎台を使用しなかった。検査距離は器機によって自動計測される。被検者には前傾すること等は避け、検査距離を維持するよう指示した。

図2  Tobii Tx300で得られる黙読時の視線パターン 丸は停留点、線はsaccadeを示す。停留点の面積は停留時間の長短を表す。丸の中に書かれている数字は、停留点の順番を示す。

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果、 長saccade(saccade幅11.65 ° 以 上) と 短saccade(saccade幅11.65 ° 未 満) に 分 類 さ れた( 図3)。saccade角 度 に つ い て は、relative saccade directionに て 得 ら れ る 数 値( 単 位: degree)を文字に沿ったsaccade角度は0°前後

(330~0°、0~30°)、文字と逆行するsaccade角度は180°前後(150~210°)、この範囲以外のものをその他のsaccadeと定義し手動でクラス分類を行った(図4)。以上2つの分類を組み合わせ、各saccade を長順行、短順行、逆行

(逆行saccadeのうち短saccadeに分類されたもの)、行替え(逆行saccadeのうち長saccadeに分類されたもの)、その他(分類不能)と仮定して分類し(図5A) RP群とN群それぞれの各saccade回数を算出した。その他に分類されたものは解析から除外した(図5B)。両群の黙読時に行われた各saccadeの占める割合を、適合度検定(カイ2乗検定)によって検討し、残差分析を行い割合が多い、または少ないsaccade種類を判別した。統計解析にはEZR14)およびRパッケージのmclust15)を用いて施行した。

Ⅲ. 結果

 11人のRP患者と20人の健常者が組み入れ基準をみたし本研究の解析対象となった。RP群の平均年齢は37. 4 ± 17.6歳、N群は46. 9±17.2歳であった(対応のないt検定、p=0.15)。RP群は男性6名、女性5名、N群は男性10名、女性10名であった。RP群の眼科的データと読書パラメータを表1に、各症例のGoldmann視野を図6に示す。 読書パラメータの分析において平均停留時間はRP群256.3±41.2 msec、N群215.7 ± 24.9 msec で、統計学的有意差がありRP群のほうがN群よりも優位に延長していた(対応のないt検定、p< 0.01)。一方、平均saccade時間はRP群44.28±8.26 msec、N群50.78±11.45 msec

(対応のないt検定、p=0.11)で、平均値で比較すればRP群で短い傾向がみられたが、有意差は認められなかった。 また100文字あたりの停留 回 数 はRP群31.1±7.9回、N群32.7±10.6回

(対応のないt検定、p=0.66)100文字あたりの読み時間はRP群9.4 ±3.0 sec、N群8.9±3.4 sec

(対応のないt検定、p=0.65)と、統計学的有意

図3  混合ガウスモデルを用いたsaccade幅の2分類 RP群とN群の読書時の全18250回のsaccadeを横軸に並べ、縦軸をsaccade幅とし長saccade成分および短saccade成分に分類した。クラスタ分析により得られた11.65度という数値を基準に、 そ れ 以 上 の も の を 長saccade群、 そ れ 以 下 の も の を 短saccade群とした。

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差は認められなかった(図7)。健常者と比べRP群においては有意な平均saccade時間、停留回数、読み時間の変化はみられなかった。  眼球運動の分析において解析の対象としたsaccade数はRP群6469回、N群10118回、総数16587回であった。読書時の各サッケードはクラスタ分類およびクラス分類により、RP群のsaccadeは、短順行(4533回、70.0%)、長順行

(94回、1.5%)、 逆 行(1363回、21.1%)、 行 変え(479回、7.4%)であり、 N群の結果は短順行

(6803回、67.2%)、長順行(89回、0.9%)、逆行(2536回、25.1%)、 行 替 え(690回、6.8%) で

あった(表2)。両群の読書パターンの適合性検定を施行した結果、両群間に有意差を認め(カイ2乗検定、χ2=12.565 df=5, p=0.03)、両群間で読書時のsaccadeパターンを占める割合が異なる結果となった。残差分析の結果、RP群において短順行、長順行saccadeの割合が有意に多く(残差分析、p<0.01)、逆行saccadeの割合が有意に少なかった(残差分析、p<0.01)。行替えsaccadeは両群間で有意差はみられなかった(残差分析、p>0.05)(表3)。

図4  saccade方向によるクラス分類 ある視線停留点から、次の停留点をつなぐsaccadeの軌跡から角度を算出した。図のように文字と同じ方向のsaccadeは「順行」、逆方向は「逆行」、「その他」の3つに分類した。

図5  saccade幅と角度による読書に伴うsaccadeの推定 (A)saccade幅とsaccade角度の組み合わせによる全saccadeの6分類。 (B)その他および分類不能成分を除外し、本検討にて実際に解析したsaccadeの4分類。

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Ⅳ. 考按

 本研究では、視線解析装置を用いてRP患者の黙読時の視線を評価し、日常生活における読書能力の客観評価を試みた。その結果、健常被検者と比較して文字の認識に関与すると考えられている停留時間16)の延長を認めたものの、読

み時間は延長していなかった。また、saccadeを解析することによって得られた眼球運動の検討では、両群間の読書パターンが有意に異なることが示された。新聞を読むために必要な近見視力値は0.4~0.517),18)とされていることから、本検討では、両眼の視力が0.5以上の患者にRP群に組み入れ、RPによる視機能障害の有無と

図6  網膜色素変性患者のGoldmann視野の測定結果 各症例の視野異常の内訳は、輪状暗点5例、求心性視野狭窄4例、前者に分類しかねる視野異常が2例であった。

図6-1

図6-2

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黙読パフォーマンスの関係性を評価できるよう検討を試みた。斉田、池田 19)は、制限された人工的視野による文字判読について調査し、人工視野2°の場合は、大きなsaccadeは見られず、人工視野8°の場合は2°場合に比べてsaccadeは大きくなり、判読時間は短くなったことを報告した。また文章の判読時間が一定となった時間

よりも約1割判読時間が増加したところの人工視野の幅を求め、これを知覚視野と呼んだ。知覚視野より人工視野が広ければ、どの被検者もなんら支障なく文章が読むことができるが、知覚視野よりも狭い場合は判読が困難になることを示した。一方で、知覚視野はどの被検者でも7~8°であるのに対して、saccade距離の最高

図7 両群間の読書パラメータの比較

表1 網膜色素変性患者の眼科的データおよび読書パラメータ

小数視力はlogMARに換算後、平均値を計算した。

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頻度は約3°であり、このことから、saccade距離よりもずっと広い範囲まで情報を収集しながら読んでいると考えられると報告している。各文字はまず傍中心窩でとらえられ、次に中心窩にて知覚される15),20)ことから、RPによる高度な求心性視野狭窄などの視野障害は知覚視野の領域を侵し読書に影響を与える可能性がある。しかしながら、読書にかかった時間に変化がなかったことから本研究におけるN群とRP患者の読書能力の明確な差異を同定することはできなかった。今回組み入れたRP患者では知覚視野を侵すような視野障害が起こっていなかったことが考えられる。今回の検討ではGoldmann視野計にてRPによる視野異常の有無の確認や視野形状を評価するにとどまった。読書に必要な中心視野の狭窄の程度、感度低下の程度を詳細に測定するためには、今後Humphrey視野計などの静的視野計を併用し視野を評価した上で、視野異常の程度や視野の局在的部位と読書困難の関係性について多覚的に評価していく必要がある。さらに、中村ら 21) は輪状暗点を呈したRP患者は、中心部に残された中心視野を用いて比較的小さな文字を読書する状態と、暗点の外側の視野を用いて大きな文字を読書する状態の2つの状態とが存在する可能性を示唆している。RP患者の視野異常は、原因となる遺伝子変異の違いによっても進行パターンが異なる

ことが推定されており2)、症例により視野の形状はさまざまである。今後の黙読の評価においても、個々の患者について視野の形状と、読書パフォーマンスの関係性を検討する必要があると考えられた。 一方、読書時の眼球運動パターンの解析では、両群間において読書時のsaccadeパターンに変化がみられた。短順行saccadeは文字の流れに沿って視線の停留が繰り返される間の動きである。RP群において短順行saccadeが有意に多くなっていることが示された。前田ら22)は視線解析装置を用いて視覚障害者の読書能力を評価し、求心生視野狭窄を呈したRP患者が読書時に、持続性のない停留と高頻度・小振幅のsaccade成分の組み合わせとなった症例を呈示している。RP群における短順行saccade割合の増加は、この症例に近似した読書パターンを表しているのかもしれない。RPによる視機能障害により読書時に文字を見失うリスクが高くなり、慎重に文章を読みとる傾向があることが考えられる。このことにより短順行saccadeの頻度は増えた結果、RP患者においては微細な読み飛ばしが少なく、読み直しの動きであると考えられる短逆行saccadeの割合がN群と比較して少ないというパターンが示されたことが考えられた。 先に述べたような眼球運動様態によって、読

表2 saccade レコード数の比較

表3 残差(r)分析の結果

RP: 網膜色素変性患者, N: 健常者  χ2=12.565 df=5 p=0.03

RP: 網 膜 色 素 変 性 患 者, N: 健 常 者 |r|>2.58→p<0.01 |r|>1.96→p<0.05 **: p<0.01

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書時は停留時間に文字認識がなされるため、研究計画当初は平均停留時間の延長が直接的に読み時間に影響を与えると推測された。しかし実際には読書パラメータの検討においてRP群の読み時間の延長は観察されず、眼球運動パターン解析においても健常群と比し行替えsaccade数に有意差がないことから、黙読の障害は起こっていないことが考えられた。一方統計学的に有意でないもののRP群において平均saccade時間が短い傾向にあり、かつ100文字あたりの停留回数は健常者と変化がなかった。さらにRP群の短順行、長順行saccadeが有意にN群より多かったことから、RPによる視機能障害を補って上手く本文を追って読めているということが考えられた。つまり、本検討では読書速度には変化がなくともRP群において特徴的な視線運動が観察され、それはRPによる視野異常の不利を補完している視線運動である可能性が示唆された。また高度な視野狭窄を呈した患者の読書には、スキャニング能力が必要となるとされている 23)。今回視線解析装置で得られたRP群の眼球運動パターンは、狭窄しつつある視野異常に伴う読書様態の順応を反映しているのかもしれない。 MNREADを用いたRP患者の読書に関する他施設共同研究の報告では、RP患者の読書能力は軽度から中等度に障害されており、その障害程度はコントラスト感度、視力、視野と相関したとされている6)。この報告は被検者にMNREADの音読を課し、臨界文字サイズ、最大読書速度、読書視力を算出している。検査条件やパラメータが異なるため単純な比較は困難であるが、今回の検討により黙読時の読書能力も健常者と比し変化が生じていることが数値的に示された。本検討のような据え置き型の視線解析装置を用いて黙読時の視線を可視化することは、RP患者の読書を他覚的に評価することができ、日常生活における読書を把握するに有用な機器であると考えられる。ただし、MNREADは読み間違えや読めない文字についてカウントしエラー数を除去した読書速度を算出可能である。黙読の読書評価では読書時のエラーカウントが出来ないため、音読評価に比べ

ると不利な点であることは否めず、本検討ではRP患者内で読書速度の低下はなかったという結果になった可能性がある。 本研究の限界としては、第一に日本語には縦書きがあり、横書きがあるということである。 本邦の新聞は記事の大部分が縦書きで印刷されている。また、縦方向のsaccade速度は横方向と比較し有意に遅延し、縦読みでは固視回数が多くなり、視線移動速度が遅くなることが読みやすさに影響することが報告されている24)。したがって、日常生活における読書により近い評価を行うためには呈示文を縦書きに変更するなどした上で、さらなる検討が必要である。第二に、Tobii TX300は検査距離が60 cm 前後に限定される点である。症状が進行したRP患者は視力が障害され、読書時の作業距離が近い場合も多々存在する。したがって、本器機を用いて読書評価が可能な症例は比較的視機能が保たれている症例に限られるため、RP患者の包括的評価にはウェアラブル型アイトラッカーを用いる方法で代替すると良いと考えられる。 中でもグラス型アイトラッカーは被検者の日常行動を妨げることなく視線の取得が可能である。検査距離を限定することなく読書課題を与えることで、スキャンニングが上手くいっているか、行替えがうまくできているか、等の項目を定め個々の患者にフィードバックすることが可能と考えられる。 結論として、視線解析装置を用いて黙読を他覚的に検討し、N群に比しRP群において文章を読み取る停留時間が延長していた。さらにRP群において文字に沿う短いsaccadeの頻度が増加し逆行saccadeが少ないことを見出し、視線運動に関してはRPによる視野異常への適応的な対応が観察された。しかしながら本検討に組み入れたような視力が良好なRP患者では読書にかかる時間の延長はみられなかった。また、読書の能力は年齢や個々の教育レベル、読書を行う頻度などによっても影響を受ける。今後、検討症例を増加させるとともに、視機能障害にとどまらず読書困難の原因となる因子を総合的に追求していく必要がある。またアイトラッカーは目視では定量できないような眼球運

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動パターンを他覚的に評価可能である。高度な視野障害を呈した患者に用いることで、他覚的に読書時の眼球運動を把握することができ、ロービジョンケア等に反映させることができると考えられる。

参考文献1 ) 池田康博: 網膜色素変性. 臨眼 64 : 1986-1992,

2010. 2 ) Grover S, Fishman G. A, Brown J: Patterns

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