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先生は「思考表現スタイル」の違いに着目し、 日本とアメリカ、最近ではフランスの子どもたちも 対象に比較研究されていますが、 この「思考表現スタイル」とは何でしょうか。 一言でいうならば、「コミュニケーションの基本となる型」 です。私たちが普段ものを考え、他人と会話を交わすときに、 取り込んだ情報をどのように編集し納得しやすい形にする か、その枠組みのことを意味しています。国や文化によって 思考表現スタイルは異なります。その違いは「語る」ことや 「書く」ことの基本型に表れるので、初等教育における国語の 作文法と歴史の語り方を中心に比較研究しています。 その結果、「話し方、書き方の常識」は国によって驚くほど 違うことが分かりました。例えば日本では、教科書にこそ書 いてありませんが、知らず知らずのうちに「起承転結」が話 したり書いたりするときの基本型になっています。ところが この型は、アメリカやフランスでは思いもよらない奇抜な表 現様式として受け止められることが多いのです。だから「起 承転結」の方式で議論をしたり、論文を書いたりすると、い くら英語やフランス語が堪能であっても、いったい何をいお うとしているのか理解してもらえないことがあります。 そればかりか、こうした思考表現スタイルの違いが、例え ばアメリカで勉強している日本人の学生がアメリカ人教師か ら低い評価を受けてしまう原因にさえなっています。つまり、 同じ内容を述べるのでも、どのような順番で、何をポイント にして述べるかという思考表現スタイルの違いが、文化固有 の暗黙の了解として、学力や能力の評価方法と深く関わって いるわけです。そこで、絵を使った作文実験や授業観察を通 じて、こうした違いを具体的に明らかにしています。その違 いが分かると、例えば PISA のような国際的な学力調査に現 れた結果を正確に受け止め、これからの言語教育に生かして いく道筋も見えてくるのではないでしょうか。 絵を使った作文実験では、日米仏の子どもたちの 思考表現スタイルの違いはどう現れましたか。 ある少年の 1 日を描いた 4 コマの絵を見せて、日米仏の小 学校 5 6 年生に説明してもらいました。 まず自由課題で「少年の一日がどんな一日だったか」を問 いました(P.22図表1)。すると、日本の子どもの 93 %は出 来事が起こった順番に書きます。例えば、「けんた君はテレビ ゲームをしていて、いそいで野球のしあいにでかけ、バスに のったところ、まちがえて、しあいにおくれて、ピッチャー ができませんでした」(読点は補足)といったように、「…… して」とつないでいく「時系列型」の構造です。フランスの 子どもも日本と同じ、時系列型の説明が圧倒的多数を占めま した。それに対してアメリカの子どもの場合、時系列での書 き方と共に、「この日はジョンにとって最悪の日でした」 21 NO.06 2006 Interview 日米仏の思考表現スタイルを比較する ── 3 か国の言語教育を読み解く── 渡辺雅子 国際日本文化研究センター助教授 本とアメリカとフランスの子どもたちに、 同じひと続きの絵を見せて、作文してもらう。 国によって説明の仕方に違いがあるとしたら、 そこからグローバルな読解力や表現力に関わる 本質的なヒントが見えてくるかもしれない。 「思考表現スタイル」に着目して 日米仏の初等教育の比較研究をする渡辺雅子先生に、 独自の作文実験を基に話をうかがった。 わたなべ まさこ 国際日本文化研究センター助教授。 米国コロンビア大学大学院社会学部博士課程修了、 同大学院よりPh.D. (博士号・社会学)取得。 著書に『納得の構造日米初等教育に見る 思考表現のスタイル』(東洋館出版社)、 編著に『叙述のスタイルと歴史教育教授法と 教科書の国際比較』(三元社)など。 Q Q

Interview - ベネッセ教育総合研究所€¦ · 説明も理由付けも区別しない」作文の特徴と一致します。 そして、今回のテーマである読解力についていえば、実の

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Page 1: Interview - ベネッセ教育総合研究所€¦ · 説明も理由付けも区別しない」作文の特徴と一致します。 そして、今回のテーマである読解力についていえば、実の

先生は「思考表現スタイル」の違いに着目し、

日本とアメリカ、最近ではフランスの子どもたちも

対象に比較研究されていますが、

この「思考表現スタイル」とは何でしょうか。

一言でいうならば、「コミュニケーションの基本となる型」

です。私たちが普段ものを考え、他人と会話を交わすときに、

取り込んだ情報をどのように編集し納得しやすい形にする

か、その枠組みのことを意味しています。国や文化によって

思考表現スタイルは異なります。その違いは「語る」ことや

「書く」ことの基本型に表れるので、初等教育における国語の

作文法と歴史の語り方を中心に比較研究しています。

その結果、「話し方、書き方の常識」は国によって驚くほど

違うことが分かりました。例えば日本では、教科書にこそ書

いてありませんが、知らず知らずのうちに「起承転結」が話

したり書いたりするときの基本型になっています。ところが

この型は、アメリカやフランスでは思いもよらない奇抜な表

現様式として受け止められることが多いのです。だから「起

承転結」の方式で議論をしたり、論文を書いたりすると、い

くら英語やフランス語が堪能であっても、いったい何をいお

うとしているのか理解してもらえないことがあります。

そればかりか、こうした思考表現スタイルの違いが、例え

ばアメリカで勉強している日本人の学生がアメリカ人教師か

ら低い評価を受けてしまう原因にさえなっています。つまり、

同じ内容を述べるのでも、どのような順番で、何をポイント

にして述べるかという思考表現スタイルの違いが、文化固有

の暗黙の了解として、学力や能力の評価方法と深く関わって

いるわけです。そこで、絵を使った作文実験や授業観察を通

じて、こうした違いを具体的に明らかにしています。その違

いが分かると、例えばPISAのような国際的な学力調査に現

れた結果を正確に受け止め、これからの言語教育に生かして

いく道筋も見えてくるのではないでしょうか。

絵を使った作文実験では、日米仏の子どもたちの

思考表現スタイルの違いはどう現れましたか。

ある少年の1日を描いた4コマの絵を見せて、日米仏の小

学校5・6年生に説明してもらいました。

まず自由課題で「少年の一日がどんな一日だったか」を問

いました(P.22、図表1)。すると、日本の子どもの93%は出

来事が起こった順番に書きます。例えば、「けんた君はテレビ

ゲームをしていて、いそいで野球のしあいにでかけ、バスに

のったところ、まちがえて、しあいにおくれて、ピッチャー

ができませんでした」(読点は補足)といったように、「……

して」とつないでいく「時系列型」の構造です。フランスの

子どもも日本と同じ、時系列型の説明が圧倒的多数を占めま

した。それに対してアメリカの子どもの場合、時系列での書

き方と共に、「この日はジョンにとって最悪の1日でした」 21

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Interview日米仏の思考表現スタイルを比較する── 3か国の言語教育を読み解く──●

渡辺雅子[国際日本文化研究センター助教授]

本とアメリカとフランスの子どもたちに、

同じひと続きの絵を見せて、作文してもらう。

国によって説明の仕方に違いがあるとしたら、

そこからグローバルな読解力や表現力に関わる

本質的なヒントが見えてくるかもしれない。

「思考表現スタイル」に着目して

日米仏の初等教育の比較研究をする渡辺雅子先生に、

独自の作文実験を基に話をうかがった。

日 わたなべ まさこ●

国際日本文化研究センター助教授。

米国コロンビア大学大学院社会学部博士課程修了、

同大学院よりPh.D.(博士号・社会学)取得。

著書に『納得の構造|日米初等教育に見る

思考表現のスタイル|』(東洋館出版社)、

編著に『叙述のスタイルと歴史教育|教授法と

教科書の国際比較|』(三元社)など。

Q

Q

Page 2: Interview - ベネッセ教育総合研究所€¦ · 説明も理由付けも区別しない」作文の特徴と一致します。 そして、今回のテーマである読解力についていえば、実の

と、まず総まとめや評価を書いて、その理由や原因として1

日の出来事を述べるパターンが3割強見られました。つまり、

出来事を原因・結果で捉える「因果律型」の説明構造です。

次に、同じ絵を使った条件課題として、「少年はしょんぼり

しています」という文から始めて、この少年の1日がどんな1

日だったかを書いてもらいました(図表2)。結果から理由を

聞く課題です。日本の子どもは「なぜなら……」と始めて、

最初の課題と同じように、出来事が起こった順番にすべてを

述べました。アメリカの子どもは時系列型の説明と共に、結

果に直接結びつく原因だけを述べて、他の情報をすべて省略

するタイプが大勢を占めました。つまり「少年はしょんぼり

しています。なぜなら野球の試合で投げられなかったから」

で終わりにするのです。このことから、日本の子どもは時系

列型の説明を基本にしているのに対し、アメリカの子どもは

時系列型と因果律型を課題によって使い分けていることが分

かります。

ところが、理由付けの条件課題でフランスの子どもは日本

やアメリカと顕著な違いを示しました。「時系列」と「因果

律」に加え、その二つを統合する「俯瞰型」のスタイルが最

も多く現れたのです。つまり、「少年はしょんぼりしていま22

Interview日米仏の思考表現スタイルを比較する

図表[1] 4コマ漫画の作文実験(自由課題)

図表[2] 4コマ漫画の作文実験(条件課題)

どちらかに○をして下さい。 男・女 生まれた年と月: 年 月

絵を見て書く作文けんた君は小学生です。テレビゲームと野球をするのが大好きです。けんた君は野球チームのエースピッチャーで、毎週土よう日の朝早く野球のしあいをします。下の絵はけんた君の一日のでき事をえがいています。けんた君にとってその日がどんな日だったか、書いて下さい。(書く前にまず四つの絵をすべて見てから書き始めて下さい。)

どちらかに○をして下さい。 男・女 生まれた年と月: 年 月

絵を見て書く作文けんた君は小学生です。テレビゲームと野球をするのが大好きです。けんた君は野球チームのエースピッチャーで、毎週土よう日の朝早く野球のしあいをします。下の絵はけんた君の一日のでき事をえがいています。けんた君にとってその日がどんな日だったか、書いて下さい。こんどは、「けんた君はしょんぼりしています。」という文から始めて作文して下さい。(書く前にまず四つの絵をすべて見てから書き始めて下さい。)

けんた君はしょんぼりしています

Page 3: Interview - ベネッセ教育総合研究所€¦ · 説明も理由付けも区別しない」作文の特徴と一致します。 そして、今回のテーマである読解力についていえば、実の

す。なぜなら野球の試合で投げられなかったから」とアメリ

カのように始めて、その後3→2→1とコマを逆にたどって試

合後.の出来事を創作します。例えば、「野球の試合が終わり、

がっかりしていてバスを間違えてしまいました。慌てて帰っ

たが夕食の時間に遅れてしまい、落ち込んだ気持ちを解消す

るためにテレビゲームをするでしょう」といった具合に。物

語の流れを新たに再構成し直して、少年の1日全体..を俯瞰し

て描こうとするのです。

これらの特徴を整理すると、日本は「時系列型」、アメリカ

は「時系列型と因果律型を目的に応じて選択」、フランスは二

つを統合した「俯瞰型」。こんなに簡単な絵を見るだけでも、

受け取った情報をどのように編集して表現するか、3か国で

大きな違いがあることが分かりました(図表3)。

国によって作文の型が異なる背景には、

教育上どのような相異があるのでしょうか。

作文の型は、各国の国語教育の特徴と一致しています。例

えば日本の学校で出される作文課題の二大テーマは、運動会

や修学旅行などの学校行事と読書感想文です。学校行事で

は、皆が共通して体験した出来事を時系列で書き、読書感想

文では、読前と読後で読み手の考えがどのように変わったか

を書くことが、枠組みとして勧められています。どちらも期

待されているのは学校行事や読書という体験を通じて、子ど

もの「心の成長の軌跡」が表れていることです。心の成長体

験を、その時々の気持ちの表現を交えて素直に生き生きと書

いてあるのがよい作文とされています。成長の軌跡ですから、

必然的に物事が起こった順番に書いていくことになります。

これは、作文実験に現れた日本の子どもの「時系列で書き、

説明も理由付けも区別しない」作文の特徴と一致します。

そして、今回のテーマである読解力についていえば、実の

ところ日本の国語の授業では、「読解」に費やす時間が他の国

より圧倒的に多いのです。国語の大半の時間は「物語」と

「説明文」の読み取りに費やされ、しかもその手法は二つにパ

ターン化されています。すなわち、物語の場合は「状況から

登場人物の心情を読み取る」、説明文の場合は「難しい語句

を調べ、段落ごとに意味を読み取る」。

対照的に、アメリカの国語の授業は読解ではなく「書き方」

が中心です。さまざまな書き方の様式の違いを学習し、実際

に書いてみることに大半の時間を費やします。小学校5年生

の教科書に掲載されているのは、物語や詩や説明文のほかに、

エッセイ(小論文)、ビジネスレター、親密な手紙、レポー

ト、インタビュー、広告、自伝、本の紹介から戯曲に至るま

で、実に12種類もの文章様式です。小学校1年生でも、内容は

易しくなるものの、これとほぼ同じ種類の文章を学習します。

とりわけ重視されるのがエッセイ(小論文)とクリエイティ

ブ・ライティング(創作文)です。アメリカでは、ほとんど

の州で小学校の卒業時に作文の試験を受けることが義務付け

られていて、その際の課題がこの二つなのです。

小論文では、「最初に主張を述べ、次にその主張を裏付け

る証拠を三つ挙げて、最後に結論として再び主張を繰り返

す」という構造を習得します。これは先の作文実験で見た

「因果律型」の思考表現スタイルと重なります。創作文の場合

は物語が書かれることが多いので時系列型になり、これも作

文実験に現れた特徴そのままです。実際、作文実験をした時

に、アメリカの子どもからは「どの形式で書くの? 小論文、

それとも創作文?」と聞かれました。日本の子どもからは

「この子の気持ちになって書けばいいの?」と聞かれました。

どちらの国の子どもたちも、思考表現スタイルに国語の授業

での教え方が影響を及ぼしていると考えられます。

フランスは日米と異なり、国語の授業時間の7割は文法や

語彙、綴り字の習得に充てられます。書き方については、小

学校では「正しく」書くこと、中学校では「美しい文」を書

くこと、高校では「論理的な構造」で書くことと、段階的な

到達目標を掲げています。

小学校でよく出されるのは、物語の続きを書く課題です。

物語の基本構造を学び、どの時制で書くのか動詞の活用を復

習し、主題にまつわる語彙をおさらいしてから書き始めます。

創作文でも、評価の対象は文法・語彙の正しさと内容の論理 23

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特集 読解力(reading literacy)、日本の教育の何が問われているのか

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図表[3] 作文構造の日米仏比較

日:「時系列」�

米:「因果律」と「時系列」の使いわけ�

仏:「因果律」と「時系列」の統合�

            「俯瞰型」�

Page 4: Interview - ベネッセ教育総合研究所€¦ · 説明も理由付けも区別しない」作文の特徴と一致します。 そして、今回のテーマである読解力についていえば、実の

的一貫性。つまり、言語の基礎と形式を重視しているのです。

小論文の構造としては、フランスでは伝統的な弁証法が推

奨されます。一般的な視点(テーズ=正)とそれに反する視

点(アンティテーズ=反)を統合(サンテーズ=合)し、新た

な理解の枠組みを生み出そうとします。自分の主張のみを一

直線に展開するアメリカの小論文の書き方とは好対照です。

こうした各国特有の思考表現スタイルは、国語のみならず

他の教科をも縦断して一貫性を持ち、特に歴史の教え方、語

り方にはそれが顕著に表れています。ごく大まかに比較する

なら、日本は「時系列で出来事を追いながら歴史上の人物の

気持ちになって『共感』することで歴史理解を深める」。アメ

リカは「結果から振り返って出来事がなぜ起こったか原因を

特定する」。フランスは「時系列で出来事を追いつつ、さまざ

まな原因を挙げながら、歴史の大きな流れを俯瞰して出来事

を位置付ける」。日仏は時系列的に学ぶ点は共通ですが、その

出来事の功罪や善悪の二面性を検討して全体像を見渡そうと

するのがフランスの歴史教育の特徴です(図表4参照)。

日本の国語教育では書き方の様式を教えず、

創作文を書かせませんが、それはなぜですか。

これには歴史的・文化的な背景があります。日本でも公立

学校が設立された明治期には、むしろアメリカ以上に「型」

から学ぶ形式模倣主義の作文教育が主流でした。ところが、

大正期に子ども中心主義の新教育運動が世界的に広がると、

明治の形式模倣主義への反省から、型を壊して子どもらしい

文章表現を重視する「綴り方」が在野の文学者から提唱され

ました。綴り方は単に「書く技術」ではありません。子ども

が体験や考えをありのままに書くことを通じて「人格修養」

することを主な目的としていました。このアプローチが現場

の教師に圧倒的な支持を得て、「生活綴り方」から戦時中の

「国民学校の綴り方」へ、そして戦後も「学校作文」としてそ

の精神は脈々と受け継がれ、現在に至っています。

ところが皮肉なことに、型を壊したと思いきや、結果とし

て「子どもが見たまま、感じたままを綴る学校作文」という

唯一の型を作り上げてしまいました。体験したことを素直に

ありのまま書くのがよい作文とされているので、その対極に

ある、想像して書く創作文の入り込む余地はありません。綴

り方運動の提唱者、鈴木三重吉の雑誌「赤い鳥」創刊号

(1918年)の作文募集要項には「空想で書いたものではなく」

と断り書きがあります。鈴木は、経験していないことを子ど

もに書かせる創作は人工的で虚飾に満ちた文章を生む、と痛

烈に批判しています。日本の国語教育で創作文を書かせない

のには100年近い歴史があるのです。

さらに、作文の評価様式も「綴り方」の伝統に由来してい

ます。作文の目的が人格修養であることは、教師が共感的な

感想のみを述べて点数をつけず、技術的指導や添削をしない

という教授法と評価法を定着させました。

子どもたちが授業で実際に書いた作文を日米で比較してみ

ると、興味深いことが分かります。日本の教師は、意識する、

しないにかかわらず、結果的に「綴り方」の伝統に則って、

「自由に、思ったままを書けばいいんだよ」と励まして子ども

に作文を書かせます。しかし、でき上がった作文は、どれも

驚くほど似通っています。その一方で、一見自由な印象を受

けるアメリカの小学校では、実は厳しい文章の「型」の訓練

と、技術的指導や添削が行われます。その結果として生み出

されるのは、各自が書く目的に応じて様式を選び、そこに個

別の意見が主張され、ときにはさまざまな様式を組み合わせ

る多様な作文です。

ここには、「自由」を重視している方が結果的に「規範」に

とらわれ、「規範」を重視している方が結果的に「自由」な多

様性を生む、というパラドックスが見られます。型を知らず

に「自由に書け」といわれても、いったい「何から」自由に

なればよいのか分かりません。その結果、「起こったことをあ

りのまま書いて時系列で気持ちの変化をたどる」という書き

方が逆説的に唯一の型になってしまうのです。

PISAのテストの結果、日本の子どもは読解力で劣るとい

われていますが、論証や文章の様式を問う自由記述問題に答

えられないということは、「読み方」の問題ではなく、国語の24

Interview日米仏の思考表現スタイルを比較する

図表[4] 思考表現スタイルの日米仏比較

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日:すべての部分を述べる。�

米:不要な部分を切り捨て、�  局所的な因果関係に注目。�

仏:全体像を描こうとする努力。�

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授業でさまざまな様式の「書き方」を教えられていないから

です。つまり、読み取った情報をどう書き表してよいかが分

からないのです。

一方アメリカでは、いくらユニークな意見や面白いアイディ

アを持っていても、それを他人と共有できる「型」に入れて、

つまりコミュニケーションできる形にして提示できなければ、

その価値は無に等しいと考えられています。だからこそ、小

論文を書くことで「主張」の様式を学び、創作文を書くこと

で「語り」の様式を学ぶのです。

日本の「学校作文」は小学校ではその機能を十分に果たし

ていると思います。しかし、中学や高校になっても、それに

代わる書き方の様式が教えられないため、大学へ行っても社

会に出ても「子どもの作文」しか書けないのだとしたら、こ

れはたいへん深刻な問題といわざるを得ません。

では、日本でもアメリカをモデルにして、

多くの文章様式や「主張→論証→結論」の

文章構造を学ぶべきなのでしょうか。

日本ではコミュニケーション能力や論理的思考力の育成が

急務とされていますが、その目指すところは、自己主張のテ

クニックやディベートなどで、効率を重んじるアメリカ式の

思考表現スタイルをモデルにしていることが多いようです。

知らず知らずのうちに、圧倒的に情報量の多い英語圏の事例

が手本になっています。まず、このことを改めて振り返り、

少し距離を置いて考えてみるべきではないでしょうか。

そのためには他の国の事情を知ることも必要です。例えば

フランスは、アメリカ主導のグローバル化を意識しながらも、

明らかにアメリカ式の教育とは一線を画しています。

フランスで頻繁に行われる討論の授業を見ると違いは明白

です。ディベートのようにいかに相手を論理的に納得させる

かというテクニックではなく、帰納法と演繹法を組み合わせ

ながらできるだけ大きな全体像を描こうとする「共同体の文

化作り」に力が注がれます。討論では、まず言葉の定義から

入ります。例えば人種差別がテーマなら、最初に「人種差別

って何?」と全員に話させます。すると、いろいろな意見が

出るので、次に「では歴史の中から例を探してみよう」とい

って、奴隷制度から植民地時代、アメリカの公民権運動に至

るまで長い歴史の中から事例が出されます。そして「たくさ

ん例が出たけれど、人種差別の歴史の本当の始まりは何だろ

う」と問いかけるのです。結果的に、先生の補助もあって、

次のような共通の合意が得られます。すなわち「18世紀に始

まる植物の分類学に淵源があって、人も同じように分類でき

るのではないかと考えられたが、実際は遺伝子レベルでも分

類はできない、だから人種差別というのは人為的に作られた

概念だ」と。こうした言葉の定義を確認した上で初めて「で

は現在の人種差別問題について話し合おう」ということにな

ります。歴史の事例を出して淵源をたどり、共通の概念定義

を作り上げて、そこから現在の問題を見るという一連のプロ

セスを重視するのです。フランスでもアメリカ式のディベー

トは行われますが、歴史に学びつつ共通概念を汲み上げる討

論はフランスで顕著に見られた方法です。

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特集 読解力(reading literacy)、日本の教育の何が問われているのか

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高校時代にフランス留学の経験がある先生と、リヨンで詩

の解釈の授業を見学した時のことです。その先生は「20年前

に受けた授業とまったく変わらない」と驚いておられました。

ところが授業法の歴史を調べると、20年どころか、ギリシ

ャ・ローマ時代から2000年間変わっていません。フランス

人教師に「なぜこのように教えるのか?」と尋ねると、皆一

様に「なぜそんなことを聞くのか分からない」と、あっけに

とられた顔をします。そうした教え方は、長い伝統を持つ自

明のものとして揺るぎない確信に支えられているからです。

アメリカもこのギリシャ・ローマ時代以来の伝統を受け継

いだのですが、すでに19世紀半ばから、科学的方法の信奉や

評価の数値化の導入などによって、作文法や言語教育のあり

方を社会状況に合わせて革新し続けてきました。実は、アメ

リカで現在のような小論文の型(主張→三つの証拠→結論)

が生まれたのは、歴史が比較的浅く、1960年代後半に大学

の大衆化が起こった時でした。さまざまな経済・社会的背景

を持つ学生が大量に大学に押し寄せた際、アカデミックな文

章が簡便に書けるようにと、大学の先生たちが必要に迫られ

て考案しました。主張を分かりやすくするため、先に述べた

フランスの小論文で用いられる弁証法からアンティテーズ

(反立)を取り去って自分の主張だけを前面に押し出す方法で

す。反立を抜いたため、必然的に統合の部分も抜け落ちまし

た。これが標準になり小学校にまで広まりました。こうした

小論文様式からは誰にとっても分かりやすい、書きやすいと

いう意味で大衆デモクラシー的な理念がうかがえます。それ

に対してフランスでは、理想を高く掲げ、それは万人によっ

て達成されなくても仕方がない、という理念がうかがえます。

すると日本の国語教育は何を目指せばよいのでしょう。

特定の国主導ではない真のグローバル・スタンダードを

満たすような学力や知識は特定できますか。

思考表現スタイルは、学校における教授法や評価法のみな

らず、その国の社会でどのような能力が重要だと考えられて

いるか、ということと深く関わっています。つまり、個人の

認知から文化・歴史・制度まで含む一つの閉じたシステムの

中で生まれるものなので、例えばディベートや小論文だけア

メリカの様式を取り入れようとしても、「いいとこ取り」は難

しいのです。かといって、システム全体を変えることなどで

きません。ではどうすればよいのでしょうか。

一つの解決策は「書き方」の選択肢を与えることです。多

様な文章様式の違いを教え、実際に書かせてみる。まず、日

本の代表的な様式である「起承転結」を暗黙の了解ではなく

きちんと意識化することから始めて、例えばアメリカ式の小

論文の様式とはどう違うのか、フランスとはどう違うのか、

ないしは「物語」と「説明」と「論証」の様式はどう違うの

か、意識して考えさせる。それによって、文章の内容だけで

なく枠組みを常に考える習慣を付けるのです。

日本では学校行事など共通体験を重視し、主人公や歴史上

の人物の気持ちに寄り添う「共感教育」がすべての教科と学

校生活の基本理念となっていて、これが領域や様式の違いを

意識化できない要因でしょう。しかし、様式は様式として、

その違いを割り切って意識化しなければなりません。

様式の違いの意識化と使い分けは新しい提案ではなく、

2000年前にローマのクィンティリアヌスが、目的に応じて自

由に様式を選び、ときには違う様式を組み合わせて独自の効

果的な表現法で伝達することを作文教育の最終目標に掲げて

います。自由に表現するためには、その前提としていくつも

の様式の習得|つまり型の訓練が必要不可欠なのです。

そして、まさに「物語」「説明」「論証」という3大基礎様

式の違いが分かり、書けることこそグローバル・スタンダー

ドを満たす知識・学力といえます。世界の多くの国で初等段

階から英語教育が行われるようになりましたが、英語がいく

らできても、共有された様式で書き、話さないと「論の進め

方がおかしい」「質問に答えていない」という誤解や、果ては

「能力が低い」という評価すら受けかねません。

これら三つの様式を習得することで、初めて自分たち固有

の「起承転結」という書き方の特徴も分かり、独自性を意識

できるでしょう。様式を学ぶことは単なる技術の習得を超え

て、思考表現スタイルを学ぶことにほかならないからです。

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Interview日米仏の思考表現スタイルを比較する

Reference

Q

『納得の構造|日米初等教育に見る思考表現のスタイル|』渡辺雅子著/東洋館出版社/2004年

15年にわたる日米での調査結果を基に書かれた本書は、「書く・語る」ことの基本が学校でいかに教えられ、文化ごとに特徴のある思考表現スタイルが形成されるかを、分かりやすくまとめている。アメリカの思考表現スタイルはなぜ効率的なのか。日本のコミュニケーションはなぜ情緒的なのか。これらの疑問がその歴史的背景と共に明かされる。