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「材料」 ( Journal of the Society of Materials Science, Japan), Vol. 59, No. 2, pp. 171-177, Feb. 2010 講  座 1 緒     言 地球温暖化問題解決のための温室効果ガス削減の取組 みとして,原子力発電の推進と新エネルギ発電技術開発 が進められている.今後,東南アジア,北米,東欧での 原子力発電の大幅な伸びにより,原子力発電設備容量は, 2007 年の 372GW439 基)から,2030 年には最大で 748GW815 基)と 2 倍になると予測されている. 1) 一方, 風力,太陽光,バイオマスなど新エネルギ発電は今後の 開発が期待される分野であるが,発電量に占める割合は 未だ少なく,現時点では化石燃料,特に採掘が容易で埋 蔵量も豊富な石炭火力発電が占める割合が世界的に高い. このため温室効果ガス削減の取組みとして,蒸気タービ ンの高中圧段落の高温化や低圧段落の長翼化などによる 発電の高効率化や二酸化炭素の分離・回収・貯蓄 (CCS : Carbon Capture and Storage) 技術実用化の重要度も高 い.以上の背景から,更なる高い安全設計が要求される 原子力発電機器と高効率化のための限界設計が要求され る蒸気タービン発電機器について,疲労設計の最近の動 向を解説する. 2 原子炉圧力容器の疲労設計 原子炉圧力容器は原子力機器の中でも最も重要な機器 の一つであり,米国では原子力機器の構造設計基準とし ては,米国機械学会 (ASME) Boiler & Pressure Vessel Code Sec. III 2) が一般に用いられている.1963 年に制定 され,3 年毎に改訂されている.一方,国内で近年日本 機械学会から発電用原子力設備規格 設計・建設規格 (JSME S NC1-2001) が発行されている.これらの基準は 設計に対するものであり,使用による材質劣化や損傷が 発達した状態での機器の健全性を確保する維持基準とし ては ASME BPV Code Sec. XI 3) 1970 年に制定さ れ,3 年毎に改訂されてきたが,国内ではこれまで整備 されていなかった.2002 年に原子力安全・保安院の検討 委員会で維持基準の導入が決定され,2003 10 月から 維持基準が施行された.この維持基準として日本機械学 会において作成・発行 4) されている維持規格が適用され ている.その後日本機械学会では 2004 年に JSME S NA1-2004 として改訂を行っている.以下,これらの基準 について概説する. 21 構造設計基準 ASME BPV Code Sec. III における構造設計には,従来 の“公式に基づく設計 (Design by Formula)”方法に替 わり,“解析に基づく設計 (Design by Analysis)”が採用 されている.これは,詳細な応力解析を実施することで 疲労の基礎と実機疲労設計の最新動向 2.発電機器の疲労設計における最近の動向 菅 田   淳 齊 藤 和 宏 ** Fundamentals of Fatigue and Recent Trends on Fatigue Design in Mechanical Structures Recent Trend on Fatigue Design for Power Plant Components by Atsushi SUGETA and Kazuhiro SAITO ** Key words : Fatigue, Nuclear Power Plant, Pressure Vessel, Steam Turbine, Rotor, Turbine Blade, Design, ASME BPV Code 原稿受理 平成 21 7 15 日 Received July 15, 2009 ©2010 The Society of Materials Science, Japan 正 会 員 広島大学工学部工学研究科 〒 739-8527 東広島市鏡山,Graduate school. of Eng., Hiroshima Univ., Kagamiyama, Higashihiroshima, 739-8527 ** 正 会 員 ㈱東芝電力システム社 〒230-0045 横浜市鶴見区末広町,Toshiba Co., Tsurumi-ku, Yokohama, 230-0045 1 主要国の 2006 年度の発電に占める電源 1)

Fundamentals of Fatigue and Recent Trends on Fatigue

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Page 1: Fundamentals of Fatigue and Recent Trends on Fatigue

「材料」 (Journal of the Society of Materials Science, Japan), Vol. 59, No. 2, pp. 171-177, Feb. 2010講  座

1 緒     言

地球温暖化問題解決のための温室効果ガス削減の取組みとして,原子力発電の推進と新エネルギ発電技術開発が進められている.今後,東南アジア,北米,東欧での原子力発電の大幅な伸びにより,原子力発電設備容量は,2007年の 372GW(439基)から,2030年には最大で748GW(815基)と 2倍になると予測されている.1)一方,風力,太陽光,バイオマスなど新エネルギ発電は今後の開発が期待される分野であるが,発電量に占める割合は未だ少なく,現時点では化石燃料,特に採掘が容易で埋蔵量も豊富な石炭火力発電が占める割合が世界的に高い.このため温室効果ガス削減の取組みとして,蒸気タービ

ンの高中圧段落の高温化や低圧段落の長翼化などによる発電の高効率化や二酸化炭素の分離・回収・貯蓄 (CCS :Carbon Capture and Storage) 技術実用化の重要度も高い.以上の背景から,更なる高い安全設計が要求される原子力発電機器と高効率化のための限界設計が要求される蒸気タービン発電機器について,疲労設計の最近の動向を解説する.

2 原子炉圧力容器の疲労設計

原子炉圧力容器は原子力機器の中でも最も重要な機器の一つであり,米国では原子力機器の構造設計基準としては,米国機械学会 (ASME) のBoiler & Pressure VesselCode Sec. III2)が一般に用いられている.1963年に制定され,3年毎に改訂されている.一方,国内で近年日本機械学会から発電用原子力設備規格 設計・建設規格(JSME S NC1-2001) が発行されている.これらの基準は設計に対するものであり,使用による材質劣化や損傷が発達した状態での機器の健全性を確保する維持基準としては ASMEの BPV Code Sec. XI3)が 1970年に制定され,3年毎に改訂されてきたが,国内ではこれまで整備されていなかった.2002年に原子力安全・保安院の検討委員会で維持基準の導入が決定され,2003年 10月から維持基準が施行された.この維持基準として日本機械学会において作成・発行 4)されている維持規格が適用されている.その後日本機械学会では 2004年に JSME SNA1-2004として改訂を行っている.以下,これらの基準について概説する.

2・1 構造設計基準

ASME BPV Code Sec. IIIにおける構造設計には,従来の“公式に基づく設計 (Design by Formula)”方法に替わり,“解析に基づく設計 (Design by Analysis)”が採用されている.これは,詳細な応力解析を実施することで

疲労の基礎と実機疲労設計の最新動向

2.発電機器の疲労設計における最近の動向菅 田   淳* 齊 藤 和 宏**

Fundamentals of Fatigue and Recent Trendson Fatigue Design in Mechanical Structures

Ⅱ:Recent Trend on Fatigue Design for Power Plant Components

by

Atsushi SUGETA*and Kazuhiro SAITO**

Key words : Fatigue, Nuclear Power Plant, Pressure Vessel, Steam Turbine, Rotor, Turbine Blade,Design, ASME BPV Code

† 原稿受理 平成 21年 7月 15日 Received July 15, 2009 ©2010 The Society of Materials Science, Japan* 正 会 員 広島大学工学部工学研究科 〒 739-8527 東広島市鏡山,Graduate school. of Eng., Hiroshima Univ., Kagamiyama, Higashihiroshima,

739-8527** 正 会 員 ㈱東芝電力システム社 〒230-0045 横浜市鶴見区末広町,Toshiba Co., Tsurumi-ku, Yokohama, 230-0045

図 1 主要国の 2006年度の発電に占める電源 1)

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Page 2: Fundamentals of Fatigue and Recent Trends on Fatigue

各部位の応力状態を把握し,発生が予測される破壊モードに対してそれぞれ安全性を評価しようとするものである.取り上げられている破壊モードとしては過大な変形,塑性崩壊,疲労破壊.ぜい性破壊などがある.本稿では疲労破壊防止設計の考え方について説明する.

ASME BPV Code Sec. IIIでは部材に発生する応力をその性質により分類し,一次応力,二次応力,ピーク応力に分類し,各応力の組合せに応じて許容値を設定している.ここで,一次応力とは外力,内力およびモーメントに対して単純な平衡の法則を満足する応力,荷重制御形の応力であり,この範疇に分類されるものは内圧,死荷重,地震荷重等がある.二次応力は隣接要素の拘束または自己拘束により生ずる応力であり,自己制御性がある.すなわち,二次応力の発生によって塑性ひずみが生じた場合には変形により応力は緩和し,飽和状態となる,熱応力や不連続部に発生する応力等がこれに分類される.ピーク応力は一次応力と二次応力に付加される応力の増分で,構造不連続による応力集中等によって局部的に発生する応力である.詳細応力解析によって評価された繰返し応力強さから

疲労累積係数(線形累積損傷値と一般に呼ばれている)を算出するには設計疲労線図が必要となる.一般の圧力容器では 105cycle程度の低サイクル疲労が対象となる場合が多く,塑性ひずみに基づく設計が行われる.したがって,図 2に一例 5)を示すように種々の圧力容器用鋼に対して常温大気中で得られた完全両振りひずみ制御疲労試験データをもとに,以下に示すランガーの式 (e.1)に回帰して最適曲線を求め,それにさらに平均応力補正と安全率を考慮して設定されている.

(e.1)

ここで,Saは仮想な等価応力振幅 (equivalent stress ampli-tude) であり,ひずみ振幅にヤング率(縦弾性係数)を乗じて計算される.Nは破断繰返し数,Eはヤング率,φは絞り,Swは疲労限度である.一方,平均応力効果の評価には修正グッドマン法が採

用されている.材料を弾完全塑性体と仮定し,変動応力を二次応力(自己制御性応力)とした場合の平均応力効果は図 3に示す 3種類となる.ここで重要な考え方がシェイクダウンの概念である.材料を弾完全塑性体と仮定す

ると図 3 (b)に示されるように一次応力と二次応力の和の最大応力値 Smaxが降伏点 Syを越えた場合でも,降伏後の挙動は弾性的になる.さらに Smaxが高くなり降伏点の2倍 (2Sy) を越えると,図 3 (c)に示されるように繰返し塑性変形挙動を生じるようになる.静的延性破壊に対して,別途規定がありフェライト系材料に対しては設計応力強さ Smを各部位の最高使用温度に対する降伏点 Sy/3より Sm < (2Sy/3)の条件が定められている.これよりシェイクダウンの成立条件は(一次応力)+(二次応力強さ)< 3Smである.平均応力状態をまとめると以下のようになる.① Sa + S′mean < Syのとき

Smean = S′mean

② Sa + S′mean > Syかつ Sa < SyのときSmean = Sy − Sa

③ Sa > SyのときSmean = 0

となる.ここで,Sa :繰返し応力強さ(応力振幅)S′mean :弾性応力解析による平均応力Smean :補正後の平均応力

ただし,③の条件では図 3 (c)に見られるように塑性ひずみが生じており,この場合には弾塑性解析が必要となる.弾塑性状態に対する簡易解析手法は別項に規定されている.上記のようにして求めた補正後の平均応力と応力振幅および引張強さを用いて修正グッドマン法を適用すると繰返しピーク応力強さ Seqは次式で求めることができる.

(e.2)

ここで,Suは引張強さである.しかしながら,この手法では個々の疲労評価に対して式 (e.2)により繰返しピーク応力強さを求める必要があるが,弾完全塑性体の場合には,応力振幅と平均応力の組合せによる最大応力は降伏点で頭打ちになる.したがって,弾性応力解析で評価された応力の組合せ(応力強さ,

*菅 田   淳,齊 藤 和 宏*172

図 2 圧力容器用鋼の疲労強度線図

図 3 弾完全塑性材料の平均応力効果

S EN

Sa wln=−

⎛⎝⎜

⎞⎠⎟ +

4100

100 φ

S SS Seq

a

mean u=

− ( )1

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Page 3: Fundamentals of Fatigue and Recent Trends on Fatigue

平均応力)が図 4に示されるように最大値が降伏点を越える場合(条件 Aおよび B)も,縦軸の Syと横軸の Sy

を結んだ直線上の A′および B′にそれぞれ移動することになる.この結果,平均応力の効果を考慮した繰返し寿命 Nfに対する許容応力振幅 SN′は次式で与えられる.

(e.3)

前出の図 2に点線で示した平均応力補正の曲線は,最適曲線の応力 SNから式 (e.3)により求めた応力を線図として表したものである.このように基準では,あらかじめ平均応力効果を設計疲労曲線の中に取り込み,疲労設計段階において個々に平均応力補正を行わなくてもよいように配慮されている.このように得られた平均応力効果を考慮した疲れ線図データをもとにして,図 5に示すように応力振幅で 2倍(図中点線),時間寿命で 20 倍の安全率を取った曲線(図中破線)を描き,その包絡線により設計疲労線図が与えられている.なお,時間寿命に対するファクターの20の内訳は,データのばらつきとして 2.0,寸法効果として 2.5,表面仕上げ,雰囲気およびその他の効果として 4.0を取ったものの積であるとされている.図 6に ASME BPV Code Sec. IIIに記載されている設

計疲労線図の例を示す.以下に ASME BPV Code Sec. IIIに規定されている疲

労評価手順を示す.① 使用材料により用いる設計疲労線図の選定を行う.(炭素鋼の等に対しては図 6に示したもの用いる.別にオーステナイト系ステンレス鋼および高ニッケル合金に対する線図も提供されている.)

② 想定されるすべての荷重条件によって生じる一次応

力と二次応力およびピーク応力を加えて求めた応力強さのサイクルを求め,その極大値と極小値の差の1/2の値として繰返しピーク応力強さを求める.

③ 設計疲労線図より繰返しピーク応力強さに対応する許容繰返し数 N∗を求め,実際の繰返し数 Nとの比較において,N ≤ N∗であることを確認する.2種類以上の繰返し荷重が作用する場合には,線形累積損傷則により,各荷重の繰返しにより生じる損傷値の和として疲れ累積係数 Uを求め,この値が 1.0を超えないことを確認する.原子力機器では,使用中の機器の健全性を評価する維持基準として ASME BPV Code Sec. XI3)が制定されている.維持基準は「検査」,「欠陥評価」,「補修・取替」の3つの柱からなっている.潜在欠陥からの疲労き裂進展寿命を予測して,その健全性を評価し,健全性が維持されていると判断されれば運転を継続できるようになっている.維持基準の詳細については文献を参考にして頂きたい.

3 火力発電機器の疲労設計

環境,エネルギ問題に対応した火力発電の高効率化のため,火力発電機器では,大型化と高温化が急速に進められている.このためにはクリープなど高温強度は勿論であるが,疲労に対する検討も十分にされなければならない.高い信頼性が要求される蒸気タービンの設計においては,公式による設計,類似設計機での運転実績,実験による検証など,実績が重視される.これまでの長期に渡る設計・運転実績から,火力発電機器における部品・材料ごとの損傷モードや設計思想は明確になっていると言える.6), 7)一方,特に疲労設計においては,明確な技術基準・公式がない部分もあり,高温化や大型化に際しては実績が不十分な設計領域に対する精緻な開発が要求される.本章では,火力発電機器で最も信頼性が要求される部位として発電機器回転部と耐圧静止部の疲労設計動向を概説する.前者,発電機とタービンロータ,タービン動翼は,回転同期や共振による高サイクル疲労が懸念される部位であり,また,蒸気タービンロータでは起

†疲労の基礎と実機疲労設計の最新動向 2. 発電機器の疲労設計における最近の動向† 173

図 4 修正グッドマン線図による平均応力の補正

図 5 疲労設計曲線

図 6 ASME BPV Code Sec. III 設計疲労線図の例(炭素鋼,低合金鋼,高張力鋼)

′ =−−

S SS SS SN N

u y

u N

備考 1 点線は,材料の最小引張強さが 550N/mm2以下のものに使用する.2 実線は,材料の最小引張強さが 790N/mm2以上 900N/mm2未満のものに使用する.

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Page 4: Fundamentals of Fatigue and Recent Trends on Fatigue

動停止時の熱応力による熱疲労も問題となる.そこで,近年報告された蒸気タービンロータ,発電機ロータなど回転部における疲労研究に関する取組みと製品開発について,疲労設計の視点から紹介する.後者のボイラー,配管など耐圧静止部については,高温化に伴う規格化が模索されており,関連規格を中心に紹介する.

3・1 回転部の高サイクル疲労設計

タービンや発電機ロータでは回転同期に起因する高サイクル負荷に対する疲労限度設計がされる.安全率を十分に取ることからコーナーなど単純な応力集中部で高サイクル疲労き裂が生じることはないが,羽根-タービンロータ植込み部,クサビ-発電機ロータシャフトなどの嵌合構造部では接触面の微小摺動によるフレッティング疲労が以前から問題となっている.8)これまでにフレッティング疲労における強度低下因子や強度評価法が多数報告されており,設計では面圧低減・均等化や接触端での局所応力低減を図ることが考慮される.9)~ 11)ただし,接触面圧が高い場合,相対すべりの減少や面圧下の平均圧縮応力発生の効果があり,実機でフレッティング疲労設計クライテリアを定量化することは一概には難しいといえる.

実機のフレッティング疲労メカニズム解明・定量化を目的として,実機モデル接触部の詳細解析と組合わせ,破壊力学によるフレッティング疲労き裂の進展・停留解析が報告されている.発電機ロータシャフトの高面圧下のフレッティング疲労き裂進展評価では,接触端部が摩耗することで接触端近傍の圧縮応力が低減する,起動停止時の引張りの熱応力が接触部に集中するなど,き裂進展における平均応力の関与が報告されている.12)~ 14)また,タービン翼ダブテール形状を模した試験体を使った高温疲労試験では,ひずみ範囲が低い条件において,フレッティングにより生じる微小き裂成長により寿命が低下することが報告され,ここでも破壊力学を活用した評価が有効であることが示唆されている.15)実機のフレッティング疲労設計では,設計者が容易に入手できるマクロな応力振幅や嵌合部の平均面圧からは,強度評価に必要な接触部

*菅 田   淳,齊 藤 和 宏*174

図 8 フレッティング疲労き裂の進展に及ぼす平均応力効果の模式図 14)

図 7 発電機のフレッティング疲労発生メカニズム 13)

図 10 修正 Goodman線図を用いた長翼の疲労設計例 18)

図 9 解析による疲労検討を含んだタービン長翼開発例 16)

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摩擦力や局所応力を正確に求めることが難しいこともあり,高効率化のためフレッティング疲労設計・構造開発を進めてゆく上では,詳細な FEM解析を中心とした解析的アプローチが有効であろう.回転部の高サイクル疲労評価に関連して,蒸気励振力

による動翼の共振の問題がある.ここでも疲労設計はFEM解析によるアプローチが主流となっているが,これまでは材料の疲労強度よりは,高次における複雑な振動モード解析と離調設計に重心が置かれていた.しかし,近年は離調設計のみならず,周波数応答解析による定量的な疲労強度評価が可能となりつつある.16)タービン動翼の構造が,数枚の動翼をシュラウドにより連結した群翼設計から,制振性に優れた全周一群翼設計に変わる傾向にあり,後者は解析モデル化がより容易であるため,解析の信頼性も向上していると考えられる.タービン動翼は,遠心力による高い平均応力が作用するため,応力振幅と平均応力を求め,修正 Goodman線図で疲労限度設計を行う.低圧段落動翼は腐食環境下で使われる場合があり,高サイクル疲労強度が大幅に低下する.18)設計に際しては,環境における強度低下,実機実績,応力の評価精度,疲労設計における信頼性など様々な因子を考慮して安全率が決められ疲労評価が行われる.17), 18)

3・2 タービンロータの熱疲労設計

高,中圧段落の蒸気タービンロータでは,起動・停止や負荷変動時の温度変化による熱疲労が問題となる.厚肉構造物であるロータでは,非定常運転時の高い熱応力のため,コーナー部などひずみ集中部に熱疲労き裂が発生することが懸念される.そこでロータ設計では,低サイクル疲労曲線(材料),温度差に起因するマクロ熱応力(熱負荷),ひずみ集中係数(構造)を用いて,1回の非定常運転あたりの低サイクル疲労寿命消費率 (LCFI :Low Cycle Fatigue Index) を算出している.20)LCFIは寿命評価精度よりも,ひずみ集中やマクロ熱応力を減らすような構造検討や起動・停止時の運転制限など,疲労設計における簡便性を重視している.一方,保守・交換などロータのメンテナンスを目的とした経年損傷・余寿命評価では,実機 FEM温度応力解析結果をもとにクリープ損傷率,疲労損傷率を導出し,き裂発生寿命を求める,より詳細なクリープ疲労評価が行われる.余寿命評価ではき裂進展までを評価対象とするが,回転体のロータ設計では対象外である.今後,大型化,高温化,高負荷変動の要求に伴い,熱疲労とクリープがともに厳しくなることから,厳しい設計条件が要求される機器では,開発設計時にクリープ疲労評価が必要になるであろう.実機ロータは熱応力に加え遠心力も作用する複雑な応力場である.これら起動・停止運転時の多軸応力場は FEM解析により推定可能であり,したがって設計では機器の多

†疲労の基礎と実機疲労設計の最新動向 2. 発電機器の疲労設計における最近の動向† 175

図 12 LCFI(寿命消費率)計算方法 20)

図 11 ロータの熱疲労き裂の例 19)

図 13 蒸気タービン高温部品の余寿命診断方法の例

11956_P171_177 10.1.21 11:36 AM ページ 175

Page 6: Fundamentals of Fatigue and Recent Trends on Fatigue

軸応力場に整合した適切な評価パラメータを選択することが重要となる.この一環として,モックアップロータを使った熱疲労試験で,き裂発生と進展評価精度の向上も試みられている.21)これまでに火力タービン材料を対象にした多軸疲労の研究はロータに限らず多数報告されているが,22)~ 24)熱疲労における多軸応力の影響は評価は,ロータ設計条件の過酷化に伴って重要度はさらに増すであろう.

3・3 耐圧部の熱疲労設計

ASME規格では,ASME BPV Code Sec. Ⅲ Div. 1のSubsection NBに繰返し運転に対する解析,同 SubsectionNHにはクリープ疲労評価,ASME BPV Code Sec. ⅧDiv.225)に疲労設計が述べられている. Subsection NHのクリープ疲労評価では,相当ひずみ範囲から温度ごとの設計疲労カーブを参照して累積損傷則により疲労損傷量を計算し,クリープ損傷評価と併せてクリープ疲労損傷量を求める.本規格では,相当応力,相当ひずみ範囲の計算方法など明確に示されている. ASME BPV CodeSec. Ⅷ 2007年版では,溶接部の疲労解析の成果 26)をもとに大幅な改定がされている.これら詳細については各規格を参照されたい.なお,これまで耐圧部については静的,あるいは低サイクルの負荷について設計がされてきたが,流体の流動に伴う温度ゆらぎなど高サイクルの熱荷重変化に起因する熱疲労現象に関して,日本機械学会にて「配管の高サイクル熱疲労評価指針」が策定された.27)

配管,弁,車室などの高温耐圧部は,設計基準によって対象部位となるか否かの区別はあるが,熱疲労設計について検討する上ではこれら最新の規格類は重要である.

4 結     言

原子力,火力発電機器では,近年の長寿命化,高温化,大型化などの施策に伴う運用・運転条件過酷化により,設計時の疲労損傷の配慮が重要となる.これまでの材料強度研究成果を突詰めた,疲労,クリープ,腐食,接触など多様な因子からなる損傷クライテリアの高度化と,巨大システムである発電機器の設計解析技術のリンクにより,今後,機器の信頼性・安全性を確保した設計開発が可能となることを期待する.

参 考 文 献

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