12
都市の気温に与える周辺農地の影響 The Influence of Farmland on the Temperature of Urbanized Areas 中村 和正 中山 博敬 ** 秀島 好昭 *** 齋藤 正美 **** 佐藤 隆光 ***** 松岡 直基 ****** Kazumasa NAKAMURA, Hiroyuki NAKAYAMA, Yoshiaki HIDESHIMA, Masami SAITO, Takamitsu SATO and Naoki MATSUOKA 北海道の農業地帯のように市街地が農地に囲まれるような土地利用において、都市の気温環境に農 地が与える影響について検討した。実測値を用いた都市と近傍の観測圃場の気温の比較では、都市か ら観測圃場への移流がない場合において、都市の方が高温であった。このことは、日射量が同じ場合 には、都市に比べて農地の方が気温が低いことを意味する。また、仮想の円形都市を対象とした簡易 な気温シミュレーションの結果は、周辺の農地が都市の気温上昇を緩和する効果があること、水田は 畑地に比べてその効果が大きいこと等を示唆した。 ≪キーワード:農地の多面的機能;気温;シミュレーション≫ In rural Hokkaido, urbanized areas tend to be surrounded by farmland. The influence of farmland on the temperature of such urban areas is examined in this study. The urbanized areas were found to differ in temperature from the neighboring farmland when there was no wind from the urban area to the observed farmland. The temperature at farmland is lower than that in an urbanized area under the same radiation conditions. A simple simulation of the temperature in an imaginary circular city surrounded by farmland suggests that temperature in the urbanized area is moderated by the presence of farmland and that this moderating effect is greater for paddy fields than for upland fields. ≪ Keywords : multiple functions of farmland, air temperature, simulation ≫ 報 文 寒地土木研究所月報 №643 2006年12月 49

都市の気温に与える周辺農地の影響 The Influence …1 はじめに 農地が有する多面的機能の一つとして、周辺地域に 及ぼす気温上昇緩和機能がある。この機能は、十分な

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Page 1: 都市の気温に与える周辺農地の影響 The Influence …1 はじめに 農地が有する多面的機能の一つとして、周辺地域に 及ぼす気温上昇緩和機能がある。この機能は、十分な

都市の気温に与える周辺農地の影響

The Influence of Farmland on the Temperature of Urbanized Areas

中村 和正*  中山 博敬**  秀島 好昭***

齋藤 正美****  佐藤 隆光*****  松岡 直基******

Kazumasa NAKAMURA, Hiroyuki NAKAYAMA, Yoshiaki HIDESHIMA,

Masami SAITO, Takamitsu SATO and Naoki MATSUOKA

 北海道の農業地帯のように市街地が農地に囲まれるような土地利用において、都市の気温環境に農地が与える影響について検討した。実測値を用いた都市と近傍の観測圃場の気温の比較では、都市から観測圃場への移流がない場合において、都市の方が高温であった。このことは、日射量が同じ場合には、都市に比べて農地の方が気温が低いことを意味する。また、仮想の円形都市を対象とした簡易な気温シミュレーションの結果は、周辺の農地が都市の気温上昇を緩和する効果があること、水田は畑地に比べてその効果が大きいこと等を示唆した。≪キーワード:農地の多面的機能;気温;シミュレーション≫

 In rural Hokkaido, urbanized areas tend to be surrounded by farmland. The influence of farmland on the temperature of such urban areas is examined in this study. The urbanized areas were found to differ in temperature from the neighboring farmland when there was no wind from the urban area to the observed farmland. The temperature at farmland is lower than that in an urbanized area under the same radiation conditions. A simple simulation of the temperature in an imaginary circular city surrounded by farmland suggests that temperature in the urbanized area is moderated by the presence of farmland and that this moderating effect is greater for paddy fields than for upland fields.≪ Keywords : multiple functions of farmland, air temperature, simulation ≫

報 文

寒地土木研究所月報 №643 2006年12月 49

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1 はじめに

 農地が有する多面的機能の一つとして、周辺地域に及ぼす気温上昇緩和機能がある。この機能は、十分な土壌水分を有する農地から蒸発散が生じることで、気温の上昇が抑制されることにより発揮される。本研究の目的は、北海道における農地の気温上昇緩和機能を評価することである。 この機能に関する農業土木分野における研究報告は、1980年代から見られる。 たとえば、中野と黒田1)は、①大都市である福岡市とその近傍で緑地を多く残している宗像市の8月の月平均気温を比較した結果、土地利用形態の違いに起因して福岡市の方が約2℃高いこと、②単一の土地利用が十分に広い面積にわたっている場合を想定した熱収支のシミュレーションを行い、潜熱伝達量は大きいものから林地・樹園地・水田・畑地・市街地の順になること、を明らかにした。 一方、大上ら2)は、5種類の土地利用において微気象観測を同時に行って熱収支特性と温度環境を比較し、潅漑と植生の存在により温度上昇が緩和されることを示した。たとえば、アスファルトの表面温度が50℃を超えるような気象条件の日でも、潅漑裸地、畑地、水田の表面温度はそれぞれ35℃、30℃、27℃に抑制され、また表面上20㎝の気温は、アスファルト舗装面上に比べて、水田、畑のそれぞれで最大で4.7℃、2.2℃低かったとしている。 さらに大上ら3)は、徒歩移動による温度観測を行い、①水田や畑地の気温が舗装地の気温よりも著しく低いこと、②水田上を微風が吹く過程で水田が熱の吸源となり、風下の温度上昇を緩和すること、③水田は無植生の水面や裸地、短い草地などに比べて表面温度が低く抑えられ、地域の効果的な冷源となること、などを示した。 また、丸山ら4)は、全国の県庁所在地の都市とその周辺の市町村の気温差の年平均値を算出し、①都市と市町村の差が0~ 1.9℃に分布し、平均すると都市の方が0.8℃高いこと、②海岸から30㎞以上離れた都市については、都市の規模が大きいほど周辺市町村との気温差が大きい傾向が見られること、などを述べた。 これらの研究例では、観測及び熱収支解析によって都市的土地利用の地表面(アスファルト)よりも農地の方が地上の気温が低いことが、また観測によって農地(とりわけ水田)がごく近傍の気温上昇を緩和する機能を持つことが、それぞれ明らかにされている。

 ところで、北海道における土地利用の特徴として、大規模な農地が広がる中に多様な規模の市町村の市街地が点在していることがあげられる。このような市街地の気温環境に対する農地の影響を検討する場合には、農地から都市への移流の影響を考慮することが重要であると考えられる。しかしながら、上述のように単独の土地利用についての熱収支に関する研究はあるものの、このように移流のある場合の気温環境について検討しているものは少ない。 本研究では、まず畑地あるいは水田に囲まれている都市として帯広市と岩見沢市を取り上げて、それらの市街地と近傍観測圃場における気温の比較を行い、日射量が同一と見なせる場合で、都市から観測圃場に移流がないときには、農地の気温が都市より低いことを示す。次に、農地における熱収支観測結果を基に決定したパラメータを代入したモデルにより、農地に囲まれた円形の仮想都市を対象としたシミュレーションを行い、農地から都市への移流を考慮して市街地の気温環境に与える農地の影響を評価する。

2 都市と近傍農地の気温の比較

2.1 使用したデータ

 都市の気象データとして、帯広測候所および岩見沢測候所の観測値を収集した。また、農地の気象データとして、北海道開発土木研究所農業土木研究室(現、寒地土木研究所水利基盤チーム)が過去に十勝管内芽室町と空知管内北村で行った農地の熱収支調査時の観測値を用いた。測候所と観測圃場の位置を図-1および図-2に示す。芽室圃場は周囲を畑地で囲まれたキャベツ畑であり、北村圃場は周囲を水田で囲まれた水田転作畑のダイズ作付け圃場である。使用した観測項目および期間は、表-1のとおりである。 また、都市と農地の気温を比較するうえで相互の移流の有無を確認するために、帯広市および岩見沢市の周辺のアメダスとマメダスの風向・風速データを収集した。

2.2 気温の比較結果

 図-3と図-4は、十勝地域の風向風速と帯広測候所ならびに芽室圃場の気温を事例的に示したものである。日平均の雲量(0~10の範囲の値で表現される値)は図-3(1998年7月14日)で5.2、図-4(2000年7月14日)で4.0であり、いずれの事例も晴天日のものである。

50 寒地土木研究所月報 №643 2006年12月

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 帯広市と芽室圃場の気温差を比べると、図-3では差が小さいのに対し、図-4では日中に帯広市の気温の方が3℃程度高くなっている。また両者で風向を比べると、図-4では日中に都市から芽室圃場方向に移流を生じるような風向にならなかったのに対し、図-

3では正午頃や21時頃に帯広市から芽室圃場方向への風向となる時間帯があった。 ここに示した年月日以外でも風向と気温差を検討した結果、次のような傾向が見られた。 ①帯広市から芽室圃場に風が向かう場合では、両者

の気温差が小さい。 ②帯広市からの風が芽室圃場に向かわない場合で、

なおかつ十分に日射がある場合には、芽室圃場の方が低温になりやすい。

 これらの傾向をさらに整理するために、都市と農地の気温差を測候所での風向別に示した(図-5、図-

6)。

 帯広市-芽室圃場、岩見沢市-北村圃場ともに、都市部から観測圃場に風が吹く場合(都市部の風向が E~ ENE)には、両者の気温差が小さい。これとは異なる風向の場合(帯広:SW~Wなど、岩見沢:SSE ~SSWなど)には、都市部に比べて農地の方が1℃前後気温が低い。

芽室圃場

0 10 km

帯広測候所

N

十勝川

市街地

岩見沢測候所北村圃場

0 10 km

N

石狩川

幾春別川

市街地

‑6

‑4

‑2

0

2

4

6

N

EN

N

EN

EN

E E

ES

E

ES

ES

S S

WS

S

WS

WS

W W

WN

W

WN

WN

N

風向(岩見沢)

℃:)

村北

-沢

見岩(

差温

   最大

   平均+σ

    平均

   平均-σ   最小

観測圃場

都市

都市から観測圃場へ移流がない場合の風向例

都市から観測圃場へ移流がある場合の風向例

‑6

‑4

‑2

0

2

4

6

N

EN

N

EN

EN

E E

ES

E

ES

ES

S S

WS

S

WS

WS

W W

WN

W

WN

WN

N

風向(帯広)

℃:)

室芽

-広

帯(差

温気

   最大

   平均+σ

    平均

   平均-σ

   最小

地域 観測地点名 所管 期間 観測項目

十 勝管 内

芽室圃場 開土研 2000年6月~ 8月 気温、湿度、風向風速、日射量、地温

空 知 気温、風向風速、雲量管 内

北村圃場 開土研 気温、湿度、風向風速、日射量、地温

(都市) 1999年6月~ 8月帯広測候所

(都市)岩見沢測候所 気象庁 2000年7月~ 9月

1998年5月~10月気象庁 気温、風向風速、日射量、雲量

図-1 帯広測候所と芽室圃場の位置

図-2 岩見沢測候所と北村圃場の位置

図-5 風向別の帯広測候所と芽室圃場の気温差

    (1998年の3時間ごとの気温で整理した)

図-6 風向別の岩見沢測候所と北村圃場の気温差

   (2000年の3時間ごとの気温で整理した)

図-7 都市から観測圃場への移流の有無と風向

表-1 都市と農地の気温比較に用いた観測項目と期間

寒地土木研究所月報 №643 2006年12月 51

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00:

21

00:

90

0 :6

00 :

3

線下

※ス

ダメ

マは

満未s

/m

1 :

s/

m1 

:s

/m

5 :

s/

m0

1:

)速

風が

さき

大の

印矢(

00:

42

00:

12

00:

81

00 :

51

図ー3

(温

気の

場圃

室芽

びよ

お所

候測

広帯

と速

風・

向風

の域

地勝

十 

 8991年7 月

41)

41/

7/

899

1

501

51

02

52

03

53

1:00

4:00

7:00

10:00

13:00

16:00

19:00

22:00

気温[℃]

所候

測広

場圃

室芽

幌士

上寄

別本

追鹿

場駒

得新

和平

田池

山渋

狩士

西

子伏

広帯

室芽

内糖 別

更内

札上

樹大 尾

臼杵

石三

幌浦 津

52 寒地土木研究所月報 №643 2006年12月

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00:

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42

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00 :

51

図-4

(温

気の

場圃

室芽

びよ

お所

候測

広帯

と速

風・

向風

の域

地勝

十 

 0002年7 月

41)

41/

7/

000

2

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51

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10:00

13:00

16:00

19:00

22:00

気温[℃]

所候

測広

場圃

室芽

幌士

上寄

別本

追鹿

場駒

得新

和平

田池

山渋

狩士

西

子伏

広帯

室芽

内糖 別

更内

札上

樹大 尾

臼杵

石三

幌浦 津

寒地土木研究所月報 №643 2006年12月 53

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 このような気温差と風向の関係は図-7のように整理できる。都市から観測圃場に風が吹く場合には、観測圃場の気温が都市からの移流の影響を受けるため、温度差が小さくなると考えられる。また、観測圃場の気温が都市からの移流の影響を受けない風向の場合には、観測圃場の気温は都市よりも低い傾向がある。このことは、日射量が同一と見なせる場合で、都市からの移流が無視できるならば、農地の気温が都市より低いことを意味する。

3 気温シミュレーション

3.1 シミュレーションの基本方針

 本章では気温に関する数値シミュレーションによって農地が都市に及ぼす気温上昇緩和機能について検討する。ここでは、実在する都市を対象にするのではなく、単純な円形のモデル都市を想定し、都市規模や周辺農地の種類(畑あるいは水田)をパラメータとしてシミュレーションを行う。 このような気温のシミュレーションモデルとして、首都圏等大規模なヒートアイランドを対象にしたものがあるが、たいへん複雑なモデルであり、人工熱やパラメータの設定のために膨大な資料整理が必要となる。 それゆえ、本研究では、農地が都市へ及ぼす気温上昇緩和機能に関して、重要な現象のみを抽出した移流方程式と地表面熱収支を基本としたモデルを用いることとする。

3.2 モデルの計算式

 モデルは、(1)大気中での熱と水蒸気の移流、(2)地表面でのエネルギーの分配、(3)地中の熱伝導、の計算式からなる。(1)大気中の計算 大気中は、熱の移流方程式((1)式)と水蒸気の移流方程式((2)式)を解いて気温と比湿を求める。

                     (1)式

                     (2)式

 ここで、xi: 空間座標(x1: 風向方向、x2: 風向に直交方向、x3: 鉛直方向)(m)、t : 時間(s)、T: 気温(K)、q: 比湿(㎏ ㎏-1)、ui: 風速ベクトル(m s-1)、Kh:熱拡散係数(m2 s-1)である。また、(1)式の右辺最終項 Q'は都市の排熱(K s-1)を表す。都市の排熱 Q'は鉛直一次元とし、(1)式右側の式で、排熱量 Q (Wm-2)と空気のρ : 密度(㎏ m-3)および定圧比熱 Cp (J ㎏-1K-1)から計算する。

 都市においては風の場が建物の大きさや配置に大きく影響を受けると考えられるが、本調査では都市内の気温の全体的傾向の検討が主目的であることから、風は農地も都市も同じと考えることにする。したがって、風速分布は水平方向で一様とする。また、鉛直方向は対数則に従うものとする。 (2)式中の熱拡散係数 Khは、次の(3)式で与える。なお、摩擦速度は地表面粗度長 Z0 (m)と1高度での観測風速から計算することができる。

                     (3)式

 ここで、κ : カルマン定数(=0.4)、u*: 摩擦速度(ms-1)、x3: 地上高(m)である。

(2)地表面 地表面では熱収支式((4)式)を用いて表面温度を求める。

(4)式

 ここで、αg:地表のアルベド、S↓:日射量(Wm-2)、L↓:大気放射量(Wm-2)、σ:ステファン-ボルツマン定数、TS:地表面温度(K)、H:地表面における顕熱輸送量(Wm-2)、l:水の気化潜熱(J ㎏-1)、E:蒸発量(㎏ m-2s-1)、G:地中伝熱量(W m-2)である。

 (4)式の右辺各項は次のように表される。

                     (5)式

                     (6)式

                     (7)式

∂∂

∂∂=

∂∂

+∂∂

ih

ii

i

xqK

xxqu

tq

 '

ih

ii

i QxTK

xxTu

tT +

∂∂

∂∂=

∂∂

+∂∂

∂∂=

p3

'

CQ

xQ

ρただし

3*h xuK κ=

( ) GlEHTLS ++=−↓+↓− 4Sg1 σα

( )( )ψ

βρκ PSSAT* qTqullE −=

( )ψ

κρ PS*p TTuCH

−=

3

gg xT

G∂∂

= λ

54 寒地土木研究所月報 №643 2006年12月

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 ここで、TP:地表直上(後述のように今回は高さ0.5mの位置とした)の気温(K)、Ψ:気温と比湿の積分普遍関数、β:地表面の蒸発効率、Tg:地温(K)、qSAT(TS):温度 TSにおける飽和比湿(㎏ ㎏-1)、λg:土壌の熱伝導率(W m-1 K-1)、qP:地表直上の比湿(㎏ ㎏-1)、である。

 また、(5)式と(6)式の積分普遍関数 Ψは次式で表される。

                     (8)式

 ここで、hp:地表面直上の気温計算点の高さ(m)、z0:地表面粗度長(m)である。なお、後述のように地表面直上の計算格子の1層の厚さを1mとしたので、hp は層の中心である高さ0.5mとなる。

(3)地中 地中は、鉛直1次元の熱伝導方程式((9)式)を用いて地温 Tg を算出する。

                     (9)式

 ここで、Cg:土壌の体積熱容量(JK-1m-3)である。

3.3 パラメータの設定

(1)必要なパラメータ 前出のモデルによる気温シミュレーションに必要な

パラメータは表-2の左端の欄に示すとおりである。これらのパラメータのうち αg、β、λg、Cg、Qの与え方を格子毎に変えることにより、農地と都市の区分を表現することができる。

(2)水田と畑地での β・λg・Cg の決定 表-2のパラメータのうち、畑地・水田における蒸発効率 β、土壌の熱伝導率 λg、土壌の熱容量 Cg は、(4)式~(9)式を解いて求められたフラックス値と次のような畑地と水田での熱収支観測値とが一致するように、それぞれ試行錯誤により求めた。 畑地について用いた観測値は、北村圃場における2000年の7月30日、31日、8月1日の3日分のデータである。また、水田について用いた観測値は、農業環境技術研究所フラックス変動評価チームのEcosystem Database(http://ecomdb.niaes5.affrc.go.jp/)の岡山地点のデータにおける1996年8月11日のデータである。畑地・水田いずれのデータも晴天日のものである。また、観測時の岡山地点の水田湛水深は約10cmである。熱収支の観測方法は、北村圃場では熱収支ボーエン比法、岡山地点では渦相関法である。 畑地および水田での熱収支のフラックス計算結果と熱収支観測値を、それぞれ図-8と図-9に示す。いずれも採用されたパラメータによって、観測値に近い計算値が得られた。 なお、図-8と図-9では、後者の水田の方が潜熱への分配が小さくなっている。このことは、水田の方が分配が大きいという一般的な傾向と異なるが、これは観測の地域や年月日が異なるためである。

=0

plnzh

ψ

∂∂

∂∂=

∂∂

3

g

3

g

xT

xtT

C gg λ

パラメータ 記号 値 備考

熱拡散係数 は対数則から求める。Kh u*

地表面粗度長 z0

用いる。畑地の粗度 を用いる。ⅰ)

。アルベド 0.2 畑地・水田・都市においてほぼ同一値であるαgⅰ)ⅱ)

蒸発効率 β 0.7 畑地(畑地での熱収支観測値 を再現できる値)ⅲ)

1.0 水田(水田での熱収支観測値 を再現できる値)ⅳ)

土壌の熱伝導率都市(アスファルト を想定)

λg

‑1 ‑1         ⅴ)

‑1 ‑1 ⅲ )

3.0Wm K 水田(水田での熱収支観測値 を再現できる値)‑1 ‑1 ⅳ )

土壌の熱容量 Cg

6 ‑1 ‑3 ⅴ )

1.0×10 JK m 畑地(畑地での熱収支観測値 を再現できる値)6 ‑1 ‑3 ⅲ )

4.2×10 JK m 水田(水田での熱収支観測値 を再現できる値)6 ‑1 ‑3 ⅳ )

都市の排熱量 東京 区の排熱量から推定(表-3参照)Q 7W m 23-2

1994出典等:ⅰ) 水環境の気象学、近藤純正編、朝倉書店、1995ⅱ) 伝熱工学、庄司正弘、東京大学出版会、

ⅲ) 北村圃場での熱収支データ(Ⅲ ( )参照).3. 2ⅳ) (農業環境技術研究所)の水田熱収支データ(Ⅲ ( )参照)Ecosystem Database .3. 2

1993ⅴ) 伝熱ハンドブック、日本機会学会編、丸善、

3*xuκ0.01m

0 都市(蒸発ゼロとする)

0.7Wm K1.0Wm K 畑地(畑地での熱収支観測値 を再現できる値)

2.0×10 JK m 都市(アスファルト を想定)

本調査では、畑地・水田・都市において同一値を

表-2 気温シミュレーションに用いるパラメータ

寒地土木研究所月報 №643 2006年12月 55

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(3)都市の排熱量の推定 個々の大都市については人工熱の推定が行われているが、一般化した人口(密度)と人工熱の関係は研究されていない。そこで、「東京23区」での日平均排熱量を用いて、表-3のように都市の排熱量を推定した。岩見沢市・帯広市の単位面積当たりの排熱量を推定する場合には、東京23区と比べて非宅地面積の占める率が大きいことを考慮する必要がある。そこで、日平均排熱量は対宅地面積人口密度に比例すると考えて、岩見沢市および帯広市の日平均排熱量を推定した。 その結果、表-3に示すように、両市の日平均排出熱量はほぼ等しかった。そこで、気温シミュレーションに用いるパラメータ Qの値として約7Wm-2を用いることとする。

3.4 計算範囲と境界条件

 計算対象の空間的範囲は、図-10に示すとおりである。風向は常に一定とし、平面的範囲は風向方向に9㎞でこれに直角方向に10㎞とする。鉛直上向きの計算の上限は、都市の境界層の厚さ(100m前後と考えられる)を包括できる範囲として、高さ300mまでとする。また土中は地温の変化が十分に小さいと考えられる深さ1mまでを計算範囲とする。 都市は、図-10のような位置にその中心を置く円形を想定し、その規模は直径2㎞と直径5㎞の2通りとする。都市周辺の農地は、水田のみあるいは畑地のみの2ケースとする。また、比較のために平面的範囲を全て都市と想定したケースも設定する。 X方向、Y方向の計算格子の間隔は100mとし、Z方向の計算格子間隔は、図-11に示すとおりとする。大気中と土中の両方で、地表面付近を比較的短い間隔として格子を設定している。

‑100

0

100

200

300

400

500

600

700

0:00 3:00 6:00 9:00 12:00 15:00 18:00 21:00

m/

W(ス

クッ

ラフ

2 )

純放射

顕熱

潜熱

地中熱

‑100

0

100

200

300

400

500

600

700

0:00 3:00 6:00 9:00 12:00 15:00 18:00 21:00

m/

W(ス

クッ

ラフ

2 )

純放射

顕熱

潜熱

残差(G)

風向

X方向:9,000m

Y方向:10,000m

Z方向:上方 300m 土中 1m

5,000m

3,500m (都市中心)

風向

X方向:9,000m

Y方向:10,000m

Z方向:上方 300m 土中 1m

5,000m

3,500m (都市中心)

図-8 畑地におけるフラックスの観測値(曲線)と

    計算値(点)

    (北村圃場における2000年7月31日の事例)

図-9 水田におけるフラックスの観測値(曲線)と

    計算値(点)

    なお、残差 (G) =純放射量-顕熱-潜熱)    (岡山地点における1996年8月11日の事例)

図-10 計算対象の範囲

表-3 岩見沢市および帯広市の日平均排熱量の推定

( )対宅地面積

日平均排熱量 人口 宅地面積       総面積 参考人口密度

2 2 2 2東京23区 31.06W/m 8,134,688人 314.70km 25,849人/km 621.34km2

岩見沢市 推定:6.88W/m 85,029人 14.86km 5,722人/km 204.74km2 2

2

2

2帯広市 推定:6.89W/m 173,030人 30.17km 5,735人/km 618.94km

2 2

出典等 東京 区の日平均廃熱量: 環境省「平成 年度 ヒートアイランド現象に23 14よる環境影響に関する調査 ( )」 http://www.env.go.jp/air/report/h15-02/index.html人口・宅地面積・総面積等: 総務省統計局「統計でみる市区町村のすがた2005 15 17」 」、東京都総務局「東京都統計年鑑 平成 年 、北海道統計協会「平成年 北海道市町村勢要覧」

56 寒地土木研究所月報 №643 2006年12月

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3.5 気温シミュレーション時の気象条件

 シミュレーションに必要な気象条件は、都市部と農地における日中の気温差が顕著となった2000年7月31日の岩見沢および北村のデータを用いて表-4のように与えた。

 風速の初期条件は4.0ms-1であるが、その後は表

-4に図示する風速の時系列値を与えた。風向は、図

-10に示す方向で一定とした。気温については、0時時点で大気中のすべて高さで21.1℃とした。また、上層の気温はあまり大きく変化しないことから、その後

土中の計算格子

大気の計算格子

項目 要素 設定値

初期条件

)大気放射 392W/m (岩見沢の気温・湿度・雲量から山本・ブラントの式 で2 5)

気温、湿度地温 22.9℃(北村の地温データの日平均値)

時間変化条件

所の値を用いた。(高度21.9m ))

日射量(岩見沢測候所は観測していない。北村観測圃場の値を用いた )。

計算)21.1℃、99%(岩見沢の当日00:00の値)

風向風速 (風向は図µ10参照 、風速:4.0m/s(岩見沢の日平均風速)

(岩見沢測候風速

図-11 鉛直方向の計算格子

表-4 シミュレーションで与えた気象条件

寒地土木研究所月報 №643 2006年12月 57

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の24時間は高度300mの境界条件を21.1℃で一定とした。大気放射は、初期条件の392Wm-2でその後も一定とした。

3.6 計算結果

(1)農地に囲まれる都市の気温の特徴 午前11:00における高さ1.5mの気温計算結果の平面分布と、風向に平行で都市部中心を通る直線上の気温

図-12 各シミュレーションケースにおける気温の分布

            (左:平面分布、右:風向方向で都市中心を通る線上の気温分布)

58 寒地土木研究所月報 №643 2006年12月

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分布を図-12に示す。なお、午前11:00は都市域における最高気温が出現した時刻である。 周辺が農地に囲まれている場合の都市の気温は、農地との風上側の境界部で最低となり、風下側の境界部で最高となる。都市内の気温の最高値と最低値の差は、概ね5~8℃である。計算範囲の風上側から移動してくる空気の温度は、都市に進入した直下流部で大きく上昇するため、都市内の最高気温に比べて3℃以上低温である範囲は風上側の数百mにとどまっている。このように都市内の気温は較差が大きい。 そこで、都市気温に与える農地の影響を都市内の11:00の気温で評価すると、全域が都市の場合の気温34.5℃に比べて、農地に囲まれている都市は最高気温で1~3℃程度(図-12)、平均気温で3~5℃程度低温(表-5)である。このように、シミュレーション結果は、周辺を農地で囲まれることにより都市内の気温上昇は緩和されることを示唆している。

(2)農地の種類や都市の規模の影響 図-12では、畑地上と水田上の気温に1℃以上の差がある。このことは、中野と黒田1)や大上ら2)の示した、水田と畑地の熱収支上の特性比較とも一致する。農地上のこの気温差は、都市内の気温分布にも影響を与えている。計算結果で都市域全体の平均気温を比較すると、水田に囲まれる都市の方が、畑地に囲まれる場合よりも約1℃低温である(表-5)。 また、図-12の右側に示す都市を横切る直線上の温度分布からは、都市の規模が大きくなると、都市内の気温に与える農地の影響が小さくなることが容易に想像できる。表-5に示すように、2ケースの都市の直径で都市の平均気温は約1℃の差がある。

4 おわりに

 本研究では、北海道のように市街地が農地に囲まれるような土地利用において、都市の気温環境に農地が与える影響について検討した。

 前半では、実測値を用いた都市と近傍圃場の温度比較によって、都市から観測圃場への移流がない場合には、都市は農地よりも高温であることを示した。 後半では、簡易な気温シミュレーションモデルを構築し、実測値に基づいて熱収支に関わるパラメータを与えて、農地に囲まれる都市の気温を計算した。その結果、農地が都市の気温上昇を緩和する効果があること、水田は畑地に比べてその効果が大きいこと等が示唆された。 シミュレーション結果はあくまでも簡易なモデルによるものである。今後、市街地における気温の観測を行い、計算結果の傾向と比較したい。 最後に、本研究への水田の熱収支観測データの利用を承諾いただいたEcosystem Database の関係各位に感謝申し上げる。

引用文献

1)中野芳輔・黒田正治:土地利用形態と熱的環境の評価、九大農学芸誌、第43巻第1・2号、pp.69-75、1989.

2)大上博基・田頭秀和・大槻恭一・丸山利輔:水田、畑地、裸地、アスファルト舗装面における熱収支特性と温度環境、農業土木学会論文集、164、pp.97-104、1993.

3)大上博基・福島忠雄・丸山利輔:水田の温度環境緩和機能、農業土木学会誌、62(10)、pp.13-18、1994.

4)丸山利輔・斉藤公三・石川重雄・長坂貞郎:アメダス資料による都市(県庁所在地)とその周辺市町村の気温差年平均の分析、農業土木学会論文集、218、pp. 1-10、2002.

5)竹内清秀・近藤純正:大気科学講座1 地表に近い大気、東京大学出版会、p.86-87、1981.

表-5 各条件での都市域の平均気温(午前11:00)

都市規模都市域の 全域都市の

の種類 平均気温 場合との差

全域都市 - -34.52km 30.1 -4.5直径 水田

30.8 -3.7畑地

5km 31.3 -3.2直径 水田

31.9 -2.6畑地

周辺農地

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中村 和正*

寒地土木研究所寒地農業基盤研究グループ水利基盤チーム上席研究員博士(農学)技術士(農業)

中山 博敬 **

寒地土木研究所寒地農業基盤研究グループ資源保全チーム主任研究員(前 農業土木研究室主任研究員)

秀島 好昭 ***

寒地土木研究所寒地農業基盤研究グループ長特別研究監(併任)博士(工学)技術士(農業)

齋藤 正美 ****

(財)日本気象協会北海道支社技術部技師

佐藤 隆光 *****

(財)日本気象協会北海道支社技術部情報開発課長博士(農学)

松岡 直基 ******

(財)日本気象協会北海道支社防災対策室長技術士(農業・建設・応用理学・総合)

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