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502 心臓 Vol  . 49 No  . 5 2017脳梗塞を契機に発見された Calcified Amorphous Tumor の1症例 A case of calcified amorphous tumor found with cerebral infarction 木村倫子  春田裕典   玉城貴啓  右田 卓  齊藤佑記 相澤芳裕  加藤真帆人  平山篤志 Noriko Kimura, Hironori Haruta, Takehiro Tamaki, Suguru Migita, Yuki Saito, Yoshihiro Aizawa, Mahoto Kato, Atsushi Hirayama Division of Cardiology, Department of Medicine, Ni- hon University School of Medicine 日本大学医学部内科学系 循環器内科学分野 47 歳男性で維持透析中の末期腎臓病患者が脳梗塞を発症し感染性心内膜炎を疑われたため当院に転院し 心臓超音波検査上僧帽弁に疣贅を疑わせるエコー輝度の高い構造物を認めたが臨床的経過および画像 所見より最終的に Calcified Amorphous Tumor (CAT)と診断したCAT についての数々の症例報告はあるが前 向きの調査が皆無であるためその疫学予後そして外科的切除も含めた適切な治療方法についてはいまだ 不明である症例 《Abstract》 2016. 9. 6 原稿受領;2016. 11. 28 採用) 責任著者 木村倫子日本大学医学部内科学系循環器内科学分野(〒173-8610 東京都板橋区大谷口上町30) Calcified Amorphous Tumor (CAT) Mitral Annular Calcification (MAC) 心臓腫瘍 感染性心内膜炎 維持透析 Key words や心臓腫瘍との鑑別が必要であり,確定診断には病 理診断が必要となるため,そのほとんどは外科的に 切除される.しかし前向きの疫学研究は皆無であり, CAT 患者の自然歴に関しては不明である.今回,わ れわれは脳梗塞を契機に発見された CAT 症例を経 験したので,文献的考察を交えて報告する. はじめに Calcified Amorphous Tumor CAT)は非腫瘍性 腫瘤病変で,病理学的には変性した血清成分が慢性 炎症を起こして石灰化を伴っているものである 脳梗塞や心不全の原因精査のために施行された心臓 超音波検査で偶然発見されることが多く,後ろ向き の調査では末期腎不全患者に合併しやすいといわれ ている .臨床的には感染性心内膜炎における疣贅

脳梗塞を契機に発見された Calcified Amorphous Tumorの1症例 · 2019-05-28 · 験したので,文献的考察を交えて報告する. はじめに Calcified Amorphous

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502 心臓 Vol . 49 No . 5(2017)

脳梗塞を契機に発見されたCalcified Amorphous Tumorの1症例A case of calcified amorphous tumor found with cerebral infarction

木村倫子  春田裕典   玉城貴啓  右田 卓  齊藤佑記相澤芳裕  加藤真帆人  平山篤志

Noriko Kimura, Hironori Haruta, Takehiro Tamaki, Suguru Migita, Yuki Saito, Yoshihiro Aizawa, Mahoto Kato, Atsushi Hirayama

Division of Cardiology, Department of Medicine, Ni-hon University School of Medicine

日本大学医学部内科学系 循環器内科学分野

 47 歳男性で維持透析中の末期腎臓病患者が,脳梗塞を発症し感染性心内膜炎を疑われたため当院に転院した.心臓超音波検査上,僧帽弁に疣贅を疑わせるエコー輝度の高い構造物を認めたが,臨床的経過および画像所見より最終的にCalcified Amorphous Tumor(CAT)と診断した.CATについての数々の症例報告はあるが前向きの調査が皆無であるため,その疫学,予後,そして外科的切除も含めた適切な治療方法についてはいまだ不明である.

症例

《Abstract》

(2016. 9. 6原稿受領;2016. 11. 28採用)

責任著者 木村倫子:日本大学医学部内科学系循環器内科学分野(〒 173-8610 東京都板橋区大谷口上町 30)

● �Calcified�Amorphous�Tumor(CAT)● �Mitral�Annular�Calcification(MAC)● �心臓腫瘍● �感染性心内膜炎● �維持透析

Key words

や心臓腫瘍との鑑別が必要であり,確定診断には病理診断が必要となるため,そのほとんどは外科的に切除される.しかし前向きの疫学研究は皆無であり,CAT患者の自然歴に関しては不明である.今回,われわれは脳梗塞を契機に発見された CAT症例を経験したので,文献的考察を交えて報告する.

はじめに

 Calcified Amorphous Tumor(CAT)は非腫瘍性腫瘤病変で,病理学的には変性した血清成分が慢性炎症を起こして石灰化を伴っているものである₁).脳梗塞や心不全の原因精査のために施行された心臓超音波検査で偶然発見されることが多く,後ろ向きの調査では末期腎不全患者に合併しやすいといわれている₂).臨床的には感染性心内膜炎における疣贅

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503脳梗塞を契機に発見されたCATの 1症例

症例

 患者:₄₇歳男性. 主訴:左不全麻痺. 既往歴:高血圧,脂質異常症,₂型糖尿病,慢性腎臓病にて維持透析中,睡眠時無呼吸症候群,甲状腺腫瘍術後. 家族歴:特記すべきことなし. 喫煙歴:₂₀本 ₁₈年(₃₆歳より禁煙). 現病歴:左不全麻痺を主訴に受診し脳梗塞の診断にて前医へ入院となった.入院中に施行した経胸壁心臓超音波検査にて,僧帽弁に付着する輝度の高い構造物を認め,感染性心内膜炎を疑われ精査加療目的に当院へ転院となった. 入院時現症:身長 ₁₇₀ cm,体重 ₈₇ kg,体温 ₃₆. ₆℃,脈拍 ₈₆回/分・整,血圧 ₁₅₇/₇₃ mmHg,SpO₂ ₉₈%(room air).意識清明.眼瞼結膜に軽度貧血あり.眼球結膜黄染なし.頸静脈怒張なし.胸部聴診上,

心尖部を最強点とする Levine Ⅲ/Ⅵの収縮期雑音を聴取.肺野ではラ音を聴取せず.腹部は平坦・軟,腸雑音は適度,圧痛や筋性防御なし.下腿浮腫なし. 神経学的所見:脳神経系にて左口輪筋と眼輪筋の筋力低下.左僧帽筋,三角筋,上腕二頭筋,上腕三頭筋,手関節伸筋,手関節屈筋,母指対立筋,第 ₅指対立筋はすべて徒手筋力テスト;manual muscle testing(MMT)で ₂/₅と低下.腸腰筋,大腿四頭筋,足関節伸筋,足関節屈筋のMMTは ₄/₅と軽度の低下.左上腕二頭筋,上腕三頭筋,腕橈骨筋,膝蓋腱,アキレス腱の異常反射なし.その他明らかな異常所見は認めなかった. 入院時 12 誘導心電図検査:心拍数 ₈₄回/分の洞調律.左軸偏位,poor R progression.心房負荷(図1). 胸部単純X線写真所見:心胸郭比 ₅₂%,肋骨横隔膜角は両側 sharp,肺うっ血なし(図 2). 経胸壁心臓超音波検査:左室駆出率 ₅₉. ₄%,左室

図 1 入院時の心電図

aVR

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拡張末期径 ₅₃. ₁ mm,左心室の壁運動には明らかな異常を認めなかった.左房径 ₅₁. ₆ mmで僧帽弁は軽度の僧帽弁逆流を認め,弁輪に石灰化および弁腹に輝度の高い構造物の付着を認めた(図 3A・B). 経食道心臓超音波検査:左房,左心耳に明らかな血栓像はなかった.僧帽弁後尖に ₂₀×₇ mmの高輝度の付着物を認め,その先端に径 ₂~₃ mm程度の可動性に富む,輝度の高い付着物を認めた(図 4A・B).下行大動脈に明らかなプラークは認めなかった. 頭部CT検査:低吸収領域が両側大脳皮質に点在し,特に右中大脳動脈領域は広範囲であった. 胸腹骨盤部単純CT検査:僧帽弁および弁輪に高度石灰化を認めた.冠動脈と大動脈にも石灰化あり.両腎に軽度の萎縮を認めた. 入院時血液生化学所見:WBC ₇₃₀₀/μL,RBC ₃₅₇×₁₀₄/μL↓,Hb ₁₀. ₂ g/dL↓,Plt ₁₈. ₄×₁₀₄/μL,T︲Bil ₀. ₃₅ mg/dL,AST ₁₅ IU/L,ALT ₁₀ IU/L,

図 2 入院時の胸部単純X線写真

図 3 経胸壁心臓超音波検査僧帽弁に付着する ₂₀×₇ mmの腫瘤を認める(矢印).A:胸骨左縁アプローチによる短軸像B:心尖部アプローチによる四腔像LV:左室,LA:左房,RV:右室,RA:右房

A B

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LDH ₂₅₇ IU/L↑,CK ₂₂₈ U/L,CK︲MB ₇ U/L,T︲Cho ₁₆₂ mg/dL,HDL︲C ₄₂ mg/dL,LDL︲C ₉₀ mg/dL,BUN ₃₁. ₆ mg/dL↑,Cr ₁₀. ₁₀ mg/dL↑,UA ₄ . ₈ mg/dL,Na ₁₃₈ mmol/L,K ₄. ₂ mmol/L,Cl ₁₀₂ mmol/L,Ca ₉. ₅ mg/dL,P ₄. ₃ mg/dL,CRP ₀. ₈₄ mg/dL↑,Dダイマー₁. ₀ μg/mL以下,血糖 ₁₅₉ mg/dL↑,NTproBNP ₈₀₈₈ pg/mL↑.

入院後経過

 当院入院時の身体所見上 Osler結節や Janeway病変などの皮膚所見は認めなかった.また,前医入院中から抗菌薬は投与されていなかったが,発熱や血液検査上炎症反応の上昇は認めておらず,当院において施行した血液培養検査でも菌の発育を認めなかったため,感染性心内膜炎の可能性は低いと判断し,抗菌薬の投与は行わず経過をみることとした. 入院後に施行した経胸壁心臓超音波検査および経食道心臓超音波検査より,僧帽弁後尖に ₂₀×₇ mmの高輝度の付着物を認め,その先端に径 ₂~₃ mm程

度の可動性に富む,輝度の高い付着物を認めた(図3,4).この僧帽弁の付着物は,辺縁が不整であり内部は石灰化を伴うモザイク状のエコー輝度を認めた.また,前医での心臓超音波検査所見と比較して増大なく,内部構造についても石灰化のみ認めることから心臓腫瘍とは考えにくく,以上の臨床的経過および画像所見より Calcified Amorphous Tumor(CAT)と診断した. 脳梗塞の鑑別診断のため,MRI,MR Angiography(MRA),および頸動脈超音波検査を施行したところ,両側大脳皮質に散在する延長域と右中大脳動脈領域の広範な延長域を認めた(図 5).一方,MRAでは右内頸動脈から中大脳動脈にかけて狭窄が認められたが,頸動脈超音波検査では PSV=₇₀ cm/sec程度と狭窄の程度は軽度であり,artery︲to︲artery embolismよりも心原性の可能性が高いと判断した.さらに心房細動の既往はなく,経食道心臓超音波検査においても左房,左心耳に明らかな血栓像はなかったことより,CATによる塞栓症の可能性が高いと考えた.患者は脳梗塞による左半身麻痺に対

図 4 経食道心臓超音波検査₂₀×₇ mmの腫瘤を認める(矢印).A:経食道心臓超音波検査B:Surgeon’s view

A B

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する運動機能の回復を優先して行うため,抗凝固治療を開始した上で,前医へリハビリテーションを目的として転院となった.CATに関しては外科的治療を待機的に行う予定とした.

考察

 Calcified Amorphous Tumor(CAT)は ₁₉₉₇年にReynoldsらにより初めて報告された非腫瘍性の心臓内腫瘤であり,その病理学的特徴は石灰化および無定形組織;Amorphousを認める点である.これは変性した血清成分が慢性炎症性変化を背景として石灰化を伴ったものと考えられている₁).また CATの臨床像に関して,Hemptinneらは CAT ₄₂症例を後ろ向きにまとめ報告している₂)が,発症部位は ₃₆%が僧帽弁またはその弁輪部,₂₁%が右心房,₁₇%が右心室であった.また腫瘤の平均の大きさは ₂₉×₁₇ mmであり,併発症として ₃₁%に弁膜症,₂₁%に末期腎不全,₁₄%に糖尿病,₁₂%に冠動脈疾患が認められたと報告している.特に僧帽弁輪石灰化;Mitral Annular Calcification(MAC)を伴う CATは,

末期腎臓病や維持透析との密接な関係が指摘されている₂, ₆~₈). CATの鑑別診断としては,感染性心内膜炎による疣贅や心臓腫瘍,また Caseous calcification of the mitral annulus(CCMA)が挙げられる.本症例は感染性心内膜炎を疑われ,その治療目的に当院への転院となったが,当初より発熱や炎症所見を認めることがなく,また Duke臨床的診断基準₃)と照らし合わせても,大基準 ₁つ(心臓内腫瘤)と小基準 ₁つ(主要血管塞栓)があてはまるのみで感染性心内膜炎の診断基準を満たさなかった.心臓腫瘍については,本症例における腫瘤が,粘液腫では認められない高度の石灰化を呈しており,胸部のリンパ節腫脹や血清学的に悪性腫瘍の存在を疑わせる所見も認めないため除外した.さらに CCMAのエコー所見の特徴は,腫瘤の辺縁が整で内部構造に乏しく均一なエコー輝度で描出されることが多く₉)本症例のエコー所見とは合致しないため除外した.CATの確定診断には病理組織学的診断が必要であるが,本症例は外科的切除術がハイリスクであったため,病理学的

図 5 頭部MRI両側大脳皮質に散在する延長域と右中大脳動脈領域の広範な延長域を認める(矢印).

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な確定診断には至らなかった.しかし CAT患者の呈する患者背景や臨床的特徴および画像所見と合致するため臨床的に CATと診断した. CATの治療に関しては,その診断の契機の多くが脳塞栓症であり,また,その経過観察中に急速な腫大をきたす CATも報告されており,ほとんどの症例で外科的切除術が施行されている.しかし,一方で Eicherらは抗炎症作用をもつ抗血小板薬による治療が有効な症例もあることを報告している₄, ₅).現在,CATについての前向き疫学研究は皆無であり,その治療についてはいまだ議論の余地がある.

結語

 脳梗塞を契機に発見された CATの ₁症例を経験した.CATについては前向きの疫学研究が皆無であり,その自然歴は不明であり,その診断方法や外科的切除も含めた適切な治療については議論の余地がある.

文 献 ₁) Reynolds C, Tazelaar HD, Edwards WD:Calcified

amorphous tumor of the heart (cardiac CAT). Hum Pathol ₁₉₉₇;28:₆₀₁︲₆₀₆

₂) Hemptinne QD, Canniere DD, Vandenbossche JL, et al:Cardiac calcified amorphous tumor:A systematic review of the literature. IJC Heart & Vasculature ₂₀₁₅;7:₁︲₅

₃) 宮武邦夫,赤石 誠,石塚尚子,ほか:循環器病の診断と治療に関するガイドライン(₂₀₀₇年度合同研究班報告)感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン(₂₀₀₈年改訂版) http://www.j︲circ.or.jp/guideline/pdf/JCS₂₀₀₈_miyatake_h.pdf(cited ₂₀₁₆ Aug ₁₄)

₄) Eicher JC, Soto FX, DeNadai L, et al:Possible associa-tion of thrombotic, nonbacterial vegetations of the mi-tral ring︲mitral annular calcium and stroke. Am J Car-diol ₁₉₉₇;79:₁₇₁₂︲₁₇₁₅

₅) 齋藤和幸,土肥まゆみ,苅草資弘,ほか:Mobile mitral annular calcification︲related calcified amorphous tumorの経過中に脳梗塞を発症した血液維持透析中の ₁例.臨床神経 ₂₀₁₆;56:₅₈₀︲₅₈₃

₆) Kubota, H, Fujioka Y, Yoshino H, et al:Cardiac swing-ing calcified amorphous tumors in end︲stage renal fail-ure patients. Ann Thorac Surg ₂₀₁₀;90:₁₆₉₂︲₁₆₉₄

₇) Fujiwara M, Watanabe H, Iino T, et al:Two Cases of Calcified Amorphous Tumor Mimicking Mitral Valve Vegetation. Circulation ₂₀₁₂;125:₄₃₂︲₄₃₄

₈) Mohamedali B, Tatooles A, Zelinger A:Calcified amor-phous tumor of the left ventricular outflow tract. Ann Thorac Surg ₂₀₁₄;97:₁₀₅₃︲₁₀₅₅

₉) Harpaz D, Auerbach I, Vered Z, et al:Caseous calcifica-tion of the mitral annulus:a neglected, unrecognized diagnosis. J Am Soc Echocardiogr ₂₀₀₁;14:₈₂₅︲₈₃₁