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心腎連関が注目されだしてから久しい。腎機能低下 が心血管系予後を増悪させることは、今や広く知られ ている。そのような認 識のもと、造 影 剤 腎 症( C I N , Contrast-Induced Nephropathy)はPCI治療に残さ れた課題の一つである。CIN発症例では、院内死亡率 が22%、退院しても1年間に12.1%が死亡、5年間の死 亡率は44.6%に及ぶと報告されている[Rihal CS et al. Circulation. 2002; 105: 2259]。CINは腎機能 低下例で特にリスクが高く、発症率は腎機能正常例の 5~1 0 倍とするデータもある[ P o r t e r GA. Miner Electrolyte Metab. 1994; 20: 232]。 CINをめぐっては、多くの予防法が検討されてきた。 しかし、補 液 以 外 、標 準 的 治 療として確 立されていな いのが現 状である。そのような中、経 皮 的 冠 動 脈イン ターベンション(PCI)施行4時間前からのニコランジル 持続静注が、腎機能低下例におけるCINを有意に抑 制するとの成績が、11月12日より米国オーランド〔フロ リダ州)にて開催された米国心臓協会(AHA)学術集 会において発表された。報告したのは、岐阜大学循環 呼吸病態学・第二内科の名和隆英氏。 本報告は「Epidemiology and Prevention of CV Disease: Physiology, Pharmacology and Lifestyle.」分野の最優秀演題として表彰された。 検討対象とされたのは、PCI施行予定で血中シスタ チンCが高値であった腎機能が低下した192例。シスタ チンCは「男性:0.95mg/L」、「女性:0.87mg/L」以上 を高値とした。これら192例をニコランジル群(98例)と 対照群(94例)に無作為に割付けし、PCI後の腎機能 の推移を比較した。ニコランジル0.096mg/mLに調製し、 PCI施行4時間前から1mL/kg/時の投与速度で24時 間持続静注した。対照群では生理食塩水を用いた。 試験開始時の患者背景に、両群間で有意差はな かった。平 均 年 齢は7 0 . 3±8 歳 、推 算 糸 球 体 濾 過 率 (eGFR)は59.2mL/分/1.73m 2 、血清クレアチニン値 は1.00mg/dL、システインC濃度は1.344mg/Lだった。 造影剤の用量は平均140mL、両群ともおよそ半数が、 ARBとスタチンを服用していた。 ニコランジルは造影剤腎症を抑制する 名和 隆英 先生 岐阜大学循環呼吸病態学・第二内科 Nov 12-16, 2011 Location: Orange County Convention Center, Orlando, Fla.USA 第84回米国心臓協会学術集会 AHA Poster Winners 造影剤腎症の予防目的で ニコランジルに着目 A merican H eart A ssociation 最新の臨床研究の成果のため適応外の内容が含まれています。記載されている薬剤のご使用にあたっては最新の添付文書をご覧ください。

eart Association...心腎連関が注目されだしてから久しい。腎機能低下 が心血管系予後を増悪させることは、今や広く知られ ている。そのような認識のもと、造影剤腎症(CIN,

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Page 1: eart Association...心腎連関が注目されだしてから久しい。腎機能低下 が心血管系予後を増悪させることは、今や広く知られ ている。そのような認識のもと、造影剤腎症(CIN,

 心腎連関が注目されだしてから久しい。腎機能低下

が心血管系予後を増悪させることは、今や広く知られ

ている。そのような認識のもと、造影剤腎症(CIN,

Contrast-Induced Nephropathy)はPCI治療に残さ

れた課題の一つである。CIN発症例では、院内死亡率

が22%、退院しても1年間に12.1%が死亡、5年間の死

亡率は44.6%に及ぶと報告されている[Rihal CS et

al. Circulation. 2002; 105: 2259]。CINは腎機能

低下例で特にリスクが高く、発症率は腎機能正常例の

5~10倍とするデータもある[Porter GA.  Miner

Electrolyte Metab. 1994; 20: 232]。

 CINをめぐっては、多くの予防法が検討されてきた。

しかし、補液以外、標準的治療として確立されていな

いのが現状である。そのような中、経皮的冠動脈イン

ターベンション(PCI)施行4時間前からのニコランジル

持続静注が、腎機能低下例におけるCINを有意に抑

制するとの成績が、11月12日より米国オーランド〔フロ

リダ州)にて開催された米国心臓協会(AHA)学術集

会において発表された。報告したのは、岐阜大学循環

呼吸病態学・第二内科の名和隆英氏。

 本報告は「Epidemiology and Prevention of

CV Disease: Physiology, Pharmacology and

Lifestyle.」分野の最優秀演題として表彰された。

 検討対象とされたのは、PCI施行予定で血中シスタ

チンCが高値であった腎機能が低下した192例。シスタ

チンCは「男性:0.95mg/L」、「女性:0.87mg/L」以上

を高値とした。これら192例をニコランジル群(98例)と

対照群(94例)に無作為に割付けし、PCI後の腎機能

の推移を比較した。ニコランジル0.096mg/mLに調製し、

PCI施行4時間前から1mL/kg/時の投与速度で24時

間持続静注した。対照群では生理食塩水を用いた。

 試験開始時の患者背景に、両群間で有意差はな

かった。平均年齢は70.3±8歳、推算糸球体濾過率

(eGFR)は59.2mL/分/1.73m2、血清クレアチニン値

は1.00mg/dL、システインC濃度は1.344mg/Lだった。

造影剤の用量は平均140mL、両群ともおよそ半数が、

ARBとスタチンを服用していた。

ニコランジルは造影剤腎症を抑制する名和 隆英 先生 岐阜大学循環呼吸病態学・第二内科

Nov 12-16, 2011 Location: Orange County Convention Center, Orlando, Fla.USA

第84回米国心臓協会学術集会

AHA Poster Winners

造影剤腎症の予防目的でニコランジルに着目

American

Heart

Association

最新の臨床研究の成果のため適応外の内容が含まれています。記載されている薬剤のご使用にあたっては最新の添付文書をご覧ください。

Page 2: eart Association...心腎連関が注目されだしてから久しい。腎機能低下 が心血管系予後を増悪させることは、今や広く知られ ている。そのような認識のもと、造影剤腎症(CIN,

発生率

(%)14

12

10

8

6

4

2

0対照群(94例) ニコランジル群(98例)

*:p<0.05(vs 対照群)(χ2検定) 対応のないt検定

変化率

(%) 8

7

6

5

4

3

2

1

0

-1

-2

-3PCI施行前

PCI24時間後

PCI2日後

PCI1か月後

対照群(94例)

ニコランジル群(98例)

6.58

3.93

0.7

0-0.49

-2.23

0.57

P<0.05P<0.01

12.8

4.1*

 1か月間の追跡期間後、一次評価項目である「PCI

施行1か月後のCIN」発生率は、ニコランジル群4.1%

であり、対照群の12.8%に比べ有意(p<0.05)に低

かった(図1)。CINの定義はEuropean Society of

Urogenital Radiology(ESUR)ガイドラインに従い、

「血清クレアチニン値の、造影剤投与前から25%以上、

あるいは0.5mg/dL以上の増加」とした。

 次に血清クレアチニン値の推移を比較すると、対照

群ではPCI施行24時間後から経時的に増加していた

のに対し、ニコランジル群ではPCI施行後1か月間にわ

たりほぼ一定値を示した。その結果、PCI施行2日後以

降、ニコランジル群では対照群に比べ、有意に低値と

なっていた(図2)。

 ニコランジルによるCIN抑制作用の機序は多岐にわ

たると、名和氏らは考えている。しかしその中で最も重要

なのが、虚血プレコンディショニング様作用であるという。

すなわち、ニコランジルにより腎臓は虚血に対する耐性

を獲得する。この作用により、造影剤による一過性の虚

血下にあっても腎組織は傷害から免れ得る。ニコランジ

ルによる虚血プレコンディショニング様作用は、心臓に

おいて数多くのデータが報告されている。

 岐阜大学循環呼吸病態学・第二内科は、心筋虚血に

対するニコランジルの虚血プレコンディショニング様作用

の研究に関し世界的にも有数の研究室であり、今日まで

多くの成績を報告してきた。そのため、CINに虚血傷害が

関与していると考えた時点で、腎に対するニコランジルの

虚血プレコンディショニング様作用の検討を思い立ったと

いう。ニコランジルはPCI時の補完療法として心保護作

用が報告されており、今回の結果を受け名和氏は、CIN

を抑制したこの腎保護作用が心血管系を含む長期予後

に与える影響も追跡する予定だという。続報が待たれる。

 なお、冒頭で紹介したPoster Winnersは、AHA学

術プログラム委員会から任命された専門家チームが評

価した結果である。論文筆者属性をブラインド化の上、

チーム構成員がそれぞれ点数をつけた。受賞者は各コア

1名で、日本から選ばれたのは名和氏のみだった。同氏

には受賞を讃えるプレートが贈られた。また受賞の事実

は、学会が発行する日刊紙、さらにAHAウェブサイト

[http://liten.be//CgEbv]にも掲載されている。

図1 PCI施行1か月後の造影剤腎症発生率 図2 血清クレアチニン値の推移

指導医である西垣和彦准教授とともに

薬理学的「虚血プレコンディショニング様作用」が重要な機序

造影剤腎症がおよそ3分の1に減少