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基礎数学 I 2008 年前期, レジメ 1 2008/05/09, 西岡 * 1 1 数学での論理 1.1 集合論と論理学の記号 大学数学ではギリシャ文字がよく使われる. その表記と読み方 (実はいろいろな読み方がある) の一覧表を 記す: 大文字 小文字 読み方 ローマ字との対応 A α アルファー A, a B β ベータ B, b Γ γ ガンマ δ デルタ D, d E ϵ, ε エプシロン, イプシロン E, e Z ζ ゼータ, ツェータ H η エータ, イータ H, h Θ θ, ϑ テータ, シータ I ι イオタ I, i K κ カッパー K, k Λ λ ラムダ L, M µ ミュー M, m N ν ニュー N, n Ξ ξ クシー, グザイ 0 o オミクロン O, o * 1 http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/˜nishioka/ 2 号館 11 38 号室, オフィスアワー: 水曜 4 1

基礎数学 - 中央大学c-faculty.chuo-u.ac.jp/~nishioka/resume1_08.pdf基礎数学I 2008年前期, レジメ1 2008/05/09, 西岡*1 1 数学での論理 1.1 集合論と論理学の記号

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基礎数学 I2008年前期, レジメ 1

2008/05/09, 西岡*1

1 数学での論理1.1 集合論と論理学の記号

大学数学ではギリシャ文字がよく使われる. その表記と読み方 (実はいろいろな読み方がある) の一覧表を記す:

大文字 小文字 読み方 ローマ字との対応A α アルファー A, a

B β ベータ B, b

Γ γ ガンマ∆ δ デルタ D, d

E ϵ, ε エプシロン, イプシロン E, e

Z ζ ゼータ, ツェータH η エータ, イータ H, h

Θ θ, ϑ テータ, シータ —

I ι イオタ I, i

K κ カッパー K, k

Λ λ ラムダ L, ℓ

M µ ミュー M, m

N ν ニュー N, n

Ξ ξ クシー, グザイ0 o オミクロン O, o

*1 http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/˜nishioka/2号館 11 階 38 号室, オフィスアワー: 水曜 4限

1

大文字 小文字 読み方 ローマ字との対応Π π パイP ρ, ϱ ロー P, p

Σ σ, ς シグマ S, s

T τ タウ T, t

Υ υ ユプシロン, エプシロンΦ φ, ϕ ファイ, フィーX χ カイ X, x

Ψ ψ プシー, プサイΩ ω オメガ

次に, 数学で日常的に使われる「集合論と論理」の記号を列挙する:

集合論の記号 意味 別の言い方∅ 空集合x ∈ A 元 x は A に属するx ∈ A 元 x は A に属さないA ⊂ B A は B の部分集合 A は B に含まれるA ∪ B A と B の合併 A もしくは B

A ∩ B A と B の共通部分 A かつ B

Ac A の補集合 A に属さないもの全体A − B A と B の差集合 A − B = A ∩ Bc

論理式の記号 意味P ∨ Q P もしくは Q

P ∧ Q P かつ Q

P ⇒ Q P を仮定すると Q が成立P ⇔ Q P と Q は同値¬P P が成立しない∀y すべての y に対して, · · ·∃y ある y に対して, · · ·

1.2 集合論の基礎

論理の展開に, 集合とその演算を利用すると理解が容易になる. そこで, 集合論の基礎を論じ, 次に進む.

2

[用語と記号]

I. “範囲を確定した物の集まり”を集合 set と呼ぶ. じつはこの説明は明確ではなく, 集合ははっきり定義できない.

集合 A を構成する物を 元 element aと呼び,

(1.1) a ∈ A (x が A に属する)

という. (1.1) の否定を

(1.2) a ∈ A (x が A に属さない)

と書く.

いかなるものも元として含まない集合 (これも集合と考える)を, 空集合 empty set といい,

∅ (空集合)

とあらわす.

II. 集合 A, B にたいし,A = B

とは, A に属する元と B に属する元とがまったく一致することをいう.

集合 A が, 元 a, b, · · · , c から構成されているとき,

A = a, b, · · · , c

と書く. なお a は唯一つの元 a からなる集合である.

集合 A の元がすべて 集合 B に属するとき (論理式で a ∈ A ⇒ a ∈ B と表す),

A は B の部分集合 A ⊂ B

という.

[集合の演算]

集合 A.B の 和集合 union A ∪ B とは, A または B に属する元から構成された集合のことである. つまり

x ∈ A ∪ B ⇔ x ∈ A もしくは x ∈ B.

集合 A,B の 共通部分 intersection A∩B とは, A および B に属する元から構成された集合のことである.

つまりx ∈ A ∩ B ⇔ x ∈ A かつ x ∈ B.

3

集合 A,B の 差集合 difference A−B とは, A には属するが B に属さない元から構成された集合のことである. つまり

x ∈ A − B ⇔ x ∈ A かつ x ∈ B.

とくに 集合 B が 集合 A の部分集合であるとき, 差集合 A−B を“B の A に関する補集合 complement

とよぶ. もし. 考えている集合が, すべてある決まった 集合 X の部分集合となっているとき. X を 全空間 とよび, X − B を単に B の補集合といい.

Bc

とかく.

例題 1.1. A = 1, 2, 3, 4, B = 2, 4, 6 のとき,

A ∪ B = 1, 2, 3, 4, 6, A ∩ B = 2, 4,A − B = 1, 3 (= B の A に関する補集合),B − A = 6 (= A の B に関する補集合).

定理 1.2. 任意の集合 A,B,C にたいし, つぎの等式が成立する:

(i) A ∪ A = A , A ∩ A = A,

(ii) A ∪ B = B ∪ A, A ∩ B = B ∩ A,

(iii)(A ∪ B

)∪ C = A ∪

(B ∪ C

),

(A ∩ B

)∩ C = A ∩

(B ∩ C

),

(iv)(A ∪ B

)∩ C =

(A ∩ C

)∪

(B ∩ C

),

(A ∩ B

)∪ C =

(A ∪ C

)∩

(B ∪ C

),

(v) A ∪ ∅ = A, A ∩ ∅ = A, A − ∅ = A, A − A = ∅.

練習問題 1.3. 定理 1.2 の (iii) を使い, 次の等式を証明せよ.((A ∪ B

)∪ C

)∪ D =

(A ∪ B

)∪

(C ∪ D

)= A ∪

(B ∪

(C ∪ D

)).((

A ∩ B)∩ C

)∩ D =

(A ∩ B

)∩

(C ∩ D

)= A ∩

(B ∩

(C ∩ D

)).

4

例題 1.4. 10人から成るグループに 10円硬貨および 5円硬貨を持っているか尋ねた. その結果

10円硬貨を所持する者=7人, 5円硬貨を所持する者=4人,

どちらの硬貨も所持しない者=2人

であった. 10円硬貨および 5円硬貨を共に所持している者の数を答えよ.

[例題 1.4 の解答] 集合論の記号を導入する:

10円硬貨を所持する者の集合を A, 5円硬貨を所持する者の集合を B

と表す.

[図 1]

すると

全体の要素の数 = 10, A に属する要素の数 = 7,

B に属する要素の数 = 4, Ac ∩ Bc に属する要素の数 = 2

となるのでA ∪ B の要素の数 = 10 − Ac ∩ Bc に属する要素の数 = 10 − 2 = 8.

ここで 図 1 より

A ∪ B に属する要素の数 = A に属する要素の数+ B に属する要素の数−A ∩ B の要素の数

となることが判る. つまり

A ∩ B に属する要素の数 = 7 + 4 − 8 = 3 人. 2

練習問題 1.5. 50人の学生にたいし, 好きなスポーツ種目を調査した. S をサッカー好き, Y を野球好き, T

をテニス好きとし,

S = 40, Y = 30, T = 20,

S ∩ Y = 15, S ∩ T = 15, Y ∩ T = 15

であった. どの学生も 1種目以上のスポーツが好きである (S ∪ Y ∪ T = 50). このとき 3種目とも好きな学生( S ∩ Y ∩ T ) は何人いるか.

[練習問題 1.5 の解答] S = A ∪ B ∪ D ∪ F (赤線で囲まれた部分), Y = B ∪ C ∪ D ∪ E (黒線で囲まれた部分),

T = D ∪ F ∪ E ∪ G (青線で囲まれた部分)

とすると下図のようになる.

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[図 2]

A

B C

D E

F G

S, Y, T を加えると, A,C,Gは 1回, B,E, F は 2回, D は 3回加えられる. S∩Y = B∪D, S∩T = D∪F ,

Y ∩ T = D ∪ E だから

#(S) + #(Y ) + #(T ) − #(S ∩ Y ) −−#(S ∩ T ) − #(Y ∩ T )

= #(A) + #(B) + #(C) + #(E) + #(F ) + #(G)= 40 + 30 + 20 − 15 − 15 − 15 = 45

ところが

50 = #(S ∪ Y ∪ T )= #(A) + #(B) + #(C) + #(E) + #(F )

+#(G) + #(D) = 45 + #(D).

これより, #(D) = #(S ∩ B ∩ T ) = 5. 2

1.3 ゼンノのパラドクス

古代ギリシャの哲学者ゼノンが提出したパラドクスに「クレタ島人のパラドクス」がある:

(1.3) クレタ島人 x が「すべてのクレタ島人は嘘つきだ」と言った.

ここで, ゼノンは“x の言明 (1.3) の真偽”を問題にする.

• “x の言明 (1.3) が真”と仮定する. ⇒ “クレタ島人はすべて嘘つき”となる. ⇒ x 自身もクレタ島人なので,“x の言ったことは偽”となり, 前提の仮定と矛盾.

• “x の言明 (1.3) が偽”と仮定する. ⇒ “クレタ島人はすべて正直”となる. ⇒ “x の言明 (1.3) が偽”という前提の仮定と矛盾.

つまり「x の言明を真偽のどちらに仮定しても, 矛盾が生じる.」というのがゼノンの主張である. この主張の可否を現代数学で検証してみよう.

[ゼノンのパラドクスと集合論]

現代数学では論理構成のために, しばしば集合論を使う. 集合論を使って, このパラドクスを解決しよう. まず集合 A を「嘘つきの全体」, 集合 B を「クレタ島人の全体」とすると, 下の図が (1.3) の主張となる:

(i) 「x ∈ Ac」と仮定 ⇒ (1.3) が真 ⇒ 図 1.3 が成立 ⇒ x ∈ B ⊂ A となり, 「仮定 x ∈ Ac」と矛盾.

この場合は, 確かに矛盾が生ずる.

6

[図 3]

AB

(ii) ゼノンの主張:

「x ∈ A」と仮定 ⇒ (1.3) が偽 ⇒ 図 3 を否定 ⇒ 図 4 が成立

[図 4]

BA・x

⇒ x ∈ Ac となり, 「仮定 x ∈ A」と矛盾.

(iii) ところが, ゼノンの主張で「図 3 を否定 ⇒ 図 4 が成立」は正しくない. 次の 2つの図 も「図 3 の否定」である. どちらの例でも x ∈ A を許すので矛盾は生じない. (図 5, 左では「クレタ島人以外に嘘つきは居な

図 5

A

B

・x

AB

・x

い」との主張で嘘っぽい. )

[ゼノンのパラドクスと論理式]

ゼノンのパラドクスで現れた (1.3) は

(1.4) ∀y ∈ B ⇒ y ∈ A

と数学の論理式で表現できる.

(ii) 「ある論理式の否定である論理式」を作る方法は

∀, ∃ はそれぞれ ∃,∀ に置き換え; 結論 Q を ¬Q に置き換える

である.

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(iii) この (ii) を ゼノンのパラドクス (1.4) の否定に適用すると,

(1.5) ∃y ∈ B ⇒ ¬(y ∈ A

)「¬(y ∈ A)」は「y ∈ A」と同値だから, (1.4) ( ⇔ (1.3) ) の否定 (1.5) は「 A に属さない y ∈ B が一つでもある」となる. 図 5 がこの条件を満たしている.

注意: (ii) の方法を使うと, 機械的に論理式の否定が作れる. 複雑な論理式でも間違える可能性が少なくなる.

練習問題 1.6. 以下の命題 (i)–(iii) にたいし, その否定を述べよ.

(ヒント: 論理式の記号を使って命題を書き直し, その否定を作り, それを日本語に変換する.)

(i) 任意の自然数 n にたいし, ある自然数 m が存在して 条件 H(m,n) が成立する.

(ii) 任意の正数 ε にたいし, ある自然数 N が存在して, N 以上の任意の自然数 n にたいし 条件 H(ε, n) が成立する.

(iii) 任意の実数 x にたいし, 条件「H(x) ⇒ K(x)」が成立する.

[問題 1.6 の解答]

(i) 任意の自然数 n にたいし, ある自然数 m が存在して 条件 H(m,n) が成立する.

これを論理式で書くと,∀n ∈ N,∃m ∈ N

(H(m,n) holds

)となる. 否定文の作り方から,

∃n ∈ N,∀m ∈ N(

H(m,n) does not hold)

つまり「どんな自然数 m にたいしても条件 H(m,n) が成立しない自然数 n がある」.

(ii) 任意の正数 c にたいし, ある自然数 N が存在して, N 以上の任意の自然数 n にたいし 条件 H(c, n) が成立する.

これを論理式で書くと,

∀ε > 0,∃N ∈ N(

for ∀n ≥ N , H(ε, n) holds),

となる. 否定文の作り方から,

∃ε > 0,∀N ∈ N(

for ∃n ≥ N , H(ε, n) does not hold).

つまり「どんな N ∈ N にたいしても, 条件 H(ε, n) が成立しない n ≥ N と ε > 0 がある」.

(iii) 任意の実数 x にたいし, 条件「H(x) ⇒ K(x)」が成立する.

これを論理式で書くと,∀x ∈ R

(H(x) ⇒ K(x)

)となる. 否定文の作り方から,

∃x ∈ R(

H(x) ⇒ K(x))

つまり「(

H(x) ⇒ K(x))が成立しない x ∈ R が存在する」. 2

8

1.4 数学的帰納法と 2項定理

[数学的帰納法]

1 以上の整数全体を自然数N ≡ 1, 2, 3, · · ·

と呼ぶ.

ある命題 Q がすべての自然数 n で成立していることを証明するために, 次の ‘数学的帰納法’ が有効な手段である.

定理 1.7 (数学的帰納法). つぎの二つの事が証明できると仮定する:

n = 1 のとき Q が成立する.(1.6)n = k のとき Q が成立すると仮定すると,(1.7)

n = k + 1 で Q が成立する.

⇒ このとき, すべての n ∈ N で命題 Q が成立する. ♦

[証明]

(i) まず 仮定 (1.6) より, n = 1 で Q が成立している.

(ii) (i) より, (1.7) の仮定は k = 1 のときに満たされ, n = 2 で Q が成立している.

(iii) (ii) より, (1.7) の仮定は k = 2 のときに満たされ, n = 3 で Q が成立している....

(iv) この手順を繰り返して, すべての n ∈ N で Q が成立することが証明できる. 2

注意 1.8. 定理 1.7(数学的帰納法) の仮定 (1.7) は次で置き換えてもよい:

n ≤ k のとき Q が成立すると仮定すると,n = k + 1 で Q が成立する.

練習問題 1.9 (東大入試). n を自然数とする. n 個の白石と n + 1 個の黒石が横一列に並んでいる. この石の配列がどうであっても, 次の条件を満たす黒石 x が少なくとも一つあることを示せ.

その x とそれより右にある全ての石を取り除くと, 列に残った白石と黒石の数が同じになる. ただし,

石が一つも残らない状態も同数と見なす.

定義 1.10 (2項係数). n を自然数とする. n 個のものを左から順番に並べる方法は

n! ≡ n · (n − 1) · · · 2 · 1; (n の階乗 factorial と呼ぶ),ただし 0! ≡ 1 と約束する,

通りある. すると全体が n 個のものから k 個を取り出す方法は

(1.8) nCn ≡ n!k! (n − k)!

, k = 0, 1, · · · , n

9

通りあり, nCn は 2項係数と呼ばれる*2.

補題 1.11. 2項係数は次の性質を持つ.

nC0 = 1 = nCn,(1.9)

nCn = nCn−k,(1.10)

nCn + nCk+1 = n+1Ck+1. ⋄(1.11)

[補題 1.11 の証明]

(1.9) と (1.10) は定義式 (1.8) からすぐに判る. (1.11) を示す.

nCn + nCk+1 =n!

k! (n − k)!+

n!(k + 1)! (n − k − 1)!

=n!

k! (n − k − 1)!

( 1n − k

+1

k + 1

)=

n!k! (n − k − 1)!

· n + 1(k + 1) (n − k)

=(n + 1)!

(k + 1)!(n − k

)!

=(n + 1)!

(k + 1)!(n + 1 − (k + 1)

)!

= n+1Ck+1. 2

さて 2項係数 (1.8) は多項式 (x + y)n の展開に応用できる.

定理 1.12 (2項定理). *3 実数 x, y と自然数 n にたいし, 次の等式が成立する:

(x + y)n =n∑

k=0

nCn xn−k yn(1.12)

= xn + nC1 xn−1 y + nC2 xn−2 y2 + · · · + nCn−1 x yn−1 + nCn yn. ⋄

[2項定理の証明] 定理 1.7 [数学的帰納法] を使う.

Step 1. まず, 「n = 1 の場合に, (1.12) が成立する」ことを示す.

(1.9) だから,

(1.12) の左辺 =1∑

k=0

1Cnx1−k yn = 1C0 x y0 + 1C1 x0 y

= x + y = (1.12) の右辺

となり, たしかに n = 1 で (1.12) は成立している.

Step 2. つぎに「n = r で (1.12) が成立 ⇒ n = r + 1 でも (1.12) が成立」を示す.

(x + y)r+1 = (x + y) · (x + y)r [n = r で (1.12) が成立との仮定を使い]

= (x + y)r∑

k=0

rCn xr−k yn =r∑

k=0

rCn

(xr+1−k yn + xr−k yk+1

)=

*2 この名称は「2項定理」に由来する.*3 重要

10

= rC0

(xr+1 + xr y

)+ rC1

(xr y + xr−1 y2

)+ rC2

(xr−1 y2 + xr−2 y3

)+ · · · + rCj

(xr−j+1 yr−j + xr−j yj+1

)+ · · · + rCr−1

(x2 yr−1 + x yr

)+rCr

(x yr + yr+1

)=

= rC0 xr+1 +(rC0 + rC1

)xr y +

(rC1 + rC2

)xr−1 y2

+ · · · +(rCj + rCj+1

)xr−j yj+1 + · · · +

(rCr−1 + rCr

)x yr + rCr yr+1 = (∗) .

ここで (1.11) を使うと

rC0 = 1 = r+1C0, rC0 + rC1 = r+1C1, rC1 + rC2 = r+1C2, · · · ,

rCj + rCj+1 = r+1Cj+1, · · · , rCr−1 + rCr = r+1Cr, rCr = 1 = r+1Cr+1

となる. (∗) から続けて

(x + y)r+1 = (∗) = r+1C0 xr+1 + r+1C1 xr y + r+1C2 xr−1 y2 + · · · ++r+1Cj+1 xr+1−j yr−j + · · · + r+1Cr x yr + r+1Cr+1 yr+1

=r+1∑k=0

r+1Ck xr+1−k yk.

よって n = r + 1 で (1.12) が成立することが示され, 数学的帰納法が完結した. 2

2 無限の数え方現代数学の特徴の一つは「無限を頻繁に扱う」ことである. ここでは「無限」を分類し,“小さな無限”,“大きな無限”などが有ることを述べる.

無限を数えるための準備を行おう.

2.1 数の数え方

学生 a, b, · · · , から数人を選び, 集合 X を

X ≡ a, b, c, d, e,

と定義する. X の人数は 5 と直ぐに数えられるが, ここで“数える” とは次を意味する:

U を自然数の部分集合U ≡ 1, 2, 3, 4, 5

とすると X と U とに 1 : 1関係がある = X の元に番号をつける.

定義 2.1. ある集合 A と B とに 1 : 1関係があるとは, 以下の条件をみたす関係式 h : B → A が存在することである:

x ∈ B にたいし h(x) ∈ A かつ h(B) = A,

x, y ∈ B かつ x = y ⇒ h(x) = h(y).(2.1)

(この (2.1) をみたす関係式を 全単射 とよぶ.)

11

I. とくに B が自然数の部分集合 B = 1, 2, · · · , n の場合, 「集合 A の元の個数は n 個」という.

例えば, 前述の X と U の場合, 全単射 h は

集合 U 1 2 3 4 5

全単射 h

集合 X a b c d e

つまり h は a, · · · e に番号を振ることである.

II. 定義 2.1 の方法を使えば (数を数えられなくても) 「集合 A と B が同数」を確かめられる.

定義 2.2. (i) 集合 A と B の元の個数が同数, ( Card[A] = Card[B] と書く.)

⇔ A と B とに 全単射 h が存在することである.

(ii) 集合 A の元の個数は B より少ないか等しい. Card[A] ≤ Card[B].

⇔ B の部分集合 C で, 「A と元の個数が同数」のものが存在する.

(論理式で書く; ∃C ⊂ B such that Card[C] = Card[A]. ) ⋄

例題 2.3. 学生の集合 X = a, b, c, d, e と 椅子の集合 Y = ア, イ, ウ, エ, オ, カ の元の個数を比較せよ.

[注意] X と Y の間には, 全単射が存在しない.

a b c d e

ア イ ウ エ オ カ

1:1 対応がない

つまり, 二つの集合 A,B の元が同数でなければ, A と B の間には 全単射 h が存在しない. ⋄

2.2 可算無限

自然数の全体 N の個数は無限個だか, この無限を 可算無限 ℵ0 (アレフ・ゼロ) と呼ぶ.

例題 2.4. (i) 偶数の全体の個数は可算無限 ℵ0. (Card[偶数の全体] = ℵ0)

(ii) 整数の全体 Z 個数は可算無限 ℵ0 である. ( Card[Z] = ℵ0 )

(iii) 2次元整数の全体 Z2 = (n,m) : n,m ∈ Z 個数は可算無限 ℵ0 である. ( Card[Z2] = ℵ0 )

(iv) 有理数の全体 Q の元の個数は可算無限 ℵ0. ( Card[Q] = ℵ0 )

[解答] (i) 偶数の全体を E とおく. k ∈ N にたいし h(k) ≡ 2 k とおく. h : N → E は 全単射だから N とE の元の個数は同じ.

12

(ii) 関係式 h を

h(k) =

−(k − 1)/2 k =奇数k/2 k =偶数

とおく. つまり

h(0) = 1, h(3) = −1, h(5) = −2, h(7) = −3, · · ·h(2) = 1, h(4) = 2, h(6) = 3, h(8) = 4, · · ·

となるので, h : N → Z, 全単射.

つまり下図の方法で整数を数えた:

† † † †† †

-2 -1 0 1 2

(iii) 2次元整数の Z2 を漏れなく数え上げる方法を言えばよい. 下図の方法がそれ.

(iv) ある整数 m,n (n = 0) があり, x = m/n と表現できる数の全体が 有理数 Q である.

このときx =

m

n∈ Q にたいし ϕ(x) = (m,n) ∈ Z2

という対応を考えると, Q の元の数が Z2 より少ないことが判る. ( 例えば, 1/2 ∈ Q に対応する Z2 の元は(1, 2), (2, 4), · · · と無限個ある. ) 一方, 明らかに Q の元の数は N の元の数 (=可算無限 ℵ0) より多い.

つまり (iii) の結果を使うと

ℵ0 = Card[N] ≤ Card[Q] ≤ Card[Z2] = ℵ0

となり, (iv) が証明された. 2

13

2.3 非可算無限

R の部分集合の点の数を数える. 無限が関わるといろいろ不思議な事が起きる.

例題 2.5. (i) 線分 X ≡ [0, 1] と Y ≡ [0, 2] 上の点の個数は等しい.

(ii) 閉区間 X ≡ [0, 1] と半開区間 Y ≡ [0, 1) 上の点の個数は等しい.

(iii) 数直線 R ≡ (−∞,∞) と開区間 Y ≡ (−1, 1) 上の点の個数は等しい. ⋄

[証明] (i) 定義 2.9 より A と X 間に 全単射 f が有ることを言えばよいが, 下図の f : X → Y ; f(x) = 2x,

が条件を満たしている:

2 x

x0 1

2

f(x)= 2x

(ii) 定義 2.9 より A と X 間に全単射が有ることを言えばよい. X 上の点列 A, Y 上の点列 B を

X ⊃ B ≡ bk ≡ 12k

, k = 0, 1, · · ·

= 1,12, · · · ,

12k

, · · ·

Y ⊃ C ≡ ck =1

2k+1, k = 0, 1, · · ·

= 12,14, · · · ,

12k

, · · ·

とおく.

f : X → Y ; f(x) ≡

x もし x ∈ X − Bck もし x = bk

この f は, f(1) = 1/2, f(1/2) = 1/4, , · · · であり, B,C 以外の点は同じ点に対応している. これは, 下図のように 全単射 を定義している:

14

1

1/2

1/4

1

1/2

1/4

1/8

0 0

1/8

(iii) 下の関数 f : Y → R; f(x) =1

1 − x− 1

1 + xを使い, (i) と同じ議論を繰り返す.

-0.5 0.5

-5

5

定理 2.6. 開区間 (0, 1) 上の点の個数は, 自然数 N の個数より真に多い. つまり, (0, 1) 上の点の個数は 非可算 c (ℵ1, アレフ・ワン, とも書く) である. ⋄

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[証明] 背理法で示す. いま, f : N ↔ (0, 1) の全単射があるとする. すると

(2.2)

f(1) ↔ 0.a11 a1

2 a13 a1

4 · · ·

f(2) ↔ 0.a21 a2

2 a23 a2

4 · · ·...

f(k) ↔ 0.ak1 ak

2 ak3 ak

4 · · ·...

という表が得られる. ここで, akj は 0 ≤ ak

j ≤ 9 なる整数である.

この表から新しい整数列 b11, b

22, · · · を以下の方法で定義する:

bjj ≡

1 もし aj

j = 1

2 もし ajj = 1

この整数列 b11, b

22, · · · から 開区間 (0, 1) の点 x を次で定義:

x ≡ 0.b11 b2

2 · · · bjj · · ·

b11 = a1

1 だから x = f(1), b22 = a2

2 だから x = f(2), · · · ,bkk = ak

k だから x = f(k), · · ·

に注意すると, 次の矛盾が出現する:

x ∈ (0, 1) だが 表 (2.2) の右側のどの数字とも一致しない,

⇒ (0, 1) 上のすべての点は 表 (2.2) の右側に現れるので, x ∈ (0, 1) 2

2.4 まとめ

代表的な無限集合の元の数は以下の通り:

可算無限 ℵ0 自然数 N偶数の全体整数 Z

k 次元格子点 Zk

点列 1, 1/2, 1/3, 1/4, · · · 有理数 Q

非可算無限 c 開区間 (0, 1) の点の数(ℵ1) 閉区間 [0, 1] の点の数

実数 Rk 次元実数 Rk

例題 2.7. 「実数 R から 有理数 Q を差し引いた集合 =無理数」の元の数を数えよ.

[解答] この証明には準備が必要だが, 無理数の個数 = c である. 2

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例題 2.8. 可算無限 ℵ0 と非可算無限 c との間には, 別の大きさの無限が有るのか?

[解答] まだ,未解決. 「無い」と仮定するのが,“連続体仮説”で, こう仮定して不都合が無いことは証明できている. 2

例題 2.9. 非可算無限 c より真に大きい無限が有るのか?

[解答] この証明も準備が必要だが, 「有る」. “実数 R 上の関数全体”の個数は, 本当に c より大きく, 2c と表記できる. 2

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