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8 我々血管外科医は日々、下肢動脈の慢性閉塞である閉 塞性動脈硬化症(arteriosclerosis obliterans;ASO)の患 者を診察するが、ASOは動脈硬化が進展して動脈が閉塞 した結果生じる病態であり、動脈硬化の末期像でもある。 ASO患者は下肢に加え全身の動脈硬化も進行しているた め、QOLのみならず生命予後も不良で、患者の2/3が脳 心血管イベントで死亡するともいわれている。ここでは、 こうしたASO患者の診療に関して、血圧脈波の視点でト ピックを話したい。 血圧脈波による ASO の スクリーニングについて 動脈硬化の評価法はさまざまあり、血管内皮機能は FMD(flow mediated dilation)、血管壁の固さはcfPWV (carotid-femoral pulse wave velocity)、baPWV (brachial-ankle PWV)、CAVI (cardio-ankle vascular index)などで測定できる。狭窄や閉塞病変が疑われる 場合は、ABI (ankle brachial index)やTBI (toe brachial index)が 有 用 で あ り、ASO の 診 断 に 用 い ら れ て い る。 ASOでは無症候性といえども、症候性同様生命予後が不 良であるため、2011年にACCF/AHAのガイドラインは、 跛行や潰瘍のある患者、50歳以上の喫煙者および糖尿病 患者に加え、65歳以上の高齢者全員にABIによるスク リーニングを推奨した。さらに、症候性患者同様、無症 候性ASO患者でも、心筋梗塞、脳卒中、血管死のリスク 低減のために抗血小板療法は役立つ可能性があるとした。 一方、2015年に発表された米国血管外科学会(Society of Vascular Surgery;SVS)のガイドラインは、ACCF/ AHAのガイドラインと逆の提言を行い、ASOのリスク ファクター、既往歴、徴候、症状のない人に、ABI により 幅広くASOのスクリーニングをすることは推奨しないと した。SVSによると、疾病スクリーニングが有用である 必要条件は、①正確な検査法がある、②疾病数が多く、 問題となる罹患率である、③スクリーニングが罹患率と 死亡率低下につながる、④治療により、スクリーニング で発見された患者の罹患率と死亡率が低下する、⑤スク リーニングは非侵襲的であり費用対効果が高いことであ るが、ASOの場合、③や特に④のスクリーニングで発見 された患者の罹患率と死亡率が治療で低下することを裏 付ける研究データはないことが提言の根拠であるとして いる。抗血小板治療には一定頻度の出血性合併症を伴う ため、症候性ASO患者の治療方針を、エビデンスがない まま無症候性患者に適応することへの警鐘である。今後、 無症候性ASOのなかでスクリーニングのメリットのある 集団を特定することが求められている。 血圧脈波による重症下肢虚血の 発症予測 間欠性跛行から重症下肢虚血(critical limb ischemia; CLI)に悪化するのは間欠性跛行患者全体の15〜20%程 度である。間欠性跛行の症状を示さないままCLIが発症 する患者も少なからず存在する。こういった無症状の ASO患者は、血圧脈波測定を行うとCLIと同様の低値を 示すことから、慢性無症候虚血とよばれている。慢性無 症候性虚血患者の詳細は明らかになっておらず、無症状 であってもCLI発症リスクが高い群を特定して予防する ことは今後の課題である。 東京大学血管外科で血行再建を実施した CLI 患者約 200 例を、対側肢の症状で分類しretrospectiveに検討した。 93例手術時対側肢が無症状だったが、術後2年で、35% がCLIを発症し、14%がtissue lossとなった。多変量解 析の結果、CLI 発症のリスク因子は糖尿病と皮膚組織灌流 圧(skin perfusion pressure;SPP)低値、tissue lossとな るリスク因子は透析とSPP低値だった。片側肢がCLIの ため間欠性跛行症状が出るほどは歩けない場合もあると いう条件付き無症候だが、血圧脈波検査によりCLI発症 を予測できる可能性を示した結果だった。一方、SPP測 定は専門施設でしか実施できないため、一般施設にもか なり普及した血圧脈波検査であるABI測定時に表示され るupstroke time(UT)と%mean artery pressure(%MAP) を組み込み、再度分析したところ、冠動脈疾患、血清 アルブミン値< 3 mg/dL、% MAP > 45%が CLI 発症を予 測する独立因子だった(11) 。日常診療で実施している 血圧脈波検査がCLI発症を予測する手段になりうるかど うか、今後の前向き研究が期待される。 宮田哲郎 (山王病院・山王メディカルセンター血管病センター長) ASO 診療と脈波−血管外科の立場から− 第 15 回 臨床血圧脈波研究会 ランチョンセミナー この論文は、「Arterial Stiffness」WEBサイトに掲載されています。その他の論文はこちら Click "Arterial Stiffness" web site for more articles.

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 我々血管外科医は日々、下肢動脈の慢性閉塞である閉塞性動脈硬化症(arteriosclerosis obliterans;ASO)の患者を診察するが、ASOは動脈硬化が進展して動脈が閉塞した結果生じる病態であり、動脈硬化の末期像でもある。ASO患者は下肢に加え全身の動脈硬化も進行しているため、QOLのみならず生命予後も不良で、患者の2/3が脳心血管イベントで死亡するともいわれている。ここでは、こうしたASO患者の診療に関して、血圧脈波の視点でトピックを話したい。

血圧脈波によるASOの スクリーニングについて

 動脈硬化の評価法はさまざまあり、血管内皮機能はFMD(flow mediated dilation)、血管壁の固さはcfPWV(carotid-femoral pulse wave velocity)、baPWV(brachial-ankle PWV)、CAVI(cardio-ankle vascular index)などで測定できる。狭窄や閉塞病変が疑われる場合は、ABI(ankle brachial index)やTBI(toe brachial index)が有用であり、ASOの診断に用いられている。ASOでは無症候性といえども、症候性同様生命予後が不良であるため、2011年にACCF/AHAのガイドラインは、跛行や潰瘍のある患者、50歳以上の喫煙者および糖尿病患者に加え、65歳以上の高齢者全員にABIによるスクリーニングを推奨した。さらに、症候性患者同様、無症候性ASO患者でも、心筋梗塞、脳卒中、血管死のリスク低減のために抗血小板療法は役立つ可能性があるとした。 一方、2015年に発表された米国血管外科学会(Society of Vascular Surgery;SVS)のガイドラインは、ACCF/AHAのガイドラインと逆の提言を行い、ASOのリスクファクター、既往歴、徴候、症状のない人に、ABIにより幅広くASOのスクリーニングをすることは推奨しないとした。SVSによると、疾病スクリーニングが有用である必要条件は、①正確な検査法がある、②疾病数が多く、問題となる罹患率である、③スクリーニングが罹患率と死亡率低下につながる、④治療により、スクリーニングで発見された患者の罹患率と死亡率が低下する、⑤スクリーニングは非侵襲的であり費用対効果が高いことであるが、ASOの場合、③や特に④のスクリーニングで発見

された患者の罹患率と死亡率が治療で低下することを裏付ける研究データはないことが提言の根拠であるとしている。抗血小板治療には一定頻度の出血性合併症を伴うため、症候性ASO患者の治療方針を、エビデンスがないまま無症候性患者に適応することへの警鐘である。今後、無症候性ASOのなかでスクリーニングのメリットのある集団を特定することが求められている。

血圧脈波による重症下肢虚血の 発症予測

 間欠性跛行から重症下肢虚血(critical limb ischemia;CLI)に悪化するのは間欠性跛行患者全体の15〜20%程度である。間欠性跛行の症状を示さないままCLIが発症する患者も少なからず存在する。こういった無症状のASO患者は、血圧脈波測定を行うとCLIと同様の低値を示すことから、慢性無症候虚血とよばれている。慢性無症候性虚血患者の詳細は明らかになっておらず、無症状であってもCLI発症リスクが高い群を特定して予防することは今後の課題である。 東京大学血管外科で血行再建を実施したCLI患者約200例を、対側肢の症状で分類しretrospectiveに検討した。93例手術時対側肢が無症状だったが、術後2年で、35%がCLIを発症し、14%がtissue lossとなった。多変量解析の結果、CLI発症のリスク因子は糖尿病と皮膚組織灌流圧(skin perfusion pressure;SPP)低値、tissue lossとなるリスク因子は透析とSPP低値だった。片側肢がCLIのため間欠性跛行症状が出るほどは歩けない場合もあるという条件付き無症候だが、血圧脈波検査によりCLI発症を予測できる可能性を示した結果だった。一方、SPP測定は専門施設でしか実施できないため、一般施設にもかなり普及した血圧脈波検査であるABI測定時に表示されるupstroke time(UT)と%mean artery pressure(% MAP)を組み込み、再度分析したところ、冠動脈疾患、血清アルブミン値<3mg/dL、% MAP>45%がCLI発症を予測する独立因子だった(表1)1)。日常診療で実施している血圧脈波検査が CLI発症を予測する手段になりうるかどうか、今後の前向き研究が期待される。

宮田哲郎(山王病院・山王メディカルセンター血管病センター長)

ASO診療と脈波−血管外科の立場から−

第15回 臨床血圧脈波研究会 ランチョンセミナー

この論文は、「Arterial Stiffness」WEBサイトに掲載されています。その他の論文はこちら Click "Arterial Stiffness" web site for more articles.

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ランチョンセミナー

血圧脈波による重症下肢虚血の診断 CLIの概念は「血行再建が不成功の場合は下肢の大切断を必要とするような重度の虚血」である。異なる治療手段の成績を比較するためには、同じ重症度の症例を対象とする必要があるため、CLIの客観的定義は不可欠である。CLIの客観的定義として虚血指標である血圧脈波の測定値を中心に長年議論されてきたが、いまだ確定していない。TASCでは、AP(足関節血圧)<50〜70mmHg、TP(足趾血圧)<30〜50mmHg、TcPO2(経皮酸素分圧)<30〜50mmHgをCLIとすることで合意がなされたが、2007年の改訂(TASCII)ではこの数字はあくまで参考所見であると修正された。 CLIの客観的定義は、その定義でCLIと診断された患者の自然予後調査で検証できる。さまざまな理由で血行再建適応からはずれたCLI患者を追跡した報告によると、大切断(膝上・下の切断)に至ったのは全体の20%前後に過ぎず、現在の定義はCLIの概念を十分には反映していないことが示された。 2014年にSVSが新しいCLIの定義「SVS WIfI分類」を提唱した。従来の足の血圧の指標Ischemia(虚血)にWound

(創)、Foot Infection(足部感染)を加え、ステージ分類し

たものである(表2〜4)2)。SVS WIfI分類は臨床に即した分類だが、Delphi法により複数の専門家の経験を基に決められたため、分類ごとの患者数の分布を含め、今後の検証が必要である。 2011年より外科手術の全国登録データベースであるNCD(National Clinical Database)がスタートし、毎年日本の外科手術総数の約95%に相当する120数万件の外科手術が登録されている。日本血管外科学会は2013年より、NCD上 にCLI患 者 の デ ー タ ベ ー ス を 作 成 し(Japan Critical Limb database;JCLIMB)、108の施設が参加して、CLIの登録と5年間の追跡調査を開始した。このデータベースを用いてSVS WIfI分類の検証を予定している。2015年の秋にはJCLIMB登録データの背景を公表予定である。

まとめ ASO診療に関して血圧脈波の視点からトピックスをまとめてみると、改めて今後の課題が明らかになった。循環器内科と血管外科が診療科の枠を越えて協力し、これらの課題に取り組み、その結果を患者のQOL向上に結びつけることが求められている。

1) ShirasuT,etal.Usefulpredictorsforcriticallimbischemiainseverelyischemiclimbs.IntAngiol2015 .[Epubaheadofprint]

2) MillsJLSr,etal.TheSocietyforVascularSurgeryLowerExtremity

ThreatenedLimbClassificationSystem: riskstratificationbasedonwound,ischemia,andfootinfection(WIfI).JVascSurg2014 ;59 :220 -34 .e1 -2 .

文献

ハザード比 95% CI p 値冠動脈疾患 3.9 1.6-10.3 < 0.01脳血管疾患 1.6 0.60-4.0 0.33SPP < 40mmHg 2 0.83-5.4 0.12血清アルブミン値< 3mg/dL 4.8 1.7-13.5 < 0.01%MAP > 45% 5.9 1.8-27.0 < 0.01

表1 ● CLIの無症候対側肢の予後:CLI予測因子(文献1より引用)

表2 ● SVS WIfI分類(虚血)(文献2の和訳)TASCⅡのCLIはGrade2、3

ABI AP TP,TcPO2

Grade 0 ≧ 0.80 >100 ≧ 60Grade 1 0.60 〜 0.79 70 〜 100 40 〜 59Grade 2 0.40 〜 0.59 50 〜 70 30 〜 39Grade 3 ≦ 0.39 < 50 < 30

表3 ● SVS WIfI分類(創)(文献2の和訳)

潰瘍 壊死 臨床状況Grade 0 ー ー 安静時痛Grade 1 浅(骨露出なし:趾以外) ー minor tissue loss(1 〜 2 趾切断)Grade 2 深(骨・腱・関節:踵以外)浅(踵) 趾に限局 major tissue loss(3 趾切断以上、中足骨切断で救肢可)

Grade 3 広範、深(足部先端・中央部、踵、踵骨露出) 広範壊死(足部先端・中央部、踵) extensive tissue loss(複雑な再建術、非定型的切断:

Chopar, Lisfrane が必要)

表4 ● SVS WIfI分類(足部感染)(文献2の和訳)

局所感染(該当2つ以上)腫脹・硬結 熱感潰瘍周囲の発赤(0.5 〜 2.0cm) 膿汁分泌圧痛、疼痛

SIRS(該当2つ以上)体温> 38℃あるいは< 36℃心拍数> 90/ 分呼吸数> 20/ 分あるいは PaCO2 < 32mmHgWBC > 12,000 あるいは< 400 あるいは 10% 未分化形態

局所感染 SIRSGrade 0 (ー) (ー)Grade 1 皮膚、皮下組織 (ー)Grade 2 深部(膿瘍、骨髄炎、筋膜炎)、 発赤> 2cm (ー)Grade 3 (+) (+)

この論文は、「Arterial Stiffness」WEBサイトに掲載されています。その他の論文はこちら Click "Arterial Stiffness" web site for more articles.