96
平成 28 年度 老人保健事業推進費補助金 老人保健健康増進等事業 自立支援を促進するケアプラン策定における 人工知能導入の可能性と課題に関する調査研究 報告書 平成 29 3 セントケア・ホールディング株式会社

28 › file › 06-Seisakujouhou-12300000...平成28 年度 老人保健事業推進費補助金 老人保健健康増進等事業 自立支援を促進するケアプラン策定における

  • Upload
    others

  • View
    10

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

平成 28 年度 老人保健事業推進費補助金 老人保健健康増進等事業

自立支援を促進するケアプラン策定における

人工知能導入の可能性と課題に関する調査研究

報告書

平成 29 年 3 月

セントケア・ホールディング株式会社

《目 次》

1. 事業概要 1-1 自立支援を促進するケアプラン策定事業の全体と

本調査研究の位置づけ・・・・・・・・・・・1 1-2 本調査の研究方法および結果・考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3 1-3 結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4

2. 介護分野における人工知能の可能性 2-1 日本の介護分野における政策の方向性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5 2-2 人工知能という技術について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5 2-3 人工知能の介護分野における応用について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6 2-4 ケアプラン出力に用いる人工知能について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9 2-5 セントケア・ホールディングで実施した人工知能について・・・・・・・・・・・・・・11

3. 本調査研究内での人工知能とケアプランについて 3-1 データの種類と分類、データ量・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 3-2 データを鑑みたケアプランの出力方法と出力イメージ・・・・・・・・・・・・・・・・・14

4. 和光市の実態 4-1 和光市の選定理由・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15 4-2 和光市での検証方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20

5. 結果および考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22

6. 今後の方向性 6-1 入出力フォーマットについて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28 6-2 人工知能の今後の方向性について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・42

資料編

1

1.本調査研究の概要 1-1 自立支援を促進するケアプラン策定事業の全体と本調査研究の位置づけ 本調査研究は、自立支援を促進するケアプラン策定事業の全工程において STEP2 に位置

しており、自立支援を促進するケアプラン策定における人工知能導入の可能性と課題の検

証を目的とした(図 1,図 2)。

図 1 自立支援を促進する人工知能の開発ステップ

図 2 本調査研究概要

2

また、本調査研究のメンバー構成は以下の通りである。 表 1 実証研究委員会メンバー構成

《実証研究委員会》(敬省略) 氏名 所属・役職

西村周三 医療経済研究機構 所長 宮島俊彦 元内閣官房社会保障改革担当室長/岡山大学 客員教授 東内京一 和光市役所 保健福祉部 部長 飯島勝矢 東京大学高齢社会総合研究機構 教授 高野龍昭 東洋大学 ライフデザイン学部生活支援学科 准教授 出江紳一 東北大学大学院 医工学研究科リハビリテーション医工学分野 教授 山内豊明 名古屋大学大学院 医学系研究科 基礎・臨床看護学講座 教授 西田佳史 産業技術総合研究所 人工知能研究センター 首席研究員

表 2 アドバイザリーボード会議メンバー構成

《アドバイザリーボード》(敬省略) 氏名 所属・役職

東内京一 和光市役所 保健福祉部 部長 小山智代 ゆりの木歯科・矯正歯科クリニック 看護師 土井信幸 高崎健康福祉大学 薬学部薬学科 講師 牧野圭 和光市社会福祉協議会 理学療法士 水野三千代 川島脳神経外科医院非常勤管理栄養士 西山隆 和光市北地域包括支援センター 管理者 川邊智子 和光市北第 2 地域包括支援センター 管理者 川淵由美 和光市中央地域包括支援センター 管理者 田坂一代 和光市中央第二地域包括支援センター 管理者 岩田由実 和光市南地域包括支援センター 管理者 岡崎ふみえ 和光市中央第二地域包支援センター 管理者

3

表 3 事務局メンバー構成 氏名 所属・役職

岡本 茂雄 セントケア・ホールディング株式会社 執行役員 医療企画本部長 谷口 奈央 セントケア・ホールディング株式会社 医療戦略室 室長 浜田 宏一 セントケア・ホールディング株式会社 医療戦略室 課長代理 橋本 将一 セントケア・ホールディング株式会社 医療戦略室 主任 蒔田 麻友子 セントケア・ホールディング株式会社 医療戦略室 主任 篠澤 瑛子 セントケア・ホールディング株式会社 医療戦略室 主任 下手 将裕 セントケア・ホールディング株式会社 医療戦略室 課長

1-2 本調査研究の方法および結果・考察 1)対象 和光市の介護保険利用者(2010~2015 年)累計 8,595 件

2)方法(図 2)

(1) 和光市のデータベースから介護保険利用者の2010~2015年の要介護認定項目、主治医

意見書、週間サービス計画表を抽出した。抽出したデータのうち、介入前と介入後のデ

ータが連動するようにデータセット化し、匿名化した。 (2) 人工知能に、データセット化したケアプランを学習させた。 (3) 実際に和光市コミュニティケア会議に挙がるケースを読み込ませ、実際に人工知能にサ

ービス量を出力させた。(サービス量:サービスのひと月あたりの利用頻度) (4) 出来上がったケアプランをアドバイザリーボード会議に提示し、課題の抽出と実用性・

可能性について検討した。 (5) 実証研究委員会において、人工知能の作成するプランの実用性や課題、今後の可能性に

ついて検討した。 (6) (3)~(5)の工程を3回繰り返した。 3)結果・考察

アドバイザリーボード会議 3 回、実証研究委員会 3 回を実施した結果、要介護認定項目

と主治医意見書の一部のみでは、和光市の自立支援の思考を反映できなかった。自立支援

における重要な視点として、身体的・精神的・経済的自立を中心とした、高齢者を俯瞰的

にとらえることの必要性が明らかになった。また、その自立支援の視点を人工知能に反映

させるためには、ケアマネジャーの要因分析および和光市コミュニティケア会議の思考を

学習させることの必要性が示唆された。更に、アウトプットとして当初想定していたのは

週間サービス計画表であったが、要因分析である介護予防サービス・支援計画表、予後予

4

測、サービス内容(いつ、どこで、誰が、何を行うか)までを出すことが必要であることが

明らかになった。 また、自立支援を促進するケアプラン策定における人工知能導入の課題として以下のこ

とが挙げられた。 (1) 自立および自立支援の定義の確立 (2) 人工知能の思考過程(ブラックボックス)の解明 (3) 人工知能におけるアウトプットデータ(成果物)の明確化 (4) 人工知能におけるインプットデータの明確化 (5) その他:人工知能の作成したケアプランの検証

2-3 結論 本調査研究を通して多くの意見交換が行われ、人工知能における導入の可能性と課題に

関して多くの課題や改善点が明らかになったが、それらの課題や改善点を克服した場合、

人工知能がケアプラン策定において機能することが期待された。これらの課題を解決すべ

く、有識者および関係機関と連携をとりながら、高齢者の自立支援を促進するために、人

工知能の開発を進めていくことが望ましいと考えられる(図 1)。

5

2.介護分野における人工知能の可能性 2-1 日本の介護分野における政策の方向性

わが国では、高齢化の進行に伴い、差し迫る 2025 年問題の対策をとるべく、数々の政策

を打ち出している。2017 年 2 月 7 日に閣議決定された地域包括ケアシステムの強化のため

の介護保険法等の一部を改正する法律案では、地域包括ケアシステムの深化・推進、②介護

保険制度の持続可能性の確保を目的とし、要介護認定率を引き下げている和光市や大分県

をモデルに、自立支援の推進を図っていくこととしている。 また、ニッポン一億総活躍社会では、介護職の慢性的な人材不足から介護離職ゼロを目指

し、介護専門職の業務効率化・生産性の向上のために、人工知能や IoT(Internet of Things)、介護ロボットの導入を推奨している。加えて、元気で豊かな老後を送れる健康寿命の延伸と

して、高齢者の要介護度を改善した際にインセンティブを付与することを検討している。 未来投資会議では、介護現場を介助中心から自立支援中心へと舵を切り、要介護度改善、

在宅復帰につなげていくこととし、ICT(Information and Communication Technology)化、

ロボット等の活用により現場負担の軽減を目指すとしている。更に、データ利活用基盤の構

築、AI(Artificial Intelligence)の活用により、個別に最適なケアプランの提示や、データに

基づく質の高い介護を実現することを狙いとしている。 これらのことから、高齢化に伴う介護保険財政の逼迫、介護人材不足を解消するために、

自治体および事業所が高齢者の自立を支援していくことの必要性を示唆している。専門職

においては、人工知能や IoT、介護ロボットを用いて業務効率化・業務負担の軽減を図ると

同時に、データに基づいたケアプランの立案や介護を行っていくことが求められると考え

る。 2-2 人工知能という技術について 人工知能とは、人間の脳が行っている知的な作業をコンピュータで模倣したソフトウェ

アやシステムの総称である。具体的には、人間の使う自然言語を理解したり、論理的な推論

を行ったり、経験から学習したりするコンピュータプログラムなどのことをいう。電子デー

タには様々な種類の膨大なデータ(ビッグデータ)が存在し、人工知能は、そのビッグデータ

を元に、特定の質問や事柄に対して適切なデータを選択し、組み合わせて答えを導き出すこ

とが可能である。 人工知能にはタイプによって二つに大別できる。一つは特化型人工知能である。これは、

文字通り何かに特化した人工知能であり、囲碁・将棋や画像処理、自動運転などの人工知能

を言う。もう一つの人工知能は汎用人工知能である。これは、複数領域にまたがる人工知能

のことである。 また、人工知能はいくつかの技術があるが、ここでは大きく 2 つに大別する。一つはエキ

スパートシステムと呼ばれ、専門家の知識を取り込み推論していくことで専門家のように

振る舞うプログラムのことである。「マイシン(MYCIN)」という医療診断を支援するシス

6

テムが世界初とされ、1980 年代の人工知能のブームを支えていた。もう一つは機械学習で

あり、大量のデータからルールや知識を学習することによって対応パターンを自動的に学

習するものである。α碁や Siri などがこれに該当する。 α碁や Siri などといった 2010 年以降の人工知能のブームの背景にあるのが、機械学習の

手法ひとつである深層学習(Deep Learning)の発展である。従来の機械学習では、学習対象

となる変数(特徴量)を人が定義する必要があったが、深層学習は、予測したいものやルー

ルやパターンとして導きだしたいものに適した特徴量そのものをデータから自動的に設定

することが可能な手法のことである。この Deep Learning は特徴量を自ら導き出すことが

できるため、新たな物事の法則を生み出す可能性を秘めている。 Deep Learning の課題は、エキスパートシステムと比較すると大量のデータが必要であ

り、それを瞬時に処理することができるコンピュータの計算能力が必要なことである。その

課題を解決ができれば、人間があらかじめプログラミングしたとおりに動くものから、人工

知能が自ら考え、データの構造や法則を分析・理解することができる。また、Deep Learningは、エキスパートシステムでは記述ができない暗黙知を学習できる点も特長だと言える。人

工知能が自ら特徴量を考えることや暗黙知を学習するため、どのように分析し、なぜそのデ

ータを出力したかを解明することが現状不可能である。 しかし、そういった Deep Learning でさえ、人工知能は人間の言葉は理解できても、人

間がコミュニケーションする際に無意識に行っている「空気を読む」といったことなど、情

報として取得が難しいものについては処理をすることが難しい。つまり、たとえ映像や音声

データがあったとしても、相手の言葉の裏を読むことや相手の性格を考えた発言といった

コミュニケーションスキルは学習が困難である。そのほか、データ化可能な定量的な情報処

理は可能だが、主観的な情報の処理は難しいといったことが挙げられる。 2-3 人工知能の介護分野における応用について 介護保険制度における居宅介護支援事業(以下「ケアマネジメント」)に対しては、とり

わけ 2010 年度以降、さまざまな課題が指摘されている。たとえば、三菱 UFJ リサーチ&

コンサルティングの地域包括ケア研究会報告書(2010)では、介護支援専門員(以下、ケアマ

ネジャー)によるケアマネジメントについて「アセスメントやケアカンファレンスが十分に

行われておらず、ケアマネジャーによるケアマネジメントが十分に効果を発揮していない

のではないかという指摘がある 1)」「利用者や家族の意向を尊重するだけでなく、自立支援

に向けた目標指向型のケアプランを作成できるようにすべき 1)」などという指摘がされた。 また、日本総合研究所の介護支援専門員の資質向上と今後のあり方に関する調査研究

(2012)においては、「利用者・家族等の意向は把握できているが、家族の誰の意向かが不明

確 2)」「利用者の通院・服薬の状況の把握が不十分 2)」「日常生活のスケジュールが記載さ

れていない 2)」「収集した情報の分析と課題解決の優先順位付けが不十分 2)」「要介護とな

った主な原因疾患は把握できているが、それをケアプランに記載できていない 2)」「医療ニ

7

ーズに関する課題の整理が不足 2)」「短期目標が、期間終了後に評価できる程度まで具体化

されていない 2)」「認知症及び廃用症候群の事例における状態像に応じたサービスの整理が

不十分 2)」など、アセスメントにおける基本的な情報収集が不十分であることや、利用者に

生じている問題についての要因や解決策に関する分析のスキルが不足していることの厳し

い指摘があった。さらに、この調査研究では医療的ニーズや身体面の課題に関するアセスメ

ントが不十分なことが示唆されている。これらのことから、ケアマネジメントに関する近年

の傾向として、ケアマネジャーのアセスメントのスキルに焦点化されている。 一方で、ケアマネジャーは個人の状態像に合わせてサービスを組んでいるため、今まで

培ってきた経験をもとに、サービス計画(以下、ケアプラン)を立てているのが現状である。

この膨大な経験知を分析し、ケアマネジャー個人の傾向や高齢者の状態像から自立支援に

効果的なサービス内容をはじき出すことが可能になれば、最小限のサービスで最大限の効

果が期待できると考える。しかしながら、介護分野にはコミュニケーションが不可欠である。

特に重要なのは、言葉の裏にある真意を読み取る力(洞察力)や高齢者・その家族が前向きに

在宅生活を送れるような働きかけ(エンパワメント)である。これらは両者の信頼関係にも直

結するため、この技術を駆使したコミュニケーションは重要であるが、人工知能の不得意と

するところである。一方で、ケアマネジャーは人工知能に比べ、一度に大量の情報を多角的

に処理することが難しいため、人工知能がその一部を代替することで業務の効率化が図れ

ると考える。よって、ケアマネジャーの経験知として蓄積しているコミュニケーション能力

と、人工知能の一度に大量のデータを処理することができる能力を最大限に活用すること

で、ケアマネジメントの質の向上とケアマネジャーの専門性の確立につながることが期待

できる。 一方で、高齢化に伴う介護保険財政の逼迫や介護人材の不足を解消するために、自治体お

よび事業所が高齢者の自立を支援する適切な介護ができているかも重要である。さらに介

護保険の保険者である自治体は、地域包括ケアシステムの強化のために、今後和光市のコミ

ュニティケア会議のような会議体が自治体で展開することを鑑みると、ケア会議の質の向

上が自治体に求められると考える。 そこで、ケアマネジメントにおける人工知能の位置づけは、ケアマネジメントの一部を

代替するというものであり、人工知能がケアマネジメント業務すべてを担うということで

はないと考えた。具体的には、①自治体における地域ケア会議等のケース検討会議におけ

る支援ツールとしての役割と、②ケアマネジャー個人の業務支援ツールの二つの役割があ

ると考えた(図 3)。

8

出典:地域包括ケアシステムの強化のための介護保険法等の一部を改正する法律案(平成 29 年 2 月 7 日提出),P2, http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/soumu/houritu/dl/193-06.pdf を一部改変

図 3 の①では、2017 年 2 月 7 日に地域包括ケアシステムの強化のための介護保険法等

の一部を改正する法律案が閣議決定したことを受け、今後和光市のコミュニティケア会議

のような会議体が自治体で展開することを想定した。自治体における要介護認定を受けて

いる高齢者のケア会議において、ケアマネジャーの作成したケアプランと人工知能の作成

したケアプランを比較検討することで、自治体におけるケア会議の質の向上が期待でき、同

時にケアマネジャーのスキルアップも期待できると考えた。 一方、②のケアマネジャーの個人の業務支援ツールとしての役割においては、まずケア

マネジャーが高齢者への戸別訪問で収集した情報を人工知能に入力することする。人工知

能によって出力されたケアプランは、要介護度を改善するケアプランであるため、ケアマ

ネジャーは人工知能が出力したケアプランを確認し、高齢者の身体状況、生活状況、家族

構成および家族の介護力、住居および住居周辺の環境、高齢者・家族の希望、現状の課題

図 3 本事業における人工知能を使用したケアマネジメントの考え方

人工知能によるケアプランの作成

→ケアプランの提案

① 自治体における地域ケア会議等のケース検討会議における支援ツールとしての役割

② ケアマネジャー個人の業務支援ツールとしての役割

人工知能による

ケアプランの作成

→ケアプランの提案

9

や目標設定に則したものであるかを判断する。高齢者の現状にそぐわない場合は、ケアプ

ランを修正する。修正したケアプランを再び戸別訪問で高齢者・家族に説明し、現状の課

題とそれを達成するために必要なサービスの説明を行い、合意形成を図る。これにより、

ケアプラン作成にかかる時間の短縮による業務負担の軽減と、対象者の課題解決に向けて

効果的なケアプランの作成が可能になると考えた。 2-4 ケアプラン出力に用いる人工知能について

ケアプラン策定の支援ツールとして使う上で、人工知能をどのように構築しているかを

述べる。人工知能としての役割は大量の情報を多角的に処理し、ケアマネジャーの経験をル

ール化していくところにある。そのため、人工知能に学ばせるデータとしてはケアプランを

策定するための情報とケアプランそのものとなる。本節では、これら 2 種類のデータを用

いて人工知能を構築する際のデータの分類、データの分類に基づく人工知能の構造につい

て述べる。

1) データの分類 ケアプラン策定のための情報としては、高齢者の状態像や専門的知見を情報源にケアプ

ランの策定をおこなっている。そのため、支援ツールとしての入出力は、高齢者の状態像や

専門的知見となるアセスメント情報を入力し、ケアプランを出力としたシステムとなるこ

とと考え、これらの入出力に関するデータを人工知能に学習させることとした(図 4)。ここ

でいう専門的知見とは主治医意見書のような医師による見解等である。

図 4 人工知能の入力と出力について

10

また、前節で述べている通り、介護においては専門職自身のスキルの違いがあるため、デ

ータについてはある軸をもって層別する必要がある。その軸として本事業では自立支援を

促進するケアプランであるかどうかというのを軸として設けることとした。自立支援とい

う定義は様々であるが、状態改善が明確にわかる一つの軸として、本調査研究では要介護度

を指標とした。要介護度が改善されたケアプランを、自立支援を促進するケアプランとし、

人工知能に学習させるデータとした。また残りのケアプランについても要介護度を維持す

るケアプラン、悪化するケアプランとしてデータを分類し、これらのデータを人工知能の検

証用データとして活用することとした。

2) 人工知能の構造 Deep Learning では、パターン分析とルール学習の大きく2つの分析がある。パターン

分析においては状態像の分析のみで処理が可能であり、ルールに基づく出力をする場合は、

状態像の分析とケアプランの分析が必要となる。前者はデータ量が少なくても可能である

が新しい結果を出すことは難しい。後者はケアプランの分析も必要なるため、データ量が多

く必要であるが、データさえそろえば新たなケアプランを生み出すことが可能である。この

ことは、前者の人工知能はケアマネジャーが過去の実例とどれくらい似ているかを考えて

最も似ている人のケアプランを作ることを意味し、後者の人工知能はケアマネジャーが知

識や過去の経験からいつもケアプランを一から作っていることを意味している。今回はデ

ータ数および取り扱うデータの項目を鑑み、パターン分析によってケアプランを策定する

こととした。 将来の発展性やデータの統一化を視野に入れるとルール形成を行う方がよいと考え、今

回は図に示すような構造でケアプラン策定用の人工知能を構成した。ただし、図 5 に示す

人工知能の部分についてはデータ量や学習の段階によって構造が異なるため、規定はしな

かった。ここではケアプラン策定用の人工知能を大きく 4 つの構造に分けた。一つはケア

プランを分析するパートである。二つ目、三つ目は高齢者の状態像の分析するパートと専門

家から得た情報を分析するパートである。ここで人工知能の入力にあたるパートをわけて

いるのはデータの入力者が異なるという点と分析の元となる知識が異なるという点から人

工知能も同じように構造をわけて構築した。四つ目のパートとなるのが各パートで分析し

た結果を突き合わせるパートとなる。ここでは、状態から見てケアプランが自立支援を促進

するか評価をおこなう部分であったり、自立支援を促進するケアプランの確率が高いケア

プランを出力する部分であったりする。

11

図 5 ケアプラン策定用の人工知能の構造

このモデルにおいて、ケアプランの入力は、ケアプラン全体を入力する事もあれば、サー

ビス一つずつを入力として 1 サービスごとに評価することもある。

2-5 セントケアで実施した人工知能について 自立支援ケアプラン策定のための人工知能の検討は、2016 年よりスタンフォード大学A

I研究センターと医学研究センターと、セントケア・ホールディング株式会社(以下、セン

トケア)の間で共同研究として開始した。セントケアの持つケアプランに関するデータを、

個人情報を削除し、またケアプラン実施前と後の要介護状態、ケアプラン策定時の 234 項

目のアセスメントデータ、実施した週間サービス計画表を1レコードとして人工知能に学

ばせた(図 6)。レコード数は約 24,000、うち要介護度が前後で改善されたものは 11.3%であ

った。この 11.3%を Good Plan として人工知能の開発を行ったところ、週間サービス計画

表の作成が可能となった。要介護状態、アセスメントデータ、週間サービス計画は、それぞ

れコード化された電子データが存在しており、最初のターゲットとして、要介護状態、アセ

スメントデータを入力データ、週間サービス計画を教師データとして推論する人工知能技

術を開発することとした。一方、課題分析や目標設定がケアプラン上重要な対象であること

12

は分かっていたが、そもそも設定された課題や目標などの質が問われている現状もあり、ま

た日本語の言語としての構造の曖昧さから初期の人工知能の対象とはしなかった。

図 6 セントケアで実施した人工知能の構造

セントケアとスタンフォード大学との研究用の人工知能であるが、これは 2012 年代の進

化を受けた Deep Learning を可能とした人工知能である。課題と目標設定は、この Deep Learning を使用しなくともルールを学ばせるタイプの人工知能で十分であり、スタンフォ

ード大学との研究対象とはしなかった。一方、アセスメント結果から、ケアプランを作成す

るためには、多数あるアセスメント項目から重要な特徴量を人工知能自らが選び出すと言

う Deep Learning 機能が有効に働くのではないかと考えた。さらに、アセスメント項目を

組み合わせた合成変数を階層化構造により構成することから、たとえば「同じADLながら、

回復しそう」などの人が感覚的に感じるものをも見出すことができる可能性があると推測

した。 この研究用の人工知能により得られた週間サービス計画は、たとえば現実にはケアマネ

ジャーが毎日デイサービスとしたものを、訪問リハ、デイケア、訪問看護、訪問介護の組み

合わせとした週間サービス計画表となった。ケアマネジャーはご家族の介護負担に視点を

あて、ケアプランを作成したが、人工知能は、自立促進の可能性を中心にそれを支えるプラ

ンと思われるものであった。この成果、この研究から、我々は人工知能が、自立支援型のケ

アプランの策定を可能とするものとの結論に至った。

13

3.本調査研究内での人工知能とケアプランについて 3-1データの種類と分類、データ量 本調査研究内で用いたデータについて2.介護分野における人工知能の可能性 2-4

ケアプランに用いる人工知能についてで述べた通り、各データの種類と分類の観点から具

体的なデータについて述べる。 1) 人工知能が学ぶデータの種類 人工知能が学習するデータの種類は①高齢者に対し、ケアマネジャーおよび保険者が新

たに調査をする必要のない項目であること、②電子化がされていること、③汎用性の高い項

目であることが重要である。 セントケアで実施した人工知能は、アセスメント項目に、当社で開発したアプリケーショ

ンが使用した TAI を中心としたものを採用している。しかしながら、当該アプリケーショ

ンにおける日本全体でのシェアは 10%程度に過ぎず、全国津々浦々で使用できる AI とは

言い難いものである。一方、我が国では要介護度認定において、基礎項目 74 項目、主治医

意見書などの観察項目が全国で共通となっている。これらの項目の目的は要介護度、すなわ

ち介護に必要な時間数の区分を予測するものであり、ケアプラン策定におけるアセスメン

ト項目としても有効であると考えられた。さらに、この項目は全国津々浦々どこの市町村で

も同じ項目であり、要支援・要介護者には必ず実施されており、電子化されている。一方、

サービスについては、介護保険制度において費用償還を行うことから、一か月あたりどれだ

けのサービスが投入されたかが電子化されて保管されている。 よって、要介護認定時に使用する要介護認定項目74項目の一部および主治医意見書の一

部、サービス量を人工知能に学習させることとした。なお、本研究事業における「サービ

ス量」とは、「利用者各自がひと月あたり、どのサービスをどのくらいの量で利用する

か」と定めた。 2) 学習するデータの方向性 取り扱うデータ群(以下、データセット)については、自立支援を促進させるために人工

知能を構築するうえでは、実際に自立支援を促進させるケアプランが多く必要となる。さら

に実証研究を行うには、そのフィールドが自立支援を是とする価値観を持っている必要が

ある。このことから、自立支援をコミュニティケア会議と言う独自会議で実現している和光

市をフィールドとして研究することとした。また、データとしては全国で共通に行われてい

る要介護度認定調査項目、また支払い償還のためのサービス・コードと頻度のデータを用い

ることとした。

14

3-2 データを鑑みたケアプランの出力方法と出力イメージ 今回のデータ数は 8,595 件であり、人工知能が学ぶデータ数としては比較的少ない。しか

し、ここで作成されたケアプラン自体は、自立支援という価値観が多く含まれているケアプ

ランであり、その中で実際に要介護度区分が改善された事例については特にその要素が大

きいと考えらた。 そこで、本調査研究における人工知能については、以下のように出力することとした。 なお、詳細は4.和光市の実態 4-2 和光市での検証方法で後述する。

1) アセスメント分析パートでは状態像を分析しパターン化 2) 評価パートでは、要介護度区分が改善された事例のどの事例にもっとも状態像が近い

かを判定 3) 最も状態像が近い人のケアプランを出力 上記の手順であれば、ケアプラン自体に自立支援の要素が大きいと考え、ケアプランにつ

いては実データを出力し、実態に近いケアプランを出力が可能であるとともに、データ数が

少なくても人工知能が構築可能であると考えられた。 上記の手順で人工知能を構築した場合、出力の一例を図に示す(図 7)。

図 7 ケアプラン策定に用いた人工知能の出力イメージ

15

4.和光市の実態 4-1 和光市の選定理由 1)和光市概要 和光市に協力を依頼し、事業を展開することとした。和光市は、東京都練馬区・板橋区と

埼玉県新座市・朝霞市・戸田市に隣接する人口約 80,000 万人、高齢化率 16.4%の都市であ

る。高齢者人口は平成 26 年で 13,000 人であり、年々増加している。にもかかわらず、要

介護認定を受けている高齢者の割合(要介護認定率)は年々下がっており、平成 26 年には要

介護認定率は 9.4%と、全国平均 18.2%を大幅に下回っている(図 8)。

その背景には、介護保険制度が施行された当初から「和光市長寿あんしんプラン」を策定

し、自立支援・介護予防事業に取り組んできたことにある。本節では、和光市の自立支援の

考え方と、和光市長寿あんしんプランの中でも特徴的なニーズ調査とコミュニティケア会

議について述べていく。

図 8 高齢化率の推移

16

2)和光市における自立支援の考え方 2000(平成 12)年に始まった介護保険制度は、今年度で第 7 期介護保険事業計画の策定

年となる。改めて制度の基となる介護保険法とは、第一条に、「要介護状態になっても、有

する能力に応じ自立した生活を送れるように」、第二条二項には、「保険給付は、要介護状態

の軽減または悪化の防止に資するように」、そして第四条には、「要介護状態になった場合に

おいても、その有する能力の維持改善に努めるもの」としている。つまり、介護保険制度と

は、介護が必要になった人が、本人の意思に基づいて生活をする上で、身体的・精神的・経

済的に自立できない生活課題を解決するために、その人の状態に合った適切な「ケアの自立

支援」と「生活の自立支援」を行って再び生活の自立を図る制度である。 人それぞれに身体的・精神的・経済的な生活課題は違い、6 か月後の ADL や IADL の状

態は、その人の個人因子や環境因子に大きく左右される。骨折等の整形系疾患の場合は、期

間的に支援を行うことで改善できることが多く、脳卒中等による麻痺等の障害がある場合

は、自立できない部分に永続的に支援することで自立した生活が送れるのである。また、健

常高齢者、いわゆる元気高齢者が介護状態にならないという介護予防の概念、要支援 1・2については、ADL というよりは IADL の向上を重視する自立支援型のケアマネジメントに

より状態の維持・改善を図るという介護予防の考え、さらに要介護 4・5 になっても、残存

機能を維持するという介護予防の視点が重要であり、その人自身ができることを維持でき

るような支援をすることで自立支援につながり、高齢者の尊厳や QOL(生活の質)の向上

に繋がるという考え方である。 この自立支援の考え方において重要なのは、マクロ的な政策形成手法である地域ごとの

ニーズ調査による地域課題の分析と、ミクロ的なケアマネジメントであるコミュニティケ

ア会議での専門職やサービス事業者に対する意識改革と専門性のスキルアップである。 3)ニーズ調査について ニーズ調査では市全体を3つのエリアに分け、高齢者の「身体能力・日常生活 機能(ADL、

IADL)」、「住まいの状況」、「認知症状」、「疾 病状況」などの項目について調査をする。国

の基本チェックリストを包含する 88 項目からなる和光市独自の調査票で、要介護 2 までの

高齢者を対象に毎年実施している 3)。個別記名式で行い、郵送調査を実施し、未回収者の中

にこそ、問題があると考えているからである。このニーズ調査により、どのエリアに、どの

ような人が、どのくらい住んでおり、どのような生活をしているかを把握し、リスクのある

高齢者の早期発見や孤立死の予防につなげている。同時に、地域のフォーマル、インフォー

マルサービスの量がわかれば、どこに新たなサービス拠点が必要なのか、どの程度のサービ

ス量が必要なのかという課題が見えてくる 3)。サービスを検討する際には、保険外のサービ

ス(自助)、ボランティアや地域施設の効果的な活用(互助)という視点を持ちながら、地域や

自治体全体で介護予防の取り組みを行っている。これにより、高齢者ができる限り長く地域

で生活できる仕組みづくりが実現するのである。

17

4)コミュニティケア会議について 和光市コミュニティケア会議は、中央コミュニティケア会議と圏域コミュニティケア会

議の二つで構成されており、中央コミュニティケア会議(以下、コミュニティケア会議)は新

規の要支援プランと地域密着型サービスプランの全ケース、サービス利用後の評価結果が

悪化した要支援者・総合事業対象者のケース、要介護認定の更新時において状態とサービス

に乖離があると思われるケース、また処遇困難なケースや権利擁護の対応が必要となるケ

ースについて検討する場となっている 3)。会議の目的は、介護保険法だけでなく、障害者総

合支援法や子ども子育て支援法・生活保護法など、関係各法や制度を横断的に個別事例のプ

ロセスやプログラム、結果の評価を行うことで、利用者の尊厳の保持、自立支援を実現する

ことである。 会議の参加者は①保険者である地域包括ケア課・長寿あんしん課・健康保険医療課、②各

地域包括支援センター(5 カ所)の全職員、③外部からの専門的助言者として管理栄養士・

歯科衛生士・理学療法士・薬剤師・作業療法士④検討する個別事例ごとの介護支援専門員・

介護サービス事業所担当者等が参加している。なお、検討する個別事例の必要に応じ、同市

社会援護課(生活援護・障害福祉担当)、ネウボラ課、消費生活相談員(市民活動推進課所属)などの関係各課や地域福祉コーディネーター、地域のインフォーマルサービスの関係者も

参加するかたちをとっており、ケアマネジャーが作成した個別のケアプランについての課

題分析や目標設定、プランの内容について、身体機能・生活機能のみならず、住宅や家族構

成、経済状況などの多くの情報からアセスメントを行い、課題を明確化する。そして、その

課題に対しどのようなサービスが適切か、検討を行っている。一つの事例につき、約 20 分

という比較的短い検討時間で、的確に今後の支援の方向性を見出す必要性があることから、

それぞれの事例の対象者の状況を、①個人因子(自立を妨げているその人の身体機能、認知

機能、廃用・疾病の状況、回復可能性、性格など)と、②環境因子(自立を妨げている家族・

近隣住民・知人などの背景、在宅や地域の日常生活動線)にわけてアセスメントし、各介護

支援専門員が事例ごとに見立てや対応方針を明らかにし、短期・中期・長期の目標を生活機

能領域ごとに立て、意欲目標も設定している。 また、和光市では、対象者ごとに ADL(日常生活動作)・IADL(手段的日常生活動作)

の「現在の状況と予後予測を整理する」「生活機能評価表」によりアセスメントを行い、具

体的な改善目標を立てている。最も状態が良い「○1」」(自立・楽にできる)から、「×2」(全

介助・改善可能性が低い)までの 6 段階で区分し、領域ごとに状態像を評価したうえで、た

とえば、ADL の分野の「外出頻度」の生活機能で「△1」(一部介助・改善可能性高い)の状

態を、「○2」(自立・少し難しい)の状態に改善させる、といった領域ごとの改善目標を記載

し、事後評価を実施していく。 生活機能の領域ごとに改善の可能性を出来る限り追求したうえで、「期間的自立支援」が

適当か、「永続的自立支援」が適当かということを、コミュニティケア会議の場で判断する。

ここでいう期間的自立支援とは、介護保険・介護予防サービスの一時的な利用が想定される

18

場合を指している。たとえば、生活機能低下をともなう廃用症候群により機能が低下した場

合に、介護予防事業などで身体機能と生活機能を一定期間で自立の状態にすることをいう。 一方の永続的自立支援は、介護保険・介護予防サービスの永続的な利用が想定される場合

を指している。たとえば、脳卒中などによって、体の部位等が機能不全を起こしたために生

活機能が低下した場合や、比較的程度の重い認知症の場合、難病がある場合などのように、

介護保険給付を永続的に提供して、残存機能をできるだけ活用し、状態の維持や悪化を防止

することをいう。 目標設定の際に、身体機能の向上だけを目標にすると、「デイサービスの施設内では歩け

ても、日常生活で買い物に歩いていくことをしない」いうことになりかねない、いわゆる生

活援助に依存するようなこともある。このため、身体機能向上や意欲の向上を目標とするこ

とだけではなく、生活機能の向上を目標にして、モニタリングや評価を行っていくことが重

要な視点である。 こうしたコミュニティケア会議を開くことで、関係者のスキルアップやケアプランの質

の向上、各種個別ケアプランの適正にも役立っている。たとえば、介護支援専門員が、利用

者の自立支援に向けたケアプランを作成する場合には、専門家として洞察を行ったうえで、

利用者の納得を得る過程が必要になる。この地域ケア会議で、介護支援専門員が、担当する

利用者のケアプランのなかで、どのような考え方でサービスを盛り込んだのか、といった説

明を行い、また、会議のほかの出席者からの意見を聞き、不十分な点に気がつくなどといっ

た経験を重ねていくことで、アセスメントの能力など専門的な能力を高めることも可能に

なり、他制度多職種連携の視点の習得から、最終的にはサービス担当者会議のレベルアップ

につながる。このように、コミュニティケア会議の場がそれぞれの組織におけるケアマネジ

メントスキルの向上と、個々のケアマネジメントスキルの向上の場となり、保険者機能の強

化と各専門職のケアの質の向上につながっている。 5)セントケアのケアマネジメントと和光市のケアマネジメントの違い 前項まで、和光市の先進的な取り組みについて述べてきたが、ここでは、個々のケアマネ

ジメントにおけるセントケアと和光市の違いについて述べていく(図 9)。 通常、ケアマネジャーがケアプランを作成するまでの流れとして、戸別訪問によって高

齢者の情報収集を実施し、その情報から要因分析、課題抽出を行い、ケアプランの原案を

作成する(図 9)。この情報収集からケアプランの原案を作成するまで、セントケアでは個々

の業務として行っている。平成 28 年 3 月から、セントケアでも「地域ケア会議研修」と

称し、和光市のコミュニティケア会議のコンセプトを参考に、地域包括ケア・多職種連携

のあり方を学び、事例検討のグループワークを取り入れた研修を実施している。現在は、

参加者の多くが地域会社で各サービスを統括している管理職であり、今後、各事業所のケ

アマネジャーならびに各サービスの相談援助職をを対象に、この研修を実施していくこと

を検討している。また、地域ケア会議研修では、専門職が「自分に何ができるか」という

19

視点から脱却できず、サービスの受け手である「高齢者や家族が、地域のコミュニティの

リソースを活用しながら、住み慣れた地域で暮らしていくためにどうするべきか」という

視点への変換が課題である。 一方、和光市では、個々のケアマネジャーの要因分析を経た後に、コミュニティケア会

議でその内容を協議するため、ケアマネジャーの専門知に加え、各専門職の多角的な視点

から高齢者を分析し、その結果をケアプランの原案に反映させている。また、地域コミュ

ニティケア会議によって、自立支援の視点が個々のケアマネジャーに反映されており、そ

れによりケアマネジャーの個々の主観や力量に左右されることがなく、より質の高いケア

プランの作成が可能になる。また、コミュニティケア会議での議論を通して、ケアマネジ

メントの思考訓練やスキルアップが実現していると考える。

図 9 セントケアと和光市のケアプランを作るまでの比較

以上のことから、本調査研究では、人工知能に和光市のケアマネジメントを学ばせるこ

とで、人工知能が出力するサービス量が自立支援を促進するものとなるのではないかと考

え、和光市をフィールドとした自立支援を促進するケアプラン策定における人工知能導入

の可能性と課題の検証を行うこととした。

20

4-2 和光市での検証方法 1)目的・対象・方法 本調査研究の目的は、自立支援を促進するケアプラン策定における人工知能導入の可能

性と課題の検証である。 対象は和光市の第 2 期介護保険事業計画・高齢者保健福祉計画「和光市長寿あんしんプ

ラン」策定後の、政策の効果が出たと思われる期間の介護保険利用者(2010~2015 年)累計

8,595 件を対象とした。 なお、本調査研究における「ケアマネジャー」とは「地域包括支援センターの相談員(プランナー)および地域包括支援センターから委託を受けたケアマネジャー」と定めた。 検証方法は以下の通りである。

(1) 和光市のデータベースから介護保険利用者の2010~2015年の要介護認定項目、主治医

意見書、週間サービス計画表を抽出した。ケアプランのうち、改善前と改善後のデータ

が連動するようにデータセット化し、匿名化した。

(2) 人工知能に、データセット化したケアプランを学習させた。なお、ここで使用した人工

知能は、前述の3.本調査研究内での人工知能とケアプランについて 3-2 データ

を鑑みたケアプランの出力方法と出力イメージの人工知能である。 (3) 実際に和光市コミュニティケア会議に挙がるケースを読み込ませ、実際に人工知能にサ

ービス量を出力させた。 (4) 出来上がったケアプランをアドバイザリーボード会議に提示し、課題の抽出と実用性・

可能性について検討した。 (5) 実証研究委員会において、人工知能の作成するプランの実用性や課題、今後の可能性に

ついて検討した。 (6) (3)~(5)の工程を3回繰り返した。 2)会議体について 会議体は、アドバイザリーボード会議、実証研究委員会の 2 つで構成した。 各会議体の目的とメンバー構成は以下の通りである。 (1) 実証研究委員会 実証研究委員会は、人工知能の導入における可能性と課題の検討を目的としており、ア

ドバイザリーボード会議の結果を踏まえ、今後どのようにすれば実用的なものになるの

か、また導入における課題は何なのかということについて議論することとした。 メンバー構成は下表の通りである(表 1)。

21

【再掲】表 1 実証研究委員会メンバー構成 《実証研究委員会》(敬省略)

氏名 所属・役職 西村周三 医療経済研究機構 所長 宮島俊彦 元内閣官房社会保障改革担当室長/岡山大学 客員教授 東内京一 和光市役所 保健福祉部 部長 飯島勝矢 東京大学高齢社会総合研究機構 教授 高野龍昭 東洋大学 ライフデザイン学部生活支援学科 准教授 出江紳一 東北大学大学院 医工学研究科リハビリテーション医工学分野 教授 山内豊明 名古屋大学大学院 医学系研究科 基礎・臨床看護学講座 教授 西田佳史 産業技術総合研究所 人工知能研究センター 首席研究員

(2) アドバイザリーボード会議 アドバイザリーボードの目的は、人工知能から出力されたサービス量を担当ケアマネジ

ャーの作成したケアプランと比較し、差異分析を行うこととした。そのため、現在和光市

で定期的に開催されているコミュニティケア会議に挙がるケースを、実際に人工知能に入

力し、サービス量を出力させた。また、サービス量を出力する際に重要視したデータセッ

トの項目も提示し、専門職が重要視している情報と人工知能が重要視する項目を比較した

上で、人工知能の課題を抽出することとした。 アドバイザリーボード会議のメンバー構成は下表の通りである(表 2)。

【再掲】表 2 アドバイザリーボード会議メンバー構成 《アドバイザリーボード》(敬省略)

氏名 所属・役職 東内京一 和光市役所 保健福祉部 部長 小山智代 ゆりの木歯科・矯正歯科クリニック 看護師 土井信幸 高崎健康福祉大学 薬学部薬学科 講師 牧野圭 和光市社会福祉協議会 理学療法士 水野三千代 川島脳神経外科医院非常勤管理栄養士 西山隆 和光市北地域包括支援センター 管理者 川邊智子 和光市北第 2 地域包括支援センター 管理者 川淵由美 和光市中央地域包括支援センター 管理者 田坂一代 和光市中央第二地域包括支援センター 管理者 岩田由実 和光市南地域包括支援センター 管理者 岡崎ふみえ 和光市中央第二地域包支援センター 管理者

22

5.結果および考察 和光市で実証を行った結果、要介護認定項目、主治医意見書の一部を人工知能に学習さ

せただけでは、和光市が取り組んでいる介護予防、自立支援の視点、考え方が反映されな

いことが明らかになった。そして、そこで重要視しているのは、介護保険利用者の現病

歴・既往歴はもちろん、治療の状況や内服情報、通院状況、経済状況、住環境(家の構造や

家の周辺環境)、家族構成や生活状況の詳細な情報であることが明らかになった。 今後、サービス量だけでなく、課題分析や目標設定を可能にするためには、それらの情

報を統合し、何が現在の生活に影響を及ぼし、生活課題となっているか、その課題は環境

によるものなのか、個人によるものなのか、その生活課題は改善可能なのか、永続的な支

援が必要なのかを深く掘り下げることが重要であり、それが人工知能の成長の課題である

ことが明らかになった。 そして、和光市の自立支援の考えに基づいた人工知能を実現するために、アウトプット

として、サービス量のみならず、課題分析の結果導き出される目標と、その目標を達成す

るために、介護保険利用者に対し、「いつ」「誰が」「何を」「どのように」関わっていくか

という具体的な支援内容を提示することが、自治体や事業所に求められている高齢者の自

立支援に必要な要素であると考えた。 これらの結果を踏まえ、人工知能の現状と課題は以下の 5 項目であると考えた。 1)自立および自立支援の定義の確立 まず第一に、「自立とはどういった状態か」「自立支援とは何か」という概念モデルを構築

する必要性があることである。本調査研究において、人工知能には要介護度が改善したケー

スのケアプランを良いプラン(=自立)と定義した。しかし、本調査研究を通じ、要介護度の

改善だけが自立というのではなく、たとえできないことがあっても、状態に応じたサービス

を利用しながら住み慣れた町で生活することも自立である。また自立支援については、身体

機能の改善を支援することだけが自立支援ではなく、少しでも長く現在の生活を続けられ

るよう、サービスを利用しながら残存機能を維持することや、残存機能および疾患の悪化防

止につなげることも自立支援である。昨今では、自立および自立支援という言葉が当たり前

になっているが、人によっても自立および自立支援のイメージは異なるため、自立とはどう

いった状態か、自立支援とはどういうことかを定義していく必要性があると考える。その際

に重要なのは、高齢者を俯瞰的に見るという視点である。高齢者を単に精神・身体機能だけ

でアセスメントするのではなく、高齢者の取り巻く環境を含め、自らの力で生活できている

かを考えることであり、具体的には、先にも述べた住宅や家族構成、経済状況、近隣とのつ

ながり(社会参加)などを鑑みて高齢者の生活を捉えることが重要であると考える。この視点

は、高齢者個人の生活を考えるときのみならず、地域を課題分析、アセスメントするときに

も応用可能であると推察する。高齢者個人が社会資源をうまく使いながら自らの生活を営

むということは、その社会資源をその高齢者の住む地域に整備する必要があり、そのために

23

は、地域にどんな人が住んでおり、どのようなことに困っているのか、どのようなサービス

が必要かを分析することが必要である。その際にも俯瞰的な視点を用いることで、アプロー

チ対象に対し、個人の経済力で利用可能なサービスが必要なのか(自助)、地域に住まう人々

による取り組みやネットワークなのか(互助)、自治体独自のサービスを創出する必要性があ

るのか(共助・公助)という視点が生まれ、地域の課題を地域で解決する力が生まれるのでは

ないかと考える。よって、自立および自立支援の考え方を確立するには、俯瞰的な視点が必

要であり、どういうことが自立で、どういう支援をすることが自立支援なのかをきちんと明

示していくことが必要だと考える。そして、自立および自立支援の考え方の普及啓発を行い、

ケアマネジャーおよび専門職の意識改革を行っていくことが重要であると考える。この意

識改革を加速させる仕掛けとして、人工知能を用いて自立を促進させることができた事業

所もしくは自治体について、インセンティブを付与するのも一案である。 そして、自立支援において一つ留意するべきなのは、要介護状態によって、自立支援の思

考が変わるということである。本調査研究を通じ、要支援 1~2 についてはある程度高齢者

の状態像がパターン化でき、要介護度が改善する可能性が高いことがわかった。一方、要介

護 1~5、特に要介護 3~5 については疾患の種類や疾患の進行状況により、要支援者に比べ

個別性が高く、状態像が複雑化すると推測され、要介護度の改善というよりは、むしろ在宅

生活および残存機能の維持を目的とした支援が必要であることが示唆された。自立支援に

おいて重要なことは、要支援・要介護状態にならないための介護予防および重症化予防とい

う視点である。よって、人工知能にケアプランを作成させる対象をどうするかについては、

検討していく必要性があると考える。

2)人工知能の思考過程(ブラックボックス)の解明 次に、ブラックボックスについてである。一般論として、人工知能は、多くの情報から人

工知能が自動的に分析しているため、その内部の思考過程は解明不可能といわれている。そ

のため、本調査研究で運用している人工知能も、何をどう分析し、サービス量をはじき出し

ているかがわからないのが現状である。しかしながら、人工知能がケアマネジャーにサービ

ス量を提案する際に、「なぜそのサービスを選択したか」「なぜその人にそのサービスが必要

か」という根拠を出力できなければ、仮にケアマネジャーが人工知能の出力したサービス量

を採用したとしても、介護保険利用者およびその家族に説明する際に、説明ができないこと

が想定される。したがって、今後の課題として、導き出したサービス量は何を目標として出

したものなのかを出力させることが必要であると考える。そしてその課題を解決するため

には、ケアマネジャーが個別のケアプランを作成するまでの課題分析の方法および和光市

のコミュニティケア会議での思考過程を人工知能が学習することが重要だと考える。和光

市のコミュニティケア会議では、①保険者である地域包括ケア課・長寿あんしん課・健康保

険医療課、②各地域包括支援センター(5 カ所)の全職員、③外部からの専門的助言者とし

て管理栄養士・歯科衛生士・理学療法士・薬剤師・作業療法士④検討する個別事例ごとの介

24

護支援専門員・介護サービス事業所担当者等が参加している。なお、検討する個別事例の必

要に応じ、同市社会援護課(生活援護・障害福祉担当)、ネウボラ課、消費生活相談員(市民

活動推進課所属)などの関係各課や地域福祉コーディネーター、地域のインフォーマルサー

ビスの関係者などが集まり、図 10 のように、ケアマネジャーが作成したケアプランについ

ての課題分析や目標設定、プランの内容について、心身機能のみならず、住宅や家族構成、

経済状況などの多くの情報からアセスメントを行い、予後予測によりどのような課題に対

しどのようなサポートが適切か、検討を行っている。一方で、人工知能の構造は図 11 のよ

うになっており、ブラックボックスの部分が和光市におけるケアマネジャーによる要因分

析とコミュニティケア会議に該当すると推測する。この 2 つの思考過程を人工知能に学習

させることで、和光市が目指している高齢者の自立支援を促進するケアプランを作成する

ための糸口になるのではないかと考える。よって、今後、ケアマネジャーのケアプランを作

成するまでの思考過程およびコミュニティケア会議の思考過程を明らかにし、それを人工

知能に反映する必要性がある。

図 10 和光市の思考過程

25

図 11 人工知能がサービスを出力するまでの流れ

3)人工知能におけるアウトプットデータ(成果物)の明確化

第三に、アウトプット(成果物)は何なのかということについてである。アドバイザリーボ

ード会議、実証研究委員会では、多くの専門職や有識者から、ケアマネジャーの課題として、

ケアマネジメントにおける短期目標の基本となる状態像の予後予測が十分に行われていな

いケースが少なからずあり、そのために課題分析や目標設定がうまくできないという意見

があった。また、「アウトプット(成果物)は何なのかを明確にする必要がある」という意見が

出ており、人工知能がその点について支援することが期待されていると考える。和光市では、

生活機能評価表を用いて、予後予測を行っている。そして、予後予測に基づいて課題分析や

目標設定を行い、サービスを決めている。予後予測を人工知能ができることにより、ゴール

が明確になるため、そのゴールに向かった目標設定が可能になり、適切なサービスの利用が

実現すると考える。そして予後予測を出す際に重要なのは、ADL ではなく IADL、すなわ

ち手段的日常生活動作としてどうなるかが明確になることである。たとえば、「手の挙上が

可能になる」と予後予測しても、それが本人の日常生活にどのような影響を及ぼすかがイメ

ージできない。しかし、「手の挙上が可能になる」ことで、「物干しに洗濯物を干せる」よう

になり、後者のほうが、改善後のイメージがしやすくなる。和光市の生活機能評価表は、室

内歩行、屋外歩行、外出頻度、食事、排泄、入浴、着脱衣、掃除、洗濯、買い物、調理、整

理、ゴミ出し、通院、服薬、金銭管理、電話、社会参加といった日常生活動作にあわせたカ

26

テゴリーがあり、それに対し「事前(介入前)」「事後(介入後予測)」の評価欄がある。このよ

うな構成にすることで、本人の一日の過ごし方やできることがどう変わるかが一目瞭然な

のである。今後は、予後予測の出力の検討と、この生活機能評価表を予後予測の指標として

用いることを検討していくことが必要である。また、予後予測が出力されることのメリット

はこれだけではなく、予後予測が可能になることにより、課題分析、目標設定が容易になる

のではないかと考える。先にも述べたように、ケアマネジャーの課題として、ケアマネジメ

ントにおける短期目標の基本となる状態像の予後予測が十分に行われていないケースが少

なからずあり、そのために課題分析や目標設定がうまくできないことが指摘されている。予

後予測の判断の支援を人工知能が担い、可視化することによって、どこに課題があり、どう

改善したら良いかを考える糸口になる。どう改善したら良いかが明確になれば目標設定も

整合性が取れたものにもなり、その結果、各サービスで何をするべきかを明確にすることが

可能である。現在の人工知能では、サービス量しか出力できていないのが現状である。しか

しながら、本調査研究を経て、重要なのはサービス量ではなく、「誰が」「いつ」「何を」「ど

う」行うかが重要であり、サービスに付随して内容までをアウトプットとして出すことが望

ましいことが明らかになった。そうすることで、予後予測との整合性を図ることが可能にな

り、結果としてケアプランの根拠が明確になるのではないかと考える。よって、今後のアウ

トプットとして、予後予測ができるようになること、それに付随した目標設定、サービス量、

サービスの内容を出力できるよう検討していく必要があると考える。 加えて、このアウトプットについては、現場の意見を反映させることが必須である。この

システムを使用するのは、ケアマネジャーや自治体職員を想定しており、本調査研究ではケ

アマネジャーに対し、どのようなものが人工知能で出力できたら良いかということについ

て意見を聞く時間が不充分であった。ケアマネジャーの業務の流れや、どのように考えて個

別計画を立案しているか、またケアマネジメントにおいて、どのようなことに困難さを感じ

ているかを詳細に聞く必要があり、その上で最終的にアウトプットとして出力する内容や

フォーマットを決定することが望ましいと考える。加えて、国の政策として自治体および事

業所に対し、どのような成果を挙げることを求めているかを把握し、新しい業務モデルの提

案を行っていくことも重要であると考える。 4)人工知能におけるインプットデータの明確化 第四の課題は、インプットする情報についてである。本調査研究において、人工知能にイ

ンプットしたのは、4.和光市の実態 4-2 和光市での検証方法にもあるように、要介

護認定項目の一部と、主治医意見書の一部である。これらを選定した理由は、先にも述べた

が、①介護保険利用者に対しケアマネジャーおよび保険者が新たに調査をする必要のない

項目であること、②電子化がされていること、③汎用性の高い項目であることである。その

ため、他の自治体で人工知能が稼動することを想定した場合に、汎用性が高く、新たにケア

マネジャーが情報を収集する必要がないというメリットがある。しかしながら、ケアマネジ

27

ャーは、要介護認定項目や主治医意見書を参考にすることはあるが、それだけで介護保険利

用者の課題分析・目標設定およびケアプランを立てているわけではない。性別、年齢、主疾

患名、主疾患の程度・状態、内服の有無、既往歴、定期的な通院の有無(治療の状況)、家族

構成、家族との関係性、住居の構造(マンションか戸建てか、エレベーターはあるか、賃貸

か持ち家か、間取りなど)、住居周辺の環境(坂が多い、段差がある、道が細い、車通りが多

い、大通りに面している、近くにバス停があるなど)、経済状況(年金生活か、生活保護か、

年金以外の収入の有無など)、金銭管理は誰がしているか、使っている用具(屋外・屋内、杖

なのか、車椅子か、車椅子であれば自走可能かなど)、その使用方法は適切か、状態に対し

てその道具は適切かどうか、自宅での過ごし方(食事、排泄、入浴、着脱衣、掃除、洗濯、買

い物、調理、整理、ゴミ出し、電話)、社会参加・近隣の人とのつきあいの有無、現在の生活

に対して本人・家族はどう思っているか、改善要望を含め、俯瞰的に評価した上で、何が生

活課題なのか、その課題は環境によるものなのか、個人によるものなのか、その人は今後、

適切なサービスを入れれば改善する可能性はあるのか、サービスを入れることによって機

能を維持できるのか、サービスを入れたとしても、今後はゆるやかに下降していくのかとい

った予後を予測しており、その予後予測に基づいて目標設定を行っている。そしてサービス

に関しても、その人の生活課題に対し、一時的な支援で十分なのか、今後も永続的な支援が

必要なのかを見極めた上で初期のサービス、中・長期的サービスの決定をしている。それを

多角的に分析するのが和光市で実施しているコミュニティケア会議である。よって、人工知

能の中でこのコミュニティケア会議が展開されるようにするには、コミュニティケア会議

で使用しているような情報を人工知能に入れる必要性があることが示唆された。本調査研

究の会議では、項目を減らすよりも、まずは入力情報を可能な限り増やし、人工知能が必要

な情報を抽出するか、新たに項目を作り出せるまでデータを蓄積する方法の提案もあり、今

後は、自立の定義を明確化していくと同時に、どのような情報を入れるか、また、その情報

が正しいかの検証方法も検討していく必要性があると考える。

5)その他 その他、本調査研究における人工知能の課題として、人工知能のケアプランの検証も重要

である。現状では、過去の事例を入力し、サービス量を出力しているが、過去に起こった事

例を使用しているため、人工知能の出力したケアプランを実施し、実際に状態が改善するか

どうかを検証できなかった。このため、人工知能のケアプランが自立支援にどの程度寄与す

るかについての十分な検証も必要であると考えている。また、現在要介護認定を受けている

人に対しそのような検証を行うためには、最新の注意を払って計画を立てることが必要で

ある。今後は、人工知能の作成するサービス量におけるエビデンスを確立するために、研究

計画を立案・実施していくことが必須課題であると考える。また、そのために人工知能の精

度を高めていくことも重要であると考える。 以上により、本調査研究を通して多くの意見交換が行われ、人工知能における導入の可能

28

性と課題に関して多くの課題や改善点が明らかになった。これらの課題を解決すべく、有識

者及び関係機関との連携をとりながら、高齢者の自立支援を促進するために、人工知能の開

発を進めていくことが適切である。 6.今後の方向性 6-1 入出力フォーマットについて 本調査研究では、自立支援を促進するケアプラン策定における人工知能導入の可能性

と課題の検証を目的とし、人工知能を試験的に運用し、その結果について専門職および有識

者と人工知能導入と可能性について議論を行った。 結果、今後解決するべき課題は下記であることが示唆された。

1)自立および自立支援の定義の確立 2)人工知能の思考過程(ブラックボックス)の解明 3)人工知能におけるアウトプットデータ(成果物)の明確化 4)人工知能におけるインプットデータの明確化 5)その他:人工知能の作成したケアプランの検証 1)に関しては、現状では解明不可能であるが、2)によって代替することは可能であると

考える。そこで、下記のフォーマットをアウトプットとして出すこととした(図 12,図 13)。

29

図 12 介護予防サービス・支援計画表

出典:介護予防ケアマネジメント・ケアプラン様式(平成 27 年 6 月 5 日),様式 5, http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/0000091788.pdf

30

人工知能の

出力部分

図 13 生活機能評価表

出典:和光市コミュニティケア会議に使用する様式を一部改変

31

ケアマネジャーの業務の流れは、図 14 のようになる。戸別訪問によって、現在の生活や

家族構成、本人・家族の要望、困っていることに関する情報を集め、課題と目標を作成し、

それに付随したケアプランを作成することで、その人がいつどんなサービスを受けている

かを生活面、給付面で管理している。

図 14 ケアマネジャーがケアプランを作るまで

出典:和光市コミュニティケア会議に使用する様式を一部改変

32

ここで重要なのは、ケアプランを作る前段階の図 12 介護予防サービス・支援計画表・

図 13 生活機能評価表である。収集した情報から今後その人がどうなっていくかを予測し

(予後予測)、課題を抽出することが求められる。つまり、予後予測の妥当性が、サービス

内容や個別プランを決めることになる。考察でも述べているが、ケアマネジャーの課題は

的確な予後予測をどのように行うのかということである。その予後予測を人工知能によっ

て導き出せることが望ましい。そして、そのフォーマットとして、生活機能評価表といっ

た ADL・IADL での予後予測がされることで、今後日常生活において何がどうなるかをイ

メージさせやすくすることが重要である。次に、介護予防サービス・支援計画表(図 12)だが、この表の一部を人工知能で出力することとする。なぜなら、一日の目標、一年後の目

標、本人・家族の意欲・意向、具体策についてなどは、人工知能が判断できるものではな

く、ケアマネジャーの戸別訪問による本人・家族に対するインタビューによって書かれる

べき項目であり、個別性の強い項目であるため、ケアマネジャーが担う役割であると考え

る。ここでいうケアマネジャーのインタビューとは、単に聞き取るということではなく、

本人・家族の言葉から、それがどういうことを意味しているかということや、本人・家族

が「なぜ」「どうして」そのような言葉を発するのかということを本人・家族に深堀りし

ていくスキル(接遇・洞察能力)や、本人・家族が前向きに目標に向かって生活できるよう

働きかけるスキル(エンパワメント)である。インタビュースキルは、言葉だけでなく、表

情やしぐさを観察する高度な技術が要求され、これがケアマネジャーの情報収集能力であ

り、専門性であると考える。 4) 人工知能におけるインプットデータの明確化については、今後検討が必要である

が、図 12 介護予防サービス・支援計画表・図 13 生活機能評価表を作成するにあたり、図

15、図 16 のような書式を想定している。

33

図 15 <参考>インプットデータの書式

出典:介護予防ケアマネジメント・ケアプラン様式(平成 27 年 6 月 5 日),様式 5, http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/0000091788.pdf

34

出典:介護予防ケアマネジメント・ケアプラン様式(平成 27 年 6 月 5 日),様式 5, http://www.mhlw.go.jp/file/06-

Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/0000091788.pdf

35

出典:和光市コミュニティケア会議に使用する様式より引用

36

出典:和光市コミュニティケア会議に使用する様式より引用

37

出典:平成 18 年厚生労働省保健健康増進等研究「介護予防訪問介護による(在宅版)介護予防プログラム開発および 介入・評価の研究」NPO 法人 地域保健研究会/和光市(フィールド提供資料)

38

出典:平成 18 年厚生労働省保健健康増進等研究「介護予防訪問介護による(在宅版)介護予防プログラム開発および 介入・評価の研究」NPO 法人 地域保健研究会/和光市(フィールド提供資料)

39

出典:平成 18 年厚生労働省保健健康増進等研究「介護予防訪問介護による(在宅版)介護予防プログラム開発および 介入・評価の研究」NPO 法人 地域保健研究会/和光市(フィールド提供資料)

40

出典:平成 18 年厚生労働省保健健康増進等研究「介護予防訪問介護による(在宅版)介護予防プログラム開発および 介入・評価の研究」NPO 法人 地域保健研究会/和光市(フィールド提供資料)

41

図 16 生活機能評価表

ケアマネジャー

記載部分

出典:和光市コミュニティケア会議に使用する様式より一部改変

42

以上の情報をケアマネジャーがインタビューで収集してくることにより、アウトプット

として図 12 が出力できると考える。また、アウトプットに対するインプットデータの整合

性の検討を継続して行っていくこととする。

6-2 人工知能の今後の方向性について 本調査研究を通して多くの意見交換が行われ、人工知能における導入の可能性と課題に

関して多くの課題や改善点が明らかになったが、それらの課題や改善点を克服した場合、人

工知能がケアプラン策定において機能することが期待された。これらの課題を解決すべく、

有識者および関係機関と連携をとりながら、高齢者の自立支援を促進するために、人工知能

の開発を進めていくことが望ましいと考えられる(図 1)。

【再掲】図 1 自立支援を促進する人工知能の開発ステップ

人工知能が保険者および専門職の支援ツールとなり、高齢者の元気で自分らしい生活を

可能な限り長く続けることに寄与できるよう、そして本調査研究に協力して下さった先生

方、和光市の専門職の方々のために、誠心誠意取り組んでいきたいと考えている。

43

《引用・参考文献》 1) 三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング(2010), 地域包括ケア研究会報告書 ,p24,

[online] http://www.murc.jp/uploads/2012/07/report_1_55.pdf 2) 日本総合研究所(2012), 介護支援専門員の資質向上と今後のあり方に関する調査研究

ケ ア プ ラ ン 詳 細 分 析 結 果 報 告 書 , pp17-35, [online]https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/pdf/company/release/2012/120509/jri_120509-1.pdf

3) 三浦公嗣(2014)「地域包括ケアシステムを検証する」, NK ニュースレター第 22号,[online] https://nkgr.co.jp/wp-content/uploads/2014/12/NL_Vol.22.pdf

4) 和 光 市 (2015), 和 光 市 長 寿 あ ん し ん プ ラ ン , [online]http://www.city.wako.lg.jp/var/rev0/0032/7688/2015422114540.pdf

資料編

《資 料 目 次》

1. 本調査研究参加者のご意見

西村 周三先生(医療経済研究機構 所長)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 西田 佳史先生(産業技術総合研究所 主席研究員) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7 出江 紳一先生(東北大学大学院医工学研究科)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23 山内 豊明先生(名古屋大学大学院 医学系研究科 教授)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・29 高野 龍昭先生(東洋大学 ライフデザイン学部生活支援学科 准教授)・・・・・・・・・・・・・・・33

1.本調査研究参加者のご意見

1

西村 周三先生 (一般財団法人 医療経済研究・社会保険福祉協会 医療経済研究機構 所長)

2

3

人工知能(AI)を用いたケアマネジメントへの期待を考える 1. はじめに ディープラーニング(深層学習)という手法が開発されるにともない、人工知能のさまざま

な分野への適用可能性に大きな期待が寄せられるようになった。しかし同時にこのことは

多くの人々に不安もかき立てている。数十年後には現在の人々の労働の45~60%が、AIにとって代わられる可能性を示唆する論文が公にされるに及んで、AI に対する期待と、そ

れに伴う不安が高まっている。(オックスフォード大学の研究者である C. B. Frey and M. A. Osborne (2013) の論文参照。) 他方で、OECD のレポートによると、図に示すように、AI による労働の代替は、それほ

ど急激には進まないという研究もある。OECD のレポートは、現状の人々の仕事の遂行能

力に関する、国ごとの調査をもとに、各国で AI やロボットなどの導入による仕事の自動化

が、どの程度になるかを、かなり詳細に検討したものである。(この論文では、前期のフラ

イとオズボーンの論文と異なり、代替される労働を「時期的」にはとらえず、現在の人々の

仕事の遂行能力のうち、現状の技術で自動化される可能性の高いものを検討している。) 考えてみれば、現状では、人々の仕事のあり方は、各国の雇用制度や、労働の成果に関し

ての競争のあり方によって大きく異なる。コンピュータを自由自在に操る人々とそうでな

い人々とがいて、たとえ前者の人が後者の人の代わりに倍のスピードで、何かの仕事を遂行

できるとしても、企業は、前者の人々に支払う賃金が、後者の人々に支払う賃金の倍以上で

あれば、後者の人々をクビにはしない。これが資本主義の基本的な原理である。 これに加えて、解雇に関する規制も、仕事のあり方に大きな影響を与える。資本主義の発

展の歴史を顧みても、簡単には経営者の意のままに、解雇を進めることは、そんなに簡単な

ことではない。 また同業他社と過激な競争をしている場合と、あまり競争がない場合とでも、AI やロボ

ットの導入スピードが異なることは容易に想像される。また、後に詳しく検討するように、

介護の分野などで予想される、人手不足の状態がどのように続くかによって、これらの導入

のスピードは大きく異なることも、十分予想できる。同業者との競争があり、かつ人手不足

の場合には、AI などの導入のための意欲が高まることは十分予想できる。 以上のような論点について、一般企業の従事者を対象とした意識調査などが、たとえば総

務省『情報通信白書』平成 28 年度版などで示されている。同白書は、「人工知能(AI)の

進化が雇用等に与える影響」という節をもうけ、仕事をする人たちの意識だけでなく、雇用

への影響全般についての詳しい検討を加えており、参考となることが多い。 ただそこでは触れられていない論点で、付加的に注意喚起しておきたいのは、「利用者の

満足」という視点である。たとえば現状でも、一見すると同じ介護サービスが提供されてい

るように見えても、事業者ごとで提供される内容は微妙に異なり、人々の満足度がかなり異

なっている。この現実を忘れるべきではない。特に介護の分野は、本人だけでなく家族の満

4

足についても配慮する必要があり、そして AI やロボットの導入が、この利用者満足度にど

のように影響を与えるかは、予断を許さない。仮に介護従事者が、ロボットが提供するサー

ビスより「キメの細かい」サービスを提供しているつもりでも、利用者は、場合によっては、

ロボットによるサービスの方が、満足度を高める可能性もないわけではない。 こういった視点も加味したうえで、AIによるケアマネジメントの開発が望まれる。さら

に次のような点にも検討を加える必要がある。以下節を改めて述べる。

2、不完全なものから始める! AI の実用化は、一気に進むのではなく、いくつかのプロセスを経ることが予想される。

その経過で、もっとも注意すべきことが 2 点ある。一つは「深層学習」に伴う「汎化能力の

欠如」(過学習の問題)である。(これについては、総務省「次世代人工知能推進戦略」(p.76)に詳しい。)人工知能では「モデル」を構築し、これと「学習法」を組合せて利用するが、

モデルが複雑になればなるほど、未知の状況に直面した場合に、対応能力が低下してしまう

といわれる。このため、深層学習により得られる結果が十分でない場合、その理由を説明す

ることが困難となる。 ところが多くの場合、人工知能の開発は、試行錯誤を経て進められべきであるにもかかわ

らず、最初から過大な期待をもって進められる。このため、初期の段階では、利用者の AIに対する不信感から、必要以上に「欠点」に目を向け、これを指摘し、「なぜこういった不

都合が生じるのか?」といった疑問が多く投げかけられる可能性が高い。 こういった難点を克服する方法が、現在数多く提案されており、こういった提案にもとづ

いて、試行錯誤をしていくことが必要あるが、そのためには、利用者(ケアマネージャー)

がそれを「段階的に」受け入れる素地を作らなければならない。潜在的な利用者が、利用す

る前から不信感を持っておれば、スムーズな導入は難しい。AI に仕事が奪われるのではな

いかと心配する利用者の心配を払しょくすることから始めるべきであろう。 介護の分野では、今後人手不足が予想される。ケアマネージャーにとって、AI が補助的

な手段として活用されることを目指した開発の方が、開発の、より早道となるかもしれない。 あわせて、実際の利用者(最終的なケアの利用を求める人たち)を巻き込んだ実験が好ま

しいであろう。なぜなら、ケアマネージャーと介護の利用者との共同作業がなければ、AI を利用するにさいして、相互の不信感が増すことも予想されるからである。

5

1. OECD(2016) ”Automation and Independent Work in a Digital Economy“, Policy Brief

on The Future of Work, OECD Publishing, Paris 2. C. B. Frey and M. A. Osborne (2013) ”THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?September 17. 3. Arntz, M., T. Gregory and U. Zierahn (2016), “The Risk of Automation for Jobs in OECD countries: A Comparative Analysis”, OECD Social, Employment and Migration Working Papers, No. 189, OECD Publishing, Paris,http://dx.doi.org/10.1787/5jlz9h56dvq7-en.. 4. 総務省「次世代人工知能推進戦略」

http://www.soumu.go.jp/main_content/000424360.pdf

6

7

西田 佳史先生 (産業技術総合研究所 主席研究員)

8

9

1.介護・福祉分野における人工知能・IoT の活用の可能性 ~生活機能レジリエント社会の構築に向けて~

1)はじめに

生活機能レジリエント社会が求められている。高齢社会(認知症社会)が進むに伴い、

認知機能・身体機能・家族の機能に変化が生じたとき、安全性や高度な社会参加を確保

してくれる社会的・産業的な仕組みが求められている。図 1 は、日本の現在の各年齢の

人口分布と事故発生件数・出産・介護の変化を示したものである。乳幼児期には、心身

機能の急速な発達があり、女性では、妊娠・出産があるし、自身が介護状態になる世代

や、家族や両親が介護状態になる世代があるという具合に、実は、自身の生活機能や見

守り等に必要とされる生活機能が安定している時期は少ないことを示している。生活機

能の変化という観点から捉え直すと、子どもの成長期,高齢者の生活機能低下時期、こ

れらの変化に対応する子育て世代や介護世代という具合に、多くの世代に跨り生活機能

変化に対応しなければならない社会が到来することを意味している。2015 年に国連で

採択された持続可能な開発のための 2030 アジェンダでも、あらゆる年齢や障害を持っ

た人の安全性確保、サービスへのアクセスの確保、それらに配慮された都市のデザイン

の必要性などが指摘されている。

図 1 年齢と生活機能変化の関係

図1は現在の社会のスナップショットであるが、今後 10 年ほどの短期間を見ても大

きな変化がある。2025 年までに日本の高齢化はさらに進み、団塊の世代が後期高齢者

に移行する。これに伴い生活支援が必要な生活機能低下者が激増する社会を迎える。

2015 年現在と比較すると、後期高齢者は 500 万人、認知症患者も 200 万人増加する。

10

国外に目を向けると、現在、世界経済の牽引役である中国も高齢化に直面し、2030 年

までに 65 歳以上が 16%を占めるようになり、わが国と同様の問題を抱えることになる

と予想されている。これに伴い巨額の社会コストが発生する。例えば、認知症に関して

は、日本の社会コストが既に現在 14.5 兆円と巨額であるが、2025 年には 20 兆円規模、

世界では 2025 年に 160 兆円規模に到達すると予想されている。このように、社会が生

活機能変化への適応力をどう実現するかという課題は、今後ますます大きな社会的課題

となる。生活機能の変化への適応力(レジリエンス)を、個人の努力の問題から脱却さ

せ、社会的な仕組みとして実現することは、新たな成長戦略に繋がる重要課題である。 一方、近年、安価なセンサ、ストレージ、クラウド計算環境などが利用可能になって

おり、最近では、ビッグデータを活用する人工知能も急速に発展してきている。そこで

は、人間が行う見守りや介護に加え、センサや人工知能技術を駆使することで、子ども、

女性、高齢者、障害者といった多様な身体的・認知的機能変化に柔軟に適応し、生活者

の能力が最大限惹きだされる「生活機能レジリエント社会」の構築が可能になりつつあ

るように見える。今後10年で、生活機能レジリエンスに関わるニーズをイノベーショ

ンに繋げる新たな産業が大きく発展することが予想される。 本稿では、来るべき生活機能レジリエントを実現する上での課題を整理し、生活機能

レジリエント社会を構築する上で人工知能や IoT がどのような可能性があるかについ

て、筆者らが進めている研究事例を紹介することで提示したい。 2)生活機能レジリエント社会を実現する上での課題 (1) 生活機能多様性・介入ニーズ多様性(One-size-fits-all 問題)

生活機能多様性を扱う必要がある。画一的介入戦略(One-size-fits-all 戦略、または、 Universal 戦略)は、必ずしも効果ではないことが指摘されており、ユニバーサル戦略、

選択的戦略、個別戦略を組み合わせた新たな複合的戦略の必要性が指摘されている。こ

うした複合的戦略に基づく介入のデザインをするためには、どこにどんな問題があるか

基本的理解が不可欠であるが、それが進んでいない。高齢者の機能変化に伴う課題の全

体像の整理と、それに基づいた介入デザイン(Presicion Intervention)が必要である。そ

のための多様な機能の変化とそれに伴う問題をうまく収集可能にする仕組みが不可欠

である。 介護分野で言えば、人出によって One-to-One のサービスを行うことが理想とされて

いるが、実際には、これを行うことは社会コスト上も困難である。かといって、Universalでは、生活機能多様性に対応することはできない。Universal と One-to-one の中間で

ある Precision Care(高精緻介護)とでも呼べる方向が重要になる.人工知能技術によ

って、的確に生活機能多様性をセグメント化し、各セグメントに合致したサービスを選

択することで、生活多様性と個別適合性を両立できる可能性がある。本老健事業もここ

を切り拓かんとする試みと位置付けられる。

11

(2) 有効性と実効性かい離問題(Efficasy-Effectiveness) 様々な介入が提案されるが、実験室やある条件下で有効性(Efficasy)があった方法

が、地域や社会で実効性(Effectiveness )がなく、社会インパクトに繋がらないケー

スが多いことが指摘されている。これは、地域社会や個々の生活という複雑システムの

理解が不十分であり、複雑システムに組み込む際にエラーが生じるという問題である。

最近では、小さく始めるアプローチ(Incrementalism)の限界と、初めからスケールす

るようにデザインすることの(Big Change)必要性が指摘されている。介入効果の評

価と持続的な改善を行う仕組みを個々の生活や施設において実装し、個人の生活・施設・

地域の持つ生活複雑システムで実効性を持つ介入の設計・評価方法が必要である。 (3) 生活データ断片性・支援サービス断片性 (Fragmented Living/Service 問題) 生活に関係するデータ(疾病、生活機能、使用している薬剤、日々の活動、事故・イ

ンシデントデータ)などは、施設ごと、また、生活ごとに断片化している。これらを共

有することで、高齢者における機能の多様性、それに伴う課題、そのソリューションの

可能性などを整理する必要がある。また、より重要なものとして、毎日の生活における

それらの変化をとらえる方法が必要である。 データ断片性以外に、ソリューションとなるサービス側も断片化している。ステイク

ホルダーや社会資源を、ある共通目的のもとに集合的に用いることで実効性を出してい

く Collective Impact モデルなども提案されているが、これをデータ駆動で進める仕組

みが求められている。 本老健事業では、モデル地域を設定し、ソリューションを開発したうえで、多地域展

開を狙うものであるが、こうしたコミュニティ参加型の研究アプローチ(Community Based Participatory Research)が必須の分野であると考えられる。 (4) プライバシー暴露多様性 個人情報の定義も変化しつつあるが、何より、その暴露に関する考え方が多様である.

これは、プライバシーポリシーにおいても One-size-fits-all 問題があることを意味して

いる。すなわち、共通に定めるのではなく、個人や施設のポリシーに対する考え方の多

様性に応じて、情報を制御する仕組み・技術が必要である。例えば、高齢者の虐待防止

のためカメラ設置に前向きな施設も現れている。 3)人工知能技術/IoT 技術を用いた高精緻介護(Precision Care)の試み (1)テキスト情報処理技術を用いた生活機能多様性を有する人の地域生活支援

本節では、人工知能や IoT がどのような可能性があるかについて、筆者らが進めてい

る研究事例を紹介することで提示する。

12

筆者らの研究グループでは、今までに高齢者の訪問調査を行い、生活状況のデータを

収集してきた。その生活データを、「社会参加」、「体験」、「感情」、「社会参加に関係し

た人・モノ・活動」といった要素の関係性で整理するための記述体系を開発してきた。

具体的には、国際生活機能分類(ICF)をベースに日常生活の記述に必要な要素や体験

の要素を追加し、グラフ構造で表現している。一人の高齢者のある時点での生活データ

を、グラフ構造で表した一例を図2に示す。このように生活全体の構造を、個々の要素

の関係性を含めて把握することが可能である。グラフ構造で表現することで、グラフ構

造分析技術が適用可能で、生活構造の類似度計算や、生活データの検索など、数理的な

扱いが可能となる。このような生活データの記述手法を用いて、70 人以上の高齢者の

生活データのデータベースを構築してきた。

図 2 生活構造データのグラフ構造表現の一例(8)

生活を記述したグラフ構造は、個々のグラフ構造相互の類似度を計算し、生活構造が

類似している人を把握することは可能であるが、そのままでは、複数人の高齢者の生活

構造が全体としてどのような関係になっているのかを把握することはできない。そこで、

複数人の生活構造データを 2 次元空間上にマッピングすることで、生活構造間の関係を

把握可能な手法を開発した。具体的には、編集距離計算手法を用いて、グラフ構造の全

ての組み合わせの距離を算出し、距離行列を作成する。その距離行列を用いて、多次元

尺度構成法を用いることで、グラフ構造を2次元空間上にマッピングした。 この手

13

法を用いて、20 人の高齢者の生活構造を可視化した図3に示す。このように可視化す

ることで、左上部に集中しているグループがあり、ここに存在する生活構造はある程度

類似していることが分かる。また、右端(G15)と下端(G10)にそれぞれ一人ずつの

生活構造が存在しており、他の高齢者とは生活構造が大きく異なっていることが分かる。

例えば、右端の G15 は、「うれしい」と感じている社会参加が多いものの、「かなしい」、

「腹立たしい」、「心配」と感じていることも多い生活構造になっている。下端の G10 は、「さみしい」、「かなしい」、「腹立たしい」といった負の感情が大半を占めている生

活構造となっている。このように可視化することで、介入対象の高齢者とは異なった生

活構造をしている多様な高齢者を見つけ出すことができ、それを参考にすることで生活

を変化させる支援に応用することができると考えられる。 例えば、このような生活構造距離空間(生活構造多様体)を用いることで、生活構造

を変化させて、より良い生活状況に変えるための生活デザインをしていく上で、生活構

造がかけ離れた人の社会参加をいきなり勧めるのではなく、生活構造が近い人の社会参

加をまず勧め、その後に生活構造が変化していれば、新たに生活構造が近い人の社会参

加を勧めるといったことが可能となる。これは、段階的に生活構造を変化させながら、

目標とする生活構造へ近づけていく、もしくは、目標を修正していく科学的な方法であ

り、データに基づいて望ましい生活構造を作り出すプロセス設計の科学的アプローチ

(生活デザインの方法論)につながると考えている。

図3 生活構造パターンの可視化(生活構造多様体)(8)

生活デザインの具体的な方法として、本研究では、自分と類似した生活構造を持つ人

が利用しているサービスのうち、生活改善に役立ったサービスを探してくれる機能を開

発した。図4では、ある高齢者の生活構造データ(80歳女性)を読み込み、それと類

似した生活構造を持った高齢者を探し、その高齢者がうれしかったこと探し出している

ソフトウェアを示している。

14

ここでのサービスとは、公共サービス、民間事業者のサービス以外に、孫や家族がや

ってくれたこと、隣人がやってくれたことを含めた広義のサービスである。高齢者の生

活と、自助・共助・公助との関係を構造的に把握することができ、これらを総合的に活

用するうえでも、こうした記述体系や処理体系が有用であることも示唆された。 現在、自治会や地域包括支援センターと協力し、生活デザインの支援技術と地域地図

とを組み合わせ、それらを社会参加を向上させるために活用する活動を通じて、データ

の蓄積と支援技術の検証を進めている。図5は、地域に眠っている社会参加の場を、高

齢者が地図に書き込み、見える化する作業を行っている様子である。このような作業を

通じて、自治会、包括支援センターなどの社会にすでに存在しているリソースをうまく

活用し、高齢者個人の生活状況に合わせた高度な社会参加支援を地域実装することも着

手可能になりつつある。

図4 膨大な生活データと生活幾何演算に基づいて生活デザインを支援するソフトウ

ェア(デジタル水晶玉)

15

図5 地域包括支援センター・自治会と連携した社会参加支援のための地図づくり (2) 介護施設の IoT 化による高精緻介護(Precision Care)の試み

90 年代には、ユビキタスコンピューティング、もしくは、アンビエントコンピュー

ティングなどと呼ばれる分野に、大きな投資が行われ、研究分野としては一時期活性化

されたのにも関わらず、結局、大きな産業には育たなかった。その原因は、その時代の

ニューノーマル(それに裏打ちされた社会の意識)、技術レベル、社会の仕組みがうま

く噛み合わなかったことにある。一方、そのような観点でそれから 20 年後の現代を見

渡してみると、社会状況や技術は大きく変化しているように見える。例えば、認知症の

問題や徘徊の問題は 20 年以上前からあったし研究も行われていたが、問題の社会的イ

ンパクトとそれに対応する技術の両面で限界があったように感じる。 図6に Google Trend を用いて認知症を検索した結果を示した。縦軸は、Google 検索

が行われた総数に対する相対値を表しており、ある特定のキーワードの関心の高さ(ネ

ットにおける存在感のようなもの)を見る上で参考になる指標である。この図は、認知

症に対する社会的関心が大きく変化していることが分かる。平たく言えば、従来も取り

組まれてきた同様の問題に対して、新たな技術を導入し、再度トライしてみるのに良い

時期が到来しているように見える。

16

図6 Google Trend で「認知症」を検索した結果

冒頭でも述べたように、今後、子どもや高齢者で顕著な事故の問題、認知症の問題、

介護の問題などが大きな社会問題・経済問題となる一方で、この問題が市場でのソリュ

ーションで解決可能な対象として認知されていくことで社会の「大きな意識変容」が起

こり、治療・介護から予防へのパラダイムシフトが加速する。例えば、浴室での溺水・

ベランダや階段からの転落・熱中症・誤飲・熱傷などの見守り機能、住宅における健康

モニタリング機能、高齢者を社会参加させ健康増進と介護予防を図るサービスなどに対

して大きなニーズが生まれる。これに伴って、スマートホーム(特に、安全・健康分野)

は、現在普及している比較的住宅内に閉じたセキュリティ機能に、新たに、事故予防な

どのセーフティ機能が加わる段階を経て、さらに、上述したようなコミュニティ内の多

様な社会資源と連携して生活デザインを支援する機能の段階へと発展していくと考え

られる。 筆者らの研究グループでは、高齢者個人に適合した事故予防や異変の早期発見を目的

として、老人ホームと連携プロジェクトを推進している。図7は、ウエアラブルセンサ

の一種である靴埋め込み型のビーコンを用いて認知症高齢者の位置を計測し、行動把握

をするためのシステムを示している。こうしたセンサを用いることで、歩行パターンの

変化を知ることができる。図8は、長期間のモニタリングを行うことで、歩行パターン

の変化が検出された事例を示している。図8では、45日間の認知症の高齢者の歩行を

モニタリングした結果である。途中で歩行量が大幅に低下していることが分かる。この

低下の要因は、転倒によって体に異変(この場合、骨折)が起きたせいであることが後

日判明した。この事例は、センサを導入することで、個人ごとに定量化することが可能

となり、人が見つけられないような変化を的確に見つけられることを示唆している。

17

図7 見守りのための屋内靴型ロケーションセンサ

図8 屋内靴型ロケーションセンサを用いた長期モニタリングの事例 こうしたウエアラブルセンサやスマートフォンなどは、個人毎の情報を集めるのに

適したデバイスである一方、バッテリの使用という大きな課題がある。頻繁にバッテ

リ交換が必要なものは現場ではとても受け入れられない。一方、最近の人工知能技術

によって、人の発見のみならず、人物特定の技術は飛躍的に向上している。これは、

筆者の予想であるが、ノンウエアラブルとでも呼べる方向も出現しつつある。環境に

設置されたカメラ、もしくは、RGBD カメラと人物特定技術とを組み合わせ、ウエア

ラブルセンサのように各人が携帯する必要はないにも関わらず、一人一人の長期モニ

18

タリングを可能にする方法である。そのような試みを始めている施設もある。 図9、図10は、RGBD カメラを用いて個人毎の歩行状態の日内変動をモニタリン

グしている例である。この高齢者の場合は、朝に歩行速度が低下する傾向があり、歩

行状態が同じ日であっても大きく変化していることが分かった。

図9:ノンウエラブルセンサ(RGBD カメラ)設置の様子と歩行状態の計測 (左:RGBD カメラの設置の様子、右:特定の人の歩行状態のモニタリング)

図10:ノンウエラブルセンサを用いた施設内の歩行状態のモニタリングの結果

(特定の人の歩行状態の日内変動) こうした個人毎の見守り機能に関しては、施設から以下のようなコメントが得られ

ている。

19

1. 人の情報伝達では正確さにかける可能性のある事象が映像に残ることで正確な情

報共有ができる(職員間の申し送りの際に活用できる、など)。 2. 介護現場のモノや人のポジショニングについて、教材ではなく実際の現場を映像

で見ることで職員の意識変容が起き、危機管理等の教育の質を高められる。 3. 人の目が行き届かない場所(死角)で何が起きていたかを映像で知ることがで

き、即日対応をすることができる。 4. 高齢者の歩行状態について、日内変動がわかることから、内服薬や精神状態(認

知症)、排泄状況、疼痛出現などとの関係性をさぐることができる。薬物(睡眠剤

など)が転倒の原因になっていると指摘されているが、従来、パーソナルなコン

トロールを支援するツールがなかった。 5. 高齢者のプロファイルと紐づけて管理することで、どのようなプロファイルの高

齢者がどのようなリスクを抱えているかが一目瞭然となり、高齢者のセグメント

化(群別対応)が可能となり、より適切な介護を提供できる。 6. 個人毎の日内変動、長期トレンドが把握できることは、介入の必要性の検討、介

入の効果評価につながる。介護の「システム科学」のツールになりうる。

最近では、高齢者の虐待の問題とも相まって、センサの導入に関してポジティブな

施設や利用者が増えていると聞いている。人出のみに頼ったのでは不可能なきめ細かい

モニタリングにおいて、今後、大きなニーズが発生すると考えられる。一方でプライバ

シーの議論は相変わらずなされているが、ナイーブなプライバシー議論を超えたものに

していくためには、どのようなセンシングによって(したがって、どのようなプライバ

シーの暴露によって)、どのようなサービスが可能になるのか?のバリエーションを準

備し、利用者の状況や要望に応じて利用者が選択可能なものにしていくことが大切であ

ろう。 4)おわりに

本稿では、あるべき社会としての「生活機能レジリエント社会」とその課題や老健事

業の位置づけを述べた。また、課題解決に向けた人工知能技術や IoT 技術の活用可能性

について、筆者らが進めている研究事例を紹介することで例示した。 生活機能多様性に伴う課題の解決には、知性側も多様性で対応することでイノベーテ

ィブなソリューションを見つけていくことが求められよう。今日、問題・データ・知性

が遍在する社会が到来している。センシング技術や記録技術の発展とその社会への浸透、

様々な機関で蓄積されているビッグデータの存在がある。また、最近では、人工知能な

どのデータ分析技術といった人間以外の知性も発展してきている。人側も高い知性を持

った人材が、例えば、大学や行政機関などの狭い分野に集まっているわけではなく、様々

なセクション、機関(介護現場)、地域、企業などに高度に分散された高度な知性遍在

20

社会を形成している。一方で、様々な社会問題が新たな問題として常態化している。ニ

ューノーマル化した問題に対して、現代社会のもう一つの特性であるデータ・知性の遍

在性を活用することで、それに対応した進化した社会へと「変えられる化」する社会変

換作業が、今日必要とされているイノベーションの姿である。今後、これら様々な知性

の協業(人と人工知能の協業)が課題解決のシンギュラリティ(爆発的飛躍)を起こす

ことに期待したい。 参考文献 1) 国際連合広報センター, "我々の世界を変革する:持続可能な開発のための 2030

アジェンダ" (2015) 2) Winston FK, et al.,"Precision Prevention," Inj Prev,Vol 22 No 2, pp.87-91,

April 2016 3) L.W. Green, "From research to “best practices” in other settings and

populations," Am J Health Behav, Vol. 35, pp. 165–78 (2001) 4) Dale Hanson, John P Allegrante, David A Sleet, Caroline F Finch, "Research

alone is not sufficient to prevent sports injury," British Journal of Sports Medicine, Vol. 48, No. 8, pp. 682-684 (2012)

5) J. Kania, M. Kramer, "Collective Impact," Stanford Social Innovation Review, pp. 36-41 (2011)

21

2.老健事業における人工知能の現状の問題に即した可能性や課題 図1は、公衆衛生の分野で、Hanson らが提案しているもので、実効性のある介入(技

術開発)をどう進めるかを示したフロー図である。技術開発を現場と独立で行っても、

役に立つもの、実際に現場が使ってくれるものにすることは難しく、1)研究者(コン

テンツの専門家)、2)臨床家・実務家・政策決定者(プロセス専門家)、3)対象コミ

ュニティのメンバー(コンテクスト専門家)の協業が必須であることを指摘している。

これは、人工知能技術の提供についても当てはまる考え方であろう。 本老健事業では、まさに、このような体制づくりが行われ推進された。研究者は、国

内だけではなく、海外も巻き込んだものとなっており、多数の実務家、自治体関係者が

加わった体制であった。実際に機能する技術開発には、図1のループを今後、何周もす

る必要があろうが、今回の事業で短期間ながらも次の繋がる体制作りができた点が良か

ったと考える。この中で、いくつか実際のニーズなども明確になってきた。以下にいく

つか列挙する。 良質なデータベースの構築とデータの質の検討

人工知能技術、特に、機械学習では、教師データを含む良質なデータベースの

構築が不可欠である。それには、体制づくりの側面と、予測精度が高まりそう

な項目の選択・拡充の作業の面の両方が必要となろう。 現場にとって有用なアプリケーションの短期・中期・長期にわたる目標の設定

今回扱った介護リソース割り付けの問題以外にも、人の多様性(生活機能多様

性)の全体像の把握支援(人のクラスター分析(セグメンテーション)など)

や予後予測など、いくつか現場にとって有用な応用が明らかとなってきた。こ

うした有用なゴールをいくつか設定し、短期・中期・長期にわたる課題設定を

行うことも重要である。 データサイズに応じた適切な人工知能技術の採用

機械学習にはいくつかの種別があり、データサイズが大きなものを必要とする

技術からそうでないものまでさまざまである。今後、データサイズに応じて予

測精度が出しやすい技術を選択していくことが必要であると考えられる。 人工知能技術を活用する人材育成

実際に活用してくれる現場スタッフを育てることも課題である。現場側から新

たなアイデアがもたらされることも多く、人材育成と新規技術課題の抽出は表

裏一体であろう。 今後、このような三位一体の体制を維持し、良質なデータベースを構築すること、仮

説・検証を繰り返しながらデータを拡充すること、データサイズに応じた適切な人工知

22

能技術の投入、現場にとって有用なアプリケーションの短期・中期・長期にわたる目標

の設定・改善などを行うことで、現場のとって有用なツールとなり、現場と一緒に成長

する人工知能技術開発の新たなモデル提示に期待したい。

図1:実効性のある技術開発・社会実装の進め方(文献より引用)

参考文献 1) Dale Hanson, John P Allegrante, David A Sleet, Caroline F Finch, "Research

alone is not sufficient to prevent sports injury," British Journal of Sports Medicine, Vol. 48, No. 8, pp. 682-684 (2012)

23

出江 紳一先生

(東北大学大学院 医工学研究科 教授)

24

25

老人保健事業における人工知能(AI)の現状の問題に即した可能性と課題 1.現状の問題 老人保健事業(以下、老健事業)の目的は、高齢者がそれぞれの地域でその人らしく生活し

続けることを、地域の人的・物的資源と地域住民の意識・行動により支えることである。当

事者の立場からみたときには、次のような問題が聞かれることがある。 1)支援へのアクセスの仕方が分からない。 2)支援の内容とその意味が分からない。 3)「してもらうこと」と「自らすること」の境目が分からない。 4)何を目標にしたらよいのかが分からない。 5)支援が「生きがい」につながらない。 医療と福祉というおおまかな言葉は知っていても、介護予防や自立支援のサービスは、突然

当事者になった場合にどのようにアクセスすればよいか分からない、あるいはそのような

サービスがあることを知らないかもしれない。「最近膝が痛くて外に出るのが億劫になった

けれども病院に行くほどではない」から「夫が脳出血で倒れ、医師から寝たきりになると言

われた」まで、当事者がおかれた状況は様々であり、医療・福祉サービスの提供には、それ

ぞれに疾病と障害に対する高度に専門的な知識が求められる。臓器別縦割りの医療ではす

べての疾病や障害に対応することが困難であり、ワンストップの窓口がハブとなって多職

種とつながるような人材や仕組みが必要である。また、提供される「訓練」や「作業」が利

用者自身の課題とつながらなければ、利用者の「活動・参加」を向上させることは難しい。

すぐれたコーディネータは、特定の領域の医療・福祉の専門的知識とは違う、専門家同士を

つなぐ知恵と利用者とサービスをつなぐ知恵を持っている。 一方、サービス提供者の立場からみたときには、次のような問題がある。 1)利用者の問題点をどのように評価したらよいのか分からない。 2)問題点の重要度が分からない。 3)限られた介入資源の選択・組合せ・活用順序が分からない。 4)介入の開始時期と終了時期が分からない。 5)利用者の主体性を高める方法が分からない。 熟達した臨床家は自然な会話の中から利用者の needs(欲求)を引き出し、利用者自身の言

葉で目標を語らせ、多様な選択肢の中から利用者が選びやすい提案をすることができる。そ

26

して、利用者の僅かな変化に気づき、利用者が目標と生きがいに近づくようフィードバック

し、目標を達成すれば介入を完了する。逆に、経験の浅い臨床家は、利用者の機能のみを評

価し、自分が設定した目標を伝え、必要と考えるサービスを提示し、大きな変化がなければ

現状の介入を維持し続ける。熟達した臨床家には、当事者とサービス提供者のそれぞれの問

題を解決する知恵がある。なお、ここでいう臨床家とは、医療専門職に限定せず、事務職を

含め利用者と直接的に接する全ての職種を指す。 2.現状の問題に対する AI の可能性と課題 AI は、上述のコーディネータの知恵と熟練した臨床家の知恵を補完・代替すると期待され

る。具体的には次のような機能を持つようにデザインされることが求められる(図)。

1)利用者の「苦痛」、「困惑」、「不安」などを明確に記述された needs(欲求)に変換する。 2)AI との対話により利用者は自らの目標を明確にし、AI は利用者が決めた目標を常にリ

マインドする。対話においては、利用者の言語(verbal)だけでなく、非言語(non-verbal)の情

報も取得する。 3)利用者の普段通りの活動の計測データを活用する。

27

4)利用可能なサービスの選択肢を、利用者の欲求のレベルや機能水準ごとのカテゴリに分

け、構造化して提示する。 5)利用するサービスの組合せについて最適な初期設定が可能であり、利用者の取組みや変

化に対して明確なフィードバックがなされる。 現在、上述の5)に書かれた「最適な初期設定」を目指した研究が行われているわけである

が、言語的に記述された needs と非言語情報の両方、ならびに普段通りの活動の計測デー

タが「最適な初期設定」に利用されるべきであろう。たとえば、熟練した医師は、患者の漠

然とした不安を解決可能な課題として記述し、患者の「目の力」や普段の動きの質を予後予

測因子として無意識に採用している。また、老健事業のプロセス全体の中で考えると、利用

者自身の主体的な取組みを支援することが重要であり、そのためには変化や目標からの隔

たりをフィードバックする機能も必要である。 AI は老健事業に関わる人材を排除するものではない。逆に上記の AI の開発は老健事業の

人材を飛躍的に有能にすると思われる。AI の開発にあたっては、機能だけではなく、これ

まで人間が慣れ親しんできた道具や慣習との整合性にも配慮する必要がある。そして AI を使う人間がAIの学習に関与することにより、老健事業の現場にAIがスムーズに導入され、

介護にイノベーションをもたらすものと思われる。

28

29

山内 豊明先生 (名古屋大学大学院 医学系研究科 教授)

30

31

AI の可能性 AI のしていること:deep learning 人間の経験知:やはり deep learning 先人が時間をかけ経験で蓄積した「何か」がある。普段の多くの場合この「何か」に基づ

いて様々な判断が行われており、その成果も概ね適切なことへと繋がっている。つまり、あ

る意味で結果オーライ的なものとも言えよう。 この「何か」自体は必ずしも言語化できていないし、この先もできないかもしれない。し

かし現実には適切な解は与えてくれる。ちょうど、中が見えないブラックボックス(black box)のようである。このようにブラックボックスに基づいてことを進めることを「エビデ

ンス(evidence)=「証拠」に基づく」としている。 一方で「根拠」をラッショナル(rational)と表現し分けるのは、言うなればブラックボ

ックスではなく、シースルーボックス(see-through box)に基づく場合である。道筋が人

間の理解で追え得るものと見做した場合のことである。 根拠に基づいて結果として現れることを予測し示すことはできようが、逆は必ずしも言

い切れることではない。証拠は証拠でありながらも、それらから根拠レベルまで可視化でき

ていないことは数多くある。現実の営みは、この証拠に基づいているものがむしろ大半を占

めているとも考えられよう。 証拠なく根拠は導けない。しかし証拠を証拠のままで終わらせずに根拠のレベルに仕上

げていく営みが研究であり、換言すれば研究とはブラックボックスの透明化作業のことと

も言えよう。 目の前に動く物体が現れた時に私たちは、それがボールなのか、犬なのか、はたまた猫な

のかは容易に分かる。しかし、それがどのようにして判別できたのかは説明仕切れるであろ

うか。多くの場合、説明することは難しいが、結果として正しく判別しているのである。こ

の適切な結果を導いた元となるものは、生まれてからこれまでいろいろなものを数多く見

たという経験の蓄積によるものであろう。 AI による deep learning はこのプロセスを再現化しているのである。これまでは一個人

が何年もかけて蓄積した情報をインターネット等により迅速かつ膨大な情報収集をするこ

とができようになった。人間の脳が持つ記憶容量に匹敵する記憶デバイスが開発改良され

てきた。さらには人間の中枢神経系の処理能力に勝るとも劣らない程にコンピュータ処理

能力が向上してきた。これらにより一個人による経験知の形成を機械によって行うのであ

る。 一個人の経験知であるならば、その「所有者」に付随するものであり、その個人とともに

失せていくものである。これまでの根拠を求める可視化を主軸とする研究という営みにお

32

いては、その所有者が消えても、そこで見出された道筋を残すことで、継承していくという

ものである。これによって継承はなされ得るかもしれないが、あくまでも可視化した時点で

の固定化した道筋である。道筋を見出す手法そのもの自体が可視化され再現できるように

しない限り、過去の蓄積から脱皮できないという限界に突き当たる。 AI はここにも新たな可能性を与えたと言えよう。活きているコンピュータを使えば成長

し続けることができるのである。すなわち新たなデータを投入し続けることで、適応範囲を

拡大させ精度を高めるばかりでなく、時代に応じた最適解を常にアップデートし続けるこ

ともできるのである。 これからも理屈を希求する人間の好奇心はなくなることはないであろう。根拠を持って

説明することは、その適応能からしても、これからも有効な手段であろう。その一方で人類

が新たに手に入れた AI という手段は、これまでにない可能性を与えてくれるものと期待し

ている。

33

高野 龍昭先生 (東洋大学 ライフデザイン学部生活支援学科 准教授)

34

35

1.本事業における人工知能の考え方 (1)介護保険制度における居宅介護支援事業(ケアマネジメント)の課題 介護保険制度における居宅介護支援事業(以下「ケアマネジメント」)に対しては、とり

わけ 2010 年度以降、さまざまな課題が指摘されている。それ以前の指摘は、作成される居

宅サービス計画(以下「ケアプラン」)による利用サービスがその居宅介護支援事業所と同

一法人の事業所に偏っているという「公正さ・中立性」を問うもの1)がほとんどであった

が、この頃を境に「課題分析(以下「アセスメント」)の適切性」を多面的に問うものが目

立つようになった。 たとえば、介護支援専門員(以下「ケアマネジャー」)によるケアマネジメントについて

「アセスメントやケアカンファレンスが十分に行われておらず、介護支援専門員によるケ

アマネジメントが十分に効果を発揮していないのではないかという指摘がある」「利用者や

家族の意向を尊重するだけでなく、自立支援に向けた目標指向型のケアプランを作成でき

るようにすべき」などという指摘2)が 2010 年にあった。 また、ケアマネジャーの作成したケアプランを詳細に検討した調査研究3)においては、

「認知症や廃用症候群の事例における利用者の状態像に応じた参考となるケアプランの情

報が不足」「ケアプランの記述方法に捉われ、課題分析が不十分」「情報収集が十分に実施で

きていない」「収集した情報の分析と課題解決の優先順位付けが不十分」「日常生活のスケジ

ュールが記載されていない」など、アセスメントにおける基本的な情報収集が不十分である

ことや、利用者に生じている問題についての要因や解決策に関する分析のスキルが不足し

ていることの厳しい指摘があった。 さらに、この調査研究では「主治医からの情報収集が十分に実施できていない(利用者の

症例名と現在の治療の状況、通院/訪問診療や服薬等の状況の把握、疾患等に伴う生活上の

禁忌/留意事項の把握とサービス内容を検討する際の配慮、改善可能性の高い状態像に対す

る目標設定が不十分)」などの指摘もあり、医療的ニーズや身体面の課題に関するアセスメ

ントが不十分なことが示唆されている。同時にこのことは、ケアマネジャーの約7割を占め

る福祉職(介護福祉士・社会福祉士)4)が必ずしも得意とはしない領域のアセスメントにお

いて、医療職との連携が不十分なままであることも意味している。 このように、ケアマネジメントに関する近年の議論は、ケアマネジャーのアセスメントの

スキル、医療的なニーズに関する多職種連携のあり方などに焦点化されていると言ってよ

い。

(2)ケアマネジメントにおける人工知能の活用の可能性 これらの指摘を受け、2015 年前後からケアマネジャーのスキルの向上のためにさまざな

制度面の見直しが行われた。たとえば、課題整理総括表・評価表の提示と活用促進5)、包括

36

的継続的ケアマネジメント支援事業における地域ケア会議の法定化、いわゆる法定研修の

見直し6)などである。しかしながら、これらはいずれもケアマネジャーの研修や支援体制

を強化するものであり、即効性には乏しい。実際、類似の取り組みは 2003 年頃から繰り返

されてきたが効果は決して高いものではなかった経過がある。 わが国のケアマネジメント・ケアマネジャーに最も欠けているのは「標準化」(同一の専

門性や資格を有している者であれば、業務の遂行あたって共通の標準的方法があり、その結

果も概ね一致し、差異が少ない状態)であろう。この点は、介護保険制度の数回にわたる見

直しの議論のなかで、繰り返されてきた。 前述のような経過から考えると、これをいち早くケアマネジャーにもたらすには、研修体

系や支援体制の強化とともに、実践に際して、一部地域で報告されている先進的なグッド・

プラクティス(以下「GP」:状態像に応じた的確なケアプラン・改善をもたらすケアプラン)

を参考例として示すことが効果的だと考えられる。 たとえば、利用者の個別の属性を分類し、その分類毎に先進事例の GP を紐付けて、改善

の可能性・傾向と、それに効果的なサービス内容を示すといった方法である。 こうした方法は、近年の人工知能(以下「AI」)の発達やいわゆるビッグデータの活用の

進歩をみると、それらが最も得意とするものであり、実現可能性は高いと推測される。 これらの技術革新をケアマネジメントの標準化に活用することで、ケアマネジメントに

指摘される課題に対応することができるとすれば、大きな意義があると考えられる。 《註》 1)『介護保険制度の見直しに関する意見』p52,社会保障審議会介護保険部会,2004 2)『地域包括ケア研究会報告書』p24,三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング,2010 3)『介護支援専門員の資質向上と今後のあり方に関する調査研究ケアプラン詳細分析結果

報告書』pp17-35,日本総合研究所,2012 4)『居宅介護支援事業所及び介護支援専門員業務の実態に関する調査報告書』p66,三菱総

合研究所,2014 5)「『課題整理総括表・評価表の活用の手引き』の活用について」厚生労働省老健局振興課,

2014 年 6 月 17 日付け事務連絡 6)「『介護支援専門員資質向上事業の実施について』の一部改正について」厚生労働省老健

局長,2015 年 2 月 12 日付け老発 0212 第 1 号

37

2.老健事業における人工知能の現状の問題に即した可能性や課題に関して (1)介護支援専門員(ケアマネジャー)の業務の実際

居宅介護支援事業所のケアマネジャーは、厚生労働省令によって、その担当する利用者数

が原則として 35 名を上限とされている。また、得られる介護報酬は、いくつかの加算はあ

るものの、利用者1人あたりの基本報酬が月額 1,042 単位から 1,353 単位(1 単位は原則 10円)と設定されている(2017 年 3 月現在)。これらのことは、ケアマネジメントが労働集約

型のサービスであるとともに、労働生産性を高めることが困難なサービスであることを意

味している。 一方、ケアマネジャーを対象とした調査によると、ケアマネジャーの業務プロセスにおい

て業務負担が大きい業務として次のように報告されている(いずれも複数回答)1)。 ・介護予防支援(要支援者のケアマネジメント) ①初回のケアプラン作成(39.4%) ②医療機関・主治医との連絡・調整(23.2%) ③制度の変更に伴う利用者への説明(22.8%) ④インフォーマルサービス導入のための事業所探し(22.3%) ⑤利用者の状態像等に関するアセスメント(21.4%) ・居宅介護支援(要介護者のケアマネジメント) ①医療機関・主治医との連絡・調整(36.7%) ②指導監査に対応するための諸準備(32.1%) ③利用者の状態像等に関するアセスメント(29.6%) ④制度の変更に伴う利用者への説明(29.6%) ⑤インフォーマルサービス導入のための事業所探し(27.7%)(いずれも複数回答) 介護予防支援では初回のケアプラン作成が最も多く、アセスメントが 5 番目となってお

り、居宅介護支援でもアセスメントが 3 番目となっている。それぞれの指数も決して少な

い数値ではない。 また、同じ調査で、ケアマネジャーの勤務上・業務遂行上の悩みとして次のように報告さ

れている2)。 ①自分の能力や資質に不安がある(44.1%) ②賃金が低い(32.7%) ③研修の参加や課題提出の負担が大きい(19.0%) ④残業が多い・仕事の持ち帰りが多い(15.6%) ⑤兼務業務が忙しくケアマネジャー業務の時間が十分にとれない(12.9%) 業務スキルに不安が大きい一方、そのために増やされた研修についての負担が大きくな

っているという負のスパイラルがうかがえると同時に、労働生産性の低い状況(低賃金・多

忙)に置かれていることもわかる。

38

これらの調査結果からは、ケアマネジャーの支援策として、アセスメントの支援ツールを

示すことで業務スキルの向上を促すと同時に、業務負担を軽減させるような方策を示すこ

との必要性が示唆される。さらに、そのうえで、将来的には労働生産性を高める(担当利用

者数の上限を拡げ、収入を増やす)ことを視野に入れるようなサポート策を考えることも欠

かせないものと思われる。 (2)ケアマネジメントにおける人工知能活用の方向性 前述した GP は先進地で多く蓄積されている。とりわけ軽度者については、機能低下の問

題の起こり方・要因も比較的シンプルで、状態を改善させるための具体的な支援方法もエビ

デンスとともに標準化されつつある。一方で、重度者については状態像も多様で、問題の要

因も複合的である。改善させるための方法も多分野の知見・技術が複合的に求められ、環境・

政策の影響も受けやすい。 また、AI をケアマネジメントに活用する可能性については前述したが、その人工知能は

さまざまな領域で実用化されつつあるものの、未だ発展途上でもあるように思われる。実際、

AI の有識者に対する調査では、現時点で AI の利活用が望ましい分野として最も多く回答

されたのは「生体情報や生活習慣、病歴、遺伝等と連動した、健康状態や病気発症の予兆の

高度な診断」、次いで「路線バスやタクシー等の高度な自動運転」であった3)。病気そのも

のの治療を担うことやAI自体による判断で自在な自動運転を現時点で目指しているわけで

はない。 こうしたことから考えると、AI をケアマネジメントに活用する方向性としては、まずは

軽度者のアセスメントにおいて、個別の利用者ごとに悪化の予兆を示し、それを改善させる

GP としてどういうものがあるかということを示すことから始めることが望ましいだろう。

改善の可能性とそのためのサービス内容を示し、それをケアマネジャーが活用するという

姿である。 ケアマネジャーがそれを数多く経験することで、ケアマネジャー自身のスキルアップに

繫がるようなひとつの教育ツールとしての可能性を探ることが本研究の鍵となる。 それが日常的に業務に活かされるようになれば、業務負担も軽減され、労働生産性の向上

にも繫がる。軽度のケアマネジメントはケアマネジャー自身が AI を活用することで、労力

をより注ぎ込まなければならない重度者に集中することも可能になる。そうすれば、将来的

には担当利用者数を増やす提案もできるかも知れない。 同時に、重度者に関しては、GP の探索・蓄積を行いつつ AI の発展も踏まえ、次の段階

で研究を進めることが妥当と思われる。

39

《註》 1)『居宅介護支援事業所および介護支援専門員の業務等の実態に関する調査研究事業報告

書』p43,三菱総合研究所,2016 2)同掲,p44 3)『ICT の進化が雇用と働き方に及ぼす影響に関する調査研究報告書』pp22-23,野村総

合研究所,2017

平成 28 年度 老人保健事業推進費補助金 老人保健健康増進等事業

自立支援を促進するケアプラン策定における

人工知能導入の可能性と課題に関する調査研究

報 告 書

2017(平成 29)年 3 月

発行 セントケア・ホールディング株式会社 住所 〒104-0031 東京都中央区京橋 2-8-7 読売八重洲ビル 5 階

電話:03-3538-2943 FAX:03-3538-2947