Upload
others
View
1
Download
0
Embed Size (px)
Citation preview
“気”の不足による慢性疲労に四君子湯
一時的な疲れ、例えば運動会の後や徹夜の翌日などなら、栄養を補給し、睡眠をたっぷり取れば回復する。しかし、いくら寝ても疲れが取れない、栄養補給しようにも胃腸も弱っていて食欲がない、だるさが続く、集中力に欠ける、微熱が出る、あるいは夏の猛暑の影響で、秋になっても夏の疲れを引きずってバテ気味であるなどの症状が出てくるようなときは、根本的な対策が必要となる。このような、体に根深く染み付いた疲労倦怠感を解消するのに、漢方薬は有効となる。 西洋医学では、疲れへの対処法は、肉体疲労時の栄養補給としてビタミン剤などの内服薬や点滴が主流である。一方、漢方では、一人ひとりの体質や疲れのタイプによって処方を使い分け、疲れの根本的な治療を目指す。 慢性的に長引く疲労倦怠感は、車のエンジン不調に例えて説明できる。車の走りが悪くなったとき、原因として考えられるのは、単純なガソリン不足をはじめ、エンジンそのものの劣化や、潤滑油の質の低下などがある。これらの対策としてガソリンを補給するのが、疲れに対するビタミン剤や点滴による栄養補給に近い。それに対し、潤滑油を交換したり、エンジンの点検をして部品の交換や清掃をしたりするのが漢方薬に当たる。 ビタミン剤などの投与は、あくまでも栄養補給にすぎない。それを何度繰り返しても、体質そのものが強化されるとは考えにくい。ただし、一時的に疲れを取らなければならない場合もあるため、西洋薬と漢方薬を上手に使い分けるとよいだろう。例えば、ドリンク剤を飲んでも一時的にしか元気にならない、ビタミン剤を毎日のように飲むのが習慣になっている、疲れると病院で点滴を打ってもらうことにしている─という
人に、漢方薬は効果を発揮し、喜ばれるかもしれない。
全身の症状・疾患
(1)疲れ1
こう訴えて来局したのは、32歳の男性。痩せ気味で、声が小さく、見るからに弱 し々い印象であった。食欲がなく、時に胃が痛む、便が軟らかい、ため息ばかり出る、などの症状もあった。舌をみると、かなり白っぽい色をしていた1)。 この男性は、「気虚(ききょ)」という証(しょう)に当たる。証とは、一人ひとりの病状や体質のことである。漢方、特に中医学では、まず患者の証を判断し、それに従って漢方処方を決めていくため、証を正確に判断することが、極めて重要となる。 気虚の「気」は、“元気”や“やる気”の「気」で、人の生理機能をつかさどる生命エネルギーに相当する(20ページ参照)。気が足りない、気の流れが悪い、などの言い方をする。この男性はまさに、気が足りない状態になっている。 気虚とは「気が虚(きょ)した状態」、つまり、気の不足により、臓腑の機能が低下したり、免疫力が衰えたりしている状態を指す。気虚になると、この男性のように、疲れやすい、元気がない、気力不足、食欲減退などの症状が表れる。そのほかに、汗をかきやすい、階段などですぐ息切れをする、といった症状もよくみられる。 こうした場合によく使われるのが、人参(にんじん)を配合した漢方薬である。人参は、補気つまり気を補う力が強い生薬で、代表的な処方は四君子湯(しくんしとう)である。消化吸収を促進して「気」を補う。さらに、おなかが冷えて痛む、吐き気がする、などの症状も伴う場合は、胃腸を温める作用もある人参湯(にんじんとう)などを使う。 この男性には四君子湯を飲んでもらった。2週間飲んだ時点ではまだ効き目を感じなかったようだが、4週間目には「おなかの調子が良くなってきた。食欲も出てきた」とのことで、しばらく服用を続けることになった。半年ほど服用した頃には気力が充実し、残業が続いても疲れを持ち越すことなく仕事ができるようになった。
全身の症状・疾患 | (1)疲れ 1
症例1「仕事が忙しくて疲れがたまっており、気力が出ません。残業続きで睡眠が足りず、昼間から眠気との戦いです。休みの日に一日中寝て過ごしても疲れは抜けきらず、月曜日の朝から、既に疲れているような状態が続いています」
1)中医学において、舌の状態をみること(舌診)で得る情報は、体の状態や証を判断する上で非常に重要である。
補気する力が強い生薬には、人参のほかに黄耆(おうぎ)がある。黄耆は内臓だけでなく体表付近の気も補うので、汗をかきやすい、手足がだるい、といった症状の疲れに有効である。代表処方は補中益気湯(ほちゅうえっきとう)である。
気の巡りが悪い疲れや夏ばてへの漢方処方
症例1では、「気の不足による疲れ」について解説した。気は、血液やリンパ液のように全身を巡っていると考えられており、気の量は十分でも、気の流れが悪くなることで疲れを感じやすくなる。このような場合、どのような症状を訴え、どのような生薬が適しているか、実際に症例をみてみよう。
症例2は32歳女性。さっきまで元気に明るく振る舞っていたかと思うと、急に疲れがどっときて、やる気も集中力も低下するようなタイプの疲労である。同時に、疲れからの立ち直りも早いという特徴がある。 この人の場合、疲れを感じない元気なときもあれば、疲れて気力が出ないときもある。これは、「気」の量が不足しているのではなく、気の「流れ」に問題があるといえる。こうした証を「肝鬱気滞(かんうつきたい)」という。気の量が不足して、いつも疲れている「気虚」とは別の証となる。 肝鬱の「肝 2)(かん)」は、五臓の1つである。肝臓ではなく、情緒や自律神経系をつかさどる機能を意味する。その肝の機能が鬱滞しているのが肝鬱気滞であり、情緒の変動が体調に大きく影響したり、
症例2「このところ、疲れやすくて困っています。友人と楽しく食事をしたり、趣味の手芸をしているときには疲れを全く感じないのですが、仕事でパソコンに向かっているときや、通勤で混んだ電車に揺られているときなどに、『ああ、自分は疲れているんだな』と実感します。そういうときは憂鬱感があり、ため息がよく出ます。気力も出ません。最近は、いらいらしやすいとも感じます」
2)肝 肝臓ではなく、体の諸機能
を調節し、情緒を安定させ、血(けつ)を貯蔵して循環させる機能を意味する。肝は五行の「木」に当たり、樹木のように柔軟に体内に広がって諸機能の調節等を行う。
自律神経系が失調しやすかったりする。 肝鬱気滞の場合、気の量に不足はなくても、気の流れが悪いので、生命エネルギーが体全体に行き渡らない。車のエンジンに例えると、潤滑油の質が劣化して車軸や歯車の動きが悪くなり、せっかくの駆動力が、車の滑らかな走行に反映されていない状態を指す。ストレス性の疲労倦怠感ともいえる。 肝鬱気滞証の人には、この女性のような疲れの症状以外に、おなかが張りやすい、便秘と下痢を繰り返す、すっきり排便しない、便が細い、などの消化器系の症状や、頻尿、不眠、月経痛、月経不順などの症状が表れることも多い。 この場合は、気の流れを調えることにより、諸症状を改善していく。代表的な処方は四逆散(しぎゃくさん)である。さらに、この女性のようにいらいらしやすいなど熱っぽい症状があるときは加味逍遙散(かみしょうようさん)などを使う。この女性も加味逍遙散を3カ月ほど服用し、不安定な体調が安定した。
この29歳の女性は、胃腸の調子も良くなく、下痢気味であった。病院で点滴を打ってもらい楽になったが、暑い日が続いて、また同じような症状が出ていた。 夏ばてと一般的な疲れとの違いは、夏ばては一般的な疲れに加えて、夏の暑さの体への負担が大きく、さらに多量の発汗による脱水症状があることである。水には熱を冷ます働きがあるが、多量の汗をかくことにより、熱を冷やす働きが弱まる。その結果、ただでさえ負担になっている夏の暑さの影響を、さらに受けてしまうことになる。かといって水のみを補給すると、電解質バランスを崩し、かえって体調を悪化させることもある。 漢方では、体に必要な液体のことを、血液なども含め、総じて陰液 3)
(いんえき)という。これが不足すると、「陰虚(いんきょ)」という証になる。この女性の夏ばても、陰虚の症状とみられる。
全身の症状・疾患 | (1)疲れ 1
症例3「夏ばてになりました。汗をだらだらかいています。体がほてり、喉が渇いて水を大量に飲みます。めまいや動悸もします」
3)陰液 人体の基本的な構成成分(気・血[けつ]・津液[しんえき]・精[せい])のうちの、血・津液・精を指す。
陰虚に対しては、陰液を補う漢方薬で治療する。滋陰 4)効果の高い漢方薬が有効であり、代表的なものに六味地黄丸(ろくみじおうがん)がある。ただし、この女性のような夏ばての場合は、陰液だけでなく「気」も不足しているため、陰液と同時に気も補う処方がより望ましい。清暑益気湯(せいしょえっきとう)が代表的な処方である。この女性にも清暑益気湯を服用してもらったところ、効果はてきめんであった。
* * * 疲労倦怠感の証には、以上の3つの症例のほかに、「腎陽虚(じんようきょ)」の証もよくみられる。疲労倦怠感というよりは、過労の状態である。長期にわたって疲労感が続き、健康診断などで異常はなくとも、めまいや耳鳴り、腰痛、下半身や手足の冷え、さらに年齢のわりに脱毛が進んでいる場合などは、この証である可能性が高い。この場合は八味地黄丸(はちみじおうがん)などの処方を使う。 「疲れた」「疲れが取れない」と相談に来る人に対して、どのように疲れているのかを詳しく具体的に聴くことにより、その人の証を絞り込むことができる。証を的確に判断して処方を選ぶことができれば、患者の慢性的な疲労倦怠感の解消につながるだろう。
4)滋陰(じいん) 陰液を補うこと。