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73 キーワード学園マンガ,教師自称詞対称詞 要 旨 会話使われる自称詞対称詞は,相手との関係性をよくす。「マンガがもの意識反映して」おり,「アンケートとは視点により,現実反映したイメージがせる」という先行研究指摘け,学園マンガの女性教師自称詞」に焦点て,ジャンル,時代校種担当教科観点から,その影響た。その結果学園マンガに登場する女性教師キャラは「わたし」「あたし」を使用する 2 パターンにきくけられることがかった。それにして少年マンガでは,「あたし」 使用するキャラの割合が,近年になるにつれ減少した。また,中学校高校舞台するものでは上記 2 つが全体9 めているのにし,小学校では「先生」が 3 めていることが特徴的であった。さらに文系科目担当教師は「わたし」4 割弱,「あた し」 6 割弱し,理系実技科目担当教師ではその結果た。 0.はじめに 学園マンガに登場する女性教師の「自称詞」に注目して,学園マンガの教師かれについて調査した。世界であるマンガでは,現実教師生徒関係性 いがれるのではないかとえた。 1.調査概要 1.1. 分析対象・調査方法 山田2004)が対象とした作品 162 え,宝島社『このマンガがすごい!』(20042006 2016 )に掲載された「作品のタイトル」または作品紹介 説明文部分に,【】【先生 (ひらがな・カタカナ表記含む)】【ティーチャー】【教育実習生】【担任 副担任理事長】の単語られたものを抽出し,調査対象とした。さらに 2016 年度田中かり教授特殊研究ゼミナールを受講した学生協力により,対象作品追加した。学園マンガにおける女性教師呼称 ―ジャンル、時代校種担当教科によるい― 河 瀬 結 衣 272 〈研究ノート〉

河 瀬 結 衣 - Nihon Universitydep.chs.nihon-u.ac.jp/japanese_lang/pdf_gobun/158/158_16...75 キャラを広く分析対象としている。そのような調査方針で臨んだ結果として,ここでは

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キーワード:学園マンガ,教師,自称詞,対称詞

要 旨

会話の中で使われる自称詞や対称詞は,相手との関係性をよく表す。「マンガが子どもの意識を強く反映して」おり,「アンケートとは別の視点により,現実を反映した教師イメージが描き出せる」という先行研究の指摘を受け,学園マンガの中の女性教師の「自称詞」に焦点を当て,ジャンル,時代,校種,担当教科の観点から,その影響を探った。その結果,学園マンガに登場する女性教師キャラは「わたし」「あたし」を使用する2パターンに大きく分けられることが分かった。それに対して少年マンガでは,「あたし」を使用するキャラの割合が,近年になるにつれ減少した。また,中学校・高校を舞台とするものでは上記2つが全体の9割を占めているのに対し,小学校では「先生」が3割を占めていることが特徴的であった。さらに文系科目担当教師は「わたし」4割弱,「あたし」6割弱に対し,理系・実技科目担当教師ではその逆の結果が出た。

0.はじめに

学園マンガに登場する女性教師の「自称詞」に注目して,学園マンガの中の教師の描かれ方について調査した。造り物の世界であるマンガでは,現実の教師・生徒の関係性と違いが現れるのではないかと考えた。

1.調査概要

1.1. 分析対象・調査方法

山田(2004)が対象とした作品162に加え,宝島社『このマンガがすごい!』(2004,

2006~2016版)に掲載された「作品のタイトル」または作品の紹介・説明文部分に,【教師】【先生(ひらがな・カタカナ表記含む)】【ティーチャー】【教育実習生】【担任・副担任】【理事長】の単語が見られたものを抽出し,調査対象とした。さらに2016年度の田中ゆかり教授の特殊研究ゼミナールを受講した学生の協力により,対象作品を追加した。重

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学園マンガにおける女性教師の呼称―ジャンル、時代、校種、担当教科による違い―

河 瀬 結 衣

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〈研究ノート〉

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学園マンガにおける女性教師の呼称

複を省いた計276作品のうち2016年6月現在で閲覧が不可能なもの,ジャンルの判断がつかなかったもの,学校の先生ではないもの(マンガ家の先生,塾の先生など)を抜いた少年マンガ78作品,少女マンガ96作品の計174作品を調査の対象とした。一作品について1巻目に登場する教師の自称詞,対称詞を含む全セリフを抜き出しエ

クセルに入力する。しかし,主に話しているキャラがいるコマ中で背景としてのみ登場したり,1巻中1コマのみに登場したりする場合は調査対象に含めない。吹き出し内は,句点で区切れると考えられる文を1文と考え,1つのセルに入力した。吹き出しがない場合はその塊1つを1文とし,2つ以上の吹き出しに1文がまたがっている場合は,つなげて1つとして考えた。なお,以下の分析ではキャラごとのセリフ数ならびに自称詞・対象詞の出現度数が異なるため,観点ごとの比較に際しては主として百分比を用いる。本来,百分比は度数100を超える場合に用いるべきものであるが,学園マンガという条件に合致し,テキスト調査の可能であった作品に登場するキャラの中にはセリフ数の少ないキャラがどうしても出てくる。そのようなキャラを捨象すると分析対象キャラ数が激減し,各観点での比較が困難になる。サンプル数の少ないケースに百分比を用いることの問題は認識しつつも,本稿では条件に合致し調査可能であったキャラすべてを分析対象とすることによって,サンプル数の少ない場合も一律百分比で比較することを優先する。

2.女性教師の自称詞

女性教師は少年マンガで29キャラ,少女マンガで38キャラ登場した。以下では,その計67キャラのセリフの中に出てきた自称詞を含んだ986のセリフの分析を行った。観点別分析において詳細を述べるが,「役割語」の主要な要素(金水敏 2003)である

ことからも明かなように自称詞はキャラ造形に大きく関与する。本稿では条件にかなう

図2.1. 女性教師の自称詞(全体)(n=986)

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キャラを広く分析対象としている。そのような調査方針で臨んだ結果として,ここでは学園マンガに登場する女性教師キャラ全体としての自称詞出現傾向を把握しておきたい。

図2.1は,女性教師全体の使用した自称詞の割合を示している。なお,今回の調査では,自称詞を「わたし」「あたし」「ぼく」「おれ」「先生」「その他」の6つに分類している。「私」の漢字表記については「わたし」に分類する。これは,女性が普段使う自称詞として「わたくし」より「わたし」が多いという尾崎喜光(1995)の結果を踏まえている。「私」と漢字で表記している場合,多くの読者が自然と「わたし」と読み,作者が「わたくし」と読ませたい場合にルビを振ったり,ひらがな表記にするだろうと考えたからである。女性教師全体でみると,「わたし」が約50%を占めており,次いで「あたし」が多い。一般的に使われる自称詞が9割以上を占める結果になり,これは男性教師にも同じような傾向が表れている。男性教師は,「おれ」のみで6割を占めていて多く,それ以外は約10%で「ぼく」「先生」「わたし」を使っていたが,女性教師の場合は,よく使う自称詞が「わたし」「あたし」と2種類あり,それ以外に10%未満で「先生」があげられ,男性教師の自称詞の使い方と違う傾向が現れた。以下,2.1から主に「わたし」「あたし」について,必要に応じて「先生」について分析を行う。キャラの自称詞の出現数については,各作品とも1巻分を調査対象にしたためそれぞれ異なっている。1巻ごとの最大出現頻度は「わたし」少年マンガ58,少女マンガ63,「あたし」少年マンガ44,少女マンガ36,「先生」少年マンガ5,少女マンガ8で,

最小値はすべて0である。

2.1.ジャンルによる比較

まずは,対象の女性教師を少年マンガ,少女マンガのジャンルに分けて比較した。

図2.1.1. 女性教師の自称詞(ジャンル別)

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学園マンガにおける女性教師の呼称

少年マンガでは,「ぼく」「おれ」が観察されている。「ぼく」は,あらゐけいいち「日常」(『少年月刊エース』2007~2015)のキャラが1回,「おれ」は,えびはら武司「まいっちんぐマチコ先生」(『少年チャレンジ』1980~1982(以降さまざまな雑誌で単発掲載))の麻衣マチコが1回使用したのみの事例である。主人公の麻衣マチコが,男になってしまったという設定のため,男ことばである「おれ」を使った。そのため,ほとんどの教師は使わず(使った女性教師キャラも普段から使っているわけではない),特異な例だと言える。

少年マンガ,少女マンガともに,「わたし」が多く,その次が「あたし」である。「わたし」に関しては,少女マンガの方が7.4ポイント多く,「先生」に関しては,5.3ポイント少年マンガの方が多い結果になった。以下,「わたし」「あたし」「先生」について,キャラごとのそれぞれの自称詞の出現率の図を示す。キャラごとの自称詞出現率は,そのキャラの自称詞出現度数のうち,「わたし」「あたし」「先生」の出現率である。図2.1.2~図2.1.4の左側に,キャラ番号,キャラ名,ジャンル(□が少年マンガ,☆が少女マンガ),当該自称詞の出現数 /そのキャラ

の自称詞のすべての出現数を表した。「わたし」を使用したキャラは少年マンガで55.2%の16キャラ,少女マンガで55.3%

の21キャラだった。どちらのジャンルでも,キャラ全体の50%強が「わたし」を使用している結果になり,特に使用するキャラの割合には違いがなかった。しかし,その出現率には大きな差があった。100%「わたし」のみを使用したキャラは少年マンガでは13.8%,少女マンガ28.9%だった。少女マンガのキャラの方が「わたし」を固定して使うキャラが3分の1ほどで,少年マンガでは,他の自称詞も使用しつつ,「わたし」を使用するキャラが多いことが言える。図2.1.3には,「あたし」を使用しなかったキャラは示していない。少年マンガでは

37.9%,少女マンガ57.9%のキャラが「あたし」を使用した。少女マンガの方が「あたし」を使用するキャラが多いことが分かる。また,少年マンガでは13.8%,少女マンガでは28.9%のキャラが「あたし」のみを使用した。しかし,出現率に注目すると,出現率約40%以下には少女マンガが集中している。「あたし」に関して,「あたし」を使うキャラ

えびはら武司「まいっちんぐマチコ先生」(『少年チャレンジ』1980 ~1982)【少年マンガ】

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図2.1.2. 女性教師のキャラ別自称詞(ジャンル別)の「わたし」の出現率

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学園マンガにおける女性教師の呼称

の割合は少女マンガの方が多く,また,「あたし」のみを使用するキャラも少女マンガの方が多いが,その1キャラそれぞれの出現率を見ると,少年マンガの方が高いと言える。

少年マンガでは,「あたし」をメインに使うが他の自称詞も用いるキャラが多く,少女マンガでは他の自称詞を主に使っていて,ときどき「あたし」を使用するキャラがいるということが言える。少年マンガでは65.5%,少女マンガでは23.7%のキャラが「先生」を使用した。自称

詞を「先生」しか使用しなかったのは6キャラとも少年マンガのキャラであった。女性教師の「先生」の使用は,少年マンガの方が観察しやすいことが言える。これは,少年マンガでは,女性教師が「みんなの憧れとしての先生」として描かれており,「先生」という立場を示しているためだと考えられる。

図2.1.3. 女性教師のキャラ別自称詞(ジャンル別)の「あたし」の出現率

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図2.1.4. 女性教師のキャラ別自称詞(ジャンル別)の「先生」の出現率

巣山真也「学校のせんせい」(『ガンガンONLINE』2009 ~2011)

【少年マンガ】

えびはら武司「まいっちんぐマチコ先生」(『少年チャレンジ』1980 ~1982)

【少年マンガ】

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学園マンガにおける女性教師の呼称

2.2. 時代による比較

女性教師の登場した作品を1960年代から10年単位で区切って分類し,比較する。どの時代でも,「わたし」「あたし」が80%から90%ほどを占めていて,しかし,「わ

たし」「あたし」の割合は,時代ごとに大きく違う。各時代で,「わたし」が増加しているのか,「あたし」が減少しているのか,以下で分析を行いたい。図2.2.2,図2.2.3の左側に,キャラ番号,キャラ名,時代(60が1960年代,70が1970年代,

80が1980年代,90が1990年代,00が2000年代,10が2010年代),当該自称詞の出現数 /

そのキャラの自称詞のすべての出現数を表した。また,上段が少年マンガ,下段が少女マンガの結果である。これは,以下他の図でも同様である。

表2.2. 女性教師のキャラ数(時代別)

図2.2.1. 女性教師の自称詞(時代別)

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「わたし」に関して,少女マンガの方がその出現率が高いことが分かる。少年マンガでは,高いキャラも多いが,出現率が低いキャラも目立つ。それぞれの時代別に使用したキャラの割合は,2010年代では73.3%(少年マンガ55.6%,少女マンガ100.0%),2000

年代では55.0%(66.7%,45.5%),1990年代は35.7%(33.3%,36.4%),1980年代以前は50.0%である。1990年代以前はキャラ数が10未満なので,1990年代以降で比較すると,徐々にその使用キャラ割合が増えている。しかし1キャラの「わたし」出現率を見ると,

図2.2.2. 女性教師のキャラ別自称詞(時代別)の「わたし」の出現率

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学園マンガにおける女性教師の呼称

2000年代がキャラごとに出現率にバラつきがある。2010年代は少年マンガ22.2%,2000年代45.0%(少年マンガ11.1%,少女マンガ

72.7%),1990年代71.4%(66.7%, 72.7%),1980年代少年マンガ100.0%,1970年代77.8%(100%,75.0%)で,全体的な傾向としては,近年になるにつれ,「あたし」が減少していることが分かる。しかし,時代によって少年マンガ,少女マンガにあったりなかったりする結果になってしまったため,ジャンル別に見ていく。全体的な傾向と同様,少年マンガでは使用するキャラの割合が減少していることが分

かる。さらにキャラごとのその出現率は1970年代から1990年代より,2000年代,2010

図2.2.3. 女性教師のキャラ別自称詞(時代別)の「あたし」の出現率

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年代の方が低くなっていることが分かる。少年マンガでの女性教師キャラの自称詞「あたし」は近年になるほど観察されにくくなっていると言える。次に,少女マンガである。2010年代を除いて,少女マンガでは,「あたし」を使用するキャラの割合には大きな差がないことが分かる。金水(2014)より,「あたし」を使用するキャラは「『わたくし』が丁寧な表現であるのに対し,くだけた,俗語的な印象がある。役割語としては,一般的な女性像を表す〈女ことば〉であり,特に活発,お転婆な女性像を想起させる」とある。また「同様の女性像を担う自称詞として他に『わたし』があるが,これに比べると「あたし」には堅苦しさのない,より自然体の女性像や,幼さ,生意気さがイメージされる」ともある。2010年代以降の作品にはこのようなイメージの女性は少女マンガでは描かれにくいと言える。実際に,2010年代の作品で,少女マンガに女性教師が登場する場合,ミステリアスな

キャラクター性で描かれたり (ヤマシタトモコ「ミラーボール・フラッシング」『FEEL

YOUNG』2008~2011),謎のフェロモンを放ち男子生徒を翻弄するようなキャラクターが描かれたり(ひさわゆみ「先生,おしえて」『デザート』2012),「大人の女性」として表現されている作品が多かった。

ヤマシタトモコ「ミラーボール・フラッシング」(『FFEL YOUNG』(2010 ~2011)

【2010年代】

ひさわゆみ「先生,おしえて」(『デザート』2012)【2010年代】

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学園マンガにおける女性教師の呼称

2.3. 校種による比較

女性教師が描かれている学校を3種類に分けて比較した。以下表2.3に,それぞれの

校種ごとのキャラ数を示す。どの校種でも,「わたし」「あたし」が多い。高校と中学校では,「わたし」「あたし」が

90%以上を占めているのに対し,小学校では70%ほどになっており,その代わり「先生」が30%ほどを占めている。「先生」について,キャラごとの出現率を図2.3.2で示して分析を行う。図中左側に,キャラ番号,キャラ名,校種(小は小学校,中は中学校,高は高校),「先生」の出現数 /

そのキャラの自称詞のすべての出現数を表した。高校41.7%(少年マンガ61.5%,少女マンガ18.2%),中学校38.9%(83.3%,16.7%),

小学校83.3%(80.0%,85.7%)の割合のキャラが「先生」を使用した。高校,中学校では,少年マンガ,少女マンガのそれぞれで割合が大きく違うが,これは,2.1で述べたとおり,

表2.3. 女性教師のキャラ数(校種別)

図2.3.1. 女性教師の自称詞 (校種別)

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図2.3.2. 女性教師のキャラ別自称詞(校種別)の「先生」の出現率

片山ユキオ「花もて語れ」(『月刊!スピリッツ』2010 ~2012,

『ビッグコミックスピリッツ』2012 ~2014)【小学校】

棚園正一「学校にいけない僕と9人の先生」(『WEBコミックアクション』

2014 ~2015)【小学校】

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学園マンガにおける女性教師の呼称

少年マンガでは女性教師が「みんなの憧れの先生」として描かれることが多かったので,「先生」という立場を示すために,自称詞に「先生」を使うことが多かったと考えられる。よって,少年マンガでは,意識的に「先生」を使っていると言える。少年マンガ,少女マンガ共通して多かったのは小学校での「先生」の使用である。ど

ちらも8割以上の女性教師が「先生」を使っている。これは男性教師同様,生徒の年齢が下がると,「先生」を使用するという現実の世界と同じ傾向を表していると言える。実際に小学校では,授業中など学校内の場面で「教師」という立場から話すようなことが多かった。例えば,片山ユキオ「花もて語れ」(『月刊!スピリッツ』2010~2012,『ビッ

グコミックスピリッツ』2012~2014)では,学芸会の練習で子どもを気遣う場面,棚園正一「学校にいけない僕と9人の先生」(『WEBコミックアクション』2014~2015)では,

具合が悪くなった主人公を気遣う場面が観察された。また,「あたし」は,小学校ではかわいらしい教師キャラや,個性の強いキャラに,高校でも個性的な女性に使われることが多かった。

みきもと凛「近キョリ恋愛」(『別冊フレンド』2007 ~2011)

【高校】

原田妙子「Chu.Chu.Chu」(『ぶ~け』1995)【小学校】

深谷かほる「ハガネの女」(『YOU』2007 ~2010)

【小学校】

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2.4. 担当教科による比較

2.3までで見た女性教師のうち,小学校の教師を除いた44キャラを文系,理系,実技,その他に分けて比較する。表2.4中の数字はキャラ数を表している。文系では,2.1より,少女マンガのキャラの方が「あたし」を使用することが分かっている。しかし,図2.4.1の文系では,表2.4からみられるキャラ数は少年マンガが多く少女マンガが少ないにもかかわらず,「わたし」よりも「あたし」が多い結果になっている。また表2.4より,理系でも,文系とは逆に少女マンガのキャラ数が多いにもかかわらず,「あたし」より「わたし」の方が多い結果になっている。以下,「わたし」「あたし」について分析を行う。なお,2.4において,「わたし」の最大値は,少年マンガ58,少女マンガ63,「あたし」の最大値は44,少女マンガは34,最小値は0である。

表2.4. 女性教師のキャラ数(担当教科別)

図2.4.1. 女性教師の自称詞(担当教科別)

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学園マンガにおける女性教師の呼称

図2.4.2,図2.4.3の左側に,キャラ番号,キャラ名,担当教科(文は文系科目,理は理系科目),当該自称詞の出現数 /そのキャラの自称詞のすべての出現数を表した。「わたし」を使用したキャラは,全部のキャラのうち文系84.6%,理系58.4%だった。

文系の方が多くの割合のキャラが「わたし」を使っている。しかし,その1キャラ1キャ

ラの「わたし」の出現率を見ると,理系のうち,星崎理都(八神健「密・リターンズ」『週刊少年ジャンプ』1995~1996)のみが98.3%であったが,それ以外の6キャラは100.0%

であり,1キャラごとの出現率が高い。文系では少年マンガで特に出現率の差がキャラごとに大きく開いている。少年マンガでの中央値は75.0%,少女マンガでは80.8%とい

う結果になり,理系の出現率よりも低いことが分かる。そのため,図2.4.1の全体で観察された「わたし」の割合は,文系より理系の方が多くなったのだと言える。

2.1で見た通り,教科別に分けても,少年マンガでは「あたし」の出現率が高いことが分かる。文系では84.6%(少年マンガ75.0%,少女マンガ100.0%),理系50.0%(25.0%,

62.5%)の割合のキャラが「あたし」を使用している。また,女性教師の自称詞を含む総セリフ数の平均は少年マンガ14.1,少女マンガ14.2である中,少年マンガの文系は

図2.4.2 女性教師のキャラ別自称詞(教科別)の「わたし」の出現率

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20.0,少女マンガは26.2で,平均よりも多い結果になった。そのため,全体に対しての「あたし」の割合もそれぞれ大きくなったのだと考える。文系では「わたし」「あたし」を両方使い,理系のキャラは「わたし」派か「あたし」派に分かれることが分かった。

2.5. まとめ

以上,少年マンガと少女マンガに登場した女性教師キャラについて細かく分類して分析を行ってきた。男性教師キャラは「おれ」という1つの自称詞が全体の6割以上を占めていたが,女性教師キャラは「わたし」「あたし」の2つが多いという結果になった。どちらが多いというのも,分類の仕方によって大きく違うことがあった。「わたし」に関しては,少年マンガ,少女マンガともに半数以上の割合のキャラが使用しており,他の分類でも大きな差はなかった。「あたし」の増減が,女性教師キャラの自称詞を考えるうえで大事な点だと考える。「あたし」はジャンル別に考えると,少年マンガの約4割のキャラが使用するのに対し,少女マンガは約6割のキャラが使用していた。また,少女マンガで「あたし」を使用するキャラの方が,「あたし」のみを固定して使用するキャラが多いことも分かっている。

図2.4.3. 女性教師のキャラ別自称詞(教科別)の「あたし」の出現率

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学園マンガにおける女性教師の呼称

「あたし」については,「一般的な女性像を表す〈女ことば〉であり,特に活発,お転婆な女性を想起させる」ことや,「わたし」より「堅苦しさのない,より自然体の女性像や,幼さ,生意気さがイメージされる」とあり,少年マンガの中の女性教師はあまりそのような女性は描かれないのだということが言える。しかし,少年マンガで「あたし」を使うキャラの割合は,時代によって大きく違った。

1980年代,1990年代の女性教師キャラの自称詞は「あたし」を多く使っている。「あたし」を使うキャラは男子生徒の憧れの人であったり,たくさんの生徒に好かれたりするようなかわいらしいキャラの女性教師に多かった。そのようなキャラが1980年代,1990年代には多く描かれていた。少女マンガでは,時代を問わず,体育教師のお転婆なキャラや,頼りない女性教師な

どに「あたし」は使われていた。2000年代,2010年代からは少年マンガでも少女マンガでも「わたし」を使うキャラの

高見まこ「いとしのエリー」(『週刊ヤングジャンプ』1984 ~1987)

【1980年代】

岡崎つぐお「ただいま授業中!」(『週刊少年サンデー』1980 ~1983)

【1980年代】

庄司陽子「生徒諸君」(『週刊少女フレンド』1977 ~1985)

【1980年代・少女マンガ】

酒井美羽「教師にやらせな」(『Young ros』1997)【1990年代・少女マンガ】

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方が多く見られ,キャラの系統も今までの「あたし」を使うようなキャラを描いていた女性像と変わってきている。近年になると描かれている女性教師が「お転婆」で「元気がいい」「かわいらしい」も

のから,ミステリアスなキャラが多く描かれるようになっている。生徒たちを観察するような姿だったり,一つ目の妖怪という独特なキャラ設定であったりするようなキャラが描かれている。特に時代によって「わたし」と「あたし」の使用するキャラの割合に変化が表れている。

新條まゆ「SEX=LOVE2」(『Cheese!』2006)

【2000年代・少女マンガ】

犬飼茜「先生の白い嘘」(『月刊モーニング・ツー』2013 ~)

【2010年代・少年マンガ】

鮭夫「ヒトミ先生の保健室」(『月刊COMICリュウ』2013 ~)【2010年代・少年マンガ】

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学園マンガにおける女性教師の呼称

これは,時代ごとに描かれる女性像が変化しているからであると言える。また,「先生」に関しては男性教師キャラと同じように,小学校になるほど増加しており,小原(2007)と同じ結果になった。小学校と中学校では,男性教師と同じ割合のキャラが「先生」を使用している。しかし,高校になると,女性教師キャラの方が「先生」を使うキャラの割合が増加しており,特に少年マンガの方が顕著である。それは2.1で

述べたように,「みんなの憧れの先生」として描かれることが多かったからだと考えられる。

ヤマシタトモコ「ひばりの朝」(『FEEL YOUNG』2012 ~)【2010年代・少女マンガ】

ムラタコウジ「野球部のヒロコせんせい」(『月刊!スピリッツ』2014)

【少年マンガ】

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[参考文献一覧]

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荻野綱男(2007)「最近の東京近辺の学生の自称詞の傾向」『計量国語学』25(8),pp.371-374

尾崎喜光(1995)「若者の敬語――学校生活における自称詞・対称詞の使用状況」『青少年問題』42(11),青少年問題研究会,pp.11-16

小原寿美(2001)「職業意識アンケートにみるウチとソト――小・中・高校教員を対象として――」『教育学研究紀要』47(2),中国四国教育学会,pp.369-374

金水敏(2003)『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』岩波書店,pp.205-207

金水敏(2014)「フィクションの話し言葉について」『話し言葉と書き言葉の接点』ひつじ書房pp.3-11

金水敏(2014)『〈役割語〉小辞典』研究社小林美恵子(1998)「学校の呼称――女性教師の呼称「~クン」を中心に」『日本語学』17(9),明

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宝島社(2004)『このマンガがすごい! マンガナビ厳選1328作品』宝島社(2005)『このマンガがすごい! 2006・オトコ版』宝島社(2005)『このマンガがすごい! 2006・オンナ版』宝島社(2006)『このマンガがすごい! 2007・オトコ版』宝島社(2006)『このマンガがすごい! 2007・オンナ版』宝島社(2007~15)『このマンガがすごい! 2008~2016』

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山口重直 (1969)「教師―生徒関係の研究 「生徒の指導の面において,どの教師分類が生徒によい印象を与えるか」について」市川市教育研究所(1969.No.76)

山田浩之(1999)「マンガの「熱血教師」はどこへ消えたのか」『論座』(50),朝日新聞社,pp.32-

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山田浩之(2000)「少女マンガに見る現代の教師像――憧れの対象としての教師――」『松山大学論集』12(3),松山大学,pp.65-84

山田浩之(2004)『マンガが語る教師像―教育社会学が読み解く熱血のゆくえ』昭和堂吉田裕久(1990)「学校における先生・子供の呼称」『日本語学』9(9),明治書院,pp.25-31

[参考サイト一覧]

eBookJapan http://www.ebookjapan.jp/ebj/(最終閲覧日2017/01/12)

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学園マンガにおける女性教師の呼称

一般社団法人日本雑誌協会http://www.j-magazine.or.jp/(最終閲覧日2017/01/12)

映画『暗殺教室~卒業編』公式サイトhttp://www.ansatsu-movie.com/index.html(最終閲覧日2017/01/12)

コミックシーモアhttp://www.cmoa.jp/(最終閲覧日2017/01/12)

電子書籍・漫画を読むなら ソク読みhttp://sokuyomi.jp/(最終閲覧日2017/01/12)

マンガ図書館Z http://www.mangaz.com/(最終閲覧日2017/01/12)

[付記]

本稿は,2016年度国文学科卒業論文として提出した「呼称からみる学園マンガ」(指導教員:田中ゆかり教授)の5章「女性教師の自称詞」を中心に加筆・修正を加えたものである。

(かわせ ゆい,平成28年度国文学科卒業生)

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